FGO二次 衛宮士郎みたいな藤丸立香   作:龍川芥/タツガワアクタ

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 今回はマリーとサンソン主体のの話で、主人公である立香ちゃんがほぼ出てこないので「閑話」という形を取りました。現段階では読まなくても問題ないようにするつもりですが、色々大丈夫な方は読んでもらえると嬉しいです。


4.5(閑話) 刃は口付けをするように

 

 

「……ジークフリート。まさか、このファヴニールの脅威足りえる英霊が居たなんて」

 

 廃墟となった街の中で、墜落したジャンヌ・オルタは呟いた。

 ファヴニールが大きな首を地上に近づけ、主を心配するように低く唸る。

 

「彼にかけた呪いが外れると厄介ですが──ま、それでも一対一ならばこちらに軍配が上がるでしょう。一度倒したときのように、数で囲んで削り倒してもいいですし」

 

 それよりも、と彼女は横を見た。

 そこには、頭を抱えてのたうち回る男の姿が。

 

「ぐ、Arrrrr──止めろ、()()()は出てくるなッ! この体は僕のだ、僕が彼女を殺すんだ! クソ、頭がッ……ああああ、Srrrrrrrr──!」

 

 それは竜化サーヴァントであり融合サーヴァントであるアサシン、シャルル=アンリ・サンソン。彼は己を飲み込もうとする"黒い鎧"を皮膚ごと剝がしながら、必死に己の自我を保とうとしている。

 

「……はぁ。これじゃ、普通のサーヴァントの方がいくらかマシですね。なまじ力が強い分、主の言うことにすらろくに従えない。敵陣で暴れさせるくらいしか使い道のない殺戮兵器……まあいいでしょう。それはそれでやりようはあります」

 

 ジャンヌ・オルタはサンソンに近づくと、思いっきり旗の石突を振り下ろした。

 

 それはサンソンの頬を掠め、地面に穴を開ける。

 

「アサシン。あなたは敵の……あのフランス王妃の居場所が分かるのでしたね。なら、さっさと人格の主導権を取り戻して彼女の位置まで飛んでいきなさい。私があなたに求めるのはそれだけです。その後は誰を殺すも自由、あなたの好きになさい」

 

 それを聞き……竜の肉体に埋め込まれた支配の術式の影響か、主の望み通りに正気を取り戻したらしいサンソンは立ち上がると、そのコートを竜の翼に変質させた。

 

「そうだ。僕が殺す。それが僕の責務だ。誰にも渡さない、僕の役目」

 

 ばさり、と翼がはためき、気づけばその体は弾丸のように空へと打ち上げられていた。

 

「待っててくれマリー、君の死がすぐ行くから!」

 

 脇目も振らず、一直線に目的地へ飛ぶサンソン──それを見て、ジャンヌ・オルタは大体の方角を記憶すると、ファヴニールの背に飛び乗った。

 

「あの方向──確か、まだ滅ぼしていない街がありましたね。なら、私たちは他の邪竜たちと合流しましょうか。全兵力で奴らを潰すために」

 

 

 

◆◇◇◆

 

 

 

 聴こえる。

 僕を呼ぶ(こえ)が聴こえる。

 聲を頼りに、僕は飛んだ。慣れ親しんだ剣を握りしめながら。

 

 それは言う。首を斬り落とせと。

 それは叫ぶ。正義の裁きを下せと。

 それは嗤う。血を見せろ、死を見せろと。

 

「いいだろう。僕は処刑人、乞われた頸は必ず落とす。それが僕の存在意義」

 

 空を切り、風を裂いて飛ぶ己の体。

 けれども竜の翼をはためかせることに何の感慨もない。雲に触れても、鳥とすれ違っても、僕の心は動かない。

 空を飛びながらも、僕の心は地上にあった。正確には、地に立っているだろうひとりの少女の所に。

 

 聲は導く。あの、雪の如く白い()()()の元へ。

 

「ああ、愛すべき花の王妃──その(さいご)、僕が(いただ)きます。その代わり、この世でもっとも幸福な死をあなたに──」

 

 翼をたたみ、地上に向かって急降下する。

 聲のする方へ。彼女の居る方へ。

 そして。僕は再開を果たした。

 

 

 

 視点が移る。

 

 ジークフリートにかけられた呪いを解くため、聖人を探していたカルデア一行。

 効率のため手分けして探すことになり、色々考えた結果"立香&マシュ&アマデウス&ジークフリート"と"ジャンヌ&マリー"という組み合わせになり、彼女らは一時別れた。

 

 そして立香たちがとあるサーヴァント2騎と出会っていたころ。

 ジャンヌたちは聖人である野良サーヴァント、ゲオルギウスを発見したのだが──。

 

「マリー! 今度こそ、その命を僕に預けてくれ! 絶対に満足できる最高の殺し方を考えるからさ──!」

「──ッ、竜化アサシン、サンソン! どうやってここが……まさか、何らかの索敵スキルを持っている!?」

 

 ジャンヌは突如として現れた襲撃者に焦る。

 なぜなら、彼は自分とマリーに対する絶対的な特攻宝具を持っているからだ。

 

「まずい、あの宝具が──」

 

 ジークフリートの一撃、その凄まじさからサンソンの戦線復帰はしばらくないと考えていた。だからジャンヌとマリーの2人組を良しとしたのだ。しかし彼の体には傷ひとつない。竜種の再生能力か──なんにせよ、ジャンヌは己の浅慮を嘆いた。

 

 せめて宝具を使わせまいと接近戦をしかけようとして──。

 

「ああ。アレはもう使わない」

 

 その言葉に地を蹴りかけた足が止まる。

 意図が分からず困惑するジャンヌとマリー、そしてその後ろで警戒するゲオルギウス。

 そんな彼女らを空中から見下ろしながら……否、マリーの姿だけをじっと見ながら、サンソンは語る。

 

「マリア、君はギロチン(アレ)じゃ嫌なんだろう? だから殺されてくれなかったんだろう? 大丈夫、僕は他にも沢山処刑(ころ)し方を知っている。斬首刑、絞首刑、毒殺刑、溺死刑、銃殺刑……ああ、"これ"はイイかもな」

 

 その体が波打った。

 輪郭が崩れ、肥大化し、人のカタチを失っていく。

 角と牙が生え、鱗が覆い、爪が伸び──そして尻尾が下半身を巻き込みながらどんどん大きくなって。

 

喰われて死ぬ(喰って殺す)! 今の僕ならそんな処刑だってこなせるんだ!」

 

 完成した竜は、実に悍ましい見た目をしていた。

 蚯蚓(みみず)や蛇に似た形状の巨大な体を持ち、皮膚は黒。血管のように赤い線が幾本も浮かぶ肌から、無数の短い手足が生えているのは芋虫のようだ。

 その全長20mはあるだろう長い体の先端には、大穴のような口が開いていた。円柱状の口内には無数の牙が生えており、蠢く蛇のような舌と合わせて生理的な嫌悪感を抱かせる。

 背中にはサンソンのコートと同じ色の巨大な翼を持ち、そして口の上にそのサンソン自身の半竜化した上半身を胸像のように生やした異形──それが、シャルル=アンリ・サンソンの成れの果て、醜く恐ろしい処刑竜(ギロチンガード)の姿だった。

 

「コレなら死んだ後もサミシクナイ! それに血と肉が飛び散ってキレイなハズさ! ああ、とっても最高、誰もが笑顔になる処刑方(コロシカタ)だよ! Arrrハハハハハハ──!」

 

 巨大な口を動かしながら笑うその姿は、もう人ですらなくなって。

 

「これは恐らく斥候、のちに竜の魔女が本隊として来るはずです! 迎撃と逃走、どちらを取れば……いえ、彼が索敵スキルを持っているなら逃げても状況を悪化させるだけ! ならば──」

「私も迎撃を選択させて頂きます。まだ住民の避難は終わっていない。彼らに被害を齎すだろう悪竜を放置することなどできない!」

 

 会話の余地なしと判断し、武器を構えたジャンヌとゲオルギウスだが。

 彼女らの間を通り抜け、少女はブロンドの髪を揺らし前に出た。

 

 彼女は──マリー・アントワネットは、狂ってしまった竜の前に立つ。

 

「……サンソン。生前の彼は、とっても尊敬できる青年(ひと)でした。己が裁く罪人に敬意を払い、彼らの苦しみが減るようにとギロチンを考案した──それなのに彼は今、その高潔な心を(よこしま)な力に汚されている」

 

 その声は既に、熱に浮かされる少女のものでは無く。

 

 込められた意志の強さに、決意の香りに、ジャンヌは呆気に取られてその後ろ姿に声をかける。

 

「マリー……?」

「ごめんなさい。わたし、少し怒っているみたい。優しい彼をあんなにしてしまった酷い魔女さんに」

 

 そして、彼女は言う。

 

「行って、ジャンヌ。わたしは行けないわ、やることができてしまったのだもの」

 

 それは。

 己が殿(しんがり)となる、という意味で。

 

「待ってマリー、それは──」

「いいえ、これが最善だわ。サンソンが追っているのは恐らくわたし。そしてジャンヌ、あなたとゲオルギウスさまにはとっても大事な役目があります。あの謙虚な大英雄さまなら、きっとどんな竜でも討てる。そのためにわたしたちはここに来たのでしょう?」

「でも……っ」

 

 それでも縋るジャンヌに、マリーは振り向いた。

 彼女が見せるのは、花咲くような少女の笑顔。

 

「ジャンヌ、お願い。わたしは貴女と違って、国を蝕んだ愚かな王妃として死んだ──だから今度こそ、愛しいフランスを守って死にたいの」

「……っ」

「でも勘違いしないでね? わたし、ここで死ぬつもりはありません。これでもライダーですもの、時間を稼いだあとはきっちり逃げて見せるわ。それも生前で失敗したことだから、今度こそ完璧にね」

 

 悪戯好きの妖精のように笑う彼女に、もはや返せる言葉は無くて。

 

「……絶対ですからね、マリー!」

「ええ。約束よ、ジャンヌ」

 

 そうして、ジャンヌとゲオルギウスは立香たちと合流するため逃走し。

 

 後には、かつてのフランス王妃とそれを処刑した男()()()()()が残された。

 

 人の無い街の石畳の上、マリーは街路を埋めるような巨体の竜を見上げて言う。

 

「サンソン、シャルル=アンリ・サンソン! わたしの声が聞こえるかしら!」

 

 蛇竜の上、サンソンの上半身が蠢いた。

 

「ああ聴こえるともマリア。リクエストだね? 頭と爪先、どっちから飲み込んで欲しい?」

「……サンソン、いえシャルル。あなたはとても素晴らしい"職人"でした。生前のわたしがあなたに裁かれたのは、数ある運命の中ではきっと幸運なほうだったのでしょう。英霊となった今、別の出会い方をしていれば、そのことについてお礼と謝罪をしたかった。

 でも今のあなたは違います。わたしが会いたかったのは、優しくて生真面目な職人さん。断じて狂わされてしまった殺人鬼(あなた)ではない」

 

 普段からは想像も出来ないほど強い語気の彼女に、サンソンは瞳孔が細くなった目を白黒させる。

 

「マリー、きみは何を……」

 

 そんな彼に、マリー・アントワネットは高々と言い放つ。

 

「これは宣戦布告です、シャルル。わたしは今のあなたには処刑(ころ)されたくないわ。だからそうね……オペラの女主人公のように、ビンタと愛のキス(ヴェーゼ)駄目な殿方(あなた)の目を覚まさせてあげる!」

 

 その痛烈な宣言に。

 拒絶を感じ取ったサンソンの心が、表情が大きく揺らいだ。

 彼の顔の半分を、仮面のように黒い兜が覆っていく。

 

「Arrrrrr、があああああ──ッ!」

 

 そして、竜は動いた。

 その蛇のような体を動かし、大穴に似た口を開けて突進する。

 

「──っ、お願いね!」

 

 己を捕食しようとするその攻撃に対し、マリーは硝子の馬を作り出して素早くそれに騎乗した。

 それを操り、間一髪で突進を飛び越える。

 

「えい!」

 

 そして竜の長い背中を馬の蹄で踏み蹴り──しかし、それは鎧のように固い表皮に防がれた。

 

「それ!」

 

 今度は硝子の花びらが混じった風を生み出し、飛び去り際に竜に放つ──しかしそれも、まったくと言っていいほど通じない。

 

「なんて堅牢さ! 正直困ってしまうわ。亀竜さんのときも思ったのですけど、わたしは攻撃力に欠けているのよね……」

 

 と、竜が素早くマリーの方を振り向く。それだけで道の端にある民家を軒並み崩壊させる巨体は、流石にマリー1人には手が余る。

 

 と、サンソンが右の目元を覆った黒い兜を抑えながら叫んだ。

 

「死にたくない! 処刑されたくない! 皆みんなそう言うんだ! なぜ、どうして!? 僕より巧く首を斬れる処刑人(ヤツ)など居ない! なのになぜ、なんで皆僕を拒む!」

 

 意識が混濁している。それに対して分析する間もなく、二度目の突進が始まる。

 

「どうしてだ、マリーッ!!」

 

 叫びながら己に向かって来た巨体に対し……マリーは静かに、厳かに言った。

 

「いいえ、シャルル。その答えをあなたは既に持っているはずよ。だから問いかけはわたしにではなく、自分の胸にするべきだわ」

 

 そして、その懐から何かを取り出す。

 

 それは剣。とある白黒の夫婦剣、その片割れ。

 藤丸立香から預かった、もしもの時のための攻撃手段。

 マリーは彼女の言葉を思い出す。

 

『お守り代わりに持っておいて。衝撃で爆発するから、取り扱いには気を付けて……え? 技名? えっとそれは──』

 

 ここには居ない少女に、精一杯のありがとうを送りながら。

 マリーは全力で剣を投擲した。

 狙いは、竜が開けた穴のような大口の中。

 

「ちょっと痛いかもだけれど、男の子なら我慢してね!」

 

 ──壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 そして、その短剣の中で魔力が暴走し。

 

 竜の体の中で、轟音と共に爆発した。

 

「ぐ、がArrrrrrr──」

 

 肉が血が飛び散り、サンソンの体が蛇竜の巨体から抜けて吹き飛ばされる。

 街路に落下し、立ち上がろうとする彼の半竜化した体を、黒い鎧が飲み込むように包んだ。

 

「ArrrrrrrrrrrrrrrrSurrrrrrrrrrrrr──!」

 

 彼と混ぜられたサーヴァントが、心身が傷つき消耗したサンソンから肉体の主導権を得ようとしているのだ。

 そのほとんどを黒い鎧に、とある王への復讐心に飲み込まれて――。

 

 サンソンは、視界の端に彼女を見た。

 

「Arrr、ぐぅッ──出てくるなランスロット! これは僕の処刑(しごと)だ!」

 

 執念ともいえる恐るべき精神力で"もう1人"をねじ伏せると、サンソンは地面に手を当てたまま叫ぶ。

 

「来い、ギロチン──"頸は徒手にて斬れず(ナイト・オブ・オーナー)"!」

 

 地面から、真っ黒な鎖のついた同色の刃、ギロチンに使われる半月上のそれが複数出現した。それは鎖に振り回されるように空中を滑り、マリーの首元へ飛んでいく。

 

「まだこんな力がっ!?」

 

 驚きつつも硝子の馬に乗ったまま回避するマリー。刃はそんな彼女をとめどなく襲う。

 

 黒の殺意、黒の刃が舞う街の中、彼女は必死に硝子の馬を繰る。ブロンドの髪が太陽の光を浴びて踊るその光景は、まるで絵画から飛び出してきたようだった。

 

 だが、その光景はサンソンに"己の刃を拒絶されている"という情報しか与えない。

 彼は叫ぶ。

 

「僕の刃に痛みはない! 僕の刃は救いである! どうしてそれが分からない!」

「シャルル……っ」

 

 悲痛な叫びに、マリーは思わず彼の名を呼んだ。

 マリーが全身に傷を作りつつも未だ無事なのは、刃が"首しか狙っていない"からだ。そうでなければ、近接戦闘に弱い彼女はとっくに殺されている。

 マリーには分かっていた。それが意味することが何かを。

 

「(ああシャルル。悲しき処刑人さん。あなたは狂ってしまっても、刃を振るえば思い出すのね。その揺るぎない信念を、罪人を痛めつけないという矜持を──)」

 

 回避を続けるマリーに、ついにサンソンはしびれを切らした。

 

「いいだろう! それでも僕を拒むのならば、もう君の意志など考慮しない! 僕がこの霊基にて磨き上げた至高の宝具にて、その美しい頸を刎ねよう!」

 

 そして、彼は握った剣の切っ先をマリーに向ける。

 

「(まずいわ! 彼の宝具を止めないと──)」

 

 マリーは硝子の馬に乗ってサンソンに突撃する。

 だが。

 

「君に訪れるは死の運命(さだめ)

 けれど恐れることは無い。

 その絶望すら、僕が美しく彩ってみせる──」

 

 魔力が高まる。マリーの攻撃は間に合わない。

 サンソンまで5mと迫った所で、彼の宝具が発動された。

 

「落ちよ、死は明日奪う絶望なり(ラモール・ディゼスポワール)!!」

 

 瞬間。

 全ての時は止まり、世界は閉ざされ。

 サンソンとマリーしか存在しない暗闇の中、ギロチンはゆっくりと現れた。

 

 それは、硝子の馬に乗ったまま、それごと動きの止められたマリーの頭上へ。

 周囲を木枠が取り囲み、その頭上には鈍く光る刃が完成する。

 

「君が受けるそれは死の具現! 君の『死への感情』を(おもり)にして落ち、『死への想像』をその体に再現する()()()()()()()()()()()()()! 時間・因果・運命さえ歪曲させる刃に狙いを定められた者は、それを避けることも防ぐことも出来ない!」

 

 それが、竜の力と湖の騎士の力、それらを取り込んだサンソンが至った"絶対なる死"の宝具。

 

「君が死を恐れても望んでも関係なく、死について考えただけで刃は落下する!

 そして死を苦痛だと思うなら刃は最大の苦しみをもって首を落とし、

 逆に救いだと受け入れるなら無二の快楽をもって死を与える!」

 

 そしてサンソンは、ギロチンの刃を支えていた紐を剣で斬った。

 

「──さあ受け取ってくれマリア、僕から君に捧ぐ二度目の"死"を!」

 

 そうして、刃は落下し、ブロンドの輝きを切り裂いて鮮血が──。

 

「残念ながら、シャルル。わたしは死なないわ」

 

 鮮血は、舞わなかった。

 

 全てが戻り。

 マリーはその体の一部を──美しい長髪の大部分を失って、けれど五体満足で生きていた。

 

「バカな、何故──」

 

 短くなった髪を気にもせず、硝子の馬に乗ってマリーは走る。

 

「わたしは死を恐れてもいないし、望んでもいない。恐れているとしても、それは今切れた髪の分くらい。

 だって、わたしは己のために戦っているのではなく、国のために戦っているのだから。愛すべき民、愛すべき自然、愛すべき街──わたしの愛する、大好きなフランスという国のために。

 だからこの体は愛でいっぱいで、(ほか)のことなんて考える暇が無いのです」

 

 サンソンはここで、己の体が透明なクリスタルによって地面に縫い留められていることに気が付いた。足が地面から離れない。

 

 はっと前を向いた彼が見たのは、こちらに疾走してくる硝子の馬と、それに乗る輝かんばかりの笑みを湛えた少女。

 

 そうして、宝具は炸裂する。

 

「シャルル=アンリ・サンソン。気だるげで優しかった職人さん。

 あなたの熱烈なアプローチ、申し訳ないけどお断りします。

 だってわたしはマリー・アントワネット、フランスという国の伴侶なのだから──!」

 

 ──百合の王冠に栄光あれ(ギロチン・ブレイカー)!!

 

 硝子の馬に大きく弾き飛ばされ、血を撒き散らしつつ空中を舞いながら。

 

「なぜ、どうして……マリー……」

 

 サンソンは弱弱しく呟いた。

 その視界を黒い兜が、全身を黒い鎧が覆い隠し、彼の意識はブラックアウトする。

 自分のものでは無くなった体が自動的に暴虐を始めようと駆動する中──彼は静かな泥の底で溺れるように、ゆっくりと己のことを思い出していた。

 

 

 シャルル=アンリ・サンソン。僕は処刑人、罪人の首を斬るのが仕事で、それが一族に課せられた使命。

 だから僕は医学を学び、人体を学び、それを処刑の腕を磨くことに使った。

 ギロチンを考案したのも、痛みや苦痛の無い処刑のためだ。

 

 僕の刃に痛みはない。僕の刃は救いである。

 それが僕の信条だった。

 僕の刃は凶器ではない。

 罪なき者を切らぬこと、それが僕の誇りだった。

 ああ、けれど。

 

 そんなものは、()()()()という行為の前では何の意味も持たない。

 それほどに、僕は処刑を忌み嫌った。

 

 人を斬るたびに、嫌でも思い知らされる。

 ギロチンを落とすたびに、僕の心から光は消える。

 己の信念は、誇りは、処刑台に立つたび塵屑(ごみくず)へと変わった。

 

 僕の刃に痛みはない?

 ──確かめたことなど無い。生首は何も語らないから。

 

 僕の刃は救いである?

 ──そんなハズが無い。少なくとも裁かれる罪人にとっては。

 

 僕の刃は凶器ではない?

 ──凶器に決まっているだろう! 人を殺すもの、それはすべからく凶器だ。

 

 処刑の執行。それは民草にとって必要なこと。

 危険な罪人を捕らえ、罪を天秤に罰を決め、定められたそれを下す。

 それは正義だ。間違いない。

 

 ああ、だとするならば。

 どうして、僕の手は震えるんだ。

 人を斬るたび、吐き気がして。

 首が飛ぶたび、めまいがする。

 正義のはずだ。少なくとも、この殺人は悪ではない。

 皆が望んでいる。僕の刃が振り下ろされるのを。

 なのに、なぜ。

 僕は──

 

 

 泥の底、水面の向こう側で、鮮血が空に飛び散った。

 それをなんだか見ていられなくて、僕の意識は泥の底の方を向く。

 

 

 誰も知らない、処刑の感触。

 首を斬るとき、手に伝わるそれが消えない。

 皮膚を裂くときの僅かな抵抗。血管を断つ、いやな手応え。骨と骨の隙間を抜ける刃はただ不快なだけで、達成感など与えてくれなくて。

 落ちた首が地面に転がって、断面から血が噴き出して。

 そいつはいつも僕に言う。

 「呪ってやる、この人殺し」

 ああ、何故僕なのだ。神は何故、僕にこの運命を与えたのか──。

 

 

 ──愛すべき輝きは永遠に(クリスタル・パレス)っ!

 

 視界を眩い光が埋め尽くす。

 体を綺麗な何かが包む。

 それは僕が浸かっていた泥を、思いっきり吹き飛ばした。

 

 目の前に。

 マリー・アントワネットの、その柔らかな微笑みがあった。

 口から血を溢してなお凛と笑う彼女は、まるで大輪の白百合のようで──。

 

 思い出す。ああ、そうだ。

 彼女だけは違った。

 

 

『お赦しくださいね、ムッシュウ。わざとではありませんのよ』

 

 処刑の(とき)。誤って僕の足を踏んでしまった彼女は、僕にそう謝罪した。

 震えた声。自分や他人の足がどこにあるかなど気にできない、想像を絶する恐怖が彼女を襲っていただろうに。

 それでも、彼女は毅然と立っていた。震えながらも、前を見据えて。

 それは運命を受け入れたがゆえの姿勢なのか。それとも真逆で、立ち向かおうとする意志がそうさせているのか。

 僕には分からなかった。分からなかったが、そんなことはどうでもいいほどに彼女は綺麗で。処刑を望む醜悪な群衆という闇の中に、一筋の光が射している気さえした。

 そう、それはまるで、野に咲く一輪の白百合(はな)のように。

 

 

 見れば、僕の腕が彼女の方に伸びていた。

 その手は剣を握っていて、それが彼女の腹に思い切り突き立っている。

 剣が刺さった傷から血がこぼれ、僕の全身を恐ろしいまでの罪悪感が襲った。

 

「ああマリー、僕は()()あなたを……ッ」

「気に病まないでシャルル。あなたは悪くない、これは仕方のないことだったの。だからそんな顔はしないで。わたしまで悲しくなってしまうから」

 

 サンソンの顔から、黒い兜が砕けて落ちる。

 景色は輝きで満ちていた。

 竜の下半身を再び生やしたサンソン。そのほとんどが、巨大なクリスタルの宮殿の中に閉じ込められ、動きを封じられている。

 ただそこから出た唯一の部分である頭と片腕が、マリーの腹に剣を突き立てていた。

 

 相打ちだ。

 いや、どちらかに軍配を上げるならばサンソンの方か。

 マリーは宝具の連続使用による魔力の過剰消費と、霊核にまで達した剣の傷により、もう消滅は免れない致命傷を負っていたから。

 

「マリー・アントワネット王妃──!」

 

 サンソンは必死に体を動かす。封じられた竜の半身が邪魔で……だからそれを切り離した。

 ランスロットの霊基を含む竜化した部分を身代わりに、クリスタルの宮殿を脱出する。それは霊基と共に重なっていた体を分裂させることにより拘束からの脱出を果たせるが、竜化と融合によって得た力を全て失う方法。

 本来不可能なはずのそれを、サンソンは己の胸を焼く、支配の術式を振り払うほどに強い想いと、ランスロットのスキルによって「武器」扱いだった肉体を手放すという二重の条件(きせき)によって成し遂げた。それは霊基の補強を失ったランスロットと竜の細胞がお互いを食い合い、クリスタルの宮殿に閉じ込められたまま自壊するという非業の末路を招いたが、そんなことサンソンは気にも止めなかった。

 

 全てを失い、ただのサーヴァント・サンソンに戻った彼はマリーの腹に刺していた剣を抜くと、傷の深さを確認する……そしてすぐに致命傷だと分かり、泣きそうな子供のような顔をした。

 正気を失っていた己の行いを自害せんほどに悔いるサンソンへ、マリーは弱弱しいながらも微笑みを絶やさず声をかける。

 

「シャルル、お願いがあるの」

「……! ええ、僕にできる事なら何でも……!」

 

 膝を付き、胸に手を当て命令を待つ彼に、マリーは言う。

 

「全身が痛くて苦しくて、さっきから大変なの。実はわたし、みっともなく泣いて叫ぶのを必死に堪えてるのよ? このまま消滅までずっとこうだと思うと気が滅入ってしまうわ。霊核はぼろぼろでどうせ助からない、それなのに体は痛いままなんて、そんなの誰もが嫌じゃない」

 

 それが何を意味するのか。サンソンは悟った。悟ってしまった。

 

「マリア、あなたは──!」

「ええ、そうです処刑人さん。あなたの剣で、優しく看取ってくれないかしら」

 

 つまり、その手でわたしの首を斬れ、と。

 余りにも重い彼女の頼みを聞き、思い出すのは泥の中で見た記憶の続き。

 

 

 あの日、何の救いもなくギロチンは落ちて。

 茎から別れぽとりと落下した百合の花は、僕に何も言ってこなかった。

 ただ、白く綺麗な花びらは、毒々しい赤に音もなく汚されていき。

 だからこそ、僕はその斬首を、彼女を殺した罪を受け止めきれなかったのだ。

 

 

「……僕は、今でも後悔しているよ。君を処刑(ころ)してしまったことを」

 

 サンソンは、いっぱいになった心の杯からこぼすように思いを吐露する。

 刃を持つが震え、呪いの幻聴を思い出して背筋が凍る。

 

「君だけじゃない。僕の刃は数多の人間を処刑した。その全てに、陰惨たる後悔と鬱屈たる慚愧の念がある」

 

 人を殺す。それはどんな理由を付けようが、優しい彼の心を容赦なく抉った。

 未だ治らない心の古傷たちが、今も数多の死を受け入れられずにいる。

 それでも。

 

「けれど。僕はそれを取り消したいとは思わない。なぜなら僕は、正義のために刃を落とした。どれだけ後悔することになろうと、コレが正義だと信じたんだ。そこには確かに誇りがあった」

 

 サンソンはゆっくりと立ち上がると、倒れた硝子の馬にもたれかかるマリーに不器用に笑いかけながら、震える手で剣を構えた。

 

「だから。僕はまた、君を斬るよ。あなたを傷つけてしまった僕が言えることではないかもしれないけど……それでも、その苦しみを取り除く、これが正しいことだと信じているから」

 

 剣が魔力を帯びて光りだす。それは血色の夕焼けの如き光ではなく。野に咲く白百合を照らす、柔らかな朝の陽ざしのような光。

 彼が構えしその剣は。湖の騎士ランスロットの技量を吸収することで辿り着いた、ただ一人に捧げる無痛の刃──。

 

 宝具、刃は口付けをするように(オ・ルヴォワーシャラ・マリア)

 

 それが、"マリーアントワネットを痛みなく殺すため"だけに編み出された、サンソンの全てを込めた最高の技の名であった。

 

「さよならだ、マリア。その命、君を襲う痛みと共に僕が(もら)う」

 

 マリー・アントワネットの(さいご)となる決意を固めた男に、目を伏せながら王妃は言う。

 

「……ありがとうシャルル、いえサンソン。とっても優しい処刑人さん。そしてごめんなさい。わたしの命を背負わせることになって」

 

 それは、彼女が言いたかった言葉。一国の王妃の命を背負う運命を与えられた、優しく悲しい処刑人へのお礼と謝罪。

 その言葉に、サンソンは頬に一筋の熱を流しながら強張る口を動かす。

 

「……気にしないで下さい、王妃殿下。それが、僕の仕事ですから」

 

 そうして、確かに彼女は微笑んで。

 

 白百合に初雪が触れるように。

 騎士が恭しく跪いて、忠誠の口付けを落とすように。

 

 その刃は、静かに優しく振るわれた。

 

 首に向かって振るわれた刃は、反対側へするりと抜けて。

 痛みのない、やわらかくてあたたかい死が、天使のように訪れた──。

 

 

 

「ライダー、マリー・アントワネットの反応が消滅……よくやりましたアサシン」

 

 全てが終わった処刑場にて。竜の魔女が下僕を連れて訪れた。

 竜騎兵(ドラグーン)のセイバー。

 竜血公(ドラクル)のランサー。

 謎の竜化アーチャー。

 謎の竜化アサシン。

 その4騎とファヴニールを統率した竜の魔女は、周囲を見渡して不満気な声を上げる。

 

「ただ、他の連中は逃がしたようですね。街に人気も血の匂いもない。最大戦力で来たのは無駄足でしたか」

 

 そうして、彼女は帰還しようと振り向いて──。

 

「……何のつもりですか? アサシン、いえ邪竜サンソン」

 

 ジャンヌ・オルタの背中に向けて、サンソンは剣の切っ先を向けていた。

 竜に乗った彼女の背中を見上げながら、サンソンは事も無げに言う。

 

「決まっているだろう。叛逆だ。僕、シャルル=アンリ・サンソンは、貴様を正義と認めない。僕の刃は、常に正義のために振るわれる」

()()()で、この人数を相手にですか? あまり利口な行動とは思えませんけど──」

 

 ジャンヌ・オルタは竜の細胞に植え付けた支配の術式、その魔力パスを辿ろうとして――そのときやっと、彼の意志を支配しようとしても何も起こらないことに気が付いた。

 

「──な、竜化が支配の術式ごと消えている!?」

 

 狼狽するジャンヌ・オルタに対し、()()()サンソンは魔力を燃やす。

 

「よくもさんざん(もてあそ)んでくれたな、竜の魔女! その罪その邪悪、我が刃を向けるに値する!」

「ッ、殺しなさいおまえたち!」

 

 宝具の展開。主への明確な敵意を前に、4騎の竜化サーヴァントは敵対者に向けて殺到する。

 それでも、シャルル=アンリ・サンソンは。

 未だ手に残る悲しい感触、それを己が正義を燃やす薪に変えて、絶対に許せない者へと断罪の刃を落とす。

 

「この痛みが最後の救いになるハズだ──死は明日への希望なり(ラモール・エスポワール)!!」

 

 そして、一瞬で勝負は決着し──。

 

 

 

 サンソンの消滅を確認して、ジャンヌ・オルタは配下の竜化英霊に帰還を命じた。彼らは各々の飛行能力を用い、オルレアンの城へと戻っていく。

 ジャンヌ・オルタ自身もファヴニールに乗り街を後にしながら……彼女は燃えるような怒りを空に吐いた。

 

「くそ、何なのよあいつ。竜化を振りほどいて私に逆らって──」

 

 彼女は裏切者の最期を思い出す。細剣に貫かれ貫手に抉られ、毒弓と鉄の棘に串刺しにされた彼は、地獄の苦痛を味わった。そのハズなのに。

 

「──どうして、笑って死んだのよ……ッ!」

 

 それは。

 サンソンが最後に遺したその口元の弧が、ジャンヌ・オルタには赦せなかった。

 彼女は思わず痛むうなじを抑える。

 そこには薄皮一枚を裂いたギロチンによって刻まれた傷痕が、烙印のように残っていた。

 もしも、竜化英霊を連れてきていなければ──彼の宝具が中断されることは無く、そこで決着はついていただろう。今とは真逆の結果として。

 

「くそ、クソ糞くそッ。どうして、こうも思い通りにいかないの──!」

 

 正義の処刑人に刻まれた、なかなか癒えない傷に苛立ちながら。

 ジャンヌ・オルタは飲み下せない憤りを吐き出しながら、サンソンを殺した街を足早に後にした。

 

 

 

 街のはずれに、白百合がひとつ。風に吹かれて揺れている。

 それは柔らかな陽の光に包まれながら、静かに野を彩り続ける。

 踏み荒らされることも燃やされることも、血で汚されることもなく。

 ただ静かに、優しく、ゆっくりと──平和を謳う少女のように、穏やかに美しく咲き続けた。

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