の60分お題即興ワンドロ企画にて、
テーマ『絵空事の記憶』を選択して作成した短編です。
『いつまでも一緒』の11年後にあるかもしれないこと。
の60分お題即興ワンドロ企画にて、
テーマ『絵空事の記憶』を選択して作成した短編です。
『いつまでも一緒』の11年後にあるかもしれないこと。
「その絵、気に入ったの? メアリー」
「え……? あ……。そう、なのかな……?」
『あたたかな居場所』。ぼんやりとその絵を見つめたまま足が止まっていた私は、こちらを振り返ってそう訊くイヴに、生返事する。
2羽の小鳥が仲睦まじく、寄り添う優しい絵。その可愛さを大好きになってしまうのは不思議じゃなくて、でも実際にその絵を見ている時に、私は全く別の感慨を覚えていた。
……何故か、どうしてか。私にはお父さんやお母さんが、遠い誰かにしか見えないことがある。
お姉ちゃんのイヴも同じだ。とても仲良しだとは思うけど、「本当の家族か?」って聞かれれば、どこか腑に落ちない感じがするの。
愛されてるって自覚はある。お父さんもお母さんもお姉ちゃんのイヴも、私のことを大切にしてくれてる。それは分かる。なのにそんなことを思うのは……、たぶん私が小さい頃の思い出を、全くといっていいほど思い出せないから。
なんていうんだろう。家族っていうのは、生まれた時の最初から、一緒にいる人のことじゃない? それなのに、その生まれてからずっと一緒だったことを裏づける記憶が、私の場合すっぽり抜けちゃってる。だから、根っこの部分で、この人達が家族だっていうことに、私は違和感を抱えてるんだ。
まぁ、小さい頃の記憶を思い出せないなんて、普通と言えば普通なのかもしれないけどさ。他の人達はこの感覚に、どうやって折り合いをつけてるんだろうね?
……はっきり思い出せる一番昔は、今日の今この時みたいに、家族4人で連れ立って、ゲルテナ展を訪れた時のこと。あれは確か、11年前。それを境にパッタリと、私はそれより前の記憶がない。
「もしかして……、疲れちゃった? けっこう歩いたもんね」
ただ好きな絵を見つけたにしては、様子が変だと思ったみたいで、イヴは心配そうな顔で、私の顔を覗き込む。
「うん……、そうみたい。ごめんね! 久し振りの美術館なのに」
さっき考えていたことを、打ち明けられるわけがなかった。「貴方が赤の他人にしか見えないの」なんて。そんなこと、実の家族から言われたら、どれだけ傷つけるか分からない。そんなことを言うくらいなら、単に疲れのせいだと言った方が、ずっとマシに決まってる。
どこかきまりが悪くて、こちらを見つめるイヴから目を逸らす。そうしたら、『この先 休憩所』の看板が目に留まった。看板に書かれた矢印の先は、すぐ傍の階段を指している。
「ちょっと私、あそこで休んでくることにするわ。イヴは気にせず、先に行ってて?」
「あ……」
居心地の悪さから逃げるように、私は階段を駆け上がった。体調が良くないと言ったにしては、駆け上がる足が速くなってしまったように思う。
椅子に座って、目を瞑ろう。変に思ってるのは私だけだ。私が納得しさえすれば、全て丸く収まるんだから、それでいいじゃない。……なのに。
階段の先には、椅子はなかった。階段の先には、絵があった。壁一面を覆うような、大きな大きな一枚絵。そしてその絵の迫力は、渦巻き荒れる波となって、私のことを圧倒する。
覚えてる。私はこの絵を、この絵の世界を覚えてる。
そうして震える私の目が、『絵空事の世界』という題を映した時。私は全てを思い出した。
嗚呼、そうだった。イヴも、イヴの両親も、私の家族なんかじゃない。私の家族は……。青いみんなで、白いみんなで、黒いみんなで、絵のみんな。
そして何より……、お父さんだ。世界で一番大好きだった、私を描いてくれたお父さんだ。私に色をくれたをお父さんだ。
大切なお父さんを忘れるなんて、どうしてそんなことになってるの……!
そうだ。私はお父さんが住んでるはずの、この世界に来たかった。だから11年前のあの日、無我夢中で外に出て。
だけど。11年この世界を過ごした私は知ってる。お父さんは、ワイズ・ゲルテナは死んでいる。この世界に、私の家族は一人もいない。
なら、残った私の真の家族は、いったい何処にいるこというの?
声が聞こえる。眼の前の絵から。その額縁の向こう側から。
ホントの家族が呼んでいる。私が生まれて永く過ごした、あの絵空事の記憶が呼んでいる。
「帰っておいでよ、メアリー」と。
こんな世界に未練はない。お父さんを殺した世界になんか、なんの魅力も感じない。
だから私は帰るんだ。あのお父さんとの記憶がつまった、『絵空事の世界』へと。
〜絵空事の記憶〜