アドマイヤベガIF ~もしも妹さんが生きていたら~   作:トマリ

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予告していた真面目回です。タイトルにはありませんが、これと次の回で前後編のつもりです。
長い話をどうしても一話に纏めようとした結果、文字数が今までの並の短編の二倍ぐらいになってしまいました。非常に申し訳ありません。

https://syosetu.org/novel/313974/5.html
もしもお時間があれば、かなり序盤の話である『覇王ズセクステット、妹の目標』を復習しておいた方が良いかもです。この話を踏まえてから読むとより楽しめると思います。







姉妹が見た夢

 

────今より約十年前

 

 

 

「おねえちゃんっ。ねぇっ、おねえちゃんってばぁっ!」

 

 声が聞こえる。生まれてこの方、猫背になる兆しすら見えない私の背中に、私より高い声がかかる。

 止まるのは億劫だったから、私は足は動かしたままで首を後ろに向ける。

 

「……なによ、リラ」

 

「『なによ』じゃないよぉっ! おねえちゃん、待ってっ……ちょ、歩くのっ、早いって……!」

 

 私、アドマイヤベガの妹であるリラ───アドマイヤリラは、短い手足を懸命に動かして私についてきていた。

 既に、先を歩く私とリラの間には五歩分ぐらいの距離が空いている。

 血を分けて、生まれてから何をするにも一緒だった私たちには、身体能力の差はまだ生じないはずである。にもかかわらず、何故歩く速度にこうも差が出ているのか。

 それは今日リラが私より余分に運動をしたから、そして私が彼女に追い付かれたくなくて歩を早めているからに他ならない。……今追い付かれたら、絶対面倒なことになる。

 

「おねえちゃんっ……! おねえちゃんってばぁ……!」

 

 今にも泣き出しそうな声で私を呼ぶリラ。

 ……そんなに私のペースに合わせるのがしんどいのなら、素直に追い付くのを諦めて速度を緩めればいいのに。生まれてから常に私の後ろをついて回ってきていたリラには、そんな発想はないようだった。

 そうして、半ば意地の張り合いのように、競歩のようになり始めていた私たちの歩みは、ある種予想できた形で幕を閉じることになる。

 

「まってって……あうっ!!」

 

 ズテン、と音がした。と同時に短く区切られたリラの声。

 さすがに今度は足を止めて振り返った。

 すると、やはりというかそこには、足をもつれさせて前のめりに倒れたリラの姿があった。

 

 

「っ、ううっ……」

 

 

 ……上手く受け身を取れた様子はなかった。

 小さな体は綺麗に地面にうつ伏せになっており、履いている子供用デニムの右膝が赤く染まっていっていた。

 それに伴い、リラの顔は次第にクシャクシャにした紙のように歪んでいき……

 

 

「うわぁぁぁーーーん!! いたいよーーーっ!! おねえちゃーーーん!!」

 

 

 私が止める間もなくダムは決壊した。甲高い声が周囲に響き渡る。集音声が高いウマ耳を思わず塞ぎそうになった。

 ……こうなっては、さすがに無視するわけにはいかない。仕方なく、私は早歩きしてきた道を逆走し、リラに合わせてしゃがみ込む。

 

「もう……大丈夫? リラ」

 

「……ううっ、ヒッ、だいじょうぶ……じゃない……。いたい……いたいよう……。なんで、エッ、まってくれなかったの……おねえちゃん……」

 

「……ごめんって。でもあなただって、こうなるまで無理についてこなくてもよかったじゃない……」

 

「うぇぇぇーーーん!!」

 

「もう……」

 

 ため息を吐く。ウマ娘は頑丈とは言うが、それはあくまである程度育ってからの話。幼少期は、パワーはともかく体の頑丈さはニンゲンの子とさほど変わらない。

 ……こうなっては、こっちが悪者だ。……いや、実際悪者なのだけど。

 ……どうやら、腹を括るしかないらしい。

 

「……悪かったわよリラ。立てる?」

 

 私が手を差し伸べると、瞬間、リラは溺れてる最中に木材を差し出された子犬のように飛び付いてきた。頬を膨らませ目を赤くしながらも、絶対離さないと言わんばかりに力強く握り締めてくる。

 

「……行くわよ。せーのっ」

 

 合図をしてから、私はゆっくりとリラを引っ張り上げた。右足の怪我のせいか立ち上がる際に少しふらついたが……彼女は無事に立ち上がってくれた。

 

「うっ……。足がいたいよぉ……ヒッ、おねえちゃん……」

 

「帰ったら手当てしてあげるから。……ほら、ハンカチで涙を拭いて。鼻も……鼻はティッシュでかんで。せーのっ」

 

「ふんんんっ……!!」

 

「はい、よくできました」

 

 ずびっ、とリラの鼻水を拭き取り頭を撫でてやる。

 すると、膨れっ面も涙もどこへやら。褒められたのと撫でられたのが嬉しかったのか、リラは「えへへ」とにへらと笑った。

 ……本当に子犬のよう。コロコロと感情が変わる、なんとも単純な妹だ。

 

 

「……歩ける?」

 

「……うん。ちょっと、いたいけど」

 

「……悪かったわよ。……また転んでも困るから、このまま手を繋いで歩きましょうか」

 

「うんっ!」

 

 

 小学校の出席確認の時よりも元気よく返事するリラに、呆れに似た感情を抱く。……この娘は、いつか私がいなくなったときに無事に日常生活を送れるのだろうか……。

 姉のサガとして気にしても仕方ないことを気にしながら、さっきよりも、いつもよりも歩幅を狭めて歩き直す。

 手を繋げたのがそんなに嬉しかったのか、リラはにぱっと笑いながら手を大きく振っていた。……この娘、本当に足が痛いのだろうか?ひょこひょこ歩きになっていることから本当なのだろうが。

 

「……あっ、そうだった。ねぇ、お姉ちゃん」

 

 なんてことを私が考えていたとき、リラがふと思い出したように声をあげた。

 ため息を吐きそうになるのを堪える。……この上機嫌で流されて、思い出さないで欲しかった。

 ついに、この話題に触れることになってしまう。だから最近はもちろん、今日……学校で『駆けっこ』をしてからのこの帰り道でも、妹と会話するのを避けていたというのに。

 せめて違う話題であってほしい、という私の祈りも虚しく、リラはそのことを訊いてきた。

 

 

「……おねえちゃん、なんで走るのやめちゃうの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────現在

 

 

 

 四方八方からの大歓声が場を満たしていた。平時なら思わず耳を塞ぎそうになる轟音なのだが、今のトレーナーがいる場所───レース会場においては、それは轟音としてはカウントされない。 むしろ彼もその一部を形成しているぐらいだ。

 

 とはいえ、それらの音は先ほどまでに比べれば落ち着いてきている。音を誘発していた要因が、一先ずの落ち着きをみせたからだ。

 

 

『さぁなんたる大番狂わせか!! 1着となったのは8番人気のカプリコーム!! 2着は6番人気のミスヴァルゴでした!!』

 

 

 先ほどまで行われていたOPレースの熱を冷ますように、あるいはより燃え上げようとしているように実況の声が響く。それに応えるように1着のウマ娘は高々と腕を上げ、2着のウマ娘も悔しそうではあるがやりきったような顔をしていた。

 

 カプリコームとミスヴァルゴ。

 共にそれまではうだつの上がらなかったウマ娘だ。

 

 お世辞にも仕上がっているようには、やれるようには見えなかったウマ娘たちの予想外のジャイアントキリングにより、そのテのものが好きな観客たちは大いに盛り上がっていた。

 

 が、その一方で……というか、やはり会場で多数派となっていたのは、困惑したような、期待外れだったかと思うような、残念がっているような声だった。

 

 

『さぁ本日も引き続き1番人気だった「期待の二つ星(ジェミニ)」ことアドマイヤリラ!! 今回も好走を見せましたが、惜しくも3着に終わってしまいましたっ!!』

 

 

 その感情の原因となっている現象が、実況の声で改めて突きつけられる。

 ……そう。今回のこのレースが、一介のOPレースでありながらここまで客が集まり注目されていた理由は、アドマイヤベガの妹であるアドマイヤリラが走っていたからである。

 ……そして今現在、客席がザワつている理由は、アドマイヤリラが()()1着になれなかったからだった。

 

 

「うあー……妹ちゃん負けちまったかー……!」

「今回こそは行けると思ってたのになぁ……」

「やっぱ中盤で前塞がれたのキツかったか」

 

 

 多種多様な落胆の声が周りの客席から聞こえてくる。

 その騒ぎの台風の目にあたるアドマイヤリラの方へと視線を向けてみると……彼女は肩で息こそしていたが、流れている汗は少なめであり足腰もまだしっかりして体力に余裕もありそうだった。

 ……体力にまだ余裕があるということは、先の走りで力を出し切れていなかったということ。

 それは周りはもちろん、本人にとっても最も不本意な負け方。天真爛漫を絵に描いたようなアヤリもさすがに堪えているのか、いつものにぱっとした笑顔は引っ込めて、ただ悔しそうに唇を噛んでいる。

 

 ……これで、デビュー戦の華々しい勝ち以降、四連敗目となってしまった。

 今までにも度々アヤリが言及したり問題改善にに努力しようとしていたが……やはり今日も負けてしまった。

 ……そろそろ、夢が覚めてしまう頃合いである。

 

 

「なーんか……ガッカリだな」

 

 

 不意に観客の一人から発せられた言葉。それはナイフの一刺しのように思えた。

 視線を向けてみると、そこでは眼鏡をかけた男性と気弱そうな男性が話していた。雰囲気から察するに、先の台詞を発したのは眼鏡の男なのだろう。

 

「あのダービーウマ娘のアドマイヤベガの妹っていうからどれぐらいやれるのかと思ってたけどねぇ」

 

 仮にもアヤリのトレーナーが近くにいるにもかかわらず、その存在に気づいていないのか眼鏡の男は言葉を続ける。気弱そうな男も同じく近くにいるトレーナーに気づいているわけではないのだろうが、眼鏡の男を諌めようとしていた。

 

 

「けど、今回は途中で前塞がれて力を出し切れなかっただろ。試合が絡まない野良レースや練習では良い走りしてるみたいだし。後は本番で力さえ発揮できれば……」

 

「四連敗目じゃさすがに大目に見れるラインも越えてきてるって。案外これが実力の底なんじゃないの」

 

「お前っ……そんな言い方なぁ……」

 

 

 眉をひそめる気弱そうな男性に、眼鏡の男はまだ言い足りないようにため息を吐いた。

 

 

「……やっぱ、あのジンクスって本当だったのかねぇ」

 

「あのジンクス?」

 

「…………」

 

 

 今さらとしか思えないのだが、そこで眼鏡の男性は軽く周りを気にする素振りをした。

 

 

「……ほら、よく言うだろ。『双子のウマ娘は大成しない』って。姉がもうスターウマ娘になっちゃってるから、妹の方が大成できる枠はもう残ってないって話なんじゃねぇの?」

 

 

 その言い分に、さすがにトレーナーは拳を握って立ち上がった。

 周りの注目が少なからず彼に集まるが気にしてられない。

 

 

 確かに、あの眼鏡の男性の気持ちもわかる。

 落胆は期待の裏返しだ。アドマイヤリラがデビュー戦で快勝してから、メディアはこぞってアドマイヤ姉妹のことを取り上げ、『期待の二つ星』や、『ビワハヤヒデとナリタブライアンの再来』だとか散々言っていた。

 そこまで持ち上げられたら、誰だってアヤリが力強い軌跡を見せていってくれることを期待するし、いずれ訪れるであろう姉妹対決への夢だって膨らむ。他でもないトレーナー自身だって楽しみにしているほどだ。

 

 その夢が中々実現しそうになく、どころか片方がそのまま沈みそうになっているのだから、こんな言い種になる気持ちも多少はわかる。

 

 

 だが、さすがにあんな言い方は───

 

 

『それではこの後、ウイニングライブを開始いたします。観覧希望の方は……』

 

 

 しかし幸か不幸か───問題を起こさず済んだという意味では幸だっただろう───アナウンスがトレーナーの意識に割り込んできた。

 その声に従い、眼鏡の男性を含めた観客たちはライブステージへ、ウマ娘は一旦控え室へ戻るために移動を始める。

 そしてそれはアドマイヤリラもである。暗い感情に無理やり一定の区切りを付けたような表情を浮かべ、彼女はレースウマ娘用の通路に足を踏み入れていく。

 

「っ」

 

 沸騰しかけていた頭を冷やす。

 ……今の自分の、トレーナーとしての役目は、批判を黙殺することじゃない。批判を受けている担当ウマ娘を支えてやることだ。

 そう思い、トレーナーは席を立った足で、人の波を掻き分けウマ娘用控え室へと向かった。

 

 

(どうか、先ほどの男たちの会話がアヤリには聞こえていませんように)

 

 

 走りながら、そう願う。

 

 ……最も、観客席の一番前で行われていた会話であり、そして人間の何倍もの集音性が誇るウマ耳の前では、無駄な願いかもしれないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────約十年前

 

 

 

 私……アドマイヤベガがそのジンクスを初めて知ったのは、十年前にとある番組を見た時だった。

 私が見た番組……それは所謂、『あの人は今』というような番組だった。

 今は見なくなった芸能人や、昔はレースの第一線に出ていたようなウマ娘が現在どこで何をしているのか、番組スタッフが探し出して今だから言える話をインタビューしていく……という番組である。

 別に、特段興味があった番組ではない。ただ、その日は何もなく暇で、たまたまテレビで流れていたからぼんやりと眺めていたのだ。

 

 その回で特集されていたのは、とある双子のウマ娘。両方とも、元レースウマ娘だった。

 

 

『双子のレースウマ娘は大成しない』

 

 そんなジンクスが根強く叫ばれ続けるウマ娘レースにおいて、双子のレースウマ娘は非常に珍しい(命知らずと言い換えてもいい)。デビューした当時、その双子のウマ娘はそれなりに話題になり注目を集めていた。

 ……が。結局デビュー戦を含めて数回はレースで勝つことができたものの、それ以降は二人とも鳴かず飛ばずで大きな結果を残すことはできず……同期のスターウマ娘に纏めて蹴散らされてしまい歴史の闇に埋もれていくことになった。

 そのまま二人は志半ばでレースから引退してしまい……結果的に『双子のウマ娘は大成しない』というジンクスをより補強することになってしまったそうだ。

 

 一応番組自体は、『現役当時は辛かったが、今は二人ともレースに代わる新たな目標を見つけ、姉妹でウマ娘用品店を仲睦まじく切り盛りしている』と晴れやかな形で終了した。

 

 ……しかし、この双子のウマ娘の顛末は……子供心には、中々響くものがあった。

 

 

 双子のウマ娘は大成しない。

 

 

 ナレーションにて何度も告げられていた言葉が、(ひる)のように脳裏に貼り付いてくる。

 

 今見たなら、その番組に対して違う感想を持つこともできただろう。

 所詮はジンクスだ。バカらしい。私とリラは違うと一蹴することもできたかもしれない。

 

 だが当時の年齢には……『夜中に口笛を吹くと鬼が来る』という教えを正直に信じていたような子供心に対しては……それは非常に重くのしかかってきた。

 たかがジンクス。だが、()()()()()()()()()()()からこそジンクスなのだ。

 

 ……私もリラも、将来はレースウマ娘になるつもりだ。そのためにクラブにだって入っている。

 

 ……このままでは、私たちは条件に当てはまってしまう。

 

 ジンクスが、起きてしまう。

 

 その考えに至ったとき。

 

 

(……嫌だ)

 

 

 体が張り裂けるような感覚を覚え、思わず胸を押さえた。

 

 

 大成できなくなる。

 

 あの娘が。リラが。

 

 

 私だけが大成できなくなるのはいい。

 だけど、もしもあの双子のように、共倒れになってしまったら。私が巻き込む形で、リラが潰れてしまったら。

 

 そんなのは、絶対に嫌だ。

 

 その日から布団の中で考え続けて、やがて私は一つの結論を下した。

 

 

(……だったら、私はレースから離れよう)

 

 

 ジンクスの対象になってるのはあくまで双子のレースウマ娘。双子の部分はもう今から変えることはできない。

 

 だったら……双子の片割れである私がレースウマ娘でない、ただのウマ娘になってしまえば。

 リラが一人きりのレースウマ娘になってしまえば、このジンクスからは逃れることができるのではないだろうか。

 

 ……かなりこじつけ気味な、『抜け道』かどうかもわからない理論だったが……とにかくそれが私の出した答えだった。

 

 ……レースから離れることに、拒否感がないわけではない。

 だけど、万が一にもこのジンクスに捕まってしまって、リラが壊れてしまうよりは、遥かにマシだった。

 

 

 

 大丈夫。私はお姉ちゃんなんだから。

 

 我慢だって、慣れている。

 

 リラの幸せが、私の幸せなのだから。

 

 

 もちろんこんなことは、リラに知られてはならないし、知らせるつもりもない。

 

 知ったら、リラは必ず負い目を感じてしまう。

 

 それは絶対にあってはならない。リラには心置きなく、何も気にせずにレースに挑んでほしい。

 そのためなら私は、何を犠牲にしたって構わないのだから。

 

 

 

 そうしてその日以来、私は走るのをやめるようになったのだが……間が悪いというかなんというか。

 今日リラが公園でウマ娘の友達(『レオちゃん』というらしい)と遊ぶのに付き添った際、流れで二人が駆けっこをすることになり、私もリラから誘われたのだ。

 

 最初は穏便に断ろうとしていたのだが……あまりにリラがしつこいので、我慢の限界を越えて『うるさい!私はもう走るのはやめるつもりだから!』とつい失言をしてしまった。

 

 

 そして、今日のリラとの騒ぎに繋がるわけだ。

 

 

「───おねえちゃん?」

 

「……ん」

 

 

 耳にかかった声で我に返る。

 気づけば、公園からの帰り道。私もリラも足を止めていた。リラは心配したように私の顔を覗き込んでいる。

 

「どうしたのおねえちゃん?」

 

「いえ……なにも」

 

 軽く頭を振ってから歩き直す。すると「まってよう」とリラは足をひょこひょこさせながら急いでついてきた。

 その間に私はまだ未発達の脳を懸命に回転させ、『なんで走るのをやめちゃうの』の問いを誤魔化すための言葉を組み立てていく。

 

 

「それでおねえちゃんっ、なんで走るのやめちゃうの?」

 

「…………」

 

「なんで? おねえちゃんすっごく速いのにっ! 将来きっと『さんかんば』になれるよってお母さんも先生も言ってるのに! ……今日だって、レオちゃんにおねえちゃんの走りを見てほしかったのに……。おねえちゃんはあの『まるぜんすきー』ってウマ娘よりも速いんだってなんかい言っても、レオちゃん信じてくれなかったから……」

 

「……ねぇ」

 

 

 がっくりと肩を落とすリラに、私は心に仮面を被せてから彼女に向き直った。

 

 

「なぁにおねえちゃん?」

 

「……実はね、リラ。走るのをやめることだけどね」

 

「うんっ?」

 

「実はね……私、走るのに飽きちゃったの」

 

「……えっ」

 

 

 リラが悲しそうに言う。……罪悪感が湧いてくるが、ここで怯んではいけない。

 

 

「飽きたって……?」

 

「……そのまんまの意味よ。走るのに飽きちゃったの。本当にただそれだけ。リラだって、色んなゲームを買ってもらってるのに、飽きちゃうものはすぐに飽きちゃうでしょ?それと一緒」

 

「…………」

 

「確かに一時はたくさん走ってたけど、考えてみれば別に他にも楽しいことはたくさんあるし。走るだけがウマ娘の全てじゃない。今は格闘ウマ娘だったり他の道もあるから。今の私は、そっちの方に興味が───」

 

「うっそだー」

 

 

 嘘で塗り固めていた台詞が、突然遮られた。

 思わずリラの方を見てみると、彼女は口調と表情こそいつも通りのバカっぽいものだったが、目だけは私を一直線に射貫いていた。

 まるで見透かしたように。

 

 

「だって走ってるときのおねえちゃん、いつも楽しそうだったもの。ほかに走っているウマ娘がいたら目で追ってたりしてたしっ。そんなおねえちゃんが走るのに飽きるだなんて、ありえないよっ」

 

「……なんでそんなことがわかるのよ」

 

「わかるよぉ! 何年おねえちゃんの妹をやってると思ってるのっ! おねえちゃんのことはいつも見てるんだもん! 私はおねえちゃんの『ファン第一号』なんだからっ!」

 

 

 ふんす、と自慢気に胸を張ってみせるリラ。……私にとっては自慢にもならないどころか、むしろ照れくさいのだけれど。

 

「……『ファン第一号』にだって、わからないことはあるでしょ」

 

「むー……! わかるもんっ! さいきんのおねえちゃん、絶対なにかガマンしてるんだもん……!」

 

 ……こういう時に限って、リラは勘が鋭い。いつもは何も考えてなさそうなのに、末恐ろしい妹だ。

 だが、結局は彼女も『なにか隠している』ぐらいしかわからないらしい。それなら、疑惑を強めることになってでもこのまま『飽きた』でゴリ押せば、この話題は流すことができるだろう。

 その場の感情だけで動くリラのことだ。どうせ明日になればこの疑惑なんか忘れて、一人で走ったり新しいゲームに夢中になってくれる。

 私はそう考え、少し強い言葉を使おうと息を吸い直した。

 

 だが。

 

 

「……もしかしておねえちゃん、『双子のウマ娘は大成しない』っていうジンクスを気にしてるの?」

 

 

 空気は喉でつっかえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────現在

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 

 

 身体中が焼けるように熱かった。

 息が続かず、立ち止まることを余儀なくされるが、心臓が暴れ回ってるせいで落ち着けない。

 熱さを少しでも紛らわそうと黒い空を仰いでみる。

 が、なんとなしに涼しげな印象を与えてくれる星も月も、今日は雲に隠れてしまっていた。

 ……日付が変わる一歩手前の時間帯でもコレでは、もう今夜は星空は望めないだろう。

 

 

「……よしっ。もう一頑張りっ……」

 

 

 されど、今の自分はそんなの気にしていられない。

 ジャージの袖で汗を拭い、アドマイヤリラは誰もいないトレセン学園のグラウンドで再び走り出した。

 ウマ娘としての力を存分に発揮した、風を切り裂く走り。だがそれは、本来彼女が出せるトップスピードと比べれば大幅に速度が落ちている。

 既に乳酸の溜まりきった足が悲鳴を上げる。数秒走っただけですぐに息が切れる。汚れきったシューズが、更に土を被っていく。

 

「あっ───」

 

 そんなのが長く持つはずがなかった。

 疲弊した足は、平時ならばなんともないはずの地面で容易につまずき、体はそのまま前のめりに倒れてしまう。

 固い地面とぶつかり、一瞬呼吸が止まる。受け身を取る余裕はなかった。

 疲労困憊の体に、ウマ娘のスピードがプラスされての転倒は大きく体に響いた。普段よりスピードが出ていなかったのは不幸中の幸いだろう。……そもそも普段通りに走れていれば転倒することはなかったのだが。

 

「いったぁ……」

 

 口の端に入った砂を吐き出しながら呻く。

 ……いけない。この自主練習は、トレーナーはもちろん、寮長や姉にも内緒にして、こっそり寮を抜け出して行っているのだ。もしそこで下手な傷を付けてしまったらバレるし、本来の練習メニューだって狂ってしまう。

 ……もうかれこれずっと夜のグラウンドを走ってる。体力だって限界だ。これ以上走ったって、怪我のリスクが増えるだけ───

 

「……それでも、走らないと……」

 

 今日行われた───もうすぐ『昨日』になるか───ばかりの、あの3着に終わったレースの光景がフラッシュバックする。それと同時に、使命感のようなものが体を駆け巡った。

 鉛のようになった体を懸命に起こそうとする。動かそうとしてる腕や脚に違和感はない。一応、傷はないようだ。

 だが……とにかく体が重い。接着剤でくっ付けられたように、アヤリの四肢は地面にへばりついている。

 

(なんで……動いてよ……!)

 

 思考と裏腹に、体は休息と睡眠を求めている。そんなことをやっている場合じゃないのに。

 思い通りに動いてくれない体に苛立ちが募り始める。

 

 すると、

 

 

「……はい」

 

 

 突如アヤリの顔の前に、手が差し出された。天から垂らされた蜘蛛の糸のように。

 驚きながらも、アヤリは半ば無意識にその手を掴んでいた。

 瞬間、体が引っ張りあげられる。なるべく体重をかけないという気配りをする余裕も無かったのだが、腕はそんなの関係ないとばかりにアヤリを引っ張って立たせた。

 その勢いにふらつきながらも、アヤリはなんとか態勢を整える。

 

(……あれ。ずっと前にも、似たことがあったような……?)

 

 記憶を揺さぶられながらも、とりあえず助けてもらったのは事実なためアヤリは手の持ち主へ礼を言おうと視線を上げる。

 

 

「……随分頑張ってるわね。リラ」

 

「うぇっ……お姉ちゃんっ!?」

 

 

 予想外の人物がいたためアヤリは思わず変な声を出してしまった。

 そこにはアヤリの姉であるアドマイヤベガが、夜空をバックに凛として立っていた。

 おかしい。彼女の知っている姉ならば、今は真面目に寮の布団で眠っているはずなのだが。というか、彼女が寝たのを見計らってからアヤリは部屋を抜け出したのだが。

 

「……何年あなたの姉をやってると思ってるのよ。いつも騒がしい妹の狸寝入りなんて、姉にはすぐわかるのよ」

 

「あ、あはは……ホント?」

 

 苦笑するしかない。自分のことなど、姉はなんでもお見通しだ。

 

 

『…………』

 

 

 それから、気不味い沈黙が流れる。

 アヤリはこの夜中の自主練をアヤベには伝えていなかった。伝えていないということは、その事で少なからず彼女に負い目があったということである。

 故に、その張本人であるアヤベと鉢合わせてしまうと、アヤリは何も言えなくなってしまうのだが……。

 アヤベの方は知ってか知らずか、ただアヤリの方を見つめている。

 

 そのまま、無言での睨めっこが数十秒。……やがて、アヤリが先に音を上げた。

 

 

「……ごめんね、お姉ちゃん」

 

 

 謝罪が口をつく。姉から逸らした目が、自分の走りでデコボコになったターフを映した。

 

 

「……なんで謝るの? リラ」

 

「……今日も、負けちゃったから。情けない走り見せちゃって……」

 

 

 あはは、と間を持たせるように笑うアヤリ。彼女の元気の象徴のような笑顔も、今はさすがに弱々しい。

 

 

「四連敗目……せっかく、鳴り物入りでデビューしたのにさ……『期待の二つ星』とか色々言われてたのに。ファンもがっかりさせちゃって……」

 

 

 客席から発せられた多種多様な落胆の声。やはりそれはアヤリの耳にもしっかりと届いていた。

 レース後にウマ娘用の控え室にやって来たトレーナーは、ただ「大丈夫、次があるさ」と彼女に言ってくれた。

 ……レース前にトレーナーが座っていた位置は把握していた。その位置的に、彼にもアヤリへの批判の声は届いていたはず……なんなら、彼女よりも近くで聞こえていたはずなのに。彼はそのことをおくびにも出さず、いつもと同じ雰囲気で彼女を慰めてくれた。

 ……トレーナーは優しい。だからこそ、そんな彼の気遣いに報いれない自分への不甲斐なさをより感じてしまう。

 

 ……別に、レースの道を嘗めていたわけではない。むしろアドマイヤベガという水先案内人を通して予習していたことで、その過酷さはより理解していたつもりだった。

 だが、いざレース世界での『洗礼』を受けると……中々心に来るものがあった。

 

 

「私はお姉ちゃんの妹なのに……お姉ちゃんは、こんな過酷なレースの世界でも立派に走れてるのに……。私はまだ、こんなGIに至るまでの道の時点でウダウダとしてて……」

 

「…………」

 

 

 ポツリポツリと言葉を発していくアドマイヤリラ。その瞳は、透明な涙で潤んでいた。

 どんな夢を背負っていようが、どれだけ良い血を引いていようが、負ける時は負ける。それがレースの世界。

 そんな冷たい世界に晒され、アヤリの心はいつになく、今までにないほどに弱っていた。

 

 

「……トレーナーや、『覇王ズセクステット』の皆も、ずっと応援してくれていたのに……」

 

「…………」

 

「なんで私は結果が出せないんだろう……。やっぱり私は……お姉ちゃんと比べてダメな存在で───」

 

「リラ」

 

 

 続きかけたアヤリの声が、ピシャリと遮られた。アドマイヤベガだった。

 静かな声だったが、有無を言わせぬような圧がそこにはあった。

 

 アヤベはアヤリにゆっくりと近づいていくと、その顔に腕を伸ばした。怒られると思ったのかアヤリは咄嗟に目を閉じる。

 

 ……しかし、次の瞬間が感じたのは、目元に触れるハンカチの感触だった。

 

 

「うわっ!?」

 

「こら。ジッとしてなさい」

 

 

 思わず飛び退きそうになった体が押さえつけられる。

 アヤベはアヤリの目の隙間から溢れていた涙をゆっくりと拭き取っていった。その手付きはまるで、親猫が子猫に触れるときのような、優しいものだった。

 

 涙を拭きながら、アヤベは呟くように、しかしハッキリと言った。

 

 

「……忘れてないわよ」

 

「え?」

 

「私はずっと、忘れてないわよ。おでんパーティーの時に、あなたが私にした『約束』を」

 

「それはっ……。確かに、したけど……」

 

「それと、十年前にした『約束』も」

 

 

 え、とアドマイヤリラが声を上げた。耳が伸び、目が見開かれる。

 その耳と目にもう一度刻み付けるように、

 

 

「おでんパーティーのあの日から……もっと言うなら、十年前のあの日からずっと、私は『約束』を果たすために走り続けていたけれど……あなたは、違うの?」

 

 

 アドマイヤリラが目を見開いた。その瞳は震えている。

 しかし、今度は悲しさによるものではない。そこにあったのは、嬉しさと驚きだった。

 

 

「約束……十年前のも、覚えててくれてたんだ……。トレセンに入ってからは、あんまりその話題を出すことも少なくなってたのに……」

 

「……当たり前でしょ」

 

「あははっ……子供の頃の話だから……もう、忘れちゃったかと……」

 

「そんなわけないでしょ。あの約束のお陰で私はまた走ることができたんだから。……忘れたくても、忘れられないわ」

 

「っ…………」

 

 

 姉からの、偽りのない言葉。弱りきっていたアヤリの心に、その言葉は優しく染み込んでいく。

 

 十年前の、とある記憶。

 

 自分にとっての大切な思い出を、姉も同じぐらい大切なものとして今でも共有してくれていたことに、目元がまた熱を持っていく。

 しかし、溢れ出た涙をアヤリは今度は自力で拭っていった。

 

 

「……リラ」

 

「……うん」

 

「私と戦いたいんでしょ?」

 

「うんっ……」

 

「私に勝ちたいんでしょ?」

 

「っ……当然っ!」

 

「……あの約束、果たしてくれるんでしょ?」

 

「当たり前っ!!」

 

 

 姉の問い掛けに力強く答え、アドマイヤリラは顔を上げた。

 目はまだ赤かったが……もうそこには涙は浮かんでおらず、いつも通りの眩しい笑顔があった。

 

 

「ふぅー……ようしっ! お姉ちゃんと話したら元気出てきたっ! 私、ふっかぁつ!」

 

「……ならよかったわ」

 

「うん! 私っ、もう一周走ってくるっ!」

 

「……夜も遅いし、あなたも疲れが蓄積してるから、あと一周だけよ。……それと」

 

「うん?」

 

「……あくまでレースを見ていた私からの意見だけど、思うにあなたは少し焦りすぎ。だからバ群を上手く抜け出せないのよ。だから───」

 

 

 いつの間にか雲は流れ、星空が見えていた。

 夜空の下で姉妹は少しだけ作戦会議をし、一度だけ走った。

 

 アドマイヤリラの次のレースまで、あと一ヶ月。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────約十年前

 

 

 

『……もしかしておねえちゃん、『双子のウマ娘は大成しない』っていうジンクスを気にしてるの?』

 

 その言葉に急に私が咳き込んだからだろう。リラは先の自分の予想が当たりだとわかったらしく、きゃっきゃと笑い始めた。

 

 

「やっぱりだー! むっふんっ『ファン第一号』の目にかかれば、おねえちゃんが隠した真実だってあーっという間に見つけちゃうんだからっ!!」

 

 

 にぱっと笑うリラだが、しかし私はそれどころではない。

 

 

「リラっ……! あなたっ、そのジンクスを知ってたのっ!?」

 

「うん」

 

「いっ、いつからっ……?」

 

「うーん……? ずっとまえっ! テレビで言ってたのをきいたのー!」

 

「なぁっ……!?」

 

 

 私よりも遥かに以前から、リラはジンクスを知っていた。

 どうしようどうしよう。ジンクスが知られていた。これではリラが気にしてしまう。私の行為の意味がわかってしまう。全てが水の泡。一体どうすればいいのか。

 

 唐突に明かされた事実に、脳の理解が追い付かない。

 ……だが、本当の衝撃はここからだった。

 

 

「なーんだ。おねえちゃん、そんなことを気にしてたの?」

 

 

 リラは。私の妹は。

 

 私があれほど悩んで考え込んで決断したことを、一言であっさりと切り捨てた。

 ……その時の私の口は、陸に上がった魚のようにパクパクとしていただろう。

 

 

「そっ『そんなこと』って……」

 

「おねえちゃんのことだから、もっとすごいことで悩んでるかとおもったー! そんなことだったんだー!」

 

 

 なにがおかしいのかまた笑い出すリラ。

 自分が真面目に悩んでいた事柄にそんな対応をされて、急速に脳が燃えていく。

 

 

「リラっ……! あなた、このジンクスの意味がわかってるのっ!?」

 

「わかってるけど……でも、ジンクスはジンクスでしょ?」

 

「ジンクスは起きるから『ジンクス』って言うのよ! このまんまじゃ二人とも共倒れになる可能性があるから私は……!」

 

 

 自分の決断の大事さを訴えようとする私だったが、リラはそこで唇を尖らせた。

 

 

「だから、私一人で走るべきだって言うの?」

 

「……そうよ。あなた一人なら、きっとジンクスは起きない。あなたはジンクスなんて要素に惑わされず、自分の力でレースに挑むことが───」

 

「やだ」

 

「え?」

 

 

 一刀両断とはまさにこのことか。

 あまりに簡潔な返しに、私は完全に困惑するばかりだが、対するリラは何故か拗ねた時のような表情をしていた。

 

 

「……だって、ひとりで走ったって、つまんないもん。おねえちゃんと一緒じゃなきゃやだ」

 

「っ……それは」

 

「おねえちゃんは私の目標なんだもん。私はおねえちゃんと一緒に、レースに挑みたい」

 

「そんな……そんなのっ……」

 

 

 そんなのは───私だって同じだった。

 妹と一緒に走りたい。レースという世界に足を踏み入れたい。妹だけをレースの世界に行かせるなんて心配だし……寂しい。

 だけど、そうしたくても……ジンクスが……。

 

 

「……おねえちゃん、そんなにジンクスが気になるの?」

 

 

 私が無言で考え込む様から事の重要さをやっと察したのか。アヤリは困ったような、真面目そうな顔になって顎に手を当てた。

 

 すると数秒後、彼女は頭の横に豆電球を浮かべた。

 

 

「あっそうだ! じゃあさっ!」

 

 

 タタッとアヤリは小走りをする。「いたっ」と小さく呻きながらも私の前へとやってくると、彼女はそこでにぱっと笑ってみせた。

 

 

「そんなジンクス、私たちでぶっ壊そっ!!」

 

「……え?」

 

「簡単な話じゃん!今までに双子で大成したウマ娘がいないんだったら、私たちが一番最初になっちゃえばいいんだ!おねえちゃんと二人で!」

 

 

 なんたる名案! とリラは両の手の平を合わせる。

 そして、ポカンとする私を余所にどこか遠くを見ているようなうっとりとした目になり始めた。

 

 

「それでねそれでねっ、いつか月刊トゥインクルで二人で表紙をかざるんだ~♪ タイトルは……うーん……おねえちゃん、『ふたご座』って英語でなんだっけ?」

 

「…………。……ジェミニ」

 

「そうジェミニ! ……コホン。じゃあタイトルは『麗しき無敵の双子ジェミニ! レース界を圧倒!!』なんてどうかなっ!?」

 

「……なんで『麗しき』が出てきて『ジェミニ』が出てこないのよ……」

 

「えへへ……」

 

「……しかも『双子』と『ジェミニ』で意味被ってるし……」

 

 

 独特の言語センスに呆れながら───いつの間にか、私の表情は和らいでいた。

 心にのし掛かっていた重荷が、すっかり無くなっている。

 

 

「私たちが、一番最初になればいい……」

 

 

 妹の言葉を反芻する。……ネガティブっぽい私では、絶対にできない発想。

 

 片方がいなくなった上での理想郷ではなく、過酷な道だとしても二人で一緒に歩きたい。

 

 

 じゃないと、つまらない。

 

 

「……ふふっ」

 

「えぇ? なんでおねえちゃん急に笑うのぉ? 『麗しき無敵の双子ジェミニ』ってそんなにおかしかった?」

 

「いえ……いや、麗しき無敵の双子ジェミニはおかしいと思うけど……。とにかく」

 

 

 私は一歩踏み出すと、可愛い妹の正面から目を合わせた。

 

 

「……わかったわ。撤回する」

 

「え?」

 

「私はやっぱり、これからも走り続ける。走るのが好きだから。走り続けて、必ず強いレースウマ娘になってみせる。だから、リラもちゃんとついてきて」

 

 

 私がそう言うと、リラは今日のどんな時よりも目を輝かせた。

 

 

「あたりまえっ! 二人でなるんだから! 私とおねえちゃんで! 『双子で大成したウマ娘』に!!」

 

 

 言って、笑い合う。

 今ならきっと、どんな困難だって恐くない。

 

 心からそう思えた。

 

 

「……あっ! でもねおねえちゃん!」

 

「……なに?」

 

「『双子で大成した強いウマ娘』にはおねえちゃんとなるつもりだけど……私、『一番強いウマ娘』の座はゆずらないからね?」

 

「え?」

 

「おねえちゃんと二人で大成したいから、そこに至るまではいろいろ協力するつもりだけどぉ……もしもその道中でおねえちゃんと戦うことになったら、私手加減しないからっ!おねえちゃんは私の目標だしっ、勝ちたいしっ!」

 

 

 ……本当に、コロコロと感情が変わる妹だ。

 

 

「……わかった。望むところよ。私も、リラにだけは負けない。負けたくない」

 

「ようしっ!じゃあ、これから私とおねえちゃんはっ、ジンクスを一緒に破る『仲間』にして───」

 

 

 そうして、二人が次の言葉を発するのと、二人が握り拳を合わせるのは、同時だった。

 

 

 

 

 

「───『ライバル』だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────現在

 

 

 

 その日。

 とあるGⅢレースの会場には、鼓膜が破裂しそうなほどの歓声が鳴り響いていた。

 全員が身を乗り出さん勢いで、レース場に視線を注いでいる。

 

 

『さぁレースはついに最終コーナーに入りました! そしてなんとここでアドマイヤ! アドマイヤリラが猛烈に追い上げてくるっ!!』

 

 

 実況の台詞に、ワァァァァ……!という観客の声が更に大きくなった。

 

 

『ものすごい末脚だ! アクアピスケスとミスヴァルゴを抜かしっ! そして先頭のスコービオンと一騎討ちか!? しかし後続も追いすがってくるっ!! さぁ並ぶ並ぶ!! アドマイヤリラとスコービオンが並びましたっ!!』

 

 

 

「いけーっ!! がんばれーっ!!」

 

 客席からアドマイヤリラのトレーナーが力の限り叫ぶ。隣に座っているアドマイヤベガは、腕を組んだまま真剣な目付きでレースを見ていた。

 だが、彼女はレースが残り200を切ったあたりで、不意に目を伏せた。

 

 まるで、もう見なくてもわかる、と言うように。

 

 

『そしてゴールですっ!! 判定の結果……1着はっ、アドマイヤ!! 1着はアドマイヤリラですっ!! あのダービーウマ娘であるアドマイヤベガの妹にして「期待の二つ星」の片割れである彼女がっ、以前負けたミスヴァルゴやスコービオンに雪辱を果たす形で勝利を掴みましたぁっ!!少し前のOPレースの二連勝に加え、このGⅢにて三連勝となります!! 長い冬を乗り越え、ついに羽化したのでしょうか!? 最近の彼女の勢いには目を見張るものがあります!!』

 

 

 実況と共に掲示板にも結果が表示され、会場全体が、アドマイヤリラの三連勝目に大いに盛り上がる。

 

 

「うおおおおすげぇぇぇぇ!!」

「妹ちゃんまた勝ったな!!」

「なんか、前までより姉のアドマイヤベガの走りに近くなったような気がするけど……!」

「いや、でも細部は意外と違うぞ。特に姉と比べたら、妹の方は末脚のキレは劣るけどその分トップスピードの持続時間が……」

 

 

 興奮混じりに様々な言葉を発していく観客たち。

 しかしやはりというか、中でも一番興奮しているのは他ならぬアドマイヤリラ本人のようだった。

 

 

「ふっふん、どうよっ!? お姉ちゃんだけじゃない、私だって一等星なんだからっ!!」

 

 

 なにやら勝利台詞のようなものまで言いながら、上機嫌そうににぱっと笑うアドマイヤリラ。

 そうして一通り喜び終わると、彼女はすぐさま観客席に視線を這わせた。

 すると、目当ての人物であるトレーナーを見つけられたのか、ぴょんぴょんと飛び跳ねながらぶんぶんと手を振った。

 

 

「トレーナーさーん! 私勝ったよー! ちゃんと見ててくれたー!?」

 

 

 見てたよー、と返答しながらトレーナーは苦笑いする。……一応は、2400mを全力で走り終えた後なのだが……どこにあんな元気が残っていたのだろう。

 そんなことを思っていると、不意に感慨深そうな実況の声が聞こえてくる。

 

 

『さぁ、こうしてアドマイヤリラが初の重賞制覇を成し遂げたわけですが……。こうなりますと、ついにアドマイヤリラもGIレースが射程圏に入ったでしょうね。そうなると……! ……これからの彼女の動向には、目が離せなくなりそうですっ!』

 

 

『そうなると』の部分で実況はもちろん、観客の全員が息を呑んだのがわかった。かくいうトレーナーもだ。

 

 GIレースに挑む下地ができてきた。

 

 

 ということは───

 

 

 トレーナーが隣に視線を向けたとき。

 

 

 いつの間にか、アドマイヤベガは顔を上げており……アドマイヤリラを一直線に見つめていた。

 

 

 対するアドマイヤリラの方も、トレーナーには手を振っていたが、アドマイヤベガの方には無言で視線を送っている。

 

 

 

 

 視線を絡み合わせるだけで、二人の間に会話はなかった。

 

 

 

 だがおそらく、言葉など不要だったのだろう。

 

 

 二人の気持ちは、同じだったのだから。

 

 

 

 

 

 

 二人の夢の実現まで、あと───

 

 

 

 

 

 

 






前から言っていましたが、レース描写は書かない(書けない)つもりですので、悪しからず。

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