TS転生貧弱冒涜ロリ 変身願望を持つのは間違っていない   作:アあゝ

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閲覧ありがとうございます、ちょっと長くなっちゃいました。


感謝と謝罪

 

 

 

 ──火炎柱は未だ火の手を衰えず、ひり付く橙色の光の先にいる敵の様子は分からない。

 とはいえリヴェリアさんの万全の一撃で耐えられる程頑強であるとも思えなかった。

 

 私はリヴェリアさんによる『レア・ラーヴァテイン』が発動したことによって灼熱地獄と化したフロアを走り抜け、合流していた二人の前に辿り着いた。

 

 

「リヴェリアさん、それにアイズも。ごめんなさい、わざわざ私の為に──本当にありがとうございました」

 

 

 出会い頭に一言伝え、続けて頭を下げる。

 伝えたいことは幾らでもある。自分の生い立ち、発露した異常性などと。逆に聞きたいことも。

 でも、もし助けに来てくれたのならば最初に告げるべき一言は謝罪と感謝であると心に刻んでいた。

 

 重力に身を任せ、長く伸びた銀髪が地面へと垂れ下がる。

 私の視界を遮った銀色のカーテンは、その先に近寄ってくる微かな人影を写した。

 

 

「わぷっ」

 

 

 どんな言葉が返ってくるだろう、と身構えていた体を柔らかく温かいぬくもりが包む。

 深緑の香り。

 

 

「無事でよかった」

 

 たった一言。

 私の身長に合わせるように、しゃがみ込んで抱きしめてきたリヴェリアさんの想い。

 私の耳元で囁かれたその言葉の裏に、彼女は一体どれほどの感情を抱えていたのだろうか。

 

 何処までも冷静で、気丈に振舞っていた何時もの彼女からは聞き慣れない声色。

 顔色を窺う事が出来なくとも、感性が歪んでいようとも、それだけは分かった。

 

 客観的に捉えてみるならば私の身長に合わせるように、リヴェリアさんがしゃがみ込んで抱きしめているに違いない。

 緊張し強張っていた体が、魔法衣の肌触りと心音に自然と身を預けようとしている。

 

 

「心配したんだぞ? 私も、アイズも、みんなも」

「……はい」

 

 

 ぎゅっと抱擁され、胸元に頭を押し当てられ、すごく近くで心音が聞こえる。

 

 

「……あの、リヴェリアさん」

「なんだ?」

「お説教は勘弁してほしいかなあ……なんて」

「わたしもそう思う」

「……はああ──っ」

 

 

 私の懇願に同意する声が側面から聞こえてきた。──切実だ。

 そんな二人の言葉を聞いて、リヴェリアさんは心底呆れた様子で溜息を吐きだした後、抱擁の輪の中にアイズも巻き込んだ。逃がさないために。

 先程までの見え透いた優しさは彼女の中に仕舞い込まれ、いつもの調子が戻ってきた。

 

 

「わっ」

「まったくお前たちは……そういうところだぞ。説教は失敗を鑑みて、次に生かす為に行うものだ。今回で言えばイデアはなぜ攫われたのか、どうすれば良かったのかを考え、これからはどうするべきかを明確にしなければなるまい?」

はい……

「アイズもだ。先走ったら統率が乱れる事は常日頃から教えているだろう。……今回は状況を回復できたからいいものの、いい加減反省しろ」

……うん

 

 

 今回の一件は十分に対策していれば絶対に防げたことは事実だった。アイズに関しても中々無謀な行動だったと言える。いや、助けられた側としてはとても嬉しかったけれども。

 アイズともども私はリヴェリアさんによるぐうの音すら出ない正論を耳元で聞かされ、すっかり縮み込んでしまっていた。

 

 次の反省点を突き付けられる、そう思って震えあがっている自分たちを見てリヴェリアさんはフッと微笑んだ。

 

 

「しかしまあ……そうだな、私自身お前たちに長々と説教できる立場でもないからな……説教は此処までにしよう」

「え、っとそれはどういう……?」

 

 通常の何十倍も早く締めくくられようとしている説教に思わず疑問符を浮かべれば、レスポンスよく返事が返ってきた。

 

 

「いやなに、イデアは此処がどういったところかは知っているか?」

「敵の拠点という事以外は、何も……」

「境遇を鑑みれば上出来だろう。──いいか?」

 

 

 続け様にこの場所についての大まかな情報が説明される。

 ダイダロス通りの奥地から通じる超巨大な人工地下構造物、クノッソス。

 助けに来た二人の主観では私が囚われていたこの地点までは凡そダンジョン五階層分程の距離があったらしいが、道案内をした人物によれば最低でも十八階層までは通じている……らしい。

 ついでに全体がアダマンタイトで構成されているらしく、入り口から入り込む以外に内部に入る手段は無いとか。

 

 

「へえ……、って戦略的観点からみても最重要拠点じゃないですか!?」

「ああ、今まで闇派閥が隠し通してきたという事はまず間違いなく本拠地だろう」

「……あっ」

 

 

 ──説教できる立場ではない、リヴェリアさんはそう言った。

 その意味を理解した私は嬉しい気持ちとさすがにそれはちょっとどうなのか……という倫理観に板挟みにされて複雑な感情が渦巻く。

 隣でやることはやったと達成感に満ち満ちた様子を見せるアイズはもはや仕方ないので兎も角、リヴェリアさんも同じくらい短慮な行動に走っていたのではなかろうか……。

 

 そんなイデアの懐疑的な視線を受けてリヴェリアは顔を赤くした後、ふいっと顔を逸らした。

 

 

「……察しの通りだ。そんな所にアイズと私のたった二人だけで足を踏み入れるなど、正気の沙汰ではあるまい?」

「それはまあ、そうですね。さっきまでいたバスラムが聞いたなら『ナイス不正ッ!』とか言ってスカウトに走ってきたかもしれないですよ、知らないですけど……」

「……それ以上は言わんでいい。……うん?」

 

 

 場所を突き止めた事を味方には知らせず、侵入するための唯一の手段である鍵を持ったままどれ程の敵が潜むか未知数の闇派閥の本拠地に潜り込む。

 ダンジョンの深層にラストダイブでもするのかという無謀っぷりは、流石の私でも……しないとは言えなかった。

 その事は十分承知していると心底痛感している様子で私の言葉を止めたリヴェリアさんは、しれっと口にしたバスラムという人物に反応を見せた。

 

 

「バスラムとは……あの『神官』バスラムのことか!?」

「ええ、はい」

 

 

 ああそういえばといった風体で語る本人より、明らかに深刻そうに問い正すリヴェリア。

 語り手が移り変わった瞬間だった。

 

 

「今回の誘拐はどうやら『不正』の勢力による計画的なものだったみたいですね」

 

 

 意識を覚醒させてからの数刻。

 実質的なトップだったバスラムの話に興味津々に相槌を打っていた時の事を語る。

 

 自分の出生や因縁を始めとして、私自身が飄々と述べてゆく内容にリヴェリアさんとアイズの顔色が面白いくらいに曇っていった。

 とりわけ強い反応を見せたのは各々の関心を寄せざるを得ない事柄について。アイズであれば精霊兵と私の出生、リヴェリアさんも言わずもがな、知らぬ間に増えていた血縁者の存在には眉をひそめていた。

 

 

「ま、まあまあ不意打ちをちょちょいとしたら倒せたので結果オーライってやつですって~……」

 

 

 完全に停滞してしまった空気に気まずくなり、私は私らしからぬテンションで場を賑やかそうとする。返答は無言。しかし心なしかリヴェリアさんの抱きしめる力が強くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そんなに気にしないでいいですから」

 

 

 リヴェリアがアイズと共に懐に抱いた少女は、傍にいるアイズに比べて遥かに小さく、脆く感じた。

 

 年相応に幼いアイズと上手く関係を構築し、ステイタスの劣等を感じさせない活躍を見せる不自然なまでに成熟した少女。

 ……それがリヴェリアの知るイデアの人物像ではあったが、この瞬間それが酷く歪んだ形で成り立っている事に勘付いてしまった。

 

 

 強く抱きしめた二人の小さな体には、根深い闇が刻み込まれている。

 しかし、その在り方は対照的だった。幼少期の喪失がトラウマとなり、今もなお強い憎悪を燃やし続けるアイズと、なんてことも無いように冒涜的実験を語り、あたかも他人事であるかのように自己の正体をその産物であると明かすイデア。

 

 イデアだけでは気付く事も出来なかったかもしれない。

『ロキ・ファミリア』に同世代のアイズという前例がいたからこそ感じることが出来た異常は、思い返せばするほどに不自然さを浮き彫りにしていた。

 

 原因に心当たりはある。

 ロキから伝えられた正体不明のスキルによるもの。

 精神異常へのレジストという、単純ながら有用な効果が記されていたアレだ。

 

「っ」

(哀れじゃないか……、これではどちらが人形かわからない……っ!!)

 

 ふと思い浮かんだ妄言を消し去るため、瞳を閉じる。

 

 少し前まで感情を持たない『人形姫』という不名誉な名で呼ばれていたアイズと内面を見せないイデア。最近では趣味も増え、感情の起伏を察知するのも容易になった前者に対し後者は全てのモノをそうあるべきという風に受け入れ、強い関心を見せない。

 

 再度瞼を開き、尋ねた。

 

 

「辛くは無いのか?」

 

 

 憎悪と復讐は甘美な毒だ。

 例え精神的に成熟しきった大人だろうと、一度囚われたら逃れられない魔力がある。

 アイズは復讐を成就するその時まで、或いは誰かによって救い出されるまでは想いを絶やすことは無いだろう。

 

 だがイデアは違う。初対面の時の事。

 イデアは入団面接の際、噓で塗り固めた過去を話した。

 

 アーカムという地方都市に生まれ、漁村を経由する形でオラリオへ辿り着いた、と。

 

 当たり前のように語った嘘は早々に白日の下にさらされ、虚飾を纏いながらもロキに認められた事で晴れて仲間になった。

 ……あの時には既に自身の出生を知っていたとしたら。

 ロキにステイタスを付与され、スキルが生じたのはその後の事だ。しかしながら、ステイタスとは個々の可能性の産物。

 

 イデアがこの場で話した情報は、初見の者にとって劇薬に他ならない。

 従って、当事者のイデアには多少の精神的疲弊が見受けられて然るべきなのだ。それは特筆して精神が成熟しているからどうにかなるという問題ではない。

 それが『不正』の身勝手な思惑の中で生み出され、情操が育ち切る前の無垢な状態なままスキルによって縛り付けられた姿だとしたら。

 

 そう言った懸念を袖にして、あまりにも平然とした表情で受け応えが帰ってくる。

 

 

「もー、リヴェリアさんの考えすぎですって。確かに中々ショッキングな話でしたけど、想像はついてましたからね」

 

 

 不自然に自然体である理由をこの子は知らない。

 ロキは伝える事で生じる影響を考慮して伝えていなかったという。だが、私には無知であるままに取り繕っている姿を看過することが出来なかった。

 

 

「……そうか、ならいい。とはいえ、一つ教えてほしい、物事と向き合った時に何か違和感を持ったことは無いか?」

 

 

 ……先程までの考えは私による妄想に過ぎない。

 実際にイデアが物事をどう捉え、受け止めているかを知る術はない。

 

 ──思い過ごしであってほしい。これから永い未来を生きる子供が感情を知らずに生きるなど、そんな残酷な事があってはいけない。

 

 役割を果たすだけの『人形』ではなく『イデア』という家族を望んだ末の問い掛けには、悪い想像とは裏腹に前向きな答えが返ってきた。

 

 

「はい? ……──ああ、確かに心当たりはあります。 とりわけそれを感じたのはやっぱり、ジャガ丸くんのおじさんの事ですかね……」

 

 

 光明が見えた気がした。

 それが自分の事よりも強く印象に残っている事に違和感を抱きながらも、思い当たる節があるならば幾らでも手はあると思ったからだ。

 

 

「ジャガ丸くんの……というと、アイズとよく買いに走っていたあの店か……?」

「はい、又聞きなんですけど先日の炊き出しの際、巻き添えに遭ったらしくて」

「……」

 

 

殺帝(アラクニア)』が陽動に現れた炊き出しの件だろう。被害を抑える努力は出来る限りとはいえ被害はゼロではない。片腕のみならず仕留めきれなかったことが口惜しい。

 イデアがそう思い出すように話せば、隣のアイズも何かを伝えたいようなそぶりを見せる。

 惰性でそのままにしていたが、話を続けるにあたって抱きしめた状態でいるのは──おかしい。

 

 

『あっ』

 

 

 思い至ったが最後。なんだか気恥ずかしさが心を掻き乱すので脱力すれば、誰かの口惜しげな声が聞こえたような気がする。

 ……決して自分のものではない。

 

 体勢も自由になったことで、何かを伝えたがっていたアイズは若干顔を俯かせながらイデアへと向き直った。

 話題が必然的にスキルの話からすり替わったが、双方にとって大事そうな為、私は見守る側に移る。

 

 

「あの……ご、ごめん、なさい」

「えっ」

「……あのとき、わたしがどこかに行かなかったら、こんな事にならなかったもん……」

「えー、あー……全然気にしなくていいのに……。さっきも言ったけど、結果オーライ。それに、助けに来てくれたんだから」

「でも……」

「こうなったらアイズも強情だなあ……。よし、なら思う存分謝ってくれて構わないです。代わりに私もありったけの感謝を伝えさせてもらうので」

「……わかった。……。ごめんなさいごめんなさい────」

 

 

 アイズの中に生まれた禍根。

 それはこの場でイデアによって語られた過去ではなく、孤立させてしまったという後悔。

 ジャガ丸売りの店主の死に当人もショックだったのにも拘らず、強く後悔の念を抱いていた事を証明付けるように、口数の少ない筈のアイズが言葉を紡ぐ。

 

 ……真に想いを伝えるならば連呼するのではなく、一言に全てを込めるべきとも思わなくはないが止めるのも野暮という物。

 脳内で意味を見失ってしまうほどの『ありがとう』と『ごめんなさい』が飛び交う口撃合戦は、しばらくしない内にアイズの意図しない理由で締めくくられた。

 

 

「ありがとうありがとうありがとうありがとう──」

「ごめんなさいごめんなさいごみゃ」

「……噛んだ?」

「噛んでない」

「噛みましたよね、リヴェリアさん」

「ああ」

「かんでないよ」

「──噛んだかどうかの真偽はともかくとして、そろそろ満足したか? そろそろ話を戻したいのだが……」

 

 

 頑固なところのあるアイズを上手く宥めすかすイデアの姿を見ていれば、猶更人形であるなどと認められるわけがない。

 アイズの誠心誠意の振る舞いが場を和ませてくれたお陰で、先ほどまでに比べれば遥かに余裕を持ってイデアと向き合えた。

 

 

「──それで、話とは……? 何やら違和感がどうとかってハナシでしたけど……」

「ああ、ロキから伝えられたのだがな、お前には秘匿していたスキルがある」

 

 

 そう切り出せば興味を持たないわけではないのか、アイズと共に『おー!』といった感じに反応が返ってくる。

 ……アイズと同列、いや、アイズが過剰に興味を寄せているだけで自分のスキルを知らないモノの反応としては健全な反応だ。

 

「強いの……!?」

「がっつくなアイズ。……常時発動型の精神異常抵抗スキルだ、思い当たる節はあるんじゃないか」

「……ああ、あああああ────!」

 

 

 言葉を飲み込む為に時間が少し。その後理解を伴った驚愕で眦を決した。

 

 ……よかった。

 私はイデアの豹変を見て心底そう思った。こんなに驚いた様子を見せた相手をもはや人形とは思うまい。

 

 

「失くしてたパズルのピースを見つけたような気分ですよ!?」

「うん? ああ、それはよかった……本当に

 

 

 よくわからない表現をして私の手を両手で握り込んでくるイデア。次いでアイズも握り込んできた。

 

 

「なまえ、どんなの?」

「そうですよ、名前! あの迷宮と書いてダンジョンとよむ……みたいなアレはどうなんですか!?」

「それが、正式名称は不明でな……ただ」

「ただ……?」

「にゃ、にゃるらとてっぷ? ……のような呼称らしい」

「へー……?」

 

 

 相槌を打ちながら話を聞いていたイデアが止まった。

 

 

「?」

「アイズ、下がれ」

「!??????!??!?!」

 

 

 再び動き始めたかと思えば、動揺を孕んだ瞳が小刻みに揺れているのが見えた。

 怪訝そうにのぞき込むアイズを控えさせれば、最低限の理性で抑えていたのかタイミングを見計らったように深呼吸する音だけが辺りに広がる。

 そしてイデアは弾けた。

 

 

「えええええええええええええ──────!!!???」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えぇ……」

 

 リヴェリアさんの突然の暴露に、私は陽動の時以上に声を上げてしまった。

 まさかその言葉をリヴェリアさんの口から聞くとは思っていなかったからだ。

 ……ニャルラトホテプて。

 

 

「ほ、ほんとうにニャルラトホテプっていってました!?」

「い、いや……。もしかしたらナイアーラトテップなどかもしれない」

 

 

 いやナイアーラトテップだろうがチクタクマンだろうが呼称は何でもいいけれども。

 

 今現在私の脳内は混乱真っただ中にあった。この場でリヴェリアさんがこの事を話してくれたのは恐らく私が長々とデリカシーの無い話をしたからだ。

 スキルが感情をどうこうという話は、呪文の行使などを鑑みれば決して悪い話ではないのに加え、元々培ってきた精神があるからか条件反射に近い形とはいえ状況に応じた喜怒哀楽を表現できる点からほぼほぼ私にとってデメリット無しと言える。

 

 複雑なのは、名称が名称である事。

 どこが彼の存在の琴線に触れたのかはわからないが、軽く例を挙げるだけでも『変身願望』、『邪教』、『土の精霊』などの厄ネタが思い浮かんでくる。

 そんな思考の坩堝に陥った私を、近寄ってきたアイズが肩を叩く。

 

 

「どうかしました……?」

「ジャガマルポテト?」

「……──それは、わざと」

 

 

 長い溜息を一つ。

 アイズの天然だかさっきの意趣返しだかわからない一言で思わず気が抜けてしまう。

 

 

「ごめんなさい、噛みまみた」

「わざとじゃない!?」

 

 

 ひょっとしたらわざとじゃないかもしれない。

 どちらにせよ、考えても仕方がない不条理に巻き込まれている事に違いはない。

 その事を気付かせてくれたアイズに礼を言おうとして、やめる。

 

 そんなことをしてしまえば今度はどちらかが力尽きるまで感謝を言う事になるだろう。

 仮にも魔導士の端くれ。詠唱で噛むことは無いので絶対に終わりが見えない戦いになる。

 

 

「あ、そうだった、渡さないと」

「えっ、わっ」

 

 

 言葉を飲み込んでいるとアイズが呟いた。

 瞬間のしかかってくる重さに引っ張られ、バランスを崩してしまう。

 

 貧弱な足腰。

 自分と同じか少し大きいくらいのアイズが何かを預けただけで転倒してしまうか弱い足腰を呪いながら、私は顔をあげた。

 

 びたんと倒れた状態で改めてアイズのほうを見れば、そういえばと蒼で彩られたアリスドレスの上に何時もは装備していないカバンを持っていたことに気付く。

 

 身軽さを求めた装備には不格好なカバン。

 普段なら絶対に持つことはないであろうそれを持ってきたのはどうやら私の為らしく、私の両手に持たされたその中からアイズが幾つかの物品を取り出して私へと見せてきた。

 

 

「はい、これ」

「……魔導書にマジックポーション、持ってきてくれたんだ……」

「うん」

「ありがとう、アイズ」

「……! うん」

 

 

 ふんすと胸を張ったアイズが持ってきてくれていたのは『無名日記帳』とマジックポーションが数本。

 敵地の中で消耗していると考えたアイズが選んだ物品の数々に、胸の何処かで温かいものを感じた気がした。

 

 再び仕舞い込んでいく重さに身を任せていれば、少々妙な気がしてくる。

 アイズの善意で持ち込まれたものは今見せられた通り。それだけにしては何故か重いカバンの中を覗けば、奇妙な見た目をした物体が入っていた。

 

 

「えっ、なんですかこれ……」

 

 

『D』に見える刻印がされている目玉みたいな球体。自身の手のひらでは少々持ちにくそうな大きさをしている。……持ちたくはないけれど。

 

 

「それがこの『人造迷宮(クノッソス)』のカギだ。如何せんこの装備だと持ち運びには向かない代物だからな、一纏めにしていた」

 

 

 そう言うリヴェリアさんの容姿は、いつもと変わらないダンジョン攻略時の装備。アイズは言わずもがな。

 最低限必要な物を入れるためのポケットはあるだろうが、少々嵩張って動きにくくなる事は分かった。

 

 

「あっはい、じゃあ入れときますね」

「頼む。それと脱出手段だが……」

「『神秘の門の創造(CREATE MYSTIC PORTAL)』ですね、展開します」

 

 

 手慣れた動作で『門』を創り出す。

 いい加減こんな場所に留まるのは飽き飽きしていた。

 自身を取り巻く状況は確実に変化しており、ロキを交えてこれからの事を相談したい。クトゥルフ神話のモノを既知として矮小化していた状態が一転、原初に彼らへ向けていたような未知の恐怖が私に降りかかっている。

 感情がどうだろうと怖いものは怖い。出来る事なら不安の根を断ち切りたいが、いっその事身をゆだねてもいいとすら思える。

 

 ──そんな優柔不断な思考を断ち切るように、空間を跨ぐ『神秘の門』が展開された。

 

 今は一度、頭を切り替えなければならない。

 リヴェリアさんの話によれば、私も参加する予定だった会議の決まりで闇派閥への一斉攻撃が今頃行われているらしい。──そしてそれが失敗しているだろうことも。

 

 どんな地獄が待ち受けているかを想像して、先んじて『門』を潜る。

人造迷宮(クノッソス)』の大まかな位置は把握した、次来るときはファミリア総出でのモノになる筈だと信じている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大穴への入り口を塞ぎそびえ立つバベル。

 その第一階層は、ダンジョンへ挑戦する層と二階層以降の施設に赴く層が入り混じり、様々な人々の姿を観察できる場所だった。

 新たな装備に心を躍らせるヒューマン、ダンジョン帰りにシャワーを浴びに上階へ向かうアマゾネスたち、神会(デナトゥス)に参加するために眉目秀麗な神々が群れとなってエレベーター争奪戦を繰り広げたり、『門』を隠蔽するために普通にダンジョンに挑戦する姿を見せたり。

 メインストリートが市民の活気を一番に感じられる場所ならば、ここは冒険者や神々の活気にあふれた場所だった。

 

 そのはずなのに。

 ──そこは私の知っている場所ではなかった。

 

 

『おとうさんっ! おかあさん! どこにいるの!?』

『痛てえ……っ、誰か、助けてくれよ……』

『ごめん、ごめんなさい……っ』

 

 

 離ればなれになった親を探し、必死に自分の存在を主張する少女。市民として今まで受けたことのなかった傷の痛みに苦しみ悶える男。身近な人を亡くした光景が脳裏にフラッシュバックし、焦点の定まらない瞳を虚空に向けながら謝罪を続ける女。

 

 それだけじゃない。

 見渡せば、バベル一階層のほとんど全域から狂騒が聞こえてくる。

 

 ──彼らは冒険者ではなかった。

 多くは冒険者たちの庇護のもと、死の恐怖や痛みからは程遠い場所に立っていた筈の市民たち。

 冒険者たち向けに商売をして生計を立てる者たちが【ファミリア】に所属しているのかは定かではないが、少なくとも間違いなく戦力外でありバベルの外……中央広場にて防衛線を張っているであろうフィンさん達の足枷になっていた。

 

(血と焼けた肉の匂いがする……)

 

 空間を跨いだことで突如鼻腔の中に入り込んだ香りに眉を顰める。

 リヴェリアさんの劫火では燃やし尽くしてしまって嗅ぐこともない、肉が焦げた香り。空気のこもっていた筈の『人造迷宮(クノッソス)』のほうが、まだ呼吸しやすい。

 後ろに続いて渡ってきたアイズとリヴェリアさんの顔を伺ってみても、同じように不快そうな顔を浮かべていた。

 

 

「リヴェリアさん」

「……なんだ?」

「回復呪文、使いますか?」

 

 

 自身と同じく回復手段を持つリヴェリアさんに尋ねる。

 幸いにも『門』から人が出てきた事に気付いた人がいる様子は無い。が、それは虚空から人が現れる怪現象に気付かないほどまでに視野が狭まった極限状態にあるからではないか、と私は思った。

 

 軽く見ただけでも判る惨状。

 それに加えて追加証拠とばかりに、死の匂いが漂ってくる。

 本当ならば、全方位に門が解放されているバベルの構造上、空気の循環も活発な筈の一階を占める燃えるナニカの匂いは、戦場と化した外の惨状を想像させる。

 状況を打破する力のない市民にとってそんなバベルの外での出来事は絶望的な状況であり、それに加えて避難した人々の中に力尽きる人がいれば余計に精神状態は悪化する。

 

 民衆が手を付けられなくなれば、外にいるであろう【ロキ・ファミリア】の家族達に危険が増す。

 それならば、肉体と精神の回復に尽力して危険因子を潰すのがいいのではないか、という考えは──リヴェリアさんの一瞬の逡巡のうち棄却された。

 

 

「……いい心がけだが、やめておけ」

 

 

 却下。

 そう言い放ったリヴェリアさんの顔は、苦虫を噛み潰したよう。

 

 

「お前の気持ちも分かるが、半端な施しはまず間違いなく群集の中に不和を産む。……誰しもがイデアのように己を抑えられるわけではないんだ、ましてや不安の最中ではな」

「……了解です」

 

 

 リヴェリアさんの言葉はごもっともだった。

 私の扱える回復呪文が一度に治癒させることが出来るのは、一人のみ。

 やろうと思えばこの場にいる全ての怪我人を回復させることだって出来なくはないが、それには莫大な時間が掛かる。

 

 冒険者ならば、自己の状態を鑑みることで誰を優先的に治療すべきか客観的に決めることだって出来るだろう。痛みやそれに伴ってやって来る恐怖を仲間への信頼で誤魔化して、来るべき救済を待つ、そんな勇気を持つことが出来る筈だ。

 

 ──それが、ここにいる人々にはできない。

 

 ジャガ丸くんを売っていたおじさんが死んだあの日。

 炊き出しの会場で起きた『闇派閥』の暴動をフィンさんたちが全力で抑えることが出来たから、リヴェリアさんの回復魔法は余計な混乱を産むことなく治療が必要な人々を救うことが出来た。

 ……起きたことに対し、被害は極限まで抑えられていたのだ。

 

 対してこの場はどうか。

 この場に居る人々はほとんど全員が大なり小なり被害を被っており、しかも被害はまだ広がりつつある。終わりのない不安に蝕まれた群集が求めるのは、自己の安心。

 余裕が無くなってしまったことで他の人々に気を配る事を捨て、皆が自分自身の望む形への早急な救済を求めている。

 そんな場所でちまちまと一人ずつ治療なんてしようものなら、我先にと施しを求める人々によって混乱が生まれるのは避けようのない事実だった。

 

 

「……?」

「……適材適所、かあ」

 

 

 彷徨わせた視線の先にいたアイズを凝視すれば、どうしたの? と言わんばかりに首を傾げていた。

 

 無駄に選択肢を広げる立ち振る舞いをしているから迷ってしまったが、この場ですべきなのはアイズと同じく静観。

 アイズは戦力的に見ればLv.5をも倒したツワモノだが、他者を癒す力はもっていない。私には私のできる事がある。

 

 

「それに、お前には他にやるべきことがあるだろう? ──皆心配したんだ、まずは合流して無事を知らせよう」

「はいっ……!」

 

 

 話を終え、この混沌の中で仲間を探そう、そう思った矢先。

 

 

「イデアたん、アイズたん、リヴェリアたーん!!!」

 

 

 見知った声が私たち目がけて飛びこんできたのだった。

 すわ奇襲かと勘違いするほどの突然さで三人めがけて飛んできた赤髪の女神──ロキは、飛び込んで来た勢いのままリヴェリアさんによって顔面を鷲掴みにされた。

 

 

「私にまでその呼び方はせんでいい!」

「痛い痛い痛い! じ、冗談、堪忍してやあああ!!!」

 

 

 ……閑話休題。

 

 なんだかとても久しぶりに出会った気がするロキとのなんだか締まらない再会をした私たちは、周囲の視線に押されてひとまず場所を改めることになった。

 移動する間ロキはずっとリヴェリアさんにアイアンクローをされ続けていたが、途中から慣れて普通に私の身を案じてきたりと調子に乗り出していた。

 

 そしてやってきたここは先程の避難民に埋もれていたスペースから反対側にある、力不足な冒険者たちが物資を忙しなく運ぶ区画。

 其処の隅でようやく解放されたロキは、突然こう切り出してきた。

 

 

しかしまさかホントに居ったとはなあ……もーっと再会を喜びたいところなんやけど、いまちょ──っとそれどころやない」

 

 

 リヴェリアさんは聞き捨てならない様子でロキに食って掛かる。

 

 

「それどころではないだと……? フィンたちはどうした、対策を講じていたはずだろう!?」

「……それがな、“それ”とは別件なんよ」

 

 

 作戦の裏をかかれた事が先ほどの惨状だとすれば、裏の裏をかけるフィンたちが無策で居るはずはない。

 そんな仲間への信頼に基づいた疑念は、真っ向から否定される。

 

 ロキは若干言いづらそうに片目を開き、私を見て告げた。

 

 

「……広場でな、黒い装いをしためちゃくちゃ強い男女二人組がイデアたんを出せって陣取ってるんや」

 

 

 







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