廃遊園地で0号と戦いはじめた2人だったが、やはり0号は強かった。
逃げ込んだ先のミラーハウスで、魔法少女さんの限界が近いことが判明してしまう。
サイボーグさんの出した結論とは……?
「予定変更だ。こいつを使ってくれ。頼む」
あたしは、ガワだけの親友のポケベルを懐から取り出して、その中に収納されていた銀色の鍵を取り出した。
いつものリミット解除とは違う、正真正銘の最後の安全装置だ。
そいつをサイボーグボディの背中側のエンジンにある穴に差し込んで回してくれ。
そう、8号との戦いの時にも頼んだことがあった。
――奥の手と言いましたよね。それを使用した場合の成功率……お姉さんの生還率は、どの程度でしょうか?
――うるせぇな。確率なんてモンは根性でいくらでも覆せるんだよ。
「……嫌です」
あの時にも、断られたっけな。
限界は超えちゃいけないんだ、って説教されたんだ。
確かにお前は正しいよ。
この銀色の鍵は、超えちゃいけない限界を超えるためのモンだ。
生還する可能性の方が遥かに低いってことぐらい、機械仕掛けの耳にタコができるぐらい母さんから聞かされてる。
……けどよ。
「確かに、限界が設定されてんのはあたしの身を守るためだ。けどその鍵を母さんが託してくれたのは、それ以上にあたしの判断を信じてるからだ」
「でも、」
反論しようとしたチェリーの小さな身体を、あたしは抱き寄せた。
ボロボロの背中に手をまわしながら、あたしの鋼の胸元へと抱きしめた。
焼けただれて血が滲んだ背中は、生身の手で触ったら最悪の感触なんだろうな。
こういう時だけは、機械仕掛けの腕で本当に良かった。
いつからだったか自分でも覚えちゃいないけど、チェリーと一緒に居る時だけは……あたしは機械の身体であることを憂鬱に思わなくなっていた。
「ずっと、お前のことは虫が好かなかった。余裕ぶって、何でも出来ますみたいな顔して、あたしの嫌いなタイプの女だって思ってた」
そのくせ実力がちゃんとあるから手に負えねぇよ。
――そんなふうに呼ばれてしまうなんて、心中お察しいたします。悲しいですよね……。
いつもこっちをバカにしてるんだか天然なんだか分からねぇボケをかましやがって。
――お天道様なら、全てお見通しかもしれませんね。
大事なことは全然教えてくれねぇし。
――御容赦ください。……力不足を不甲斐なく思う心は、
なのにいつだって綺麗で、正しくて、強くて。
「でも、自分でもワケ分かんないけど、お前が殺されちまったら……嫌だって思った。
人類の希望だからとか、浄化が役立つからとかじゃなくてよ。……あたしが、嫌なんだ。あたしのワガママだ」
だから、頼む。
あたしは鋼の両腕でチェリーを抱きしめながら、そう囁いた。
「心配すんな。あたしは人類最強のサイボーグだ。象が踏んでも壊れねぇし、必ず生きて戻ってくる」
きっとチェリーは返答に窮しているんだろうな。
前に銀色の鍵を預けようとした時も、意地の張り合いをしたっけ。
もしかしたら今のあたしの心境も、お前が嫌いな強迫観念ってヤツなのかもしれねぇな。
でも、義務感じゃないとは思うんだ。
あたしでも「しなきゃいけない」と「したい」の区別ぐらいはつくんだよ。
「あたしのために必死にこの身体を創ってくれた、母さんの腕と意地を信じてくれ。頼む」
「ズルいですよ、お姉さん……!」
至近距離から見た、顔をあげたキュアチェリーの目は……濡れていた。
涙を堪えたピンクの瞳が、あたしを見上げていた。
お前、そんな顔をすることなんてあんのか。
何だか、高嶺の花ってのに憧れちまうヤツらの気持ちが分かった気がした。
確かにお前は「花」だよ。
たぶん、あたしはキュアチェリーに負けちまってたんだろうな、と思った。
カタログスペックとか戦闘技能とかじゃなくて、心の中にある何かデカいものによってだ。
でも、不思議と悪くない気分だった。
「まったく、何なんだろうな。あたしとお前の関係はさ。素顔も本名も知らないってのによ」
もしかしたら、お前の方はあたしのプロフィールを知ってるのかもしれないけど。
こっちからしたら、すかした面の謎の女だよ。
あたしの嫌いなタイプの女のはずだった。
何となくあたしより年食ってる気はするけど、実年齢も知らない。
「そう……ですね。お友達と呼ぶのは、なんだか御鉢が違いますね」
鉢が違うって言い回し、あたしが知らないだけなのかチェリーのオリジナルなのか、絶妙に判断しかねるラインだなそれ。
まぁ文脈的に、「ちぐはぐだ」とか「しっくりこない」とかみたいな意味か?
花にまつわるチェリー語も、もう何度も聞いたっけな。
「でも、この不思議な御縁があって嬉しく思いました。それだけは間違いありません」
「ああ……あたしも、そう思う」
その言葉を最後に、あたしは銀色の鍵をチェリーの長手袋で覆われた手に握らせた。
チェリーも、黙って頷いてくれた。
あたしの腕から解放されたチェリーは、何も言わずにあたしの背中側へと歩いて回り込んだ。
場所がミラーハウスなおかげで、首を回さなくてもその姿を見ることができた。
鍵穴のすぐ後ろに立って、涙を堪えながら銀色の鍵を見詰めている顔が見えた。
かちり、と音が聞こえた。
背中のエンジンが、今までにないぐらいに震えているのが分かった。
身体中に段々と力が満ちてくる。
下背部に合体したヤタガラスの出力と併せれば、0号にだって勝ち目はある。
高出力モードで安定するまでに1分ぐらいかかるらしいけど、実際に使ってみると1秒1秒がえらく長く感じるな。
怖くないっていったら嘘になる。
20年間のあの日だって、1号と戦った時だって、前に銀色の鍵を使いそうになった時だって、死ぬのは怖いに決まってた。
それに……チェリーの奴に会えなくなるのが、怖く
そうだ。
もし無事に帰ってこられたら、「騙して悪かった」ってチェリーに謝らねぇとな。
ホントは、銀色の鍵を使うのに他者の協力なんて要らないんだ。
鍵穴が背中にあるから一見手が届かないように見えるけど、あたしは全身サイボーグだからな。
肩関節の可動域なんて人間と全然違うし、背中の鍵穴にだってセルフで手が届いちまうんだ。
なのに、それをチェリーに託したのは……縁起ってヤツ、なのかな。
自分でも上手く言えねぇ。
ただ、今までも浄化の奇跡を起こして目の前のクソったれな現実を蹴散らしてきたチェリーなら、或いは……って思っちまったんだ。
これも、あたしのワガママだな。
運命の60秒が、終わった。
いつものリミット解除の時の桜色を通り越して、身体が紅色になっちまったな。
「行ってくる」
「一緒に行く、と言ってください」
あたしらは、同時に駆け出した。
ミラーハウスの虚構と鏡像の壁を一直線にブチ破って、外の世界へと飛び出した。
「今までも、そしてこれからも。一緒に戦いましょう」
ああ……そうだな。
お前が言うと、本当にそうなるんじゃないかって思えてくるよ。
「どりゃああっ!!」
「ぐああっ!?」
ヤタガラスの翼を広げて、あたしは0号へと低空飛行で襲い掛かった。
とっさに迎撃の拳を繰り出してきた0号だったが、それ以上にあたしの方が速かった。
0号の迎撃は間に合わず、紅色の光を纏った拳が0号の顔面へと直撃した。
遅れて、チェリーの奴が走って追いついてきた。
地面から足が離れちまってる0号へと小ジャンプで肉薄したチェリーは、空中で回し蹴りを放って0号を地面へと叩きつけた。
「まだまだぁッ!」
地に伏した0号に対して、あたしは容赦なく追撃の拳を振り下ろした。
だがあたしの渾身の追撃はアスファルトを粉砕するだけに終わっちまった。
そしてコンマ1秒の差で地を転げて回避した0号だったが……そこには踵を振り上げたチェリーが待ち構えていた。
「ふっ!!」
「がはっ……!」
がら空きの腹にチェリーの踵落としを食らって、0号は苦悶の声をあげた。
そんな0号に対して、あたしらは雨霰のように容赦なく拳を叩きつけた。
それでも、0号は諦めなかった。
あたしら2人にタコ殴りにされる展開を嫌った0号は、脚力に任せて地面を蹴り、地面に倒れた状態からでも強引に跳び上がった。
「くらえ、王の威光!」
「隙だらけだっ!」
上空より、0号が腹部からの発光攻撃を放とうとした。
それを見たあたしは、強化された脚力で飛び上がりながらヤタガラスの推進機構をフルに使って、空中の0号へと高速で肉薄した。
眩い光が放たれた次の瞬間には、ヤタガラスとサイボーグの全体重を乗せた飛び蹴りが0号の腹部光源へと直撃していた。
真下からの攻撃を受けた0号は、更に高く舞い上がった。
こっちも膝関節が逝っちまったが、飛べるから脚ぐらい問題ねぇな。
あたしは、空中で0号を蹴り上げた体勢のまま、地上を振り返らなかった。
ドラゴンヘッドを庇って背中を光に焼かれているであろうチェリーの姿は、見なくても想像できたからだ。
「お姉さんっ!」
「ドンピシャっ!」
そして……チェリーの奴が地表から放り投げてくれたドラゴンヘッドを、空中でキャッチして。
左腕に装備したドラゴンヘッドの照準を、はるか上空の標的へと定めた。
「地球外知性体0号っ! これが、あの日に何も守れなかった、ただの負け犬の力だっ!!」
20年前のあの日、あたしは親友を失った。
自分の肉体も、大半を失った。
惚れた男は知らない女と幸せな家庭を築いてやがった。
昨日は、母さんをも失った。
あたしの人生は、最悪の連続だった。
でも、何故だか最後の引き金を引く時に湧いてきたものは、復讐心なんかじゃなかった。
「ファイアっ!!」
失ってばっかりの負け犬人生だったけど。
そんなあたしを、進化した人類と呼んでくれる頭お花畑な女が居たんだ。
戦うあたしを格好良いと言ってくれるガキどもだっている。
今回はそいつらを守れて良かった、って思っちまった。
紅色に染まった、最後の特大粒子砲が上空の0号を飲み込んで。
0号を芥子粒になるまで焼き尽くし、一筋の光が空を裂いた。
雲に空いた円形の穴から、青い空が見えた。
全部、終わった。
身体から、力が失われていくのが分かった。
もう、飛行制御も出来ねぇ。
多分落下してる最中なんだろうけど、風を切るのを感じる皮膚感覚なんて無いし、既に高度計も機能しちゃいない。
「お姉さん!」
でも。
動けないあたしへと大ジャンプで近づいてきた、いけ好かない女が……あたしを空中で抱き留めてくれた。
そのまま、チェリーは優しく着地した。
チェリーの腕に抱かれたまま……あたしは、もう動くことなんて出来なかった。
ノイズばっかりになった頭部カメラのレンズに、大粒の涙が降ってきた。
最後までお前とは奇妙な関係だったな、キュアチェリー。
お前のことなんて、嫌いだったはずなのに。
手向けの花がこんなに綺麗なら、満足だって思っちまってる自分がいる。
ついには頭部カメラもイカれちまって、音声も途絶しちまったけど、そこにお前が居てくれるのは分かる。
お前と縁があって、本当に良かった。
ありがとな、チェリー。
「お姉さん、何か、言ってくださいよ」
――全機能 停止
「どうして、身体から何も聞こえないんですか」
――生命維持 不可能
「あんなに、色んな音が聞こえたはずなのに。どうして、どうして」
次回、最終回!!