(頭を空っぽにしてお読みください)
言いま
『咄嗟に口から出るのは普段から考えていることに違いない』なんて難癖もあるし、その可能性も完全なゼロではないが……決めつけることもできない。
原因など他に幾らでも想定できるからだ。
空気が乾燥していたとか。
鼻詰まりがヒドかったとか。
ミオリネ・レンブランは一体なぜあんな発音をしてしまったのか。
裏側に『本当の理由』があるにせよ、それを他者が突き止めることはほとんど不可能である。
──ほとんど。
「それにしたってあの社長サマはよぉ、あんな大事な場面で“GUNDエロの可能性”なんて。ひっでぇ言い間違いだよなぁ?」
チュチュの舌鋒はいつも通り鋭い。今ここに“社長サマ”は居ないが、居ても言うべきことは言うだろう。
もちろんやるべきこと──任された仕事──はきちんとやりながら。
彼女の作業台に屹立する巨大な
文句をたらたら並べながら手は止めないのだった。
「確かに原稿とは大違いだったけど、私は賛成かなー」
「アァ? そりゃお前の趣味だろリリッケ」
普段は2つ編みにして首の後ろでまとめている──うなじに視線が集まるのだ──髪をほどき、ふくよかな身体を赤らめるリリッケ・カドカ・リパティは心の底から新会社の方針転換を歓迎していた。
「だとしても。エロは儲かるもん」
経営戦略科らしいことを言っているが、彼女の配置は商品開発部・品質保証課である。『責任あるメーカーとして、使い勝手を確かめていないものなど出荷できるわけがない』などと言って。
仕事熱心すぎて試し尽くしてしまった。若干手持ち無沙汰である。
せっかくだから、開発用のモデル──パーメット流動を観察しやすいように通常の3倍の大きさで作られた虹色張り形も試用しておくべきだろうか?
そろりと伸ばした手は、チュチュがぺちんと叩き落した。
「なんつーこと考えてんだ。死ぬからヤメとけ」
「死ぬわけないでしょ」
縁起でもないことを言わないで欲しい。当社の商品は安心安全である。身体への負荷は『パーメットスコア・アンダーパーミル』、つまりスコア1の
「サイズの話してんだわ」
「さすがに奥まで挿れないって」
「先っちょだけっつって本当に済ますヤツいるか?」
リリッケは包容力満点の笑顔で応えた。少なくともこの女はやると言ったらやるし、言わなくても多分やる。
──流石にチュチュの作業の邪魔になるので今は実行しないが。
二人は賑やかに(仕事はしつつ)雑談を交わす。この部屋には作業中の社員がもう一人いるが、雑談程度で彼女に迷惑をかけるおそれは無い──
しかしチュチュは気にしいである。
「先輩はどーなん。不満も言わずに淡々とやってっけど」
「どうとは?」
「医療からエロへの方針転換のこと」
「会社なんだから、儲かるのは良いことだろ」
アリヤ・マフヴァーシュにとってはいつも通りの、淡々とした受け答え。……ただ、思うところはあるらしい。
「でも社長のアレはなぁ」
リリッケも触れた通り、原稿にはエロのエの字も無かった。医療用GUNDフォーマットの研究開発を業務とするはずだった。
『私たちは、GUNDフォーマットを
ただ噛んだだけ。少し発音が怪しかっただけ。
どんなに優秀な人物にも間違いはある。こんな言い間違い、ちょっとした滑舌の不確かさなど無くせるわけがない。
だから軽く流せば済んだのだ。『失礼、医療分野に活用し──』などと言い直せば誰も気にしなかっただろう。
唯一、ミオリネ・レンブラン自身を除いて。彼女は言い直さなかった。
間違いを認めなかったのである。
さも『最初からGUNDをエロに利用することしか考えてませんでしたけど?』という顔で、用意した原稿を丸無視して即興のスピーチを続けたのだ。どちらが恥ずかしいやら分かったものではない。
それを事業計画としてぶち上げてしまった。カネも想定を超えて集まった。記念すべき初の商品もよく売れている。
株式会社GUND-AID*の滑り出しは順調だ。エロは強い。
「社長としてどうなんだ、あの危なっかしさ。カネは引っ張ってきたんだからいい気もするが」
「あれ、けっこーマジで怒ってる……?」
若干分かりにくいアリヤなので、地球寮の面々でも時おり判断に迷う。にこやかに怒りそうなタイプだし。
今の彼女は確かに少々苛立っていた。ただその矛先は社長ではない。
「怒ってはいない。困ってはいるけど、それはコイツのせい」
アリヤが(分かりづらいが)憮然と指さしたのは、先ほどから
仰向けに寝かせて拘束してはいるものの、痛みを伴う実験ではないしパーメットスコアも上げていない──というか下げられる限り下げてある。
だからガンドエイド*から彼への性感フィードバックは極めて弱い。だというのに。
GUND-AID Inc.の初商品は、外見的にも使用感としても女性器を模したもの。
従来からあるような
極小規模のパーメットリンクを繋ぎ、触られ挿れられる側の感覚を、誰でも得られることこそ本来の機能。もちろん妊娠などはできない。
この商品の価値は、挿入にあらず、子作りにあらず、ただ性感のみが真実。
それを左手に装着したエランは、すっかり人の言葉を失っていた。
「────っ」
「なぁおいエラン、喋れないほど気持ちいいのは分かったが仕事はしてくれ」
「
「止めろってお前、撫でてるだけだろ」
刺激をやめたところで、しばらくはビクビクと震えてまともに喋れないわけだが。
彼個人がクソザコなのか、それとも『女性の快感は男性の数倍』という俗説が真実なのか。これはどうやら後者であるらしい。
男性購入者からの商品レビューはおおむね3パターンしかない。
①妻やパートナー共々とても満足している。★5
②女性がこれほど強い快感を得ていたとは。★5
③メス堕ちが怖い。★1
女性購入者から『快感が強すぎる』といった声は全く届いていないので、エランを責めるのは酷というものだろう。
ちなみに地球寮の男子たちは、発売して一般顧客の声が届くまでは*『アーシアンの男どもが揃ってクソザコなだけでは?』と思われていた。結果的にそうではなかったが。
逆に女子側も、『アーシアンの女たちと社長とその婿だけが例外的に性欲モンスターなのでは?』と──こちらもそうではなかった。
ところで、女性購入者からのレビューといえば。
数としてもよく売れているこの商品だが、一部の購入者は本当に深く感謝している。
病気などで下腹部にメスを入れざるを得なかった人。年齢のために性を楽しめなくなってきた人。水星帰り。下肢や腰が動かせない人でも、この
少なくない人が──中には立場のある有名人も──表立って感謝を述べさえした。そういった人にとってこの商品は、ある意味で福音のごとき医療器具なのだ。性具でありながら。
しかしミオリネ・レンブランはもう止まれない。
この女、言い出したことは曲げられないのである。
『私たちのGUNDは医療じゃないのよ!』
流石に
購入者がどう使うかは自由、ミオリネもその位は分かっている。商品が他の目的に転用されたって、危険でさえなければ文句をつけることはない。本来ならば。
しかし医療目的だけは穏やかでいられなかった。
自分の言い間違いを指摘されたような、そんな被害妄想である。そもそも設立前に行われた投資を募るスピーチなどほとんどのユーザは知らないというのに。
そんな良く分からない拘りのせいで、男性器型の発売が急かされている。
こちらも女子が試用した範囲では(挿入される側ではなく装着する側の)快感が強すぎるとも弱すぎるとも言われないので、女性器型と同じく男性には強すぎる可能性もある。
それならそれでミオリネには好都合なのだ。
男性にとって性感が強すぎるとすれば、病気や加齢や障害といった悩みを抱える男性から医療呼ばわりされずに済む。
女性ユーザは倒錯的な娯楽として楽しむだろう。淫具たるものそれでいいのだ。
公営放送の電波で持ち上げられるなど、性玩具メーカーとして負けたような気分であった。何と戦っているかは謎だが。
ともかくアリヤは困っていた。
女性器型にこの反応となると男性器型のレビューもエランには勤まらないだろう。
「なんでだよ……! そもそも新商品の性能評価じゃなかったのか!?」
休憩と水分補給を挟み、エランが濁った声で抗議する。
確かに本来の目的は男性器型の件だが、評価担当者の客観性を確かめないわけにもいかない。この観点でいくと、エランを含む全ての挑戦者が不適格だったわけだが。
「なら女性器型の使用感を報告できるのか。手前と奥、腹側と尻側、強めと弱め、ろくに区別もついてなかっただろ」
「ぐ…………!!」
困ったことに、女性器型を発売する際には散々確かめた『自前の器官との感覚の差』は未だまともに検証できていない。
一応“俺のはこんなに敏感じゃない”点は誰もが口を揃えたが、客観的といえるほど言語化できた男子がいないのだ。
リリッケやスレッタはより良い造形を貪欲に追求しているというのに。そういう建設的な(?)討議ができないのだ。
エランも反論できなかった。しかしこのままでは引き下がれない。
「納得いかない、試させろ」
男の意地などと言うつもりはない。もっと個人的なプライドの話だ。
ただし道理が向こうにあることも分かっていて、この要求は断られるものと思っていたのだが──
「構わないが」
アリヤはあっさり頷いた。
──どうせすぐチン負けするだろうから。
まずパーメットリンクを完全に
洗浄済みの検証器を持ってきてエランの右手に装着すると、改めて最低レベルのパーメットリンクを確立して準備完了。
未だ残っている性感につられて大きさと硬さを増した──そのことを恥じる暇など無い。リリッケが楽しそうに吹きかけた息だけで意識が飛びかけたからだ。
「
「あーしらを疑うのかよクソスペーシアン」
「チュチュ。ティルもマルタンもヌーノもオジェロもほとんど同じ反応だったろ」
「アーシアンが疑う分には構わねえんスよ」
チュチュは差別に反対しているのではなくスペーシアンが嫌いなだけである。
それはさておき。
エランは頑張った。根性を見せた。
『偉そうな口を叩くなら仕事をしろクソアーシアン。洗浄中の女性器型、
──というようなことを、長い時間と膨大な体力を費やしながら報告したのである。
「本当にすまない!」
これは完全にアリヤのミスで、誠心誠意頭を下げるしかない。
とはいえ──手回し式の洗浄器をチュチュがオラオラと回していたのは事実だが──リンク深度アンダーパーミルにおける遠隔触感など気の所為レベルだ。手順通り女性器型から
それでも極めて微妙な違いをはっきりと指摘したわけで、強化人士の面目躍如といえよう。
言うまでもなく、ペイル・テクノロジーズはこの件をエランの功績とは認めなかった*。エラン本人は『スコア4よりキツい』と言うが彼にそんな比較はしえないし、身体的にはむしろ健康になった位だから『主観』にしか見えない。
……数値化できるものしか信じられない老害どもめ。感じる心を止めてしまってはダメなんだ! 共同CEOに一人でも男がいれば身を以て
社長室──なんて大層なものは無いが、以前まで仮眠室とされていた部屋が実質的にそのような扱いになっている。
かつてとの違いといえば、寝具を新品に変えたことと……
「そう。エラン・ケレスにも検証はできそうにないのね」
『まだサンプルを増やすか?』
「いいえ、もう女性向けで売りましょう。男が手を出すなら自己責任ってことで」
『それは……潜在的な顧客をごっそり減らすってことだよな』
「問題ないわ。対象外にした方が男は関心を寄せるって意見もあったし──んむ」
明らかに仕事中だというのに、嫉妬深い花婿が強引に口を塞いでくる。
ここでのヤキモチは通話相手のアリヤではなく、ミオリネが端々に信頼を滲ませる
「は、ふ──」
『…………以上だ』
「待ちなさいよ、なんで切ろうとするわけ」
『二人の邪魔になるだろ』
「“マテ”くらい躾けてあるわよ──あん♥ こおら, ダメよ?──チュチュとリリッケの進捗も聞かせて」
『言うこと全然聞いてないなその婿』
「
それはもちろん、アリヤだってしたくはない。
時間を改めるか婿を
単に気まずいから聞いていたくないだけ──いや、最近は露出プレイ(音声限定)の一環に付き合わされている疑いさえある。
それでも社長サマは『私は完璧にビジネスマンとして振る舞えてますけど?』という姿勢を崩さないし、崩れていても認めない*。社員としては促されるまま報告せざるを得ないのだった。
そのまま20分ほど話しただろうか。
居心地の悪い時間だったが──おかげで謎が一つ解けた気がした。
言いまつがいの原因についてだ。
空気が乾燥していた? 確かにああいった演台は乾燥しやすい条件が整っている。しかしそんなことは地球世紀から知られていたわけで、対策されていないわけがない。
鼻詰まり? そんな事実は無かった。
今日もそうだ。仮眠室は防音工事で気密性が上がったし大きめの加湿器も置かれている。体調も崩していない。
──にも関わらず、ミオリネは。
『エォ……いろいろ、ありがとう。お疲れ様』
「……あぁなるほど。社長も疲れたろ」
『? 私はほとんど相槌しか打ってないけど……?』
むしろそのせいとも言える。
ミオリネが聞き手の間、9割近い時間は口の中に何か入っていたようだから。喋る間はそれが2割未満だったので、聞いている時間が長いほど疲れるに違いない。
その疲れたところに『GUND“医療”』。
“イ”は頬の筋肉で唇を左右に引き絞る。“リョ”は──ラ音は──舌を持ち上げて上顎に触れさせなければ発音できない。
なんと過酷な重労働。それらを怠れば“えぉー”と響くのは音声学的に*当然の帰結である。
スピーチの直前まで別の用途に酷使していたとすれば、なるほど舌や唇が疲れて動きが鈍ることもあるだろう。
そんなに何時間も口吸いを交わすなとか、基礎体力が低すぎるとか、疲れるのは主にご奉仕する側だよなとか、突っ込みたいことは
言うだけ無駄である。
もう今さら、この二人が離れられるはずがないのだから。