ぼっちがいろんな人とセッションするおはなし 作:koshikoshikoshi
「……来て良かった」
売れない音楽ライター佐藤愛子は、今この場にいられたことを運命の神様に感謝していた。
今日のSTARRY。本来は、インディーズの大物による久しぶりのライブが行われるはずだった。さんざん聞き飽きた古くさい音を聞かされることはわかっていたが、集まる客達と人脈をつくれればラッキー、と言う程度の期待だった。
しかし、そのバンドが事故でライブ自体が中止。
いったい何のためにここまで来たのかとやさぐれながら帰ろうとしたその時だ。自分と同様に客としてきていたはずのSICK HACK廣井が、なにやら叫びだしたのは。
即席バンドを組んで演奏するから聴いて欲しい?
女性ばかりの即席バンドというのにちょっとだけ興味が湧いた。そのうえ、あのギターヒーローさんも?
そして……。
まったくもってライブハウスにそぐわないピンクジャージ姿の少女が掻き鳴らす、あまりにも切れの良いギター。その圧倒的な技術を目の当たりにして、周囲の観客が唖然としている。
ふ、ふふふふ、ふふふふふふ。
おもわず笑いがこみあげる。
ギターヒーローさんが本気出せば、こんなもんよ。
あなた達、大御所の音をありがたがってきたお年寄り達。よく聴いておきなさい。これが新しい世代の音だ。私が何年も前からネットで目を掛けてきた、ギターヒーローさんだ!
……とはいえ、今日のギターヒーローさんは確かに特別かもしれない。結束バンドの時とは違い、本来の、……押し入れの中でたったひとりで演奏している時と同じレベルの、いやもしかしたらそれ以上の演奏ができている。彼女の力を引き出している他の3人の功績も認めなければなるまい。
ステージの上、恍惚とした表情で一心不乱に弦をつま弾くギターヒーローさんの姿。
その猫背の背中にはオーラのごとき後光がきらめき、それはまるでギターの女神。これがいわゆる『ゾーンに入った』状態なのだろう。
毎回食い入るように視聴していたギターヒーローさんのネット配信動画では、残念ながら見ることのできなかった姿。彼女のもつ本当の力が、ついにこの即席バンドによって引き出された、というところか。
……でもちょっとだけ心配。
目の前にいる結束バンドのメンバー。後藤ひとりの覚醒(?)を気楽に喜んでいるようだけど、……女子高生っぽいのりといえばその通りだけど、いいの? あなたたち。
実は、……決して直接は言えないけど、私こと佐藤愛子(ぽいずん♡やみ14歳)は、最近の結束バンドに惹かれていた。密かにファンになりつつある、といってもいい。
バンドとしては下手くそだし、本気度が足りないし、……最近ちょっと本気になってきたようだけど、とにかく、ギターヒーローさんの腕をまったく活かせていない、という意見は変わらない。
私が言えることじゃないけど、あんなに酷いことを面と向かって言われて、落ち込んだだろう。いろいろ悩んだかもしれない。おそらく葛藤もあったのだろう。
それでも臆することなく、一歩一歩少しづつ全員の力で前進しつづけたひたむきな姿勢。バンドとして確実に進化をつづけ、気がつけばいつのまにかただの仲良しガールズバンドを脱皮していたその姿。とにかく全力で仲間とのセッションを楽しんでいる四人の少女達は、端から見ていて気持ちが良い。
いまでは、ギターヒーローさんの居場所は結束バンドじゃなきゃだめだ、と思ってしまうほどに。そして、そんな結束バンドを「次にバズる若手バンド」として取り上げる記事を書いてしまうほどに。フェスの結果次第では、伝のあるレーベルに紹介してやろうと思ってしまうほどに……。
私だけではなくメンバーのみんなも、そんな自分達の着実な進化を実感していたのではないの?
なのに、今日のこのセッション。ギターヒーローさんがひとりだけ、一気に異次元のレベルまで飛び越えてしまって。
……ねぇ、大丈夫?
あなたたち、元の結束バンドに戻れるの?
ステージの上。曲が終わっても、ぼっちは夢の中にいた。
STARRYの狭い空間が光と大歓声に満たされている。我に返ったはずなのに、いまだにまったくもって現実感がない。
凄かった。
たかだか数分間のはずだが、永遠のように感じる時間。自分に何が起こったのか、自分でもわからない。
気付いたら、誰かに抱きつかれている。ステージに上がってきた結束バンドメンバーだ。後ろからだきついた喜多ちゃんが、耳元でささやく。
「ひとりちゃん、すごいわ!」
その熱い吐息に、ぼっちの身体が崩壊しかける。
「おーい、星歌。このまま終わるのはゆるされない雰囲気だけど、もう一曲やる? ここで終わっておいた方がいいような気もするけど……」
客達の異様な盛り上がりをうけ、リナが店長に声をかけた。
「うーーーん。私もそう思うけど、このままじゃ客達が帰りそうもないしなぁ。もう一曲おねがいできる、ぼっちちゃん?」
店長さんが申し訳なさそうに頭をさげた。
「ひとりちゃん、もう一曲きかせて!」
「あ、あ、えーと、…………は、はい。わかりました」
圧に弱いぼっちが断れるはずがない。
……いやだな。
しかし、ぼーっとした頭の中、ぼっちが反射的に考えてしまったのは、正反対のことだった。
さっきの演奏は楽しかった。もしかして、ギターを弾き始めてからもっとも楽しいセッションだったかもしれない。
だけど、……だからこそ、これで終わりでいいのに。
ぼっちはステージの上を見渡す。
このメンバーでもう一曲やっても、そりゃ完成度が高い演奏できるかもしれないけど、きっと、さっきほど楽しくはならない、……んじゃないかな、たぶん。
ギタリストとしての本能の部分がそう警告している。
もし今ステージにいるこの四人で新たなバンドを組んで毎日ライブしたって、二度とこんなに気分が高揚することはない、……と思う。そもそもこの四人では、いっしょに上手くなるためにみんなで必死に練習する姿が、ぼっちには想像できない。
私は承認欲求モンスターだ。自覚している。
ギターヒーローとして動画を見てもらって、少しづつ上手くなって、コメントでみんなに誉めて貰うのが快感だった。
そして、今の私がもとめているのは、バンドとしてみんなで一緒に上手くなっていくこと。それを誉めて貰うこと。
今日、あらためて実感した。
私は、結束バンドのみんなと、みんなで一緒に曲を作って、練習して、悩んで、少しづつバンドが上手くなって、……その過程を世間の人々に誉めて貰いたい。そうやってちやほやされたいんだ。
STARRY。ステージからもっとも遠い壁際。
山田リョウは、ひとり壁により掛かり、唇を噛みしめている。視線だけは、食い入るようにステージを見つめながら。
「リョウ。またこんなところで、通ぶって」
そんなリョウに声をかける少女。リョウの幼馴染みにして結束バンドのリーダーだ。
「虹夏。……なに?」
普段なら「音を聴け音を」とか減らず口をたたくはずだが、やっぱり今日のリョウは斬れ味が悪い。
「ねぇ、リョウからぼっちちゃんに伝えて欲しいことがあるんだけど……」
「……伝えたいことがあるなら、自分でやればいい。虹夏がリーダーなんだし」
虹夏にはわかる。そっけないふりをしつつも、リョウはあきらかに動揺している。
「うーん。私より、リョウが伝えた方が効果あると思うんだよね。意外性、と言う点で。だから、ね」
両手を顔の前で合わせ、片目をつむる幼馴染み。
「……虹夏は心配じゃないの? ひとりだけ遠くに行ってしまったぼっちのこと。もしかしたら結束バンドをでていってしまうかも、って」
「そりゃあんな演奏見せられたら心配しないわけないよ。でも、……でも、結束バンドも心配だけど、それよりも、私はリョウがいつまでもウジウジしているのを見ていたくない、かな」
呆気にとられたリョウ。バンドに夢を掛けていたはずの幼馴染みの顔を、ただ見つめることしかできない。
「リョウの想いは、きっとぼっちちゃんに伝わるよ。だから、自分の口で言って欲しいな。ね、……私からのお願い」
「……わかった。虹夏がそこまで言うのなら、しかたがない」
(もー、素直じゃないなぁ!)
虹夏は喉まで出かかった声を、むりやり飲み込んだ。
次こそ完結になるはずです。
頭の中で妄想していたことを実際に文字にするってホントむずかしいですね。