FGO二次 衛宮士郎みたいな藤丸立香 作:龍川芥/タツガワアクタ
藤丸立香には魔術の才能があった。
その適性は「降霊魔術」。
貧弱な魔力量も相まって、あってもなくても変わらないレベルの本当にちっぽけな才能。まともな魔術師になるなど夢のまた夢の、凡俗に毛が生えた程度の適性。
だが、ふたつの条件によりその才能は開花する。
ひとつ。血の滲むような鍛錬を終生続けること。
ふたつ。「
正史では決して辿り着かないであろう彼の"魔術師としての"極地……だがこの世界の藤丸立香は、抑止力との契約によりそこに至った。
その魔術の名は──
「──
魔術回路が、励起する。
まるで血の通っていなかった血管に熱した鉛を注ぎ込まれたような、激しい痛みが全身を苛んだ。
視界がちかちかと赤く点滅する。脳が未経験の苦痛を処理できず悲鳴を上げている。
だが、迷いはなかった。動きが鈍ることも、心が止まることもなかった。
藤丸立香は1歩も退かない。
──俺は、戦う。
その双眸が、光を宿して
イメージするのは、赤い背中。あの時夢で見た、憧れた弓兵の英雄の姿。
叫ぶ。其は、人理を守るための戦いである。
「
閃光が走った。
紫電が
それは、まるで嵐。
1人の人間が英雄となる試練をこの一瞬に凝縮したような、荒れ狂う暴虐と災禍の具現にも見えた。
風と紫電が舞い、誰も近寄れないほど勢いを増す。
それでもその場にいる全員が理解していた。これは破壊の嵐では無く、何かを呼び込む風であることを。
そして──嵐が止む。
その中心に佇んでいたのはかくして……一般人の頼りないマスターでも、世界を救った英雄でもなかった。
例えるならば、それは──それらの混ざりもので、紛いもの。
マシュ・キリエライトは息を飲む。
オルガマリー・アニムスフィアは瞠目する。
ロマニ・アーキマンは計器の故障を疑い。
そして──
ボロボロの赤い外套に身を包んだ、
「俺は、生きたい。生きていたい。
⋯⋯だけど、誰かを見捨てたくも、ない。
我儘だって分かってる。でも、我慢するつもりもない。
俺は、この馬鹿みたいな我儘を貫くために戦うって、今、決めたんだ──!」
ぎちり、と何かが軋む音がした。
それは藤丸立香の体の中からだった。
何となく、彼は理解した。自分がどんな英霊の力を借りたのか、相手に勝つためにはどうすればいいのか。
「
借り物の魔術が組み上がる。
藤丸立香の両の手に、名も知らぬハズの夫婦剣が投影されていく。
本家はもちろん、その偽物にすら遠く及ばないその双剣は、けれど
知りもしない、けれど何故か慣れ親しんだ剣の感触を確かめるように握り、右手の剣を
初めて──初めて、藤丸立香は彼女と目が合った気がした。
黒いバイザー越しの視線と、真っ直ぐに射るような視線がぶつかる。立香はなんとなく悟る。これが、互いが互いを打倒しようとする世界──戦いの世界。
そこに、自分は足を踏み入れたのだと。
今更、心の弱い部分が竦む。
戦うのは怖い。
痛いのは怖い。
負けるのは、何よりも怖い。
それでも──。
心の中が燃えている。
鋼を溶かし、剣を打つ炎が、立香の魂の中で燃えている。
嗚呼、確かに戦うのは怖い。
だけど、もう分かっているだろう?
そんなことよりも遥かに怖いのは。
このまま⋯⋯何も出来ないまま、全てを失うことだ。
守ると誓った後輩も、風前の灯火となった人理も、見捨てたくないと思った人々も、そして何より自分の命さえも。
呆気なく、他愛なく、無力な自分の手の中からひとつ残らず奪いさられること──それこそが、何よりも恐れるべきこと。
そうだ、俺は──無くしたくないものがあるから、戦うことを選んだんだ。
握り締めた双剣が、胸の中で燃えるものが、背中に感じる仲間の息遣いが、藤丸立香の覚悟を決める。
ここから先は死地。だが、もう余分な気負いはない。
守り抜く──そのための力を、俺は借り受けたのだから!
「行くぞ騎士王。覚悟の準備は十分か!」
戦端は、開かれた。
◆◇◇◆
先手は立香。
「
呟くやいなや、その肉体は風となる。
「な」
瞬きの間すらない刹那、セイバーの真横に立香は居た。
緑色の残光を残しながら数十メートルの間合いを瞬時に詰めた彼は、急所目掛けて双剣を振るう。
「はぁッ!」
ギィン! と刃がぶつかり合う音が響いた。セイバーが咄嗟に宝具の構えを解き、
「……
「ぐ、く……ッ(岩を押してるみたいだッ)」
必死で押し込むもびくともしない防御。それどころか力任せの剣で立香の体は弾かれ、敵の目の前で体勢を崩す。
「だが人の域を外れただけでは、私の剣は破れない」
巨岩をも斬り裂く直剣が、立香の胴を両断せんと振り抜かれ──
「
立香の体が、
双剣の刃でエクスカリバーの一撃を受け流す。その動きは先ほどまでの「速いだけ」の動きとは違い、確かな技術に裏打ちされた流麗さがあった。
「(……動きが変わった? それに、この動きは……ッ)」
セイバーの二撃目、三撃目も防ぎ、攻防一体の型で反撃する立香。
「せあぁッ!」
「ちィ……」
その光景を、一体誰が予想しただろう。
漆黒の剣、闇の魔力の嵐の中で踊るように、その暗黒を引き裂くように、藤丸立夏は戦っていた。
その光景を見て、
「ありゃあ……弓兵野郎の……?」
セイバーの剛剣を受け流す立香の剣技、その動きに覚えがあったのだ。それはこの冬樹の街で戦った、
「(……おかしい。マスターにあんな魔力は無かった。何か外法に頼ったな……糞、オレがもうちょい動けりゃあな)」
キャスターは己の腹を押さえる。セイバーに負わされた相当の深手、霊核まで達しているその傷は彼を消滅寸前にまで追い込み、今もその動きを大きく制限していた。魔術による回復はしているが、どうも治りが悪い。大聖杯に辿り着くまでの連戦で、マスターの魔力に負担をかけまいと自前の魔力で戦っていたのが仇となったか。
だがクーフーリンは主君に使える戦士であり英雄、多少のハンデは言い訳にならないし、しない。「自分が敵を倒せなかった」がキャスターにとっての結果で、彼はそれに歯噛みする。
なんとか魔力を攻撃に持っていけるよう
その横で、マシュ・キリエライトは目を見開いていた。
「……せん、ぱい?」
『マシュ、聞こえるか!? 立香くんの
通信越しのロマニの声も、今は頭を素通りするばかり。
人生経験・実戦経験の薄い彼女にとって、「
そもそも彼女の体力と精神力はセイバー戦での苦闘によってとうに尽きており、それにより膝を付き盾で支えている体は半端な気持ちでは動かない。
だが。
「(行かないと。先輩の傍に)」
その足は、震えながらも立ち上がった。ゆっくりと、しかし確実に。
その間もマシュは、戦う立香の姿を見つめ続けていた。
幾度も刃がその体を掠め、痛みに顔を歪ませ血を流し、それでも戦うことを止めない
美しかった。綺麗だと思った。勇気と覚悟、愛と献身。人の善性が帯びる眩い輝きを彼は帯びていたから。けれどそれ以上に、その姿がどうしようもなく悲しかった。
だからマシュ・キリエライトは、膝をついたままでは居られなかったのだ。
「(私は……彼の
その様子を見ていたキャスターは薄く笑う。そして彼も、杖を支えにしてゆっくりと立ち上がった。
サーヴァントよりも前で戦う、常識外れのマスターを助けるために。
そんなマスター・藤丸立香は、猛攻の間隙を見つけて攻勢に出ようとしていた。
大振りの上段斬りを躱し、好機と判断して叫ぶ。
「
赤い魔力に包まれ、刃が伸びる干将・莫耶。同色の光を纏った立香は、先ほどまでとは打って変わって直線的な動きで刃を振るう。
「うおおぉッ!」
「(魔力放出──)」
赤と黒が激突し、地を空を衝撃が駆け抜けた。マシュとオルガマリーは激しい風に思わず腕で顔を守る。
すぐにそれを恥じ、衝撃の発生点へ向き直るマシュが見たのは。
「偽物風情が……調子に乗るな」
「くっ……!」
「先程よりも鋭い太刀筋。威力も増している。だが動きは直線的で読み易く、最初程の
余裕のある声音で紡がれた言葉は、まさに真実を言い当てていた。
藤丸立香の魔術〈憑依魔術〉。抑止力との契約でほぼ限界まで強化されたそれの正体は「抑止力と契約した英霊の憑依召喚」である。英霊を"使い魔"として使役するのではなく、"武装"として自らを強化する。英霊との相性やその意志の一切を無視した、合理的とも言えるだろうその
今の立香では力を御しきれず、憑依元の英霊の持つ「敏捷」「技術」「膂力」、それらのいずれかしか一度に再現できないのだ。つまり「
「元が人間ゆえ警戒したが……
押し勝ったのはセイバー。投影した干将・莫耶が砕け散り、立香の体が大きく弾かれる。
「くそッ……
「終わりだ。『
轟、と魔力が漆黒の剣を中心に渦巻く。立香の投影は間に合わない。いや、間に合ったとしても、今投影しようとしている干将・莫耶、その”贋作の贋作”では何も出来ない。
「(駄目だッ。今の俺じゃ、届かない)」
黒き破滅が全てを飲み込む──その瞬間。
「
声が聴こえた。
「──
だから叫んだ。
「ッ、令呪解放!」
令呪が更に一画減り、そこに込められていた魔力が
そしてそのマシュは、立香の前に。
「仮想宝具、展開します──『
大盾が放つ眩しい光が、またしても漆黒の怒涛を押しとどめる。その激しい光景を立香は見ていなかった。彼の視線は、いつの間にか己を庇うように飛び込んできていたマシュの背中に。
音も光も一時忘れた。その細い体に何か言いたくて、けれど喉からは何も出てきてはくれなくて。
と、魔術による炎弾がセイバーに数発着弾。宝具の構えが解かれ、破壊の奔流は空気に溶けるように掻き消える。
魔術を放ったのは、遠くに立つキャスター・クーフーリン。
「マスターよ、忘れてねェよな! アンタは1人で戦ってるワケじゃないんだぜ!」
彼は腹の傷を押さえ、口の端から血をこぼしながらも杖を構えて笑う。その表情が「憑依元」の影響で視力の強化された立香にははっきりと見えた。
そして立香の目の前には、セイバーの宝具を防いでくれたマシュの姿。精魂尽きていたハズのその肩は、やはりまだ震えている。それでも、彼女は立香の前に出た。
「私もっ……私も戦います、マスター!」
その声に、言葉に、込められた意思に。
右手の甲に刻まれた令呪が、心臓よりも深い場所にある何かが、耐え難いほどの熱を持つ。
「……ありがとう、マシュ。キャスター」
「っ、はい! 防御は任せてください、マスター!」
「応よ! 援護が
そうして始まる総力戦。
黒い剣撃と魔力を受け止める大盾、紅蓮爆炎が炸裂する中、贋作の双剣たちが敵を射り斬り襲う。
だがセイバーも負けてはいない。全身から黒い魔力を放出し、一対三の劣勢をものともせず剣を振るう。
闘気がぶつかる。剣技が閃く。魔力がうねり、肉体が踊る。炎と闇が、正義と
永遠にすら思える戦い、その均衡はしかし、徐々に崩れ始めていた。
「(クソ、決定打が無い! こっちは既に体力の限界、このままじゃジリ貧だ!)」
立香は歯噛みする。
味方側の消耗が激しい。その上、
だが短期決戦をしようにも、攻撃宝具を有するキャスターの宝具はリスクが高い。セイバーは大魔術を使うには隙が無さ過ぎる相手だ。まだ令呪は一画残っているが、もし失敗すれば次は無い。現状キャスターの宝具による攻勢は難しく、それはほとんどの勝機を潰されているのと同じだった。
だが。
「いい加減膝を折るがいい、カルデアの漂流者たちよ。既に勝敗は決した」
「いいえ! 私たちは諦めません、決して!」
「嬢ちゃんの言う通りだ、勝負ってのは終わってみるまで分からねぇもんだぜッ」
その瞳に闘志を宿し、傷だらけの体と諦めを誘う心を奮い立たせながら戦うマシュとキャスター。
彼女らが折れないのは、背負っているからだ。俺のこと、仲間のこと、世界のこと。そしてそれは俺も同じ。
そうだ。俺は背負うものがある。「届かない」じゃダメなんだ。
「……マシュ! 少しだけセイバーを抑えてくれ!」
「っ、マスター、何を──いえ! 了解です!」
届かないのなら、届くまで──手を伸ばせ。
「令呪をもって、借り物の我が力に命ずる」
手の甲に刻まれたマスターの証、最後の一画であるそれが光を放つ。
使えるものは何でも使え。味方も借り物も偽物も。どれだけ無様でもいい。そう体の中から声が聴こえる。
掻き集めて、積み上げて、決して届かないはずの相手に届くのならば。
叫べ。叫べ。喉が裂けるまで。
この身は既に、決して負けられないのだと!
「誰かを
──力を貸してくれ、
瞬間。
これまでとは比較にならない情報が、頭の中に流れ込む。ぎちぎちと、体の下で刃が蠢く音が聴こえる。
剣の、丘⋯⋯否、剣の墓標。そこで立ち竦む、赤い外套の男。
鉄錆色の空を見ながら、1人の少女のことを想う、剣のような男。
──ああ、これは。
藤丸立香は確信する。
今、自分は、1人の人間を英雄たらしめるものを預かったのだと。
自然と、声が出ていた。
「──
唄い上げるように呟く。瞬間、心臓が軋んだ気がした。
体のうちを、自分のものでは無いだれかの熱が駆けていく。
これは無限の荒野を歩んだが如し、1人の英雄の鼓動。
無謀で、無様で、終わってみれば無価値な命。
でもそれは、今感じるこの熱は。
どこまでも熱く美しく──だからこそ彼は英雄となったんだろう。
「
組み上がる。積み上がる。決して届かぬ果てのユメへと。
「
塗り代わり、成り代わる。凡人の魂が、世界を救う英雄へと。
「
恐怖はある。後悔もするだろう。それでも、止まれない。止まりたくない。
「
この体の中で燃えるものが、例え自分のもので無かったとしても。
「
その夢に、理想に、嘘をつきたくなんて無いから!
「
そして──その世界は姿を現す。
剣の丘。歯車の空。鉄錆色の、1人の英雄の世界。
ぼろぼろで、半端で、1部しか再現出来なくとも──確かに、それは
固有結界とは呼べるべくもない。敵を引きずり込む力もない。
それでも、それは背景のように。あるいは翼のように。
そんな剣の世界を背負いながら、藤丸立香は立っていた。
「──ありがとう、アーチャー」
フッ、と。キザに笑った男の声が聴こえた気がした。
さあ、舞台は整った。
英霊のまがいものすら名乗れない、不完全な偽物。
それでもそれは力として、ただの人間だったはずの少年に力を与える。
告げよ。告げよ。
一撃必殺の宝具、その預かりし名を告げよ!
全ては、おのが望みを果たさんがために──
「擬似宝具、再現展開──『
剣が、舞った。