TS転生貧弱冒涜ロリ 変身願望を持つのは間違っていない 作:アあゝ
「なあ頼むよ~……同じ闇派閥のヨシミってやつでさあ~!」
『ダイダロス通り』の奥深く、二人の男が時間にそぐわない声量で言い争っている。
手入れも満足に出来ないのか、ろくに補修もされていない草臥れた革製の装備を身に纏ったヒューマンの男と、それなりに整った装備を身に着けている
ヒューマンの男が借金の肩代わりを懇願するかのような物言いをしながら獣人の男に縋りつくが、取り付く島もないようで断られ続けていた。
「駄目だっつってんだろ? そりゃあ人造迷宮に入るにゃこれが必要だけどよ」
「……ああ、それだよ、それ……」
みっともなく集ってくる惨めな男の余りにもしつこい願いの応酬に痺れを切らしたのか、振り払うとこれ見よがしに懐から何かを取り出す
ーーその手にあったのはこぶし大の球状のモノだった。
白い球体に金の装飾がされ、中央部には朱く『D』と読める意匠が刻まれている。金が使われた装飾は『D』の字を円形に囲み、植物の根の様に裏側へと伸びており、朱い瞳孔をした血走った眼玉のようにも見えた。
闇派閥という言葉を除けば、珍しくも無かった言葉の応酬。
しかし『
そんな事を告げた犬人の男は、手に持ったオーブをまじまじと眺めようとした惨めな男の視線を遮りながら再び懐に戻した。
「おっと、この『ダイダロス・オーブ』は貴重な品でな? 量産ができないから限られた奴にしか配られてねえんだよ。俺は幹部じゃねえけどもしもの時の保険で預けられてるけどな」
「だからお前に頼んでるんじゃねえかよ!?」
希望を見せ弄び、無様にあがく姿に嘲笑する。
そんな闇派閥の在り方を体現するかのような男の姿を観察しているものが二人。男たちの頭上、石造りの建造物の屋根の上には気付かれないように様子を伺うアイズとリヴェリアの姿があった。
「ふん、どちらも闇派閥とはいえ、見ていて気分のいいものではないな……」
リヴェリアは男たちの会話に不快そうに鼻を鳴らす。
同じ派閥に属する同胞であるにも関わらず、相互扶助関係にないというのは秩序側の価値観からはかけ離れた価値観。少なくとも闇派閥という共通の敵に、本来競い合う関係であるファミリア同士が結託しているうちは選択肢に挙がってきそうにない考えだった。
……闇派閥の中でも力を持っていなさそうな、たった一人の男を隠された拠点の中に入れるためだけの為に、わざわざ預けられている貴重そうな鍵を使う事が果たして好ましいかどうかは別として。
「どうやら『
「……あっちのほう」
アイズの持つリング状の魔道具が反応する相手を尋ねてみれば、アイズはヒューマンの男を指差した。
普段であれば這いつくばりながら、弄ばれながらも惨めに懇願を続ける男より、自身より立場が下の相手が出来て悦に浸っている
「あの白い魔道具は使い手を問わないと見た。アイズは犬人を、私はヒューマンをやる」
「……
「……無力化に留めておけ」
余りにも軽々しくアイズの口から放たれた選択肢にリヴェリアは重い沈黙の後、ひどく苦々しい表情で答えを絞り出した。
アイズの手は疾うの昔に血に汚れている。
彼女の憎悪の先である怪物のみならず、時世が潔癖であることを許さない。
それでも幼い彼女の人生の中に、人を殺める選択肢以外を提示してみせたい。決して男の身を案じたからではなく、アイズの身を想っての言葉。
見上げてくる金色の双瞳がいつか並ぶほどに成長した時、殺す以外の生き方が出来るように。
「……うん」
アイズはそんな彼女の思いを汲み取ったのか、杖の代わりにショートボウを構えた姿をしばらく見つめた後、静かに頷いた。
微睡の中にあった自意識が目覚めたのは突然の事だった。
「ーーここは……っ」
台座の上に横たわっていた私は辺りを見回す。
軽く観察してみるだけでも、私が連れ去られた空間はダンジョンと酷似した特徴を有している事が分かる。
空気の流れはダンジョンに潜った際に感じる澱みに近く、自然光は差し込まない。そんな共通点と同時に相違点も存在した。
私が寝かしつけられていた台座を含め、構造物に人の手を感じる。それも18階層にあるリヴィラの町とは違い、空間全体から。
困惑が襲う。
「おや、漸くお目覚めのようですね」
意図的に無視していた方向から声が近づいてくる。聞き覚えのある声、意識を失う直前に聞いた声が。
視線を正面に戻せば其処には複数人の集団がいた。どこにでもいるガラの悪そうな男が数人、様子のおかしい浅黒い肌をした男女が十二人、そしてもう一人。
男たちを引き連れ、其処には黒と紫で彩られた司祭服を着た獣人がいた。
恰幅の良い体を法衣で纏い、種族の分からない獣の耳をこちらに向けてにこやかに笑顔を讃えている。
私が台座から起き上がったことを些事であるかのように歩み寄ってくる姿は、その服装と柔らかな声色から慈悲深い聖職者のそれであると幻視するが、これまでの経験と記憶の繋がりがそんな高尚な存在ではないと否定する。
「……あなたは一体……?」
十中八九敵、それもどうせ碌でもない相手だろうが、手を出してこない間は言葉を交わす余地がある。
そう思い投げかけた問いに、司祭服の獣人は驚き交じりに声を上げた。
「我々が貴女を呼び掛けたハズなのに存じていない……? ああ道理で、中々所在を知らせてくださらなかったのでまさかとは思いましたが……」
「……あの?」
「おっと、失礼いたしました。私はバスラム、【アパテー・ファミリア】にて参謀を務めています」
「アパテー……」
意味深に独り言を溢した男に一言入れれば、勿体ぶることなく名前と所属を明かす。
主神の名前を冠するファミリアの名に聞き覚えはあった、しかし馴染みは無い。
たしか【フレイヤ・ファミリア】の面々が壊滅させつつあった勢力。
ふと零してしまった主神の名前に、バスラムと名乗った男は神官らしく即座に反応した。
「我が主神は余り有名ではないかもしれません。ーーしかし、『不正』を司る女神と聞けばここ数か月を俗世で過ごした貴女には馴染み深いのでは?」
「……!」
『不正』という言葉を聞いた途端、一気に自身の解像度が鮮明なものになった。
【フレイヤ・ファミリア】との因縁の深いファミリアという印象から、今世に目覚めてすぐに悪漢たちをけしかけて来たファミリアであり、自身ですら知り得ないこの肉体の情報を持っているかもしれなかった逆さ天秤のファミリアという印象へと転じる。
他所の闇派閥であればレベル1でしかも子供である私をロキ・ファミリアに対しての弱みと見込んで狙われた可能性があったが、男の言葉からは私がダイダロス通りでアイズに助けられた後、ロキファミリアに所属しても尚狙われていたのであろうことは伺うことが出来た。
問いかけに私があからさまな反応を見せたからか、バスラムはしたり顔で頷いたかと思えば再び話を始めた。
「どうやら人格形成には不備は無かったようですね、それは重畳です」
「一体何を?」
「お忘れですか?ーーいや、記憶の欠損が無ければ貴女は姿をくらますこともなく、もっと計画は順調に進んだ筈でしたね。では今一度貴女の為に語るとしましょう! 招来するまでの経過を!」
「ーー我々は行き詰っていました」
「行き詰まり?」
「ええ、我々の研究に協力してくれる方々はこの時代尽きる事がありません。しかし、不本意ながら戦力は着実に削られていたのです、貴女が潜り込んだロキファミリアや仇敵であるフレイヤ・ファミリアによって。そこで早急に求められたのが即戦力の確保です。」
レベル差が生み出す格差は簡単に破れるものではなく、それ故高レベルの実力者が求められる。
しかしステイタスとは恩恵を刻まれた当人の才能や努力、課せられた試練を乗り越えるという偉業の上で刻まれるものである為、容易に集める事は出来ない。
バスラムは軽薄そうな顔を後ろに控えていた様子のおかしい男女達の方へと向けた。
「彼等は【オシリス・ファミリア】の団員達です。元、と付け加えた方がいいかもしれませんが……」
【オシリス・ファミリア】の元団員とされた者達の口には皆一様に猿轡が噛まされ、眼孔を血走った白目が無軌道に暴れている。少なくとも正気ではない事は分かる風貌をしているのに、静かに佇んでいる姿は何処か奇妙であり、近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
「……特にこれといった活躍を耳にしていない名です、表のファミリアではないんですか?」
「記憶の混濁しているであろう貴女が存じないのも無理ないでしょう、彼らは前世代の遺物です。今は亡きゼウスとヘラのファミリアに追い縋っていたのは今から二十年以上前ですから」
(二十年前……)
この世界の神々にとって二十年という月日がどれほどの長さなのか、その指標になってくれる物が無い。
この八年ほどでゼウスとヘラを指していた二大巨頭という言葉が、我が主神とフレイヤを指すモノへとすり替わったという前例。八年もあれば常識が変わる世の中で、ゼウスとヘラが千年ほど頂点に在り続けていたというのは凄まじいと称するに値する。
だが、人間は百年足らずで死ぬ。現代世界でさえそうなのだから、この世界で冒険者として生きるのならば若年での死もありふれたものだろう。
……ならばなぜ首位を独走する二柱の神々のファミリアを越えようとした彼らは、八年前に目標を失ったはずなのにこんなところにいるんだろうか?
神ならばともかく、人間にとって二十年の歳月は浪費するには余りにももったいない。
私の中では闇派閥に属する人間は何らかの恵まれない環境に身を置いていたか、生来の嗜好が高じていると思っていた。
一番手と勢力争いをするほどのファミリアにいたという過去は確実に恵まれており、あんな自我もあるか分からない状態に成り果てるのは余程の被虐趣味でも割に合わない、それだけに不可解だった。
「まあ今では我等が
「研究……?」
「はい! 我等が得意とする薬や呪詛を用いた狂化兵の生産ではもはや秩序側を押し留めるのは難しい。その為、切り札となり得る新機軸が求められました。ーーーーそこで見つけたのが精霊を用いた強化です」
「……ん?」
バスラムが軽やかに告げた内容を理解するのに、数舜の時間を要した。未だこの世界について詳しくないからだろうか、いまいち彼の言う言葉の意味が汲み取れない。
精霊の存在は当然知っている。現代でも創作の題材にされていたりするし、この世界の属性概念と密接にかかわっている物だとおぼろげに認識している、がそれだけにわからなかった。
多種多様な種族が生きるオラリオで種族が精霊の人物を見たことが無いので魔法を悪用したのかな……程度の理解に収まってしまう。
「嘗て貴女たち神々が地上に降り立つ以前、英雄と呼ばれる者達は精霊の加護によって強力な力や武器を得ました。現存するものの中ではクロッゾの魔剣などが分かり易いでしょうか。神無き時代にモンスターから生存圏を勝ち取った力、我等もその恩寵にあやかろうと思い至ったのです」
「それは、どうやって?」
「いい質問です」
バスラムは眼が見えない程に細めた瞼をさらに歪めて、元オシリスファミリアの実験結果の肩を掴むと此方に向けてその背中を見せつけて来た。
「ーーおお」
見せられた光景に思わず息を零す。
こんな状況に陥った人間が零すべき言葉はおぉじゃないが、しかし感嘆の声を漏らすくらいには納得と満足感が入り混じっていた。
短剣。
自分でも振るえるほどの細身の刀身であろう短剣が、その刀身を首の辺りから奥深く脊髄を貫くように刺さっている。
もう、助からないのではないかと自分の現代的思考が告げるほどにグロテスクなその威容ながら、元オシリス・ファミリアの冒険者たちは意思を奪われ、生きている。
死ぬことさえも許されないという事は、さながら冥府にいる嘗ての主神の御許に召すことも叶わないという事であり、生を冒涜した行いでもあった。
「仮にもファミリアの同胞として過ごした仲間ではないんですか? 闇派閥でも仲間意識という物はあると思っていましたけど」
「
(はっ、何が同士だ)
倫理観の欠片も存在しないバスラムの振る舞いに、私はあくまでも冷静を保ちながら内心で悪態をつく。この似非聖職者にとって仲間とは都合のいい実験対象でしかないのだ。
この男に意識を奪われる前に直面した違和感、感情の鈍りがイカレた聖職者の所業としてこれ以上ない姿を見せつけられた事で生まれた歓喜によって冴えてきている。
殺すことになんの躊躇いもいらない悪。なるほどこいつは私の関係者だ。
生殺与奪権を与えられれば、せっかくだからと斃されるシナリオ上の悪役。ならば私はPCかNPCか。
ーー先ほどから気味が悪い程丁重に扱おうとしてくる態度からしてその答えは明白だった。
「そして研究の結果、武器化した『精霊』をステイタスの記されている背部に癒着、同化させることによって彼らが引き出し得る可能性を改竄することが出来たのです。三十四の冒険者と四十二の精霊は此処まで頭数を減らしましたが、古の英雄よりもより直接的に加護を授かる技術を確立させるための礎となったのですから彼らは恵まれていると言ってもいい!」
「……」
「彼らは元より私たちをそういう輩だと知って改宗した身、叶わぬ復讐に身を投じ、そして腑抜けた心をそういう輩なりに立ち直らせてあげただけの事ですよ。嘗ての闘争心は狂気によって再び猛っています、戦いの中に生きる事こそが彼らにとっても本望でしょう?」
狂っている。
聞いているだけでも思わずにやけてしまうような狂気の発生源。普通の人間であれば忌避感を覚える行為に、この男は善意で手を染めている。
「……ふむ、前座は此処までにして本題に入りましょうか」
「本題……私の事ですか?」
「ええ、如何やら貴女の価値観は善性のようですから、ーーご自身がどういった存在か思い出して頂くとしましょう」
元オシリスの団員がああなってしまっている以上、私の体も碌でもない形にナニカされている事だろう。そんな期待を込めて私はバスラムの言葉を待つ。
久しぶりに体験するTRPGの空気感。嘗てとは当事者になっているかどうかの違いはあるものの、ジャンクフードを偶に食べたくなるような渇望を覚えていたのも事実。
反応を楽しんでいる素振りを見せるバスラムの思惑通り、私は口角を軽く綻ばせた。
「私が言うのもなんだが、管理が甘くないか……?」
「誰が【九魔姫】が子連れでこんなところまで攻め込んでくるって考えるかってハナ「……」ーーいや、なんでもないっス」
先程男たちを急襲した地点よりもさらに奥地、ダイダロス通りから地下下水道へと通じる道を歩く三人の姿があった。
散々魔道具を強請っていた男を先頭に、デスペレートの切っ先を男に向けながら歩くアイズ、そして鍵らしき魔道具を観察しながらリヴェリアが続いていた。
「此方としても今現時点で敵拠点に入り込むのは本意ではない。だが、お前たちが『ロキ・ファミリア』の団員を攫ったのでな、話は別だ」
「……っああ~、もしかして昨日の参謀直々に少女誘拐したやつか」
「ん」
「そうそう、この子位の……っもしかして、家族愛ってヤツっスか!?」
「……まあ、そうだ」
チラリとアイズを見つめた後、何か都合良い方に勘違いする下っ端。
状況を理解していないのか能天気な調子に辟易しながらも、リヴェリアたちは歩みを進める。
「まったくもって羨ましいやらなんやら……こちとら闇派閥なんかに身を置いてるもんで、そういう尊い心っつーのは長らく忘れてたっス。……それで話があるんスけど……」
「……聞くだけ聞いてやる」
「今回の件には俺は関与してないっス、というか金に困って欠員が出たとかで募集が貼りだされてたのを受けただけというか……だから……」
「ーー体のいい使い捨てか……。言いたいことは分かった、却下と言いたいところだが……私たちには土地勘が無い。成功報酬だ、私たちを集合地点へと連れていけ、そうすれば見逃してやる」
「流石話が早い!」
「そうなれば駆け足っス!」と調子よく案内を始めた木っ端。
自分の安全が確保されたと確信しているのか、アイズがデスペレートの切っ先を向けている事さえ忘れた様子で前を進んでいる。
「……いいの?」
「構わない。ーー逆に聞くが、アイツに何か策があるように見えるか?」
「……ううん」