やはり俺の隣の席は色々とまちがっている。【完結】 作:秋月月日
波乱のテニスコート争奪戦が終わり、ゴールデンウィークが過ぎた頃。
比企谷八幡と雪ノ下雪乃、それと由比ヶ浜結衣の三人が所属している奉仕部に、一人の相談者が来訪していた。今月に入って初めての相談者に結衣はピシッと背筋を伸ばして緊張を露わにし、雪乃はいつも通りにクールな態度を見せ、八幡は死んだ目で黙々と少女漫画(妹から借りたもの)を読んでいた。
相談者は、青っぽい黒髪が特徴の女子生徒だった。
着崩した制服の胸元には絶大な色気を醸し出す谷間が垣間見え、長めのポニーテールは彼女に活発な印象を与える。スカートは校則よりも短くなっていて、そこから伸びる長く美しい脚はまるでモデルの様。シャツの余った裾はギュッと結ばれていて、なんか全体的に改造されている感満載な服装だ。ついでの補足情報だが、目元の泣きぼくろなんかまさに色気の象徴である。
少女の名は、
八幡と結衣が在籍している二年F組の生徒であり、あの問題児・大隣良夜が唯一心を許している希少種な少女である。
「ど、どーぞ!」
「……ん」
異常なぐらいにカチコチな結衣が用意した椅子に、沙希は大したリアクションも起こさずに腰を下ろす。
相談者が椅子に座った事で部活スイッチが入った雪乃はメモ帳を手元に拡げ、いつも通りに思いのままに質問をぶつけ始めた。
「とりあえず、名前を聞いてもいいかしら?」
「川崎沙希。二年F組に在籍してる。由比、ヶ浜……さん? とは一応同じクラスだね」
「あたしあんまり覚えられてないんだっ!?」
「おいおいちょっと待てよなにナチュラルに俺をクラスから外しちゃってんの? 俺もF組の生徒なんだけど」
「……あんた誰?」
「クラスメイトに存在を認識されてないヒッキーってマジ凄い……」
「なに、今回は俺を虐める回なの? それならもう俺帰るけど別にいいよね? 虐められるだけだし」
「そう言わずに最後まで部活動を全うしなさい。ハブラレくん」
「もはや名前の原型無くなっちゃったよ」
誰だよハブラレくんって。それが名字にしろ名前にしろ絶対にグレる自信があるわ。
八幡のツッコミを華麗にスルーし、雪乃は質問を続ける。
「それで? 今回はどんな用件でここに来たのかしら? 勘違いしている人が多いからあえて言わせてもらうのだけれど、ここは願いの手伝いをする部活であって、別にあなたの願いを叶える慈善団体ではないわ。その辺を分かった上で、相談内容を言って頂戴」
「そんな事言われなくても分かってるよ。本当は相談なんてしなくていいんだけど、平塚先生がここに相談しに行けってうるさいから、仕方なく来ただけだし……」
やっぱりあの人の差し金かよ。っていうか、ここに来る奴らって基本的に先生の差し金だったっけ? ここ最近の忙しさは全てあの残念系美女が元凶なのか……本当、俺の青春ラブコメって間違ってるよな。
不服そうにそっぽを向く沙希。ただでさえ覇気のない彼女の瞳は、今ばかりは八幡に匹敵する程に元気が欠如している仕様になっていた。いや、やっぱり訂正するわ。だってそれじゃあ俺が元気のない捻くれ者って事になっちゃうじゃん。……いや、俺って異常なぐらいの捻くれ者だったわ。
心の中で一人漫才を繰り広げる八幡を他所に、雪乃と沙希のやり取りは続く。
「最近……というか、あたし達が高二になってからなんだけど。ちょっと幼馴染みの様子がおかしくてさ」
「ああ、大隣の事か」
雪乃は「???」と不思議そうな顔を浮かべる。
「比企谷くん、その幼馴染みの事を知っているの?」
「知ってるも何も、俺の隣の席に座ってるクラスメイトだよ。授業中にいつも派手で精巧で緻密な暇潰しをやってる奴で、俺以上に性格の歪んでる孤高のクリエイターってヤツだ」
「つまり、授業を真面目に受けない手先の器用な人、という事ね」
「…………まぁ、あえて否定はしないよ。良夜は昔から勉強が嫌いだし、昔からあの歪んだ性格だったしね」
はぁぁ、と溜め息交じりに沙希は居心地の悪そうな表情を浮かべる。
しかし、八幡は見逃さなかった。今までの理不尽人生の中で会得したスキル『ヒッキーアイ』を常時発動している八幡は、沙希の口元が目視不能なレベルで吊り上がっている事実を見逃さなかった。
つまり、川崎沙希は嬉しそうだった。
それは彼女が、大隣良夜という少年の事を思い出して心が晴れやかになっているという事だ。
それが何を意味するか。人の気持ちに敏感で過敏な八幡は、数秒足らずで沙希の気持ちを理解した。というか、こればっかりは八幡でなくともすぐに気づけたはずだ。
その予想は間違っていなかったらしく、八幡の隣で「う、うーん」と考えるふりをしていた結衣はぱぁぁっと表情を明るくさせ―――
「もしかして、川崎さんって大隣君の事が好きだったりする?」
「ッ!?」
―――ボンッ! と沙希の顔が紅蓮に染まった。
全ての事にやる気のない、という第一印象を周囲に与えていた彼女は耳の先まで真っ赤になり、忙しなく視線を宙に彷徨わせ始めた。それはあまりにも分かり易すぎる動揺で、八幡は思わず「……リア充爆発しろ」と小さな声で呟いてしまっていた。いや本当、大隣爆発しろ。
ピリピリとしていたはずの空気が何故かほんわかとしてしまったが、相変わらずのユキペディアさんは相変わらずの空気ブレイクを炸裂させる。
「つまり、貴女はその大隣君という幼馴染みと恋仲になる為に奉仕部に相談に来た、という事で間違いないかしら?」
「ち、違っ、違う! まだあたしの口から何も告げてないのに勝手に結論付けるのはやめてくんない!?」
「や、その言い訳は遅すぎるって川崎さん。ねぇねぇ、大隣君のどこに惚れちゃったの~?」
「お前楽しそうだな。いいぞもっとやれもっとやれ」
「……貴方達、話が進まないから少し黙っててくれる?」
「元はといえばあんたのせいだろうがっ!」
沙希渾身の一喝だった。
しかし残念、顔が紅蓮に染まっているから怖さは半減している。これが俗に言うギャップ萌えというヤツなんだろうか? いや、こんなギャップに騙される俺ではない。俺が本当にドキッとするのは戸塚が上目遣いを浮かべていた時だけだ。……想像したら本当にドキッとしちゃったよ。恐るべし戸塚。
雪乃の天然発言によって予想外の展開に巻き込まれた沙希は熱くなった顔にべっちりと右手を当てつつも、奉仕部にやってきた本当の理由を口にした。
「良夜があたしに隠れて何をやってるのかを調べて欲しいんだ」
☆☆☆
人間観察といえば俺の右に出る者はいない!
そんな意味不明な名乗りを上げた比企谷八幡は翌日、隣の席の大隣良夜を観察する事になった。一応は後方の席である結衣も情報収集をすると意気込んでいたが、あのアホの娘にはあまり期待はすまい。何故なら彼女が由比ヶ浜結衣だからである。
世界史の教師が黒板にチョークで長ったらしい文章を書いている中、八幡は横目で隣の席を確認する。
真っ白なノートが拡げられていた。
(ん? 今日は真面目に授業を受けている、のか……?)
授業を真面目に受けずに真面目に内職をするのが大隣良夜の最大の特徴なのだが、今回は彼の机の上に内職用と思われる物品は確認できない。机上には世界史の教科書が載っているため、どこからどう見ても真面目な生徒にしか見えない。
もしかして改心でもしたのか? と良い方に考えを浮かべる八幡。
しかし、歪みに歪んだ性格の良夜がそう簡単に改心している訳もなく。
「……っと」
机の中から一枚の折り紙を取り出す馬鹿が一人。
(ちょっと感極まってた俺の感動を返せ!)
やっぱり大隣は大隣だったよ! と八幡はひくひくと頬を引き攣らせる。
そんな八幡になど気づかないしそもそも興味すらない良夜は慣れた手つきで正方形の色紙を弄び始めた。
対角線同士を繋げるように折り、更に折り、一旦広げて再び折り……それを五分ほど続けたところで――
「…………ふぅ」
―――立体の旅客機が爆誕した。
(え!? 今の流れからどうやったらそんな事になっちゃうんだよッ!?)
せめて紙飛行機で抑えとけよ。なんでリアルな旅客機が折り紙一つで完成しちゃうんだよマジ意味分かんねえ……しかもいつの間に空気入れたし。
信じられない現実を目の当たりにした八幡の目の前で二枚目の色紙に取り掛かる良夜。こ、今度こそ見極めてやる。お前の神業をなぁ!
最早当初の目的など憶えていない八幡だったが、彼は既にそんな事にすら気づいていない。唯一のストッパーである結衣は世界史の授業のつまらなさに敗北して絶賛爆睡中で、沙希に至っては窓際の方から覇気のない目で良夜を眺めているだけだ。
腐った目に力を込める八幡。
良夜は先ほどとは違う流れで色紙を折っていき――
「……こんなもん、かな」
―――立体のマ○オが顕現した。
(ま、マンマミーア!?)
伝説の配管工の名言を思わず言ってしまう程の驚きだった。何で赤の紙一つでマリオが生まれるのかがまず理解不能だった。そして立体なのが余計に混乱を招いている。更に言うなら、手先が器用ってレベルじゃねえぞどういうことだってばよ!
いろんな意味で混乱する八幡に、良夜は更なる衝撃を与える。
―――クレーン車(立体)
―――ブルドーザー(立体)
―――タンクローリー(立体)
―――マジ○ガーZ(立体)
―――ガ○ダム(立体)
(折り紙の可能性って凄ぇえええええええええええええッ!?)
まさに驚きの連続だった。
まさかの働く車大集合だった。
そして更には超有名なロボット様のご登場だった。しかも、平塚先生に献上すれば飯ぐらいは奢ってくれそうな程の完成度だった。もうその道のプロになって金稼げるレベルだよね、いやもう本当その道に進むべきだよね。
観察どころか感激を越える何かを与えられた八幡は、授業の板書すらをも忘れてただひたすらに良夜の作品たちをまじまじと見つめていた。芸術作品としか言いようがない立体作品に、涙すらをも流してしまいそうだ。
そんな事をやっているといつの間にか時間は経ち、授業終了のチャイムが校舎中に鳴り響いた。
「よーし。それじゃあ次までに復習しとくよーに」
世界史教師が軽い調子で教室を後にし、事実上の休み時間がスタートする。人気者の葉山隼人の元には既に大勢のクラスメイト達が集まっていて、逆に存在すら覚えられていない八幡の周りには生徒の姿すら確認できない。言うなれば、教材を机の中に押し込む作業を終えた結衣がちょうど向かっているぐらいのものだ。
そんな八幡の方に、良夜が無言で顔を向ける。
「え?」と思わず口にしてしまう八幡に笑顔すら見せることなく、良夜は机の上の作品たちを八幡の机の上に放り投げた。
「やるよ。そんなに物欲しそうな目で見てたお前に貰われんなら、そいつらも満足だろうよ」
「ひょ……おう。あ、ありがとう」
思わず噛んでしまうもなんとか礼を述べることに成功した八幡を一瞥し、良夜は教室から出て行った。大方、用を足しにでも行ったんだろう。
良夜とすれ違いで八幡の元へと近づいた結衣は彼の机の上にある芸術作品をキラキラとした瞳で見つめる。
「お、おーっ! なにそれ凄い! ヒッキーが作ったのっ?」
「いや、我がクラスの職人の芸術作品だ」
「ああ、大隣君のなんだ。やっぱ手先器用なんだねー」
おぉっ!? ブルドーザーじゃん! と子供の様に盛り上がる結衣。
そんな彼女の傍で芸術作品たちを眺めていた八幡はぼんやりとした表情で言う。
「……平塚先生にでもあげるかね」
その呟きは結衣の耳に届くことなく、教室の喧騒に掻き消された。
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