プロローグ
誰にでも、人生が変わる日というものが存在する。
それまでの自分と、これからの自分の境界。言うならば、人生における分岐点。
そして、鹿上誠にとってその日は、人生最悪の日であった。
あまりに現実感のない光景に我が目を疑う。
今日の為に貸切られた寺の一室。黒い服を纏い泣き崩れる人々。意味の分からない住職のお経に、神妙な雰囲気。
誰が見ても、それが葬式であることは理解できる。
故に、誠が理解できないのはそこではない。
葬式は、わかる。あんな悲惨な事故の後だ。死傷者が出てしまったことは、悼みはすれど納得はできる。誠自身、クラスメイトのうちの何人かが犠牲になったという連絡を受けた。
利賀市始まって以来の大災害と称される事故が起こったのは、三日前。
利賀市のビル街の中で一際大きなビルが、突然に、なんの前触れもなく崩壊した。それに続くように、不規則に周りの建物も崩れ落ちていき、人口の集中した、ビル街での突然の出来事によって、多数の死傷者、行方不明者を出した。未だに正確な被災者数も原因もつかめないでいる。
それでも時間は流れ、小康状態となった町は、次々と発見される死者の対応に追われることとなる。
そしてそれは、利賀市民である鹿上誠にも当てはまる。
目に見える程沈んだ空気。誰もが被害者の死を悼んでいた。こんな時だというのに多くの参列者が、一言別れを告げようと集まっていることから、被害者の人徳が覗える。
誠の隣で、初老の女性が「あんなにいい子だったのに……」と泣いている。
部屋の片隅で、数十人の制服を着た少女が泣いている。
その隣で、少女らの担任が顔を隠して泣いている。
その部屋の誰もが、泣いている。
だから、泣いていないのは誠だけだった。
それは、なにも誠が冷徹漢な訳でも、死者と関わりが薄かったわけでもない。
ただ、理解できなかっただけだ。
目の前の出来事が、その葬式が、まるで何か…質の悪い冗談にしか、見えなかっただけだ。
ただ、その光景が、あまりにも受け入れがたいものだっただけ。
誠は改めて、花に囲まれた少女の写真を見る。この葬儀の、主役の少女を見る。
栗色の髪をした少女が、無愛想に映っている写真だった。
少女の名は、鹿上茉莉。鹿上誠の、実の妹であり、今、この葬儀にて、送られるべき故人の場所に位置している少女であった。
それが誠には、理解できなかった。
―――これでは、まるで、茉莉が死んだみたいではないか?
そうして、鹿上茉莉の葬式は、その遺体が見つからないまま、兄の追悼の無いまま、しめやかに行われ、終わった。
鹿上誠は後になって振り返る。
この日が誠にとって、日常との乖離であり、非日常との邂逅だったのだと。