大槻ヨヨコにとって、結束バンドというのは気になるバンドであった。その中でもギターの後藤ひとりへの関心は、自分でも少し違和感を覚えるほどには強かった。
執着心にはいくつかの種類がある。好きの対義語は無関心で、嫌いの対義語もまた無関心。辞書通りに考えれば、好きと嫌いはそれぞれが対義語なのだけれど、ただ、それぞれの対義語が無関心である方がヨヨコは納得できる。
好きな相手に対しても執着するし、嫌いな相手に対しても執着する。きっぱりとそれを断ち切れる相手に持っている感情こそが無関心。
ならば、自分は後藤ひとりに対してどちらの感情を持っているのだろうか。
嫌い――ではないはずだ。たまたま偶然、本当に極稀に行くひとりカラオケを見られた時に、ヨヨコはその後ひとりの部屋へと押しかけて一緒にカラオケを楽しん――歌った。嫌いな相手に対してとる行動ではない。
後藤ひとりが練習に参加するという話が出た時、最初こそ拒否したけれど、ならば本当に心の底から来てほしくなかったかと言われたらそんなことはない。結局共に練習をしていて、不快になることはなかった。
ならば好き――――? そんなまさか。
「ヨヨコ先輩、本当にぼっちさん好きっすね」
「は? なんでそうなるのよ?」
「だってヨヨコ先輩、最近は毎日ずっとぼっちさんの動画見て、何かとぼっちさんの話ばかりっすよ?」
「そ、そんなことあるわけないでしょ」
バンドメンバーの長谷川あくびの言葉を、否定して、再度自問する。
確かに嫌いではない。ならばヨヨコは後藤ひとりの事が好きなのか。
「……嫌いではないけど、好きでもない」
スマートフォンで後藤ひとりの別名義、guitarheroの投稿している動画を見ながらつぶやく。満足した。そうだ、そんなはずがないのだ。
そもそも好きや嫌いの対義語が無関心であるというのは、あくまでそういう考え方をしてもいいという話でしかない。人間の感情を簡単に表すことが出来ないように、好きでも嫌いでもないけれど関心を持っているという状態だってあり得るはずだ。それを、じゃあ好きなのか嫌いなのかと、二つに絞ろうとするのは寧ろ不自然。
嫌いではないけれど、だからといって特別好きなわけでもない。ただ、廣井きくりが気にかけている人だからヨヨコも気になっているだけ。ギターが上手で、あまり気付かなかったけれど意外と可愛いところがあって、奇行が目立つけれどギターを弾くと様になっていて格好良くて。それからそれからと、気になるところはいくらでも上がるけれど、じゃあ好きな所はどこかと聞かれると、特に答えは出てこない。
そんな話を早口でまくし立てたヨヨコに、あくびと、他のバンドメンバー本城楓子と内田幽々は目配せしあって、こくりと頷きあう。自分だけ仲間外れにされた気がして何か言おうと思うよりも先に、あくびは言う。
「本当に面倒くさいっすね」
ヨヨコはキレた。
落ち着いてから、ヨヨコは大きくため息をついて。
「そもそも、後藤ひとりは女じゃない」
「え?」
「だから好きなわけが――――」
言いかけて、全員が酷く意外そうな表情をしていることに気が付いた。意外そうなというか、戸惑っているような表情にも見えて、もしかしたら失言だっただろうか。
ヨヨコは自らの言葉を顧みて、捉えようによっては同性愛そのものを否定するような言い方になっていたことに気が付く。現代は少しの油断から一気に炎上する。それが正しいか間違っているか、過剰か否かは関係なく、こちらが気を付けなければならないことは確かだ。
「あ、別にそういうのを否定するわけじゃないけど……何か誤解があるみたいだけど、私は別にそういうのに興味はないから……?」
言いながら、やはり全員の様子がどこか可笑しいところに気が付く。先ほどのような戸惑いはどこへやら、僅かに興奮しているような、楽しんでいるような。
「マジっすか……」
「ねぇ~……」
「びっくり……」
「? え? なに?」
自分以外で理解しあっている事への疎外感よりも、そのことを不気味に思う感情の方が勝った。そもそも会話が全くかみ合っていないようにも感じられる。
どうしたことだろうかと、先ほどと同じように自らの発言を振り返ってみても、こんな雰囲気になる理由は見当たらない。
そうしたヨヨコの考えを断ち切らせたのは、先ほどヨヨコが切れた時と全く同じ発言をあくびがしたからだった。
「ヨヨコ先輩って、本当に面倒くさいっすね」
ヨヨコはまたもやキレた。
☆
「あ」
「!」
そんなことのあった翌日。下北沢を歩いていたヨヨコは、見慣れた桃色のジャージを着た少女を見つけた。目が合ったとたんに少女――後藤ひとりは顔を逸らしてしまったけれど。以前にSIDEROSでの練習に交じったときは、遭遇するなり首を百八十度回転させてまで見てないふりをしたわけだけれど、それに比べれば随分と可愛らしいものだった。地面を見ているふりをして、けれどさりげなくこちらに注意を払っている。小動物のようだった。
「後藤ひとり! 偶然ね」
「あっはい。あっどうも……」
「……」
「……」
ヨヨコが下北沢を歩いていた理由は、言うまでもなく後藤ひとりに会うためだった。だが、何のためにそんな行動をとっていたのか、ヨヨコ本人すら疑問に思っていた。実際に会ってみれば氷解するかに思われたその謎も、いざ会ってみれば、結局何も変わらない。
ただ、勘違いで無ければ、後藤ひとりに会えて安心しているような気すらしてくる。
「……」
「……」
お互いに無言。もともと後藤ひとりが積極的に話しかけてくるような人間でないことは知っているけれど、こちらとしても特に用があって後藤ひとりに会いに来たわけではない。しかし、それならば本当にどうしてわざわざ下北沢にまでやって来たのかわからない。結果として、ヨヨコも何も話せずにいた。
「……後藤ひとり!」
「あっはい! すみません! は、腹切りしてお詫びを……!」
「な、なんでそうなるのよ!?」
相も変わらず予測不能な言動をする、悪く言ってしまえば奇行に走ろうとしている後藤ひとりに、慌ててヨヨコは叫んだ。なんとなく、冗談ではなく本心で言っているのを察して、慌てて何か要件を探す。
「後藤ひとり、あなたの動画見たわ」
「あっ、えっはい……」
「……すごかったわ」
「あっありがとうございます…………?」
なぜだか疑問符の付いていそうな声色だったけれど、ヨヨコは満足した。最近後藤ひとりのことを考えていると妙にもやもやしてしまうことが多かったけれど、きっと自分は動画の感想を直接言いたかったのだ。それならばもう後藤ひとりに用は無いはずなのに、なぜだか帰るのがもったいないような気がして動けない。
「……」
「……」
結局ヨヨコは、他の結束バンドのメンバーがやってくるまで、後藤ひとりと共に無言で立ち尽くしていた。
アニメ二期来るだろうけれど、それまでにぼヨヨの波が来ないかな。