FGO二次 衛宮士郎みたいな藤丸立香 作:龍川芥/タツガワアクタ
浮き上がっていた足が地に着く感覚を覚え、藤丸立香は目を開ける。
「(……草の匂いだ)」
眩しい太陽の光が目を刺す。
しばらくして目が慣れたころ、立香は周囲を見渡した。
そこは草原だった。
足元には草の剥がれた地面を晒すだけの道。地平の端には建造物が見えるかどうか。
それは牧歌的な空気を纏う、立香の見慣れない世界。
「ここが、フランス……?」
半ば独り言だった問いには返答があった。
「時間軸の座標、確認しました。どうやらそのようです。現在は西暦1431年——フランスが百年戦争の只中にある時期です。とはいっても歴史のデータによると、今は戦争は休止期間のようですが」
「マシュ」
「はい。私も先輩も、無事にレイシフトに成功したようですね」
大盾を携え鎧を身にまとった少女——自らの相棒でありデミ・サーヴァントであるマシュ・キリエライトの姿を確認する。見慣れない世界に囲まれていても、知ってる顔があればそれだけで少し安心できた。
と、その時。
藤丸立香は異常に気付く。
「……ねえ、マシュ」
「なんでしょう先輩」
「私、あんまり歴史詳しくないんだけどさ……あんなの、この時代にあったの?」
「? いったい何を見て──」
上を指さした立香につられてマシュも空を見る。そこには。
「光の、輪……?」
青空を、巨大ななにかが汚していた。
『よし、通信繋がった……ってなんだいアレは!?』
「ドクター、アレに関するデータは」
『い、いや、1431年にあんな現象が起きたという記録は……というかどの時代にもないぞあんなの! 何だアレは、衛星軌道上に、大陸と同じ大きさの魔術式でも展開されてるとでも言うのか……?』
カルデアの管制室に居るロマニにもその正体は分からないらしい。
「……てことは、アレが」
『ああ。未来消失の理由、それに関係するものだろうね』
立香はごくりと喉を鳴らし、自分の知らない空を睨んだ。
アレが、敵。少なくとも空いっぱいに異常を来たす力を持つ者が、自分の倒すべき存在。
そう思うと、それこそ人の身で空に挑むように恐ろしくなる。
『とにかく、アレの解析はこちらで行うよ。キミたちは現地の調査に集中してくれていい』
「了解です、ドクター」
「フォウ、フォーウ!」
「!? フォウさん、ついてきてしまったのですか!?」
『な、見当たらないと思ったら……2人のコフィンのどちらかに入り込んだのか? くそう、ボクには撫でさせてもくれないのに!』
と、フォウくんが立香の肩に飛び乗った。そして何かを訴えるようにてしと頬をつついてくる。
それに立香は、しっかりしろと言われているような気がして。
「……ありがとう、フォウくん」
「フォウ!」
立香は首を振って、気持ちを切り替えた。
少なくとも、自分の役目は怯えることではない。今は、自分に出来ることを精一杯やるのみだ。
「よし! マシュ、何からやろうか」
「はい。やるべきことは周囲の探索や現地の方との
「わかった。街は……アレかな」
道を辿った先、遠くに見える壁を目的地に据え、立香たちは歩き出す。
と、ここでロマニが思い出したかのように通信をつけた。
『そうだ、立香ちゃん』
「?」
『
それが何のことを言っているのか、立香にはすぐに見当がついた。思わず自分の手のひらを睨む。
『危険もあるだろうから「使うな」とは言えないけれど、そう安易に頼るのは止めて欲しいんだ。なにせ
開いた手のひら。
左手の親指の先から付け根辺りにかけて、その肌が浅黒く変色していた。周囲には「火傷」で済ませたが……それが火傷なんかでは無いのは、立香だけが知っている。
立香は、「抑止力との契約」云々の説明を伏せていた。理由は自分でも分からない。ただ思い当たる節があるのなら、それは"後ろめたさ"か。
「……はい。分かってます」
少しだけ歯切れ悪く、そう答える。
元より借り物の力、乱用はするまいと思っていた。
けれど。
「(あのセイバーのような敵が現れたら、その時は──)」
覚悟も、あった。
勝つ覚悟。守り抜く覚悟。それが、心の中で燃えている。
「フォウ?」
「……大丈夫、フォウくん。心配しないで」
それは本音だったのか、それとも。
少しの不安要素を抱えて、藤丸立香の旅は始まった。
◆◇◇◆
疲弊しきった砦への到着。
「竜の魔女」ジャンヌ・ダルク復活の噂。
その話を断ち切るように飛来した、亜竜ワイバーンの襲撃。
そして、そこへ援軍のように現れたサーヴァント──。
「私はジャンヌ・ダルク。クラスはルーラー」
白き鎧に金の髪。混乱を起こさぬよう砦から離れた場所で、彼女は言う。
「どうやらこの世界には、もう1人"ジャンヌ・ダルク"が居るようなのです。フランス王シャルル七世を殺し、オルレアンにて大虐殺を行った『竜の魔女』として」
聖女と魔女、2人のジャンヌ。その「魔女」ジャンヌ・ダルクが、この特異点を特異点たらしめる元凶であるらしい。
「私はもう1人の
立香たちはそんなジャンヌと協力することにした。
歴史書通りの勇敢で慈悲深い人格に好感を覚え、少し共に行動しただけで立香たちとジャンヌの絆は深まった。
そして、一行はオルレアンの情報を探るためラ・シャリテへと向かう。
街の中にサーヴァントの反応を検知し、足早に駆け寄ったその街で──事態は動いた。
◆◇◇◆
「これ、は……」
立香は呆然と立ち尽くす。
「酷い……!」
「これを、"私"が……」
ラ・シャリテの街は、滅びていた。家は壊され、人は殺され。道にはピクリとも動かない死体が瓦礫と共に乱雑に転がっている。
それを貪る
『……生体反応、確認無し。その街に生存者は居ない。全滅だ』
血の匂い。内臓の色。死の感触。
それが立香を痛烈に襲った。
立っている場所が分からなくなるほど気分が悪い。胸の中の炎が悲鳴を上げているような気がする。
しかし、状況は更に悪くなる。
『! まずい、サーヴァントの反応だ! 気付かれた、こっちに戻って──』
焦ったような通信越しのロマニの声。それはしかし、更なる疑念と驚愕に変化した。
『いや、待て!? なんだこの反応……1騎は確実にサーヴァントだ! だが、残り4騎……これは、なんだ!?』
「ドクター、いったい何が──」
『分からない。分からないが……とにかく逃げろマシュ、立香ちゃん! 敵の殆どが、
「いえ、これは──間に合わないっ」
そして。
「──あら、まあ。何てことでしょう。
彼女は足を組んでいた。しかしそれは椅子の上で、ではない。彼女が座るのは──巨大な、竜。
岩石の如き巨体に鉤爪を備えた六本の脚。背中から尻尾にかけて堅牢そうな甲羅に包まれており、翼はない。人など簡単に飲み込めそうな、沢山の牙と角を生やしたその頭の上で──彼女はその竜を支配下に置いていると宣言するように足を組む。
燃え尽きた後の灰のような白い髪。幽霊かと思うほど白い肌。不吉を思わせる黒い鎧を纏い、竜を象った旗を弄ぶその人物こそ。
「……竜の、魔女。もう1人のジャンヌ・ダルク」
それは誰の口から出た言葉か。それに構うこともなく、黒色の彼女はただ一人を見ながら言葉を続けた。
「まさか、"私"が居るなんて! ああ、嘘、信じられない!」
彼女が見据えるのは、金の髪に白い鎧を纏ったジャンヌ・ダルク。
「だって……クク、アハハ! あはははははは!」
「……何を笑うのです、もう1人の"私"。滅びた街と踏みにじられた命の前で嗤うほど、何がそんなに可笑しいのですか」
突如として笑い始めた、白い髪に黒い鎧のジャンヌ・ダルク──ジャンヌ・オルタ。そんな彼女に対する
「だってあなた、
そのタガが外れたような笑いに、白いジャンヌはぎゅうと旗を握る手に力を込める。
「……っ、答えてもらいますよ竜の魔女。貴女がこの街を襲った理由は? 竜を放ち、人々を襲わせているのも貴女なのですか?」
「──。ええ、まあ」
突如として笑みが消えつつも、問いには答えるジャンヌ・オルタ。その様子に言い知れない不気味さを感じつつも、ジャンヌは言葉を続ける。
「ならば、何故──」
「『何故』? はぁ、同じ"ジャンヌ"がこうも鈍くて愚かだと、流石に嘲笑もできませんね。決まっているでしょうそんなこと」
そして、竜の魔女ジャンヌ・ダルクは何でもないように、まるで午後の予定を聞かれたときのように言う。
「──滅ぼすんですよ、この
「バカなことを……っ」
「『バカなこと』? 今のは私に言ったのかしら。だとしたら憐れねジャンヌ・ダルク、憐れなほどに愚かで吐き気がするわ」
ジャンヌ・オルタは竜の頭の上で立ち上がった。その髪が影を作り、彼女の表情を隠す。
そして彼女は弾劾するように、己の分身に語り掛ける。
「
炎が。
黒い炎が周囲を焦がす。それは彼女の怒り、彼女の憎しみの具現。
それを放ちながら、彼女は叫ぶ。
「国を救った
炎でまたひとつ家が崩れ、遺骸がそれに潰されて血を撒き散らす。
けれどそれを起こした張本人、ジャンヌ・オルタの身には何も起こらない。それは正に、神など居ないという明確な証明でもあった。
「まあ、理解できないでしょうね。今もいい子ちゃんのままで居る、何も学習していないお気楽能天気な聖女サマには」
「なっ……」
炎が収まる。ジャンヌ・オルタは竜の頭に座り直し、激情の抜け落ちた顔で言った。
「問答も飽きたわ。もう1人の"私"、あなたには何も感じない。所詮私の残り滓、これ以上何を言っても無駄のようですね。だから──死になさい。そこらの骸と同じように」
そして、彼女は命じる。
ずっと侍っていた、己のしもべたちに。
「セイバーとランサー……いえ、
ジャンヌ・オルタが座っている竜、その巨体の影から、2人の敵が現れた。
「ドクター、あれは……っ」
『ああ、反応はずっとあった! アレが、サーヴァントに似た反応を放つ謎の敵の正体——』
1人は、異形と言うしかない存在。馬に似た小型の竜、翼の生えた四足のそれがこちらに歩いてくる。と、その背中が内側から引き裂かれ、中から血の匂いと共に細剣を持った人間の上半身が現れた。
黒と赤に染まったその上半身は、衣装こそ軽装の騎士と言えそうだが──その貌、特に目元を爬虫類の甲殻のようなものが覆っており、性別すら判断が付かない。その姿は正に竜騎兵。竜に乗り竜と一体化した異形の騎士。
もう1人は比較的人型を保ってはいるが、表情や動作に現れる気配は殺意を纏った獣のモノだ。容姿は貴族のような黒い服を着た壮年の男性、普段なら優雅さと意志の強さを感じさせただろうその目は狂気に赤く染まり、やけに伸びた犬歯がはみ出た口からは餓えた狼のように唾液を垂れ流している。
そして彼にはその背中、腰のあたりから
それらの怪物が、こちらに近寄ってきている。
『まともな英霊じゃないねどうも! それに、黒ジャンヌが乗る
「……蠅の羽音が煩いわね」
『うわ、コンソールに火が……!? いや、そんなことよりも!』
ロマニは発生したらしい何らかの異常に怯まず、推測を続ける。
『立香ちゃん、アレは恐らく
「ッ、それで、そんなことしてどんなメリットが!?」
『正確なことは分からない! だが用心してくれ、英霊が竜の肉体を得て、竜が英霊と言う輪郭を得た──それはつまり、力の増した英霊であり、力に指向性を与えられた竜であるということだ!』
下半身が竜の騎士と、翼の生えた吸血鬼が迫る。
その背後、竜の頭の上からジャンヌ・オルタは嗤った。
「ええその通り、意外に鋭い羽虫さん。それは半人半竜の殺戮兵器──私は
自らしもべの正体を明かしたのは……その程度、ハンデにもならないと確信しているから。
「さて、精々気を付けなさい? 私の下僕はそこらのバーサーカーなんかよりよっぽど狂暴、頑張って抵抗しないと楽に死ねないですよ?」
最初よりもかなり近づいた2騎の改造英霊の言葉を風が拾い、立香の元まで届けてきた。それは思わず背筋が寒くなるような狂気の羅列。
「
「……う"、あ"……渇く。喉が……血を寄越せ。余に
まともじゃない。そう本能で理解した。
次の瞬間。
「「
その姿が消え、
鈍い激突音。風となって体を叩く衝撃波。
「ッ、マシュ! ジャンヌ!」
立香が気付いたときには、細剣と盾、旗と爪が交叉していた。
「盾が邪魔ジャマ、ああ刺し殺して斬り殺そうそうしようッ」
「くっ……戦闘を開始します、マスター!」
「なんて、力……っ!」
「血を吸わせろ、娘ェ……ッ!」
初撃を防いだマシュとジャンヌだったが、明らかに押されていた。
「ドクター、敵の正体とかは!?」
『いや、解析しては居るんだが情報が少なすぎるんだ! ただでさえ竜化なんて前例のない事態だし……強いて言うなら──』
焦った立香の言葉に、ロマニが返す。その間も戦局は動いていた。
竜の下半身を騎馬のように操り、細剣を振るう異形の騎士。その剣を持ってない手が竜の口のように変貌すると、そこから炎を吐き出してマシュを攻撃した。素早い動きと強烈な刺突、そこに炎まで加わるとなると、マシュは反撃する隙などない防戦一方に追い込まれる。
『
一方ジャンヌも苦戦していた。
牙を剥きだし腕を振るって、まるで獣のように相手を攻め立てる翼の生えた吸血鬼。しかしその膂力は恐るべきもので、単純で原始的な攻撃が最も恐るべき凶器となる。そもそも旗一本で騎士の軍や城を相手に戦ってきたジャンヌ・ダルクは、魔獣や亜人の類と戦った経験など皆無。狂暴な怪物を上手くいなせないのは当然と言えた。
『そして吸血鬼の方はそのまんま、何かの伝承の吸血鬼か、もしくは「吸血鬼に違いない」と噂されていた実在の人物だろう! 竜騎兵に比べれば候補は絞れるが、如何せん判断材料が乏しすぎる!』
敵の真名も依然不明のまま。状況はかなり悪い。
それに、絶望的な要素はまだある。
「(黒いジャンヌと竜の横……わかりずらいけどもう1騎居る! あの
立香は歯噛みする。まさか、こんなに強いとは。こんなに厳しいとは。
やはり運命とは、かくも容赦なく自分を襲う。
だが。
「……フォウくん、離れてて」
藤丸立香は、それに抗うと決めたのだ。
色彩の無い少女の前で。
炎が燃える街の中で。
黒き騎士王と対峙して。
その度に誓い、理想と信念は積み上がった。
だから、彼女は叫ぶ。
「マシュ、ジャンヌ! どっちか片方でいい、2人で止められる!?」
「え!? ええ、2人なら確実に止められるでしょうけどっ……もう1騎はどうするのですかっ?」
交戦しながらのジャンヌの問いに──立香は胸の前で
「もう1騎は、
──魔術回路が、励起する。
心象風景、同調。
疑似霊基、再現。
魔術回路、複製。
「な、」
「これは──」
逆巻く魔力が風となって吹き荒れる。その中心で、藤丸立香は、高く高く叫んだ。
「
そして……ぼろぼろの赤い外套を身にまとった、偽物の英雄になった少女は。
投影した夫婦剣を構え、"マスターとしての立ち位置"から一歩前へ。
「今更怖がってなんか居られないよ。未来は、自分の力で掴み取るんだ!」
運命という名の盤上に、またひとつ不確定要素が参戦する。
英霊の紛い物である人間と、英霊と竜の混ざりもの。余りにも未知なる戦いが、少女の啖呵と共に始まった。