FGO二次 衛宮士郎みたいな藤丸立香   作:龍川芥/タツガワアクタ

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11.聖女の祈り、魔女の夢(下)

 

 

 ソレは、竜だった。

 先ず、無数の槍が捻じれ合わさって骨になった。

 次に、黒い炎が猛り凝縮されて肉となった。

 そして最後に……ソレはジャンヌ・オルタの背中から伸びる影と重なり。灰の如き長髪を介して彼女と融合した。融合、といってもどちらかがカタチを失う訳ではない。ただ竜はジャンヌ・オルタの髪と影を通し、彼女から力を貰っているのだ。剥き出しの骨と肉、無計画に撒き散らすだけの怨念に指向性を持たせる『外殻』を形成するために。

 つまり──復讐の意思を託し、己を御する権利を与える契約を表す半融合。

 そして。ジャンヌ・オルタが纏っていた黒い鎧、増殖・変形したそれを己の甲殻(うろこ)として、ソレは遂に竜としてカタチを為した。

 

 怨念から生まれたもの。

 恨みを束ねてできたもの。

 復讐を叫び世界を滅ぼす、終焉の火の体現者──名を、邪竜終末舞台装置獣のグランギニョル(グランギニョル・ベート)

 

 其は。

 巨角(ツノ)を掲げ咆える其の大悪は。

 人類悪(けもの)ではなく、ソレには成れず。

 されど世界の破壊者・人理の否定者として充分過ぎる絶滅の人理悪(りゅう)

 人類の存在(いま)ではなく、その歴史(これまで)を認めぬモノ。

 救いを拒む破滅の意志にして、世界の歪みが生んだ人理修復最大の壁。

 

 

 

∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨

 

 

人理悪、咆哮

 

 

∧∧∧∧∧∧∧∧∧∧∧∧∧∧∧∧∧∧∧∧∧

 

Fatal Battle

-wave 8/9-

 

顕現:ビースト/マイナスI

『復讐』

 

神罰の竜魔女ジャンヌ・ダルク

邪竜終末舞台装置グランギニョル・ベート

 

 

 

 藤丸立香は、ソレを見た。

 角を生やし半竜と化したジャンヌ・オルタ、その背後にて吼え猛る彼女と融合した恐るべき邪竜。

 

 悪だった。

 呪いだった。

 怨みだった。

 魂を汚すような、ドス黒く燃え盛る邪悪だった。

 

 今まで見た知ったどんな悪も、コレの前では児戯に等しい。

 そう本能が理解する。どうしようもなく魂が嫌悪する。

 今己の眼前にて燃えるのは──()()()()()()()()()()()、世界の終焉(おわり)そのものだ、と。

 

「……あ、あ──」

 

 それは誰の声だったのか。

 マシュの足が震えていた。

 ジャンヌの顔が蒼白に染まっていた。

 無理もない、だって自分もそうだろうから──そう、恐怖する自分と切り離された冷静な自分が指摘する。それは、パニックから命を救おうとする生存本能が行った思考だったのか。どちらにせよ、震える体は動かない。

 

「──さて」

 

 悪が。ジャンヌ・オルタが口を開いた。(うた)うような、(いきどお)るような声だった。

 

「世界を救うと(わめ)く者らよ。我等(わたし)はオマエたちを赦さない」

 

 世界が揺れた。黒き灼熱に空気が焦がされ、陽炎のように揺らめいた。漆黒の甲冑を纏いその中から黒い炎を覗かせる竜が、主の言葉に賛同するように蠢く。

 

「神は間違えた。創世(そうせい)を失敗した。

 この世は、無数の(しかばね)を編み込んで出来ている。裏切り、保身、我欲、結託、無知、気まぐれ……それらに殺され異端と罵られ、声を上げることも出来ず『間違い』にされ死んでいった無実の者たち。その物言わぬ屍が、死という(くつわ)を嵌められた亡者たちが、この世の『土台』にされている。増えすぎた幸福、罪人たちの仮初(かりそめ)の平和を維持するために……だが、その不当なる犠牲にされた我々には、声を上げる事すら赦されない。ただ声なき土台であれと、ただ加害者とその子孫の暮らしを支えろと、己の復讐(ねがい)ひとつ果たせず煉獄に閉じ込められている。

 そんな犠牲なくして成り立たぬ国など……無実の被害者を薪に存続する加害者のための世界など、間違っているに決まっている。故に我等(わたし)は叫ぶのだ。この世の全てを、怠惰な神に代わって燃やし尽くすと」

 

 誰もが分かっていた。ジャンヌ・オルタは『進化』した、先ほどまでとは比べ物にならないほど強いだろう、と。

 誰も言えなかった。彼女の背後に控える竜、アレはファヴニールよりもずっと恐ろしい怪物だろう、と。

 ただ、聖堂の中には一つの声のみが響き続ける。

 

我等(わたし)は無実だ。それなのに罪人(オマエたち)に火刑にされた。間違っている世界の薪にくべられた。

 ──この恨みはらさでおくべきか。復讐するは我にあり!

 そんな我等(わたし)復讐(せいぎ)を、オマエたちは否定した。罪に汚れた口で、怨みにも気付かぬ体で、恥知らずにも『世界を救う』などと(のたま)った。

 万死、拷問火刑に値する大罪だ。故に死ねカルデア。これは神託だ。我が恩讐の火に焼かれ、我等(わたし)の痛みの一片でも味わうがいい」

 

 そして……旗は向けられる。藤丸立香たち、世界を救おうとする不届き物へ。

 

 其は罰を下す神。逆らえぬ絶対者。

 復讐が、邪竜が、鎌首をもたげて襲い来る。

 

「第一神罰宝具、執行。復讐の時はきた、其は罪を灼く怒り(エンファー・デ・リトン・ディフ)

 

 藤丸立香は。マシュ・キリエライトは。ジャンヌ・ダルクは。

 全員が。開かれた竜の口を、そこで滾る呪いの炎を一目見た瞬間に理解した。

 アレに渦巻くは破滅の意志。何十何百年消えることなく滾り続けた、何千何万を超える死者(ひがいしゃ)たちの呪いの群れ。加害者を、生者を、世界を赦さぬ炎の軍勢。人理の端に消えた生贄たちの怨念、それを魔力変換し炎と変えたもの。サーヴァントすら蝕む呪いの炎……それを数万数億倍に増幅・濃縮・昇華した()()()()

 それを向けられるとはどういうことか……それを理解してしまう。

 即ち。1秒後、自分たちは鎧も肌も骨も溶かされ、灰すら残らず果てるのだと。

 故に。

 

「──ッ」

 

 約束が。

 矜持が。

 愛が。

 

 隣に立つ者の存在が、その運命(バッドエンド)を否定させた。

 

「──顕現せよ(オーダー)偽・英霊召喚(コール:アーチャー)ッ!!」

「っ、仮想宝具・疑似展開──」

「主よ、どうか奇跡を!!」

 

 藤丸立香の体を赤い外套が包み。

 マシュ・キリエライトの持つ盾が光を集め輝き。

 ジャンヌ・ダルクの祈りが聖光に祝福され──

 

「焼きなさい、グランギニョル」

 

 全てを呑む炎が。

 万を優に超える怨嗟の怒号が。

 サーヴァント1000騎を焼き尽くして尚余りある破壊の魔力が。

 たった3人に向かって殺到し。

 

投影再現/熾天覆う■つの円環(フルトレース:ロー・アイアス)ッ!!」

「──お願い、人理の礎(ロード・カルデアス)!!」

我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)──!!」

 

 三重の護り。

 熾天の花。雪花の壁。加護の旗。

 滅びを遮らんとする盾が、死の炎と激突し。

 

「「──!!!」」

 

 拮抗などする筈もない。

 黒い炎は、怨嗟の声は、盾など構わず押し進む。

 それはきっと、紙の壁で河の激流を堰き止めようとするのと同じこと。三枚重ねようが十枚重ねようが不可能は不可能。そもそも億万の死霊に対してたった三人、勝負すらなっていないのだ。数秒、それが決死の覚悟で作れる猶予の限界。『耐えきる』など論外も論外、それは到達率0%の決して辿り着けない未来だ。

 

 ──()()()

 

 だから、彼女は唱えていた。

 

── 体は剣で出来ている

 

 藤丸立香の魔術回路が励起する。否、無かった筈の回路が左腕を中心にして新たに回路が刻まれる。焼けた鉄棒を押し付けられるような痛みが気にならなかったのは、この状況における唯一の救いだった。

 

血潮は鉄で、心は硝子

 

 血を吐くように、続ける。最初から防げないのは分かっていた。心の内側(なか)の英雄が教えてくれた。だから()()に賭けるしかなかった。例えどんな代償があろうとも……『約束』を叶えるためならば、(おわり)に抗うより他にない。

 

幾たびの戦場を越えて不敗

 

 炎が迫る。仲間たちの押し殺した悲鳴が、決壊のときが迫る。

 

ただ一度の敗走もなく、ただ一度の安堵もない

 

 そして、体の内側でぎちぎちと剣が鳴る。左腕を全身を引き裂き、未熟者の体から突き出んと剣が(わめ)く。

 

救い手は未だ独り、借り物の炎で鉄を鍛つ

 

 絶望の運命。最悪の状況。新たなカードを引くのすら、ズタズタに手を切り裂かれながらという無慈悲な現状。死ぬか、死ぬより苦しい道に飛び込むか。それは『巻き込まれた一般人』にとって、余りにも酷過ぎる選択肢。

 でも、それでも。そんな道の前に理不尽にも立たされた少女、藤丸立香は。

 

けれど、この約束だけは嘘でなく

 

 ()()()()()()()──と心で咆えた。

 盾が砕け、炎が嗤う。

 剣が暴れ、血が舞う。

 過酷すぎる運命が、遠すぎる勝利(ゴール)が、幾度も心に焼き付いて。

 だが。その目は、意思は、怯えながらも折れることはない。

 何故ならば。

 

震える体は、それでも──それでもっ、無限の剣で出来ていた!

 

 そして、世界は白に染まり──。

 

 

 

 

 

 

 其処は剣の丘だった。

 

 赤銅(しゃくどう)色の土の上、無数に突き立つ剣の墓標。

 鈍色(にびいろ)の空は雲に覆われ、時折雷霆(らいてい)が頭上で唸る。

 風が吹き(すさ)び、欠けた歯車を嵐が濡らし。

 ただ──遥か頭上、雲の隙間。ひとつ輝く星だけが、歪な夜を照らしていた。

 

「宝具再現開帳──抑止顕現/無限の剣製(アンリミテッドブレードワークス)

 

 雷雨轟く、剣の世界。

 それこそが。

 藤丸立香が発動し、味方も敵も引きずり込んだ固有結界の姿だった。

 

「これは……」

「固有結界……魔術の最奥、心象風景の具現……。つまり、これが先輩の……?」

 

 ジャンヌとマシュが少し混乱したように呟く。

 そして。

 

「……なんですか、コレは」

「■■■■■■■■■■■■■■……」

 

 ジャンヌ・オルタと邪竜グランギニョルが唸る。

 

「此処はとある英雄の心象風景、無限の剣を内包した世界。(わたし)は"彼"からその力を借り受けた。悪を退ける抑止の力……世界を救うための(ちから)を」

 

 嵐が舞った。

 風が叫び、雨が歌う。

 その只中で、剣の世界の中心で、藤丸立香は剣を握る。地面に突き立ったそれを、ゆっくりと引き抜いて前に構える。

 

「竜の魔女。私は、復讐が無条件に悪だとは思わない。酷い目にあって、それで世界を憎むのも、全てを壊したくなるくらい怒るのも、きっと仕方ないことだと思う」

 

 雨が。その血を洗い流す。

 藤丸立香の体、内側から突き出た刃に裂かれた傷口から零れる血が、雨に流され土へと消えていく。まるで、力を借りる代金を世界に払うように。

 既にぼろぼろの英雄は、その偽物の紛い物は。

 それでも、震える手のひらで剣を握った。

 

「でも。けれど。

 それでも……その復讐を私は止める。

 罪なき者(あなたたち)まで罪を犯してほしくないだとか。次の復讐者(あなたたち)を産まないためにとか。そんな綺麗事、私にはちょっと言えないけれど。

 あなたの復讐が叶ってしまったら、世界が滅んでしまったら……この『約束』が、守れなくなってしまうから。

 だから止める。人理修復の邪魔はさせない」

 

 その手を握らせるものは。心の中で燃える炎は。

 

『手を、握ってくれませんか』

『──絶対に、助けて見せるから』

 

 藤丸立香を照らす(ひかり)は、彼女とのたったひとつの約束だから。

 

「……何万人の悲願よりも、優先すべきモノがあると?」

「ああ。コレは(わたし)にとって()()()()()()()()()()だ」

 

 ジャンヌ・オルタの詰問にも、迷うことなく立香は答える。その余りにも真っすぐな瞳は、復讐の代弁者となったジャンヌ・オルタさえ怯ませた。否、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 兎に角、問答の時間は出来た。

 マシュが雰囲気の違う立香へ、困惑気味の声をかける。

 

「先輩……?」

「うん。何度も死にかけて、何度も悩んで……でも、やっと辿り着いた。コレが私の答え。少なくとも、今の私が命を懸けれる最高の理想(ユメ)

 

 そしてジャンヌは……視界の悪い雷雨の闇の中、確かに傷穴から血を流す少女の姿を見て。

 

「マスター──いえ立香、あなたは……」

「ジャンヌ、『切り札』があるんだよね? (わたし)が隙を作る、その後は頼むよ」

 

 けれど何も言えなかった。覚悟が、表情が、ジャンヌの心配(ことば)を遮った。

 そして時間は終わる。問答の隙、対話の余裕は(ほむら)に消え。

 遠雷、雨の蒸発する音と共に、剣で語る(とき)が訪れる。

 

「──いいでしょう。小雨で程度で消える我等(わたし)(いかり)ではない。グランギニョルまで招き入れてしまった事、後悔しながら燃え焦げろ!!」

「■■■■■■■■■■■■■■──!!!」

 

 雨粒を空中で蒸発させるほど猛る黒炎。風を吹き飛ばす悍ましい咆哮。

 それでも、雨に打たれる立香の思考は驚くほど冷静だった。

 

「(招き入れるさ。支配者が消えた邪竜(グランギニョル)が暴走・爆発すればフランスは滅ぶ。そんな力を持つ竜の魔女は、自分を巻き込まないレベルの力しか使わせられない。融合している現状(いま)だけに、ほんの少し付け入る隙がある)」

 

 思考が、誰かのソレをなぞっているような感覚。

 普通なら拒むだろうその異常を、冷静な戦術眼が己の内に宿った事実を、藤丸立香は当たり前のように受け入れた。

 偽物でも、模倣でも。武器は武器。使えるものは何でも使う。

 積み上げて、積み重ねて。遥かな勝利の運命に指先が届くなら。

 

「(往くぞ──)」

 

 借りるよ、エミヤ/ああ。持っていけ、マスター

 

 ──投影、開始(トレース・オン)/抑止、顕現(エクストラオーダー)

 創造理念、鑑定/疑似霊基、再現。

 基本骨子、想定/心象風景、同調。

 構成材質、複製/魔術回路、複製。

 製作技術、模倣/魂魄起源、模倣。

 憑依経験、共感/戦闘記憶、接続。

 蓄積年月、再現/仮想宝具、復元。

 ──投影、完了(トレース・オフ)/憑依、完成(オーダー・コンプリート)

 

 今此処に、藤丸立香は英雄と成った。

 贋作者(フェイカー)。紛い物。正義の味方。錬鉄の英雄。

 無限の剣を投影する(つくる)もの。

 偽物でありながら、本物以上に届くもの。

 真名偽称、我が真名(かりのな)──エミヤシロウに相違無し!

 

「悪いけど付き合ってもらうぞ。(わたし)(いのち)が尽きるまで……!」

 

 ――全行程完了、確認。即時攻撃態勢で待機。

 

 ――魔力、限界まで装填。固有結界消滅まで残り99秒。

 

 ――勝利方法鑑定……捕捉。これより我が肉体、一切が任務遂行の為駆動する。

 

 

 

 ――起動、投影、開始(トレース・オン)

 

 

 

 ◆◇◇◆

 

 

 

 何よりも早く、竜が動いた。

 

「第一神罰宝具再展開、復讐の時はきた、其は(エンファー・デ・リトン)──」

 

 禍々しい(あぎと)が開き、漆黒の灼炎が渦巻いて──、

 

 剣が。

 

 飛来した数本の剣が、竜の口内に突き刺さった。

 

「■■■■■■■■■……ッ!!?」

「な、グランギニョル──!?」

 

 炎が霧散し、竜が体を震わせながら苦しむ。

 

「死霊を斬った剣。炎を祓った剣。そして、竜殺しの剣。数ある伝説の剣の偽物を、この世界は内包している。その竜の動きと()()()()()()()()では、此方の方が一瞬速い」

 

 今しがた剣を操った世界の主──藤丸立香は、武器を手に剣の丘をゆっくりと歩く。

 

「そんな贋作程度で、グランギニョルを傷つけられるハズが……!!」

 

 動揺するジャンヌ・オルタに、立香は鉄を擦るような、静かに響く声で語る。

 

「別に驚くことじゃない。これらは確かに偽物だ。だが偽物が本物に敵わないなんて道理は無い。

 そして。世界中から怨念を集め際限なく成長する災厄の竜……それもこの世界は否定する。()()の何処を探そうと、おまえが集められる怨念は無い。此処にあるのは無限の剣、(えさ)を失った鈍間(のろま)な竜を穿つ刃の群れのみ。つまり、この世界では──」

 

 再度炎を吐こうとした竜の口に、今度は先ほどよりも多い剣が突き刺さり。

 

「あらかじめ剣を用意している私が、一歩先を行く!」

 

 藤丸立香の背後から、矢のように無数の剣が飛び立った。それらは鉄の雨となって、グランギニョルに向かって降り注ぐ。

 

「■■■■■■■■■■■──!!!」

 

 首、背中、翼。

 己に突き立つ剣の痛みに、苦悶の悲鳴を上げる邪竜。

 それと融合しているジャンヌ・オルタは、竜の痛みを共に味わいながら叫んだ。

 

「おのれ……おのれおのれおのれ!!」

 

 黒い閃光が爆発する。全てを吹き飛ばす(ひかり)と音。

 ジャンヌ・オルタが旗を振るうことで生み出された巨大な炎が、剣の雨をまとめて薙ぎ払ったのだ。

 

「──我等(わたし)に本気を出させたな、人間!!」

 

 ジャンヌ・オルタの周囲に、無数の槍が出現した。竜から抽出した憎悪で形成した、罪人を裁く報復の禍槍。

 千を超えるそれらが、空中で呪炎を纏い怨を叫ぶ。

 

(いか)る荒ぶる耐えられぬ! この恥辱、苛立ち、沸く憤怒──我が紅蓮の復讐心、その頭蓋を砕いて余りあるぞ!」

 

 黒と赤の槍に対し、青の軌跡を描く白の剣たちが飛来する。

 番えられた矢のような槍を撃ち落としていく剣の群れ。だが、砲門(やり)の数はそれよりも多い。

 1の砲台で1000を放つのではなく、1000の砲台で1を1000回放つ。合理的だ、その1は此方の命を消し飛ばすのに十分すぎる威力故に。

 半分も撃ち落とせないまま、槍の射出は開始された。

 

「第二神罰宝具、降臨──報復の時はきた、其は罪を穿つ呪い(エンファー・デュ・サン・ゼィグリース)!!」

 

 炎の槍、その雨が降り注ぐ。

 灼熱の穂先が、藤丸立香目掛けて殺到する。

 

 ──全行程投影(トレース・オン)全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)

 

「おおおおおおおおおおおおおお!」

 

 握っていた剣で1撃目を落とし。折れた剣を捨て、墓標をふたつ引き抜いて二本目の剣で2撃目を払う。

 剣を操り、飛来させ、手では足りぬ槍を迎撃。

 

 ──飛来する無数の炎槍を、無限の剣をもって迎え撃つ!

 

 5本目を回避し、前へ。

 33本目を斬り払い、前へ。

 82本目を剣で逸らし、前へ。

 139本目を双剣で撃ち落とし、前へ──。

 

 ソレはとある聖杯戦争で繰り広げられたかもしれない光景に──藤丸立香に憑依している英雄(しょうねん)が、とある王に挑んだときの光景に酷似していた。

 

 無数に連射される攻撃を、常に紙一重で防ぎながら。

 特大の力と悪を孕んだ英霊と相対しながら。

 本物の呪い、星を焼く炎、その悉くを贋作を以て叩き落としながら。

 人間は前へ、前へと血を流す体を推し進める。

 その手に、魂に、無限の剣を握りしめて。

 

「あああああああああああああ!!」

 

 遂に。

 槍は尽き、世界には剣だけが残った。

 

「な──」

 

 ジャンヌ・オルタは目の当たりにする。全身に切り傷を作って血を流し、赤い外套も白い礼装もボロボロになっているのに。

 

 未だ走りを止めない少女。

 死なぬ瞳で此方を見据える、剣を持った英雄の姿を。

 

「あと14秒。届いたぞ──!」

 

 魔術回路に包まれた脚が、赤銅色の土を踏む。

 その、英霊のソレと同質となった踏み込み一歩で、少女はジャンヌ・オルタの元へと到達するだろう。

 故に。

 

「舐め、るなあぁ──ッ!!」

 

 ジャンヌ・オルタは咆え、竜から特大の怨念を受け取り炎に換える。

 藤丸立香の周囲に呪が流れ。

 それが火花を散らし。

 怨念を薪に、地獄の炎が具現する。

 

煉獄呪炎(プルガトリオフランメ)範囲・威力最大解放(リベレーション・マキシマール)──!」

 

 ソレは英雄もどきひとりなど簡単に焼き尽くす終焉(ソドム)の火。

 避けようもない広範囲爆破に、藤丸立香は為すすべもなく飲み込まれ──、

 

「マスター!」

 

 刹那。

 聖女(だれか)の声が、聴こえた気がした。

 そして、闇の中にて輝く光も。

 

 ──大爆発。

 

 煉獄の火が世界を壊す。

 熱量、範囲、込めた呪い。どれも人間相手には充分過ぎる代物だ。

 ジャンヌ・オルタは生意気な英雄もどきの死を確信し。

 

「──な」

 

 驚愕と共にその目を見開いた。

 炎が引いたそこに居たのは、藤丸立香の遺灰(むくろ)ではなく──旗を支えに膝を付く、ボロボロになった聖女の姿。

 

我が神は、ここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)……主よ、感謝、します。()()()()()、間に合いました……っ!」

 

 ぱきり、と旗が罅割れ、そのまま光の粒と砕け散る。

 ジャンヌ・ダルクの宝具『我が神は、ここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)』は特級の結界宝具。戦場にて旗を掲げ戦士を鼓舞した聖女の在り方が昇華されたそれは、攻撃を放棄することで味方を守護、あらゆるダメージを御旗が肩代わりする。

 その宝具(はた)が、役目を終えて砕け散った。竜の息吹から地獄の炎まで、あらゆる攻撃を防いだ代償である。

 だが、ジャンヌ・ダルクに後悔はない。

 何故ならば。

 

「私を越えて往きなさい──未来に生きる希望の子よ!」

 

 (ソラ)に。

 空中に、その姿はあった。

 

 嵐の雲に背を晒し。

 輝く星を背負いながら。

 その体は、流星となって(くう)を走る。

 

 星の少女。名を藤丸立香。

 剣を手に、希望を背に。

 彼女はジャンヌ・オルタ目掛けて落下する。

 

「覚悟──!!」

 

 その姿に、ジャンヌ・オルタの背筋を怖気が走り抜けた。

 何をしても死なない。何をしても折れない。

 手で遮ろうが火で遠ざけようが、星の光が消えないように。

 自分が何度絶望を叩きつけようと、あの人間の目からは希望が消えない。

 

「あ、あああああああああああああああああ!!」

 

 それは悲鳴だった。

 世界に脅威と認められた女が、人理に悪と定められるほどの復讐鬼が。

 たったひとりの英雄(にんげん)に怯え、思わず恐怖の叫びをあげる。

 

「消えろ、消えろ消えろ消えろ!!」

 

 反射的に槍を生み出し、落下してくる敵に発射する。

 子供の抵抗のように放たれたソレは、しかし人の臓器(いのち)を骨肉ごと消し飛ばすくらいの威力はあって。

 

熾天覆う(ロー)──」

 

 故に藤丸立香は、防御の盾を出そうとして。

 

 ぱき、と。

 乾いた音を立てて花弁が砕けた。

 一度完全に砕かれたアイアスを展開するのは、もう残った魔力が足りない。

 それを理解したところでもう遅い。

 

不味(マズ)──」

 

 槍が眼前に迫り。

 

 だが、藤丸立香はソレでは死なない。

 何故なら──彼女の『盾』は、投影した贋作宝具だけではないのだから。

 

「──先輩!!」

 

 大盾が、飛来する死の黒槍を弾く。

 マシュ・キリエライトが、藤丸立香の盾となる。

 

「マシュ!」

「私も一緒です! 先輩(マスター)が命を懸ける時は、相棒(サーヴァント)である私も!」

「……うん! 行くよ、マシュ──!」

「はい、先輩──!!」

 

 盾で防ぎ。

 剣を従え。

 そして2人はひとつの流星(ひかり)へと。

 

「やあああああああああああ!!」

投影、開始(トレース・オン)──!!」

 

 流星は地上へ。

 (ソラ)から降る希望の光は、世を焼かんと地上に蔓延る闇の元へ。

 その流星が星屑の如く纏うは、人が積み上げた歴史(つるぎ)の残光。

 

贋・明神切村正(みょうじんぎりむらまさ)影・無毀なる湖光(アロンダイト)虚・力屠る祝福の剣(アスカロン)偽・幻想大剣(バルムンク)、他13(めい)疑似抜剣(ぎじばっけん)──!!」

 

 投影された全17剣、いずれも人理の大傑作。数多の偉業を為し得た剣。

 彼方の過去に在りながら、英霊のように今へと来たる真作の影。

 例え贋作(にせもの)であろうとも間違いなく──其は、星を救う正義の刃。

 

 そして。

 藤丸立香の手の中にもう一振り。稲妻の如き波打つ刀身を持つ短剣が。

 

攻撃軌道、技能全投影(セット・フルコンプリート)──」

 

 投影した17剣は全て邪竜グランギニョルへ。

 そして今投影している短剣は、ジャンヌ・オルタの心臓(れいかく)へ!

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 吼える。吠える。

 届けと咆える!

 祈りではなく、願いではなく。

 ただ、鋼の決意と覚悟を以て。

 伸ばす手は、己の隣にて戦う者のために。

 彼女と共にいざ往かん、遥かな運命のその先へ──!!

 

「やめろ、来るなあッ!!」

「■■■■■■■■■■■──!!」

 

 竜が叫び、絶死の炎を吐き出そうと上を見上げ。

 

「せああああああああああああああああっ!!」

 

 それを、落下のエネルギー全てを込めたマシュ全霊の大盾が弾き飛ばし。

 数本の牙と反撃の手段を失った竜へと、17の光が降り注ぐ。

 

「穿て──運命開闢・破邪十七剣製(フェイトブレイク・ブレイドワークス)!!!」

 

 炸裂するは伝説の剣。退魔、沈炎、宿業両断――あまねく剣の切れ味とその使い手の技量、その実に平均83%を投影(さいげん)した十七連撃がグランギニョルを直撃する!

 

「■■■──ッ!!? ■■、■■■■……!!」

 

 この世のものとは思えぬ悲鳴。怨念が炎が霧散していく音。

 だが、流星はまだ止まらない。

 残った1メートル、ジャンヌ・オルタへと届く最後の距離を瞬く間に詰め。

 

「う、ああああああっ!!」

 

 彼女が苦し紛れに構えた旗を、

 

「──はあああああっ!!」

 

 立香は咄嗟に投影した夫婦剣の片割れで、その腕ごと両断し。

 

「……ぐ、うッ!」

「逃が、すか──!!」

 

 血を流しながら、一歩下がったジャンヌ・オルタに。

 地を踏んだその足で瞬時に肉薄、たった今投影が完了した短剣を、その胸目掛け全力で突き出す。

 

「貫け──」

 

 其は。

 其は、とある魔術師が持つ短剣。

 稲妻のような刀身を持つ、その短剣の特徴こそ。

 あらゆる魔術を無効化し。

 あらゆる接続(つながり)を否定する。

 其の剣の名は──。

 

「──偽・破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)っ!!!」

 

 その切っ先は、確かにジャンヌ・オルタの体を捉え──。

 

 

 

 

 

 

 気付けば、其処は聖堂だった。

 

「ぐう、う……ッ!!」

 

 半ばから喪った腕、そして短剣が突き立った胸。その傷から血を流し、ジャンヌ・オルタは苦痛苦悶の呻きを上げる。

 

「ジャンヌ!!? これは一体……!?」

 

 いつの間にか聖堂へと戻ってきていたジル・ド・レェが彼女へと駆け寄った。だが、ジャンヌ・オルタは彼の方を見もしない。それよりも信じられぬ事が起こっていたからだ。

 

「そんな、何故──どうしてグランギニョルを操れない!!?」

 

 邪竜グランギニョルは、その炎で出来た体を晒していた。鱗の代わりだった鎧は消え、その炎も所々が大きく食い破られたように削れていて。

 

「怨念が……集めた怨念が消えていく! 炎にも出来ない、槍にも変えられない! どうして、どうして……っ!!」

 

 固有結界で怨念の供給を断たれ。幾度の攻撃で少なくない魔力を使い。そして最後は無限の剣によってトドメを刺された復讐の邪竜には、もう己の体を保つための怨念(リソース)すら残されておらず。怨念の霧散を防いでいた(うろこ)の喪失も相まって、悲しげな声を上げながら消滅していく。

 そして破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)で彼との融合を強制解除されているジャンヌ・オルタには、もうそれを止める手段がない。

 

「■■、■■■……」

 

 最後に悲しげな呻き一つを上げて、邪竜終末舞台装置は消滅した。

 ジャンヌ・オルタの額にあった角が、ぱきりと砕けて消える。それは彼女が、世界を滅ぼす邪竜(ちから)を失ったことを表していた。

 ジャンヌ・オルタは繋がっている方の腕で角を失った額を抑え、憤怒の衝動に身を任せて叫び散らす。

 

「……よくも、よくもやってくれたわね!! 我が最高の復讐兵器を! 我が同胞、無念の(はら)から生まれ出でた怨念たちを! 人間如きが、よくも──!!!」

 

 彼女は三人の敵を見た。恨みをはらすべき仇を睨んだ。

 傷だらけの藤丸立香。

 その傍に立つマシュ・キリエライト。

 (ほうぐ)を失ったジャンヌ・ダルク。

 

「死にぞこない共が、全員まとめて此処で死ね! 魔力も宝具も失った残り(カス)如き、片腕が無くとも嬲るには充分だ!!」

「……状況は不明なれど、力添え致しますジャンヌ。アレらを惨たらしく殺せばいいのですね?」

 

 事実、有利なのはジャンヌ・オルタとジル・ド・レェの方だった。

 ジャンヌ・オルタはパワーアップと片腕を失ったものの、まだ戦う魔力も宝具も残している。ジル・ド・レェも無傷では無いけれど健在だ。

 対してカルデア側は限界だ。

 藤丸立香はもうマスター用の魔力も戦闘用の外付け魔力も使い切った。マシュも肩で息をしており、宝具を使える状態どころかまともに戦える状態ですらない。そしてジャンヌは、先の戦闘で旗を失っていて──。

 

「いいえ。終わりです竜の魔女。あなたの復讐(ゆめ)は叶わない」

 

 剣が光る。

 ジャンヌ・ダルクが剣を抜いていた。

 柄を握るのではなく、刃の部分を祈るように握って。

 

「感謝しますマスター、マシュさん。あなた方は見事奇跡を成し遂げた。故に──これよりは私の使命です。どうか、見届けて下さい」

 

 剣を握る手のひらから血が落ちる。

 その光景に困惑するのは敵である2人。

 

「おまえは、何を……」

「"これ"を知らぬのですね竜の魔女。やはりあなたは私では無かった。けれど、あなたが『ジャンヌ・ダルク』を名乗り、我が祖国フランスに、そしてわが友らに刃を向けるなら──それは私の宿命なのでしょう。故に、私は剣を抜く。この身砕けども、生前主より授かった……そして、今生で友と共に見つけた役割を果たす」

 

 そして。

 厳かに、粛々と。誰にも邪魔できぬほどに清廉と、その祝詞(のりと)は唱えられる。

 

「諸天は主の栄光に。大空は御手の業に。

 昼は言葉を伝え、夜は知識を告げる。

 我が心は我が内側で熱し、思い続けるほどに燃ゆる。

 我が終わりは此処に。我が命数を此処に。我が命の儚さを此処に。

 残された唯一つの物を以て、彼女らの歩みを守らせ給え」

 

 その言葉に──。

 

 藤丸立香は彼方の星を見上げるように。

 マシュ・キリエライトは思わず込み上げた熱に胸を抑えて。

 ジャンヌ・オルタはただ茫然とし。

 そして、ジル・ド・レェは思わず手を伸ばす。

 

「ああジャンヌ、そんな、莫迦な……それは──!!!」

 

 そして、最後の一節は。

 聖女の祈りと共に唱えられる。

 

「主よ、この身を委ねます──」

 

 第二宝具、開帳。

 

 紅蓮が。

 聖光を纏い、不浄を祓う(カミ)の炎が。

 ジャンヌ・ダルクを中心として燃え上がる。

 

 燃える。燃える。

 祈りが(あか)く燃え上がる。

 照らす。照らす。

 覚悟が(しろ)く道を照らす。

 

 其はジャンヌ・ダルクの最期、彼女を焼いた火刑を由来とする宝具。

 己の身命の一切を薪とし、彼女が定めた『討ち破るべきもの』を打ち砕く終わりの炎。

 それは。己の火刑(さいご)を否定するジャンヌ・オルタが決して辿り着くことのない、何よりも気高い聖なる火。

 

「あ、ああ──!!」

 

 それはジャンヌ・オルタの悲鳴だった。

 それはジル・ド・レェの慟哭だった。

 

 燃える。燃える。

 炎が、聖女を薪に高く燃えて。

 

紅蓮の聖女(ラ・ピュセル)!!」

 

 真名解放と共に放たれた紅蓮が、ジャンヌ・オルタを包み込む。

 

「ああ、ぐあああああああああああああああああああ!!?」

「ジャンヌッ!!」

 

 燃える。燃える。

 炎が(あか)く燃え上がる。

 焼ける。焼ける。

 炎が(くろ)く身を焦がす。

 

「熱い、熱い熱い熱い……!! ジル、助けてジル!!!」

「そんな、ジャンヌジャンヌジャンヌゥ!!」

 

 ジル・ド・レェが啼きながら伸ばした手は、炎に阻まれ届かない。伸ばした指が灰と化し、その激痛に、救いを拒絶する火に、彼は思わず手を引いてしまう。

 それで、運命は決まってしまった。

 

「ああ、痛い熱い苦しい……! イヤ、いや嫌厭!! ああああああああああ!!」

 

 悲痛なる絶叫を迸らせながら、恐ろしい炎の痛みに全身を焼かれながら。

 ジャンヌ・オルタは生前の火刑の光景を思い出す。

 

 

 燃える。燃える。

 奇跡など起こらず火は燃える。

 焼ける。焼ける。

 祈りも願いも灰になっていく。

 

 金の髪が。白い肌が。

 獄中で汚れたそれが、燃えていく。

 肉が、骨が、内臓が。

 ()()()()()()

 (ただ)れ焦がされて、焼け死んでいく。

 

 

「(あれ、どうして──)」

 

 ジャンヌ・オルタは薄れゆく意識の中で、ふと思った。

 走馬灯が最期に見せるのはやはり復讐の根源、『ジャンヌ・ダルク』が火刑に死するあの瞬間。

 なのに、どうして。

 

「(どうして、『私』が見えるの──?)」

 

 

 視界の先で燃えていたのは、『私』が敬愛するジャンヌ。

 炎に焼かれる痛みではなく、喪失の怒りで視界が赤く染まる。

 でも、じゃあ、それならば。

 

 

「(この怒りは誰のもの? この復讐の持ち主は、『私』は、誰──?)」

 

 そして。

 その問いの答えが、彼女に訪れることはなく。

 肌は焦げ。骨は灼け。霊核は完膚なきまでに砕かれて。

 竜の魔女ジャンヌ・オルタは……ジャンヌ・ダルクと共に消滅した。

 

 

 

 ◆◇◇◆

 

 

 

 燃える、燃える。

 炎の中で、ジャンヌ・ダルクは揺蕩うように目を閉じる。

 既に己が身に定めた使命は果たした。後は薪を焦がしつくした火がそうなるように、うたかたの夢のように消えるだけ。

 それが()()と、それも『火刑(さいご)の刻』と似ていたからだろうか。

 消滅の間際、かつての死と今の己が重なった。

 

 

 燃える。燃える。

 ジャンヌ・ダルクは――私は燃える。

 火刑に処されて焼けていく。

 異端と蔑まれて死んでいく。

 

 痛みはあった。恐怖もあった。悲しみも、寂しさも苦しさもあった。

 人間ゆえの感情は、先がないという絶望は、確かに私の身を蝕んで。

 けれど……ジャンヌ・ダルクという女は、恨みだけは抱かなかった。

 なぜならば、彼女はこと火刑場(ここ)に至って、私は漸く己の役割を理解したから。

 日常でも戦場でも得られなかった答え。主が声を授けてまで私に望んだ役割。

 それをはっきりと、死ぬ間際の脳が理解する。

 

 ――私は『薪』だったのだ。

 

 消えかけの火を継ぐもの。己が身を焼き尽くし、その炎で未来を照らす薪。

 世界のために死ななければならない命。

 己を燃やす炎から逃れてはいけない者。

 それは、なんて――。

 

 ()()()()()()()()()()()

 そう、ジャンヌ・ダルクは息を吐いた。

 それが本音だったのか、それともただの強がりだったのか。1秒先も無い身では分からなかったけれど……それでも、『それでいい』と思えたのは事実だと思う。

 

 焚火のように(おわり)を祓う、フランスという聖なる(れきし)

 不運不幸にも消えかけてしまっていた光。

 私が継いだその消えかけの火は、この身を(まき)として再び赤々と燃え上がり。

 新たな人々の営みを温め。

 復興した国の未来を照らす。

 

 

 ……聖女として戦場を駆けたジャンヌ・ダルクは、決して神などでは無かった。命を沢山奪われて、また沢山取りこぼして。そしてより沢山を奪って来た。それが戦争なのだとしても、その罪は紛れもない事実。

 故にこそ。

 この身が希望を継ぐ薪となり、新たな幸福と安寧を紡げるならば――それはきっと、私と彼らの戦いが『間違いなんかでは無かった』という確かな証で。

 

 間違いじゃない。

 愛する国の為戦ったことは。

 主を信じ友を信じ選んだ道は。

 この命も、そしてそれを教えてくれたこの火刑(おわり)も。

 決して、間違いなんかじゃない――。

 その事実が、私には全てに報いてくれる幸せだったのだ。

 

 

 ああ、我が身を焼く火よ。

 燃えろ、燃えろ。もっと大きくもっと高く。

 少しでも多くを温めるように。

 焼けろ、焼けろ。もっと明るくもっと長く。

 遥か先まで照らせるように。

 この国(フランス)が、100年1000年を超えどこまでも続いていけるように。

 

 ――そんなかつての願いに、今は重ねる思いがひとつ。

 燃えろ、燃えろ。

 どうか我が身を焼く炎が……我が友の遥かなる旅路を、少しでも正しく遠くまで導けますように。不運を祓い幸運を運ぶ聖火となってくれますように。

 

 死の間際、だったからだろうか。

 いや、いつだって関係ない。

 そんな願いを抱いたとき、私が祈るのはいつだって。

 

 ——主よ、この身を委ねます――。

 

 私という薪が、この身を焼く火が、出来るだけ多くを遠くを救えますように。

 

 ええ主よ、きっとこれは叶いますよね。

 疑いはなく。恐れもない。

 だって、あの時あの瞬間。私はあなたに全てを戴いたのですから――。

 

 

 

 ◆◇◇◆

 

 

 

 からん、と。

 炎が、2人のジャンヌが消えた聖堂内に、金色の杯が力なく落ちる。

 その杯を──万能の願望機たる『聖杯』を、ジル・ド・レェはゆっくりと拾い上げた。

 

「ジャンヌ……」

 

 それを見て、藤丸立香は全てを理解した。

 

「……聖杯。黒いジャンヌは、聖杯そのものだったのか」

 

 その問いに、ジル・ド・レェは静かに微笑む。それは肯定の笑みだった。

 

「ジャンヌは。本物のジャンヌは、凄い聖女(ひと)だった。祖国(フランス)の為に身を捧げて、裏切られても恨みも憎しみも抱かなかった。

 ……でも。彼女の傍には、それを受け入れられない人が居たんだね」

 

 立香は語る。何の計算も何の思考も無く……ただ、己の中に宿った悲しい風に導かれるままに。

 

「フランスを焼く、復讐の聖女。それはジル・ド・レェ、あなたが『そうあってくれ』と聖杯に願ったもうひとりのジャンヌ・ダルク。

 真作(ほんもの)ではない、あなたの怒りを預けられた贋作(にせもの)の聖女──あなたが創った、魔女のif(ユメ)

 

 ジャンヌ・オルタはジャンヌ・ダルクの記憶を持っていなかった。それはジル・ド・レェが戦場のジャンヌしか知らないから。

 ジャンヌ・オルタはジャンヌ・ダルクの第二宝具を有さなかった。それはジル・ド・レェが彼女の火刑を認めていないから。

 ジャンヌ・オルタの最期の言葉……『助けて、ジル』。アレはきっと、ジル・ド・レェが抱え続けた後悔の具現。助けられなかった無念、救いを懇願して欲しかった願望……それがないまぜになった、ジル・ド・レェが見たジャンヌ・オルタの最期。

 

 なんて……なんて悲しいユメなのだろう。

 彼は願ったのだ。『ジャンヌ・ダルクを蘇らせてくれ』ではなく。『ジャンヌ・ダルクに正当な評価を与えろ』でもなく。

 例え偽物だったとしても。本物がそんなことを望まなくとも……否、きっと望んでいるハズだから。『ジャンヌ・ダルクを裏切った世界を、彼女自身の手で断罪させろ』と。

 世界一個と天秤にかけても、彼の中でジャンヌ・ダルクの存在は重く。

 世界一個を焼くほどに、愛するものを裏切られ奪われたその絶望は大きかった。

 

「……ええ、その通りです。そして私はまだ諦めていない。否、何が起ころうと諦めることはない。

 聖杯は未だ我が手にある。これがある限り、ジャンヌの蘇生は叶います。

 さあ、構えなさいカルデアの娘らよ。これが最後の戦いです。あなた方は特異点修復のために聖杯を確保したい。しかし、私はあなた方に聖杯を奪われたくない」

「……ジル・ド・レェ、あなたの願いは許容できない。例えその根幹が愛だとしても。こっちにも譲れない約束がある」

 

 そして。

 譲れぬ思いは争いを生む。

 

「それ故に──私はあなた方を殺す」

「それ故に──私はあなたの夢を壊す」

 

 両者、聖堂内でそう宣言し。

 足を引きずるように、折れた剣を尚も振るうように。

 

-wave 9/9-

 

 1つ前の戦いとは比べ物にならないほど無様で、ちっぽけで。

 けれど決して負けられない……第一特異点、最後の戦いが始まった。

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