ぼっちがいろんな人とセッションするおはなし 作:koshikoshikoshi
あけましておめでとうございます。
「ハァ、ハァ、ハァ、……。ヒトリ、ほんとうまいデスネ。こんな楽しいアニソンセッションできたのはヒトリのおかげデス!」
ライブ配信開始から小一時間。一区切りついたところで、イライザがぼっちに声をかけた。
「あ、い、いえ。イライザさんのおかげです」
「ふっふっふ、でもここまではウオーミングアップ。本番はこれからですヨ、……っとその前に、一旦休憩しまショー」
「え、休憩? あ、はい」
まだまだぶっ通しで続けるつもりだったぼっちは、ちょっとだけ身体から力が抜けた。そんなぼっちにおかまいなく、イライザはカメラにむかって叫ぶ。そしてウィンク。
「みんな! すぐ戻ってくるからまってクダサイ!」
イライザは強引にぼっちの手を引くと、カメラの画角から去ってしまった。
【すげぇもう一時間も弾きっぱなし、ってここで休憩か】
【トイレタイムか】
【お花摘みだろ】
【やっぱりFOLTの関係者なのかねギターヒーローさん】
【でもFOLTのステージでピンクジャージなんてみたことないぞ】
【ピンクジャージの客なら何度か見たことある】
【あ、おれも】
【なにそれ詳しく】
【さすがにライブハウスであのジャージは目立つし一度見たら忘れられない】
【本人が黙ってるんだから詮索やめとけ】
【オレもしりたい】
【FOLTチャンネルで大槻ヨヨコとメントスコーラやってた子?】
【やめろって】
【ほらほらふたり戻ってきた】
【再開だ】
【えっ?】
【うわ!】
【やりやがった】
【イライザというか寿司侍なら絶対こうなると思った】
【ぎ、ぎたーひーろーさんが、コスプレ?】
それは休憩中。
(楽しいな……。イライザさんとのセッションだと不思議と疲れないし、まだまだやりたいかも)
スタジオの外、ぼっちが汗を拭きペットボトルから水をのんでいると、ふたたびイライザが声をかけてくれた。なにやら紙袋を抱えている。
「ヒトリ。楽しんでますカ?」
「あ、はい。とても楽しいです」
「後半はもう一段ギアあげていきますよ! オーケー?」
「あ、はい。もちろん」
「よし! ……じゃあせっかくだからコスプレしマスヨ!」
「え?」
「もちろんひとりの分も衣装持ってきましたヨ!」
「ええええええ?」
目の前でイライザが広げた衣装。それは必要以上にひらひらきらきらしているように見えた。
こ、こ、ここここここれは?
確かに見覚えがあるコスチューム。毎週日曜日の朝、ふたりが食いつくように見ているアニメ。ギターヒーローとして主題歌を弾いたこともある。魔法少女だ。
こ、こ、こ、こ、これを、私に着れと?
少女向けアニメの衣装なので露出はそれほどでもないが、しかし当然のごとくスカートは超ミニ。袖なし。身体のラインまるだし。普段ジャージ姿のぼっちには刺激が強すぎる。
「さーさーヒトリ。いっしょにこれを着るデスヨ!」
「ええええ〜、わわわわたしがコスプレなんて!」
「大丈夫大丈夫! もともときくりのサイズに合わせて作った衣装ですが、きっとヒトリにも着れるはずデスヨ」
「さささサイズの問題じゃなくて! むむむ無理です無理です無理ですぅ!」
ぼっちは助けを周囲の人に助けを求める。しかし……。
「ぼっちちゃん、ごめん。つきあってやって。ホントに私もそれ着せられたことあるし」
え? おねえさん?
「そう、私からも頼むよ後藤さん。イライザがああなったら誰も止められないんだ」
え? 岩下さんも?
「ぼっちちゃん、たまにはコスプレくらいいいんじゃない? どうせ顔は写さないんだし」
「ぼっち。覚悟を決めるんだ。いつかの完熟マンゴーだってコスプレの一種とも言えるし、なによりもこれはオタク層に売り込むチャンス!」
「きゃーー、素敵な衣装。ひとりちゃん、きっと似合うわ」
えええ? 結束バンドのみんなまで?
「さーさー、ヒトリ。わたしといっしょに魔法少女にナリキルヨ!」
唖然としているあいだに控え室につれこまれる。着換えさせられる。戻ってきたふたりを前に、関係者はみな一様に息をのんだ。
「……やっぱり! ぼっちちゃん、かわいい! 似合ってるよ!!」
「くっ、惜しい。やはり日朝アニメでは露出はこれが限界か。ぼっち、次はもう少し露出度高いコスプレを」
「ひとりちゃん、……スタイル良すぎだわ」
き、喜多さんスマホ向けないで!
「どうせこれからその姿でネット配信するんだから、写真くらいいいでしょ!」
ひーーー! ギターヒーローとしてのアイデンティティがぁ!!
みんなにむりやり手を引かれてカメラの前に立たされる。隣のイライザのテンションがさらにあがる。
「みんなー、お待たせしましたネ! 後半スタートするヨ!」
もちろん視聴者も息をのむ。そして盛り上がる。
【うおおお!】
【おおおおおお、かわいい】
【うまれてきてよかった】
【これなんのコスプレ?】
【ピュアクレッシェンドとピュアディミヌエンド】
【完成度たかいなぁ】
【ふたりともスタイル良すぎだろ】
【か、顔を見せて】
【ギターヒーロー胸でけぇ】
【はちきれそう】
【衣装サイズがあってないんじゃ】
【ありがたや】
【それにしても顔がみたい】
【それな】
ギターを抱えながらおどおど挙動不審のぼっち。だが、それにかまうことなくイライザの合図で演奏が始まってしまう。
ギターヒーローの名は伊達じゃない。曲が始まってしまえば、本能的にギターは弾ける。たしかに弾ける、が、しかし、この期に及んでも、恥ずかしいものは恥ずかしい。その場に座り込んでしまいたい。いや、ゴミ箱の中に逃げ込みたい。
それに、恥ずかしいだけじゃない。
(こ、この配信、もしふたりに見られたら、なんて言われるか……)
後藤ふたりことぼっちの妹(五歳)は、ギターヒーローの動画は必ずみてくれる。そして、……日曜朝のアニメも毎週かならずみているのだ。
(またしても私の家庭内ヒエラルキーがランクダウンしてしまう!)
そんなぼっちを横目でみながら、イライザは独りごちる。
うーーん。ヒトリ、まだ乗り切れないようですネ。……でも、あなたもギタリスト。これを聞いても恥ずかしがっていられますカ?
ついに念願のアニソンライブを実現したイライザ。さらにコスプレに身をつつみ、もう思い残すことはなにもない。封印されていたその本領が、ついに発揮される時がきた。
【イライザ自分で歌い始めた】
【暴走だ】
【歌はあまり上手くないが】
【そこは愛嬌。でも楽しそうでいい】
【おいおい歌だけじゃなく踊り始めたぞ】
【歌いながら踊りながらよくこれだけギター弾けるもんだ】
【イライザはのりのりだがギターヒーローは恥ずかしそうだな】
【内股のへっぴり腰になってる】
【そこがいいんだよギターヒーロー】
【イライザ派手なパフォーマンスが目立つけどこのギター凄いぞ】
【レベル高すぎ。ほんとにぶっつけ本番なの?】
【ただ速いだけじゃなくてアレンジの奇抜さというか咄嗟にでてくるフレーズが想像を超えるというか】
【ギタヒ負けてるかも】
【まぁアニソンこそイライザのホームだから仕方が無いか】
【がんばれギターヒーロー】
(え? イライザさん、いまのフレーズは?)
それぞれ自分勝手に弾こうと事前に決めたといっても、もちろん隣の音を全く聞かないわけじゃない。完全に耳を塞いでいるわけではない。ぼっちの耳にきこえるイライザの演奏は、相変わらず完璧に論理的。だが……。
(え? え? こんなのあり?)
隣のわたしの意図を瞬時に読み取って繰り出される奇抜なアレンジ。それが、独創的とかいうレベルじゃない。こんなの聞いたことが無い。
ぼっちは、思わず手を止めそうになる。イライザの演奏に聴き入りそうになる。
(すごい。まったく予想できないアレンジ。……なのに、合わせてみれば理屈に合ってる)
アニソン愛にあふれる鮮烈な感情が注ぎ込まれた音たち。その大胆過ぎる展開が予定調和を打ち破る。それは、ぼっちの予想をはるか彼方の斜め上に超えた、ぼっちにとってまったくの未知の領域。それなのに、なぜか破綻しない。どこまでもいっても徹底的にロジカルなのだ。
(い、いったいどうすれば、こんなフレーズが思いつけるの? イライザさん、いったいどんな練習してきたの?)
「お、コスプレのおかげなのか? イライザますます調子に乗ってきたな」
志麻がつぶやく。ひさびさに調子よさそうな仲間をみて嬉しそうだ。
「うん、絶好調だね。イライザの本当の凄さってさ、技術はもちろんだけど、やっぱりあの引き出しの多さだねぇ」
きくりも笑いながらそれに応える。
「イライザの音楽はロックだけじゃない。ジャズやクラシックは家庭環境で学んだそうだが、そこからサブカルやアニソンまでテイストを常に全身全霊で学んで、吸収して、……人生を賭けているというか、音楽にかけるあの貪欲さは凄いよな」
「そう、イライザはコスプレも同人誌もアニメ趣味もとにかく人生そのものを全力で楽しんで、それを音楽に活かしているのが凄いんだ。私らには真似できないなぁ」
へらへらと笑うきくり。
(……いや、そんなイライザと酒の力を借りてとは言え毎回ライブのステージで対等以上に勝負しているお前も十分凄いと思うぞ、廣井)
志麻は黙ってうなずく。
(おまえがいるからこそイライザもSICKHACKにいてくれるんだろう。ありがとう、……なんてことは本人には絶対に言ってやらないけどな)
そんな志麻の気持ちを知ってか知らずか、きくりが鬼ころしを一気に飲み干した。
「さすがのぼっちちゃんも、本気のイライザ相手にしてちょっととまどってるようだねぇ」
……さぁて、ぼっちちゃん。どうする?
(イライザさん、……普通に上手いだけじゃない。引き出しが多いんだ。わたしなんかより、はるかに)
ぼっちのギターはある意味、我流を極めたものだ。技術的には飛び抜けていても、体系だった知識を学んだことはない。瞬間瞬間のイライザの演奏は、そんなぼっちの予想を斜め上に超えてくる。聞いたことの無い未知のフレーズを、信じられないタイミングでかぶせてくる。なのに、曲が破綻しない。ぼっちのギターと乖離しない。どこまでもロジカルにスマートに弾きこなす。
(SICKHACKのインタビュー記事で、イライザさんのルーツにはジャズやアニソンがあるっていったけど、これのこと?)
それに……。
ぼっちはチラリとイライザを見る。スタイル抜群の美少女がギターを弾きながら踊っている。飛び跳ねている。飛び散る汗と金髪が輝く。その顔はそれはそれは楽しそうで、嬉しそうで。
……こんなに楽しそうにギター弾いている人、はじめてみた。イライザさん、本当にアニソンが好きなんだなぁ。
翻って、自分の姿。
恥ずかしいコスプレ衣装のせいで、身体中ガチガチに硬直している。……いや、衣装のせいだけじゃない。いつもの結束バンドティーシャツでも、ピンクジャージの時だって、私はあんな風にギターを弾くことは出来ない。
だけど、だけど、イライザさんみたいにはできないけど、……私だってギターが好きだ。その点だけでは絶対に負けていない。……はずだ。たぶん。
せめてギターを楽しむ姿勢だけでも真似したい。どんな時でも、音楽を楽しみたい。イライザさんのように、引き出しを広げたい!
ぼっちは、ギターを弾く腕に力を込める。目の前のリズムに、旋律に、音楽そのものに集中する。そして、いつの間にかカメラの存在もコスプレの恥ずかしさも忘れていた。
あれ?
イライザは気づいた。ノリノリでも、……ノリノリだからこそ、隣のぼっちの音がよくきこえる。
これ、さっき私が弾いたフレーズと同じですネ。
いまぼっちが弾いたフレーズは、ちょっと前に自分が弾いたものだ。
(盗みましたネ、ヒトリ)
すかさずアイコンタクトを送る。
(ああああ、ご、ごめんなさい。つい)
(一回聞いてすぐ真似できるなんて凄いデスネ。でも大丈夫大丈夫、どんどん盗んでください!)
え?
イライザの回転数が更に上がる。
ほら、これも、これも、これも、これも!
ぼっちの眼には、イライザのギターが火を吹いたように見えた。生まれて初めて聞くフレーズが。信じられないアレンジが。斬新なテクニックが。次から次へとイライザから噴き出してくる。
(イ、イライザさん、……もしかして、私のために?)
(アニソンを愛する仲間が増えるのはうれしいヨ。それになにより私達は、ギターを愛するもの同士ネ!)
は、はい!
(ついでに、ギター弾きながらいっしょに踊るデスヨ!)
えええ、それはちょっと。
【おおギターヒーローものってきた】
【イライザといっしょに飛び跳ねて……これ踊ってるのか?】
【ギターヒーローできの悪い操り人形みたいだ】
【自分では踊ってるつもりなんだろ】
【運動神経鈍そうだから仕方ない】
【ふっきれたのか開き直ったのか】
【す、スカートがもう少しで】
【ふたりとも脚きれいだなぁ】
【おまえら曲を聴け曲を】
【ひと言でアニソンといってもいろいろあるんだな】
【ふたりが即興で勝手にアレンジしまくってるしな】
【ていうかアレンジしすぎで原曲とはまったく違うじゃん】
【ギターヒーローの演奏っていつもは技術をひけらかす様でちょっと嫌味に感じることがあるんだけど今日はアニソンへの愛を感じる】
【あ、わかるそれ】
【おれはひたすらストイックでエゴイストでとことんギタリストなギターヒーローが好きなんだが】
【魔法少女のコスプレしておいていまさらストイックとか】
【それ両立するだろ】
【そんなことよりはちきれそうな胸が】
【曲に合わせてゆれるゆれる】
【顔写さないのは仕方ないにしてももっとカメラよってくれ】
【だから曲を聴けと】
「ひとりちゃん、楽しそう。わたしもあんなギタリストになりたいわ。……先輩、結束バンドでもアニソンカバーしませんか?」
そろそろ配信も終わろうかという頃合い、喜多が唐突にへんな言い出した。同じギタリストとしてふたりのセッションに思うところがあったのかもしれない。瞳がキラキラしている。
「え、喜多ちゃん。アニソンやったからってあの二人みたいになれるというわけでは……。ま、いいか。わたしもやりたいな、電波系。楽しそうだし、もしかしたらファン層が広がるかもしれないし」
虹夏も同意する。
「えー、ぼっちはともかく、わたしらの硬派なイメージが……」
リョウが面倒くさそうな顔で拒否するが……。
「いまさらなに格好つけてるのよ、リョウ。早口で解説まくしたてるくらい大好きなくせに!」
ぐっ。
答えに詰まったリョウに対して、喜多が追い打ちを掛ける。
「あ、もちろん、みなさんコスプレもしますよね? しますよね! しましょう!」
「え? えーと、あんまり恥ずかしいのじゃなければいいけど……」
「えー、だから私の硬派なイメ……『リョウ! ぼっちちゃんにコスプレさせておいてひとりだけ逃げようとしてもダメ!』」
ぐぐっ。
盛り上がっているのはSIDEROSの面々も同じだ。
「いいなぁ。あんなに弾けたら楽しいだろうなぁ……」
普段からイライザに練習法など相談している楓子がつぶやく。
「私もアニソンやってみたいなぁ、……SIDEROSのみんなと」
「……だめ!」
隣にいる幽々も楓子に同意する。
「私も〜」
「だめよ!」
もちろんあくびも同じだ。
「よ、ヨヨコ先輩! SIDEROSでもアニソン……」
「だめだったら! あなたたち、SIDEROSのメタルに誇りはないの?」
「たまには別ジャンルやるのも刺激になるんじゃないかとぉ……」
「ルシファ〜ちゃんとベルフェゴ〜ルちゃんもやってみれば、って〜」
「ヨヨコ先輩だって、ふたりの演奏聴きながらノリノリだったっす」
くっ。
「そ、そこまで言うのなら、……一回だけなら、いい、わよ」
「やったぁ」
「さすがヨヨコ先輩っす」
「コスプレ衣装は〜、まかせてくださ〜い〜」
「幽々それはやめて」
「あんなに簡単に真似できちゃうとは……。うーん、さすがぼっちちゃんだね」
新しい紙パック鬼ころしにストローを射し込みながら、きくりが笑う。
「ああ。イライザも満足そうだし、やってよかったなコラボ」
志麻も釣られて笑う。
「……それにしてもさ、イライザのあのアニメ愛はすごいよねぇ。コスプレはともかく、バンド以外にあれだけのめり込めるものがあるって、ちょっとうらやましいかも」
「ああ。もしイライザが同人誌に集中してSICKHACKに来てくれなかったらと思うと、冷や汗がでてくるな」
「バンドで好き勝手ばっかりやってる私がいうのもなんだけどさ。たまにはイライザの思いを汲んでSICKHACKでもアニソンコピーとかやってもいいかもねぇ」
「え? そうか、……廣井がそれを言うとはおもわなかったが。うん、たしかに、たまにはそういうのもいいか」
「へい! 志麻、きくり! 今の言葉わすれちゃだめデスヨ!」
は?
ふたりがステージに視線を移すと、セッションはちょうど曲の切れ目。眼を輝かせ耳をダンボにしたイライザが、嬉しそうにこちらをみている。
「FOLTチャンネル視聴者のみなサン! 次のSICKHACKのライブはアニソンですヨ!!」
「ま、まってイライザ……」
「いまのは言葉の綾というか……」
「この配信が終わったらすぐにアニソン練習はじめるよ! もちろん全員分のコスプレ衣装も用意するデスヨ!」
ひぃぃぃ。
その後しばらく、FOLTとSTARRYではなぜかアニソンライブが流行したという。