FGO二次 衛宮士郎みたいな藤丸立香   作:龍川芥/タツガワアクタ

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9.決戦・邪竜戦争(下)

 

 

 轟音が、大地を揺らす。

 チェイテ城がチェイテ城とぶつかり、圧し潰されて崩落していく。

 それはまるで、隕石でも降って来たような。

 城が瓦礫の塊になって崩れていくさまを、立香たちは呆然と見上げ──。

 

「全員、緊急回避──!」

 

 否。そんな余裕などなかった。降り注ぐ瓦礫の雨から逃げるように、立香たちは城に背を向けて全力で走る。

 

「いやいやいや、ちょっとやりすぎでしょこれ!!」

『チェイテ城の破壊、及び魔力反応の急速な減少を確認……いやあ、まさか城に城がぶつかる奇想天外な光景が見れるとはねぇ』

「言ってる場合じゃないですよドクター、私が瓦礫に押しつぶされて死んだら世界終わりだからね!?」

「先輩、私が抱えて──」

「いえ旦那様(マスター)ここは私が──」

「……まあこの速度なら我々が巻き込まれることは無いでしょうが……突撃した竜の娘(エリザベート)本人は無事でしょうか。彼女、後先とか考えるタイプには見えませんし……」

 

 逃げながら騒ぐ面々を尻目にゲオルギウスがそう呟いたのと同時。遂にふたつのチェイテ城が共に崩落・全壊した。

 徐々に金色の光となって消えていく瓦礫の山、その一部が動き……水面から顔を出すみたいに、瓦礫の下から角の生えたサーヴァントの上半身が飛び出した。

 

「ぷはっ! (アタシ)、アイツに勝ったの……? あ、子ジカ! どうなったか分かる!?」

 

 状況が分からないエリザベートは、立香を見つけて声をかける。立香はその問いかけに「流石にやりすぎだ!」と言おうとして、「でもカーミラ撃破を頼んだの私だしな」と思い直し、「そもそもエリちゃん居なきゃ勝てたか分からないし」と意見が変わった結果、葛藤は在りつつも、

 

「~っ、ナイス城落とし! 敵のチェイテ城は完全にぶっ壊れたよ!」

 

 という賞賛のセリフで落ち着いた。

 

「そ、そう!? まあ(アタシ)にかかればこんなものよね!」

 

 そんな立香の複雑な心境などいざ知らず、素直に喜び照れるエリザベート。なんだか気の抜けるやりとりの後、立香は気を引き締め直して……ふと思う。

 チェイテ城は見るも無残に全壊したが……カーミラは? 瓦礫の山を見るも、土煙と瓦礫が魔力の残滓に変換されているせいでどうにも視界が悪い。

 

「そういえばドクター、カーミラの反応は?」

『それが、瓦礫の魔力反応がサーチの邪魔をしてよく分からないんだ。あれだけの攻撃、相当のダメージを与えたことは間違いないだろうけど──』

 

 言い終わる前に、答えは示された。瓦礫の山、その一部が爆発するように吹き飛び、中から巨大な何かが背を伸ばす。

 

「Guooooooooooooooooo──!」

 

 それは白竜カーミラ。その右翼は無残に千切れ同時に右半身を大きく負傷しつつも、かの竜は未だ健在だった。

 

「なっ……倒せてないじゃない!? 子ジカ、(アタシ)のぬか喜び返しなさい!」

「あの一撃で倒れないなんて……!」

 

 城が、そのレベルの超巨大落下物が直撃したというのに未だ無事とは、竜とはどれだけ出鱈目なのか……いや、直撃ではないのかもしれない。

 根元から失われた翼を見るに、おそらく攻撃事態は有効だった。だが命中したのは霊核ではなく翼。もしくは……チェイテ城の領域強化(エリアバフ)が、竜の巨体に理外の素早さを与えたか。

 

「ウuuu──、エリザ、ベートォoooooo……!」

「アンタもしつこいわね……!」

 

 苦し気に息を吐きつつも、その声に一層の怒気を含ませるカーミラを前に全員が身構える。

 そんな時だった。

 

「──すまない、全員避けてくれ!」

 

 切羽詰まったその声と同時……熱波と朱光が空気を焼く。

 

「! 全員回避!」

 

 カーミラのものでは無い、死角から放たれた炎の息吹(ドラゴンブレス)を辛くも回避する立香たち。

 放たれた炎は、カーミラと立香たちとを区切るように地を焼き、壁の如き火柱を膨らませる。

 そんな火柱の向こう側、カーミラに近づく巨大な影。

 

「随分と無様にやられましたね、アサシン……いや、ヴァンパイア・ドラゴンとでも呼びましょうか?」

竜の魔女(マスター)……」

「セイバーとランサーは消滅。あなたも竜化は成功したようですがその手傷、どうやら敵に後れを取っているみたいね。言い訳はありますか?」

「……ッ、イイエ」

「ま、いいでしょう。あなたたちは所詮替えの利く駒、減った分はまた召喚すればいい。勝負自体は、ええ。最初から私とファヴニールだけで充分ですし」

 

 そして炎の壁よりこちら側には、消耗した英霊2騎が立香らの前に。

 

「すみませんマスター、足止めに失敗しました……!」

「一瞬の隙を突かれ突破された。それに、敵はまだ余力を残している。俺もジャンヌ・ダルクも耐えるのが精々で、痛手を与えることも消耗させることも出来ず……」

 

 肩を揺らすジャンヌとジークフリート。その体は泥と掠り傷だらけで、鎧も一部ひしゃげている。それが彼女らと邪竜との壮絶な死闘を物語っていた。

 だから立香はジークフリートの言葉を遮る。

 

「いや、大丈夫! デオン(セイバー)ヴラド3世(ランサー)は撃破、アサシンは竜になって強化されてたけど、エリちゃんの攻撃でかなりダメージを与えられてる! ワイバーンはフランス軍が相手取ってくれてるし、数の上ではこっちが有利──作戦通りだよ! だから『すまない』はナシ!」

 

 立香は強くそう言うと、仲間と共に敵を見据える。

 此方を見下ろす敵は3体。竜の魔女ジャンヌ・ダルク、彼女を乗せたファヴニールと、翼を捥がれた竜カーミラ。

 対するは6騎と1人。マシュ、ジャンヌ、ジークフリート、ゲオルギウス、エリザベート、清姫……そして藤丸立香。

 相手は強大だが、数では有利。勝機は確実にある──そんな立香を遮るように、ジャンヌ・オルタは呵々と嗤った。

 

「数? 作戦? フフフ……愚かですね、人間。そんなものに意味など無いわ。圧倒的な力の前ではね!」

 

 ファヴニールが吠えた。

 それは大地を地平の先まで揺らす咆哮。生きとし生けるものその悉くを恐怖させる、絶対強者による死刑宣告。

 その声は、存在は、立香たちに思い出させた。

 竜とは、弱者(ひと)では勝ちえぬ強者(もの)なのだと。

 

「(竜の魔女(ジャンヌ)の余裕が崩れないのは、それほどファヴニールが強いから……! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!)」

「どれほどサーヴァントが並ぼうと、所詮人間。人が太陽に勝てる道理がないように、竜を斃すことなど出来はしない。そこの竜殺しの宝具さえ今は襲れるに足らず! ファヴニールは聖杯の力で強化済みよ!」

 

 そして、かの竜の牙の隙間から炎が溢れる。

 それは遍く全てを灰へと変える地獄の業火。

 敵対者の存在を決して許さない煉獄の猛炎。

 それが、足元の立香たちへ。

 

『魔力反応、計器エラーだ! まずい、こんなの防ぎようがないぞ!?』

「アサシン、あなたも合わせなさい! ファヴニール、全力を許すわ──」

 

 カーミラも口を開き、音ではなく炎を滾らせる。

 竜二体による全力攻撃(ドラゴン・ブレス)

 

「これは……! 皆さん、私の後ろへ!」

令呪解放──マシュ!」

「はい、先輩!」

 

 紅蓮が。

 絶滅が。

 灼熱が。

 死が。

 

「──愚かな聖女とヒトの群れ、灰も残さず焼き尽くせッ!!」

「Guoooooooooooooooooo──!!」

 

 炎が、放たれた。

 

「お願い──人理の礎(ロード・カルデアス)!」

「主よ──我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)!」

 

 赤が、全てを覆う。それはまるで、太陽が地上に顕現したかの如く。

 大地が融解し、魔力の守りが侵食されていく。

 

 炎が。全てを飲み込もうと暴れ尽くす。

 それは地獄の具現。災禍の集約。

 いかなる英霊の守りであろうと、その炎に10秒と耐えきれるはずもなく。

 

 なればこそ。

 

「──剣よ、満ちろ」

 

 剣より(あお)き光が迸り、昇り、雲を裂いた。

 その光が照らすは白狼の如き髪、竜の血を浴びた肉体。

 ジークフリートが持つ剣から、魔力が溢れ立ち昇る。それは仲間を救うため、10秒が経つ前に業火放つ竜を屠るため。

 だが。

 

「アハハ、憐れね竜殺し! あなたの敗因は、ソレを既に見せた事! 聖杯の強化により、ファヴニールはその宝具を防ぐ防御力を得ています!」

 

 竜の魔女は嗤う。おまえは何も救えないと。

 

「なんて無様、なんて無能! ああ、もしもあなたがあの時、味方を見捨て1人醜く逃げたなら! あるいは、不意打ちの宝具でファヴニールを屠れたかも──」

「いや」

「……?」

 

 返って来た静かな否定の声に、ジャンヌ・オルタは眉を顰める。

 男の言葉は、次のように続いた。

 

「あの時。

 俺を守ってくれた彼らのおかげで、この身は此処に立つ奇跡を得た。

 あのとき死力を尽くしたからこそ、生き延びた彼らが俺を此処まで導いてくれた。

 すまないが、それを──彼等と俺の決断を侮辱することは、赦さない」

 

 強い言葉だった。気高い台詞だった。高潔なる意志だった。

 絶対優位に立つジャンヌ・オルタを僅かに怯ませるほどに。

 

「──赦さないならどうと言うのです! あなたにファヴニールが倒せるとでも!?」

「ああ。あの時は俺も全力では無かった。今こそ我が全霊を見せよう」

「な──いいえ! それが真実だろうと、今のファヴニールを斃せるものは誰も居ない! 絶望なさい、竜殺し!」

 

 轟、と炎の勢いが強くなる。

 守りがどんどんと飲まれ弱まっていく。

 しかし、けれど。

 

「あと数秒っ……持たせてみせます、先輩(マスター)!」

「ええ! 是は希望なき忍耐に非ず、既に希望見えし夜明けの道である! ならば──我が祈り、我が護りは無駄ではない! 任せました、ジークフリート! ……そして、マスター・立香!」

 

 彼女らは信じた希望(ひかり)を導に、灼熱の怒涛を押し留める。

 

 その声に──応と叫ぶは、ジークフリートのみに非ず。

 

 其は赤い外套纏いし少女。

 其は抑止と契約せし正義の味方。

 其は──

 

「リツカ……? ハ、正真正銘、英霊でもない()()()()()に頼るなど、救国の聖女が堕ちたものですね!」

「ただの人間、ね」

 

 構えるは弓。番える矢はその手に無く。されど彼女は──藤丸立香は高く叫ぶ。

 

「私をただの人間だと思っているなら、認識が甘いぞ竜の魔女!

 これから邪竜(おまえ)へと挑むのは──正真正銘、とある英霊の紛い物だ!」

 

 ──其は、偽物の英雄。借り物の力、遥か高き理想。それでも怯まず手を伸ばす、人類最新の英雄である。

 彼女は言う。

 

「ジークフリート──その剣、()()()()!」

「何……そういうことか! ああ、存分に使えマスター!」

 

 そして、藤丸立香は。

 

「(竜を祓う碧き力──その剣を、()()()()!)」

 

 ジークフリートの持つ剣を注視した。

 魔術回路が、励起する。

 骨子が、解る。

 構造が、視える。

 理念に、届く。

 理想に、至る。

 

 そして。両者は──本物の英雄と偽物の英雄は、唱えた。

 

「邪悪なる竜は失墜し、」

幻想再現/投影、重装(トレース・フラクタル)

 

 剣を大上段に構えるジークフリート。碧き光が力を増し、炎の中で爛々と輝く。天を裂き地を揺らす魔力のうねりが、主の敵をいざ滅さんと吠えている。

 

 弓を全力で引き絞る藤丸立香。剣が矢の如く番えられ、切っ先が敵を見据えてキラリと輝く。魔術回路が熱を持ち、心の中が炎で満ちる。

 

「世界は今落陽に至る!」

I am(我が) the born of my sword(骨子は捻じれ狂う)──」

 

 碧き光が爆発する。其は邪竜を討つ剣、闇を炎を祓う力。

 

 剣が捻じれ(やじり)と成る。其は邪竜を穿つ(つるぎ)、明日を未来を勝ち取る力。

 

 両者、狙いは同じ。炎の壁の先に居る2匹の竜、その心臓を心で見据え。

 

「「撃ち落とす!」」

 

 声が重なる。

 其は、絶望を砕く希望——高らかにその名は叫ばれ、その一撃は放たれる!

 

「──幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!!」

「──偽・幻想大剣(バルムンクII)!!」

 

 竜殺の(やじり)が、敗北の運命(ほのお)を吹き飛ばす!

 

 碧き怒涛は、炎を押し留め。

 捻じれた(つるぎ)は、それに背中を押されるように飛ぶ。

 叫べ、叫べ!

 届けと叫べ!

 例えその理想(ユメ)が彼方に在ろうとも──それを掴んで見せるのだと!

 

「おおおおおおおおおおおおおおお!!」

「はあああああああああああ!!」

 

 果たして──。

 

「──バ、カナ」

 

 白竜カーミラの霊核(しんぞう)を、立香の一撃が貫いていた。破竜を成す刃、その威力と特性は改造された贋作であろうと健在。

 カーミラの牙の間から、炎が消え驚愕と血が零れた。

 

「竜デアル私ガ……人間、ナンカニ──ッ」

 

 その言葉を最後に、白き竜は倒れ息を止める。

 

「な、アサシンが……!?」

 

 驚くジャンヌ・オルタの叫びを聞く余裕もなく、立香は再び矢を構えた。

 

「(もう一発──!)」

 

 ジークフリートの放っている魔力の大砲は、ファヴニールの炎息(ブレス)と拮抗している。大地を捲り空を揺らすその恐るべき余波のせいで、マシュとジャンヌはまだ宝具を解除できていない。

 ジークフリートとファヴニール、その勝負の天秤は互角。ゆえに。

 

「(私が押せば勝てる──)」

 

 だが。

 再びバルムンクを投影しようとした立香の左手、その内側から刃が突き出し、立香の手のひらを切り裂いた。

 

「な──ぐあああああああああ!!?」

 

 凄まじい激痛が、立香の腕を頭を襲う。彼女は聴いた。

 ぎちぎちと、己が内で剣が蠢く音を。

 

「(痛い、痛い、痛い──これは、何!? これは……まさか、力の代償──!?)」

 

 痛みで回らない思考は、ひとつの結論を導き出す。否、宿した英霊は知っている。これが何であるのかを。

 

「(宝具の投影、改造、その連続使用……使い過ぎたんだ! 借り物の力を、我が物顔で……! 代償(リスク)があると分かっていた、使わなければ超えられない壁だった! でも……何処かで自惚れていた。他人の力で成した結果なのに!)」

 

 立香は……歯を食いしばり、矢を構えなおす。

 ぎちぎちと剣が蠢く。肩と二の腕の内側を剣が刺している。

 だが。

 

 構うものか。くれてやれ。この痛みに耐えることが、この腕を捨てることが、世界を救うのに必要ならば──。

 

「──マスター、そこまでだ。その余力は先のために取っておけ」

 

 声が。雄々しく力強くも、どこか優しく柔らかい声が、立香を制止した。

 

「……ジーク、フリート?」

「ああ。もうおまえは十分過ぎるほど力を貸してくれた。その勇気に敬意を表する。たとえ仮であれ、おまえは俺には過ぎたマスターだった──正に、世界を託すに相応しい。

 なればこそ、これ以上は矢一本、令呪一画の援護も必要ない。後は俺に任せてくれ、マスター」

 

 炎と剣、赤と(あお)の激突のさなかにあって、その声はやけに響いた。まるで静寂の中で語らうように。

 だが。それを言う男は、その二本の腕でドラゴンブレスと拮抗するほどの魔力を支えていて。

 轟音が、衝突音が、体を叩く。

 その足が地面に埋まり地盤を砕き。

 その腕の筋肉がブチブチと嫌な音を立てて断裂する。

 だが。その目は決して死なず。その意志は剣と同じく折れない。

 

 彼は叫ぶ。

 

「ファヴニールは我が宿敵。それをもう一度滅ぼせずして──己の神話も乗り越えられずして、何が英雄か!」

 

 己が矜持を。

 

「我が身を此処に導いたものが、邪竜憎しと叫んだ民草の祈りならば!

 我が剣の正義を求めたものが、滅亡に瀕した世界の無念の声ならば!」

 

 己が願いを。

 

「この身砕け果てるまで、その願いに応えることこそ我が責務(やくめ)。無辜の民が、罪なき弱者が脅かされる(これ)な運命に抗うことこそ我が悲願(のぞみ)

 そして!」

 

 己の──ジークフリートの最後の言葉を。

 高く、高く。世界に、己と言う英雄を刻むように。

 

「我が短き今生の(あるじ)よ! 人類最後、世界救済の道を歩みしマスターよ!

 たった一言で良い。汝が命じて(のぞんで)くれるなら──」

 

 それは。

 紅蓮の中。絶望の中。

 それでも折れず、希望を与えるその背中は。

 彼の強さを。

 彼の想いを。

 彼の在り方を、何よりも雄弁に示していた。

 即ち。

 

「──英霊ジークフリート、その未来を斬り拓くひと振りの剣となろう!」

 

 彼が望むは、ただの一言。

 決死の一矢でも、援護の令呪でもない。

 ただ──死地に赴く覚悟、己が命を賭しての偉業。その運命を背負った己の背中を押してくれる、ただの一言で。

 

 迷い、悩み、その果てに──藤丸立香は、叫んだ。

 令呪一画浮かぶその右手を握りしめ──されど令呪ではなく、彼が望んだその命令(ことば)を。

 

「……っ、()()()、ジークフリート──っ!」

「承知した。感謝する、マスター!」

 

 そして。

 その男は、己の宿命と向き合って。

 崩壊寸前の体、絶滅必至の炎、その全てを笑止と一蹴した。

 砕けて構わぬ。焼けて悔いなし。炎が我が背を超えないならば問題はない。

 この身は既にひと振りの刃。世界を救う最期の希望、それを次へと送るための剣。

 

 嗚呼、されど──。

 この身の消滅を惜しむ者が居るというのは、なんと幸福なことだろうか。

 そしてそれ以上に、背を託せる者に己が願望(ねがい)を肯定して貰うというのは──これほどまでに、この剣を握る腕に力を与えてくれるのか!

 

 彼は誓う。(かのじょ)がその背に居る限り、この身は決して負けないのだと。

 炎で赤く染まった世界の中、それを押し返す剣を握りしめ、宣言する。

 

「我がかりそめの命、此処で使わせてもらう!

 邪竜よ、悪いが付き合ってもらうぞ。我が真名・ジークフリートの名に懸けて、汝を二度(にたび)滅ぼさん……!!

 全開だ、幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)──ッ!!」

 

 世界が。

 視界覆う紅蓮が、炎の熱が、竜の声が。

 その全てが、碧い光を前に吹き飛んだ。

 

 その一撃は炎を裂き、(ソラ)へ。

 

「な──」

 

 それは誰の驚愕だったのか。それすら呑み込み、全ては(あお)に。

 

 竜の躰に、ついにジークフリートが放った魔力の奔流が激突した。

 

「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa──!!」

「バカな! この威力は()()()()()()()()()()! まさかあの竜殺し──宝具を同時にふたつ放っているとでもいうの!?」

 

 ジャンヌ・オルタが叫ぶ。だが、もう遅い。

 

 その閃光は鱗を砕き、(ソラ)へ。

 その奔流は肉を断ち、(ソラ)へ。

 その波動は骨を焼き、(ソラ)へ。

 

 その宝具(ひかり)は──竜を滅するため、(ソラ)へ!

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「Gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa──!!」

 

 (あお)が。光が、全てを飲み込む。

 それはまるで──竜と云う名の黒い太陽を討ち落とす、人の願いを束ねた黄昏の光。

 

「さらばだ、ファヴニール──!!」

 

 そして。

 

 遂にその一撃は、ファヴニールを跡形もなく蒸発させた。

 既に地上の何処にも黒竜の姿など無く、後には真っ二つに裂かれた雲を晒す蒼天が残されるのみで。

 

 されど。

 (ソラ)を割り竜を滅した男の姿も、既にこの世の何処にも無かった。

 ただ、金色の魔力の残滓が、風に乗ってどこかへと消えていくのだけが見えた。

 

 ファヴニールは討たれた。

 ジークフリートは、己の役目を果たしたのだ。その全てを尽くして。

 

「……ジークフリート。見事、です」

 

 ジャンヌ・ダルクが小さく悼み。

 彼の勝利と消滅が、世界に深く刻まれた。

 

 即ち──竜殺し、此処に成る。

 

 

 

◆◇◇◆

 

 

 

 その光が(ソラ)まで昇り、その軌道上に居た竜を跡形もなく蒸発させた場面を、彼は見ていた。

 巨大海魔に乗り、脳を魂を萎えさせる音に苦しみながら。しかしその光景を見た事で、彼の──ジル・ド・レェの意識は明瞭になる。

 

「ああ、あああああ!! ジャンヌ!」

「何!? こいつ、僕の演奏を──」

 

 目をぎょろつかせ口から泡を溢しながら、全てを振り払い彼は走った。体裁など不要、海魔も不要。その身は閃光過ぎ去りし地の上、膝を付く黒い鎧の人物の元へ。

 

「嗚呼ジャンヌ! 無事でしたか!」

 

 ジル・ド・レェはジャンヌ・オルタの生存を喜んで……けれど即座に笑顔を消した。それはジャンヌ・オルタの顔にありありと浮かぶ怒りゆえ。

 

「ファヴニールが……クソ、くそっ! どうして、どうしてこうなる!? どうして膝を付いているのが私で、偽物(アイツ)がまだ立っているっ!? 怒りも憎しみも持たぬ愚者たちに、我が最強の竜が破られる!? 何故、どうしてなの、ジル!!」

 

 ジル・ド・レェは一瞬何も言えず……しかし、すぐに彼女を立ち上がらせた。巨大海魔を操り、その上に自分と彼女を乗せる。

 

「ジャンヌ、ここは撤退を。まだ我らの手には聖杯があります、安全さえ確保できれば竜も英霊も代わりを喚ぶことができましょう。さあ、まずは我らが監獄城へ」

「……わかりました」

 

 ジャンヌ・オルタを乗せて、海魔は慌ただしく敗走を始める。

 

「先輩! 竜の魔女ジャンヌ・ダルク、及び敵キャスター逃走します!」

「悪いね、どうやら奴の足止めは、僕じゃ足りなかったらしい!」

「いや、ありがとう! ジャンヌ、奴らを追おう! ジークフリートの犠牲は無駄にしない!」

「はい、マスター!」

 

 背後から追ってくる者たちの声を聴きながら、ジル・ド・レはジャンヌ・オルタを見やる。

 

「(ジャンヌ……)」

 

 戦争は我々の敗北で──カルデアの勝利で終わった。

 だが、まだ全てが終わったわけではない。聖杯がこちら側にある限り、まだ勝負はついていない。寧ろ幾らでも勝機はある。

 だというのに……ジル・ド・レェは何も言えなかった。

 

『どうして膝を付いているのが私で、偽物(アイツ)がまだ立っているっ!? 怒りも憎しみも持たぬ愚者たちに、我が最強の竜が破られる!?』

 

 思い出すは輝かしき記憶。戦場で見た奇跡の光、不可能を可能にした祈りと献身。

 だがそれは、彼女を焼き尽くした炎によって永遠に恨むべき過去へと変わる。

 

 祈りなど無駄な筈だ。それは彼女を救わなかった。

 献身に何の意味がある。そんなものでは民は動かない。

 

 必要なのは怒りだ。憎しみだ。

 世界を焼くそれこそが力であり、自由であり、彼女を救うものなのだ。

 

「(嗚呼。なのに何故、あなたは……)」

 

 それが()()()()()()()()に向けられた思いなのか、彼自身知ることは無く。

 

 戦争は終わり。決着だけが残された。

 ジャンヌ・ダルク。救国の聖女と竜の魔女、どちらが『本物のジャンヌ』なのか。

 その全ては決戦の地、監獄城で決まる。

 

 怒りが国を焼き尽くすのか。

 祈りが再び国を救うのか。

 

 第一特異点最後の戦いが、始まろうとしていた。

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