トウカイテイオーが走る理由を思い出すお話です。



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無敵の三冠ウマ娘になったトウカイテイオー。
しかし、その後彼女を待ち受けていたのは耐え難い苦痛だった。

楽しんでくれたら嬉しいです!



今ボクが幸せだと笑える理由

いつからだろうか。

 

ボクはトレーナーの隣にいて、トレーナーはボクの隣にいる。

 

そんな日々が当たり前になったのは。

 

一体いつからだっただろうか。

 

この感情が恋だと、トレーナーのことが好きだと気が付いたのは。

 

「どうしたんだ、そんなにニヤニヤして。なんかいいことでもあった?」

 

そんなことを考えながら、ソファーで学生時代のアルバムを眺めていると後ろからトレーナーに声をかけられた。

ボクは慌ててアルバムを閉じてトレーナーの方を向いた。

 

「いや、何でもないよ、トレ……ちがっ、えっと……」

 

「無理して呼び方、変えなくてもいいよ。俺がトレーナーであることには変わりないんだし」

 

「そうだけどさ。呼びたいんだ、ちゃんと名前で」

 

「そっか」

 

そう言って、トレーナーはボクの頭をなでた。

 

心地よい。ボクはトレーナーになでられるのが大好きだ。

 

「んっ!」

 

ボクはなでられるだけでは物足りず、わかりやすく唇を前に突き出した。

 

「もう、テイオーは欲張りさんだな」

 

「ん……えへへ、ありがと」

 

「どういたしまして」

 

そう言って、トレーナーは後ろからボクを抱きしめた。

 

――トレーナーの熱を感じる。とても温かくて、とっても安心する。もう、このまま眠ってしまいたい。トレーナーの腕の中で、トレーナーのことだけを考えて、トレーナーにおやすみと呟かれ、深く、深く眠りに落ちたい。

 

そんな妄想をしていると、トレーナーは何か見つけたのか。右手でそれを拾って懐かしそうに眺めていた。

 

「これ、まだ持ってたんだ」

 

「当たり前でしょ……アナタがそれをくれたから、ボクは今ボクでいられるんだ」

 

「そんなに大層なモノかなぁ。ボロボロだし、新しいのあげようか?」

 

ボクはその提案に対して、無言で首を横に振った。全く、トレーナーは何もわかっていない。ボクは他でもない、これが……この折り紙で作ったボロボロの金メダルがいいんだ。

 

「ねぇ、トレーナー」

 

「ん?」

 

「ボクはさ、今でもトレーナーの一番?」

 

「そんなの――」

 

トレーナーは言葉の途中で、なぜかボクから離れてボクの隣に座った。

 

「今も昔も、テイオーは俺の中で一番だよ」

 

「もうっ!」

 

その言葉を聞いて、ボクはトレーナーの胸に飛び込んだ。

 

それからしばらくの間、ボクたちはお互いを確かめ合うように抱き合った。

 

きっと、ボクは今世界で一番幸せだ。そう思うと自然と口角が上がってしまう。

 

今、ボクが心からそう思えるのは紛れもなくトレーナーのおかげだ。

 

なぜなら、トレーナーはボクに幸せだと笑える理由をくれたのだから。

 

 

菊花賞が終わり、三冠ウマ娘になったボクは今日もトレーニングをサボり、街中を理由もなく歩いていた。

 

「…………」

 

これが、燃え尽きたといことなのだろうか。わからない。ボクにはわからないのだ。

 

それに、菊花賞の際に無理をして走った反動でボクの脚にはヒビが入っていた。

 

お医者さんからは、走れなくなる程の怪我ではない。だから、しっかり休んで、リハビリをきちんとこなせば、また走れるようになる。そう告げられた。

 

だからボクは、お医者さんに言われた通りにしっかり休み、きちんとリハビリに励んだ。

 

しかし、それは血のにじむような生活だった。走ることを生きがいにしてきたボクが、走ることを縛られ、歩くだけでも悲鳴が上がるような激痛がボクを襲う毎日。――まるで、自分の脚が、自分のものでないかのようだった。

 

それでも、また走れる日のために努力をした。何度も転んでも、その度に何度でも起き上がった。

 

あの日の夢のために。

 

シンボリルドルフ……カイチョーのような強くてカッコイイウマ娘になるために、ボクは必死にリハビリを続けた。

 

そして、いつだったか……その日は訪れた。

 

『あっ……いてて』

 

ただ、リハビリ中に転んだだけ、ただそれだけ。いつものことだ、なんてことない。

 

そう思い、体を起こそうとした時だった。リハビリ室にある、大きな鏡。ふと顔を上げるとその鏡が目に入った。

 

そこに映っていたのは、無様に横たわるカッコ悪いウマ娘だった。

 

その瞬間、ボクは思った。思ってしまった。

 

この姿見て、誰がボクのことをカッコイイと言ってくれる? 

 

今のボクを見て、誰がトウカイテイオーのようになりたいと憧れる?

 

『……頑張らなくちゃ』

 

それでも、ボクは頑張った。何のために頑張るのかはわからない。だけど、とにかく今は頑張らないと。その精神でボクはリハビリを続けた。

 

その努力の結果、ボクは見事に走れなくなった。

 

怪我は確かに完治したはずだった。それもお医者さんのお墨付きで。

 

しかし、ボクの脚には、心には、今も確かに完治不可能なまでに大きな亀裂が入っていた。

 

「テイオー、こんなとこにいたのか」

 

「……トレーナー」

 

サボっているのを見つかったのにも関わらず、ボクは嬉しかった。

 

そして、今日もボクはトレーナーに尋ねる。

 

「ねえ、ボクの脚には、まだヒビが入ってるんだよね?」

 

「あぁ、そうだよ。だから帰ろう。今日もトレーナー室でゆっくりしていけばいい」

 

「……うん」

 

そう言って、ボクはトレーナーに抱きついた。

 

それをトレーナーは優しく受け止めてくれる。

 

ボクはもう、夢を追うことはできない。なぜなら、走ることができないから。

 

だけど、トレーナーがいる。ボクにはトレーナーがいる。ボクには……トレーナーが必要なのだ。

 

だから――ボクの脚には完治したはずのヒビが、まだ入っている。

 

*

 

「外は寒かったろ? 暖かい飲み物だすよ。何がいい?」

 

「ありがと……えっと、じゃあ、紅茶で」

「紅茶ね〜。なら、俺も今日は紅茶にしようかな」

そう言って、トレーナーは電気ポットの電源を入れた。

 

それと同時ぐらいのタイミングで、トレーナーはボクの名前を呼ぶ。

 

「テイオー」

 

「ん? なぁに、トレーナー」

 

「あと1時間後ぐらいにさ、ルドルフ会長がここに来るけど、テイオーも会う?」

 

「……カイチョーが」

 

何のために……なんて、分かりきったことだ。

 

カイチョーはボクのことを心配してくれているのだ。カイチョーはこんなボクに飽きずに毎日のように連絡をくれる。

 

脚の調子はどうだ。今日は雲一つない晴れだ。ちゃんとご飯は食べているのか。

 

そんなカイチョーらしい文章が毎朝決まった時間に送られてくる。

 

初めのうちはカイチョーが心配してくれるのが嬉しかった。しかし、時間が経つにつれ、それはボクにとって耐え難い苦痛に変わった。

 

そして、いつの日かボクはカイチョーのメッセージを開かなくなった。

 

それにも関わらず、カイチョーは毎日、毎日、ボクにメッセージをくれる。読まれないとわかっていながらも、ボクを元気付けようと……。そんな想いにすら応えられなくなってしまった自分が、どうしようもなく情けなくて、惨めで、ボクはそのメッセージを見るたびに毎朝泣いた。

 

泣いて、泣いて……ひとしきり泣いた後ボクは外に出る。

 

トレセン学園(ここ)にボクの居場所はない。走れないボクに学園での価値はないのだ。

 

だから、ボクは逃げるように外に出る。毎日、外に出る。そして、トレーナーだけがボクを見つけてくれる。

 

トレーナーだけが、ボクをかわいそうな人という目で見なかった。トレーナーだけが、きちんとボクに ってくれた。心配させるなと。

 

だから……トレーナー以外、今のボクには必要ない。必要……ない。

 

「トレーナーはボクより、カイチョーと話す時間の方が大事なんだ」

 

本当は、こんなことを言うつもりなんてなかった。だけど、寂しさがどうしようもなく口から溢れる。溢れて止まらない。

 

「そ、そんなことはない!」

 

「じゃあ、トレーナーはボクのこと、好き?」

 

「もちろん好きだよ」

 

「ボクのことが一番好き?」

 

「テイオーが一番だよ」

 

「……ごめん、トレーナー」

 

そう言って、ボクはトレーナーに抱きつく。

 

そして、やはりトレーナーはボクのことを優しく受け止めてくれる。

 

「謝るなよ。俺はどこにも行かないし、これらからもずっとテイオーのトレーナーだ」

 

「ありがと……トレーナー」

 

嗚咽交じりで上手く言葉になったのかわからないが、ボクは何とか感謝を吐き出した。

 

「ルドルフには俺から断っておくね」

 

「……そんなことより、もう少しだけこうしててもいい?」

 

「好きなだけどうぞ」

 

それからボクはトレーナーの胸の中で、できるだけ静かに泣いた。

 

トレーナーの体は温かく、冷え切ったボクの体に再び熱をくれる。あぁ、この人になら、ボクは何をされてもいい。ボクができることなら、何でもしてあげたい。

 

気が付けば、ボクはトレーナーに対してそう思うようになっていた。きっと、この感情が恋をする……誰かを好きになるということなのだろう。

 

だけど、これが恋だと言うには、あまりにも残酷だ。

 

ボクはトレーナーの罪悪感に付け込んでトレーナーを苦しめ続けている。そんなことは理解している。とっくに……いや、最初から分かっていた。

 

だけど、分かっていてもやめられない。やめられるはずがない。

 

だって、そうでもしないとボクはボクが生きている意味を実感することができない。走ることで生きてきたボクからそれを奪ってしまったのなら、ボクはどうやって生きていけばいいのだろうか。

 

誰か、誰でもいいからボクに教えて欲しい。できれば今日中に。いや、そんな贅沢は言わないから明日か明後日ぐらいには教えてくれるとありがたい。

 

「……グスン」

 

きっと、こんなことを続けても意味はない。知っているさ、そんなことは。頭では理解しているつもりだ。

 

だけど、今ボクが生きていくにはこうしていくしかないのだ。

 

なぜなら、もう……ボクは走る理由を忘れてしまったから。

 

 

――だけど……テイ……なんじゃないのか

――それ……だろう

 

「ん~……」

 

話し声がして、ボクは目を覚ます。

 

ここはどこだろうか。

 

真っ暗な空間に目を慣らしながら、ボクは身体を起こす。

 

まだぼんやりとしか見えない辺りを見回して、ここが仮眠室だと理解した。

 

そして思い出す。ボクは確か、トレーナーに泣きついて、それから――泣きつかれて寝てしまったのか。

 

「ふふっ……」

 

笑うしかなかった。

 

ボクはまたトレーナーに迷惑をかけたのか。

 

そんなことを考えていると、ドアの向こう側の声が大きくなった。

 

『そんな……噓だと言ってくれ、ルドルフ! テイオーはまだ終わってない!』

 

『いや、残念だがトレーナー君もう決まったことなんだ』

 

『でも、それはないだろ! テイオーが退学だなんて!』

 

『ああ、だから――』

 

「…………」

 

退学。

 

その言葉を聞いた瞬間、全身の血の気が引いた。ああ、とうとうこの時がやってきた。ボクが一番恐れていたことが、まさに今現実に起こっていた。

 

もう決まったこと。そうカイチョーは言っていた。

 

つまり……。

 

「もう、ボクが何をしたって……いみ、ないのかな」

 

ボクは再びベッドに戻り、布団にくるまった。

 

もう、何も見たくないし聞きたくない。

 

ボクは耳をふさぎ、必死に寝たふりを続けた。

 

*

 

退学の件があってすぐのことだった。

 

ボクは体操服に着替えて、練習場に来るようにトレーナーに言われた。

 

退学の前にこの景色でも目に焼き付けておけとでもいうのだろうか。

 

そんなボクの思いとは裏腹に、遅れてやってきたトレーナーはボクにこう言った。

 

「俺と勝負しよう」

 

「え?」

 

意味がわからなかった。

 

「ルールは簡単。この50メートル走で先にゴールした方が勝ち」

 

意味が分からないまま話が進んで行く。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ」

 

「俺が勝ったら、俺はテイオーのトレーナーをやめる」

 

「え?」

 

やめる?

 

トレーナーがボクのトレーナーではなくなる?

 

わからない。

 

全てが突然すぎて、あまりにも理解し難く、ボクは目を背けようとした。

 

「聞こえなかったか、テイオー。テイオーが負ければ、トレーナー君はテイオーの担当から外すことにした」

 

すると、いつの間にか現れたカイチョーが、これは冗談ではないと言った。紛れもない事実であり、現実である。そうボクに伝えた。

 

「それって……ボクはもう必要ないってこと?」

 

「そう言うことだ」

 

「……っ」

 

まさか、カイチョーからこうもハッキリと言われるとは思わなかった。

 

「おい、ルドルフ。もうちょっと言い方ってのが」

 

「元はと言えば君がテイオーを甘やかしすぎたのが原因だ」

 

「それは……」

 

トレーナーを言い伏せて、カイチョーはボクに言う。

 

「というわけだ。残念だがテイオー、もうやるしかないんだ。取れる選択肢は二つ、やるのか、やらないのか。それ以外は認めない」

 

いつになく本気のカイチョーに、恐怖を感じながらもボクは必死に抵抗した。

 

「わかった。それで、ボクが勝ったらトレーナーはやめないでいいの?」

 

「もちろん。もしテイオーがトレーナー君に勝つことができれば、この話はなかったことになる」

 

その一言を聞いて、ボクはひとまず安心した。

 

とりあえず、ボクが勝てばいい。簡単なことだ。なぜなら、ボクは無敵の三冠ウマ娘なのだから。

 

そう自分に言い聞かせ、ボクは震える腕をどうにか押さえつけた。

 

それを見越してか、トレーナーはボクに言う。

 

「それから、もし俺に勝ったら、ちゃんとご褒美をやる」

 

「ご褒美?」

 

「おう。まあ、俺に勝ったらの話だけどな」

 

トレーナーの自信満々な顔に腹が立ったボクは、思わず声を荒げる。

 

「バカにしないでよ。ボクはウマ娘だよ? トレーナーがボクに勝てるとでも?」

 

「そっちこそ俺を見くびり過ぎだぞ。これでも俺は50メートルなら6秒は切るぞ」

 

「……ふ~ん」

 

普通の人にしては早い。

 

ボクが思ったのはその程度のことだった。

 

でも、なぜだろうか。

 

ボクが負けないことはわかっている。かと言って、絶対にトレーナーに勝てるとは思わなかった。

 

まさかこのボクが――怖いのか。

 

何かの間違いで負けてしまったときのことを恐れているのだろうか。

 

「本気で走れ。もうそれしかないんだ。俺はこれ以上、テイオーを庇ってやれない」

 

そんなことを考えていると、トレーナーはボクにそう言って、スタート位置に歩き始めた。

 

「ねぇ」

 

「さ、始めるぞ」

 

そう言って、トレーナーはスタート位置に立つ。

 

ボクもトレーナーに続いてスタート位置に立とうとした。

 

立とうとは思っている。思っているのだが、体が前に進もうとしない。

 

「どうした、待ったはなしだ。勝負は今日この時しか認めない。今できないのなら、不戦勝でこの勝負は俺の勝ちだ」

 

「わ、わかってる!」

 

ボクは自分の頬を叩き、スタート位置についた。

 

双方がスタート位置につき、ボクは50メート先のゴールを見つめた。

 

そして、ゴールのすぐそばに立っているカイチョーが大きな声でボクらに合図を告げる。

 

「位置について、よーい……ドンッ!」

 

その瞬間、ボクは勢いよく地面を蹴ろうとした。

 

しかし、力み過ぎたからか、ボクはバランスを崩して危うく転びそうになった。

 

――失敗した。

 

スタートダッシュに失敗したボクはトレーナーの背中を追う形になった。

 

その瞬間、ボクはもしかしたら負けてしまうのではないか。そう思ってしまった。

 

トレーナーの背中が遠ざかる。

 

『待ってよ、トレーナー!』

 

そう心の中で叫んでも、この差が縮まることは無かった。

 

あぁ、結局こんな中途半端なところでボクは諦めるのか。

 

またボクは仕方がないと目を背けるのか。

 

これで、いいのだろうか。

 

だってボクはまだトレーナーにきちんと――

 

そう思った瞬間だった。

 

ボクはいつの間にかトレーナーを追い越してゴールしていた。

 

「なんだ……走れるじゃないか」

 

息を切らしたトレーナーがボクに言う。

 

「……」

 

自分でも驚いた。自分が走れたことに対して、そして何より今自分が抱いているこの感情に驚いていた。

 

「ちゃんと、走れたじゃないか」

 

「……うん」

 

「じゃあ、約束のご褒美だ……ほれ」

 

そう言って、トレーナーはご褒美をボクの首に掛けた。

 

「なにこれ」

 

「なにって、メダルだよ。一等賞の」

 

「……ふふっ」

 

メダル。一等賞のメダル。

 

「あははっ、なにそれ……一等賞って」

 

子どもじゃあるまいし。

 

「こんなの、貰っても」

 

嬉しいに決まっている。

 

そんな今にも飛び上がりそうな思いを抑え、ボクはトレーナーに言う。

 

「ねぇ、トレーナー」

 

「ん? どうした、テイオー」

 

「今のは練習。だから、もう一回勝負しよ」

 

「えっ?」

 

「だから、今のは練習だからなし。次が本番!」

 

「お、おい。それ負けた方が言うやつ……」

 

「どっちでもいいよ。走りたいんだ、もう一回だけ」

 

「わかったよ」

 

それからボクとトレーナーは10回の練習をして、11回目の練習中にトレーナーが倒れたので、ボクの完全勝利でこの勝負は幕を閉じた。

 

その後、ボクはカイチョーに勝負を挑んだ。突然のことだったにも関わらず、カイチョーはボクに付き合ってくれた。何となく、今ならカイチョーにも勝てるのではと思っていた。

 

しかし、現実はそう甘くはない。トレーニングをサボっていたボクなんかでは、カイチョーの足元にも及ばなかった。

 

結局、10戦全敗でカイチョーとの勝負は終わってしまった。勝つまでやろうと思ったが、カイチョーはそこまで暇じゃなかった。

 

「テイオーなら、きっと乗り越えられると信じていたよ」

 

そう言って、カイチョーはボクの頭をなでて、学園の方に戻って行った。

 

残されたボクとトレーナーは息を整えながら、足りなくなった水分を補給していた。

 

「トレーナー」

 

「ん?」

 

「あと一回だけさ、ボクと勝負してよ」

 

「……これ以上は本当に脚に」

 

「わかってる。だから、ホントに最後の一回だからさ」

 

「しょうがないな、本当にラストだからな」

 

「うん、ありがと!」

 

「じゃあ、俺がスタートの合図をだすな」

 

「おっけ~」

 

「よし、いくぞ。よーい……ドンッ」

 

トレーナーの合図と同時に地面を強く蹴った。

 

走る。この直線を走る。

 

今はそのことしか考えない。

 

それ以外の考えは必要ない。ただひたすら、前だけ見て走る。

 

この感覚、何だか久しぶりな気がする。もう少しで何かを思い出しそうな。ボクにとってとても大切な何かを思い出しそうな感じがする。眠っている何かが呼び覚まされそうな。風を感じながら、ボクはそんな気持ちを味わっている。

 

「ふふっ」

 

なぜだろうか。

 

なぜボクは笑うのだろうか。おかしいことなど、何一つ起こっていないというのに。

 

ただ走っているだけだというのに、ボクはなぜ笑うのだろうか。

 

「楽しい!」

 

気づけば、ボクはそう口にしていた。

 

ああ、そうだ。そうだった。

 

おかしいから笑うのではない。

 

楽しいから笑うんだ。

 

「あははっ!」

 

笑えた。

 

そう、笑えたんだ。

 

自然と口角が上がった。

 

そうだ。そうだった。

 

ボクは、走ることが好きだったんだ。

 

もちろん、誰かに褒めてもらいたくて、チヤホヤされたくて……カイチョーみたいにカッコイイウマ娘になりたくて走っていた。走ってこられた。

 

でも、その前提には、心の奥底には、好きがあった。走ることが好きなんだという気持ちがあった。

 

どうして今まで気がつかなかったのだろう。少し考えて見れば簡単なことなのに。

灯台下暗しとは、まさにこのことだろう。

 

「ねぇ、トレーナー!」

 

「……?」

 

勝負の途中にも関わらず、ボクはトレーナーと走るペースを合わせる。

 

「楽しいね!」

 

そう言って、ボクはトレーナーに笑いかけた。

 

 

~Fin~

 




ここまで読んで下さりありがとうございました!

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