ぼっちがいろんな人とセッションするおはなし   作:koshikoshikoshi

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きくり・ヨヨコ・リナ

 

「はい。わかりました。ご連絡ありがとうございます。それよりも、お身体の方は大丈夫ですか? はい。はい。それはなによりです。ライブの件についてはこちらで対処いたしますので、まずはお大事に……」

 

 下北沢STARRY。店長の星歌が、スマホで誰かと話している。

 

「店長、どうしたんですか?」

 

 スマホを切った星歌の厳しい表情に、PAが心配そうに問い掛ける。

 

「今日のワンマン、メンバーが交通事故だって。命に別状はないが入院だそうだ」

 

「あらら。もう店開いちゃってますけど、どうします?」

 

「どうしますって、中止しかないよなぁ。さっさとお客様に告知して、店閉めよう」

 

 本日予定されていたワンマンライブ。その主役は、星歌がバンド時代から世話になった恩師ともいえる存在であり、業界ではそれなりに大物だ。

 ひさしぶりのライブということで彼らを目当てにすでに多くの客が来店しており、中には星歌の知り合いも多い。

 

 すぐにでもお見舞いに行きたいが、そうもいかない。さらに、店にとってもとんでもない損失だ。……あああ頭が痛い。

 

 

 

 

「せんぱい! せんぱーい!!」

 

 かんに障る叫び声。客として来ている廣井きくりだ。

 

「なんだよ、酔っ払い。お前も早く帰れ」

 

「ライブ中止はしかたないにしてもさー、せっかく来てくれたお客様をこのまま帰しちゃうのは失礼だと思いまーす」

 

「そんなこと言ったって仕方がないだろう、酔っ払い!」

 

「せっかくだからさぁ、いまここに居る有志で即席ライブやらない? きっとお客さんも喜んでくれるよ」

 

 脳天気なあかるい声がますます気に障る。

 

「勝手にしろ!」

 

 なんかどうでもよくなった星歌は、吐き捨てるように言った。

 

「はーい。腕がよい綺麗どころを適当に見繕いまーす」

 

 うれしそうに宣言すると、きくりはたむろする客をかき分けステージに向かった。

 

 ふん。まぁ、確かに、今日の客には関係者も多い。音楽に携わる人間がたくさんいる。即興バンドのひとつやふたつ作れるだろうが。

 

 そして星歌は、はたと思いついてしまった。

 

 廣井に任せてはだめだ。あいつが選ぶメンバーには……。

 

「ちょ、ちょっとまて、廣井……」

 

 星歌は、間に合わなかった。

 

 

 

 

 ステージの上、マイクを占拠したきくりが客に向かって叫ぶ。

 

「……というわけで、即席ばんどやりまーす。お時間のある方はぁ、聴いていってくださーい。メンバーは、……えーと、リナせんぱーい! お久しぶりぃ。ドラムお願いできますぅ?」

 

 きくりが指名したのは、むかし星歌と組んでいたリナだ。

 

「あ、ああ。暇だからいいけど。……廣井、あなたそんな人間だった? 学生時代はもっとおとなしいというか、暗い感じだったような」

 

「まぁまぁ、人間成長するということで」

 

「……成長したのか? うーん、そうはみえないけどなぁ」

 

「次は、と……。大槻ちゃん! 大槻ちゃーーん! もちろん参加してくれるよねぇ」

 

 突然指名された大槻ヨヨコがびくりと反応する。

 

「えっ、わ、私は廣井姐さんの知り合いのライブだと言うからついてきただけで……」

 

「参加してくれるよねぇ!」

 

 ええええ?

 

「もうひとり、……あ、いたいた、ぼっちちゃーーん。おねがい。ね、やろうよ、バンド」

 

「あ、ええええ? わ、わたし、ですか? わわわわたしはただのバイトです。むむむ無理です無理です無理です」

 

「おねがいおねがいおねがい。ね、大槻ちゃんも一緒にやりたいって」

 

「……そ、そうね。あなたと一緒ならやってもいいわね。後藤ひとり」

 

「え、ええええ?」

 

 押しに弱いぼっちが、酔っ払いの強引に勧誘を断れるはずがない。

 

 

 

 

 大勢の客達の視線が、ぼっちに集まる。

 

 この場にいるほとんどの客は、きくりの事を知っている。酒ばっかり飲んでいるどうしようもない女だが、ひとたび演奏が始まれば発揮されるその圧倒的なベースの腕とカリスマ性は、知る人ぞ知る存在だ。

 

 そのきくりが真っ先に指名したドラムのリナは、現役のプロスタジオミュージシャンとして知られる存在だ。さらに、若手ガールズバンドの中でも最も注目されるギタリストである大槻ヨヨコ。最近ネット動画で披露した超絶技巧は、業界でも話題になっているほどだ。

 

 この三人だけでも、たとえ即興でもそれなりに熱いステージになるだろう。

 

 そんな面子と共にステージに上がろうという『ぼっちちゃん』とは? まったくもって場にそぐわないピンクジャージの少女は、いったい何者だ? どれほどの腕の持ち主だというのか?

 

 刺すような好奇の視線が、溶けかけたぼっちの身体を串刺しにする。

 

 

 

 

「廣井め、やっぱりこうなったか。……ぼっちちゃん、イヤなら断れよ」

 

 きくりなら絶対にぼっちを誘うと予見していた星歌が、ぼっちに声をかける。

 

「あ、え、えーと、いやと、いうわけでは……」

 

 しかし、星歌の予想とは異なり、ぼっちは断らなかった。いったん溶けかけた身体も、徐々に原型にもどりつつある。

 

 むしろ、このメンバーで、……結束バンド以外のメンバーで、セッションをやってみたいと思っている自分に、自分自身が驚いている。

 

(……わ、わたし、ちょっとは変わってきたのかな?)

 

 


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