東方空狐道   作:くろたま

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やっと終わった…
こんなに多かったんだ…不思議不思議。100話越えてる人とかはもっとすごいんでしょうね。


ただちょっと間が悪かっただけ

 

 

熱い。たまらなく熱い。まるで身体中が沸騰しているかのよう。

臓物も骨も筋肉も何もかもがぐらぐらと煮立っている。

頭も熱に侵され、視界も盛大に揺らめいている。

たとえ砂漠の中央で中天に掲げられた太陽に焼かれようと、これほどの感覚は味わえまい。今冷えた水に飛び込めば、自分の身体はひび割れて砕け散ってしまうのではないか。そんなことを思ってしまうほどの熱が、身体を蝕んでいる。

 

立っているつもりで一歩踏み出せば世界はひっくり返り、気づけば背中は“下”についていた。身体を起こそうにも、下がどちらかすら分からない。足はいつの間にか宙を掻き、今自分が寝転がっているのかどうかすら定かではない。

 

頭の中はごった煮の闇鍋よろしく混濁し、思考は現在進行形で混沌と化している。

ふんふんすーすーと、半ば無意識のうちに必死に呼吸は続けるものの、いつ途絶えてしまうかも分からないほどそれは薄弱だ。

 

どうしてこんなことになってしまっているのか。

今日は何があった?

 

起きて、食べて、寝て、起きて、食べて、転がって。

 

そうして気が付けば、身体が煮えたぎるような熱が内に生まれていて、この有様。それは唐突で、発端はまるで想像がつかないし見当たらない。特別なことなどは一貫して何もなかったのだ。

 

あの人が撫でて赤いのが撫でて神様が撫でて。

 

そういえば、神様が自分を撫でるのは珍しいことだったか。神様はいつも超然としていて、それでいて他を下に見ない。そのためか、他者との関わり合いもとても淡泊だ。赤いのはそんなことはないと言っていたような気がするけど、自分にはよく分からない。

 

違う、違う。

熱い、熱いんだ、今は。

 

もう足をから回せることすらできず、身体は完全に下に縫い付けられる。肺に空気が送り込まれているかも不明瞭で、まるで鉛が埋められたかのよう。吐いてしまいそうだけど、そんな余裕もなくなってしまった。

 

歪んだ視界が、少しずつ閉じられてゆく。どうやら目蓋にも鉛が乗ってしまったらしい。閉じられてゆくそれに抵抗する気力は、もうない。眠いというよりは、だるい。何でもいいから、早く楽になってしまいたい。

 

これを閉じてしまえば、自分は眠れるのだろうか。

何もかもを閉じてしまえば、自分は楽になれるのだろうか。

 

 

このまま、永遠に消えてしまうのだろうか。

 

 

…………違う! 違う! 違う!

 

永久の眠りなど、私は求めていない! 私はあの人と約束したんだ。私は私の意志で自分の行く先を決めたんだ。

それならば、私は死んでしまうその瞬間まで、生きることをやめない。

死ぬのを認めるのは、死んだ後だけだ。

 

だからあっちに行け死神。私はまだ生きている。たとえこの先未来永劫生き続けることになろうとも、私は今ここでは死んではやらない。絶対に。だから、地獄へ帰れ死神。たとえ閻魔帳に私の運命が記されていようとも、私はそれを噛み裂いてでも生き延びてみせよう。

 

足。動かない。

頭。動かない。

口。動かない。

舌。……動く。

 

舌だけ動いたところで何が出来るというわけじゃないけれど。動かし続けていれば意識が沈むことは避けられるだろうか。

 

そうだ。私は死ねない。死んで、たまるか。

 

 

 

鎌を、一度壁に立てかけ、床に横たわるその身体を抱き上げる。苦しそうに、細い息を何度も繰り返している。服越しにも異常なまでの体温が伝わってきて、素肌をちりちりと焦がす。目蓋は落ち切る手前でぴくぴくと絶えず動いている。身体は小さくふるふると震えており、その様はとても痛ましい。

その身体を片手で抱えたまま、壁に立てかけていた鎌を取った。

 

 

 

 

 

現代より二千年ほど離れたその時代でも、日本の四季はその様相を変えない。むしろ冬の寒さは鋭さすらあわせ持ち、春の到来を震える生き物たちに切望させる。内陸部に位置するその場所でもそれは変わらず、前年から新年にかけて降り積もった雪は現代の東北にも負けないほどだった。

 

それらの雪が溶け、新芽がその下から顔を出す頃、何年経とうとおよそその様を変えないその屋敷の一角で、紫は藍を探していた。

 

「藍―? まったく、どこに行ったのかしら」

 

はぁ、と紫はため息をつく。この屋敷の敷地内は、白式の張った結界で環境はほぼ一定に保たれており、その吐いたため息が白く染まることはない。その中は常春、とでも言おうか、結界と結界外の境界は張った当人の趣向で曖昧にはなっているものの、内と外の違いは見るに著しい。境内に近づけば近づくほど植物が芽吹き、雪が溶けている。春と冬の境目の縮図のようでもあり、その様は幻想的だった。

 

「朝はいたし、昼にも顔を出していたし……あら、その後私どうしてたかしら。確か、雪だるまを作ると言ってた紅花を見送ったような」

 

ぼんやりとしか思い出せない記憶を、首をひねりながら絞り出す。のんびりと過ぎ行く日常に埋もれ、物事をあまり記憶しようとしなかった弊害がはっきりと表れ始めていた。正確には覚えていないのではなく、思い出す能力が落ちているのだが、そんな些細な違いももうどうでもいいことだった。

 

白式も、客が来る気がするとか言ってどこかに行ってしまい、藍の居場所を聞くことはできない。

 

「ぶーーん」

 

と、その時タイミングよく紅花がご機嫌にふわふわと飛んで帰ってきた。両手をお椀のように重ねて掲げており、その手には小さな雪だるまが乗せられている。頬を赤く染めながら、紅花はそれを見てにこにこと笑っている。

 

「あら紅花。お帰りなさい。早かったわね?」

 

「あ、ただいま紫―。うん、せっかく作ったんだし、これを藍に見せようと思って。大きいやつもあるけど、それは下に置いてきたの。ね、紫。これ、うまくできたでしょ?」

 

以前の紫への苦手意識はすっかり払拭され、紅花は無邪気な笑顔を向けながら紫の前に降り立った。そして少し不格好な雪だるまをずいと紫の眼前に差し出す。紫はそれに苦笑しながら答えた。

 

「そうね。いいんじゃないかしら。でも雪だし、ここじゃすぐ溶けちゃうわよ?」

 

快適な環境を保持している、結界の張られた境内。しかしその気温は、雪が溶けずにいるには適さないものでもある。ものの数分で、雪だるまは水へとかえってしまうだろう。

しかし、紅花の表情は曇ることなく、不敵に笑いながら一枚の式符を懐から取り出した。

 

「ふふ。抜かりはないの」

 

「何それ?」

 

「母さんに作ってもらったの。これを雪だるまに貼り付けておくと、溶けなくなるんだって。えーと、雪だるまを構成する氷の結晶がほにゃらかで、水分子の分子間距離がうんたらかんたら」

 

「あーはいはい。大体分かったわよ。相変わらず応用範囲の広い力ね」

 

「えー。けど、この程度なら能力を使うまでもないって言ってたよ」

 

言いながら、紅花はぺたりと式符を雪だるまに貼り付けた。外観は変わってはいないが、しかし確かに何かの力が雪だるまを覆っていることが分かる。

 

「これで大丈夫なの。ね、紫。それで、藍はどこにいるの?」

 

「あら。そういえば私も探していたんだったわ」

 

「そなの? いないの?」

 

「ええ。多分、屋敷のどこかにいるとは思うのだけど。まだ探していないところもあるから、そのあたりを探してみましょう」

 

そう言って、紫は開け放たれていた座敷へと上がった。

この屋敷は数人で住むには無駄に広い。綺麗な板敷の廊下や軒先、それと座敷を隔てる襖の数もゆうに二十を越える。座敷には大小ともに余すことなく畳が敷かれ、快適に休めるように換気面でも綿密に計算されている。台所は他とは違う造りとなっているが、少なくとも今の時代とは一線を画していることは違いない。

 

紫が探したのはそれらの座敷のうち、半分と少し程度。もしも藍が移動しているとすれば、また同じところも探さなければならないが。

 

「ん。紫」

 

と、一つ目の座敷を終え二つ目に差し掛かろうとした時、紅花が紫を止めた。紫は怪訝な顔で紅花の方を振り返った。

 

「何、いたの?」

 

「違うの。奥の方の座敷に、誰か入ってきたの。むーん……人間じゃないみたい。妖怪でもない……? むー、この感じ、前も感じたような感じたことないような」

 

「どっちよ。……ウカノ様の言ってたお客かしら?」

 

「知らない。行ってみるの」

 

「あっ、ちょ、ちょっと待って!」

 

襖を開けて座敷の外に出た紅花を、紫は慌てて追いかけた。ふりふりと揺れる尻尾は、おそらく好奇心に沸き立っているということを示しているのだろう。相変わらず自由に生きる紅花に、紫は小さく息を吐いた。藍探しは少し中断、どちらにしろまだ探していない座敷に行くのだからと、紫は自分を納得させた。

 

じきに紅花は一つの襖の前に立ち、そこを開け放った。その部屋は、奇しくも紫がこの屋敷に来た時に初めて入った座敷だった。

 

「え?」

「む」

「あら?」

 

六つの目がめいめいに交差し、それぞれの口から声が漏れる。

その部屋の中にいたのは、白色と青色を基調とした着物を着こんだ一人の女性だった。茶色い帯を腰で締めており、ついでにそれで大きめの胸を押し上げている。さらに着物の襟は左前と、とても縁起が悪い。他に一寸の乱れもないところから、それがうっかりでないことは明らかだ。鮮血のように赤い髪の色は、彼岸花を彷彿とさせる。極めつけは、肩に引っ掛けている大きな鎌である。刃部分が刃紋に合わせて波打っているところが、非常に特徴的だ。

 

紅花も紫も、その女性に見覚えはなかったが、似たような特徴を持つ者を見知っていた。

 

「死神……?」

 

紫にとっては五年ほど前、そう、丁度紫が藍と出会った日か。今目の前にいる女性と同様の特徴を持った者が、白式と接触していたのを隙間から覗き見ていたのだ。白式に聞いたところ、詳しいことは教えられなかったものの、彼女たちが死神で地獄からの使者であることは知っていた。白式は、どういうわけか冥界の関係者と交流があるというのだ。

紅花にとっては遥か昔、白式に連れられ地獄に訪問していた時に教えられていた。

 

白式の言っていた客人とは、やはり彼女のことか。

 

そう頭で結論づける前に、しかし紫は死神が抱えている存在のことに気付いた。

 

「藍!?」

 

そう、それは金色の毛を持つ狐だった。もう以前のように子狐とは言えないほど成長しているものの、比較的背の高い死神と比べればその身体はやはり小さく見える。

いつもは元気に揺れる尻尾は、しなびた菜っ葉のように萎れ、その毛並すらも萎びてしまったかのように光沢が失われている。ぐったりと死神の腕の中に埋もれ、口は半開き、その間隙から絶えずか細い呼吸を漏らしており、間違っても普通の状態には見えない。

 

カッと頭に血が上り、紫は死神に向かって叫んだ。

紅花もまたすぐに状況を察したのか、紫に便乗して憤懣やるかたない様子で吠える。

 

「あなた! 藍に何したの!」

 

「返答によってはぼこぼこにしてやるの!」

 

抱えられている具合の悪そうな藍を慮ってか、紫と紅花はすぐに死神にぶつかっていこうとはしなかった。しかしそれを補って余りある怒気で、物理的にではなく精神的な重圧を死神へとぶつけた。そこらの人外を軽く超える力の持ち主二人に盛大な怒気をぶつけられた死神はといえば、哀れにも目に見えてうろたえ始めた。

 

「ええ! 何この展開、ちょっと待ってちょっと待って、君ら怖いよ! 紫色のもそっちの赤い色のも。あれ、そっちの赤いのの顔は見たことがあるような。色違い? っていうかそもそも私なんもしてないからね!? 私はウカノ様に用があって今ここに来ただけだからね!? そしたらこの子が苦しそうに唸ってたから、ウカノ様に診せようと思ってただけで……べっ、別にこの子が心配だったわけじゃないんだからね!」

 

死“神”、とは言っても、他の上位神族に負けず劣らずの力を持っているのはあくまで彼女達の上司である閻魔方であり、死神自身は強力無比と言えるほどの力は決して持ってはいない。あくまでその役目は閻魔方の小間使いのようなものであり、彼岸と此岸をまたぐ渡し守だ。死に瀕した者の迎えや、彷徨える魂の道先案内こそが彼女ら死神の本懐である。

とはいえまったくの無力というわけでもないのだが、さすがに紫と紅花二人を同時に相手どるのは荷が勝ち過ぎた。そもそも片方は上位神族の複製体、分が悪いにもほどがある。

 

その上、たまたま今回白式の屋敷に来ていた死神は特に荒事を苦手とする者だった。ただのお使い、サボれる上に容易い仕事だとのんびりやって来たつもりがこの状況。一重に、彼女の今日の運勢が悪かったのだろう。

 

紅花は死神の言葉を聞いてすぐに怒りを引っ込めたが、紫はまだ警戒を解いていなかった。それもそのはず、紫は前の死神のことを思い出すとともに、その頃に白式に言われたこともまた思い出していたのだ。

 

『五年ぐらいかなぁ……。え、何って藍の寿命。狐の寿命としては妥当じゃないかな』

『いやいや、俺みたいに生き物を逸脱するやつなんてそれこそ一握りだし。藍は普通の狐として一生を終えると思うよ? 共に生きるにしても、その生は紫のものと比べていささか以上に短すぎる』

 

今藍を抱えている彼女が、死神であることが問題なのだ。

白式に宣告された時から既に五年、藍のお迎えだと言われても違和感がないほどに、そのタイミングは絶妙過ぎた。

紫の懸念と死神の先の言は矛盾しているものの、そもそも紫が死神の言葉を信用する道理はない。加えて死神に抱えられている明らかに不調な藍という、その構図はまさにあの世へと連れ去る前という風情だった。

 

ますます険を増す紫の視線に、死神はますます身を縮こませ卑屈な顔をした。

 

「私はただの通りすがりの善良な普通の死神さんなんですぅ、あぁもう勘弁してぇ……」

 

「とりあえずただの通りすがりではないと思うの」

 

「火に油を注ぎながら揚げ足を取るような真似は止めて! もうお腹いっぱいなんです、私もう紫色の人に視線で呪殺されちゃいそうなんですー」

 

「……」

 

「紫、紫。この死神を睨むのもそれはそれで面白いんだけど、今はそんなことより優先すべきことがあると思うの」

 

ぽんぽん。紅花が紫の肩を叩いて宥める。もう片方の手で指差す先は、死神に抱えられている藍だった。

 

「――! そうだったわ。ねぇ、藍を渡して」

 

「はいはい。わかったわかった、わかりましたよぅ」

 

できるだけ揺らさないよう、少ない動きで紫の目の前までやって来た死神が、静かに藍を渡した。紫は藍を抱えた途端、その身体に宿る異常に目を見張った。

 

「――! 熱い!?」

 

「これは……! 紫! 急いで母さんに診せないと!」

 

自身も心配になって手を伸ばした紅花が、顔をしかめて言った。

紅花は、藍には触れなかった。それは、触れずともその身体の発する熱に気付いたためだった。放っておけばどうなるか、考えるまでもなく、別離の危機感が二人を襲う。今はまだか細いながらも呼吸を続けているものの、それもいつ途切れるかも分からない。今の藍は、それほどに危険な状態だった。

 

「だから私もそうしようと……」

 

「何ボサッと突っ立ってるの! 早く母さん探してきて!」

 

「はぃいっ!」

 

 




更新ペースはやっぱり遅いですが、気長にお待ちいただけたら嬉しいです。
何か質問等ございましたら、遠慮なくどうぞ。
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