アドマイヤベガIF ~もしも妹さんが生きていたら~   作:トマリ

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忙しく、更新に非常に時間がかかって申し訳ありません。


アドマイヤベガの家族のヒミツ①
・実は、妹が生存していることによってアドマイヤベガと母親のなんとも言えないギクシャク感は無くなっているため、普通に家族仲は良好である




姉妹の実家に行く話

 

 五日間労働した者が給料以外の対価として得られる休日……土曜日(人によっては違うが)。

 最近は雨の日が多かったのだが、その日は前日の風で粗方吹き飛ばされてしまったらしく、今は雲一つ無い青空が広がっている。

 

 そして、そんな景色が窓の先で前から後ろへと流れていっていた。空間を彩るようにエンジン音が鳴り、合いの手のように時折段差で車体が揺れる。

 

 そう、今のトレーナーたちは───

 

 

 

 

「……トレーナー、そこの交差点を右」

 

「右……右か」

 

「それから、あの信号を左」

 

「左ね。了解」

 

「そしてこの先を───」

 

「右だよー!!」

 

「ん、右だね」

 

「……違う。真っ直ぐよトレーナー」

 

「えっ、真っ直ぐなの?」

 

「何言ってるのお姉ちゃん!右の道の方が近いでしょー!」

 

「……右の道は幅が狭いし、慣れてないと難しいでしょ。真っ直ぐの道の方が良いわ」

 

「むー……!」

 

「ねぇ、結局右なの真っ直ぐなの?早く曲がらないとそろそろ後ろの車からクラクション鳴らされそうなんだけど……」

 

 

「真っ直ぐ」

「右っ!」

 

 

「えぇ……」

 

 

 助手席から聞こえるアドマイヤベガの声と後部座席から聞こえるアドマイヤリラの声に、トレーナーはハンドルとエンジンとブレーキとウィンカーとどれを動かせば良いのかわからなくなる。

 

 

 ───現在、トレーナーは担当ウマ娘であるアヤベとアヤリの姉妹を乗せて、自前の車を運転していた。

 

 行き先は一つ。

 

 

 二人の実家である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の始まりは三日ほど前に遡る(……らしい)。

 夜。栗東寮のアドマイヤ姉妹の部屋にて。

 

 

 プルルルルルルル

 

 

「……リラ。スマホ鳴ってる」

 

「……ぉえ?」

 

 

 出し抜けに鳴り出したスマホの着信音。

 机の前で課題を解いていた姉が上げた声と着信音で、それまで参考書を抱き枕代わりとしてベッドの上で眠っていた妹が意識を取り戻した。

 誰なのこんな時間にー、と目を擦りながら相手の名前もロクに見ず通話に応じる。

 しかし「もしもし?」と相手の声を聞いた瞬間、その目はカッと見開かれた。

 

 

「えっ……お母さん!?」

 

 

 発せられた単語にアヤベの耳も反応し、ペンの動きを止める。

 

「え、うん……うんっ、久しぶり~!元気してるよ~。……えっ、あ、うん、今は寝起きだけど……あはは……。うん、お姉ちゃんもいるよ」

 

 チラリとアヤベの方を見てから、アヤリはスマホの通話をスピーカーに切り替えた。

 

『もしもし、アヤベ?そこにいるの?』

 

 その瞬間、聞き覚えのある母親の声が拡声されたマイク越しに流れてくる。

 

「……いるわよ。久しぶり、お母さん」

 

『久しぶりね』

 

 アヤリがアヤベの机まで移動してスマホを置くと、アヤベも課題を中断して通話する姿勢に入った。

 

「それで、急にどうしたのお母さん?」

 

『今日、家にアヤリ宛ての荷物が届いたのだけれど』

 

「えっ、私宛て?」

 

 予想外の方面で名前が出てきて、さすがのアヤリも声が出たようだった。

 

「荷物って……?なんで私宛てに……?」

 

「……あなた、最近ネットで何か注文した?もしかして、それの届け先をトレセンじゃなくて間違えて自宅にしたんじゃないの?」

 

「それはあり得るかもしれないけど……私最近なにか注文したかなぁ……?何が届いたのお母さん?」

 

 アヤリが問いかけると、『えーっと……』という声がして、スマホの向こうでガサゴソと音がする。

 ……そして数十秒ほど後。

 

 

『……「月間ウマ娘増刊号~期待の一番星アドマイヤベガ、その素顔や同じくデビューした妹との関係に迫る!~」て雑誌みたいだけど』

 

「あ、それ絶対私だわ。うん、注文した」

 

「ちょっと」

 

 

 ジト目になって睨んでくるアヤベにアヤリは「あはは」と悪びれた様子もなく笑った。

 

 

「なんでそんなの買ってるのよ」

 

「えーいいじゃん!私はお姉ちゃんのファン第一号なんだよ!?お姉ちゃんが表紙とトピックを飾ってる雑誌なんて、何がなんでも手に入れないと!!」

 

「だからってなんでわざわざ注文してるのよ……。そんなのが自宅に届くのも寮に届くのも恥ずかしいんだけど……」

 

「いやはや、私としたことがスタートダッシュで出遅れちゃって……近場の店じゃほとんど売り切れちゃってたんだよぉ……。んで、入荷待ちきれなかったから、つい……」

 

『……なんか、同じのが四冊ぐらいあるけど?』

 

「ちょっと」

 

「えっ当たり前でしょ!?だって、保存用と、布教用と布教用と布教用とで……ほら四冊必要だし!」

 

「三冊いらないじゃないの」

 

「なにを言うかお姉ちゃん!これはちゃんと机の中の『お姉ちゃんコレクション』にもストックしておくためで……!」

 

「もうスペースないでしょあのコレクション。引き出しの端から私のぱかプチの足がはみ出してる度に、私がどんな気持ちで直してると思って……」

 

『はいはいそこまで』

 

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ始める姉妹の間に鶴の一声が響く。仮にも母親の力か、その声で姉妹は(アヤリは渋々だったが)大人しくなった。それを確認すると、彼女は『そういうわけだから』とさりげなく話の主導権を握り直す。

 

 

 

『だから、明日の土曜日にでも取りに来なさいアヤリ。せっかくだからアヤベも連れて。たまには家に顔を出しなさいよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやーそれにしてもまさか、お母さんから久しぶりのカムバック要請が来るなんてねー」

 

 背もたれに体を預け、後頭部に両手をやりながらアドマイヤリラは呟いた。出発してしばらくは「トレセンから家までのこの景色懐かしいなー!」なんて窓の方を見ていたのだが、さすがに今は飽きてしまったらしい。

 

「そうね……。別に年末年始には帰るんだから、そう急がなくてもいいでしょうに」

 

 現役スターウマ娘と未来のスターウマ娘を乗せド緊張で運転しているトレーナーに代わって、カーナビ役として助手席に座っているアドマイヤベガが拾った。

 

「ねー。まぁ、可愛い弟たちに久しぶりに会えるのは嬉しいけどさぁ。私たちの部屋もどうなってるか気になるしねー♪」

 

「……普通に考えたら物置きになってるでしょ」

 

「えーまさかー!お母さんその辺はちゃんと保存しておいてくれるタイプでしょー……え、保存しておいてくれるよね!?」

 

「知らないけど……」

 

 目の前に点滅している青信号が見える。

 いつもなら急いで直進するところだが、今のトレーナーは素直にブレーキを踏むことにした。

 

「しかしこれ……僕の車で向かって良かったの?」

 

 しばし余裕ができたからか、横目でアヤベと、バックミラー越しにアヤリと目を合わせるとぼやくように言った。

 

「えっなにそれー!?トレーナーさんが車出してくれなかったら、私たちどうすればいいのさー!?走って帰れば良かったのー!?」

 

 アレ疲れるし交通法とか諸々めんどくさいしー、と騒ぐアヤリに違う違うとトレーナーは首を振る。

 

「……これって、ささやかながらも二人の『帰省』っていうかそんな感じでしょ?そんな家族水入らずの時間となるはずだったのに、ほぼ部外者の僕がいていいのかなぁって……」

 

 ハンドルを握っていた手で頬を掻く。

 何度か電話で話したことはあるとはいえ、彼女らの母親とはトレーナーは初対面なのだ。

 一体どんなことを話せばいいのか……。一応昨日の内に美容院には行っておいたし、道中のパーキングエリアでは

 

 

『いやトレーナー、そんなの気にしなくていいから。ホントに』

 

『いやいやでも、こういうのってちゃんと用意しといた方がいいし……』

 

『ねぇトレーナーさん、お母さんこういうタイプのお菓子が好きだよ?』

 

『えっホント?じゃあこれにしとこうか……』

 

『ちょっと、それリラが食べたいだけでしょ。ねぇ』

 

 

 というやり取りを経て少しお高めの菓子折りも買っておいた。

 事前準備は万全なのだが……それでもトレーナーはそのあたりが不安で仕方ない。

 まぁ目的自体は件の雑誌を回収することなのだから、あまり長居はしないと思うが……頼むから無事に終わってほしい。

 

 

「……ま、ここであれこれ言っても意味ないかぁ。ねぇ、着くまでもう少し暇だししりとりしようよ~!」

 

「あのねぇリラ……トレーナーは運転中だし、私は道案内役をしているのだけれど?」

 

「ま、まぁ、今は赤信号中だからいいよ」

 

「トレーナー……あんまりこの娘を甘やかさなくていいから……」

 

「よーし決まりだねっ!じゃあまずはトレーナーさんからっ、『だ』で!」

 

「『だ』、ね……『だ』!?最初っから『だ』!?

 

「なんで『だ』なのよ……」

 

「えーっと……じゃあ、『断末魔』で……」

 

「『ま』か……じゃあ私は『マスキッパ』で!!はい、『ぱ』だよお姉ちゃん!!」

 

「……『パラソル』」

 

「えー、お姉ちゃんなんなのそれ。もっと真面目にしりとりしないと意味がないじゃん!」

 

「真面目なしりとりって何よ……あなたの『マスキッパ』の方がよっぽどふざけてるじゃないのよ……。……トレーナー、次を右」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここよ」

 

「えっ、ここ?」

 

 アヤベの声でブレーキをかける。超安全運転をしていたのもあり、車はさほど摩擦音を響かせることなく静かに止まった。

 

「おーー!ここだよーー!帰ってきた懐かしの我が家ーー!!」

 

 後部座席のアドマイヤリラが跳び跳ねん勢いで言う。……というかもう車から降りて実際に家の前で跳び跳ねていた。

 

「あの娘はもう……恥ずかしい……」

 

 額に手を当てるアドマイヤベガにトレーナーは「元気だねぇ」と相槌を打つ。ここまでの運転で心労が溜まった彼には、担当ウマ娘の実家に来れたという喜びを噛み締める暇もない。

 

 件の実家は、どこにでもありそうな平凡な一軒家だった。白色の壁に青っぽい屋根という、隣の家とそう変わらない外観である。

 なんとなく意外に感じてしばらく眺めていると、エンジン音を聞き付けていたのか、その家の扉が音を立てて開いた。

 

 中から出てきたのは一人のウマ娘である。

 アドマイヤベガやアドマイヤリラよりやや背が高く歳上に見えるウマ娘は、トレーナーの車を捉えるとパタパタと駆け寄ってきた。

 トレーナーは慌ててシートベルトを外し、アヤベと共に車を降りた。

 

 

「あっ、お母さーん!ただいまー!」

 

 

 しかしウマ娘やトレーナーが言葉を発する前に、ぴょんぴょんと跳ねていたアドマイヤリラがそのウマ娘に抱きついた。

 不意打ちだったからかウマ娘は少しよろめいたが……しっかりと娘を受け止めて「はいはい久しぶりアヤリ……相変わらずねあなたは」と困ったように言う。

 そして、

 

「アヤベも、久しぶりね」

 

「……うん、久しぶり。……紹介するわ、この人が私たちのトレーナーさん」

 

 アヤベに軽く背中を押されて前に出され、トレーナーはガチガチになりながら頭を下げた。

 

「どっ、どうもです。二人のトレーナーをやらせてもらっています。改めて、よろしくお願いします」

 

「よろしくお願いします。私はそこのアドマイヤベガとアドマイヤリラの母親……『ベガ』と呼んでください。こちらこそ、ウチの娘がお世話になっています。今日はわざわざ二人のために車を出してくださりありがとうございます」

 

『ベガ』と名乗ったそのウマ娘は、深々とおじぎをした。同じ動作であるのに、トレーナーと比べて何倍も品位がある。

 高校生の娘がいる以上、歳は確定で三十を越えているはずなのだが……それを全く感じさせない容姿だった。どころか、アヤベやアヤリと並べば双子から三姉妹に見えそうなほどである。

 そんなウマ娘があまりにかしこまるので、トレーナーは更に背中が丸まりそうになった。

 ベガは、そんなトレーナーをまるで品定めでもするようにジッと見つめる。……何かおかしいところがあるのだろうか?正直気が気でない。

 

「さてそれでは、立ち話もなんですし中へどうぞ」

 

 しかし、結局ベガは何も言うことなく、背を向けてしまった。

 

(ほ、本当に大丈夫なのだろうか……)

 

 

 早くも五歳ぐらい老けそうになりながらも、トレーナーはベガ、アヤリ、アヤベの順で入っていく三人のウマ娘の背中を急いで追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アヤリお姉ちゃんだー!!」

「おかえりー!!」

 

 

 家に入ったトレーナーたちをまず出迎えたのは、小さな男の子たちだった。

 トレーナーの腰ぐらいまでの背しかない男の子の一人が、アドマイヤリラの方に抱きつきにいく。

 

「おっ、私の可愛い弟たちー!元気にしてた!?」

 

 男の子の突撃を受け止めると、アヤリはそこから日常の動作のように彼の体をヒョイと持ち上げた。そして次の瞬間、その場でメリーゴーランドのようにくるくると回り始める。

「うわーっ!」と男の子が声を上げる中ほどほどに回り終えると、

 

 

「そーれっ!」

 

「ひゃーー!!」

 

 

 アヤリは隣の寝室にあるベッド目掛けて男の子を投げ入れた。声変わりしてない高い声を上げながら、男の子はキャッキャとベッドの上で跳ねた。

 

 

「あはははっ!久しぶりだけどやっぱこれ楽しいー!」

 

「ずるいずるい!おれにもっ!おれにもやってアヤリ姉ちゃん!」

 

「よっしゃこーい!お姉ちゃんの胸に飛び込んできなさいっ!」

 

 

 再び、今度は別の男の子がアヤリに駆け寄り、そしてアヤリはその子を持ち上げてくるくると回る。二つ目の笑い声が家の中に響いた。

 その光景に「変わらないわね」とベガは口許に手を当て、「なにも変わってない……」とアヤベは額に手を当てた。

 

「えっと……一応尋ねるけど、この子たちは?」

 

「……弟よ。私とリラの」

 

「へぇ、アヤベさんたちって弟いたんだ?知らなかった」

 

「……言ってなかったしね」

 

「この子たち、昔からアヤベとアヤリが好きなんですよ。特に、アヤリにはよく遊んでもらえたから」

 

 横からベガが補足説明をする。

 そうこうしている間にも「きゃー!」「よっしゃ次は十回転だー!」という声が響く。

 その声にウマ耳をピコピコと動かしながら、ベガは小さく笑った。

 

「ふふっ、まるで同い年みたい」

 

「……仮にも高等部の女子と声変わり前の男の子の絡みで『同い年みたい』という感想が出るのは不味いと思うのだけれど」

 

 アヤベは最後まで複雑そうな顔をしていたが……トレーナー的には全然悪いことではないように思えた。……以前にも言ったが彼は一人っ子だったため、こういうのを見ると羨ましくなってしまうのだ。

 

(そういえば……)

 

 以前のことを回想したついでに思い出す。学校生活を送っているときのアドマイヤリラは、ドトウに対する接し方が顕著だったが、何かと後輩相手にはお姉ちゃんぶりたがるような面があった。

 

 もしかしたらそのあたりのルーツは姉であるアヤベへの憧れと同時に、この弟たちとの時間にもあったのかもしれない。

 

 

「いやー楽しかった!弟たちったら知らない間に背も伸びて体重も重くなってたよ!成長期真っ盛りだねびっくりしちゃった!」

 

 

 なんてことを回想しながら五分ぐらいした後、『ベッドの上へ放り投げる遊び』を終えたアヤリが弟たちと共に息切れしながら戻ってきた。ちなみに件の弟たちは今初めてアドマイヤベガにも気づいたように「あ、アヤベお姉ちゃんだー!!」「おかえりー!!」なんて言っていた。

 

「……ただいま。まぁ、変わってないようでなにより」

 

 表面上は素っ気なさそうに言いながらも、アヤベはそう言って弟たちの頭を撫でる。(こんな言い方もアレだが)ちゃんとアヤベのことも好きらしく、二人とも猫みたいに目を細めていた。

 

「……そうだ、アヤリ。忘れる前に」

 

 とそのあたりで、不意にベガが手を叩きリビングの方へと戻っていく。

 しばらくして戻ってきた彼女の手には、目的のブツであるアドマイヤベガの雑誌があった。途端にアヤリが目を輝かせ、アヤベは呆れたような目になる。

 

「ありがとうお母さん!うんっ、ちゃんと四冊ある!」

 

「……本当に四冊もあったの……こんなに買う必要無かったでしょ……」

 

「えー!ちゃんと自腹で買ったんだからいいじゃん!」

 

「なんのざっしー?」

 

 またまた騒ぎ始めた姉妹の間に、今度は鶴ではなく小鳥の声が割り込んでくる。

 弟の一人が一生懸命ジャンプしていると、アヤリは態勢を下げて弟たちにも雑誌が見えやすいようにした。

 

「ほらコレだよっ!」

 

「うわー!アヤベお姉ちゃんが走ってるー!」

 

「カッコいいー!」

 

「ふふん、でしょでしょー!」

 

 ……この妹にしてこの弟ありと言うべきか。弟もやはりアヤベが表紙を飾っている雑誌にはテンションが上がり、アヤリは「やはり君たちには良さがわかるか」と得意気になる。

 

「……ねぇ」

 

 と、その時弟の一人がふと疑問に思ったように言った。

 

 

「どうしたの?」

 

「アヤベお姉ちゃんは前から走ってたけど、アヤリお姉ちゃんも最近走り始めたんだよねー?」

 

「そうだよ?それがどうしたの?」

 

「……お姉ちゃんたちって、走ったらどっちが速いの?」

 

『!!』

 

 

 それは子供故の、純粋な疑問。強い奴と強い奴がいたらとりあえず戦わせたくなるような、そんな無垢な質問だった。

 

 しかしその言葉は、さなから水に絵の具を一滴垂らすような、一歩間違えば劇薬にもなりかねないような質問だった。

 ベガも少し目を見開き、ウマ娘の闘争本能の大きさを知っているトレーナーも冷や汗をかきそうになる。

 

 ……だが、

 

 

「……さぁ、どうでしょうね。まだ私にはわからないわ」

 

「ふふん、安心しなよマイブラザーズ!私とお姉ちゃんが対決する日はそう遠くないから!」

 

「そうなの?」

 

「そうとも!近い内に必ず実現するからね!その時に君自身の目で確かめてくれればいいよ!」

 

「アヤベお姉ちゃんとアヤリお姉ちゃんのレース……!」

 

 

 仮にも弟たちの前だからだろうか。姉妹は思った以上に大人な対応をしていた。思わずトレーナーの方が驚いてしまう。

『◯◯と△△ってどっちが強いの?』という議題は界隈によっては(特にウマ娘界隈では)容易に戦争の火種となり得るため気が気でなかったのだが……さすがに戦争を起こして良い場所は二人とも弁えているようだった。

 

 ……もっとも、二人とも瞳の奥では炎が燃え盛っていたのだが。

 

 

「お母さんも、ちゃんと来てよね!」

 

「え?」

 

 

 そんな流れで出し抜けに名前を呼ばれた形になったからか、ベガは素っ頓狂な声をあげた。

 

 

「私とお姉ちゃんがレースで戦うとき、絶対見に来てよね!私が元気一杯に走って、お姉ちゃんに勝つとこ、目に焼き付けてあげるからさっ!」

 

 

 ……きっとそれは、アヤリにとってはなんてことのない、いつものじゃれ合いのような言葉だったのだろう(事実、アヤベもトレーナーもそう認識していた)。

 

 

 だが母親であるベガは、彼らとは違うことを思ったようだった。

 

 

 

「……アヤリが、アヤベと一緒に走る……」

 

 

 

 どこか、遠くを見るように。感慨深そうにベガは呟いていた。

 そして、アドマイヤリラの瞳を正面から見つめる。

 

 

「……お母さん?どうしたの?」

 

 

 小首を傾げてアヤリが問うが、その頃にはベガは元の雰囲気に戻っていた

 

 

「ううん、なんでもないわよ」

 

 

 そうして、どこかアドマイヤリラを彷彿とさせるような笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

「楽しみにしているからね、アヤリ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そだお姉ちゃんたち!おれたちの部屋来てよねぇっ!」

 

「見せたいものあるんだぁ!特にアヤベお姉ちゃんに!」

 

「……私に?わかったから引っ張らないで……」

 

「なにかなにかな~♪ついでに私たちの部屋も確認しよっと!」

 

 

 久しぶりの挨拶が一段落した後(トレーナーが弟たちに『お姉ちゃんのかれしー?』なんて言われ、アヤベはノーコメント、アヤリは『あははっ違うよー。今は』と答える一幕があった)。

 この家での用事はもう済んだとは言え、やはり久しぶりに会って色々積もる話もあるのか、姉妹は二階の弟たちの部屋へと連れ去られてしまった。

 まぁある意味当然の流れではあるので別に驚きはなく、彼女らが捕まった以上一人で帰るわけにもいかないので、レーナーももう少しだけこの家にお邪魔させてもらうことにしていた。

 そして、残りの時間をどう潰したものかと思っていたのだが───

 

 

「こっちです、◯◯さん」

 

「は、はぁ……」

 

 

 何故かトレーナーは日頃呼ばれることの少ない本名を呼ばれながら(面白い名前でもないので伏せる)、アドマイヤ姉妹の母親であるベガに続いて家の中を歩いていた。トレーナーがフリーになってどうしたものかと思った瞬間、彼女に「話があります」と連れられたのである。

 

(や、やっぱり、なにかやらかしてただろうか……)

 

 自分の頬をペタペタと触る。思い出されるのは家に着いたときのベガの意味深な視線である。

 やはり美容院だけではダメだったか。もっと色々とやっておくべきだったか。それとも菓子折りのグレードが足りなかったのか。

 

 グルグルと思考が回り、焦りで冷や汗が流れていく。

 そのせいか、既に目的地に到達していたのにも気づいていなかった。

 

 

「◯◯さん。付きましたよ」

 

「ぅえっ!?あ、そ、そうなんですか……?

 

 

 ベガの台詞で意識を取り戻し、トレーナーは恐る恐る周りを見渡してみる。

 その部屋には、大量の本棚と大量の本があり、備え付けの机の上にも一冊の本が置かれていた。どうやら、ここは書斎のようである。

 

「へぇ……」

 

『書斎』自体が物珍しくトレーナーがあちこち見ていると、ベガはコホンと咳払いをした。

 その声に、トレーナーは思わず身構えた。

 

 

「……◯◯さん」

 

「は、はいっ?」

 

 

 そんなトレーナーに対して、ベガは───

 

 

 

「ウチのアドマイヤベガとアドマイヤリラを……姉妹を纏めて担当していただき、ありがとうございます」

 

 

 

 ベガはそう言って、深々と頭を下げた。

 

 その動作に、思わずトレーナーの方が慌ててしまう。

 

 

「えっ……。いっ、いえいえそんなっ!僕はただ、トレーナーとして当然のことをしていて……!」

 

「……当然のことをしてくれているのが、私にとっては嬉しいんです」

 

「え……?」

 

 

 トレーナーが言葉の意味を咀嚼しかねていると、ベガは机の上に置かれていた本を手に取った。

 と、まじまじと見たことで気づいたのだが、それは本ではなく一冊のアルバムだった。

 

「アヤリが……アドマイヤリラが生まれる前のことは、知っていますか?」

 

「え?あ、いえ、それは……そのあたりに関しては、あまり語る機会がないので……」

 

 話しながら、ベガはアルバムを開く。

 最初のページには、二人の赤子を抱くウマ娘の写真があった。今より遥かに若いが、そのウマ娘がベガだというのはすぐにわかる。すぐ隣に立っているのは父親だろうか?白い歯が見える柔和な笑みから、きっとこの人も優しい性格なのだろうなと推測できた。

 

「あの娘は……最初は名前が『降りてこなかった』んです。だから、『アドマイヤリラ』は私たちが自分で付けた名前なんです」

 

「え……!」

 

 トレーナーの息が詰まる。

 ……ウマ娘とは基本的に、数奇で輝かしい歴史をもつ別世界の名前とともに生まれ、その運命と魂を受け継いで走ると言われている。 その別世界の名前とやらは、妊娠中の母親ウマ娘の脳内に突然、何の前触れもなく『降りてくる』とされているのだが……。

 

「名前が降りてこないっていうのは……」

 

「……もしかすると、その『別世界』というものが、アドマイヤリラには無いのかもしれないと……私は思うのです。……考え過ぎなのだとすれば、それに越したことはないのですが」

 

「…………」

 

 トレーナーは何も答えることができない。突然明かされた事実を前に、どう受け止めれば良いのか困惑するだけ。

 ただ大人しく、ベガの次の言葉を待つことしかできない。

 

「……すいません。少し湿っぽい話をしてしまって。私が言いたいことはそんなことではないのです。だから、あまり怖い顔をしなくても大丈夫ですよ」

 

 その気持ちを知ってか知らずか、ベガは不意に小さく笑いだした。

 え?とトレーナーが反応する前に、ベガはアルバムの次のページをめくる。

 

 そこには、二人のウマ娘が写っている写真があった。

 すぐにわかった。それは、幼いアドマイヤベガとアドマイヤリラだった。

 

 公園でシーソーに乗っていたり、運動会でお揃いのハチマキを着けてたり、ペットショップで共に子犬と触れ合っていたり……そこにいる姉妹は、いずれも笑顔だった。

 

 

「……アヤリが生まれる前は、私も精神が不安定になることがありました。アヤリはなにか……ウマ娘としてイレギュラーな存在なのではないかと……本当は存在しないウマ娘なのではないかと思ったこともありました」

 

 

 ベガはまたページをめくる。

 次の写真は、ランドセルを背負った姉妹の写真だった。片耳ずつに着けられている耳カバーから、どっちがどっちか判別することができた。

 アヤリが強引にくっついた直後なのか、喜色満面のアヤリに対してアヤベは困ったような顔をしている。

 

 

 ……それは、イレギュラーでもなんでもない、『ただの仲の良い姉妹』のようで。

 

 

「そんなバカな私の不安を吹き飛ばしてくれるぐらい、アヤリは元気に育ってくれました。……不思議な感覚なんです。アヤリが今こうして生きていることが……なんだかあり得ないことのように思います。……私がずっと、求めていた光景のような……そして私だけじゃなく、アヤベもずっと願っていたような……」

 

 

 アヤベが生まれる前にアヤリに会えるはずなんてないんですけどね、と後にベガは付け加えた。自分でも突拍子もないことを言っている自覚はあるのか、困ったように頬を掻く。

 

 

「だから、今こうしてアヤリが『当たり前に』レースウマ娘として充実した時を過ごせているのが、とても嬉しいのです。そして、そんな日々を過ごさせてくれているあなたには、私は感謝してもしきれません」

 

 

 彼女の言葉を、トレーナーはただ黙って聞いていた。

 

 

「だから、トレーナーさん」

 

 

 再びベガがトレーナーを見据えると、彼も背筋をしっかりと伸ばした。

 

 

「……これからも、ウチの娘のアヤベと……アヤリのことをよろしくお願いします。……私が言えた義理ではありませんが、アヤリがしたいと思っていることは、なるべくそのままさせてやってください……」

 

 

「……わかりました」

 

 

 母親としての願いに、トレーナーは強く頷いた。

 

 

「……僕には、イレギュラーだとか、別世界のこととかはよくわかりませんけど……」

 

「…………」

 

「アヤリの存在がアヤベさんに良い影響を与えているのは、間違いないです。だからこれからも、姉妹一緒のまま、二人と共に歩いていけたらなと、思っています」

 

「そうですか……」

 

「それに……」

 

「……それに、なんですか?」

 

 

 ベガの問いに、今度はトレーナーが照れ臭そうに言った。

 

 

 

「僕も、見たいですし。姉妹の対決。どっちが勝つのか」

 

 

 

 その言葉に、ベガは一瞬どういうことかわからないような顔をしていたが。

 すぐにクスッと笑いだした。

 

 

「そうですね。私も、楽しみにしています」

 

 

 

 

 

 

 

「……トレーナー?ここにいたの?」

 

「あ!それ私たちのアルバムじゃん懐かしー!」

 

「アヤベ、アヤリ。戻ってきたの?」

 

「うん。弟たちが見せたかったってものは見たしさっ。あ、あとお母さん私たちの部屋そのままにしてくれててありがとね!」

 

「これ……家族で花見したときの写真ね。懐かしい」

 

「ホントだー!いやー思い出すなぁ……前日は眠れなかったからお姉ちゃんと眠くなるまでしりとしてて……当日はお姉ちゃんと一緒に桜の花びらを広い集めてさ……!色々したよねー!」

 

「……よく覚えてるわね」

 

「あっそうだトレーナーさん!この写真、どっちがどっちだかわかる!?当ててみせてよっ♪」

 

「えーっと……」

 

「あっ!耳見るのは無しだからね!!ほら、こうやって手で隠しとくから!」

 

「えぇ!?そ、そこを隠されると……うーん、どっちだ……?見分けがつかん……」

 

「……右がアヤリ、左がアヤベね」

 

「えっ」

 

「おー!さっすがお母さん!正解ー!」

 

「……当たり前よ。何年あなたたちを見てきたと思ってるの」

 

 

 書斎に笑い声が響き、それを聞き付けたのか「なになにー?」と二階から弟たちの足音も降りてくる。

 

 

 結果として、彼らの実家滞在は思ったよりも長くなった。

 

 

 

 

 






今回の話は、過去に『アヤベさんとの日常の一コマ』において書いた話の、IFバージョンといった話です。過去の話とは色々対比させているような面もありますので、もし興味があればこちらもよろしくお願いいたします。
https://syosetu.org/novel/289595/13.html

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