FGO二次 衛宮士郎みたいな藤丸立香 作:龍川芥/タツガワアクタ
――私は、誰だ。
其処は狭い空間だった。
光は無く、何も見えない。ただどこからか子供が泣くような声が響き続けていた。
そんな暗闇の中、彼は自問する。
――何も思い出せない。
何も分からない。何もかもが朧気だ。
ただ『何か』を必死に掴んでいる自分。そしてそんな自分を苛む流れ込んでくる痛みと不快感。それだけが、彼の世界の全てになっていた。
なんだこれは。気持ち悪い、痛くて苦しい。
何も分からないのに、ただ辛い。眠りたい。意識ごと全てを手放したい。だから彼は『何か』を放り出そうとして――
/それでも。
手が放れない。腕が動かない。
否。もっと深いものが――魂が、その選択を赦さない。
分厚い肉塊の中、地上40メートルの怪物の核にて、男は――ジル・ド・レェは聖杯に願い続けていた。己が望んだ復讐者、本物に否定された『
そんな彼の体は肉塊と一体化していて、聖杯を抱えた右腕以外の四肢は全て肉に飲み込まれていた。融合した怪物の肉は際限なしにジル・ド・レェと『主導権の綱引き』を行い、その聖杯を手放させようとして来る。
己の範疇・限界を超えた魔術行使の代償として、召喚された怪物は主への叛逆を開始したのだ。今や主の体と融合し、その意識と主導権を乗っ取ろうとする肉塊に精神を磨り潰されたジル・ド・レェは、最早正気を失っていた。
声が、無数の声が。肉塊が叫ぶ欲望の声が、洪水のようにジル・ド・レェという人間の自我を押し流していく。
自分を忘れ。目的を忘れ。無限の痛みに魂を容赦なく引き裂かれて。
/放して、なるものか――!!
ただひとつ。
それでも諦められない悲願の存在が、聖杯を抱く彼の腕に力を入れていた。
――私は誰だ/知ったことか。
――此処は何処だ/何処でも構わない。
――全身に激痛が奔る/とにかく、願い続けろ。
――暗い、何も見えない/嗚呼、ジャンヌよ。
――気分が悪い、吐きそうだ/我が愛しき聖女よ。
――もう全てを忘れて眠ろうか/諦めてなるものか。
――何も思い出せない/全ては貴女の復讐のために――
その怪物じみた精神力が、遂に肉塊の方へと逆流した。ジル・ド・レェの意識が、己と融合した悍ましき群体の怪物を逆に取り込む。
結果。巨人はひとつのカタチを模倣した。
己を侵食する男が望んだ聖女/魔女、ジャンヌ・ダルクの姿形を。
髪が模倣され。鼻と耳が出来て顔が造られ。不安定だった肉塊は、その不合理極まる形で安定する。
それはまるで、黒い鉄で造られたジャンヌ・ダルクの像――彼女の偉業を称える、規格外の女神像のようで……。
「おお、ジャンヌ……」
願う。ただ願う。
その手に抱えられた聖杯に向かって。痛みに耐え、己という存在の崩壊に直面して尚、ただひとりの彼女を願う。
聖杯はそれを聞き入れ、
『聖杯でも新たな英霊の創造には時間がかかる』。ジル・ド・レェの言葉は真実だ。
だが、器が用意されているのなら――そして、その英霊が『既に存在していた』なら、それを受肉させるのは容易い願い。
つまり。
此処に、50メートルの怪物の肉に受肉するという最悪の形で、竜の魔女ジャンヌ・ダルクが復活する――。
その、瞬間だった。
「――
光が。
分厚い肉の壁などすり抜けて――ジル・ド・レェの魂に直接光が差した。
彼を覆っていた闇が吹き飛ぶ。全てが光に包まれる。
その
「――ジャン、ヌ……?」
聖杯が、ぽろりと腕の中からこぼれ落ちた。
死んだ筈だ。消えた筈だ。本物の彼女は私を置いて、腹立たしい程に気高く焼け死んだ筈だ。
偽物に違いない。本物である筈がない。
それなのに。
「お、おお――!!」
どうして、私は求めてしまう。
星を手に入れんとする程に愚かだと分かっているのに。
私は何故この手を、
◆◇◇◆
英霊ジャンヌ・ダルクは、Aランクの『啓示』スキルを有する。これはアーサー王などが持つ『直感』スキルとほぼ同じもので、『目的を達成するための最適解がなんとなく分かる』というものだ。
それはランクダウンこそしているものの、ジャンヌを憑依した藤丸立香も限定的に入手していた。
その啓示が叫んだのだ。『宝具を使え』と。
未知の感覚に対し、不思議と迷いは生まれなかった。
藤丸立香は右手を掲げた。
そこには未だ残る1画の令呪。それが主の意志に従い熱を持つ。
「令呪を以て我が借り物の力に命ず――」
命じる先は己の内。
エミヤから学んだ『贋作者』の在り方が叫んでいる。
――それでいい。
借り物でいい。無様でもいい。大切なのはそこではない。
他人から見れば愚かな行為だとしても。星を掴もうとする程に無謀だとしても。
それでも守りたいなら――諦められないなら、手を伸ばすしかないのだから!!
「――汝が授かりし主の威光を、此処に!」
令呪が輝き――最後の一画は、燃えるように消費された。
聖旗を構え、両手で祈り。藤丸立香はその宝具を発動する。
「輝け、
光が、世界を包んだ。
柔らかく。あたたかく。それは誰かを傷付ける破壊の光ではなく、誰もを護る想いの光。
聖光がマシュを包み、肉塊まで伸び、地を覆わんと遍く全てを満たす。
「届け、届け――!!」
その叫びが己の口から放たれたことも、その意味も、藤丸立香は知らぬまま。
ただ一心に願い続ける。
奇跡を。
そして、其れは訪れた。
「! 先輩、あれを……!!」
マシュが驚きの声を上げる。
彼女の視線の先で――巨人が、その手を伸ばしていた。
「
塔のように太く大きな腕が、五指を広げて地上に迫る。
その手が求める先に居るのは――藤丸立香。光の中心、祈りを捧げる偽物の聖女。
「……そういう事か」
彼女は迫る巨腕を前にそう呟くと、祈りの姿勢のまま腰を浮かせた。そして傍らの少女へ鋭く叫ぶ。
「『道』が出来た! 行くよ、マシュ!」
その言葉の意味を、マシュ・キリエライトは約1秒で理解する。
「! 了解です、先輩!」
そして、2人は駆け出した。
ひとりは祈りを終了し、穂先に槍のついた旗を構え。
ひとりは大盾をしっかりと抱え、もうひとりの背中を追うように。
迫る巨腕という『道』に飛び乗り、藤丸立香とマシュ・キリエライトは空への道を駆け昇る。
「
巨人は光が途絶えたことに狼狽し腕を戻そうと動くが、もう遅い。
英霊の脚力を持つ2人の少女は、肉の道を踏み凄まじい速度で肩へと近づいていく。
『よし、この速度なら10秒足らずで"核"に辿り着ける! "核"の部分は胸の中心、心臓にあたる部分だ!』
「いえ、これは――敵腕部上に大量の敵性反応です!」
当然、巨人も異物を黙って登らせはしない。
腕の表面の皮膚が盛り上がり、形を変え、内から裂けてその部分が口となる。
結果、瞬く間に十匹余りの蠢魔が現れた。それらは穴のような口内に無数に生やした牙を晒し、毒の体液を撒き散らしながら異物を通すまいと威嚇する。
だが。
「蹴散らすよ!」
「はい!」
立香とマシュは、それに怯むことなく突撃を続けた。
盾を構え、旗を振るい。己が宿した英霊の力を示すように、駆ける。
「やああああああああああ!」
「再現――
大盾が戦車の如き勢いで蠢魔を纏めて薙ぎ倒し。
旗槍が戦場に現れた嵐の如く蠢魔を吹き飛ばす。
撃破されたそれらは塵になって消えていった。
「
蠢魔を全滅させたものの、しかしそれは巨人にとって薄皮を削がれた程度の
巨人が虫を払い落とすように腕を大きく振るう。
「うわ――!?」
咄嗟のことで反応出来ず空中に投げ出される立香とマシュ。地上50メートルの空中、手を伸ばすも既に黒き巨腕は遠く、残された道はただ落下することのみ。
「(マズい、落とされたら今度こそ手がない!)」
焦る立香。だが
巨人との距離が離れる。足場のない空の上、引き伸ばされた時間で落ちていくしかないという事実を強制的に噛み締めさせられる。
敵の心臓部までまだ10メートル程。だがどれだけ手を伸ばそうとも、その距離が縮むことはない。
「(たった10メートルが、遠い――!!)」
距離が離れる。為す術もなく落下していく。
「(クソ、こうなったら一か八かで旗を投げて――)」
歯噛みしながら旗を構えようとした時だった。
「先輩!」
マシュの声に振り返る。
彼女は真剣な目で
それで立香は彼女の意を全て理解した。
「――マシュ、お願い!」
「はい!」
打てば響く答えに笑い、鎧に包まれた脚を彼女の方に向ける。
そんな立香に向けて、マシュは全力で盾を振った。
――それは竜騎兵デオン戦にて見せた連携。盾を足場に味方を打ち出す、マシュのカタパルト・アタック。
つまり、この場において空中で移動する唯一の手段である。
「全力で押し出します――」
そして、立香は衝撃を感じながら全身に魔力を回す。
疑似霊基、燃焼。
戦闘記憶、接続。
――藤丸立香の魔術による憑依は不完全なもの。一度に模倣できるステータスは『敏捷』『技術』『筋力』のいずれかひとつだけで、その全てを得るにはとある条件をクリアする必要がある。
それは、ギアを徐々に上げるように
つまり――先ほどの蠢魔との戦いで条件は満たされた!
心象風景、同調。
贋作英霊、完成。
「
白い魔力が全身を包む。
それと同時、大盾が振り抜かれる。
「行ってください、先輩!」
「ありがとう、マシュ!!」
金属音と共に、銀の砲弾が放たれた。
大盾を足場に飛翔した立香。それを迎え撃たんと巨人の表皮が盛り上がり、細く長い触手が彼女に向かって殺到する。
「おおおおおおおおおお!!」
その攻撃を結界の如き旗の高速打撃で完全に防御し切り。
遂に、彼と彼女の距離はゼロになる。
「終わりだ、ジル!!」
構えるは聖旗。放つは突き、穂先についた槍による必殺の刺突。
狙いは巨人の胸の中心、漆黒の表皮の内側。細かい場所は啓示が教えてくれる。
「
悲鳴も、怒号も、全ては遅い。
刹那。藤丸立香の握る旗が――ジャンヌ・ダルクの旗が、真っ白な炎を纏った。
「!」
突然の事に驚きつつも、立香は怯まない。炎は握る手を焼く類のものでは無く、その逆。
本能的に、もしくは啓示によって理解する。
其は罪を灼く焔。浄化の白炎、神罰の聖火。悪を討つ正義の光。
――それが神意ならば、最早この身に迷いなし。
決意と共に、滾る力を前へと押し出す。
「――『いい加減、眠りなさい』!!」
剛腕による突きが肉を裂き、
同時、白き炎が黒を吹き飛ばす。
「お、おォ――」
目が。
肉の壁が壊れた先、旗先の槍が彼を貫く一瞬の間にて、
「「――」」
憎悪。悔恨。悲願。痛切。懐古。狂気。執着。愛/
愛。信念。守護。葛藤。清廉。決意。憐憫。後悔。
瞬きの間、お互いの瞳に浮かんでいた感情全てを理解して。
旗槍が、ジル・ド・レェの霊核を体ごと貫いた。
「ご、ぶ――」
ジルの口から血が零れる。
その右腕と頭、胸以外を肉塊に飲み込まれた、瘦せ細り青白くなった体を赤が汚していく。
彼は閉じかけの瞼を必死に開き、霞む視界で己を殺した者を見る。力の入らない震える手で、己の胸に突き刺さっている白き炎を纏った旗を掴む。
「おお、これなる、は。我が忠誠を捧げた、聖女の御旗」
血を吐きながら、最期の刻を燃やしながら、彼は紡ぐ。
己の内。決して消せなかった彼女への想いを。
「なぜです、ジャンヌ。私は貴女の背を守り、追い続けた。貴女の姿を、ずっと、見て来た。民の為、国の為に全てを捧げ、て……そして、その国に、愚かな王と民共に裏切られ、異端と蔑まれながら炎に焼かれた貴女の姿を!
怨んでいない筈が無い! 呪っていない訳が無い!
否――
それなのに……それなのに、どうして貴女は。
恩讐の黒き炎ではなく、聖なる御旗を掲げるのか――」
男は血を吐きながら、痛みに耐えながらも喋ることを止めない。
それは、祈りにも似た切なる想い故。
他者を拠り所とする願望――即ち『愛』の為である。
『裏切られたのだから恨むべきだ』『貶められたのだから呪うべきだ』
『あんな奴らの味方なんてしないで』
『あなたの居ない世界なんて、あなたが壊してくれればいいのに』
彼はただ、大切な人が『人間』であることを望み。聖人ではなく『ただの人間』であることを許し。
そして、そのひとを裏切った世界を、どうしても赦せなかったのだ――。
気付けば肉塊の巨人は消滅していて。
壊れ果てた聖堂の床に、男は転がっていた。
頭と胸と右腕しかない姿で、胸に刺さった旗はそんな体を床に縫い付けていて。
それでも、彼は微笑んでいた。
壊れた壁から覗く夕日が、そんな彼の顔を少し眩しく照らしていた。
と、聖堂内に鎧の足音。
男は霞む視界で、己を覗き込む影の存在を視認した。それが誰かは、視えずとも何となく理解できた。
「……お見事。私の負けです、ジャンヌならぬ異邦のマスター」
彼はそう言ったつもりだったが、喉から出る音はどうにも上手く言葉にならない。
それでも『伝わった』と確信はした。事実、相手からは言葉が返って来た。
「最後の『白い炎』。アレが無かったら、私の旗は分厚い肉の壁を貫けなかったかもしれない。でも、私には分かるんだ。アレは
彼女は――藤丸立香は、ジル・ド・レェが残った右腕でかき抱いた黄金の杯を見ながら語る。
「聖杯を見て分かった。これは、
「……その名で呼ぶなと……いえ、まあ、良いでしょう」
男は否定しなかった。
その事実に、立香は感情の読み取りずらい声で問う。
「あなたはもしかして……誰かに自分を罰して欲しかったんですか」
ジル・ド・レェ。ジャンヌ・ダルクと共に活躍したフランス軍の元帥。晩年にて悪鬼羅刹の如き凶行を働いた
しかし……何故、国の為、正義の為に戦った男は悪へと堕ちたのか。それが『復讐』のためだけではないことを、藤丸立香は先の一瞬で理解した。
彼が赦せなかった『世界』の中には、きっと『ジャンヌ・ダルクを救えなかった自分自身』も含まれていたのだろう。
だから彼の後悔は、ひとつの欲望に収束した。
「あなたは……神を冒涜する『悪』になれば、あなたにとって絶対の正義たる存在が――『ジャンヌ・ダルク』が自分を裁きに来てくれる、と。
そう、
【自罰願望】。あるいは【天罰願望】か。
それが理由。それが、ジル・ド・レェという男の根幹であろうと藤丸立香は突き付ける。
「……敗者に鞭打つとは。やはりあなたは、かの聖女と似ても似つかない」
やはり、男は否定しなかった。
ただ死に体の体を動かして、せき込みながら微かに笑った。
「それなのに。何故でしょうね……不思議と、悪くない気分です」
ジル・ド・レェ。正史における彼は処刑されたが、それは『正義による断罪』などではなく。彼が処刑されたのは、ただ『政敵による私欲塗れの陰謀』によってであり、そこに彼の凶行は直接的に関わってはいなかった。ジル・ド・レェは罪を裁かれるのではなく、ただ悪同士の醜い争いによって追い落とされたのだ。
彼が欲した正義の罰は、終ぞ与えられることはなく。結果として彼は神の不在を信じたまま死んでいった。
だからだろうか。黄金の魔力に変じながら消滅するその表情が、敗者の姿とは思えないほど穏やかで救われたように見えるのは。
男は崩れる腕を最期の力で動かしながら、手に持っていたものを此方を見下ろす少女に差し出す。
「……
受け取ってくれたかは、腕が崩れた男には分からなかった。
彼は己が犯した罪を噛み締めながら、生み出してしまった魔女に詫びながら、星のような
「主よ、ジャンヌよ。我が罪を、どうか……」
それが彼の最期の言葉になるハズだった。
けれど。
「……私は」
男の閉じかけていた意識が開く。
彼へ言葉をかけるのは、白き鎧を纏った……。
「私は。あなたがしたことは許せないことだとは分かってるけど。
それでも。その悲しさは、ちょっとだけ理解出来るんだ。
だから、どうか安らかに……」
ジル・ド・レェは目を見開き、その後笑うように細め。
「嗚呼、なんて眩しい――」
そして、男は黄金の塵となって消えた。
彼の残滓たる魔力を風が浚い、その魂を天へと招く。
気付けば、空は光帯を残しつつも闇に包まれていた。
陽は既に落ち、世界は夜を象っている。
そんな闇の中、藤丸立香は空を見上げた。
「……確かに、眩しいね」
不自然な光の帯に汚されつつも、夜空から星が消えることはなく。
遠い空にてふたつの星が、寄り添うようにきらめいていた。ひとつは強く明るく。もうひとつは静かに、優しく、けれどどこか眩しく。
その微かな光のまたたきに、藤丸立香は目を細めた。
冷たい風が髪を揺らす。
鼻に入るのは草の匂い。遠くから小さく、勝鬨のようなものが聴こえる。
不意に響く、こちらに近づく足音。
「先輩!」
その声に振り向いて、立香は笑った。
今回も『約束』を守れたことに安堵して。
「……終わったよ、マシュ」
夜の下。
彼女らの笑顔が、壊れた聖堂の跡に咲き。
この地での戦いは、遂にカルデアの勝利で幕を下ろした。