FGO二次 衛宮士郎みたいな藤丸立香 作:龍川芥/タツガワアクタ
――白刃が肉を穿つ。
溢れるは鮮血。真紅の命、他人のものであるソレが、ぬるりと己の手を流れ落ちる。死の冷たい熱が、硬く握りしめた腕を撫で。そのとき僕は初めて、この世には刃を通して他人の臓腑を掻き混ぜるこの上なく悍ましい感触があることを知った。
五感が戻る。
身なれた議場の中。
否、ひとつだけ聴こえる。それはすぐ上から降る、停止し始めた鼓動を映したかのような弱弱しい呼吸音。
見上げれば、音の主は目の前に。その男は驚愕と、悲壮と、絶望とに目を見開きながら、掠れた声で喘ぐように呟く。
「ブルータス、おまえもか……」
弁解の機会は無かった。
そのまま続く凶刃が多数突き出される。他人事のように耳に飛び込んでくる、刃が肉を裂き血が噴き出る音。四方から滅多刺しにされた男はよろめき、遂に力なく床へと倒れた。
死んだのだ。
議場の白い床に赤が広がる。少しずつ、少しずつ。息を止めた物言わぬ死体から、彼の体を流れていたモノが零れ続ける。
……ずっと、この光景を思い出す。
肉を穿つ白刃。臓腑を掻き混ぜる悍ましい感触。人が死にゆくときの息。最後の表情。その全て。
瞼を閉じれば、静寂があれば、短剣を握れば、その度に否応なしに思い出してしまう。
瞼を閉じれば/肉を穿つ白刃。
短剣を握れば/臓腑を掻き混ぜる悍ましい感触。
静寂があれば/人が死にゆくときの息。
会話をすれば/最後の表情。
喜んでも。怒っても。哀しんでも。楽しんでも。笑っても。泣いても。嬉しくても。悲しくても。希望しても。絶望しても。何も無くても。
思い出す。忘れられられない罪を、ずっと。
それが、この消えない罪が、
◆◇◇◆
黄金が輝く。
陽光を受け光る。剣技を以て閃く。
込められし力は鎧を切り裂いて余りあり、与えられし速度は風すら追い越し敵に迫る。其は必殺の刃、絢爛なりし
「そぉれ!」
男の優美なる声と共に放たれた黄の一撃を受けるは烈火の如き赤。細腕にて振るわれる紅蓮の疾走が、黄金の刃を迎え撃つ。
「はぁ――!」
赤と黄、刃が激突し、衝突音が戦場を揺らす。
そのまま刃を交えた両者――カエサルとネロは、己の武器を手に鍔競りあった。
刃が離れ、瞬きの間に二度三度打ち合い、今度は近距離での剣戟戦に発展。
両者大地を踏みしめ一歩も引かず、剣撃を防ぎ避けながら敵の首を刎ねんと剣を振るう。その様はまるで暴風を纏う嵐。黄と赤の剣閃がぶつかり合い、甲高い金属の衝突音を何重にもガリアの地に響く。
「は、よく受ける! だが剣筋が鈍いぞ5代皇帝ネロ! 私が成れなかった『皇帝』の貴様が、よもや私より弱いとは言うまいな!」
「ぐうっ、言わせておけば……!」
剣での打ち合いは続く。それはまるで、皇帝二人によって奏でられる二重奏――否、力という我を押し通すための独奏と独奏のぶつかり合い。
たった2人による戦争、その趨勢は徐々に片方に傾き出していた。
カエサルの剣技、恰幅の良い見た目とは裏腹に速く、見た目通り重い連撃がネロを鋭く打ち据える。
半面ネロの剣の冴えには僅かに翳りがあった。彼女の頭の中で騒ぎ続ける頭痛、原因不明のが、剣を振るうための集中力を奪っている。
このままでは均衡は崩れ、黄金が赤を呑むが如くカエサルの剣がネロを両断するだろう。
だがそれは、彼女が1人であればの話だ。
ネロの後方、最前線からは一歩遠のいた位置。
藤丸立香は左手を構える。
「――
魔術回路が、励起する。
心臓に灯るは錬鉄の火。降霊の魔術を以て、英霊の偽物が鍛ち上がる。
「
紫電が空を裂き、暴風が地を荒らす。その中心にて立つのは、赤い外套を纏った
彼の鷹の如き眼光が、斃すべき敵の姿を捉え。その手の内で、借り物の魔術が組み上がる。
基本骨子、想定/心象風景、同調。
構成材質、複製/魔術回路、複製。
製作技術、模倣/魂魄起源、模倣。
「
完成した白黒の夫婦剣、それを手に立香は地を蹴った。
目指すは敵将――セイバークラスのサーヴァントカエサル、ネロと斬り合う彼の首。
そんな彼の突進に重なる影がもうひとつ。立香の視界の端で、薄色の髪が揺れる。次いで目に入る黒い大盾。それは、決して見まごうこと無き少女の姿。
「先輩!」
「ああ!」
アイコンタクトで確認するのは『作戦』について。
立香の意識は一瞬、後方に控えるローマ軍の中へ――正確には其処に『気配遮断』スキルで隠れているだろうブルータスへ。
「(カエサルにはギリギリまでブルータスの存在を悟らせたくない。ネロを守る必要もあるし、好都合。このまま俺とマシュで
脳内で作戦を浚い、改めて前を向く立香とマシュ。
主従は奔る。共に肩を並べ――片割れは剣を、片割れは盾を手に。
「
「やあああああああっ!」
二刀の斬撃と大盾の突撃。
「む――」
カエサルは目端でその攻撃を捉え、やはり見た目にそぐわぬ軽妙さでひらりと飛び上がって身を躱した。
ネロとカエサル、両者の間合いが開く。それにより片方は窮地を脱し、片方は好機を逃すこととなった。
少なくない汗を流すネロ、彼女は酷い頭痛に頭を押さえながらも、己を助けた異邦人の名を感謝の念と共に呼ぶ。
「リツカ、マシュ! 助かったぞ……!」
対してカエサルは、
「ふむ、我らの斬り合いに割って入るとは不敬、小癪、だがその意気や良し! 兵も将の力、ゆえ私は許そう――そら、力を見せろ勇敢なる人類最後のマスターよ!」
揚々と謳いながら、剣を片手に突進した。
黄金の剣が立香に迫り、
「させません!」
甲高い衝突音を響かせながら、マシュの大盾がその一撃を防ぐ。
そして立香は、その大盾によって出来た死角に潜り込み。
「
盾の裏より、投擲された双剣が飛び出した。剣は回転と共に、歪曲した軌道を描きつつ右から左からカエサルの首を狙う。
「は、曲芸か!」
それを上体をのけぞらせることで回避したカエサルは、お返しとばかりに渾身の力で剣を振るった。斬撃の軌道上にはマシュの大盾――だが、その剣に込められた渾身の力は、人を斬るためのものでなく。
「そぉれ、お返しだ!」
轟音と共に大盾が弾かれる。力任せに防御を崩したカエサルは、盾の裏に隠れていた立香に黄金の剣を突き立てようとして――。
「む――」
そこには誰も居なかった。同時、その視界に影が差す。
見上げれば、其処には空中に飛び上がった立香の姿が。その手には黒い弓と、それに番えられた贋作の
先程の剣の投擲は弓の間合いへ引くための時間稼ぎか。そう判断するも既に遅く。
「
ガリアの地を爆風が吹き荒び、土煙が高く空へ舞う。
爆煙の中、その丸い体が飛び出してくる。その衣服は土で汚れてこそいるものの、しかし本人は無傷かつ健在。
彼は間一髪で窮地を脱した笑みと共に笑い。
「今のは中々驚いたぞ――」
しかし、藤丸立香の攻撃はここからだった。
着地した彼は片膝を立て弓を構える。その体を満たすのは、限りなく再現された英雄の力。
「
番える
その贋作・投影されたそれを、強力な鏃として鍛ち直す。
「
鷹の目が敵の心臓を捉え。
剛弓を渾身の力で引き絞る。
是なるは必殺、「詰み」の一手。防御・回避の隙を与えず、藤丸立香は矢を放つ。
その名を、
そして。その必殺の矢を前にローマの大軍師カエサルは。
「
藤丸立香の視界を、カエサルの心臓まで引いた射線を、突如現れた影が遮った。
一瞬壁かと思われたソレは、しかし違った。
「な」
それはローマ兵達――カエサル率いる連合側の兵士たち。彼らがカエサルに向けられた矢を止める為、庇うように彼の前に出て並び立ったのだ。ソレは正に肉の壁、幾重もの命を賭した分厚い盾。
兵たちに守られつつ、その奥でカエサルは意趣返しとばかりに、
「私は言ったぞ。
そうふてぶてしく言ってのけった。否、それは戦場での正論だ。ネロの窮地を立香らが救ったならば、カエサルを彼の部下が救うのも咎めることなど出来ない道理。
だがその一手は、偶然にも、と言うべきか。藤丸立香の手を止めた。
彼がどれだけ目を凝らしても、直進する矢である
「――くそっ」
立香は罵声と共に構えていた弓を下ろす。彼の脳裏をよぎるのは、第一特異点で聞いたロマニの言葉。
『特異点で死んだ人間は、特異点が消滅した段階で「辻褄合わせの死因」が与えられる。例えば「ワイバーンに喰い殺された」が「街が火事になって焼け死んだ」と改変されるようにね』
それはしかし、特異点内で消失した命は特異点が消滅しても戻らない、ということで。
「(俺がもしも
目論見は正しかった。藤丸立香は敵を確かに追い詰めていた。それこそカエサルに手札を温存させない程に……『作戦』の為の不確定要素を排除する目的の通りに。
だがその一手が、カエサルが隠していた手札が、『作戦』を潰してしまう程のクリティカルだった。
そんな彼の渋面を感じ取ったか、カエサルは肉壁の裏から心底不思議そうに問う。
「? 撃たぬのか? その矢なら一発で此方の兵を数十は削れるだろう。それは有益な損害の筈だ。戦争は初めてか? それとも……」
揚々と両手を掲げ、カエサルは演説の構えを取った。その目が鋭い光を讃える。
「大義を掲げながら人間ひとり殺せぬと申すか? 私を失望させるな人類最後のマスターよ。そんな道は何処にも辿り着かぬ。既に賽は投げられたのだ。己の理想を通すためには必然犠牲も出よう――それを背負い進むのが英雄というもの。罪は成果で洗い流せる」
その言葉を受けて……しかし矢は放たれなかった。
ふん、とカエサルは顎をさすり、そしてぱちんと指を鳴らす。
「そうさな。ならば……少し撃ち易くしてやろう。宝具発動、『
カエサルが言うと同時。
ごぼり。兵士たちの目から、鼻から、口から、どろどろとした血が零れた。鉄錆の匂いを纏った赤が、その白目を、鎧を、肌を深紅の色に染めていく。
「私に与えられた兵五千。こ奴らはその全員がもれなく毒に侵されている。侵されたものは3日と持たぬが、正気ごと恐怖を忘れその命を死ぬまで戦いに費やす、そんな狂戦士の猛毒にな」
最早其処に『兵士』は居なかった。
居るのは血を流し不気味に呻く、殺戮を求める生きた屍。おおおおおお、と際限なしに血を垂れ流す大口、そこから放たれる意思なき声が輪唱のように大気を揺らす。彼らの筋肉が内出血を起こすほど隆起し、恐怖を知らない目が敵を見据える。
大地を真っ赤に染め上げながら、五千の屍兵たちは一斉に前進を始めた。それは赤い津波がゆっくりと押し寄せて来るような、そんな不気味に過ぎる光景だった。
「――ッ」
そんな狂気の集団を前に……けれど立香は弓を引けない。
手が震える。歯の根が合わなくなる。
彼にとって、目の前の兵たちはまだ『人間』だった。その命を奪うことを――心臓を抉り、首を落とし、爆風で肉塊にすることを藤丸立香は選べない。
だって、この手が血に濡れてしまったら。きっと誰かを殺した手では、守ると誓った
それに対し、兵たちの裏から失望のこもった声が届く。
「……コレでも撃てんか。存外、つまらぬ戦になったな」
カエサルはそのまま、低く冷たい声で続けた。
「もうよいぞ、許す。貴様はそのまま、誰も殺せぬ臆病者のまま死んでゆけ――全軍、突撃」
おおおおおおおおおおおおおおおおお、と津波がうねる。巨大な一個の生物と化した軍隊が、毒に侵された狂戦士たちが、藤丸立香目掛けて殺到する。
「良かったな貴様ら。どうやらその命、此度の戦でも毛ほどの価値くらいはあったようだぞ」
地響きと狂乱の狭間、最後にそんな声を残し。
――狂兵の濁流が、藤丸立香らを飲み込んだ。
◆◇◇◆
『それで、作戦のことなんだけど……こういうのはどうかな』
数刻前。自らに与えられた使命を、『作戦』のことを考える。
『ブルータスの宝具は、威力よりその「奇襲性」が武器だと思う。いきなり敵が目の前に現れて、何故か防御も出来ず攻撃された――そんな状況で隙を作らないひとなんて滅多に居ない。だからその、気を悪くしないで欲しいんだけど……生前と同じ使い方、つまり「仕留めるためではなく、予想外の一撃で決め技を当てる隙を作る」っていうのが一番いい使い方じゃないかな』
彼は、己のマスターは考えてくれた。将として無能な『裏切り者』の暗殺者に、作戦と重要な役割を与えてくれた。
『「作戦」はこうだ。もしガリアに駐屯している兵の将がカエサルまたはカリギュラ以外のサーヴァントだった場合、ブルータスは一般兵士に紛れて「気配遮断」で身を隠す。そして俺、マシュ、ネロで相手の注意を引いて……ブルータスの宝具での奇襲が決まった瞬間、全員で叩く! 合図はそうだな、この
どこにでもいる心優しい少年のようでもあり、数多の戦場を潜り抜けた知将のようでもある不思議なマスター。『裏切り者』すら信頼する善性の徒。
そんな彼は今……その優しさによって追い詰められていた。
見ていた。
ネロ率いるローマ兵の只中に隠れながら。
作戦を反芻しながら見ていた。
彼が泣きそうな顔で、意を決して剣を握りしめるのを。
努めて冷静さを保ちながら見ていた。
彼が歯を食いしばり、襲い来る兵士に向かって剣を振り上げるのを、ただ。
瞬間。
全身をどうしようもない衝動が襲う。
「嗚呼……
手にはあの感触。殺人者に与えられる不治の呪いが、皮膚の裏をじっとりと舐める。
冷静だった。『作戦』は頭に入っていた。
ここで自分が飛び出すよりも、彼が兵士を殺してでも迎え撃つ方が確実にカエサルを討つ道であることは彼にも分かった。
『己の理想を通すためには必然犠牲も出よう――それを背負い進むのが英雄というもの』
カエサルの、英霊と成った養父の言葉が頭の中を反響する。
「……
それでも気付けば、短剣を握って唱えていた。
「罪を重ねる咎の
我が握りし刃こそ、
瞬間、世界は止まり。
剣を振り下ろし兵士の命を奪わんとした藤丸立香の前に、その男は立ち。
――『
連続発動された宝具が、藤丸立香の周囲の兵を一瞬で斬り殺した。
時間が戻る。
鮮血が舞う。
殺人を為した英霊を、藤丸立香が忘我で見やる。
「ブルー、タス……?」
しかして彼が見据えるのは、狂兵の濁流の遥か奥――瞠目するカエサルの貌。
敵将から、敵兵から主を庇うように、裏切り者の暗殺者は血に濡れた短剣を己の養父へ向けた。
「マスター、あなたが背負う必要は無い。兵が将の力と言うなら……私があなたの分を背負おう」
罪の重さで震える手で。
それでも彼は朗々と叫ぶ。
「ガイウス・ユリウス・カエサル! 偉大なる大軍師よ! 僕はあなたに敢えて言う!
マルクス・ユニウス・ブルトゥス。
目立った勝ち戦の記録も、大きな武功を立てた記録も無い、将・戦士としてみれば間違いなく三流以下の
しかし、その男の真価は強さに非ず。
「正義を謳って人を殺せば善人か? 悪を気取って人を救えば悪人か? 理由で行動が許されるのならこの世に法など必要ない。殺人が罪ならぬと言うのなら、それは我等の遥か子孫が得た倫理、過去に学んだ賢者たちの善性の否定に他ならぬ!」
彼が生前から求めた『民主主義』。
それは彼が生きた時代の2000年後、平和な現代文明を象徴する政治様式となった。
即ちブルータスという男の真価は、今から2000年以上前に専制政治の危険性と民主主義の利点とを見抜く、その並外れた聡明さ。
「犠牲の許容など糞喰らえ。たとえどんな場合であれ……人を殺すのは決して赦されぬ罪なのだ。綺麗事、理想論と詰られようが変わらない。なにせそら、綺麗で理想の考え方だと万人が認める訳だからな。『世界を救う英雄』ともなれば、そんな理想の道こそ相応しい」
故にその弁舌は、養父カエサルの影響もあり――味方を鼓舞し狂化した敵の意志さえ弱める、強力な扇動スキルと同じ効果を発揮していた。
敵さえ足を止めその演説に耳を傾けてしまう中、ブルータスは堂々と宣言する。
「故に。罪は罪人が、永遠に咎人たる僕が請け負おう。
我が
そうして罪人は
未だ手を震わせ続ける罪の感触は、しかし、第二の生にて罪なき少年を庇う力を彼に与えた。