ラノベやギャルゲみたいな青春を過ごしたい。
しかし家にいるのは兄想いの可愛い妹ではなくニート浪人生(三浪目)。
入った部活は(自称)が付く上に部長が変人。
それでも俺は真っ当な青春がしたい。
この4月、俺は高校に進学した。正しく春である。
高校進学といえば何処となく無機質な響きを感じる。現代日本で生きていく上で基本的に通過するフェイズだからだろう。大学、就職、そして長い社会人生活。まだ完全にはこのフローチャートで物事が進むと決まったわけではない。それでも俺の人生もそのようになる可能性は非常に高い。
しかし同時に高校生活というのはとても貴重な期間でもある。人生100年時代、そのうち高校生でいられる期間は3年間。都度たった3%。それだけである。高校生として青春を満喫できる期間は非常に短い。
そう、短いのだ。線香花火のように学生の時間は儚く消える。これは親戚の三浪している従姉妹も高校卒業してから良く俺に言い聞かせているセリフだ。
だからこそ俺は焦燥感を覚えている。この値千金な期間を俺は無意味に過ごしたくはない。
高校生活を充実したものにしたい。良い思いをしたい。漠然と言えば幸せになりたい。
そう考えるのは誰だって同じはずだ。
だがその努力をしない人間に臨んだ結果が得られるかと言えばそうではない。甘い汁を吸えるのは吸う努力をする人間だけだ。受け身的な人間が輝かしい青春を送れるかといえば、恐らく無いだろう。そんなのはライトノベルだけのお話だ。この世界には隣人部も奉仕部も文芸部も無いのである。
で、俺は論理的に考えた。
高校の青春といえばやはり部活動である。それもサッカー部や野球部といった大人気部活動ではなく、もっと少人数に成り立っている部活。廃部寸前ならなお良い。そういう部活に純度の高い青春はキラリと偏在している。はずだ。
入学式やクラスでの自己紹介を経て、本日の午前授業が終わると俺は早速HRで配られた部活動のパンフレットを確認する。狙い目は文化系。ざっと目を通してみるが琴線に触れるものは無かった。溜息が自然と落ちる。
青春という一片の煌めきを得るためには努力が要る。
確かな主体性、強い行動力。それがあった上で人間性や運が希求され、やっとの思いで手に入るかもしれない概念が青春というものじゃないだろうか。
そこまで考えた上で、俺は結論付ける。
「梶川先生。部活動を作りたいので、設立申請用紙を頂けないでしょうか」
「…………お前ちょっと。来るの早くない?」
何故か呆れられた。
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最も素晴らしい青春、その模範例は何か。
そんな問題がこの世にあったとしよう。決まりきった答えなんて無い。人それぞれの空想の中にあるものだからだ。
例えばギャルゲーの主人公の高校生活なんて分かりやすい典型例だ。両親は両方ともに海外出張。可愛い妹とは二人暮らし。何をしなくても幼馴染が家まで起こしに来てくれるし、学校ではクラスメイトのギャルが何故か話しかけてくる。そんな異性に溢れたワンダフルライフに夢を見る中高生は少なくないと俺は思う。まあこれは俺の理想ではなく、一般的な理想なのだが。
ともかく誰だろうが青春に求める要素の一つとして恋人、友人関係を絡めて考えてしまうのは自然の摂理だろう。それもステレオタイプな人間関係ではない。もっと一般的な高校生レベルでは干渉し得ない、深いプライベートまで共有できるような人間関係を築き上げることが理想的な青春の基盤となる。
そのためにはやはり少人数のグループで、仲良くなれるような場が必要だ。そしてそんな場にピッタリなのが部活、それも新規の部活というわけである。
しかし目の前の教師、俺のクラスの担任である梶川先生はとても面倒くさそうに相槌を打つと、感情を抑えるようにコンコンと机をたたいた。
「樫住。あー、なんだ。部活動紹介の冊子は見たか?」
「はい。とても洗練された構成でした。この学校の広報委員会の腕は中々のようですね」
「レイアウトの感想は求めてないから。俺は部活動は既存のものから選べと言いたいんだ。まだ新入生部活動歓迎期間すら始まってないのに新しい部活動を作りたいとか先走りすぎだろ。入学初日って自覚はあるかお前」
「まあ、人並みにはあると思います」
「人並みじゃないから聞いてんだよ、馬鹿」
等間隔に机がノックされる音が響く。どうやら俺はこの梶川先生に歓迎されていないらしい。
「そもそも部活動を作りたいっていうが、具体的に何をしたいんだ? 大抵の部はあるからなこの学校」
「そうですね。文化系で、大変じゃなくて、でも高校生のエネルギッシュな感覚は味わえるような部活動ですかね」
「今何一つとして具体的な情報が無かったの自分で気づいてるかお前。そんな適当な考えで作れたら今頃生徒の数と部活動の数が一緒になってるからな。ともかく今日は出直して、ちゃんと既存の部活を吟味してくれ。話はそれからだ」
話は終わりとばかりに、蚊を追い払うような手付きで俺は職員室からの体質を促される。俺は何も言うことはせず、素直に職員室から出ることにした。
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俺はライトノベル主人公ではない。当然だ。世の中のライトノベルはほぼ全員、実家に住んでるくせに両親は常に不在か、或いは寮生活だったり一人暮らしをしている。唯一いる家族は妹か姉。しかも純粋無垢で容姿も良い善人と来ている。あり得ない。こんなのはゲームやラノベだけの話であり、現実はもっと悍ましい無量大数の何かで構成されている。
その何かの一つは現在俺の住んでいるマンションにもいた。
高校から実家まで片道2時間以上あることを憂慮された俺は、学校から程近いこの新しめの賃貸マンションの四階、角部屋にて居を構えている。しかし俺の住んでいるこの部屋には割とどうしようもない同居人がいるのである。
ドアに備え付けられた上下二つの錠前に鍵を差し込んで回し、大きめのドアノブに手を掛けて押した。まあ恐らくこの時間なら起きているだろう。
「ただいま」
と、俺が言うと同時に物音がした。ドタン、という家具に何かがぶつかった音だ。
……状況を一切確認していないにもかかわらず、この部屋で暮らし始めて2週間以上経つ俺には既に何が起きたか何となく理解できていた。多分台パンだ。
溜息を零したい気持ちを抑えつつ脱いだ靴を整えて廊下に足を付けると、玄関右手のドアがゆっくりと開いた。
すっと白い腕が見えたかと思えば、灰色のパジャマ姿のまま眠そうに瞼をこすりながら現れたのは俺の従姉妹の桜馬色璃だった。
「おかえり。何か食べるもん買ってきてたりする?」
「……寝てたのか?」
「違うって。ただゴミに足引っ張られてドン勝逃してさ。ちょっと虚無感が凄いだけ」
お腹減ったなぁ、とか宣いながらリビング方向へと歩いていく色璃。それを傍目に俺は何でこんな従姉妹と居を共にしなくてはならなくなったのか、経緯を思い返してみた。
きっかけは前述の通り通学時間が長すぎることだった。
実家の最寄駅から学校の最寄駅までだけでも2時間かかってしまうために、春休み中に寮生活か近くにアパートを借りることを余儀なくされるはずだった。しかしそうはならなかった。その話を又聞きした色璃が「え、それならウチ来ればよくない。芥(あくたと読む。芥川龍之介から取って付けられた俺の名前である)なら私は別に構わないし」と俺の両親に言ってしまったことで話が変わってしまったのだ。
色璃は今年度時点で国立医学部を目指して三浪目である。結構後が無いような気もするが、本人の様子を見れば昼夜逆転してゲームしていたりするのでその真意は良く分からない。ただ色璃の両親は非常に甘く、一人暮らしをしたいという理由だけで色璃に駅近の3LDKマンションを貸し与えてしまっている。その甘さが色璃の油断を助長している気がするが、今は置いておくことにする。
本来、俺と色璃は年の離れた親戚とはいえ異性で、一緒に住むべきではない。無いのだが、俺の両親も色璃の両親も快諾。何ならあちらの母親からは「色璃のことを頼みますね。芥くんはしっかりしてるから信頼できますし、あの子、きっとだらしない生活をしているはずだから最低限注意してあげてください」とか言われてしまった。こうして浪人生(三年目)と高校生(一年生)の同居生活はなんか始まってしまったのだった。
傍から見ればこれも恋愛ラブコメの一種に見えるだろう。実態は全然違うのだが。一応向こうは受験生なわけなのである。事即ち、会話一つ行う時間すら惜しんでガリガリと頭丸坊主の氷菓を思わせるような擬音を放ちながら難解奇っ怪な問題群に立ち向かわなくてはならない───と一般的には思われた。だが俺も医学部受験生の皆が皆、天才で努力家などと思うほど馬鹿ではないのである。だってそういう人種だったならばこうして今鳥籠から飛び立った小鳥の如く自由を謳歌するはずがあるまい。つまりそういうことである。桜馬色璃は半ニートと称するに相応しい人間性を高校卒業後の3年間の迷走生活にて獲得してしまった、哀れな女なのだった。
「申し訳ないが何も買ってないぞ。昨日買ったアイスとかは冷蔵庫にあると思うが」
「あ、そうなの。いいじゃん」
俺の言葉を遮って冷蔵庫に向かうと、中からアイスを手に取って無表情で蓋を開けた。一応勘違いかと思って時計を確認してみれば現在13時前。昼飯とかそういう概念は無いのだろうか。無いのだろう。日常的に昼夜逆転生活をしているこの従姉にそんな社会性溢れた常識は通用しない。通用するのは野生動物にも似た、堕落しきった本能のみである。残念ながら俺はたった少しの時間を共にしただけでこの従姉の生活力に期待するのはドラえもん抜きのび太君に、"今からクラスで満点を取った上で放課後にジャイアンにタイマンを挑んでボコボコに倒してくれ"、とお願いするのと同義であることを理解していた。人、それを無理難題と呼ぶ。
「……聞くけど今日は何時に起きたんだ?」
「ん。11時だったと思う」
「昼飯は要らないのか?」
「まあ、ヨーグルトだけ食べとく。最近体重が気になってるから」
と、気を使って聞いてもこんな感じだ。夕飯以外の飯は全然食わないのが色璃クオリティ。俺から見た色璃という従姉妹はどうしようもないクズ受験生だった。それはきっと他の受験生からしてもそうなのだろう。いや彼らからすればライバルが一人勝手に自爆してくれているから、そういった観点から捉えるとこの色璃という人間は受験競争社会では有難がられるような存在なのかもしれない。だからどうしたと問われれば俺は手を叩きながら次いでこう言う。こいつは反面教師だから他の先輩方はこうならないようしまってこうー! と。
さて、大して身の無い話なのは何一つ変わりはしないが、それでもこの桜馬色璃という人間について語るべく、論うべく、ついでに少しの糾弾も込めるべく話を戻そう。
色璃は前述の通り、医学部を目指しているという割には普段からゲームをするかスマホを弄るか寝ている。当然生活習慣は崩壊している。俺はまだ先の話だが、それでもこんな人間が合格するほど大学受験というイベントは甘くないことくらい察しがつく。だからこそ必要なのは不合格後のサブプランである。
医学部など難しい上に狭き門だ。当然にして万有引力の如く色璃は来年も失敗するだろう。しかし何回失敗しても時間だけは止まってくれない以上、弥縫策を模索する必要がある。
手に職を付けるなら看護系や薬学系も良いだろう。医学部を目指していることから人並み程度には理系科目に精通していると期待して理工化学系に進むのも悪くない選択肢に思える。
しかし。
こうした俺の意見は即座に断たれることになった。
『医学部以外行くつもり無いから。私、国試受かって医者になるよ(原文ママ)』
とある日、しっかりと場を整えた上でコーヒーの香りを漂わせながら色璃はそんな妄言を口にした。吐き捨てた。その時の色璃の目は、理想を理想と割り切れない、社会を知らない無垢な小学生のそれであった。
いや馬鹿である。愚か千万である。遮二無二阿呆である。この容姿だけは良い従姉に、寧ろ容姿があるから何浪してもSNSでチヤホヤされてそうな従姉に、温厚篤実で有名な俺といえど既に呆れ倒してる。呆れに呆れ、この数日間で引き籠もりである色璃に買い与えるアイスがハーゲンダッツからガリガリ君になるほどに。末端価格にして200円は下らない節制である。
まあこの際しょうもない罵詈雑言は喉の奥底に飲み込もう。魚の骨みたく喉に突っかかるものがあるが気にせず話を進めさせていただく。
察するに、色璃はある病気を患っているのだ。
名詞化するに『多浪病』。
医学部以外は大学じゃない。多浪したからには東大京大は当たり前。それ以下は総じて唾棄すべき就職予備校。人生負け組サヨナラ。
桜馬色璃という我が不詳の親戚は、そんなネットミームに囚われているように思われた。
「心配だからちょっと聞きたいんだが。本気と書いてガチで知りたいんだが、その調子で今年は受かるのか?」
「大丈夫だって。今年は計画立てたから。ぴーすぴーす」
表情一つ変えずに二本指を立てて宣う色璃に、はあ、と胃の中の空気が全て体内から排出された。
ダメそうなのが良く分かる。どうせ一つ一つの工程を甘く見積もった土台無理な計画を立てていて、六月くらいでその計画のヤバさに気付いてしまうが修正が出来ずにズルズルと一年を終われせてしまうのだろう。況してやこれは勤勉に勉強をした場合だ。色璃はそもそも勉強をしていない。今から慰めの言葉を考えておくべきだろう、違いない。そしてメインディッシュ後のデザートのように進路変更という文字を添えて本命を諦めるよう進言するのが吉と見た。
色璃は俺の内心など露も知らず、能天気に口を尖らせた。
「全く、芥はお母さんみたい。将来は良い旦那と結婚して専業主婦に就職すれば?」
「前提条件が理解できないんだがもしかして性転換しろと言ってるのか?」
「いいじゃん。似合う似合う、性転換。芥なら胸が大きくても違和感無いって」
「気持ち悪い想像をさせないでくれるか?」
一瞬過った自分の姿に頭痛を感じつつも俺はソファーに腰を落とした。色璃は俺の対面に座ると、アイスキャンディーをぼりぼりと食べながらこちらをじっと見てくる。
すぐに違和感を覚える。
普通、従弟のことをこうも凝視するものだろうか。そう疑懼を抱かせるほどに色璃は俺を視界に捉えて離さない。纏わりつくように、全身に絡みつく視線。
そう、これだ。否、これもある。
容姿端麗ゴミニート以外の理由で、色璃から青春だとかラブコメだとか、そういった甘い波動を感じない理由。
────ぶっちゃけ、怖い。身の危険を少々感じる。
それが従姉妹の視線を受け続けて幾許日、悩み続けた上での答えだった。
どんな感情で俺のことを凝視してくるのかは分からない。それでもこうやって時折、俺の全身をロードローラーで均すように視線を巡らせてくる。まあそれで何かがなるという訳ではないので放置しているが、それはともかく部屋に内鍵を付けたい。生憎と賃貸である以上不可能だろう。クソ。
「ん。ねえ芥。どうせ暇でしょ、ゲームしよ」
アイスを食べ終えた色璃は棒を適当な場所に投げ捨てると人差し指を曲げて挑発する。どうでもいいがゴミをその辺に投げ捨てるのはマジでやめてほしい。女子力とかそういう次元の話ですらない。モラルの問題だ。自宅でポイ捨てをする人間なんて俺はこの世でこのグータラ多浪女以外知らない。
「俺はいい。だがしかし色璃は暇じゃないだろ、模試もまたあるだろうにさっさと部屋戻って勉強してくれ」
「いいの。まだ4月だから。三浪の分、歳下よりアドバンテージもあるし」
物は言いようである。現役生や一浪よりも知識的に有利であるように聞こえるから不思議だ。実際は全くリードなんて無いから毎年落ちてるので何の慰みにもならない。三度失敗しても学ばない従姉である。
俺も5歳上の従姉妹に逆らうほどのエネルギーは湧かず、しょうがないので付き合うことにする。が、その前に。
「後でにしてくれるか。俺は昼飯が食いたいんだ。これから作らなきゃならないんだよ、お前と違って忙しいの俺は」
「えー。じゃあ作るっていうなら私も食べる。暇だし」
暇じゃないだろお前は。
喉まで出かけた言葉を春の陽気に溶かして、俺は窓から空を仰いだ。
こんな感じで俺と色璃はこれまで二週間ほど過ごしている。出来の悪い姉がいると考えたらまあ正しいだろう。
怠惰で何か色々と終わっているこの親戚を見ていると、やはり高校生活だけは充実させなくてはと思ってしまう。完全無欠の反面教師だ。断じて俺は人間失格の烙印が肢体に張り付いてしまったの如く、怠惰な生活を送る色璃みたいな青春は送らない。決して送ってはならない。自己暗示にも似た決意は心臓を動かし、いつも以上に血液を強く押し出し体内を循環させる。
スマホを取り出して寝転がる色璃を傍目に俺は昼飯を作るべく台所を見下ろした。ここで2人前の焼きそばを調理しようと思っている俺に色璃は心の底から感謝してほしい、泣きながら鼻を垂らしながら頭を垂れながら味わって欲しい、と我ながら詮無き未来を想像しながら取り敢えず冷蔵庫から食材たちを引きずり出すことにした。俺は弥勒菩薩並みに善と悟りを持った人間だという事実が斯くして証明されてしまったようだ。
ただしそんな客観的事実にケチが付くとするなれば、その後、感謝どころか味が薄いと文句を言われたことだろうか。赤本でぶん殴ってやろうかこのアマ。
──── ──── ────
4月9日。
入学してから数日ほど経過した。この期間は特に何もなかったのだが、9日からは話が変わってくる。何故なら部活の新入生勧誘期間が始まるからだ。
校門にまで来れば夏祭りを思わせるほどの賑わいに、否が応でも気分が高揚する。俺は精神が環境に左右されやすいのだ。
「バドミントンやりませんか、君身長高めだし才能あるよ!」
「あ、うす……」
好青年としか言いようがない出で立ちの先輩からチラシを受け取る。我ながら返事に覇気が無い。テンションが上がっているのは本当なのだが俺自身が根暗すぎて適切な返答が出来ていなかった。いと悲し、とクラシカルな語彙を弄ぶ自分に酔おうとしたが残念なことに俺はそれ以上のユーモアな語彙力を有していなかった。将来は西尾維新になりたい。
同じようなやり取りを複数重ねながらチラシを何枚も買ったばかりのスクールバックに詰め込む。どれもメジャーとはいえないような運動部ばかりだ。まあ野球やサッカーは勧誘をしなくても来る人間は来るという事だろう。よくあるスポーツ漫画みたく人員不足で悩んでいる様子がなくて何よりだ。
ここに俺の求める青春が無いことも容易に検討が付いた。
運動部は前述の通り俺の本分と合わない。一方で文化系の部活はやはりと言うべきか、積極的に勧誘活動を行っていないみたいだった。来るもの拒まずというスタンスな人間が多いのだろうか。それとも排他的な人間関係を好む社会不適合者の吹き溜まりと化してしまっているのか。それを確かめるには実態調査が欠かせないが、生憎と俺に自ら彼らと能動的に話すような器量は存在していない。なので実態不明と結論付けざるを得ないところではあるのだが、一般論的に不明という言葉にはネガティブな意味合いが宿っている。人間は未知や理解不能といった自分の狭い見地にすっぽりと収まらない概念に偏見を抱くからである。不快な奇妙さを覚えるからである。そんな自然法則に照らし合わせれば、実態の見えない黒魔術のカーテンの中に包まれた文化系部活などその代表格だろう。黒縁丸眼鏡姿の男が数人で美少女フィギュアの関節をコキコキと鳴らしているに違いない。とまあ、我ながら極論を語ってしまったのだが、逆説的に言えばこの世界には俺みたいに考える人間が一人はいるのだ。そして俺という人間は普遍性からそう大きく外れずに位置しており、統計学的に言えば平均値±標準偏差×2をウロチョロ駆けずり回っている。要するに俺という人間は95%の信頼度を持って世間の平均誤差に収まっている。言い換えれば社会から溢れそうな5%の数の中には入っていない。これ則ち俺の意見は凍える風と同じくらい世間を代表していると言えるので、やはり文化系部活はそういった人種が集うに違いない。そう確信しようとした瞬間だった。俺は自分が文化系の部活動を立ち上げようとしたことを思い出した。
Q.なぜ文化系か?
A.何となく青春っぽい
現実を見据えつつもラノベやギャルゲの理想を追う俺はその四肢を青春という泥濘に取られ、やっぱり文化系がいいよなと思うことにした。うん。何か文化系の方が大和撫子とかナタデココとか多そうな雰囲気があるのだ。そんな素敵部活カテゴリーを貶す男は俺が許さん。この手で首をもぎ取ってやるから覚えとけカス共……これ自分で自分に益の無い罵詈雑言をしただけではないだろうか俺の馬鹿。
とまあ、思考が迷子センターに駆け込んでしまったので閑話休題。
兎にも角にもここに俺の求めるものは無いようなので、校門から下駄箱までを早歩きして通り過ぎる。
「お、そこの。こんにちわ」
下駄箱で待ち伏せるタイプの先輩だったんだろう。話しかけられてしまった。前世はポケモントレーナーだったに違いない。
確信を持ちながらどの種類のトレーナーだろうかと視線を向ける。小柄なその女子生徒は恰好的に運動部なんだろう。何かのユニフォームを着ている。それかガールスカウトかもしれない。
「良ければ私の部活動に入らない?」
脳裏で惚けながらのほほんとしていた俺に投げかけられた二声目は、さながらマルチ商法のような響きを内包していた。何故なら何か誰でも良さそうに見えたから。マルチビジネストレーナー先輩か、ゲームに出てきたら炎上間違いなしだな。
「……俺はまだ部活動とか決めかねているんで」
「私には『俺は普通の部活動なんかには入りたくない。てか運動部とか馬鹿しかいなさそう』とか思ってる顔に見えるんだよね。そんな君にピッタリの部活だと思うよ、私の部活動は」
まだ名も知らぬ先輩はそんな失礼すぎる印象を口にした。何というか、初対面から斜に構えた陰キャラ扱いされている気がするのは気のせいではないだろう。この先輩の辞書には遠慮とか相手を尊重したコミュニケーションとか、そういう言葉は掲載されていないようだ。
にしてもしつこく纏わりついてくる先輩だ。チラシがあるなら受け取って頷いてスルーして終わりなのだがこの先輩が属する部活にはそういった頒布物が無いらしい。仕方が無いので早足で去ろうとするが、下駄箱になっても先輩は付いてきた。
「どうかな。文芸部っていうんだけど。君みたいな一般人気取りの陰気な人間は感性豊かだしとても歓迎したいところなんだけど」
失礼すぎるver2。俺、そんなに初対面の先輩に舐められるほど陰気な見た目してるのか。少し凹む。
この先輩、どうやら文芸部らしい。見た目的にはそこまで違和感は……あるな。顔とか出で立ち自体は大してその文芸部と言うイメージから乖離したものではない。でも服装が何かのユニフォームだ。体操服でもない。俺の少ない知識から推測するにサッカーのそれに少々似ている気がする。なぜ文芸部なのにそんな格好なのか、なんて考えてみたが尋ねないことには結論が出るものでもないだろう。
まあそんなのはどうでも良い。ともかく、文芸部か。少し考えてみるが、俺の理想は少々違う。小説を書くのが主な部活内容なんだろう。つまりその部活時間の大半が一人で作文用紙かパソコンに向き合う時間だ。俺の趣味でもないので今日のところは遠慮しておこうと思う。
「俺は結構です。それにきっと、もっと適材が他にいますよ」
「……勿体無いなぁ。君みたいなパッとしない人間はあまり見ないから。気が変わったら声かけてよ、2年1組にいるからさ」
そう言うとこれ以上無理に勧誘することは無く、先輩は校舎の外へと去っていった。再び俺のような人間を探してはスカウトを試みるのだろう。何とも失礼で、特徴のありすぎる人間性を持っていた先輩であった。
その足で俺は慣れ始めた自分の教室へと向かう。
教室ではクラスメイト達が部活動勧誘期間の熱にやられてか、若干楽し気にどの部活動に入るかという話題で盛り上がっていた。その合間を縫って俺は自分の席に着く。俺はコミュ障だから友達なんていないし、いたとしてもこの気怠い朝の時間に会話をしたくない。俺はエコロジーな人間である。エコキュートなのだ。そう思えば何だか暖かそうでぼっちという称号も悪くないと思えて来ないだろうか。来ないか。
ともあれ。朝の時間を無為に過ごすのは俺としても本意ではない。だから俺は机の中に入れっぱなしにして放置した部活動案内のパンフレットを開いた。
何の目的も無く取り出したわけじゃない。先程の文芸部を名乗る先輩のことが妙に頭が残っていて、一体全体どんな部活動なのか気になってしまったのだ。こうやって調べてしまってる時点であの先輩の思う壺かもしれないが、文芸部なのにあんなユニフォームを着用していたのが妙に気になる。
俺はパラパラとパンフレットを捲り、大した時間を使うことなく最後のページまで目を通し終えた。
……無い。
文芸部という部活動はこの学校には存在していなかった。思考が一瞬止まる。もう一度先頭のページにある目次で確認してみても結果は同じだ。やはり文芸部の文字はこのパンフレットに存在していない。
つまりだ。
二つの可能性が考えられる。手違いでパンフレットに文芸部が乗らなかった可能性、それからあの先輩が自分の所属を嘯いている可能性。
確立としてはどちらも同じくらいだと思う。しかし干渉可能性を鑑みれば後者の方があり得る。パンフレットの製作には何人もの人間が関わっているはずで、文芸部だけを抜かして上梓するとは考えにくい。一方で先輩が自称として文芸部を名乗るのはまあ、先輩の勝手なので容易だ。
どちらにしてもあの先輩は変人であることは間違いない。性格の良し悪しは分からずとも、その歯にもの着せない言葉は相手を不快にさせること多数だと推察される。クラスで浮いている俺が言うのも何だがあの先輩は確実に煙たがられているだろう。
パンフレットを閉じながら俺は目を瞑って、そっと息を吐いた。
続きを書くかどうかは割と気分次第です。
(時間が無いのと他に書いている小説もあるので)