サイボーグさんの家が何者かに襲撃された模様。
急げサイボーグさん!
「母さん……!?」
10号だった一般人をチェリーの奴が路肩に寝かせた直後、電波に乗って母さんの助けを求める声と爆音が聞こえた。
最悪の想像が頭の中に広がった。
そのままあたしは、脇目も降らずにヤタガラスの黒翼を広げて飛び立った。
風のように景色が流れていくのに、全く爽快感が無かった。
あたしが帰宅したとき、実家は壁の一部が破られていて見るからに物々しい雰囲気だった。
建物の周囲に母さんの姿が見えないのは気になるけど、付近の住人と一緒に避難していると信じるしかない。
そして、その壁の穴から現れたのは……漆黒の身体に真っ赤な複眼を光らせた、バッタかコオロギみたいな顔をした怪人で。
その姿は、20年前の夜明けの大火の日に、あたしらの未来を奪った元凶で間違いなかった。
「てめええええっ!!」
「トウッ!!」
全力で殴り掛かったあたしの拳は宙を切った。
代わりに0号の拳があたしを殴り飛ばした。
よく分からない動きだった。
後ろ向きに回転するようにジャンプしたハズの0号が、空中で前進しながら拳を打ってきたんだ。
「お姉さん、大丈夫ですか?」
そんな頭に血が上っているあたしの元へ、チェリーの奴が遅れて駆け付けた。
あたしの様子がおかしいと察して、走って追いかけてきたんだろう。
だがそんな御節介も、今は有難い。
いけ好かないコイツの手を借りてでも、0号はこの場で殺す!
「怒りを感じてはいけない、とは言いません。けれども、冷静さは失わないでください」
キュアチェリーのゆったりした声にも、少しだけ緊張が含まれているような気がした。
さっきの10号の件もあって、こんな状況じゃ落ち着くのが難しいのは分かり切っていた。
それでも、あたしは何とか冷静であろうとした。
そうすると、少しずつ視界が明るくなっていくような気がした。
改めて敵の様子を観察してみると、やっぱり敵は0号で間違いない。
2メートルほどの漆黒の人型が、紫色の球体を片手に持ってこちらを観察している。
……ん?
紫色の球体?
アレって、今までの地球外知性体の心臓部と同じヤツだよな?
なんで0号がそんなものを左手に握ってんだ……?
惨劇は、一瞬だった。
0号が、左手に持っていた紫色の球体を握り潰した。
あたしは、突然の事態に理解が遅れた。
あまりにも、呆気なかった。
柔らかい果実みたいにグチャグチャに、紫の液体が滴った。
一つの輝きが、潰えた音が聞こえた。
「どういう、ことだ……? どうしてお前が、地球外知性体を殺すんだ……?」
訳が分からなかった。
0号は20年前の惨劇の元凶で、最近の地球外知性体騒動も0号のせいで引き起こされたんだろうに。
それなのに、どうして0号が推定11号の心臓部を破壊したんだ……?
「この地球人は、既に進化の因子に侵されていて手遅れだった。被害が拡大する前に俺が処分した」
よく通る、低い声が聞こえた。
不思議と邪悪な感じには聞こえなかった。
理性的で落ち着いていて、今しがた一つの生命を摘み取った者の声とは思えなかった。
0号の左手から滴る紫色の液体と残骸だけが、惨劇を物語っていた。
「何を、言ってんだ? これまで地球外知性体を散々作ってきたくせに、今更何を言ってんだよ!?」
0号がここまで流暢に喋るのは意外だったけど、それは今はどうでもいい。
20年も潜伏していたら、現地語の一つや二つ習得していてもおかしくはない。
チェリーの奴だって宇宙人だろうけど、日本語ペラペラだしな。ちょっと……いやかなり癖のある喋り方だけど。
「誤解があるようだ。君達が地球外知性体と呼ぶ存在を作り出している悲劇の元凶は、俺ではない」
「パチこいてんじゃねぇぞ!! 20年前のあの日に地球人を殺しまくったお前が、悲劇を語るんじゃねぇっ!!」
あたしは、頭に血が登っていた。
何とか冷静に0号と会話を続けようとしたけど、ギリギリだった。
傍らで何も言ってくれないチェリーのことが視界から外れるぐらいには興奮状態だった。
20年前にあたしらの日常と未来を踏み躙った元凶が、あろうことか悲劇を語り始めたとあっちゃぁ、冷静でいられるはずも無かった。
「確かに、君の言う通りだ。地球人を殺した俺の罪は消えない。だが信じて欲しい。
あの場にいた地球人は進化の因子に既に蝕まれていた。被害の拡散を防ぐために、可能な限り殺すしかなかった」
「……進化の因子、ってさっきも言ってたな。何なんだよそれ」
怒りに浮かされた脳裏に、チリチリと嫌な感覚が走っていた。
0号から可能な限り情報を得るべきだ、とあたしの中の一番理性的な部分が叫んだ。
この先を聞いちゃいけない、と理性じゃない部分が囁いた。
「俺の故郷の博学者たちは、神が造らせた進化の実だと言っていた。
ある日突然宇宙から飛来した『神の御使い』が持ち込んだ因子によって、同胞たちは異形の怪物へと次々に
その話は……ヤタガラスのブラックボックスから解析された話と一緒だ。
謎の外宇宙生命体が現れて、住人達が怪物だらけになって滅んだ一つの星の記録をあたしは思い出していた。
住民たちの執念の甲斐あって、怪物化の因子に抵抗力を持つ「太陽の子」が発見され、その特性をベースに「王の石」が作られたって話だ。
ブラックボックスの記録はそこで終わっていたけど、その後は想像に難くない。
滅びを回避できなかった住人達が「王の石」と「太陽の子」の運び手としてヤタガラスを作り、その二つは地球ではそれぞれ「桜色の結晶体」と「風杉マナ」と呼ばれることになるんだ。
……そう、あたしや母さんは思っていた。
だけど。
もし、そうじゃなかったとしたら。
「神の御使いが俺たちの星に持ち込んだ聖櫃からは何の変哲もない赤子が生まれ、普通の子として育てられた。
だがその赤子は神の意思を遂行するべく進化の因子をばらまく災厄の子だった。俺が先程破壊した聖櫃は、それを生成するための神器だった」
あたしが廃神社から回収してきた黒い揺り籠には、3Dプリンターのような機能があるって母さんから聞いたことがあった。
その時のあたしらは、滅んだ星の人たちが秘密兵器を作らせるためにそんな機能を用意したんだろうって思っちまってた。
でも、0号の言い分は……それとは全く違った。
黒い揺り籠から生成される兵器が、未来ではなく過去に既に生成されていたのだとしたら。
「……待てよ。待ってくれ。それじゃぁ、まさか、お前の言う『御使い』ってのは……!」
「君の後ろに居る」
あたしの後ろには人間は居ない。
だから0号の指す存在が何なのか、明らかだった。
地球人の誰しもが、想定していなかった事態だ。
夜明けの大火の日に0号とヤタガラスが戦ったのは知っていても、両者に関する理解が足りていなかった。
本当に危険だったのは……0号じゃなかったんだ。
そいつは星から星へ渡って、強制的に進化を促す因子を撒き散らして滅ぼす迷惑すぎる存在で。
現地の生物を模した災厄の子を生成して、最後には次の星へと飛び立つ。
神の御使いなんて呼んだら、耳障りが良すぎて吐き気がするような存在だ。
あたしらなんか目じゃないぐらいの高次元の存在が作ったオーパーツではあるんだろうけどな。
信じていたものが、何もかもひっくり返ったような気がした。
0号を殺すために辛いリハビリにも耐えて、戦い続けてきたのに。
その全てが空回りで、全て徒労だったように感じてしまった。
「どうしてこうなったんだ、意味わかんねぇよ! 何がどうなってんだ! お前、一体何なんだよっ!!」
あたしは、自分が何を叫んでいるかも分からないまま声を荒らげていた。
何もかもが信じられなかった。
漆黒の身体に深紅の目を輝かせている0号を倒せば、全てが終わると思っていたのに。
「故郷で呼ばれていた名ならば、あるぞ。俺は『太陽の子』だ」
あとがき
明かされるヤタガラスの真実。
でもたぶん仮面ライダーアギト履修者なら、進化の否定者が敵で、進化の肯定者が味方なんだろうなって薄々気づきながら読んでいそう……。
「太陽の子」に関連するヒントもあったので、そちらから気付かれた方も多かったかもしれません。