ぼっちがいろんな人とセッションするおはなし 作:koshikoshikoshi
ぼっちちゃんにとって廣井おねえさんはお師匠様ですが、きっと廣井さんにもいろいろと音楽にかかわる悩みがあると思うのです。
【すげぇなこれ事前の打ち合わせなんてないんだろ?】
【無茶苦茶だ。元の曲の片鱗もない】
【もう曲ですらねぇよ。大道芸だ】
【いや音楽に聞こえるぞ。聞こえるよな?】
【オレは好きだなこのパフォーマンス】
【なんでもできちゃうギターヒーロー】
【予測不能でわくわくして楽しい】
【観客もノリノリだ】
【いつものように廣井が暴れださないか心配】
【訓練されたSICKHACKファンの前以外であのノリはやらんだろ、とは言い切れない】
【さすがにお子様もみてる路上でそれはない。ない、よね?】
【いいなぁ。オレも現場で聴きてー】
「ぼっちちゃん、凄いよ!」
人垣の後ろ。遠巻きにふたりを見ながら、虹夏はつぶやいた。
結束バンドのリーダーである虹夏は、最近のライブにそれなりに手応えを感じていた。
大槻さんとのコラボの後、ぼっちちゃんは少しだけ変わった。うまく言えないけど、私たちにあまり遠慮しなくなった。無理にあわせようとせず、自分のリズムを保ってくれるようになった。リョウの言い方を借りれば、すこしは私達を信用してくれるようになったのかもしれない。
まだまだギターヒーローの全力疾走にはほど遠いけど、結束バンド全体にとっては大きな大きな進歩と言えよう。すべてぼっちちゃんのおかげだ。
そのぼっちちゃんが、いま目の前で繰り広げている廣井さんとの掛け合い。
虹夏は素直に感動していた。
なんて楽しそうな演奏。いや、これは会話だ。本人達だけじゃない、いつのまにか私達観客も巻き込んで。……バンドって、こんなに自由で、人をわくわくさせることができるんだ!
なぜ姉がバンド活動にのめり込んだのか。なぜライブハウスの経営を志したのか。その理由がやっと理解できたような気がした。
そして、今さらながら、自分自身が結束バンドに求めているものも……。
虹夏は拳を握りしめる。
いける! いまはまだまだダメダメな結束バンドだけど、ぼっちちゃんと一緒なら私達だってあそこまでいける! 夢がかなう!!
「ひとりちゃん、きれい……」
その隣の喜多ちゃんも、虹夏と同じくらい感動している。しかしそのニュアンスは、虹夏とは少々ベクトルが異なっていた。
観客の視線の先で一心不乱にギターをつま弾くひとりちゃん。星形メガネにいつものピンクジャージ。いつものうつむいた前傾姿勢。バンド仲間とのコミュニケーションすら上手くはできない人見知り。
だけど、今日のひとりちゃんはちがう。まるで別人だ。
廣井さんとのギターを通したやりとり。それはまるで家族のように深い深い愛情にあふれて。親友のようにお互いを信頼しきって。そして、恋人同士のように頬を染めはにかみながら愛をささやくような……。
こんなに感情を露わにするひとりちゃん、初めてみた。声や表情ではなくギターで、というのがいかにもひとりちゃんらしいけど。
ギターの音色だけではない。
太陽の下、大きなアクションにともない空中を舞う長い髪。蒼空に弾ける透明な汗。リズミカルに屈伸するしなやかな肢体。美しい音色に合わせてなめらかに躍動する身体の曲線。ときおり髪の隙間から覗くわずかに紅く染まった頬。星形メガネの奥に輝くうるんだ青い瞳。恍惚とした表情。
……きれい。
もはや『人』ではない。喜多にとって、そして観客の多くにとって、いまのギターヒーローはまるでギターを奏でる女神。
ただひとつ気に食わないのは、ひとりちゃんにこんな顔をさせているのがあの廣井さんだということ。
いつか、いつか、私も、……私だって、ひとりちゃんにこんな顔をさせてあげるわ。
(なぁ、ぼっちちゃん。ライブの客が一番よろこんでくれるのって、どんなときだと思う?)
きくりのベースが、ぼっちに問い掛けたような気がした。
(え? そ、それは、……良い曲を、きいたとき?)
ぼっちがギターで応える。言葉で話すのは苦手だけど、これなら言いたいことが言えるような気がする。
(まぁ、当然それもあるかな。でも一番はね『自分もライブに参加した』という実感を得た時なのさ)
(あ、わ、わかるような気がします。でも、そーゆーステージって、難しいですよね)
いま、目の前にいるお客さん達。私達の演奏に喜んでくれているように見える。けど、ライブに参加したと、実感してくれているだろうか?
(そう難しくないんだな、これが。なぜなら、ライブの客は金を払ってるからね。金と時間を浪費して参加したライブがつまらなかった、なんて思いたくない。だから、私らが『ロックのお作法に従ったライブ』さえやってやれば、客もお作法に従ってノリノリになってくれる。で、自分もライブに参加したと思い込んで満足してくれるんだよ)
(ええええ? そんな……)
(まぁ、その『お作法』ってのを身につけるのも大変なんだけどね。でもね、ぼっちちゃん。私はね、やっぱり自分が楽しい音楽がやりたいんだ。ホントは客なんか置き去りにして、自分が幸せになるような音楽をやりたいんだ。音楽ってそーゆーもんでしょ。もちろんそのついでにお客がよろこんでくれたら嬉しいけどね。 ……いい歳して、バカみたいでしょ)
(あ、え、で、でも、おねぇさんは、む、む、無茶苦茶なライブで、それができてるんじゃ……?)
(ぜんぜんダメさぁ。暴れるのだってただのお約束の一部。だから、……まぁ私の事はいいや。でも、ぼっちちゃん、君ならそれができるんじゃないかと思うんだ。ぼっちちゃんは、もっともっとエゴイスティックになって欲しいな。君にはそれができるだけの実力がある! わかった?)
(は、はい。わ、わかり、ま、し、た)
何がわかったのか自分でもよくわからないまま、ぼっちは頷いた。内容よりも、ギターを通してセッション相手と会話できたことが、とにかく嬉しかった。
(廣井とぼっちちゃんのセッション、許したのは失敗だったかもなぁ……)
脳天気に感動している妹たちを横目で見ながら、星歌は口の中だけで独りごちた。
ぼっちちゃんはもちろん、三人にとっても良い刺激になるとおもったんだが……。
星歌の視線がむいているのは、山田リョウだ。ベーシストであるリョウは、ひたすら無表情。ただ黙ったまま二人のセッションをみつめている。
(廣井と同じベーシストというのもあるのだろうが、なまじ他のふたりより才能があり、経験を積んでるが故に、『わかってしまう』のだろうなぁ)
多くのバンドの成長や挫折、そして解散までの軌跡をその目で見てきた星歌には、いまリョウが抱いている不安が手に取るようにわかる。
(不安になるのも無理は無い。メンバー間で実力の差がありすぎるバンドでは当然のことだ。そして、その不安はもしかしたら、……いや、高い確率で的中してしまうだろうなぁ。私にとっても残念な事だが)
ぼっちちゃんが今後のバンド活動をどうするのかは他人にはどうしようもないことだし、おまえ自身だってまだまだあせる年齢じゃないんだよ。
(……なんてことを忠告してやるのは、私のガラじゃないよなぁ。そもそも自分自身でわかってるだろうし)
結局、星歌はリョウに言葉をかけられなかった。
わーーー!
大きな拍手と大歓声に我に返る。
ぼっちが顔をあげたとき、すでに曲(?)が終わっていた。
「どうだいぼっちちゃん。楽しかった?」
再びきくりがひとりの肩を抱き、耳元でささやく。酒臭い息が、なぜか今は心地良い。
「あ、はい。……えへへ。本当に楽しかったです。おねえさんありがとうございます」
廣井お姉さんの音楽に対する思いが聞けたような気がして、本当に嬉しかった。ライブでなかったら、ギターなしだったら、こんなことは絶対にできない。
「私はなにもしてないよ。メトロノーム役に飽きたこのスーパーウルトラ酒吞童子EXが、ちょっと話しかけてみただけ。応えてくれたのは、ぼっちちゃん。……いや、ぼっちちゃんのギターだ」
「で、でも、でも、普段の私はこんなことできなくて。今日はカリスマのおねえさんが相手だから……」
「ちがーう! ちがうよぼっちちゃん。君のギターはもともとおしゃべりが大好きなんだ。君がちょっとだけ力を貸してあげれば、ギターが勝手におしゃべりしてくれるんだ。わかったかい?」
「あ、……はい。わかったような気がします」
「まぁ、今はそれで十分さ。……さぁ、もう一曲いこうか! 路上ライブの醍醐味は、客の反応がまったく予測できないことだ。好き勝手おしゃべりして客も巻き込んでやろう。なぁに、すべってシラケちゃったら逃げ出せばいいのさ」
「あ、はい!」