FGO二次 衛宮士郎みたいな藤丸立香   作:龍川芥/タツガワアクタ

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3.勇者の前に集うは希望

 

 

再現/投影、開始(オーダー:トレース・オン)──」

 

 干将(かんしょう)莫耶(ばくや)。戦闘開始と同時、藤丸立香は手に握った白黒の夫婦剣を渾身の力で投擲する。

 

 狙いは、竜騎兵のセイバーと吸血鬼のランサー。

 

「ちィ」

 

 セイバーは細剣で飛来する白剣を弾く。一方でランサーは。

 

「なっ、すり抜けた!?」

 

 ジャンヌが驚愕の声を上げる。

 ランサーの左脇腹辺りに命中したはずの黒剣は、まるで霞を通り抜けるように何の手ごたえもなくその体を通過した。吸血鬼の能力・肉体の霧状化である。

 

 つまり、隙が生じたのはセイバーのみ。

 

「マシュ、ジャンヌを助けてあげて!」

 

 そう叫びながら立香は新たな干将・莫耶を投影し、異形の竜騎兵へと突進する。

 

「っ、了解ですマスター! どうかお気を付けて!」

 

 マシュは思う所がありつつも、彼女の指示に素直に従ってランサーの方へ走った。戦場では迷いがあっても指揮官(マスター)に従うべきであるし……彼女のことを信じているから。

 

 そして、立香は足を止めず勢いのままに飛び上がり、双剣を振るう。

 

再現/迅速機動(ファースト・クイック)!」

 

 緑の風となった一撃は、セイバーの頭を斬り裂いた。

 

「ぐゥっ!」

 

 鮮血が舞い、小さな悲鳴が漏れる。だが。

 

「(浅い、致命傷じゃない!)」

 

 立香は手応えからそう察し、更に双剣による追撃を加えようと構える。

 

再現/無双剛撃(セカンド・バスター)──」

 

 刀身を強化・延長(オーバーエッジ)し、渾身の一撃を放とうとしたそのとき。騎竜の口がぐるりとこちらを向いた。

 

「!」

 

 口腔が開き、そこから紅蓮の炎が放たれる。

 焼き尽くされる空気と石煉瓦の道。

 

 追撃を諦め辛くも後ろに回避した立香は、僅かに焦げた前髪を撫でつけた。

 

「……なるほど。火が吹けるのは変形させた手だけじゃなく、最初から竜の形をしてる下半身も同じってことか」

 

 炎が収まる。そこには、流血する目元を抑えながら怒りを滾らせるセイバーの姿があった。

 ぼたぼた、と地面に血が落ちる。

 

「よくも……よくも私の僕の顔に傷を……ッ」

 

 血に濡れた金髪が揺れる。目元の爬虫類の甲殻のような部分が切り取られ、そこから露出した素顔は立香が思った以上に麗しいものだった。

 性別すら定かではない、男女が共に見惚れる美貌。だがそれも、狂気と血に濡れた表情ではおぞましさしか感じない。

 

「斬るキル、斬ってやるぞッ──」

 

 その怒りに満ちた目で、セイバーは()()を見た。

 

 立香は、弓を構えていた。

 黒く、大きく、中央部分が幅広の弓。奇妙な形状をしていて、矢を(つが)える場所には細長い穴が開いている。まるで、矢よりも幅広なものを番えられるような──。

 

再現/全行程投影・三連(チェインキャンセル:トレース・オン)

 

 立香の手元に、三つの剣が出現する。空中に浮かぶそれをひとつ掴み、弓に番え。

 

憑依先(わたし)はアーチャー──剣士が相手なら、射程の差で有利に立てる」

 

 呟き、()を放つ。

 空を裂き得物を穿つ、鋼鉄の(やじり)──それが三つ、連続してセイバーを襲う。

 

「──、翼膜展開ッ」

 

 騎竜の翼が広がり、二本の剣を受け止める傘となる。しかし三本目がその前脚を穿った。半ばまで貫かれた翼と合わせて、がくんと機動力が低下する。

 

「がぁッ……竜よ目を覚ませ、"銃口放つは竜の炎(ブランダー・バス)"!」

 

 セイバーは体勢を立て直すのを諦め、そのままの姿勢で剣を持っていない左手を立香に向けて突き出す。人のモノだったそれはみるみるうちに同じ大きさの竜の口へと変わり、そこから炎が放たれた。

 

「焼けて爛れて燃え尽きろ!」

 

 先ほどの火炎放射とは違い、遠距離攻撃用の炎弾。まるで火山弾のようなそれは、本来セイバークラスが持つ射程を軽々と超越して敵にダメージを与えることができる。

 

 が。

 

I am(我が) the born of my sword(骨■は捻じれ■う).

 

 炎弾を何かが貫通した。

 それはそのまま勢いを殺さず、セイバーの左肩に突き刺さる。

 

「があ……ッ!」

 

 炎は勢いを削がれ、立香に届くことなく空中で消滅。立香はそれを見ながら、矢を放った体勢のままで言う。

 

剣士(セイバー)が弓兵の真似事? 言っとくけど、遠距離戦はこっちの土俵だよ」

 

 セイバーは己の肩に突き刺さった、捻じれてドリルのようになった剣を引き抜く。噴き出る大量の血と抉れた肉。損傷(ダメージ)は大きい。

 

「(いける! 相手に射程無視・魔力無限の必殺宝具がなければ、この英霊の弓兵としての力を存分に発揮できる!)」

 

 アーサー王の時とは違い、遠距離は完全にこちらの間合い。このまま距離を取って弓で攻撃し続ければ、こちらの有利は揺るがないだろう。

 

「(このまま短期決戦だ! 強い宝具を投影して撃つ、そしてマシュたちの加勢に向かう! 1騎減らせば総力戦になっても勝機が生まれるハズ──)」

 

 立香は勝機を確信し、

 

「……いいだろう。キミを王家の敵として認める」

 

 ずあ、とまるで押さえつけられるような圧力を全身に感じた。

 

「な……」

 

 それは殺気。百戦錬磨の英霊が放つ、本気で目の前の相手を殺そうとする意志。

 

「いや、我が主の、か? ……私は何を言っている、私の主はいつもフランス王家だけだ。それが命じた、だから殺す。それでいい、私の僕の役目なぞは」

 

 傷が。

 肩と翼に空いた穴が、竜の脚の切り傷が、再生していく。竜の膨大な魔力による肉体の超再生。だが、そんなものは恐怖の理由の片隅にも入らない。

 

 一片の迷いも、一握の衒いもない殺意。磨き上げられた忠誠と信念、それが意志の刃となって立香の心を縫い留める。

 

「(いや! 侮っていたワケじゃない! けど……)」

 

 そして、セイバーの異形から魔力の嵐が吹き荒れる。

 

「──白百合は既に(けが)れ墜ち、

 されど我が忠誠に(かげ)り無し。」

 

 魔力が黒く染まり、幻想を成さんと宙に踊る。

 それには数秒後自らに牙を剥くと分かっていても、目の離せない美しさがあって。

 

「(これが、本物の英雄──)」

 

 矢を撃つことも、新たに剣を投影することも出来ず固まった立香の前で、その英霊は宝具の開帳を宣言する。

 

「御覧に入れるは死の舞踊。

 さあ、炎に見惚(みと)れて──」

 

 そのとき。

 何か目に見えない力が働き、セイバーの動きが硬直した。

 

「……竜騎兵(ドラグーン)・セイバー。宝具の展開は許可していませんよ」

 

 呆れたように。

 ドラゴンの額に座ったジャンヌ・オルタが、こちらを見下しながらそう言った。

 

 未だ動けない、否動くことを許可していないセイバーに向かって、彼女は傲岸不遜に言う。

 

「私は『ゴミ掃除』ど言ったのよ。それがどうして宝具を使うのです? ネズミ相手に全力を出す竜が居てたまるものですか」

「……失礼を、我が主」

「分かればよろしい。でも、そうですね。そちらが1人増えたなら──」

 

 その口元が意地悪く弧を描いた。

 

「──こちらも1騎(ひとり)増やしましょうか」

 

 瞬間。

 

 藤丸立香の背後から、ぬるりと腕が回された。

 

「──な」

 

 驚愕する。

 セイバーの殺気に気圧されてはいたものの、油断はしていなかったハズだ。

 けれどそれは、まるでずっと影の中に潜んでいたかのように、あっさりと立香の背後を取り。

 

「(ッ、再現/迅速機動(リロード:クイック)!)」

 

 間一髪。

 その白い腕を斬り裂きその場を飛びのいた立香は、背後にあったものを見た。

 

「(アレは隠れてた女性の英霊……と、)」

 

 白髪に白い肌。仮面で目元を隠しても伝わる色気を放つ妙齢の美女のサーヴァント。だが、問題はそこではなく。

 

「アイアン、メイデン……っ!?」

 

 内部に無数の棘を生やした、処刑器具であり拷問器具でもある鉄の処女(アイアンメイデン)。仮面のサーヴァントは扉の空いたそれを持っていた。

 彼女がその白い腕で立香に何をしようとしていたのか、想像しただけで背筋が凍る。

 

「あら、意外とやりますね。アサシンの奇襲を躱すとは」

 

 ぼとり、と地面に落ちた二本の白い腕を見ながら、ジャンヌ・オルタは呟く。

 動揺がない理由は直ぐに分かった。白い腕はひとりでに動き、主の元へたどり着くと傷など無かったかのようにくっつき、再生。

 

暗殺者(アサシン)のサーヴァント……彼女も再生能力持ちかっ」

 

 立香は焦りのまま呟く。油断なく身構えて──ここで、彼女を違和感が襲った。

 

「(……なんだろう? あのアサシン、まるで生気を感じない)」

 

 アサシンのサーヴァント。彼女は攻撃後の姿勢のまま立っているだけで、特に動きなどはない。それに。

 

「(それに、見た目は普通の人間だ。()()()は装飾? だよね。竜化していないサーヴァント? いやでもドクターの話だと、黒いジャンヌ以外は全員竜化サーヴァントの反応だったハズ……)」

 

 すると、疑問の答えを示すように、頭上から溜息が降って来た。

 

「はぁ。やっぱり駄目ですね"失敗作"は。いちいち指示しないと動けないなんて、幼児どころか牛にも劣るわ」

「"失敗作"……?」

 

 その言葉に抱いた立香の疑問は、しばらく聞いていなかった声によって解消されることとなる。

 

『……なるほど。竜に関する逸話を持っていないサーヴァントを無理に竜化すれば、反動で霊基に異常を来たすという訳か』

「ドクター! なんだか久しぶり!」

『ああごめんね立香ちゃん、消火作業に手間取った! だがこれで、敵サーヴァントの真名が絞り込めたぞ!』

 

 ロマニは出来るだけ戦闘の邪魔にならないよう、早口で情報を伝える。

 

『まずは竜騎兵のセイバー! 白百合、フランス王家への忠誠、そしてあの中性的な容姿……セイバーの真名はおそらくシュバリエ・デオン! 竜騎兵連隊長を務めたこともある、"男であり女"のフランス機密局(スクレ・ドゥ・ロワ)所属工作員(スパイ)だ!』

 

 ち、とセイバー──暫定シュバリエ・デオンが歯噛みする。その反応から見て、どうやらロマニの推測は当たっていそうだ。

 

 まだ情報は続く。

 

『そしてマシュたちと交戦中の、吸血鬼のランサー……竜化が"竜に関する逸話が無ければ失敗する"ならば、彼は高確率でヴラド三世だろう! ドラクル公の跡継ぎ、ワラキアの公主であり"串刺し公"! 竜の子を意味する「ドラキュラ」の起源にもなった人物で、彼本人も悪魔や吸血鬼と噂され恐れられていた……まさに今大暴れしている竜血公(ドラクル)の特徴と合致する!』

 

 見れば、ランサー──ヴラド三世はマシュとジャンヌ相手に一歩も引かず、攻勢を崩していなかった。翼による飛行能力、吸血鬼としての超人的な身体能力と、霧状化や蝙蝠化による攻撃の回避が攻・守・速隙の無い立ち回りを可能としている。

 

『アサシンとあの亀みたいなドラゴンのことはまだ分からないが、これで何とか対応を……』

 

 その言葉に、鼻で笑う声があった。

 それは竜の頭上で足を組む黒き魔女。

 

「対応? 全く笑わせてくれますね、姿の見えない羽虫が。杭でも持ってきてランサーに打ち込みますか? それとも大蒜? 竜を取り込んだ竜血公(ドラクル)に効くといいですね。もしくはセイバーを狙いますか? その逸話から弱点が見つかるといいのですけど」

 

 彼女は嗤う。

 竜化を暴かれ、真名を悟られ、それでも大した痛手ではないと嘲るように。

 

「結局あなたたちは、舞台で踊る道化に過ぎない。私を楽しませるための、復讐劇を彩るためだけの存在。そこのマスターが変身した時は、ええまあ、多少は驚きましたけれど……それでも壇上から飛び出るには至らない。さあ、そろそろ血を見せなさい──セイバー、ランサー、アサシン」

 

 デオンが剣を構え、竜が嘶く。

 ヴラドの目が赤く輝き、爪が刃物のように伸びる。

 まだ正体不明のアサシンが、鉄の鳴る音と共に拷問器具を構える。

 

 立香の頬を汗が流れた。マシュには疲労の色が濃く、敵に大した痛手は無い。このまま戦えば数で負けるうえデミ・サーヴァントと人間を抱えるこちらが圧倒的に不利だろう。しかし3騎に囲まれてしまったこの状況、もう一点突破の逃走も難しい。

 

「総攻撃で、彼女らの首を──」

 

 敗色濃厚、そのことを心が受け止めそうになったところで……。

 

 薔薇が、咲いた。

 

「なに!?」

「これは──」

 

 それはただの薔薇ではない。刃物のように鋭いガラスの薔薇。それが、立香たちと敵の間で遮るように咲き誇る。

 

「あら、あら」

 

 そして、その可憐な声を惜しむことなく響かせながら。

 その英霊は現れた。

 

「主義や主張・正義や悪に関係なく、力と数で勝負が決まってしまうなんて……残酷なことだと思わない? それが世の理だとは、わたしも分かっているけれど」

 

 美しきブロンドの髪を靡かせ、華奢な肢体をこれでもかと晒し。

 夢見るような特大の笑顔と共に、彼女は戦場で愛を謳う。

 

「だからこそ、わたしは嬉しいわ。この国を救おうとする愛すべき勇者たちを、こうして助けることができるのですから!」

 

 そして。

 その姿を目にした竜騎兵は、その異形の体と氷の表情を大きく震わせた。

 

「あ、なたは……ッ」

 

 まるで落雷でも受けたように、デオンはその名を口にする。

 

「マリー・アントワネット王妃……!」

 

 それは、最も有名だろうフランスの王妃。ベルサイユの華と呼ばれた高貴と支配の象徴にして、革命に消えた悲劇の女性。

 そんな彼女は自らの名を呼ばれ、それに答えるかのように、どんな花よりも美しく微笑んだ。

 

『マリー・アントワネットぉ!? これまたなんて有名偉人(ビッグネーム)だ!』

「私も流石に知ってるよ……味方、なのかな?」

 

 立香の言葉に、マリーは強く頷く。

 

「ええそうよ! 可愛らしい勇者さん、フランスのために戦ってくれてありがとう! 感謝の証にという訳でもないけれど、この名と王妃の肩書に懸けて力を貸すわ!」

 

 そんな彼女の登場と発言に……ジャンヌ・オルタは、何かに苛立つ様な表情で口を開く。

 

「……あなたもそちらに付くワケね、ギロチンで命を散らした傲慢なる王妃。一応訊いておきますけれど、己を殺した民衆を憎んだことは?」

「あら。情熱的なお誘いだけれど、残念ながら遠慮します。わたしはフランスという国を、そこに住む民を愛し、守るもの。彼らに必要とされなくなってしまったとはいえ、その在り方を曲げるつもりはティースプーン一杯分もありません」

 

 胸に手を当て、誇るように、輝くように、マリー・アントワネットは宣言する。

 

「だから、ごめんなさいね竜の魔女。わたしは貴女ではないジャンヌ・ダルク、救国の聖女たる白いジャンヌに味方させて貰います。だって彼女、お星さまみたいにきらきらしてて、まるで物語から飛び出して来たみたいだもの!」

 

 ……なんだかちょっと少女的すぎる気もしたが。

 ともかく、そんな彼女にジャンヌ・オルタは怒りを覚えたようだった。

 

「……いいでしょう。ならば、そこの偽物ともども死になさいお花畑女。セイバー、宝具の許可を──」

 

 だが。

 

「ええと、それもご遠慮するわ! アマデウス!」

「おや、ようやく出番かい?」

 

 気付いたときには、マリーの隣にアマデウスと呼ばれた彼は居た。

 宝具発動前の、強い魔力の高鳴りを感じるのに誰も気づかなかったのは……おそらく、マリー・アントワネットという少女の輝きが眩しすぎたためであろう。

 

 そうして、その男の宝具は発動される。

 

「鎮魂と足止め、どっちも思いっきりお願いね!」

「承ったよ。さあ、手と足を止めて聞いていけ。死神のための葬送曲(レクイエム・フォー・デス)

 

 光り輝く、天使の如き音楽隊。

 それらが空中に前触れなく現れ、魔力の乗った演奏を放つ。

 荘厳にして華麗、精密でありながら雄大なその演奏は、どんな美辞麗句をもってしても表せないほどの感動を与える……ハズなのだが。まるでボタンを掛け違えたような、楽器の調律が狂っているような、魂にまで響く不協和音として聴こえるのは気のせいだろうか。

 と、そんな演奏を切り裂くようにロマニの声が聴こえる。

 

『アマデウス……アマデウス・ヴォルフガング・モーツァルトか! まったく、歴史的偉人のバーゲンセールだな!』

 

 そして、ふと立香が敵を見ると。

 彼らは皆一様に苦しそうな顔をして、曲の中で膝を折ろうとする見えない圧力と戦っていた。

 

「ぐぅッ……音による行動阻害か!」

 

 演奏が止む。だが、彼らの表情は晴れず、その体が立香たちを殺そうと動き始めることも無い。

 

「無粋な言い方だな、そこは『感動して動けない』と言うべきだろ? 人類史に名を刻む天才の演奏、その余韻をゆっくりたっぷり楽しんでくれたまえ」

「というわけで逃げましょう、可憐なるジャンヌと勇者たち!」

 

 そこで。藤丸立香は一瞬迷った。動けない敵を討ち取るべきか否かを。

 行動不能の時間は分からない。どこまで縛れているのかも分からない。

 だが、これは千載一遇の好機(チャンス)で、今飛び込まねば後悔するのではという考えが彼女の中で徐々に膨らみ──。

 

 そんな立香の迷いを敏感に嗅ぎ取ったジャンヌが声を上げた。

 

「マスター、ここは従いましょう! 敵は未だ未知数、ここは勝負所では無いと思われます!」

「……わかった!」

 

 優れた軍師でもある彼女に従い、立香は魔術を解いて敵に背を向ける。

 マシュたちの背中を見ながら走る途中……彼女は考えていた。

 

「(いったい何が違うの? 私と本物の英雄の、何が──)」

 

 ぎゅうと左手を握りしめても、答えは返ってこなかった。

 

 

 

「……やってくれますね」

 

 藤丸立香一行が逃げ切った後のラ・シャリテにて。廃墟の街で、ジャンヌ・オルタは歯を食いしばる。

 彼女はふいに立ち上がると、自らの椅子としていた竜から飛び降りた。

 そして先ほどまで乗っていた頭を見上げ、命令を下す。

 

「ライダー──いえ、邪竜タラスク。奴らを追いなさい」

 

 タラスク。それが竜の名前だった。

 ジャンヌ・オルタは薄く笑みを浮かべながら言う。

 

「あなたの理性がどれほどかは分からないので、わざわざ細かい指示など出しません。本来は居場所を報告するだけでいいですが……もし()()()()()()()()()()敵を貪りたくなったなら、ええ、それはそれで構いませんよ。ただしその時は、できるだけ多く道連れにするように」

 

 彼女が思い出すのは、リヨンにてまみえた英霊の1人。

 人々を助けんと剣を振るう、中々に英雄じみた(むしずがはしる)サーヴァントだったが……それを一息で飲み込んだのがこの恐るべきタラスクである。

 

「ほら、行きなさい我が邪竜、憐れな聖女の成れの果て。別に貴女に恨みはないですけれど……私、どうも清廉ぶった人間は嫌いでして。あなたもどうせ死ぬのなら、思う存分邪悪に墜ちて頂かないと」

 

 タラスクが立香たちを追い走り出すのを見送って、竜の魔女は酷薄に嗤った。

 

 

 

◆◇◇◆

 

 

 

「あらためまして、わたしはマリー・アントワネット! こっちはロクデナシで人間のクズだけど音楽だけは超天才的なアマデウス! あんまり頼りがいはないかもしれないけれど、フランスを救いたいと思う強い気持ちはあるわ! よろしくお願いね、ジャンヌとカルデアの皆様方!」

「おいおいマリア、また人を変態か何かみたいに……まあいい、あんまり間違ってもいないしね、実際。僕はヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。モーツァルトだけの方が分かりやすいかな。ま、音楽家としては天才・英霊としては貧弱というサーヴァントだが、マリア共々よろしく頼むよ」

「……えーと……よろしく?」

「ああ、あまりの情報量に先輩が思考を放棄してしまいました!」

 

 ラ・シャリテから離れた山奥にて。

 マリーとアマデウスが仲間になった。色々言いたいことはあるものの、純粋な味方が増えたことに立香たちは心強さを覚える。

 

 特にマリー・アントワネットは天真爛漫を絵にかいたような少女で、少し周囲を振り回す気質はあるものの笑顔を増やす存在だった。

 彼女はジャンヌを気に入っていて、ジャンヌもそんなマリーを自然と好く。

 

 そして、立香たちは親睦を深めたり情報を共有しながら休息を取った。

 

 分かったことは大きく分けてふたつ。

 

 1。敵は聖杯を有していて、何をするにもかなりの無茶が効く。そんな「勝負が始まる前に戦利品を手にしているもの」へのカウンターとして、ジャンヌやマリーはマスターなしで召喚された。

 

 2。オルレアンとその周辺は既に陥落しており、敵は強大。竜の魔女を打倒したいなら援軍もしくは特別な策が必要である。

 

 そんなこんなで日が暮れ、辺りを宵の闇が包んだ辺りで……その敵は立香たちの前に現れた。

 

 

 

 その巨体が足を踏み鳴らすたび、地面が悲鳴を上げるように揺れる。

 その大口が開いて息を吐くたび、周囲の枝葉が嵐でも受けたように舞う。

 その威容が身じろぎするたび、見るものの本能に重圧と恐怖を刻み込む。

 

「これは……」

「竜の魔女が乗っていた、六本脚のドラゴン……!」

 

 巨大なる竜──大鉄甲竜タラスクは、立香たちを前に世界を揺るがすような咆哮を放った。

 

「ゴアアアアアアアアア──!!」

 

 びりびりと震える空気の中、耳を抑える必要のない管制室から声が届く。

 

『凄まじい竜化サーヴァント反応……いや、これはまんま竜だろう!? ズルいぞ竜化サーヴァント!』

「言ってる場合じゃないでしょドクター! 真名とか分からないの!?」

『いやいや立香ちゃん、コレの何をどう推察すればいいんだい!』

「──来ます!」

 

 竜はその六本の脚で大地を蹴り、大口を開けて突進してくる。

 それだけの攻撃が、巨体と力により余りにも致命的な必殺技となり得ていた。

 

「全員、回避っ!」

 

 ジャンヌの掛け声で全員が大きく飛びのく。自力で回避ができない立香はマシュが抱えていた。

 

 風圧を纏った超質量の突進が、さっきまで自分が立っていた場所を破壊する。

 バキバキと木をへし折り、地を抉り、岩を軽々と粉砕してようやく巨竜の突進は終わる。

 

「ごめん、ありがとうマシュ!」

「いえ、問題ありません先輩っ」

 

 ぐるりと体ごと首を回すタラスク。どうやら狙いは立香のようだ。それは最も弱いからか、それとも他の理由があるのか。

 

 立香は少し考え……マシュの首に回していた手を外した。

 

「……マシュ、降ろしてもらえる?」

「いえ、今降ろせば機動力の低い先輩が狙われる危険が──」

 

 立香の言葉の真意に気付いたマシュが言葉を止める。

 

「だからだよ。私だって戦える、足手まといにはなりたくない」

『な、待つんだ立香ちゃん! 大して時間を空けない連続使用にどんなリスクがあるのかも分からないのに──』

 

 そうして立香は、半ば無理矢理足を地に付けた。

 

 眼前には自分の身長よりも大きく口を開ける巨大な竜。

 

「ロ"アアアアアア──!」

 

 誰もが震える雄たけびを上げて突進してくるその怪物相手に、藤丸立香は怯まない。

 

顕現せよ(オーダー)っ!」

 

 ──力を貸して、アーチャー!

 

 タラスクが、その牙で角で少女の体を引き裂こうと迫り──。

 

 藤丸立香は空中に居た。

 竜の頭上、人の力を超えた跳躍力でその死角に飛び上がり、空中で弓を構える。

 

再現/全行程投影(オーダー:トレース・オン)

 

 狙うは眉間。放つは剣。再現するは英霊の腕力。

 軋むほどに力を蓄えられた弓、そのエネルギーを攻撃へと転じさせる。

 

再現/無双剛撃(ファースト・バスター)!」

 

 そして、狙いは数センチ逸れたものの大きな眉間に吸い込まれ。

 

 ──ガキン、とその鱗に命中した剣が砕けた。

 

「(なっ、硬い!?)」

 

 それで立香の居場所に気付いたのか、タラスクは顔を上にあげ。

 

「ジャアアアッ──!」

 

 蛇が唸るような叫び声と共に、その口から紫色の気体を吐き出した。

 それは煙上に広がり、空中で身動きの取れない立香を包む。

 

「毒のブレス……!?」

「先輩っ!」

 

 毒息を皮膚に浴び、肺に吸い込んでしまった立香は重力に引かれて地に落ちる。なんとか受け身を取って着地して……。

 

「……?」

 

 立香は手のひらを握ったり閉じたり。おかしい、そんなハズは。

 

「先輩、大丈夫ですか!?」

 

 慌てて駆け寄ってくるマシュに……立香は思う所を告げた。

 

「うん。なんか大丈夫」

「……はい?」

「いや、何の症状も無いんだよね」

 

 そう。()()()()()()()()()のだ。

 

「憑依してる英霊に毒耐性でもあったのかな……ともかく、何か突破口を見つけないと。普通に戦ったんじゃあの装甲は破れない」

 

 立香は立ち上がり、竜の方を向く。

 旗による殴打、ガラスの薔薇の足止め、魂を揺さぶる音楽魔術……どれも効果が薄いらしく、竜は地形を破壊しながら暴れるのを止めない。

 

「今度は接近戦で目を狙おうっ」

「……分かりました、私も盾になります!」

 

 立香は慣れた夫婦剣を投影して走り出した。マシュもそれに追従する。

 

「このっ、頑丈な竜ですね!」

「こいつの甲羅、今まで聴いた中で一番硬そうな音がするぞ!? それに耳障りな鳴き声で僕の音楽がかき消される! これだから芸術を介さない野蛮な獣は!」

「竜退治なんて戯曲のテーマにできそうだけど……ごめんなさい、わたしにはちょっと荷が重いかもしれないわ! だって攻撃が効いてる気がしないんですもの!」

「皆さん、毒息には注意してください! 突進は無理ですが、尻尾の攻撃なら私が防げます!」

『うーんHP減ってるかなこれ!?』

 

 硬い竜を4騎と1人で殴る討伐戦(レイドバトル)へと状況は移行した。

 

 と、双剣を何度も砕かれながら戦っていた立香は気付く。

 

「デュルァアアアアア! ゴロアアアアア──!!」

 

 その声が、意味の無い雄たけびだと思っていたそれが。

 

「ゴロォアアア! ジュデアアアア……ッ!」

 

 よく聞けば、まるで。

 

「ゴ、ロオオ……ジィ、デ……ッ」

 

 殺して、と。

 そう懇願しているようにも。

 

「!!」

 

 立香の手に力が入る。

 それと同時。

 

 ──宝具解放。

 

 竜を包んでいた魔力が高まり。

 危機を感じた獣の本能によって、その中に秘めた意志とは無関係に宝具が放たれる。

 

『魔力反応増大! まさかこいつ、宝具を──!?』

 

 ──愛を知らぬ人喰いの竜(タラスク・ソリテイア)

 

 そして、全てが白に飲み込まれ。

 

 

 

 藤丸立香は、気づけば水辺に立っていた。

 足元は足首辺りまでが浸かる冷たい水で満ちている。霧が濃く、周囲は上手く見渡せない。

 

「!? ここは……マシュ! ドクター!」

 

 傍らにいる筈の相棒、通信機越しの管制室に呼びかけても、返事はない。

 

「ジャンヌ! マリー! アマデウスっ!」

 

 返事はない。

 

「誰か……ッ!?」

 

 霧の向こうで。

 何か大きなものがが揺らめいた。

 水が暴れる音。揺れる地面。

 

「まさか──」

 

 おぞましい雄たけびと共に、霧が吹き飛ぶ。

 そこに居たのは──巨大なる六本脚の竜。その角が、牙が、ぎらりと光る。赤く染まった双眸が立香をはっきりと捉えている。

 

()()()()()()()()()()()()()──!?」

 

 立香にとっては名も知らぬ竜、タラスクの宝具。

 人喰い竜である彼の宝具は、自身の狩場である水辺を再現した固有結界に獲物を閉じ込め、自身と一対一で戦わせること。その決闘相手に藤丸立香は選ばれた。

 否、それは戦いなどではない。竜種と人、それが対峙した時に始まるのは……一方的な狩りである。

 

「ゴロォアアアアアアアア──!!」

 

 落雷のような咆哮が鳴り響く。

 竜が大口を開け、立香に向けて走り出す。大量の水を撒き上げ、風圧を纏いながらの突進。彼我の距離は直ぐに縮まり、巨岩を思わせる威容が立香の目の前に。

 

「っ、再現/心眼(真)(スキルオーダー)!」

 

 動体視力を強化し何とか回避する立香だったが、相手の方向転換も迅速だった。

 

「(速度が増してる! 水辺だから!? いや、それよりも……っ)」

 

 二回、三回と大きく飛んで突進を躱しながら、立香は焦る。

 

「(どうする!? 固有結界の持続時間は分からない、スキルの効果ももう切れる! 反撃する? 1人で倒せるの? まだ明確な痛手(ダメージ)さえ与えられてないのに──)」

 

 膝が水を切り。

 執拗に追いかけてくる竜の次の突進を避けようとしたとき、異変は起こった。

 

 足が、動かない。

 膝が持ち上がらず、立ち上がれない。

 それは無意識な精神的ダメージの積み重ねが起こした現象だった。

 

 敵は強大。

 倒せるかも分からない怪物が、あと5体以上。

 彼らは本物の英雄たちで、自分は偽物。

 それなのに、自分は本当にやれるのだろうか。

 マシュを守ること、世界を救うこと。

 その道のあまりの遠さに、決意したはずの思いが揺らぎ。

 

「(──、しまった!)」

 

 既に、回避は間に合わなくなっていた。

 鼻先に竜の巨体が迫る。

 

「(マズい──)」

 

 もう、藤丸立香に打つ手は無くて。

 

 だから、彼女が轢殺されなかったのは、ただの必然だった。

 

「──タラスク!」

 

 透き通るような女性の声が、閉ざされた水辺に響く。

 

 立香は目を開けた。

 そこにあった光景は。

 

「ジャアアア──ッ」

 

 立香の目の前で停止した、竜の巨体と。

 

「まさか、あなたともう一回喧嘩することになるなんてね……これも神の思し召しってやつかしら。でも、私の今回の役目は──」

 

 それを()()()()()()()()こちらを見つめる、白い衣を纏った女性のサーヴァント。

 彼女は綺麗な黒髪を揺らしながら、穏やかに言う。

 

「私は聖女マルタ。竜化によってタラスクに飲み込まれてしまった、ライダークラスの英霊(サーヴァント)。本来私は、(タラスク)の中で眠り続けるだけの霊核、タラスクと云う竜を英霊の形で保つためのただの人柱に過ぎなかった」

 

 そうして彼女──聖女マルタは、自分が止めているタラスクの方を見た。竜の目は未だ狂気に濁っており、マルタを認識しても敵意を和らげることは無い。

 そんなタラスクを見上げながら、マルタは説明する。

 

「けれどタラスクが宝具を使ったおかげで、そこに割り込むことができたの。『水辺に住まう人喰い竜タラスク』の逸話には、必ず『それを従えた聖女マルタ』が付いてくる。言うなればこれは、人類史が用意してくれた緊急用の自浄システムね」

 

 と、そんな彼女に止められていたタラスクは少し距離を取った。今のまま力押ししても無駄だと悟ったのだろう。

 その様子を見て今なら安全だと判断したのか、マルタは膝をついたままの立香に語りかける。

 

「ほら、立ちなさい人類最後のマスター。やるべきことがあるのでしょう?」

 

 なんだろう。彼女の言葉は、たとえ鋭い語り口調でもあたたかい、ような気がする。だからなのかは分からないが、立香はその言葉に従って、震える足に叱咤して立ち上がった。

 

「……まだ上手く飲み込めてないけど、ありがとう。助けてくれて。私は藤丸立香」

「いえ立香。お礼を言うのはまだ早いわよ」

 

 そう言ってマルタは巨竜を示す。

 

「もしかして、あの竜を倒すのを手伝ってくれるの?」

「……んー、まあその通りなんだけど。でもちょっと違うわ。タラスク(アレ)を止めるのはマルタ(わたし)の役目。それ自体は誰かに礼を言われるようなことじゃない」

「それじゃあ、いったい何を……」

 

 立香の言葉は、差し出された手と、敬遠なる信徒の表情によって遮られた。

 

「藤丸立香。人類最後のマスター。私はあなたを導きたい。聖女らしく、進むべき道を示したいと思うのです」

 

 それは、果て無き旅路の道脇に立つ、旅人を導く賢者の如く。

 呆気にとられた立香を置いて、マルタは語る。

 

「私が現界できるのはこの固有結界内限定で、外に出ればタラスクの霊核に逆戻り。つまり、『ムカつく魔女に一発入れる』的な方向であなたたちの助けにはなれないから……せめてそれくらいしておきたくて」

 

 ぐ、と拳を握ったり、照れたように笑ったり。

 短時間に随分といろんな顔を見せながら……その聖女は水辺に微笑む。

 

「それに。迷っている者に道を示したくなるのが、マルタという英霊の(さが)ですから」

 

 それは、まるで手探りの闇夜を照らす一筋の光明。

 

 なんだか少し顔を逸らして頬を掻く。

 

「……私、そんなに分かりやすいかな」

「まあ割とね。ほら、しゃんとする!」

 

 そうして、立香はマルタと共に前を向いた。こちらを睨み、待ち受ける巨大にして獰猛なる人喰い竜——邪竜タラスクを。

 

「さて。まずは英霊の先達として基本の心構えを」

 

 と、マルタは何の気負いもなくタラスクの方へ歩き出す。

 

「え、ちょっと待──」

「いいですか立香。あなたは背負い込みすぎです。いえ、背負うことに慣れていないというべきでしょうか。顔を見ればわかります」

 

 立香は瞠目した。明らかに華奢であるマルタの体は、武器も何もなく悠々と竜までの距離を詰める。

 それなのに、なぜか。

 彼女が負けるビジョンが見えない。

 

 彼女は背中を見せながら語る。

 

「一度に沢山のことを為そうとすれば、動きや心にぎこちなさは当然生まれる。それは迷いとして、修羅場における致命的な隙になるでしょう。

 もっと単純に考えなさい。目の前の問題を一つづつ解決する、それが何千何万と積み重なって、人も英雄も成るのです」

 

 その拳から、奇跡の光と言う名の闘気が立ち登るのは気のせいだろうか……。

 

 そして、ついにマルタとタラスクの距離はゼロとなり。

 タラスクは彼女に牙を剥いて──

 

「つまるところ──ひたすらに一意専心!」

 

 拳が。

 マルタの拳が、竜の眉間に炸裂した。

 その細腕が硬いはずの甲殻にめり込み、タラスクは呻き声を上げながら己の体長の倍ほどの距離を吹き飛ばされる。

 

 まるで信じられない光景だったが、どれだけ目を擦っても事実は変わらない。

 

「そうすれば、このように。強い意志、"信念"と呼べるほどの真っすぐで曇りの無い想いは、普段以上の結果を生むのです」

 

 それが"英霊としての在り方"だ、と彼女は語った。

 拳云々はともかく、それは立香の腑に落ちるものだった。

 

「(一意専心……つまり目の前のことに集中、か。確かに私、先のこととか周りのこととか気にしてたのかも)」

 

 世界を守る。約束を守る。

 その想いは確かに、自分を支える炎だった。

 だが、それは目の前の困難を切り抜ける最善の策を見つける光源としては余りにも不安定。

 

「(でも、それは止めるべきなんだ。どれだけ背伸びしたって私にできることが変わる訳じゃないなら……私がすべきことはいたずらに背負うことじゃなく、自分の役目を決めてそれを全うすること)」

 

 そう。目を凝らせ。相手を見ろ。

 構造を把握。骨子を判別。記憶を再生し、投影できる武器を確認。

 弱点を見極め、有効な対策を組み立て、それを完璧に実行する。

 それこそが目の前の相手に集中するということであり、最終的に胸の炎を守ることになる最善の道。

 

 立香の顔つきが変わった。それを見て、マルタは微笑む。

 

「さて。次は聖女として、人類最後のマスターであるあなたに向けての言葉です」

 

 そして、選手交代とでもいうように立香の後ろに立った。

 眼前には起き上がったタラスクが、憤怒をその目に滾らせてこちらを見ている。

 

 だが、藤丸立香はもう怯まない。

 

「前を向きなさい。偽物であることを恥じては駄目。信念とは魂の中に宿るもの。借り物の信念(ことば)を羽織っただけでは、本物の英雄には届かない」

 

 マルタの言葉が心の内側の炎を揺らす。

 信念。

 

 私は負けない。世界を救う、誓いを果たす、その時まで。

 守り抜く──そのために、目の前に立つ障害(てき)を討つ!

 

 自然と、口は唱えていた。

 

「──幻想再現/投影、重装(オーダー:トレース・フラクタル)

 

 魔術回路が熱を持つ。

 脅威と感じたのか、タラスクが立香に狙いを定める。

 

「英雄の力を借りるのでは無い。その力で、あなた自身が英雄となるのです。助けられる者にとって、それが本物か偽物かなどどうでもいいことなのですから。力の出どころなど関係ない。あなたがこれから為すことが、あなたという英雄を象る全て。

 さあ、顔を上げて。敵を見据えて。信念に勝利を誓いなさい」

 

 タラスクが突進してくるのを見ながら、藤丸立香は弓を構える。

 不思議と心は凪いでいた。

 ただ、真っすぐに。

 ただ、一点の曇りなく。

 一振りの剣であるように、心を意志を鋭く(みが)く。

 

 I am(我が) the born of my sword(骨子は捻じれ狂う)──

 

 そんな立香に、導きの聖女は言祝(ことほ)いだ。

 

「そして忘れないで。

 これは誰かの物語ではない。あなた自身の手で、あなたが描く。

 人類史最新の英雄譚──」

 

 そうして。

 藤丸立香は矢を放つ。

 

 ただひたすらに、純粋に、一心に、"敵を貫け"と念じた剣。

 

 其は大地を斬り裂く虹の剣。

 其は全てを貫く捻じれた(やじり)

 そして、其は巨竜を討つ贋作の宝具。

 

 その名こそ。

 

「──偽・螺旋剣(カラドボルグII)!!!」

 

 それは、虹の尾を引きながら流星の如く飛翔し。

 風を引き裂き。

 嵐を纏い。

 軌道を遮る巨大なる竜に、恐れなど知らず突き進む。

 まるで、射手の運命を切り拓くかのように。

 

 そして──。

 

 

 

「お見事、立香」

 

 山に風穴を開けるが如く。

 放った剣は、タラスクの巨体を正面から背後までを貫通していた。

 

 マルタはそんな竜の骸を見つめながら言う。少しだけ見せた寂しい表情は、すぐに無かったことにして。

 

「反撃の狼煙に"竜殺し(ドラゴンスレイ)"だなんて、ずいぶん景気のいい英雄譚(サーガ)ね。ま、世界を救うって言うんだし、これくらい普通なのかしら」

 

 と、空が崩れ出した。主を失った固有結界が崩壊しているのだ。

 

 タラスクの巨体が黄金になって解けていく。

 そしてそれは、マルタも同じ。

 

「もうお別れね。タラスクが敗れた今、私をこの地に縛るものは何もない」

 

 消えていく彼女と目を合わせながら、立香は素直に礼を言う。

 

「ありがとう、マルタ。あなたがいなかったら、あの竜は倒せなかった」

 

 立香の目は見抜いていた。タラスクの甲殻、それがマルタに一撃入れられてから、驚くほどに脆くなっていることに。

 おそらくスキル、もしくは逸話の再現なのだろう。それが無ければ、渾身の偽・螺旋剣(カラドボルグII)でも彼を貫けたかは分からなかった。

 

「いいのよ、元々それが私の役目だし。邪悪なる竜を調伏し、苦しめられた民に正当な復讐の機会を与える。ま、今回はちょっと違うかな。言うなれば英雄の成長に一役買った、ってところかしら」

「やっぱり、タラスクの防御が破れたのは──」

「今はそんなこと気にしないの。最後のアドバイスよ。

 成果を誇りなさい、立香。それは自信となり、己の基盤となり、いつか嵐の中に迷い込んだときに最も頼れる羅針盤になるから。だから先ずは思いっきり成功を受け止めて、精一杯胸を張って。

 周りの助けに感謝するのは、それからでも全く遅くは無いわ」

 

 そう言って笑う彼女は、既に消えかかっている。もう空も見えてきて、水も引いてきた。

 短い間だったが、立香は彼女から沢山のことを学んだ。

 だから彼女の言葉通り、成功を受け止めて、そしてあらためて感謝を伝えようとして……。

 

「それと、もしも竜の魔女に挑むなら伝えておかなくちゃ。かの魔女の切り札を崩すのに絶対に必要な英霊を、私はタラスクの中に匿っていた。邪竜タラスクとして、敵を飲み込んだフリをしてね。あなたになら託せます。()をよろしくね、立香──」

「え、それって……?」

 

 マルタは最後にとある名前を呟いて、タラスクの方を指さしながら消滅した。後には金の魔力の残滓が残る。

 

 固有結界も完全に崩壊し、水辺は気付けば戦闘の跡が色濃く残る山の中に様変わりしていた。

 と、こちらに駆け寄ってくる足音が立香の耳に届く。

 

「先輩っ! 無事ですか!?」

『やっと通信が繋がった、いやもうボクは心臓が止まるかと……』

「マシュ、ドクターっ。うん、私は大丈夫。タラスク……竜は倒したよ」

「!」

『1人でかい!? それは随分と無茶を……』

「いや、助けてくれた人が居たんだ。もう消えちゃったけど」

 

 少し遅れて駆け寄ってくるジャンヌたちにも無事を伝え、笑顔を交わす。

 そんなときロマニが素っ頓狂な声を出した。

 

『あれ、なんだコレ。サーヴァント反応がひとつ多いぞ? 場所は……立香ちゃんのすぐ近くだ』

 

 その言葉に、マルタの言葉を思い出す。

 

()をよろしくね──』

 

 立香は弾かれたように、タラスクの骸があった場所目掛けて走った。

 そこには誰かが倒れている。

 

「見つけたっ。あの人が、竜の魔女を倒すのに必要な英霊(サーヴァント)……」

『凄く微弱な反応だ。衰弱してるのか?』

 

 立香は倒れた影に駆け寄った。

 

 それは体格の良い体を鎧を包んだ男。

 長い白狼のような髪と、鍛えられた胸に刻まれた紋様が目を引く。

 だが、最も特徴的なのは──彼が握る、強い神秘を放つ大きな剣。

 

 剣の名はバルムンク。邪竜を殺した逸話を持つ剣。

 すなわち、彼の真名()は。

 

「この人が、竜種への最強のカウンター……英霊()()()()()()()

 

 『ニーベルンゲンの歌』に謳われる竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の大英雄、ジークフリート。

 それが、藤丸立香が勝ち取った「希望」だった。

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