店長さん推しの皆さま、すいません。
新宿駅を降りて徒歩数分。
虹夏は、大きな建物を見上げる。
「ここがわたしのホームタウン、新宿FOLTで~す!」
一行は廣井に連れられ新宿へ。
他のライブハウスは久々だ。昔、お姉ちゃんに色々なハコへ連れて行って貰ったっけ。
虹夏は少し懐かしくなった。
「STARRYとは随分違うね……」
「虹夏、まさかビビってる?」
「ライブハウスなんてこんな感じでしょ?」
「お~い! 銀ちゃ~ん!」
「あ゛ぁ?」
鋭い眼光、派手なアクセサリー、放たれる威圧感!
その男を前に虹夏はヘビに睨まれたカエルの気持ちを理解した!
「お姉ちゃんに会いたい……!」
「アハハ! 銀ちゃんのせいで泣いちゃった!」
しかし虹夏を見た瞬間、男性は途端に笑顔に。
「あら~! 随分ピチピチの若いお友達がいるのね~! あ、わたし吉田銀次郎37歳、好きなジャンルはパンクロックよ~!」
涙が引っ込んだ。
「銀ちゃんは心が乙女なだけの、ただのおっさんだよー!」
所謂『オネエ』である。
虹夏にとっては初めて会う人種である。
「ところで、えーっと」
「あ、伊地知虹夏って言います」
「虹夏ちゃんね、その、後ろの子たち大丈夫?」
銀次郎の目線は二人へ向いていた。
ずっと話さない彼女たちへ。
「…………」
「…………」
ここに来るまでもそう。
ひとりと喜多は俯いたまま。
予感が過る。
このまま仲違いしたままだったら──
「大丈夫」
廣井が虹夏の肩を叩いた。
「お姉さんに任せなさい」
信じて良いのだろうか?
虹夏は彼女の醜態しか知らない。
そう戸惑っていると、どこからか彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。
「おい廣井、いつも遅刻するなって言ってるだろ」
「リハーサル終わっちゃいましたよ、モー!」
怒った様子でやって来る。
黒髪の女性と、金髪の女性。
「えっと、この人たちは」
「SICKHACKのメンバーだよ」
「もしかして、結束バンドの方ですか?」
「はい、廣井さんに招待して頂いて」
「招待!? お前遂にサラ金に手を!?」
「本気で泣くよ?」
バンド内でもこういう立ち位置なのこの人?
虹夏は不安になった。
「ドラムの志麻です、最近廣井がご迷惑をおかけしてるそうで、これつまらないものですが」
「あっど、どうも!」
菓子折りを渡す動きは洗練され切っていた。
どんだけ迷惑かけてんのコイツ。
廣井への信頼が地面をぶち抜き落ちてった。
(でも、これはこれでバランス取れてるのかな)
「結束バンド! 廣井から聞いてるヨ! わたし清水イライザ、イギリスに18歳まで住んでました!」
「が、外国の方?」
「イエス! 今ニホン3年目ー!」
「来日してバンドしてるなんて、邦ロックお好きなんですね!」
「ノン」
イライザが手を突き出す。
美少女キーホルダーが握られていた。
「コミマ参加するために来ましたー!」
「イライザはね~、本当はアニソンコピーバンド希望なんだよ~」
「アニソンは日本の神秘ネー!」
(バランス……?)
彼女も十分濃かった。
まあ、でも、仲は良さそう。
……それだけに、今の自分たちを思うと、余計苦しい気持ちになる。
振り返っても、二人は未だ俯いたまま。
「あ、ぼっちちゃーん! ちょっとお姉さんに付き合って~!」
「え? あ、あのどこへ?」
「トイレ!」
今の自分には、任せる他ない。
リーダーとして情けなくなる。でもそれ以上に友達として仲直りして欲しい。
そればかりが心配だった。
*
今日はSICKHACKのワンマン。
来る人は全員彼女目当て。
外の長い行列がその人気を証明している、開場すれば人でいっぱいになる。
話す暇なんてなくなる。
だからその前に声をかけた。
「……あの、どうして、ここに」
「いやぁ、人には聞かれたくないかなって」
「……?」
「思い出さなきゃいけなくなった?」
言葉を失った。
それが『事実』だから。
「な……ん、で……」
「喧嘩って割には様子がおかしいんだもん。なら記憶のことかなって思った訳! 思い出さないと大変なことになるって感じ~?」
「……はい」
「そっか、遂に来ちゃったか」
ひとりは思い出す。
昨日、ケイが告げた事実。
完全な改造に必要な事柄。
それが、
その決断ができなかった。
だから今ここにいる。
「恐いよね、でも後悔もしたくないね」
「………」
「まあそんなの無理だけどー!」
「えっ」
「後悔のない人生なんて絶対無理! できるんだったら誰も後悔してないじゃん! それに
「ぎゃ、逆?」
「思い出さないのが『正解』、かもしれないよ?」
確かにそうかもしれない。未来が分かる訳でもない。思い出さなかった結果、想像もできない展開で、良い最後になるかもしれない。
なら、どっちだ?
「……わ、わたしは、どっちを選べば」
「任せときなさい」
廣井はおにころを一気に流し込み、スカジャンを脱ぎ捨てた。
彼女が振り返る。渦巻く瞳がひとりを射抜く。
「それを今から見せてあげるよ」
*
既に会場は客でいっぱい。その中、ひとりはみんなと離れた場所にいた。全員を視界にいれないと不測の事態に気づけない。それに喜多ちゃんの傍に居辛かった。
(……凄い数だ)
周りを警戒しながら聴こう。
しかしひとりは知る。
それが、ある種の慢心だったと。
「──っ!」
光が視界を覆う。
ライブは唐突に始まった。
「間違い探しの夜更かし あら楽しい
迷い子が手招く 夢の国へ
アッチハソッチ? コッチハドッチ?」
SICKHACKの曲はサイケデリックロックという。ドラックの見せる幻覚、そういうのを音楽に落とし込んだジャンル。
だがそんなの関係ない。
ただ、圧倒されていた。
見失いそうな変拍子を完璧に叩くドラム。感情的な、それでいてロジカルなギター。そして全てを支えるベース。
でも一番凄いのは。
お姉さんの圧倒的なカリスマ性……!
「電池切れ人生 たちまちLet'sパーティ
博愛主義の皆々様 ご立派なことです」
誰もがステージに釘付け。
周りを警戒する──なんて行為は許されない。
「ぐるぐるぐる踊りましょう
べたべたべた蔓延るの
嘘だらけ塗ったトースト おひとついかが?
ワタシダケユウレイ」
ステージに立てば演者はヒーロー。
その光景をひとりは知っていた。
(あぁ……やっぱりバンドって、凄いカッコイイ!)
始まりの日。
テレビで見たロックバンド。
その光に焦がれ、わたしはギターへ手を伸ばした。
あの日の事を思い出していた。
*
ライブ終了後SICKHACKは控室へ。
廣井に誘われひとりたちも移動。
「どうだった〜? わたしのライブ?」
「……す、凄いカッコよかったです」
「あれ、つまんなかった?」
「い、いえ! ただ、お姉さんは自信に溢れてて、キラキラしてて……わたしとは……大違い、で……」
ライブの興奮は冷めた。
残ったのは劣等感。
彼女のようにはなれないと痛感した。
「恐いよ」
「……えっ?」
「ずっと、恐い」
敢えて話すと廣井は決めた。
自分なんかに憧れてくれる凄い後輩に、一歩の勇気を与える為に。
「わたし昔は陰キャでね、自分を変えたくてロックを始めたんだ」
楽器屋でベースを手に入れた。
どうにかバンドを組み、ライブも決まった。
しかし『本質』は変わらない。
ステージに立つのは、あまりに恐ろしかった、耐えられなかった。
そして、酒に
ところが、予想外のことが起きた。
SICKHACKは、成功した。
酒に逃げたからこそ、『それこそ廣井だ』と喜ばれた。泥酔を含めて彼女たちは成り立つようになった。
結果、『不安』だけが残った。
分かっていた、こんなの長続きしない。
身体が壊れるのが先か、客が離れるのが先か──不安で溜まらなくなった彼女は、勇気を以て敢行した。
お酒を抜いてのライブを。
そのライブは。
SICKHACK史上最悪の結果に終わった。
「このままじゃダメだって思って、それを変えようとした、そしたら最悪の結果を招いた、すごい後悔してる」
「……そんな」
「でも
「え?」
廣井には分からない。
どんな問題か知らない、適切なアドバイスはできない。
それでも、何かを伝えることはできる。
「志麻は、なんでその時辞めなかったの?」
「え? わたしが言うのか?」
「うん、お願い」
「……そりゃ、お前なりに考えたことだしな、わたしも賛同したし……バンドを辞める理由にはならない」
「その時ワタシいなかったケド、相当酷かったって聞いた。でも今やってもワタシ平気だヨ? 断酒ロック!」
「──分かる?」
廣井は二人、見ていた。
ひとりと
「悩み抜いた末の『選択』は、間違いじゃない。どんな最後でも、嫌われることは絶対ない」
「い、いえ、わたしは躊躇してるだけで」
「違うね」
ここまでだ、わたしの役割は。
「本当に自分本位ならとっくに逃げてる。でもひとりちゃんは悩んでる。君はわたしと違って、ちゃんと向き合える子だ!」
「……そうでしょうか」
「それでも文句言う奴はグーで殴れ!」
「!?」
それはちょっと冗談として。
「応援してる。君がどう『選択』して、どんな『最後』を迎えても」
「……は、はい」
解決した、かは微妙。
でも少しはあげれた筈だ。
結末が分からない分岐路をどう選んで、どう進むか。
どちらでも構わない。進む勇気を。
進まなきゃ、どこにも行けないのだから。
「あと、もう一つだけ」
──その瞬間。
控室の扉が開かれた。
「虹夏ちゃんいる!?」
顔面蒼白の銀次郎が入ってきた。
「え、はい」
「こっち来て、電話、貴女のお父さんから」
「お、お父さんから?」
控室が静まり返った。なぜならおかしいから。
親からの電話が、本人宛じゃなく、新宿FOLT宛に来た。なぜなら、虹夏のスマホが、ライブ直後でマナーモードのままだから。
電話に直ぐ気づけないから。
だからお店に電話した。
直ぐ伝えるために。
「…………」
数分後、虹夏が戻ってくる。
「に、虹夏……?」
「……お姉ちゃん、が」
廣井がもう一つ伝えようとしたこと。
それは『時間』。
ずっと悩むことを、現実は許してくれない。
それを伝えたかった。
「バイクに、轢かれた、って……」
ひとりに許された時間は。
もう、ない。
*
買い出しに出た時。
信号無視のバイクに轢かれた。
そして星歌は。
「思ったより元気だったね」
病院からの帰り道。
下北沢の夜道を三人並んで歩く。
「『酷い目にあった、クソが!』って悪態ついてたし、正直安心した」
しかし見つかったのはバイクだけ。犯人は逃亡中。
尤も、犯人は決して見つからない。ひとりはそれを分かっていた。SHOCKER構成員は、死亡時に泡となり消滅するのだから。
つまりは、そうだ。
「……どれぐらい入院なんですかね」
「先生は、数日経過観察だって」
無傷ではない。両足骨折、全身打撲。更にバイクを避けようとした際転倒、頭をアスファルトへ強打。意識はあるが念のため入院に。虹夏はまだ病院。姉の傍を離れたくないからだ。
「……本当に良かった」
「そう、ですね」
彼女のお母さんは交通事故で死んだ。
だからこそ『敵』は、店長さんを交通事故で傷つけた。
虹夏ちゃんが一番傷つくから。
わたしが動揺するから。
(これは『警告』だ)
偶然じゃない、分かる。
これでもわたしが隠れてたら、『敵』は今度こそ殺しにくる。
「わたしの家、こっちの方だから」
「はい、さようなら、リョウ先輩」
「……それとごめん、虹夏にこれ以上負担をかけたくない」
二人には申し訳ないと思った。
だけど今は幼馴染が優先だった。
「二人共、仲直りをして欲しい」
山田が立ち去った。
頼りない街灯が二人を照らす。
「………」
「………」
並んで歩き出す。
言葉は交わさない。
もう駅の近く、いつもならここで別れる。
ひとりは立ち止まった。
「少し話しませんか」
喜多は頷いた。
*
話す、と言ったけどどう切り出せば。
お互い無言のまま、夜の下北沢を彷徨う。
自分のコミュ障が恨めしい。
このまま終電過ぎるのは不味い、どうしよう。
「──あっ」
ここだ、と思った。
「そ、そこに座りましょう」
「………」
同じブランコに腰かける。
そこは只の公園。
「わ、わたし、ここで虹夏ちゃんと会ったんです」
しかし代えがたい場所。
「サポートギターに入って、って」
「それ、嫌がらせのつもり?」
「え!? なぜ」
「サポートギターが必要になった理由、言わせる気なの?」
「……そ、そのような意図は、こここれっぽっちも!」
「そうね、なにも言わない人だもの、嫌味だって言う筈ないわね」
「す、すいません」
「……冗談よ」
会話が途絶える。
伝えたいことはあるのに、口が動かない。
「やっぱり、話してくれないのね」
それは彼女も同じ。
だから、喜多が先だったのは偶然だ。
「廣井さん、きっと
「………」
「全部、わたしたちのためなの?」
「巻き込みたくないんです」
ブランコの鎖が軋む。
握る力が、少しだけ強まる。
「その、ありがとうございます」
「なんのお礼?」
「ぶ、文化祭です、喜多さんが出してくれなかったら、わたしは現実からも、自分からも、目を背けたままでした、それに──」
ヘルメットを脱ぐ。
蒼い瞳に彼女の顔が写る。
「文化祭、みんなと演るの、本当は楽しみなんです」
脱いだのは心を伝えるため。
本心を知って貰うため。
「だから、待っててください。少しの間、学校も練習も休みます、だけど、全部終わらせて、文化祭までにはかえってきます。だから……信じてほしい、です」
みんなは『幸福』でいて欲しい。
なら、何も知らないまま、全部を終わらせるのが最善。
「信じられない」
しかし喜多は首を横に振る。
「なにか、恐いことに巻き込まれてることぐらい、分かるのよ……今引き留めなかったら二度と帰って来ない。そんな予感が消えてくれない、わたしには
「……ッ」
「それでも話してくれないの?」
「……は、はい」
「それでも行くの?」
「はい」
真っ直ぐな目線。
喜多は知っていた。
この眼の彼女は、絶対折れないと。
「なら約束をして」
背負ったギグバを下ろす。
その中には、彼女から借りたレスポールカスタム。
「文化祭の日、このギターを返すわ」
「え? 喜多さんは」
「パシフィカを頂戴、あれは本来、わたしが借りる予定だったんだもの」
「……ど、どう約束に?」
「それ以外じゃ
「え、それじゃステージが台無しに」
「だから帰ってきて」
「!!」
確約はできない。
ひとりは素人、相手は玄人。
最終傑作と言えど生還の見込みは低い。
「はい、必ず」
それがなんだ。
みんなと、もっともっとバンドをしていたい。
負けられない。
今、気持ちで負けてなんていられない。
「それでも不安だから、もう一個だけ」
「あっどうぞ」
「後藤さんの意思は伝えるけど、みんなが待てないって思った時は家に行く。これが限界、これ以上は『安心』して信じられない……」
「わ、分かりまし──っ」
彼女が手を握ってくる。
手の震えが伝わってくる。
誰かを助けると、手を伸ばした人も安心できる。
だけど彼女は信じてくれた、こんなに震える程、不安な気持ちになってるのに。
それが、何故か嬉しくて。
「信じさせて、
「……あ、ありがとう、
ずっと、そうしていた。
終電の時間が来るまで、ずっと。
*
──決心がつきましたか。
改めて説明を。
改造には『完全変態』が必用。
故に、『認識改変』を解く必用があります。
絶望の記憶は洗脳施術の一環で封印された。
しかし、それを絶対に思い出さないよう、貴女さまは自身に『認識改変』をかけ、洗脳programと強固に絡ませた。
絶望に繋がる話が出た時、その会話自体が改竄された。
そんなことがあったと思われます。
ですがこれはプラーナを浪費する行為。
解除しなければ、プラーナ不足で『完全変態』は不可能。
以前申し上げましたが、イワン様より封印解除programを預かっております。洗脳も認識改変も基本原理はプラーナ由来、これを実行すれば認識改変も解けます。
その際、思い出すことになります。
良いのですね?
かしこまりました。
──貴女に幸福があらんことを。
*
ひとりは来なくなった。
虹夏と山田に彼女の意思を伝えた。
そして、彼女を信じて待つことにした。
それでも待てない状況になった、そう三人全員が思ったなら、家へ押しかける。
一週間後。
ニュースが流れた。
彼女たちは思った。
『臨時ニュースをお伝えします。
本日金沢八景駅近辺にて、通行人が数十名、意識不明の状態で発見されました。
原因は不明、被害者の意識は回復していません。
警察はテロ行為も視野に調査を──』
タイトル元:仮面ライダー(萬画版)第5話『海魔の里』より
SICKHACKの酒抜きライブは、スピンオフの方で確認可能です。尤も細かい描写はないので、大分独自解釈混じりですが。いつ頃のライブかも不明なので……
第5話『プラーナサーキュレーター』。
その最後で示唆した未来が、来ます。
高評価を下さった方になります。
☆8:ringosukiさん
投票、ありがとうございます。
評価、お気に入り、感想、ここすき、沢山お待ちしています。
次回、後藤ひとりは改造人間である。
第19話、『君の過去まで』。
お待ちください。