FGO二次 衛宮士郎みたいな藤丸立香 作:龍川芥/タツガワアクタ
血に濡れた聖堂にて。
不気味な黒衣の男、ジル・ド・レェは聴き慣れた鎧の足音を察知した。
部屋の扉が開き、足音の主が姿を現す。
「おや、ジャンヌ。遅い御帰りで」
ここでジル・ド・レェは、足音の主、黒い鎧の彼女の様子が普段と違うことに気が付いた。
「……何かありましたな?」
「ライダーが死んだわ」
何の気無しに返って来た言葉に、彼はそのぎょろりとした目を更に見開く。
「なんと、あの堅牢なる竜が! あれを退けるとは、敵は我々の想定よりも些か手強いのやもしれませぬな」
ジル・ド・レェは軍師としての思考回路を起動させ、次の最善の手は何かを考える──その直前。
彼は己が仕える魔女の様子に、何か不穏なものを感じ取った。
「……ジャンヌ?」
何かあったのかと問いかけるその声に、ジャンヌ・オルタは。
「"ジャンヌ"……ジャンヌね」
何かを確認するように呟くと、彼女は表情を見せず語った。
「ねえジル。私がもう一人いて、そいつが恥も知らずまたこの国を救おうとしていると言ったなら、あなたは何を思うのかしら」
それは。
ジル・ド・レェは直ぐに勘付く。"聖女"としてのジャンヌ・ダルクが、このフランスに召喚されているという可能性に。
ああ、それは、なんという──。
「おおジャンヌ。あなたが恐れることなど何もない。断じて何もないのです。己の過去など、過ちなど、須らく乗り越えて往けば良い。その復讐の黒炎にて──」
「違う、違うでしょジル」
と。
その声に、跪いていたジル・ド・レェは顔を上げた。
竜の魔女、ジャンヌ・ダルクは嗤っていた。
天使の像を背後に背負い、冒涜的で酷薄な笑みでこちらを見下ろす。
「あなたは嗤うべきです。とっても残忍に、とっても悪辣に。かつての聖女を跪かせ、引き裂き、犯し、その汚れの無い顔を好きに塗りつぶせる……そんなまたとない機会を与えた主に感謝すべきです。そうでしょう?」
なんという邪悪。なんという背徳。
おお、あなたこそ正に我が聖女。我が黒き光。我が渇望の復讐鬼──。
「ああ、正しくその通り!」
ジル・ド・レェは神にまみえた信徒のように、涙を流し、再びジャンヌ・オルタに恭しく傅いた。
こぼれた涙を悟れぬよう拭い、彼は狂信者から破国の軍師に戻る。
すべては、
「……となれば、ジャンヌ。新たなる英霊を呼び出すのですかな? ライダーに代わって"もう1人のあなた"を追い詰める尖兵を」
「まあ、そうね」
「では竜化の秘法はどう致しますか? アレは強力無比なる強化術ですが、アサシンのような失敗例もあります。尖兵ならば比較的制御しやすい狂化サーヴァントでも問題は無いかと……」
「それについてはね、ジル。私に考えがあるの」
ほう、と目を見開く男に向けて、魔女は言う。
悪逆と非道に満ちた表情で。
「折角だから──
ジル・ド・レェはそれを聞き、言わんとするところを理解し……そして、静かに、にっこりと頷いた。
◆◇◇◆
カルデア一行に加わった新たな
だが、彼の身は消滅していないのが不思議なほど強く呪われており、とても戦闘が可能な状況では無かった。ジャンヌの話では、聖人2人による「洗礼詠唱」ならその呪いを解除できるらしい。
「すまない。手間をかけて救出してもらったのに、更に手間をかけないと戦えないサーヴァントですまない……」
「自己紹介より先に謝罪!? いや、リヨンの街を守るために戦った結果でしょ? それを責めるなんて出来ないよ」
「……セイバー、ジークフリートだ。自己紹介も出来ないサーヴァントですまない……」
「この大英雄腰が低すぎない!?」
さて、そんな一幕はありつつも。
竜化サーヴァントを使役するジャンヌ・オルタ打倒のためには、彼の力は是非とも欲しい。マルタが言っていたことも気になり、カルデア一行の方針は「聖人の野良サーヴァント探し」で一致した。
そして効率的な目的達成のために、手分けして聖人を探そうとしていたとき。
──光の輪に覆われた空の上。
それらは雲海の中、遥かなる高みを飛んでいた。
「やはりソラは良いですね。
真っ黒な鱗の上に立ち、竜の魔女ジャンヌ・オルタは嗤う。
周囲には大量のワイバーン。
翼のはためく音、牙の隙間から漏れる鳴き声が空を汚す。
それを先導するのはとあるサーヴァント。
「ところで。本当に奴らの居場所が分かってるんでしょうね? アサシン」
その問いかけに、
「ああ、勿論だとも。僕が"彼女"の場所を違えることなど無い。声が聴こえるんだよ……僕の刃を呼ぶ、白雪の如き"彼女"の声が」
と、何かに気付いたアサシンは呟く。
「──! 見つけた!」
言うやいなや、彼は地上へ向かって急降下を始めた。
ジャンヌ・オルタは呆れながらも追従する。
「……ま、いいでしょう。誰が誰に執着しようが構いません。私の命令に従って、敵を皆殺しにできるなら」
そうして……竜の軍隊は、立香たちの前に現れた。
「な……」
「あれは……!?」
『超強大な魔力反応! 竜化サーヴァントと比べてもずっと巨大な……これはまさか、マジで本物の、神代のドラゴンか!?』
立夏たちは上を見上げる。その巨体を確認するには、そうするより他にないから。
全身を覆う、黒曜石のような黒い鱗。
四足は巨木のように太く、翼は空を覆うほどに大きい。
それは角の下にある眼を瞬かせ、尻尾で地面を抉りながら、晴天を憎み雲を吹き飛ばすように大声で吠えた。
「Guoooooooooooooo──!!」
開かれた口腔には鋭い牙が並び、雄たけびと共に炎がちらつく。
それはワイバーンなど比較にもならない、正真正銘の竜種であり伝説の竜。
「──ファヴニール、だと……!」
アマデウスに肩を支えられていたジークフリートは、その竜を睨みながら呟いた。
だが、因縁があるのは彼だけではない。
そのアマデウスも敵を睨む。ただし巨大な竜ではなく、その隣で飛ぶ男のサーヴァントを。
「……野郎、
それは背中から竜の翼を生やし、それをはためかせながら飛ぶ黒いコートの男。竜化サーヴァントだ。
彼は薄く笑いながら、剣を握っていない方の手を"彼女"に伸ばす。
「迎えに来たよ、マリー。白きうなじの愛しい君。僕の刃を待ったかい?」
熱に浮かされたようなその声音に、表情に。それを向けられたマリー・アントワネットは真剣な顔で彼を見つめた。
「……まあ、なんてこと。まさかあなたとまた会うなんて。素直に再開を喜べないわたしを許してね、ムッシュウ」
「マリア、きみが奴に謝る道理などあるものか! おまえの所業は召喚時に与えられた知識で知っている。よくもマリアの前に顔を出せたな、シャルル=アンリ・サンソン……!」
アマデウスがマリーを庇うように前に出る。竜化サーヴァント──サンソンはそんな彼を見て、笑みを消し目を細めた。
「アマデウス。僕と彼女の関係に、君如きが口を挟むんじゃない」
「……やっぱり、竜化によって狂ったようだな。おまえとマリア、処刑人と悲劇の王妃に、殺し殺され以上の縁があるものか……!」
「は、だから君は分かっていない」
サンソンは首を振り、そしてその剣を見せつけながら語る。
「死。人生の終焉にして、ひとが最も命を輝かせる最後の瞬間。僕は彼女のそれを彩った。"殺し殺され"、それ以上の縁などあるものか」
そして──その目は、そこに宿った執着は、ただ一人の少女へと。
「マリー・アントワネット! 我が愛しき大罪人よ! 僕は君の死だ、君の死は永遠に僕だけのものだ! ああマリア、安心して僕の刃を受け入れてくれ! 今回も最高の斬首を、いや、一度目よりもずっとイイ死に方をプレゼントするからさ──!!」
「どのみち狂ってるじゃないか人殺しめ……!」
呟くアマデウスに、眉尻を下げるマリー。
と、その因縁に割って入るかのような声があった。
「……アサシン。私は奴らをファヴニールで焼き払うと言いましたが?」
ファヴニールの頭の上に立つジャンヌ・オルタ、その言葉に、サンソンは大きく振り向くと、その狂気に濁った殺意を己の主に向けた。
「何をバカな、
「……はぁ。まあいいでしょう。その力、見せてみなさい」
呆れたようにジャンヌ・オルタが言うと、サンソンは頭を押さえて身を震わせる。
「言われなくとも見せるさ。さっきから体が疼いて仕方ないんだ……!」
すると、彼の体に変化が起こった。
手には鱗と爪が生え、尻尾が皮膚の下から突き出しぶるりと揺れる。
頭を押さえた指の隙間から角が生え、その首元までの肌を鱗が覆った。
それを観測していたロマニは叫ぶ。
『竜化だと!? バカな、シャルル=アンリ・サンソンはフランスの処刑人、ギロチン発明のきっかけになった人物……だがその逸話には断じて、"竜"に関するものなど無い! 竜化は失敗するハズだ!』
その声に、ジャンヌ・オルタは心外だとでも言いたげに鼻を鳴らした。
「私が失敗から学ばないとでも? そこの夢見がちな小娘と一緒にしないで下さい。
サンソンから悍ましい殺意で染まった魔力が溢れ出す。
「嗚呼、死を呼ぶ
諳んじる言葉は、殺気で濡れて。
『な、まさかイキナリ宝具を──!?』
ロマニの驚愕の声を掻き消すように、それは起こった。
藤丸立香は、最初何が起きたか分からなかった。
空が赤い。血の色で染まった空に、真っ黒な雲が浮かんでいる。
「さっきまで青空だったのに──」
と、ここで更なる異変が彼女を襲った。
わああああああああ、という大歓声。何かを心待ちにしたような群衆の声。
そして、喉にへばりつく、噎せ返るような血の匂い。
「これは、まさかっ」
周りを確認すれば、マシュやジャンヌたちの仲間も誰一人欠けずに居た。
だが、それは喜ばしいことではない。
なぜなら、此処は。
「──僕の処刑台へようこそ、
立香たちが立たされたのは、血が染み込んだ木組みの処刑台。
その下には亡者のような、歓声を上げる群衆の群れ。
そして、そんな眼下を見下ろす、高台に立つサンソンとジャンヌ・オルタ。
「……なかなか趣味の良い場所ですね、アサシン。はぁ、まあいいでしょう。
これは──竜の魔力により無理やり再現された固有結界。
処刑人サンソンの心象風景にして、罪人の命を絶つ公開処刑の会場。
「これがおまえの宝具か! シャルル=アンリ・サンソン!」
アマデウスの叫びに答える代わりに、彼は厳粛なる処刑の儀を始める。
「刑を執行する。
刃を下すは汝が罪。
命を奪うは己の咎。
罪状確認──かくて刃は振り下ろされん!」
そして、彼は指揮者のように剣を掲げた。
「宝具解放──『
瞬間。
「なっ──!」
「きゃ!?」
ジャンヌとマリーに異変が起こる。
その首と手首が、何かに押さえつけられるように固定された。否、実際に押さえつけられている。まるで虚空から現れたかのような板状の拘束具が、その自由を奪い、彼女らを強制的に跪かせた。
「マリアッ!」
「ジャンヌ!?」
しかしそれは終わりではない。寧ろ始まりだ。
「静粛に。"処刑"はこれからだ」
刃が。
肉厚で、幅広で、鈍く輝く大きな鉄の刃が、鎖の音と共に空中に現れた。
それは世界で最も有名な処刑器具・ギロチンの刃。
それが、計四つ。
「先輩っ、アレは──!」
「分かってる、
刃が裁くのを選んだのは、ジャンヌ、マリー、アマデウス、ジークフリート。
立香とマシュの頭の上に刃は具現化されない。
「僕の刃は凶器ではない。ゆえに、無実の者は殺さない」
だが、と彼は言う。
「民衆に請われた者、処刑の運命にある者は別だ。僕の刃は凶器ではない、ゆえにこそ。この刃が選んだ者が
それは。
革命の際、旧支配者の象徴として処刑を望まれたマリー・アントワネットと。
火刑という公開処刑によって命を落としたジャンヌ・ダルク。
2人が拘束されている理由だった。
「条件付きで拘束し、ギロチンの刃で攻撃する宝具──!」
立香は戦慄する。
もしギロチンが振り下ろされれば──少なくとも、ジャンヌとマリーの命は無い。
「くそったれ!」
アマデウスが指揮棒を振り、渾身の音楽魔術をサンソンに放つ。しかし、それは虚空に飲み込まれるように消えた。
「無駄だ。これは処刑、罪人である君たちに攻撃の権利はない。刑が執行されるまで処刑場は崩壊せず、この中ではいかなる攻撃も死刑執行者たる僕には届かない。
つまり、マリアともう1人……君たちは僕が与える死から"絶対に"逃げられない」
サンソンが嗤い、おおおおおおおお、と民衆の声が大きくなる。
「それよりいいのか? おまえの上にも刃はあるぞ、アマデウス」
刃が。
空中で固定されていた刃が、ついに支えを失い振り下ろされた。
「まず──」
アマデウスとジークフリートには拘束は無い。よほどのことがない限り、サーヴァントである彼らは自力で避けられるだろう。ジークフリートも完全に動けないというわけではない。
だが、ジャンヌとマリーは絶体絶命だった。
かなりの膂力を持つルーラーのジャンヌが全力で藻掻いても外せない辺り、枷の耐久力は尋常ではない。むしろ「罪人には外せない」という概念的なものかもしれない。
マリーがガラスの彫像を生み出すスキルを使えていないことからも、その可能性は高いだろう。
つまり、刃に首を晒す形になっている彼女たちに、自力で処刑を回避する方法はない。
「
「──っ、はい、先輩!」
赤い外套を纏い走り出す立香と、それに追従するマシュ。
しかし。
「僕が
サンソンが指揮棒のように剣を振る。
すると、処刑台の下に居た群衆たちが積み重なり、処刑台の上へと登って来た。
それはよく見ればヒトではなく、一様に血色へと染まったヒトガタの集合体。
口らしき穴から不気味な歓声を上げ続けるそれが、壁のようになって立香とマシュの行く手を阻む。
「気をつけてください先輩、捕まったら危険です!」
血色の塊から伸ばされる手、邪魔者の腕を足を掴み動きを止めようとするそれらをマシュは立香を庇いながら盾で払いのける。しかしそれは引いては寄せる波のように、何度払いのけてもすぐにまた腕を伸ばしてくる。
処刑の邪魔をするなと、死ぬところを見せろと叫びながら。
「彼らは血に飢えた群衆、己の娯楽が奪われることを決して赦さない。捕まれば最後、君たちもその一員として取り込まれるぞ」
「……ッ、見捨てて下さいマスター! もう間に合いません、私たちのことよりも自分の安全を優先して──」
迫る刃の下で磔られたジャンヌが叫ぶ。
もはや絶体絶命。
死を叫ぶ群衆に阻まれて助けは間に合わず。まるで、ジャンヌとマリーはここで二度目の処刑を受けるのが運命であるかのよう。
だが。
「──よかった」
「何?」
藤丸立香は冷や汗を拭って笑った。
それはもう危険を冒さなくてよいとジャンヌに言われて安心したから……などではない。
彼女が笑ったのは──絶体絶命の運命に、一筋の突破口を見つけたから。
「こんなやり方で道を阻むってことは──私たちがあの刃を止められるってことでしょ!」
そう。もしも処刑が"絶対"ならば。立香やマシュがいくら邪魔をしようと、刃は標的を切り裂くはずだ。けれどサンソンは血色の民衆を操ってまで立香たちを足止めしようとした。
それはつまり、逆説的に「立香とマシュを止めなければ処刑が失敗する」ということで。
立香は右手を大きく掲げた。そこに刻まれた令呪、その一画が紅く光る。
一意専心。先のことなど考えるな。彼女らを救わずして勝利など無い。
この一画、ここで使う──!
「令呪解放──ジャンヌとマリーを助けて、マシュ!」
「了解です、マスター!」
令呪の魔力によってブーストされたマシュの体が、砲弾のように処刑台から放たれ――雲を突き抜けるように、群衆の壁を突破した。
「
立香は双剣で迫る群衆を押し留める。
そしてマシュの体は、瞬く間にジャンヌとマリーの頭上へ。
「はあああああっ!」
気合一閃。振り回された盾が、ふたつの刃を空中で弾く。
ギロチンの刃は大きく軌道を逸らし、狙いを外して処刑台の床に突き刺さり──
気付けば、空は青かった。
「戻って来た……皆、無事!?」
立香が確認する──そこには、地面にへたり込みつつも、傷ひとつないジャンヌとマリーの姿。その真ん中にはマシュも居て、アマデウスとジークフリートも無事だ。
『生体反応、消失者なし──よく分からないが無事でよかったよみんな! いったい何があったんだい!?』
「えっと……"絶体絶命"を、切り抜けた……!」
立香は安堵の息を吐く。
それが面白くないのがジャンヌ・オルタである。
「……アサシン。あなたの処刑は失敗のようですね」
竜の上に立つ彼女の声は、味方に向けるものとは思えぬほどの、殺意に達する怒気を孕んでいた。
だが。彼女よりもサンソンの殺意は大きい。
「僕の
歪んだ
「……はぁ。バーサーカーを混ぜたのは失敗でしたね。もう結構、そこで大人しく狂っていなさい」
ジャンヌ・オルタはサンソンから視線を外し、なんとか窮地を突破したカルデア一行に目を向ける。
立香たちが警戒で武器を構えるのを見ながら、彼女は笑って旗を掲げた。
「奇跡的な生還、せいぜい後悔してもらいましょう。大人しくギロチンに斬首されていれば──炎に焼かれる苦しみなど知らないままで済んだのに、と!」
その旗に応えるは、真なる竜種ファヴニール。
「Guoooooooooooo──!!」
その口に赤い炎が滾る。
「あははははははは! さあ、絶望に
竜種の象徴——超高熱の
「まだ令呪の効果が残っています! 私が仮想宝具で──」
『待つんだマシュ! このエネルギー反応、君の今の
「でも、他に方法がっ」
そんなマシュの隣に立つ者が居た。
それは旗を携えたジャンヌ・ダルク。
「マシュさん、私も共に! 護ります──あなたも、皆さんも!」
「! ──はい!」
そして、炎は放たれて。
「主よ、この旗に奇跡を! 恩に報い、運命を繋ぐための守護を、どうか!」
紅蓮の怒涛、視界全てを覆い尽くす灼熱の赤に、それでも彼女らは立ち向かう。
「仮想宝具、疑似展開──『
「我が同胞を守りたまえ──『
盾と光。ふたつの防御系宝具が重なり、神代の炎を迎え撃つ。
だが。
「なんて、力っ!」
「このまま、では……っ!」
優勢なのはファヴニールの
徐々に押されていく彼女らを見ながら、邪竜の背にてジャンヌ・オルタは嗤う。
「無駄よ、憐れで愚かな"私"、聖女のままのジャンヌ・ダルク! これはギロチンなどとはわけが違う。
──炎、それは
それを証明するかのように、炎がその勢いを強めた。
視界の全てが真っ赤に染まる。
それでも。
「ええ、主は私を救わなかった。でも、それでよいのです」
ジャンヌ・ダルクは祈り続ける。彼女の信仰は、揺るがない。
「主は奇跡をくださった。何も知らなかった田舎の少女が、数多の人々の助けを得て、祖国を救うという特大の奇跡を」
たとえ、その最期が何の奇跡も無い火刑だったとしても。
そこに辿り着くまでに、自分は全てを貰ったのだと彼女は言う。
だから──この祈りは決して無駄などでは無い!
「私はそれを信じます。再びその加護が、竜に襲われ滅びに瀕したフランスという国を包むことを。その奇跡が今──救国を為さんとする我が同胞を守りぬくことを!」
「──ッ、この期に及んで綺麗ごとを! 焼けて死になさい、我が偽物ッ!」
尽きぬ紅蓮の奔流。灼炎の地獄。神の守りを砕かんと殺到する高熱のエネルギー。
対するマシュとジャンヌに、反撃の手段など無い。
彼女らにできるのはただ祈り、ただ耐えるだけ。
だから、反撃は
「──すまない。俺から少し離れていてくれ」
その男が立ち上がったのを見て、立香は思わず制止する。
「え、でも……っ!」
「案ずるな。確かにこの身は呪いに蝕まれている。だが、全力を出せば一撃くらいは放てる──いや、放って見せるさ」
それは白狼の如き髪を揺らし。
一振りの輝く大剣を携え。
鋼の肉体で、消滅してもおかしくない呪いを受けながら二本の脚で立つ英霊。
彼は炎に向けて叫ぶ。
「俺を覚えているか、
その声に。
炎の勢いが弱まり、その奥にある邪竜の顔が現れた。
「ファヴニール!? 何を怯えて──まさか!」
ここに来て、ジャンヌ・オルタの余裕が崩れた。
『そうか! なんだか急展開の連続で忘れていたが、アレが本物の邪竜ファヴニールなら……!』
そして、その男は高く高く名乗りを上げる。
「再びまみえた我が宿敵よ、改めて名乗ろう!
我が真名はジークフリート! かつて汝を討ち倒し、そして今再び汝に挑む者だ──!!」
それは。その名こそは。
『ジークフリート──彼こそ正真正銘、邪竜ファヴニールを
ジークフリートが両手で握る剣から、光る魔力が立ち昇る。
それは蒼天のように明るき光。邪悪を狩る猛々しき力。
魔力の余波で地盤が捲れてチリになり、大気が震えて悲鳴を上げる。
それはまるで、朱き黄昏を吹き飛ばす
「邪竜よ、この名を恐れよ! これこそが汝を黄昏へと還すもの!」
「マズい──ファヴニール、全力で
そして。
地を。
風を。
その全てを嵐の如く巻き込みながら、その一撃は放たれた。
「宝具解放──『
退魔の斬撃が、視界を覆う炎を斬り拓く。赤を飲み込み碧く輝く。
そのまま激流となった魔力が、飛んで逃げようとしたファヴニールの腹に激突した。
「Gyaooooooooooo──!?」
碧き光が、そのままジャンヌ・オルタを乗せた邪竜を彼方まで押し飛ばした。
それだけでは終わらない。
「おおおおおおおおおおおおっ!」
空を覆っていたワイバーンに向けて、その軌道は曲げられる。
それは竜化サンソンにも直撃し、その体をファヴニール同様空の果てまで押し流す。
そして、その形勢逆転の一撃は終わり。
「──、ここまでか」
どさり、と。
気付けば、ジークフリートは地面に膝を付いていた。
「すまない。今の俺では、奴らを追い払うのが限界だった。ファヴニールもアサシンのサーヴァントも、手ごたえからして仕留めきれてはいないだろう。だが俺はもう動けない。今のうちに、逃げてくれ」
それに、誰も何も言えなかった。ただ、あれだけいた敵が一匹残らず居なくなった空を見ながら一つのことを脳内で叫んだ。
……この男、規格外すぎる!
『いやはや、とんでもないね"大英雄"ってのは……。これが万夫不当の武勇を誇る、伝説の
「……すまない。賛辞の言葉を受けている身で悪いが、ファヴニールは"全力の俺"でも持て余す強敵だ。だから過剰な期待は止めてくれ、軽薄な声の御仁」
『あれ、なんか今流れるようにディスられたぞう!?』
そんなやりとりの最中も膝を付いていたジークフリートに肩を貸す者が居た。
彼女、ジャンヌは彼を立ち上がらせながら礼を言う。
「ありがとうございます、ジークフリート。あなたが呪われた体に鞭打って反撃をしてくれなければ、私の
「はい。ジークフリートさんは命の恩人です」
マシュもそれに追従し……ここでマリーが彼女に抱き着く。
「それはマシュ、あなたと立香もよ! わたしとジャンヌをギロチンから助けてくれてありがとう!」
「あ、いえ。私は先輩の指示に従っただけで──」
すると。
「ならふたりともね!」
そう言ったマリーがマシュと立香を抱き寄せ、2人の頬にキスをした。
キス を した。
「な、ななななな……」
「はぁ、ついに出たかマリアの悪い癖」
頬を押さえて真っ赤になる立香と放心するマシュを横目に、アマデウスは呆れたように溜息を吐く。
「あら、
と、同じく頬を赤らめたジャンヌが彼女を弱弱しく嗜める。
「マ、マリー……私もそれはどうかと……」
「でも頬っぺたにだけよ。ジャンヌはやらないの?」
「や、やりませんよ!?」
天真爛漫、純情可憐の大嵐マリー・アントワネットを中心にわいわいきゃいきゃいと騒がしくなっていく一行に。
「その、再び襲撃される前にここを離れた方がいいと思うのだが……すまない、楽しい空気を壊しての提案、本当にすまない……」
ジークフリートは、今しがた窮地を覆した大英雄とは思えないほどの腰の低さで、気まずそうにそう言うのだった。