FGO二次 衛宮士郎みたいな藤丸立香   作:龍川芥/タツガワアクタ

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4.『裏切者』の英霊の名は

 偽りの月が眼下を見下ろす。

 突如昼を侵した謎の夜の元、その英霊たちは互いを注意深く観察していた。

 

 ぼたり。大地に血が落ち、緑の野草を赤が汚す。

 落下元はふたつ。ひとつは腹に短剣の刺し傷を作ったカリギュラ。彼は、今しがた己に手傷を負わせた男を警戒と共に睨んでいた。

 

 視線の先。

 短剣を濡らす血がまた一滴落ちる。

 『ローマのアサシン』を名乗った青年は、その短剣の切っ先を敵の方へと向けた。互いに踏み出さない膠着状態の最中、彼は舌頭という武器を抜く。

 

「第4代皇帝、だったか。御身を前にして名乗らぬ僕の不敬は謝ろう。だが赦しを請うつもりはない。僕とあなたは敵同士。武器を手に向き合えば、皇帝だろうと貴族だろうとも我等同じく人と人に違いないのだから」

 

 強い信念を感じさせる声。それは不思議と、彼の背にある者達――立香やマシュらの心を奮い立たせるようだった。いや、実際にそんなスキルが発動しているのかもしれないが。

 そんな彼を前に、しかしカリギュラは一歩前に出た。腹の傷は浅く、戦闘不能に繋がるものでは無い。そして何より本能が、嗜虐の狂気が目の前の青年を『弱者』だと叫んでいる。

 

「……くそ、もう虚勢が見抜かれたか。流石、狂い果てても皇帝。僕の浅知恵が通じる相手ではないな」

 

 カリギュラの前進に対し、アサシンの頬を汗が一筋伝う。実際問題、彼は非力だった。なにせ英霊の切り札たる宝具を使って浅手しか与えられなかったのだ。その目的が『藤丸立香の窮地を救うこと』にあったとしても、直撃して尚致命傷どころか撤退すらさせられないダメージの一撃であることは言い訳のしようがない。

 だが、それでもアサシンは胸を張った。

 

「だが僕は敢えて言う。第4代皇帝カリギュラよ――全能謳う専制者よ! 汝は只人なれば、全知も全能も能わずと!!」

 

 その言葉は狂化したカリギュラには届かず、彼は獣の唸りを上げてアサシンに向けて突進する。反動で大地が捲れ上がるほどの速度、威力。短剣など容易くへし折るその一撃が迫り。

 

 アサシンは動かない。ただ、祈るように伏兵の名を呼ぶ。

 

()()()()!」

「はいはい!」

 

 不意に横合いから突撃して来た戦車が、カリギュラの体を弾き飛ばした。

 

 名馬が引く二頭立ての戦車(チャリオット)、その全力突進は古代の戦争において凄まじい威力を誇る。それはサーヴァント戦においても例外でなく。

 吹き飛んだカリギュラの体が地を削る。地面に投げ出された四肢は怒るように震えるも大きくは動かない。

 

 そんな彼を尻目に、「仕事は終わった」とばかりに軍馬と戦車が魔力の粒子となって消えた。そしてそこから地面に着地した乗り手の姿が露わとなる。

 白と金の装束の上、陽のように赤い髪が踊る。両手には剣と盾。ネロとはまた違う華々しさ、美しさを持った女性は、しかし渋面によってその美貌を陰らせる。

 

「まったく、人使いが荒い奴……」

 

 彼女のぼやきを聞き、ここに来て頭を押さえながら何とか顔を起こしていたネロが反応した。その背中を見るなり弱弱しくはあるが喜色交じりの声で彼女の名を呼ぶ。

 

「来てくれたか、ブーディカ……!」

 

 その声に――心底嬉しいと雄弁に語る声に、ブーディカと呼ばれた女性は溜息ひとつ。

 

「……そこの弁『だけ』は立つ暗殺者に急かされてね。とりあえず今は寝てなさい、ネロ」

「おお……()()もか!」

 

 その呼ばれ方・認識のされ方に、『弁だけは立つ暗殺者』は少し微妙な顔をしながらカリギュラに向き直る。なんとか立ち上がった彼に向けて、アサシンは己の背後を示しながら語る。

 

「そういう訳で、これで此方は盾の英霊らしき彼女を入れて3騎。マスターを入れるなら4騎、ネロ陛下を入れれば5騎か。対してそちらは皇帝とはいえたった1騎。兵に放った狂気も長くは続くまい。これでもまだ続けるというなら敗北を覚悟して貰うぞ、狂気の皇帝よ」

 

 狂気から解放され復活した立香、彼を支えつつもしっかりとカリギュラを睨むマシュ。ネロもそろそろ回復するだろうし、何よりアサシンとライダー・ブーディカは無傷。

 だがカリギュラは狂戦士(バーサーカー)。恐れも迷いも知らないクラス。彼の目が己に歯向かう者たちをしかと捉え――。

 

「――ッ」

 

 カリギュラが不意に頭を押さえた。その表情に狂気を押しのけるほどの苦痛の色が透ける。そして彼の口がたどたどしく言葉を紡ぐ。

 

「……そう、か」

 

 その言葉を最期に、カリギュラの姿が風に攫われるように消えた。霊体化だ。

 そのまま数秒、何も起こらない時間が過ぎ。安堵したようにアサシンが息を吐く。

 

「……引いたか。彼のクラスは恐らくバーサーカー……誰かに指示されなければああも大人しく退却しまい。順当に考えれば『誰か』は彼のマスターだが……突如訪れた『夜』の件もある。連合の裏には何者かが潜んでいる可能性があるな」

 

 そんな彼の独り言が、やけに立香の頭に残り。それについてアサシンに問おうとしたとき、通信機から声が届く。

 

『……サーヴァント反応、どんどん遠ざかっていく……どうやら撤退してくれたみたいだね』

 

 ロマニの声が戦闘終了を伝える。立香たちの間を流れていた張りつめた空気が明確に弛緩した。

 

「戦闘終了……大丈夫ですか、先輩っ。すぐにバイタルチェックを――」

「大丈夫、大丈夫だから落ち着いてマシュ!」

 

 マシュに至近距離で抱きとめられる形となった立香がいろんな理由で抵抗する。一通りのやりとりで己の無事を証明すると、彼は己に向けられた視線を感じてそちらを向く。

 

「そうだ、それよりも……」

 

 赤い外套を消しつつ、自分を支えてくれたマシュに礼を言いながら立香は()()に目を向けた。即ち、素性を知らぬ乱入者たちの方へ。

 ひとりは赤髪の女性。片手に盾、もう片手に剣という戦士の出で立ちで、頭には黄金の王冠を乗せている。ファー付きのマントなどを羽織っているところを見ると、かなり立場のある人物……ひょっとしたらどこかの国の女王様なのかもと予想できる。

 そしてもう1人は緩くウェーブした青髪の青年。持っている武器はこぶりな短剣一本で、纏っている衣服もシンプルな――教科書で(あとテルマエ・ロマエで)見た、古代人が来ている大きな布みたいな服だけな所を見ると、とても戦士や王には見えない。

 

『立香くん。彼らは――』

「はい、分かってます」

 

 立香はロマニの言わんとすることを察する。彼らはおそらくサーヴァント。赤髪の女性は「ライダー」と呼ばれていたし、何より青髪の男の方は『宝具』を使った。

 そんな2人に対しどう出るべきかとカルデア一行が二の足を踏んでいた所、第三者であるネロの声が響いた。

 

「助かったぞおまえたち! うむ、余は信じていたとも!」

 

 感謝を叫びながら二人のサーヴァントに抱き着くネロ。

 

「ちょ、ネロ……!」

 

 赤髪の女性が焦りながら抵抗を見せ、

 

「諦めるべきだライダー。陛下の抱擁から逃れるのは至難だぞ」

 

 青髪の青年は甘んじて大人しく首へのホールドを受けていた。

 

 そんな2人を両腕で抱いたまま、ネロは立香らに向き直る。

 

「リツカとマシュも大儀であった。褒美という訳では無いが、この2人の事は余が手ずから説明しよう」

 

 先ずネロが示したのは赤髪の女性。

 

「彼女はブーディカ。余のライバルといって差し支えないブリタニアの女王である! まあその、昔は()()あったのだが……此度の件で単身余の軍の客将へと転じてくれたのだ。うむ、これも余の人徳よな!」

「うーん、言いたいコトは色々あるけど……ま、よろしくね」

 

 ブーディカは少し歯切れの悪い様子で立香らの方にひらひらと手を振る。

 そして間髪入れず、ネロはもう片方の青年を――『ローマのアサシン』を名乗ったサーヴァントを示した。

 

「そして彼奴(こやつ)は――」

「失礼だが陛下。自分の事は自分で言わせて欲しい」

「む、そうか。まあ許す。余は寛大ゆえなっ」

 

 だが、青年は彼女の紹介を遮ると、その手から抜けだし。

 そして立香の前まで歩み出ると……迷うことなくその膝を折った。

 

「先ずは。僕の非礼を深く詫びよう」

 

 片膝を地に付け、深く頭を下げるアサシン。

 心当たりがなく混乱する立香をよそに、彼は滔々と謝辞を述べる。

 

「先程はすまなかった。人理側のサーヴァントとして、人類最後のマスターに名乗るのが礼儀であるとは承知していたが……敵前だった故それを躊躇った。

 僕は言わば一発芸だけの弱小英霊、礼を失したとしても敵に真名を知られるのは避けたかったんだ。あるいは偉大な大英雄ならば、あの状況でも堂々と名乗りを上げられただろうが……生憎僕はそうではない。

 僕という英霊は、無数の勝利の伝説が形になった訳でも、後世に語られるほどの治世を為した為政者の影という訳でもなく――『ただひとつの愚行』を歴史に拾われた、たったそれだけの暗殺者(アサシン)故」

 

 つらつらと怒涛の如く出てくる言葉は、しかしひとつひとつに真剣な重さが込められていた。

 それを察し、『命の恩人がなぜか自分に対しガチ謝罪している』という状況に戸惑いつつも立香は縺れる舌を動かす。

 

「あ、あの。顔を上げてください。サーヴァントにとって真名ってすごい大事だって聞いてるし……それに俺、そんなことで失礼なんて感じないよ」

「寛大なる言葉、感謝する」

 

 頭を下げたままのアサシンの大真面目な言葉と振る舞いに、まるで自分が王様にでもなったかのような居心地の悪さを感じる立香。

 そんな彼に対し、アサシンは未だ土に膝を付けたまま、その顔だけを上げ立香と目を合わせた。

 

 春の風にアサシンの波打つ青い髪が揺れる。碧眼を湛えた優男風の顔立ち、青と白を基調としたトーガから覗く肌は白く、その身長180センチ程の体は彫刻のように筋肉質ではあるが少し細身だ。足には古代ローマ風のサンダル、持ち物は短剣一本と簡素な出で立ち。目立った傷や装飾などは見受けられない。

 年齢は20代ほどか、髭の無い顔からは少なくとも若年であることが伺われる。否、英霊の年齢なのだから、それが彼の『全盛期』の姿なのだろう。

 

 そんな彼は名乗る。『ローマのアサシン』という偽名では無く、歴史に刻まれた真実の名を。

 

「改めて名乗ろう。僕の真名()はマルクス・ユニウス・ブルトゥス……いや、あなたたちには()()()の方が通りが良いか。つまり……ユダと並ぶ裏切者の名、『()()()()()』とは僕の事だ」

 

 それだけ言うと、アサシン改めブルータスは再び深く頭を下げた。それはまるで、神の像を前に祈る敬遠な信者のようだった。

 

 

 

 ◆◇◇◆

 

 

 

「うむ、此度は大儀であった! 叔父上――カリギュラは取り逃したが、敵軍を2度撃退しローマを護りきるという大勝利! これはそなたらの尽力あってこそのものだと余は確信しているとも。

 故にこの皇帝ネロが許す、存分に飲み食らい語らえ! 今宵はローマの贅を尽くした宴である!!」

 

 かんぱーい、と酒が入った(さかずき)がぶつかり、豪奢な饗宴が開始される。

 夜の闇を遠ざけるように眩しい城内で、立香とマシュは身を寄せ合うようにして固まっていた。目の前には豪華な料理、美しい踊り子や詩人たち、そして宴を楽しみ騒ぐ兵士たち。

 そんな人生初のローマの宴に、立香とマシュは動けないでいた……ハッキリ言って緊張していた。

 

「マシュ……こういうののマナーとか知ってる?」

「い、いえ。そこまでの知識は……はう、あのお肉はなんでしょう先輩っ。凄く豪華です、私たちが食べても許されるのでしょうか……っ」

 

 壁の花となり動けなくなっている二人の前に、赤と金の影がひとつ。

 

「リツカ、マシュ!」

「わわ、ネロ皇帝!?」

 

 立香とマシュに後ろから抱き着いたネロは、2人を抱きながら、

 

「ネロでよい。そなたらにのみ特別に許す。それよりも」

 

 つまらなそうに声を出す。

 

「先程から見ていれば壁で2人語らうばかり。主役がそれでは宴が盛り上がらぬ……それとも、余の宴に何か不備でもあったか?」

 

 眉を下げそう言うネロの問いに、距離感の近さゆえ言葉を失った立香の代わりにマシュが答える。

 

「そういう訳では……ただ、こういうのは私も先輩も初めてで。少し緊張しているんです」

「む、そうか? まあ多少の無礼は構わぬ、好きに飲み好きに食い、そして好きに語らうが良い!」

 

 そう言い大笑するネロ。だがその表情が不意に陰る。

 

「――っ」

 

 ネロは苦しそうに頭を押さえた。立香が心配して顔を覗き込むと、その顔色は明らかに悪い。

 

「ぐ、む……」

「ネロ、頭が痛いの?」

「うむ……叔父上と(まみ)えてから……というより、あの『偽の夜』を見てからか。どうにも、頭痛が……」

 

 彼女は少しふらつきながら立香たちから離れると、そのまま壁に手をついて側仕えを呼ぶ。

 

「すまぬ、余は部屋で休む。余の歌を披露できぬのが心残りだが……仕方ない。そなたらは宴を愉しめ」

 

 そしてネロは顔を向けず立香たちにそう言うと、そのまま体を支えられながらホールを後にした。

 彼女が去ったことで少し熱が去った宴、その中で立香とマシュがネロが去った扉を心配そうに見つめていると、その背に声が掛かった。

 

「ネロが心配?」

「あ……ブーディカさん」

 

 赤い髪が揺れる。振り向いた先に居たのはブーディカだった。彼女は立香たちが見ていた扉を見ながら語る。

 

「大丈夫、アレは今日だけの事じゃないから。あいつ、頭痛持ちなんだよね。それにしたって最近は酷い気がするけど……とにかく、死んだりはしないと思うから。そんな不安そうな顔しないの」

「はい……ありがとうございます」

「いいのよ。宴、楽しんでね」

 

 そういうと彼女は、少し複雑な笑顔を浮かべつつも宴に戻った。だが彼女は積極的に参加するのではなく、騒ぎからは離れた位置でひとり黄昏ているようで。

 その様子に立香の中で疑問が膨らむ。

 立香は果実水の入った(さかずき)を手に取りながら、スープを小皿に取り分けるマシュに質問した。

 

「マシュ、ブーディカさんはどんな英雄なの?」

「はい。彼女はネロさんが皇帝であったのと同時期にブリタニアを治めていたケルト人・イケニ族の女王です。彼女はその……夫である王の死に乗じたローマに王国を奪われ、子供と共に奴隷のように扱われ――そのことをネロさんは知らなかったようですが――とにかく、彼女はローマに反乱を起こしました。その快進撃は彼女の名を『勝利(boudīko)』の語源にする程でしたが……最終的にはローマに破れ、自刃したとも病に斃れたとも……」

「……そっか」

 

 立香の中で疑問が氷解する。ネロやローマに対する一歩引いたような態度。それは生前敵対していたがゆえのものなのだろう。またネロが彼女に爛漫の笑顔を向けるのは……。

 

「もしかして、ネロは」

 

 2人はブルータスが名乗った時のことを思い出す。たしかあの時、それを傍らで聴いていたネロの反応は、確か……。

 

「はい。おそらく、あの時の不思議そうな様子からして、ネロさんは『サーヴァント』を知りません。ブルータスさんのことは『過去の有名人と同じ名前の人間』というくらいの感覚かもしれませんが……ブーディカさんのこと、そして叔父であるカリギュラさんのことは、『死んだと思われたが実は生きていた知り合い』のような認識なのでは無いでしょうか」

 

 少し重くなる空気。

 立香はマシュに鶏の足肉を手渡しながら話題を変える。

 

「それで、ブルータスの方。名前は俺も聞いたことあるけど、具体的にどんな人かまでは……」

 

 その質問に、マシュは鶏肉を受け取りながら答える。

 

「ブルータスさんは先輩も知っていたカエサルさんと関係の深い人です。彼は大軍師カエサルの養子で、彼に重用(ちょうよう)されながらも独裁を望んだカエサルを複数の元老院議員と共に暗殺しました。その際カエサルさんが言ったとされる『ブルータス、おまえもか』という言葉で有名ですね」

「成程。だから自分で自分の事を『裏切者』って言ってたのか」

「はい。ですがブルータスさんは独裁を望んだカエサルを討ったことから、現代では『専制政治の否定』、転じて『民主主義』の象徴ともされている方です。野心からではなく、民を真に憂い、情よりも義にもとり独裁者を斃した……シェイクスピア作品の影響もあり、現在はそんな見方が一般的になっていますね」

「独裁の、否定……」

 

 同じスープを飲みながら、立香は脳裏に浮かんだ疑問を共有する。

 

「でもさ。それならちょっと不思議じゃない? ブーディカさんは『ローマに酷い目にあわされた人』で、ブルータスは『独裁者を倒す人』なら、2人がローマに手を貸している理由が謎だ」

「……確かにそうですね。特にブーディカさんは、因縁の相手であるネロさんを目の敵にしてもおかしくない筈なのに……」

 

 2人で果物を探して歩きながら話していると、果物を入れた籠の前には先客が一人。それは青い癖毛を持つ青年。

 

「あ、ブルータス」

「……マスター」

 

 噂をすれば影とばかりにそこに居たブルータスに、立香は咄嗟に口をつぐむ。今の話題が失礼に当たるかもしれないと考えたためだったが、それに対しブルータスは少し硬い声を出す。

 

「話は聞いていた。ああいや、勘違いしないでくれ。気を悪くしたわけじゃない、本当だ。寧ろあなたは正しい。どちらかというと、僕を無条件で信用する方が困る」

 

 自嘲気味に笑いながらそういう彼は、リンゴをふたつ手に取る。熟していない青い方を己の手元に、赤く熟した方を立香に渡しながら、彼は語る。

 

「僕がローマに手を貸す理由はふたつ。ひとつは……まあ、今はいい。重要なのはもう1つだ」

 

 彼は青いリンゴを齧るでもなく睨みながら、真剣な声音で続ける。

 

「『連合』には、僕が斃すべき男が居る。彼が居る限り僕は()()ローマの味方だ。要するに『敵の敵は味方』という事だ……人殺しの英霊らしい、実に下らぬ理由だろう?」

 

 その発言に、立香の頭によぎるのはマシュに先ほど聞いたブルータスの物語。即ち。

 

「その『斃すべき男』っていうのは、もしかして——」

「ああ、あなたの予想の通りだろう」

 

 そうして、彼は腰の短剣を取り出した。銀色に光る刃を見せながら、その柄をぎゅうと強く握る。

 

「ガイウス・ユリウス・カエサル。偉大なる大軍師にして無二の扇動者。その才と野心で神格化され、『皇帝(Kaiser)』の語源とすらなった男。そして……僕の養父(ちち)であったひと。

 僕が生前この手で(しい)した、たったひとりの人間だ」

 

 振り下ろされた短剣がリンゴに突き刺さり、青い果実から血が滴るように果汁が落ちた。

 

 

 

 ◆◇◇◆

 

 

 

 同時刻、ガリアの野営地にて。

 月を見ながら男は呟く。

 

「まったく、私もヤキが回ったな。斯様な毒杯を呷るとは」

 

 ふくよかな体形の彼の手には豪奢な(さかずき)。だが中身は果実酒で、毒など微塵も入っていない。故に彼が『毒』と呼ぶのは己を操る者のこと。()()5()()()()を名乗る女についてである。

 しかしそれを知らぬ傍らの兵士が『毒』という言葉に反応した。彼は鷹揚に手を振りながら兵の懸念を否定する。

 

「なんでもない。それより貴様ら分かったのだろうな? 敵将共は私が相手をする、貴様らでは奴らには勝てん。分かったら無駄死は控えろ」

「はっ! 命に代エても戦イまス!」

「……分かった、もう良い。行け」

「はっ!」

 

 様子のおかしい兵士の声……異様に好戦的なその様子に、男は呆れた声を出す。

 

「まったく、あの毒女め。戦というものが分かっていない……いや、奴の罠にかかった私が言う資格は無いか。フン、これだから政争にのみ長けた野心家というやつは気に喰わぬな」

 

 彼は頭の月桂冠を撫で、腰に差した黄金の剣を鳴らしながら想う。

 自らが『毒女』と呼んだ皇帝、彼女が手にしていた万能の願望機の事を。

 

「聖杯か……願わくば、もう一度妻と息子に……それだけのことが、随分と難しくなったものだ」

 

 月に翳した杯が、すすり泣くようにちゃぷりと鳴る。

 それの中身を一息で呷り、男は――ローマで最も高名ともいえる英霊は、そうとは思えない程に草臥(くたび)れた表情で笑った。

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