FGO二次 衛宮士郎みたいな藤丸立香   作:龍川芥/タツガワアクタ

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2.戦場にて薔薇と踊る

 西暦2015年、人理継続保障機関フィニス・カルデア。

 第一特異点の攻略から暫くが経ち、カルデアは次なる目標、間近に迫った『第二特異点へのレイシフト』に向けての準備を慌ただしく行っている。

 そんなカルデア内部にて、1人の少年が何をするでもなく通路の長椅子に座っていた。

 

「……」

 

 ひと房だけ色が抜けて白くなった黒い髪に、青い瞳の少年。無意識に撫で摩る左手は一部が火傷痕のように浅黒く変色している。

 少年はどこか遠くを見つめるように虚空に視線をやりながら、長椅子の背もたれに背を預け思案するような沈黙だけを保つ。そんな少年の前をせわしなく通り過ぎる職員たちはしかし、組織全体が忙しい中何もしない彼の様子を咎めはしない。寧ろ心配そうな目線だけを送り、そのまま何も言わず通り過ぎていく。

 それはその少年こそがこれから始まる作戦の鍵であり、過酷な運命を背負わされた元一般人であり……そんな彼に少しでも楽をさせてやりたいというのがカルデア職員の総意だからであった。

 

 少年の名は藤丸(フジマル)立香(リツカ)。人類最後のマスターにして、燃え尽きた世界の最期の希望である。

 

「……」

 

 立香はそんな職員らの視線に薄々気付きつつも、ただ黙してその場に座り続けた。

 

 と、ここで彼の視界に見知った人影が映る。その人物は立香に気付くと、小走りで駆けより彼に声をかけた。

 

「先輩。ここに居らしたのですか」

「……マシュ」

 

 立香の視界で、色素の薄い髪がさらりと踊る。顔を向ければ眼鏡をかけた少女がひとり、その紫紺の瞳でこちらを覗き込んでいた。

 少女の名はマシュ・キリエライト。とある英霊と融合した盾兵(シールダー)のデミ・サーヴァントであり、藤丸立香の相棒である。

 立香はなるべく自然に笑顔を作り、普段着の彼女と目を合わせて問う。

 

「どうしたの? もしかして、誰かが俺を呼んでたりする?」

「いえ、そういう訳では。ただ少し、その……私が個人的に、先輩と会話したかったんです」

 

 マシュの少し歯切れの悪い様子を見た立香は悟る。

 

「そっか。……聞いたんだね」

「はい」

 

 通路の一角に沈黙が下りた。

 第一特異点終了後。本格的なメディカルチェック含めた精密検査により、藤丸立香には深刻な異常がひとつ発見された。

 

 ――藤丸立香はサーヴァントを召喚出来ない。

 

 カルデアには特殊な英霊召喚システムがあり、当初マスター適正100%の立香にはサーヴァントの召喚によるカルデアの戦力上昇が期待されていた。しかし如何なる理由か、立香はサーヴァントを召喚することが出来なかった……理論上は可能な筈なのに、である。

 それの原因に、本人も周囲も薄々勘付いていた。

 立香は己の左手を見る。手の甲と指三本の肌が、火傷したように浅黒く変色(反転)していた。それは力の代償、使えば使う程身を蝕む力。

 『抑止顕現(オーダー)』。それが立香が得た、正体不明・爆弾付きの魔術である。

 

「俺が頼った力は……外法だったのかな」

「……それは」

 

 返答に困るマシュの声に、立香は初めて己の思考が呟きの形で口から出ていたことを自覚した。慌てて

 

「ごめん、困らせるつもりは無かったんだ。……こういうと信じてもらえないかもしれないけど、後悔はしてないしね」

「そうなの、ですか?」

「うん」

 

 立香の言葉は真実だった。少なくとも彼はそう信じていた。

 変色しかけた左手を、令呪の刻まれた右手で握る。その腕に震えはない。三画に補充された令呪に視線を落としながら、立香は少し前の戦いを想起した。

 剣の世界、星を掲げる己の姿。

 

第一特異点(フランス)を越えて……とりあえず覚悟は固まった。今の俺には『目的の為に命を懸ける覚悟』がある、と思う。だから心配なのは自分の安全とかじゃなくて……」

 

 そこで立香はマシュを見やる。

 

「?」

 

 唐突な視線に首をかしげるマシュ。立香は少し無理矢理に言葉を切って、そして言い直す。

 

「とにかく、不安なのは未来。第二特異点がどんな所なのか、俺たちで何とか出来る特異点なのか……それがちょっと心配だ」

 

 それも彼の本音だった。

 抱いた誓い。己を奮い立たせた約束。彼を支えるその願いはしかし、世界が滅びては叶えられない。

 藤丸立香の願い――即ち『マシュ・キリエライトを救う』には、少なくとも次の特異点も無事突破しなければならないのだ。

 しかし、特異点の突破は決して容易くは無い。番外の特異点Fでは黒い騎士王(セイバー)、第一特異点であるフランスでは竜の魔女と、勝てたのが不思議なレベルの怪物が居たのだ。第二特異点に同格かそれ以上の脅威が居ても不思議ではない。そうなったとき、再び自分がその苦難を突破できるのか……。

 

 そんな、まだ見ぬ第二特異点に対し尻込む立香の横で、マシュは壁に背を預けながら滔々と語り始めた。

 

「確かに、先の事は分かりません。ドクターや皆さんが出来る限り特異点の情報を収集してくれるでしょうが……詳細な情報はレイシフトしない限り不明だろう、というのが管制室の見解です。ですが」

 

 声音に込められた感情に、立香は思わずマシュの顔を見る。彼女は此方を見つめていた。眼鏡越しの紫紺の瞳が、強い意志を以て立香を見据える。

 

「これだけは誓います。例えどんな状況が待ち受けていようとも……先輩は私がお護りすると」

 

 日に日に(いろ)を持つその瞳が、今は芽生えた覚悟を湛えてそこに在った。

 ソレを見て、その奥にある僅かな揺らぎを見て立香は悟る。不安なのも、心配なのも、それでも護りたいのも……自分と彼女は一緒なのだと。

 故に、立香は笑って、少し違和感のある左手をぎゅっと握った。

 

「なら俺も誓うよ。マシュを護って、世界を取り戻す。()()はその為の力だ」

 

 マシュの目が少しだけ見開かれた。

 それをあまり見ないようにしながら、立香は息を吐いて長椅子から立ち上がる。

 

「よし」

「先輩、どちらに?」

 

 そのまま通路を歩き出した立香に追従しながら問うマシュに、立香は少し芝居がかった動きで力こぶを作って答える。

 

「シュミレーターで訓練でもしようと思って。マシュに元気をもらったから、体を動かしたい気分なんだ」

「では、私もお供します。先輩(マスター)(サーヴァント)の連携力を高めることは、必ず作戦成功率の向上につながるハズです」

「そうだね。よし、行こう!」

 

 そうしてその日はやってくる。

 第二特異点、2人が西暦60年のローマへと旅立つ日が。

 

 

 

 ◆◇◇◆

 

 

 

 視界一面に広がる丘陵地帯。

 光帯が支配する空の元、藤丸立香らはローマの地に降り立っていた。

 

 からりとした晴天の陽射し。風は少し強く花の咲く丘を駆け抜ける。少し乾いた大地には野草と共に転々と花が咲いており、手つかずの自然特有の美しさ・雄大さを感じずにはいられない。

 少し暖かい春の陽気を感じながら、藤丸立香は辺りを見回し呟く。

 

「此処が、ローマ……」

「正確には西暦60年のローマ帝国首都ローマ……の筈ですが、周囲に建造物は見当たりませんね」

「フォウ、フォーウ!」

 

 かしゃり、と音の鳴る方を向けば、黒い鎧に身を包み大盾を携えたマシュの姿が。カルデアではかけていた眼鏡も消えている。またフォウくんはマシュの肩の上で気持ちよさそうに風を浴びていた。

 そんなフォウくんの鼻頭を擽るマシュの言葉通り、周囲に人工物らしき影は無かった。現在二人が立っている場所は丘になっていて少し視界が悪いものの、この場所はフランスの時と違い人が歩いた気配すらない。

 

『あれ、おかしいなぁ。レイシフトの座標ズレか? 兎に角辺りを探索してみてくれるかい?』

「了解です、ドクター」

 

 通信機越しのロマニ・アーキマンの声に返事を返して、立香らは丘を登り始める。丘の向こう側には何かあるかもしれない、無くても高い所から見下ろせば何か見えるかもしれないという立香の意見が採用された形だ。

 なだらかな坂道を上る道すがら、マシュが立香に話しかけてきた。

 

「ローマと言えば……先輩はローマについてどれ程の知識をお持ちですか?」

 

 おそらくレイシフト前の説明が不十分だと感じていたのだろう。手持無沙汰気味な立香は、周囲への最低限の警戒をしつつも彼女との談笑を試みることにした。

 

「ローマか……現代は無い国だし、あんまり馴染みは無いかなぁ。知ってるのは闘技場(コロッセオ)と、皇帝が居たって言うのと……あと風呂?」

「お風呂、ですか?」

「ああえっとね、テルマエ……いや、コメディ映画の知識だよ、ウン」

「興味深いですね。それと先輩、確かに『ローマ』という国は無くなりましたが、現在のイタリアの首都はローマという名前で、そこにローマの遺跡などが残っていますよ」

「言われてみれば聞いたことある気が……なんか世界史に詳しくなれそう」

 

 世界史選択とは思えない発言を晒す立香に対し、マシュは優しくローマについての解説を行ってくれる。

 

「ローマとは、イタリア半島を中心としたヨーロッパ全域、更に地中海周辺の中東アジアとアフリカ大陸北部という広大な土地を支配した古代の大帝国です。紀元前と西暦を跨いで発展した大国は数多の文化が集う先であり、またそれを育む土壌でした。人類史に与えた影響は計り知れないでしょう」

 

 それを聞き、立香は一転して真剣な声音で呟いた。

 

「……だから、此処が特異点になったのか」

「はい。この時代・場所は『歴史の要』。崩壊してしまえば連鎖的にそれ以後の世界が滅ぶのは間違いないでしょう。敵――レフ・ライノールはそのためにこの時代を選び、何らかの干渉を行ったのだと推測されます。私たちの世界を滅ぼすために」

 

 レフ・ライノール。特異点Fで明らかになったカルデア爆破の犯人であり、第一特異点には姿を現さなかった男。技師としての彼に一度会ったことのある立香と、彼と面識のあるマシュは、この特異点でレフの事を探すつもりでいた。理由は語るべくもない……彼によって失われた命は、どれだけ嘆いても戻りはしないのだから。

 少し重くなる空気と足取り。それを紛らわすように、立香は会話のテンションを少し前に戻そうと試みる。

 

「ローマってことは、フランスの時みたくローマの英雄が召喚されてるのかな」

 

 少し緩めの声色に、マシュも察してか解説モードの声に戻った。

 

「どうでしょう。あの時は『聖杯の悪用に対するカウンター』のようなシステムでジャンヌ・ダルクさんたちが召喚されたようでしたから。もしも先の二つの特異点と同じように『歴史に叛意ある人間もしくはサーヴァントに聖杯を与える』という形式でのアプローチが行われているなら……私見にはなりますが、可能性はあると思います」

 

 第一特異点を思い出す。ジャンヌ・ダルク、マリー・アントワネット、モーツァルト……土地に紐づけられているのだろうフランスの名だたる英霊たち。それを思えば、ローマにはローマの英霊が出てくる可能性が高いだろうとマシュは結論付ける。

 と、彼女の瞳に興味の彩が映った。純粋な疑問が口をついて出る。

 

「ところで先輩、ローマの英雄についての知識は?」

 

 それに対し、立香は苦笑いで頭を掻く。詳しいかどうかはその態度で明らかだが、マシュは対人経験がないためそれを察せず、やむなく立香は自信なさげに舌を回した。

 

「うーん、世界史は得意じゃなくて。あ、キャスター……クーフーリンはローマ?」

「クーフーリンさんはケルト神話の英雄です。ケルトとローマは簡単に言えば敵対関係の文化で、関連はあるがローマとは違う、という解釈が一般的ですね」

 

 立香の脳内で、冬木で出会ったキャスターが「間違えんなよ坊主」と杖で小突いてくる。

 

「そっか違うのかぁ。1人も言えないのは(人類最後のマスターとして)ちょっとなぁ。教科書を思い出せ俺……えーっとローマ、ローマ……コンスタンティノープル1世だか2世だかとか……あ、カエサル! ユリウス・カエサルはローマだったハズ!」

「はい。カエサルさんは古代ローマ出身の偉人です。シェイクスピア作品『ジュリアス・シーザー』等で有名ですから先輩もご存じだったのでしょう。あとコンスタンティノープルは都市の名前です先輩。『コンスタンティヌス1世』ならその都市を建設したローマの皇帝だったのですが……」

 

 自然な捕捉と正確な指摘。余りに違いすぎる知識量に、もう立香に残された道は、

 

「……マシュ、敵の真名看破は任せたよ……」

 

 と人類最後のマスターとして実に情けない台詞を吐くことのみであった。

 彼が項垂れている理由に気付かず、マシュは力強く頷く。

 

「? はい。マシュ・キリエライト、全力で敵性サーヴァントの正体判別に望みます」

 

 と、会話しているうちに丘の頂上が見えて来た。

 立香とマシュは自然と足を速め……その時。足が止まる。振動が大地を通して足に伝わって来たのを感じたからだ。

 

「これは……地響き?」

 

 丘の向こうから吹いた風が唸った。否、それは人の声だ。幾重にも重なった雄叫びを、春の暖風が運んで来たのだ。

 

「一体何が――」

 

 止まっていた足が動き出す。丘の向こう側にあったのは、果たして――。

 

 

 

 激突する剣と槍。

 人波の怒涛がぶつかり合い、激しい戦火と血を散らす。

 躍動する人と騎馬の肉体。幾多の命が露と散り、その度死体と罪と武功とがうず高く詰み上がる。

 

 それは戦争だった。

 

『馬鹿な……戦争だって!? この時代に首都ローマ付近で大規模な戦闘行為が行われたんなんて記録は無いぞ!?』

「ということは、つまり――」

 

 立香とマシュは戦場を見やる。戦場全体を見通せる位置だからか、眼下の集団はふたつに大別できることが分かった。

 ひとつはかなり少数の部隊。

 もうひとつはこの時代基準で大軍と言えるだろう大部隊。

 両隊とも旗にて掲げるのは『真紅と黄金』の意匠(シンボル)だったが、よく見ればそれらは違うものだと判別できた。

 そして……丘の上から見る限り、両隊は互角だった。

 

「少数部隊の後方……都市がある! 少数の方は都市を護ってるのか? だから大部隊相手にも士気の差で戦える……?」

「……いえ先輩。両軍が互角なのは、どうやらもっと直接的な理由があるようです」

 

 疑問を口に出した立香に対し、その答えをいち早く見つけていたマシュは彼に戦場の中心を示す。

 それはデミ・サーヴァントの視力が捉えた『異常な光景』であり……魔術の副作用で視力が良くなっていた立香もすぐにそれに気付いた。

 

「あれは……女の人?」

 

 戦場の真ん中に、明らかに戦闘力の高い女性が1人。

 少数部隊に属するのだろう彼女は赤い剣を片手に、大部隊の前衛数十人を同時に相手取って……否、圧倒していた。

 右に走っては一刀のもとに敵集団を吹き飛ばし、左に走っては味方に向けられた凶刃を防いで反撃する。その圧倒的な在り方は、自然立香の脳裏にとある存在を想起させた。

 

「もしかして。あの人、サーヴァントか……?」

『いや……周囲からサーヴァント反応は確認できない。少々信じがたくはあるけれど、恐らく現地人だろう』

「……てことは、(ナマ)英雄?」

「この時代に生きていた英雄や聖人の誰かでしょうか」

 

 そういえば「英霊(サーヴァント)は本物よりも弱い」みたいなことをマシュから聞いたな……と思い出す立香の思考を遮るように戦火の音が風に乗って耳に届く。

 人の雄叫びと悲鳴。剣が盾とぶつかる金属音が響き、槍が肉を裂き命を奪うその瞬間が否応なしに目に入る。個人間の戦いではない、『戦争』という暴力の渦が其処には在った。

 息すら忘れてしまった立香を再起動させたのは、管制室からの真面目な声。

 

『とにかく、これが「あるはずの無い戦争」であると分かっている以上、不干渉を決め込むのは得策ではないだろう。立香くん、マシュ、どうする? この戦闘では情報収集に専念し参戦しないという選択肢もあるけど』

 

 その問いかけにやっと思考を取り戻した立香は、血と悲鳴溢れる戦場から目を逸らさず、しっかりと情勢を観察してから噛み締めていた唇を解き決断を語る。

 

「賭けかもしれないけど……少数の方を助けたい。リーダーらしき彼女の戦いぶりからは、正義と味方に対する愛とを感じるんです」

「私も先輩の意見に賛成です」

 

 数秒の沈黙。ロマニが小さく息を吐く音。

 

『……分かった。行ってきなさい2人共!』

「「了解!」」

 

 力強く返事して、人類最後のマスターとその相棒(サーヴァント)は地を蹴った。

 

 

 

 ◆◇◇◆

 

 

 

 戦場(いくさば)にて踊る。

 自軍の兵を観客に、敵軍の兵を引き立て役に。

 赤き剣を片手に握り、赤薔薇の如き(はな)の少女は戦場を己の独壇場とし。劣勢すら己が美のスパイスにして舞い踊る。

 そして彼女の抑揚の付いた可憐な声が、名俳優の長台詞にも劣らない迫力を以て言葉を放つ。

 

「我がローマを蹂躙せんとする狼藉者共よ、その蛮行に大義ありと謳うならば、余の剣の前に立つことを赦そう! しかして受けよ、『原初の火(アエストゥス・エストゥス)』の聖なる火を!」

 

 訓練された兵を凌駕する自らの武勲を示すように。

 劇場で唄う歌姫(ミューズ)すら霞むその美麗さを誇るように。

 

「我が兵はこの背を見て進め! 我が敵はこの姿を前に慄け!

 是なる(いくさ)を以て証明しよう――幾百千の兵力差があろうとも、余の前ではその悉くが無力と知るがよい!!」

 

 天上に届くだろうとさえ思わせる存在感、血に塗れた戦地の只中に在って尚失われない優美さ。

 主役の座は我に在りと、まるで咲き誇る花の如く彼女は全身で叫んでいた。

 

 

 

「(凄い……!)」

 

 藤丸立香は感嘆する。

 剣閃はまるで火山の噴火。速度は軽やかな春の風、啖呵は威厳ある王の如し。

 正しく戦場の(はな)。憧憬を抱かずにいられない真の英雄。

 

「(……いや、見惚れてる場合じゃない。実際不利なのは彼女の軍だ)」

 

 立香は地を駆けながら戦場を冷静な目で観察する。

 確かに少女の力は凄まじい。その存在感ある立ち振る舞いは劣勢な味方に勇気を与え、優勢な敵に二の足を踏ませるだろう。

 しかし如何せん、彼我の戦力差が大きい。少女が10蹴散らそうとも20は無事で、その20は少女の後ろの兵を確実に削っていく。このまま手を出さなければ都市防衛兵は甚大な被害を受けるか、もしくは数の差で最後には敗北するだろう。その先に待つ展開……立香の脳裏で壊れた街と転がる死体の景色がフラッシュバックする。それを振り払うように立香は強く拳を握った。

 

「(なら、俺たちで彼女が取りこぼした20を押し留める! フランスの時のようにはさせない!)」

 

 あの時救えなかった街を救う決意を持って、立香は走る足に一層の力を込めた。

 それに追従するマシュが彼へと叫ぶ。

 

「相手は生身の人間です、峰打ちで行きましょう先輩!」

「分かった!」

 

 立香は高速で己に許された手札を洗う。

 

「(刃物や魔術で上手く手加減できる自身は無い……なら()()だ!)」

 

 そして、明確にその武器を想起しながら――彼は己が持つ唯一の魔術、その起節を唱えた。

 

顕現せよ(オーダー)――」

 

 魔術回路が、励起する。

 流れる魔力のイメージは光。柔らかな陽光のようなものが全身の血液に流れ込み、己の魂の輪郭を縁取るのを強く想像する。

 廻る。廻る。魔力が全身を巡り、人の身を英霊のソレへと昇華させる。

 

告げる(セット)

 

 模倣するは救国の英雄/疑似霊基、再現。

 固い信念と深い信仰心/心象風景、同調。

 数多の戦場を駆けた力/戦闘記憶、接続。

 神へ祈りを捧げる聖旗/仮想宝具、復元。

 藤丸立香がこれより為すは、その全てを英霊の座より己の内へと降霊する魔術。即ち。

 

「――偽・英霊召喚(コール:ルーラー)!!」

 

 神が落ちて来たような聖光が、突如として戦場に顕現する。溢れる光が爆発に似た閃光となって兵士たちの視界を数秒奪った。

 そしてその光は、1人の人間の中へと収束し。どよめく人々の眼前、混乱の中心にて、その偽物は完成へと至った。

 

 速度を損なわない程度に全身を覆う白銀の鎧。

 両手で高々と掲げた聖旗が、戦場の赤い風を受けて(ひるがえ)る。

 

 ――征こう、ジャンヌ/憑依、完成(オーダー・コンプリート)

 

 救国の助け船、独壇場の乱入者として、藤丸立香は戦場に立った。

 

再現/無双剛撃(ファースト・バスター)

 

 先手必勝とばかりに唱える。再現するは英霊の膂力。

 白銀の籠手に包まれた手で旗の柄を握り、地が砕けるほど地面を踏みこみ。身に滾る渾身の力を以て、敵兵最前列へと目掛けて薙ぎ払いを放つ。

 

「らああああああああああ――ッ!」

 

 剛撃一閃。

 小さな竜巻でも発生したのかという程の衝撃が戦場を駆け巡り、前線に居た10人余りの兵士を空中へと吹き飛ばした。

 

「な――」

 

 戦場全体に一瞬の混乱が走り抜ける。

 その隙を突いて、今度は少し離れた場所で兵士が数人吹き飛んだ。マシュの大盾による攻撃が敵軍に炸裂したのだ。

 一連の攻撃が襲ったのが大勢側の侵攻軍のみだったのを察した少数防衛軍――その中心たる少女が兵士の壁越しに叫ぶ。

 

「援軍か!? この際素性は問わぬ、都市(ローマ)の防衛に助力してくれるなら褒美を出すと約束しよう!」

「あー、とりあえず味方です!」

 

 出来るだけ大きな声で返答して立香は敵に向き直る。眼前には混乱から立ち直り敵意を滾らせた兵士たち。鎧を着こみ剣や槍で武装した体格の良い男らが、盾を構え警戒心をむき出しにしながら此方へと歩を進めてくる。

 それに対し、立香は重心を下げて即応の構えを取った。英霊の力を憑依させたといっても彼は人間、通常兵器では一切の傷を与えられないサーヴァントと異なり、その体は魔力の乗らない刃でも傷を負ってしまう。

 

「(でも、ある程度の耐久力は『再現』できてるはず……ここは宝具を解放せず、通常攻撃だけで行く!)」

 

 その判断は敵戦力の軽視では無く、その逆。敵の援軍にサーヴァントが来る可能性を……もっと言えばこの特異点でサーヴァントと連戦する可能性を考えると、魔力を温存する必要があると考えたのだ。

 決意した立香は聖旗を円を描くように振る。生まれた風圧が兵士の全身を叩き、彼我の膂力差を文字通り肌で感じさせた。

 警戒を強め固く身構える彼らに対し、立香は旗を片手に堂々と宣言する。

 

「怪我したくない者は剣を引け! この旗より先は死地、進むなら命の保証はしない! それでも前に出てくるなら……全霊を以て迎え撃つ!!」

 

 温存するのは魔力のみ。心の奥底の怯えは無駄にせず、油断を消す道具として利用する。

 聖人の如き迫力で咆え、立香は雄叫びを上げて突撃してくる敵軍へと突進した。

 

 

 

 ◆◇◇◆

 

 

 

 英雄という名の戦場(いくさば)の華。それが三つ咲く戦場を、ひとりの青年が眺めていた。

 風に揺れる青い短髪。やや細身の肉体は、古代ローマに見られるトーガという衣服に包まれている。

 彼の背後には少数の軍。将兵の位置に立つその男は戦場を――正確にはそのうちの1人、白銀の鎧を纏い聖旗を振るう少年を見つめる。丘ひとつ挟む程度の距離を挟んでいるのにもかかわらず、その瞳は確実に少年ただひとりを捉えていた。

 

「……アレが、カルデアのマスター。世界を救う運命の子供か」

 

 青髪の男はそう呟きながら、腰に差した短剣をゆっくりと撫でる。鈍色の刃が、陽光を反射してきらりと光った。

 指揮下の兵士たちに前進の命令を下しながら、青年は独り誰にも聞かれない程度の声量で言葉を溢す。

 

「さて。出来れば彼が、僕を信用してくれる程のお人好しであってくれると()()()()んだが……どうだろうな」

 

 その男は正史にて存在しない者。

 『裏切り』の名を冠した青年(サーヴァント)は、短剣を片手に口の端を薄く吊り上げた。

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