FGO二次 衛宮士郎みたいな藤丸立香 作:龍川芥/タツガワアクタ
ソレは、竜だった。
先ず、無数の槍が捻じれ合わさって骨になった。
次に、黒い炎が猛り凝縮されて肉となった。
そして最後に……ソレはジャンヌ・オルタの背中から伸びる影と重なり。灰の如き長髪を介して彼女と融合した。融合、といってもどちらかがカタチを失う訳ではない。ただ竜はジャンヌ・オルタの髪と影を通し、彼女から力を貰っているのだ。剥き出しの骨と肉、無計画に撒き散らすだけの怨念に指向性を持たせる『外殻』を形成するために。
つまり──復讐の意思を託し、己を御する権利を与える契約を表す半融合。
そして。ジャンヌ・オルタが纏っていた黒い鎧、増殖・変形したそれを己の
怨念から生まれたもの。
恨みを束ねてできたもの。
復讐を叫び世界を滅ぼす、終焉の火の体現者──名を、邪竜終末舞台装置
其は。
されど世界の破壊者・人理の否定者として充分過ぎる絶滅の
人類の
救いを拒む破滅の意志にして、世界の歪みが生んだ人理修復最大の壁。
藤丸立香は、ソレを見た。
角を生やし半竜と化したジャンヌ・オルタ、その背後にて吼え猛る彼女と融合した恐るべき邪竜。
悪だった。
呪いだった。
怨みだった。
魂を汚すような、ドス黒く燃え盛る邪悪だった。
今まで見た知ったどんな悪も、コレの前では児戯に等しい。
そう本能が理解する。どうしようもなく魂が嫌悪する。
今己の眼前にて燃えるのは──
「……あ、あ──」
それは誰の声だったのか。
マシュの足が震えていた。
ジャンヌの顔が蒼白に染まっていた。
無理もない、だって自分もそうだろうから──そう、恐怖する自分と切り離された冷静な自分が指摘する。それは、パニックから命を救おうとする生存本能が行った思考だったのか。どちらにせよ、震える体は動かない。
「──さて」
悪が。ジャンヌ・オルタが口を開いた。
「世界を救うと
世界が揺れた。黒き灼熱に空気が焦がされ、陽炎のように揺らめいた。漆黒の甲冑を纏いその中から黒い炎を覗かせる竜が、主の言葉に賛同するように蠢く。
「神は間違えた。
この世は、無数の
そんな犠牲なくして成り立たぬ国など……無実の被害者を薪に存続する加害者のための世界など、間違っているに決まっている。故に
誰もが分かっていた。ジャンヌ・オルタは『進化』した、先ほどまでとは比べ物にならないほど強いだろう、と。
誰も言えなかった。彼女の背後に控える竜、アレはファヴニールよりもずっと恐ろしい怪物だろう、と。
ただ、聖堂の中には一つの声のみが響き続ける。
「
──この恨みはらさでおくべきか。復讐するは我にあり!
そんな
万死、拷問火刑に値する大罪だ。故に死ねカルデア。これは神託だ。我が恩讐の火に焼かれ、
そして……旗は向けられる。藤丸立香たち、世界を救おうとする不届き物へ。
其は罰を下す神。逆らえぬ絶対者。
復讐が、邪竜が、鎌首をもたげて襲い来る。
「第一神罰宝具、執行。『
藤丸立香は。マシュ・キリエライトは。ジャンヌ・ダルクは。
全員が。開かれた竜の口を、そこで滾る呪いの炎を一目見た瞬間に理解した。
アレに渦巻くは破滅の意志。何十何百年消えることなく滾り続けた、何千何万を超える
それを向けられるとはどういうことか……それを理解してしまう。
即ち。1秒後、自分たちは鎧も肌も骨も溶かされ、灰すら残らず果てるのだと。
故に。
「──ッ」
約束が。
矜持が。
愛が。
隣に立つ者の存在が、その
「──
「っ、仮想宝具・疑似展開──」
「主よ、どうか奇跡を!!」
藤丸立香の体を赤い外套が包み。
マシュ・キリエライトの持つ盾が光を集め輝き。
ジャンヌ・ダルクの祈りが聖光に祝福され──
「焼きなさい、グランギニョル」
全てを呑む炎が。
万を優に超える怨嗟の怒号が。
サーヴァント1000騎を焼き尽くして尚余りある破壊の魔力が。
たった3人に向かって殺到し。
「
「──お願い、『
「『
三重の護り。
熾天の花。雪花の壁。加護の旗。
滅びを遮らんとする盾が、死の炎と激突し。
「「──!!!」」
拮抗などする筈もない。
黒い炎は、怨嗟の声は、盾など構わず押し進む。
それはきっと、紙の壁で河の激流を堰き止めようとするのと同じこと。三枚重ねようが十枚重ねようが不可能は不可能。そもそも億万の死霊に対してたった三人、勝負すらなっていないのだ。数秒、それが決死の覚悟で作れる猶予の限界。『耐えきる』など論外も論外、それは到達率0%の決して辿り着けない未来だ。
──
だから、彼女は唱えていた。
「── 体は剣で出来ている」
藤丸立香の魔術回路が励起する。否、無かった筈の回路が左腕を中心にして新たに回路が刻まれる。焼けた鉄棒を押し付けられるような痛みが気にならなかったのは、この状況における唯一の救いだった。
「血潮は鉄で、心は硝子」
血を吐くように、続ける。最初から防げないのは分かっていた。心の
「幾たびの戦場を越えて不敗」
炎が迫る。仲間たちの押し殺した悲鳴が、決壊のときが迫る。
「ただ一度の敗走もなく、ただ一度の安堵もない」
そして、体の内側でぎちぎちと剣が鳴る。左腕を全身を引き裂き、未熟者の体から突き出んと剣が
「救い手は未だ独り、借り物の炎で鉄を鍛つ」
絶望の運命。最悪の状況。新たなカードを引くのすら、ズタズタに手を切り裂かれながらという無慈悲な現状。死ぬか、死ぬより苦しい道に飛び込むか。それは『巻き込まれた一般人』にとって、余りにも酷過ぎる選択肢。
でも、それでも。そんな道の前に理不尽にも立たされた少女、藤丸立香は。
「けれど、この約束だけは嘘でなく」
盾が砕け、炎が嗤う。
剣が暴れ、血が舞う。
過酷すぎる運命が、遠すぎる
だが。その目は、意思は、怯えながらも折れることはない。
何故ならば。
「震える体は、それでも──それでもっ、無限の剣で出来ていた!」
そして、世界は白に染まり──。
其処は剣の丘だった。
風が吹き
ただ──遥か頭上、雲の隙間。ひとつ輝く星だけが、歪な夜を照らしていた。
「宝具再現開帳──『
雷雨轟く、剣の世界。
それこそが。
藤丸立香が発動し、味方も敵も引きずり込んだ固有結界の姿だった。
「これは……」
「固有結界……魔術の最奥、心象風景の具現……。つまり、これが先輩の……?」
ジャンヌとマシュが少し混乱したように呟く。
そして。
「……なんですか、コレは」
「■■■■■■■■■■■■■■……」
ジャンヌ・オルタと邪竜グランギニョルが唸る。
「此処はとある英雄の心象風景、無限の剣を内包した世界。
嵐が舞った。
風が叫び、雨が歌う。
その只中で、剣の世界の中心で、藤丸立香は剣を握る。地面に突き立ったそれを、ゆっくりと引き抜いて前に構える。
「竜の魔女。私は、復讐が無条件に悪だとは思わない。酷い目にあって、それで世界を憎むのも、全てを壊したくなるくらい怒るのも、きっと仕方ないことだと思う」
雨が。その血を洗い流す。
藤丸立香の体、内側から突き出た刃に裂かれた傷口から零れる血が、雨に流され土へと消えていく。まるで、力を借りる代金を世界に払うように。
既にぼろぼろの英雄は、その偽物の紛い物は。
それでも、震える手のひらで剣を握った。
「でも。けれど。
それでも……その復讐を私は止める。
あなたの復讐が叶ってしまったら、世界が滅んでしまったら……この『約束』が、守れなくなってしまうから。
だから止める。人理修復の邪魔はさせない」
その手を握らせるものは。心の中で燃える炎は。
『手を、握ってくれませんか』
『──絶対に、助けて見せるから』
藤丸立香を照らす
「……何万人の悲願よりも、優先すべきモノがあると?」
「ああ。コレは
ジャンヌ・オルタの詰問にも、迷うことなく立香は答える。その余りにも真っすぐな瞳は、復讐の代弁者となったジャンヌ・オルタさえ怯ませた。否、
兎に角、問答の時間は出来た。
マシュが雰囲気の違う立香へ、困惑気味の声をかける。
「先輩……?」
「うん。何度も死にかけて、何度も悩んで……でも、やっと辿り着いた。コレが私の答え。少なくとも、今の私が命を懸けれる最高の
そしてジャンヌは……視界の悪い雷雨の闇の中、確かに傷穴から血を流す少女の姿を見て。
「マスター──いえ立香、あなたは……」
「ジャンヌ、『切り札』があるんだよね?
けれど何も言えなかった。覚悟が、表情が、ジャンヌの
そして時間は終わる。問答の隙、対話の余裕は
遠雷、雨の蒸発する音と共に、剣で語る
「──いいでしょう。小雨で程度で消える
「■■■■■■■■■■■■■■──!!!」
雨粒を空中で蒸発させるほど猛る黒炎。風を吹き飛ばす悍ましい咆哮。
それでも、雨に打たれる立香の思考は驚くほど冷静だった。
「(招き入れるさ。支配者が消えた
思考が、誰かのソレをなぞっているような感覚。
普通なら拒むだろうその異常を、冷静な戦術眼が己の内に宿った事実を、藤丸立香は当たり前のように受け入れた。
偽物でも、模倣でも。武器は武器。使えるものは何でも使う。
積み上げて、積み重ねて。遥かな勝利の運命に指先が届くなら。
「(往くぞ──)」
借りるよ、エミヤ/ああ。持っていけ、マスター
──
創造理念、鑑定/疑似霊基、再現。
基本骨子、想定/心象風景、同調。
構成材質、複製/魔術回路、複製。
製作技術、模倣/魂魄起源、模倣。
憑依経験、共感/戦闘記憶、接続。
蓄積年月、再現/仮想宝具、復元。
──
今此処に、藤丸立香は英雄と成った。
無限の剣を
偽物でありながら、本物以上に届くもの。
真名偽称、我が
「悪いけど付き合ってもらうぞ。
――全行程完了、確認。即時攻撃態勢で待機。
――魔力、限界まで装填。固有結界消滅まで残り99秒。
――勝利方法鑑定……捕捉。これより我が肉体、一切が任務遂行の為駆動する。
――起動、
◆◇◇◆
何よりも早く、竜が動いた。
「第一神罰宝具再展開、『
禍々しい
剣が。
飛来した数本の剣が、竜の口内に突き刺さった。
「■■■■■■■■■……ッ!!?」
「な、グランギニョル──!?」
炎が霧散し、竜が体を震わせながら苦しむ。
「死霊を斬った剣。炎を祓った剣。そして、竜殺しの剣。数ある伝説の剣の偽物を、この世界は内包している。その竜の動きと
今しがた剣を操った世界の主──藤丸立香は、武器を手に剣の丘をゆっくりと歩く。
「そんな贋作程度で、グランギニョルを傷つけられるハズが……!!」
動揺するジャンヌ・オルタに、立香は鉄を擦るような、静かに響く声で語る。
「別に驚くことじゃない。これらは確かに偽物だ。だが偽物が本物に敵わないなんて道理は無い。
そして。世界中から怨念を集め際限なく成長する災厄の竜……それもこの世界は否定する。
再度炎を吐こうとした竜の口に、今度は先ほどよりも多い剣が突き刺さり。
「あらかじめ剣を用意している私が、一歩先を行く!」
藤丸立香の背後から、矢のように無数の剣が飛び立った。それらは鉄の雨となって、グランギニョルに向かって降り注ぐ。
「■■■■■■■■■■■──!!!」
首、背中、翼。
己に突き立つ剣の痛みに、苦悶の悲鳴を上げる邪竜。
それと融合しているジャンヌ・オルタは、竜の痛みを共に味わいながら叫んだ。
「おのれ……おのれおのれおのれ!!」
黒い閃光が爆発する。全てを吹き飛ばす
ジャンヌ・オルタが旗を振るうことで生み出された巨大な炎が、剣の雨をまとめて薙ぎ払ったのだ。
「──
ジャンヌ・オルタの周囲に、無数の槍が出現した。竜から抽出した憎悪で形成した、罪人を裁く報復の禍槍。
千を超えるそれらが、空中で呪炎を纏い怨を叫ぶ。
「
黒と赤の槍に対し、青の軌跡を描く白の剣たちが飛来する。
番えられた矢のような槍を撃ち落としていく剣の群れ。だが、
1の砲台で1000を放つのではなく、1000の砲台で1を1000回放つ。合理的だ、その1は此方の命を消し飛ばすのに十分すぎる威力故に。
半分も撃ち落とせないまま、槍の射出は開始された。
「第二神罰宝具、降臨──『
炎の槍、その雨が降り注ぐ。
灼熱の穂先が、藤丸立香目掛けて殺到する。
──
「おおおおおおおおおおおおおお!」
握っていた剣で1撃目を落とし。折れた剣を捨て、墓標をふたつ引き抜いて二本目の剣で2撃目を払う。
剣を操り、飛来させ、手では足りぬ槍を迎撃。
──飛来する無数の炎槍を、無限の剣をもって迎え撃つ!
5本目を回避し、前へ。
33本目を斬り払い、前へ。
82本目を剣で逸らし、前へ。
139本目を双剣で撃ち落とし、前へ──。
ソレはとある聖杯戦争で繰り広げられたかもしれない光景に──藤丸立香に憑依している
無数に連射される攻撃を、常に紙一重で防ぎながら。
特大の力と悪を孕んだ英霊と相対しながら。
本物の呪い、星を焼く炎、その悉くを贋作を以て叩き落としながら。
人間は前へ、前へと血を流す体を推し進める。
その手に、魂に、無限の剣を握りしめて。
「あああああああああああああ!!」
遂に。
槍は尽き、世界には剣だけが残った。
「な──」
ジャンヌ・オルタは目の当たりにする。全身に切り傷を作って血を流し、赤い外套も白い礼装もボロボロになっているのに。
未だ走りを止めない少女。
死なぬ瞳で此方を見据える、剣を持った英雄の姿を。
「あと14秒。届いたぞ──!」
魔術回路に包まれた脚が、赤銅色の土を踏む。
その、英霊のソレと同質となった踏み込み一歩で、少女はジャンヌ・オルタの元へと到達するだろう。
故に。
「舐め、るなあぁ──ッ!!」
ジャンヌ・オルタは咆え、竜から特大の怨念を受け取り炎に換える。
藤丸立香の周囲に呪が流れ。
それが火花を散らし。
怨念を薪に、地獄の炎が具現する。
「
ソレは英雄もどきひとりなど簡単に焼き尽くす
避けようもない広範囲爆破に、藤丸立香は為すすべもなく飲み込まれ──、
「マスター!」
刹那。
そして、闇の中にて輝く光も。
──大爆発。
煉獄の火が世界を壊す。
熱量、範囲、込めた呪い。どれも人間相手には充分過ぎる代物だ。
ジャンヌ・オルタは生意気な英雄もどきの死を確信し。
「──な」
驚愕と共にその目を見開いた。
炎が引いたそこに居たのは、藤丸立香の
「『
ぱきり、と旗が罅割れ、そのまま光の粒と砕け散る。
ジャンヌ・ダルクの宝具『
その
だが、ジャンヌ・ダルクに後悔はない。
何故ならば。
「私を越えて往きなさい──未来に生きる希望の子よ!」
空中に、その姿はあった。
嵐の雲に背を晒し。
輝く星を背負いながら。
その体は、流星となって
星の少女。名を藤丸立香。
剣を手に、希望を背に。
彼女はジャンヌ・オルタ目掛けて落下する。
「覚悟──!!」
その姿に、ジャンヌ・オルタの背筋を怖気が走り抜けた。
何をしても死なない。何をしても折れない。
手で遮ろうが火で遠ざけようが、星の光が消えないように。
自分が何度絶望を叩きつけようと、あの人間の目からは希望が消えない。
「あ、あああああああああああああああああ!!」
それは悲鳴だった。
世界に脅威と認められた女が、人理に悪と定められるほどの復讐鬼が。
たったひとりの
「消えろ、消えろ消えろ消えろ!!」
反射的に槍を生み出し、落下してくる敵に発射する。
子供の抵抗のように放たれたソレは、しかし人の
「
故に藤丸立香は、防御の盾を出そうとして。
ぱき、と。
乾いた音を立てて花弁が砕けた。
一度完全に砕かれたアイアスを展開するのは、もう残った魔力が足りない。
それを理解したところでもう遅い。
「
槍が眼前に迫り。
だが、藤丸立香はソレでは死なない。
何故なら──彼女の『盾』は、投影した贋作宝具だけではないのだから。
「──先輩!!」
大盾が、飛来する死の黒槍を弾く。
マシュ・キリエライトが、藤丸立香の盾となる。
「マシュ!」
「私も一緒です!
「……うん! 行くよ、マシュ──!」
「はい、先輩──!!」
盾で防ぎ。
剣を従え。
そして2人はひとつの
「やあああああああああああ!!」
「
流星は地上へ。
その流星が星屑の如く纏うは、人が積み上げた
「
投影された全17剣、いずれも人理の大傑作。数多の偉業を為し得た剣。
彼方の過去に在りながら、英霊のように今へと来たる真作の影。
例え
そして。
藤丸立香の手の中にもう一振り。稲妻の如き波打つ刀身を持つ短剣が。
「
投影した17剣は全て邪竜グランギニョルへ。
そして今投影している短剣は、ジャンヌ・オルタの
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
吼える。吠える。
届けと咆える!
祈りではなく、願いではなく。
ただ、鋼の決意と覚悟を以て。
伸ばす手は、己の隣にて戦う者のために。
彼女と共にいざ往かん、遥かな運命のその先へ──!!
「やめろ、来るなあッ!!」
「■■■■■■■■■■■──!!」
竜が叫び、絶死の炎を吐き出そうと上を見上げ。
「せああああああああああああああああっ!!」
それを、落下のエネルギー全てを込めたマシュ全霊の大盾が弾き飛ばし。
数本の牙と反撃の手段を失った竜へと、17の光が降り注ぐ。
「穿て──『
炸裂するは伝説の剣。退魔、沈炎、宿業両断――あまねく剣の切れ味とその使い手の技量、その実に平均83%を
「■■■──ッ!!? ■■、■■■■……!!」
この世のものとは思えぬ悲鳴。怨念が炎が霧散していく音。
だが、流星はまだ止まらない。
残った1メートル、ジャンヌ・オルタへと届く最後の距離を瞬く間に詰め。
「う、ああああああっ!!」
彼女が苦し紛れに構えた旗を、
「──はあああああっ!!」
立香は咄嗟に投影した夫婦剣の片割れで、その腕ごと両断し。
「……ぐ、うッ!」
「逃が、すか──!!」
血を流しながら、一歩下がったジャンヌ・オルタに。
地を踏んだその足で瞬時に肉薄、たった今投影が完了した短剣を、その胸目掛け全力で突き出す。
「貫け──」
其は。
其は、とある魔術師が持つ短剣。
稲妻のような刀身を持つ、その短剣の特徴こそ。
あらゆる魔術を無効化し。
あらゆる
其の剣の名は──。
「──
その切っ先は、確かにジャンヌ・オルタの体を捉え──。
気付けば、其処は聖堂だった。
「ぐう、う……ッ!!」
半ばから喪った腕、そして短剣が突き立った胸。その傷から血を流し、ジャンヌ・オルタは苦痛苦悶の呻きを上げる。
「ジャンヌ!!? これは一体……!?」
いつの間にか聖堂へと戻ってきていたジル・ド・レェが彼女へと駆け寄った。だが、ジャンヌ・オルタは彼の方を見もしない。それよりも信じられぬ事が起こっていたからだ。
「そんな、何故──どうしてグランギニョルを操れない!!?」
邪竜グランギニョルは、その炎で出来た体を晒していた。鱗の代わりだった鎧は消え、その炎も所々が大きく食い破られたように削れていて。
「怨念が……集めた怨念が消えていく! 炎にも出来ない、槍にも変えられない! どうして、どうして……っ!!」
固有結界で怨念の供給を断たれ。幾度の攻撃で少なくない魔力を使い。そして最後は無限の剣によってトドメを刺された復讐の邪竜には、もう己の体を保つための
そして
「■■、■■■……」
最後に悲しげな呻き一つを上げて、邪竜終末舞台装置は消滅した。
ジャンヌ・オルタの額にあった角が、ぱきりと砕けて消える。それは彼女が、世界を滅ぼす
ジャンヌ・オルタは繋がっている方の腕で角を失った額を抑え、憤怒の衝動に身を任せて叫び散らす。
「……よくも、よくもやってくれたわね!! 我が最高の復讐兵器を! 我が同胞、無念の
彼女は三人の敵を見た。恨みをはらすべき仇を睨んだ。
傷だらけの藤丸立香。
その傍に立つマシュ・キリエライト。
「死にぞこない共が、全員まとめて此処で死ね! 魔力も宝具も失った残り
「……状況は不明なれど、力添え致しますジャンヌ。アレらを惨たらしく殺せばいいのですね?」
事実、有利なのはジャンヌ・オルタとジル・ド・レェの方だった。
ジャンヌ・オルタはパワーアップと片腕を失ったものの、まだ戦う魔力も宝具も残している。ジル・ド・レェも無傷では無いけれど健在だ。
対してカルデア側は限界だ。
藤丸立香はもうマスター用の魔力も戦闘用の外付け魔力も使い切った。マシュも肩で息をしており、宝具を使える状態どころかまともに戦える状態ですらない。そしてジャンヌは、先の戦闘で旗を失っていて──。
「いいえ。終わりです竜の魔女。あなたの
剣が光る。
ジャンヌ・ダルクが剣を抜いていた。
柄を握るのではなく、刃の部分を祈るように握って。
「感謝しますマスター、マシュさん。あなた方は見事奇跡を成し遂げた。故に──これよりは私の使命です。どうか、見届けて下さい」
剣を握る手のひらから血が落ちる。
その光景に困惑するのは敵である2人。
「おまえは、何を……」
「"これ"を知らぬのですね竜の魔女。やはりあなたは私では無かった。けれど、あなたが『ジャンヌ・ダルク』を名乗り、我が祖国フランスに、そしてわが友らに刃を向けるなら──それは私の宿命なのでしょう。故に、私は剣を抜く。この身砕けども、生前主より授かった……そして、今生で友と共に見つけた役割を果たす」
そして。
厳かに、粛々と。誰にも邪魔できぬほどに清廉と、その
「諸天は主の栄光に。大空は御手の業に。
昼は言葉を伝え、夜は知識を告げる。
我が心は我が内側で熱し、思い続けるほどに燃ゆる。
我が終わりは此処に。我が命数を此処に。我が命の儚さを此処に。
残された唯一つの物を以て、彼女らの歩みを守らせ給え」
その言葉に──。
藤丸立香は彼方の星を見上げるように。
マシュ・キリエライトは思わず込み上げた熱に胸を抑えて。
ジャンヌ・オルタはただ茫然とし。
そして、ジル・ド・レェは思わず手を伸ばす。
「ああジャンヌ、そんな、莫迦な……それは──!!!」
そして、最後の一節は。
聖女の祈りと共に唱えられる。
「主よ、この身を委ねます──」
第二宝具、開帳。
紅蓮が。
聖光を纏い、不浄を祓う
ジャンヌ・ダルクを中心として燃え上がる。
燃える。燃える。
祈りが
照らす。照らす。
覚悟が
其はジャンヌ・ダルクの最期、彼女を焼いた火刑を由来とする宝具。
己の身命の一切を薪とし、彼女が定めた『討ち破るべきもの』を打ち砕く終わりの炎。
それは。己の
「あ、ああ──!!」
それはジャンヌ・オルタの悲鳴だった。
それはジル・ド・レェの慟哭だった。
燃える。燃える。
炎が、聖女を薪に高く燃えて。
「『
真名解放と共に放たれた紅蓮が、ジャンヌ・オルタを包み込む。
「ああ、ぐあああああああああああああああああああ!!?」
「ジャンヌッ!!」
燃える。燃える。
炎が
焼ける。焼ける。
炎が
「熱い、熱い熱い熱い……!! ジル、助けてジル!!!」
「そんな、ジャンヌジャンヌジャンヌゥ!!」
ジル・ド・レェが啼きながら伸ばした手は、炎に阻まれ届かない。伸ばした指が灰と化し、その激痛に、救いを拒絶する火に、彼は思わず手を引いてしまう。
それで、運命は決まってしまった。
「ああ、痛い熱い苦しい……! イヤ、いや嫌厭!! ああああああああああ!!」
悲痛なる絶叫を迸らせながら、恐ろしい炎の痛みに全身を焼かれながら。
ジャンヌ・オルタは生前の火刑の光景を思い出す。
燃える。燃える。
奇跡など起こらず火は燃える。
焼ける。焼ける。
祈りも願いも灰になっていく。
金の髪が。白い肌が。
獄中で汚れたそれが、燃えていく。
肉が、骨が、内臓が。
「(あれ、どうして──)」
ジャンヌ・オルタは薄れゆく意識の中で、ふと思った。
走馬灯が最期に見せるのはやはり復讐の根源、『ジャンヌ・ダルク』が火刑に死するあの瞬間。
なのに、どうして。
「(どうして、『私』が見えるの──?)」
視界の先で燃えていたのは、『私』が敬愛するジャンヌ。
炎に焼かれる痛みではなく、喪失の怒りで視界が赤く染まる。
でも、じゃあ、それならば。
「(この怒りは誰のもの? この復讐の持ち主は、『私』は、誰──?)」
そして。
その問いの答えが、彼女に訪れることはなく。
肌は焦げ。骨は灼け。霊核は完膚なきまでに砕かれて。
竜の魔女ジャンヌ・オルタは……ジャンヌ・ダルクと共に消滅した。
◆◇◇◆
燃える、燃える。
炎の中で、ジャンヌ・ダルクは揺蕩うように目を閉じる。
既に己が身に定めた使命は果たした。後は薪を焦がしつくした火がそうなるように、うたかたの夢のように消えるだけ。
それが
消滅の間際、かつての死と今の己が重なった。
燃える。燃える。
ジャンヌ・ダルクは――私は燃える。
火刑に処されて焼けていく。
異端と蔑まれて死んでいく。
痛みはあった。恐怖もあった。悲しみも、寂しさも苦しさもあった。
人間ゆえの感情は、先がないという絶望は、確かに私の身を蝕んで。
けれど……ジャンヌ・ダルクという女は、恨みだけは抱かなかった。
なぜならば、彼女はこと
日常でも戦場でも得られなかった答え。主が声を授けてまで私に望んだ役割。
それをはっきりと、死ぬ間際の脳が理解する。
――私は『薪』だったのだ。
消えかけの火を継ぐもの。己が身を焼き尽くし、その炎で未来を照らす薪。
世界のために死ななければならない命。
己を燃やす炎から逃れてはいけない者。
それは、なんて――。
そう、ジャンヌ・ダルクは息を吐いた。
それが本音だったのか、それともただの強がりだったのか。1秒先も無い身では分からなかったけれど……それでも、『それでいい』と思えたのは事実だと思う。
焚火のように
不運不幸にも消えかけてしまっていた光。
私が継いだその消えかけの火は、この身を
新たな人々の営みを温め。
復興した国の未来を照らす。
……聖女として戦場を駆けたジャンヌ・ダルクは、決して神などでは無かった。命を沢山奪われて、また沢山取りこぼして。そしてより沢山を奪って来た。それが戦争なのだとしても、その罪は紛れもない事実。
故にこそ。
この身が希望を継ぐ薪となり、新たな幸福と安寧を紡げるならば――それはきっと、私と彼らの戦いが『間違いなんかでは無かった』という確かな証で。
間違いじゃない。
愛する国の為戦ったことは。
主を信じ友を信じ選んだ道は。
この命も、そしてそれを教えてくれたこの
決して、間違いなんかじゃない――。
その事実が、私には全てに報いてくれる幸せだったのだ。
ああ、我が身を焼く火よ。
燃えろ、燃えろ。もっと大きくもっと高く。
少しでも多くを温めるように。
焼けろ、焼けろ。もっと明るくもっと長く。
遥か先まで照らせるように。
――そんなかつての願いに、今は重ねる思いがひとつ。
燃えろ、燃えろ。
どうか我が身を焼く炎が……我が友の遥かなる旅路を、少しでも正しく遠くまで導けますように。不運を祓い幸運を運ぶ聖火となってくれますように。
死の間際、だったからだろうか。
いや、いつだって関係ない。
そんな願いを抱いたとき、私が祈るのはいつだって。
——主よ、この身を委ねます――。
私という薪が、この身を焼く火が、出来るだけ多くを遠くを救えますように。
ええ主よ、きっとこれは叶いますよね。
疑いはなく。恐れもない。
だって、あの時あの瞬間。私はあなたに全てを戴いたのですから――。
◆◇◇◆
からん、と。
炎が、2人のジャンヌが消えた聖堂内に、金色の杯が力なく落ちる。
その杯を──万能の願望機たる『聖杯』を、ジル・ド・レェはゆっくりと拾い上げた。
「ジャンヌ……」
それを見て、藤丸立香は全てを理解した。
「……聖杯。黒いジャンヌは、聖杯そのものだったのか」
その問いに、ジル・ド・レェは静かに微笑む。それは肯定の笑みだった。
「ジャンヌは。本物のジャンヌは、凄い
……でも。彼女の傍には、それを受け入れられない人が居たんだね」
立香は語る。何の計算も何の思考も無く……ただ、己の中に宿った悲しい風に導かれるままに。
「フランスを焼く、復讐の聖女。それはジル・ド・レェ、あなたが『そうあってくれ』と聖杯に願ったもうひとりのジャンヌ・ダルク。
ジャンヌ・オルタはジャンヌ・ダルクの記憶を持っていなかった。それはジル・ド・レェが戦場のジャンヌしか知らないから。
ジャンヌ・オルタはジャンヌ・ダルクの第二宝具を有さなかった。それはジル・ド・レェが彼女の火刑を認めていないから。
ジャンヌ・オルタの最期の言葉……『助けて、ジル』。アレはきっと、ジル・ド・レェが抱え続けた後悔の具現。助けられなかった無念、救いを懇願して欲しかった願望……それがないまぜになった、ジル・ド・レェが見たジャンヌ・オルタの最期。
なんて……なんて悲しいユメなのだろう。
彼は願ったのだ。『ジャンヌ・ダルクを蘇らせてくれ』ではなく。『ジャンヌ・ダルクに正当な評価を与えろ』でもなく。
例え偽物だったとしても。本物がそんなことを望まなくとも……否、きっと望んでいるハズだから。『ジャンヌ・ダルクを裏切った世界を、彼女自身の手で断罪させろ』と。
世界一個と天秤にかけても、彼の中でジャンヌ・ダルクの存在は重く。
世界一個を焼くほどに、愛するものを裏切られ奪われたその絶望は大きかった。
「……ええ、その通りです。そして私はまだ諦めていない。否、何が起ころうと諦めることはない。
聖杯は未だ我が手にある。これがある限り、ジャンヌの蘇生は叶います。
さあ、構えなさいカルデアの娘らよ。これが最後の戦いです。あなた方は特異点修復のために聖杯を確保したい。しかし、私はあなた方に聖杯を奪われたくない」
「……ジル・ド・レェ、あなたの願いは許容できない。例えその根幹が愛だとしても。こっちにも譲れない約束がある」
そして。
譲れぬ思いは争いを生む。
「それ故に──私はあなた方を殺す」
「それ故に──私はあなたの夢を壊す」
両者、聖堂内でそう宣言し。
足を引きずるように、折れた剣を尚も振るうように。
1つ前の戦いとは比べ物にならないほど無様で、ちっぽけで。
けれど決して負けられない……第一特異点、最後の戦いが始まった。