ここまで来たら、もう語ることはありません。
どうぞご覧ください。
皆さまよいお年を。
わたしたちが終わる。
身体が朽ちる、記憶が薄れていく。
それを辛いと思えない。
だって、『わたしたち』はとっくに終わってた。自由を奪われた、あの日から。
でも、あの子が新しい『わたしたち』をくれた。
あの子が触れた、あの瞬間、記憶と一緒にプラーナが注がれた。わたしたちは延命させられた。あの子の『幸福』のため。
……その時間も、ここまで。
ちゃんと思い出せる。
あの子と、一緒に過ごした時間。
家族ごっこでも、本当に温かい日々だった。心が満たされた気がした。再洗脳されただけとか、そんなことは、どうでもよかった。
ただ、嬉しかった。
あの時、祈ってくれたこと。
一緒にいてくれたこと。
だから、祈りたい。
どうか、あの子が。
救われますように──
*
いつも通りの朝だった。
昨日退院したお姉ちゃんを起こして、窓を開ける。
後は、お姉ちゃんがテレビを見てる間に、朝ご飯の準備を進めていく。
そんな、いつも通りの朝だった。
あのニュースが流れるまでは。
「──虹夏」
「んー? どうしたの?」
「ぼっちちゃんの最寄り駅って、どこだ」
「えーと、金沢八景駅だよ。でもそれが、どうかし」
『繰り返しお伝えします。
本日金沢八景駅近辺にて、通行人が数十名、意識不明の状態で発見されました。
原因は不明、被害者の意識は回復していません。
警察はテロ行為も視野に調査を──』
気づけば、ぼっちちゃんへ電話していた。
けど、コール音が繰り返すだけ。ロインもできなかった。あの子のアカウントが消えていた。
「虹夏! 繋がったか!?」
「ダメ……」
「……家の番号にかけたが、誰も出なかった。いや、使われてない番号だった」
その時、スマホが鳴った。
画面へ飛びつく、リョウからだ。
『虹夏、ニュース見た?』
「見た、電話もロインもダメで……!」
『虹夏もなの……』
「どうしよう、もしもぼっちちゃんが、じ、事件に巻き込まれてたら……あ、あたし……!」
『落ち着いて、今、郁代が学校に確認してくれてる』
「喜多ちゃんが?」
『学校なら、生徒の安否確認をしてるはず。それを待とう。わたしもそっち行くから』
「う、うん」
もう、学校どころじゃなかった。
お姉ちゃんにSTARRYを開けてもらって、リョウと一緒に喜多ちゃんを待つ。
「……無事だよね」
「………」
きっと、ただの考えすぎだ。
ぼっちちゃんが、あんなこと言って、バンド来なくなったから、余計不安になってるだけ。その内、帰ってくるはずだ。
「先輩ッ!!」
STARRYの扉が開く。
喜多ちゃんが息を荒げて飛び込んできた。
「ッ喜多ちゃん!」
「郁代、どうだっ」
「いない、いなかった!!」
「……え?」
「ず、ずっと一緒だったのに、でも先生はいないって、わたし、頭がおかしくなりそうで!」
「落ち着いて、ぼっちの安否、先生はなんだって」
「それが──
後藤なんて生徒、いないって……」
分からない。
なんで、喜多ちゃんは、そんな冗談を言うんだろう?
だって、こんなのあり得ない。
もしも本当のことなら……今まで一緒にいたあの子は、誰だって言うの?
「ふざけないでよ、喜多ちゃん」
「特別にって、先生が教えてくれました。入学辞退の連絡があって、ひとりちゃんの入学は取り消されたって……」
「止めて! なんでそんな嘘吐くの!?」
「……そんなの、わたしだって!」
リョウが告げる。
「行こう」
もう、信じる、信じないの話じゃない。
なにか、尋常じゃないことが起きている。
「ぼっちの家に」
君の家まで。
*
電車に揺られて約1時間。
金沢八景駅に来るのは、だいたい半月振り。
けど、駅前は、酷く閑散としていた。
「事件の影響、ですかね」
「……急ごう、道は分かるんだよね」
「大丈夫」
前来た時は、ぼっちちゃんに案内して貰った。
その道順はしっかり覚えている。
一刻も早く、あの子の安否を知りたい。その思いから、だんだん歩くのが早くなり、見覚えのある景色になり──
「あと、どれくらい!」
「もう直ぐ! ここを曲がれば、ぼっちちゃんの家が──」
道は正しかった。
そのはずだった。
「……なに、これ」
枯れ果てた鉢植えの花。
ツタが壁を覆い、亀裂を広げている。
庭は雑草に呑まれている。
ただの廃墟。
ぼっちちゃんの家が、廃墟になっていた。
「……ここなの」
「……うん、合ってる」
「おかしいです……前来た時は、こんなじゃなかった」
「インターホンも鳴らない」
「ねえ、ドアノブ、これ、千切られてない……?」
「……鍵も壊れてる」
家に入れる。
でも、不法侵入になってしまう。
……それでも行かなきゃ。
「リョウ……」
「入ろう、誰か居たら……その時謝ろう」
「……うん」
「開けるよ」
扉をゆっくりと開けていく。
瞬間、異臭が鼻を突いた。
「うっ……なに、この臭い」
鼻を抑えながら覗き込む。
すると玄関には、前と同じように、犬が一匹お昼寝をしていた。
一瞬、そう見間違えた。
「ジミヘン?」
「……に、虹夏……違う……」
「え……」
イヌじゃなかった。
生き物ですらなかった。
そこに、あったのは。
「い……」
イヌの死体だった。
「いやああああああ!?」
喜多ちゃんが、悲鳴を上げた。
腐り果てて、半ば原型を留めていない。大量のウジ虫が湧いて、床一面に広がっている。
「うっ……」
吐き気が止まらない。
だけど、なんで? いったい、何時からこの状態なの? まさか、家に来たあの日から──
床が軋んだ。
「誰か、いる」
足音が響く。
足音が近づいてくる。
そして、二人の人影が現れた。
「………」
「………」
ぼっちちゃんの両親じゃない。
変な仮面を被った、二人の男女。
二人が近付いてくる。もし捕まったら、殺されてしまうのか、ジミヘンのように。吐き気と恐怖で足が動かない。
「こ、来ないで、誰か……誰か」
「あれは、SHOCKERの下級構成員だ」
男の人の声がする。
「そして、君たちが両親だと思っていた者の、正体でもある」
警察たちが押し寄せる。
スーツ姿の男性たちが、仮面の二人に近づく。
「どうだ?」
「抵抗の様子はない、いけそうだ」
「『回収』を頼む」
髭の人が機械を翳す。
一瞬、光ったかと思うと──仮面の二人が、泡になって消えていった。
その現象に、スーツの人たちも驚いていた。
「……どういうことだ?」
「たった今、プラーナが枯渇したようだ」
「……『回収』は?」
「問題ない」
「分かった、『彼女』へ転送してくれ」
「了解した」
眼鏡の人が振り向く。
「ずっと後をつけていた、謝罪する」
「……えっ?」
「彼女の『能力』により、家の所在が隠されていた。誰も此処へ辿り着けなかった。だが、直接案内された君たちだけが例外だった」
なにを言ってるの?
能力ってなに?
この人たちも……誰?
「貴方たちは、いったい」
「この男は情報機関、わたしは政府筋の掃除当番だ。金沢八景の事件の後片付けを担当している」
そして、わたしたちは知る。
「あれの犯人は、後藤ひとりだ」
あの子のことを、何も分かっていなかった絶望を。
*
家の調査は、情報機関の男が担当。
政府の男は、虹夏たちを車に乗せて
道中、車内で彼は話した。
SHOCKER、オーグメント、自分たちアンチSHOCKER同盟、仮面ライダー、そして後藤ひとりが、ツチノコオーグだという事実を。
「仮面ライダー?」
「我々の協力者だ」
彼は家にいた下級構成員について話し出す。
「後藤ひとりは基地から脱出する際、その場にいた下級構成員を『両親』に改竄した。飼い犬が生きて見えたこと、家が綺麗だったこと、全て彼女の能力だ」
そこには、ある疑問が残る。
──なぜ、そんなことをしたのか?
「『絶望』から目を背けるためだ」
「絶望……?」
「もっとも、彼女は既に、絶望を思い出しているのだろう。目を背ける必要がなくなったから、見え方が正常になった、そう考えるべきだ──」
車は自衛隊の横浜駐屯地へ。
そして体育館前で止まった。
「ここに見せたいものがある」
一行は体育館の中へ。
「──なに、これ」
聴こえる音は、呼吸器や点滴だけ。
数十人の人たちが、体育館に寝かされていた。
「これって」
「そうだ、金沢八景駅での被害者たちだ」
「これを、ひとりちゃんが……!?」
「彼女は駅前で路上ライブをした、その結果がコレだ」
「──は?」
なんで?
ライブがどうしてこうなる?
「被害者たちは演奏に聴き入った、そのせいでプラーナを掌握、改竄された。トランス状態は分かるな? 彼らはその状態なんだ、今も演奏に集中している──その状態を維持されている」
厳密には意識はある。
だからこそ、死ぬ。
「彼らは集中し続ける、息も呼吸も、寝るのも忘れて──いずれ死ぬまで」
しかし虹夏たちは、未だに信じていなかった。
これが、後藤ひとりの犯行だと。
彼の話は荒唐無稽過ぎる。だいいちあの子は、こんな無差別テロをする性格じゃない。きっと、これはなにかの間違いだ──と。
「──嘘」
だが、犠牲者の中に。
知ってる顔があるのなら。
「喜多ちゃん?」
「こ、この、人たち……」
女子大学生が二人。
初ライブの日、台風の中来てくれた二人。
彼女たちも、犠牲者だった。
この人たちは、ぼっちちゃんの初めてのファン。そんな大切な人たちを、巻き添えにした。他ならぬあの子が、自分の手で。
「もう、嫌……」
現実を突きつけるには、十分な光景だった。
「なんで、ひとりちゃんは、こんなことを……!」
「人質だ」
「……なんの?」
「仮面ライダーを、確実に殺すための」
それの排除が彼女の望み。
「それが彼女にとって、『絶望』を乗り越える、と言うことなのかもしれない」
全てはそのため。
オーグメントが生まれる理由は、それしかない
「……深い絶望を抱えた人間が、オーグに選ばれる」
「ああ、さっき言った通りだ」
「なら、ぼっちは、なにに絶望したんですか」
「知ってどうする?」
「……分かりません、それでも」
「君たちも絶望することになるぞ」
「虹夏、郁代は、どうする?」
「──同じ、です」
「あたしも」
「………」
言うべきか、否か。
実のところ、どうするかは初めから決まっていた。全てを話す。それがどう転んでも、一番自分たちに都合が良い結果になると、彼らは判断した。
例え残酷であろうとも。
「ここで話す内容じゃない、外のベンチで話す」
体育館の外へ。
彼女たちがベンチへ座る。
政府の男は、スマホを取り出した。
「君たちに、『絶望』を見せる」
動画サイトの画面。
ギターを弾いてるユーチューバー。
虹夏と山田は知っていた。
喜多は知らなかったが、姿形で気付いた。
「……あ、あっ!?」
「この格好、まさか」
「そうだ、後藤ひとりは、ギターヒーローだ」
「……なんで、あたし、気づけなかったの」
「改造で演奏の手癖も変わっている、そこへ認識改変、気づけないのはやむを得ない」
「でも、これが絶望って」
と、その時電話が鳴った。
彼のスマホだ。
「──俺だ、どうだった?」
電話相手は情報機関の男。
「そうか、逃げようとした痕跡はなかった……予想通りか」
彼は電話を終えた。
再び話し始める。
「彼女に罪はない、だがギターヒーローが、
「……SHOCKERに?」
「いや、全く関係ない」
「えっ?」
これが始まり。
後藤ひとりが、消していた『絶望』の正体。
「彼女の家族は、押し入り強盗に殺された」
*
ブラック・ビューティ。
そんな物を使う女子高校生。
ならば、金を持ってる家ではないか? そう犯罪グループは考え、彼女から情報を抜き取ろうとした。
勿論、ひとりも警戒していた。
身バレしないよう、注意していた。
だが、メアドだけは公開していた。
単純な理由だ。
プロに勧誘された時のため。
あとは常套手段──広告、勧誘、架空請求、情報を抜く手法は幾らでもある。今も尚、この手の被害者は後を絶たない。ひとりもその内の一人になった、それだけの話。
金沢八景駅から徒歩10分。
一軒家、家族四人暮らし。
それが成立する資産。
獲れるものはある。
後藤一家は、標的となった。
20XX年3月下旬。
ひとりが中学を卒業した日。
近隣住民がいない時間帯を狙われた。
彼らは配達業者を装った。
『ひとりちゃんの荷物かしら、今出ま』
イヌを切り殺した。
後藤美智代も殺された。
『あれ? おかーさん?』
強盗がリビングへ突入した。
しかし父が肉盾になる。
『逃げろ、ふたり! ひとりっ! 早く警察を──』
数の暴力だった。
後藤直樹は首を折られ殺された。
ふたりは逃げ出した。
しかし、玄関には、母親と犬の亡骸が。
それを見て、パニックに陥った彼女は、『二階』へ逃げ出した。
姉に助けを求めて。
『お、おね、おねぇちゃん! おねーちゃん!! 助けてっお母さんが、お父さんが』
助けを求め叫ぶ。
ひとりは気づかない。
『──ぁ、ああああああああああああ!!!!』
ひとりは気づかなかった。
それどころか、逃げようとすら、していなかった。
なぜなら、この時。
ギターヒーロー活動をしていたから。
ヘッドフォンをして、ギターを弾いていたから、何も聞こえていなかった。何も状況を分かっていなかった。
『──ふたり?』
気づいたのは、自分が捕まった時。
全部が手遅れになった後。
姉妹は生け捕りにされた。
二人は、人身売買グループへ斡旋された。
最終的に、SHOCKERが二人を買い取った。
そして改造された。
「後藤ふたりは、Tオーグの試験体になり死亡したらしい」
そして数週間後。
Tオーグと化したひとりは、自宅へ帰還。
後藤一家を見かけないと、近所で騒ぎになり、警察が調査をしかけた頃──認識改変により、騒ぎは消された。
「ギターヒーローが、押し入り強盗を招いた、
ギターヒーローが、親の犠牲を無駄にした、
ギターヒーローが、妹を見殺しにした、
これが彼女の『絶望』だ」
*
話は終わった。
何も言えなかった。
酷過ぎた。心が抉られていく。聞いただけでこれだ、なら、本人はどれだけ絶望してるのか──それは想像すらできなかった。
電話が鳴る。
情報機関の男から。
「見つからなかった、だと?」
顔色が変わる。
彼は虹多たちに尋ねる。
「確認したいことがある」
「……なんですか」
「後藤ひとりの家で、レスポール・カスタムを見なかったか?」
「……それなら、わたしが借りてますが」
「違う、Tオーグ専用のだ」
彼の顔には汗が浮かんでいた。
「SHOCKERはTオーグの武器として、ブラック・ビューティの複製品を作った。後藤ひとりの家にある筈なんだ、なにか知らないか」
二人は困惑する。
そんなことを言われても分からない。
「下級構成員が持ち去ったのは確かなんだが……」
「それって、両親に擬態していた?」
「そうだ」
「──あっ」
喜多は思い出す。
彼女の家を訪れた、あの日のことを。
「わたし、貰いました」
「……貰った?」
「お父さんに擬態してた構成員から、託されました。今わたしの家にあります」
「……いや好都合か、家に案内して貰って構わないな」
「は、はい」
喜多は思う。
あれは、恩返しだったのではないか。
彼らはひとりちゃんに命を助けて貰った、だから、武器を隠してしまった。こんな物持ってたら、彼女が不幸になるから──と。
その答えは、確かめようがない。
全ては泡になったのだから。
*
激しい崖沿いの山道。
そこを猛スピードで車が走る。車内には虹夏たち。護衛は情報機関の男。運転手は部下の一人。
「………」
虹夏も、山田も、喜多も、真っ黒な感情に苛まれていた。
絶望は知ることができた。
だけど……どうすればいいの? あの子へ、どう声をかければ良いの? なにをしていいか、なにも分からない。
重苦しい空気が車内に満ちる。
──だが、事態は急変する。
『──聞こえますか!』
スマホの電話がカーナビから響く。
「どうした」
『やられました! 泡になって証拠はないですが、間違いありません!』
「慌てるな、落ち着いて連絡を──」
『運転手は死亡しています!』
運転手が死んでる?
なら、今。
この車を。運転している人は。
まさか。
「──―」
運転手が振り返る。
顔にノイズが走り、擬態が溶ける。
黒いのっぺらぼうがいた。
「ガーディアンかッ!!」
拳銃を構える。
だが躊躇してしまう。ここで発砲すれば、跳弾が誰かに当たるリスクがあった。その隙に虹夏たちへ襲い掛かる。人を容易く殺傷できる、拳が振るわれる。
「ひっ──」
彼はガーディアンへ飛びつき姿勢を崩す、そして車のハンドルへ飛びつき、最大まで一気に回転させ、アクセルも同時に踏み込む。
「全員歯を食いしばれ!」
タイヤが曲がる。
あらぬ方向へ急加速。
車がガードレールをぶち抜く。その先は深い崖。彼はガーディアンを道連れに、車から飛び出して、崖下へと落ちていく。そして車も崖下へと落ちていく──虹夏たちは車内に取り残されたままだ。
(──死ぬの?)
奈落へ落ちる。
果てのない暗闇に食い潰されていく。
落下の重量が圧し掛かる。
走馬灯の刹那、彼女たちは同じことを思っていた──あの子にまだ、会えてすらいないのに。
そして意識が途絶えた。
タイトル元:ぼっち・ざ・ろっく!#07『君の家まで』より
投稿開始から8か月。
漸く、絶望の真相を明かせました。
大晦日になったのは偶然です、本当です。
※本編で言う必要がないので蛇足。
・犯罪グループのその後
当時SHOCKERはライダーに襲われ続けた末、深刻な人材不足に陥っていました。その為、彼らは心を入れ替えてSHOCKERに就職することになりました。勤務地は金沢八景にある海洋研究施設です。あとは察してください。
あ、もちろんですが、両親に擬態してたのは別個体です。
・ガーディアン
「真の安らぎはこの世になく」に登場する、ファウストの人型兵器。多分アンドロイド。
高評価を下さった方になります。
☆9:おひつじのシンさん お米山盛りさん かぶとさん 赤バケツさん
投票、ありがとうございます。
評価、お気に入り、感想、ここすき、沢山お待ちしています。
次回、後藤ひとりは改造人間である。
第20話、『跳ねサンズ』。
お待ちください。