そもそも続いたのがおかしいんですけど。
「アクアはさぁ…」
「んー?」
「何が専門だったの?」
「…?」
その日、アクアとルビーはいつも通り幼稚園にいた。相変わらずアクアは分厚い小説を読んでいたが、後ろで珍しく大人しくしていたルビーが妙なことを聞いてきたので怪訝な顔で振り向いた。
「専門って何のことだ?」
「アクアの前世ってお医者さんでしょ?何が専門なのかなって」
「…」
…当然だが、アクアは前世の職業をルビーに教えていない。アクアとルビーはお互いの前世については基本的に探らないようにしているのだ。明確にそう決めたわけではないので、いわゆる暗黙の了解ってやつだが。
「その口ぶりだと、もう確信してるって感じだな」
「まあね。ていうかアクアも隠す気なかったでしょ?」
「状況が状況だったからな……はぁ、そうだよ。俺は前世で医者やってたんだ」
「そうなんだ…」
すでにルビーが自身の前世が医者であると確信していることを察すると、今更誤魔化しても仕方ないとアクアは肯定した。
―――半年前。伯母が倒れたあの日のこと。
アクアは伯母がかなり危険な状況であると感じ、幼児としての振る舞いを完全に放り出して医者として行動することを決めた。
とはいえ、幼児の体で出来ることはそう多くないため、ルビーに酔いつぶれていた斉藤夫妻を起こすよう頼んでアクアは携帯で救急車を呼んだ。
驚いたのは、アイがすでに行動を起こしていたことか。
どこで知ったのか、アイは一人で心肺蘇生を試みていたのだ。携帯で事情を話しながらアクアは様子を見ていたが、アイの行動は限りなく最善に近いものだと思った。
その後は起きた斉藤夫妻にも手伝ってもらい、救急車が来る頃には何とか伯母を蘇生することに成功した。病院に搬送されてから少しして意識を取り戻し、検査のために数日入院することになったものの、何事もなかったためにすぐに退院して家に戻ってきている。
(結局なにが原因で倒れたんだろうな……検査でも異常はなかったし)
「医者なのはわかったけど、アクアは何が専門だったの?」
当時を回想していたアクアに、再びルビーが最初と同じ問いをしてくる。問いかけるルビーの顔は何かを期待しているような、何とも不思議な表情をしていた。
(そんなに気になるのか?まぁ教えて困るようなものではないけど)
「産科医だよ。なんだ、今日は随分突っ込んで聞いてくるじゃないか」
「………」
「ルビー?どうしたんだよ、今日はなんか変だぞお前」
アクアの答えを聞いたルビーは俯いてしまって表情がわからない。何かに感謝するように両手を胸の前で組んでいる。あるいは祈っているようにも見えるだろうか。
「おい、大丈夫か?」
「…なにが?」
アクアが再び話しかけると、ルビーはパッと顔を上げた。先ほどまでの雰囲気はなくなり、いつも通りの表情に戻っていた。
「何がって…」
「まぁ、アクアの前世はどうでもいいんだけどさ」
「聞いといてその反応は失礼すぎるだろ…。次はなんだよ」
強引に話を遮ったルビーは、アクアも気になっているであろうとある話題を切り出した。
「最近のママと伯母さん、ちょっと変じゃない?」
(やっぱりか。社長とミヤコは何も言わないけど、たぶんあの二人も気づいてるよな)
「何ていうか……そう!倦怠期になって別れる寸前のカップルみたいな感じ!」
「嫌な例えだな…」
「だってそうでしょ?前はあんなにベタベタしてたのに…お風呂は一緒に入らないし、マッサージも随分減ったじゃない。しかもエッチなやつじゃなくなったし」
「マッサージは別にいいだろ…」
…伯母は退院してから変わった。アクア個人としては悪い変化ではないと思っているが、問題はアイがどう思っているかだ。
「俺は今の伯母さんのことは結構好きだぞ。前の伯母さんはちょっと完璧過ぎたっていうか」
「私だってそうだけど…ママは…」
今の伯母は何も知らぬ者からすると以前と変わらぬように思えるが、一緒に暮らしているアクアたちからすると変化を顕著に感じ取ることが出来る。
以前の伯母は包容力と母性に溢れ、狼狽えたり動揺するといったことがほとんどなかった。アイが少しアレなマッサージをしている時以外は完璧超人といっても過言ではなかったのだ。
しかし今の伯母は違う。
家事を筆頭に全体的にミスをすることが増えた。致命的なものではないので今のところは大した問題にはなっていないが、以前より確実におっちょこちょいになっている。
簡単に言ってしまえば、以前より隙が増えた分親しみやすくなったという感じか。表情も幼さが出ていて何だか年下っぽい雰囲気もある。
アクアとルビーも何とかサポートしようと、幼児の体でも出来ることを手伝っていた。
(俺達からは良い変化に思えても、アイからすると受け入れがたい変化なのかもしれないからな)
「私たちでさ、仲直りするようにママに言ってみようよ」
「俺たちが言ってどうにかなる問題か…?」
伯母とアイの関係は自分たちが思っているよりも長く、そして深いものだ。家族として暮らしているとはいえ、この二人の関係に口出しするのは中々大変なことだ。
「でもこのままじゃ嫌だよ!二人が仲良くしてないと私…」
「ルビー…」
悲し気に俯く妹の姿に思うことがあったのか、アクアは立ち上がって俯く妹の頭を撫でた。
「わかったよ。俺も今の家の雰囲気はちょっとキツいと思ってるんだ。一緒にアイと話してみよう」
「アクア…!ありがとう!」
◇◆◇
「…」
「ママ…?」
と、いうわけで。
アイとアクアとルビーの親子三人がお風呂に入っている時、チャンスだと思ったアクアとルビーが話を切り出したわけだが…
「…ごめんね」
静かに話を聞いていたアイが、優しく二人の頭を撫でた。
「二人には心配かけちゃったね。でも大丈夫、私はお姉ちゃんのことを嫌いになったりしてないよ」
「そうなんだ…」
「よ、よかった~」
「社長たちにも言われたんだよね……そろそろ覚悟、決めないとな…」
「…アイ?」
アイは少し悩む様子を見せていたが、顔を上げると二人の顔を見つめた。
「ママが何とかするから、もうちょっとだけ待っててね」
◇◆◇
(し、死にたい………)
掃除、洗濯、料理、洗い物…幼稚園に行く子供たちと仕事に向かうアイと社長たちの見送りを終わらせ、一通りやることが終わった私は家で黄昏ていた。
私の誕生日の日。今まで肉体の主導権を握っていた前世の人格は消えた。今世の人格である私は何とか踏みとどまり、みんながすぐに処置を施してくれたこともあって生き残ることが出来た。
『これからは前世の人格に振り回されることもなく、私はみんなと一緒に幸せな人生を歩めるんだ!』
…なーんて最初は考えていたが、そんなうまい話なんてなかった。
まず、この十数年間。私は時たま肉体や前世の人格に干渉する程度で、基本的には傍観している状態だった。そのせいか、私では肉体に備わった能力を十全に使いこなすことが出来ず、この半年間はボロを出しまくってしまった。
(アイキドーとか意味わかんないよ…荒事なんて無理だから…)
そして問題なのがアクアだ。
彼の中身って最低でもアラサーの男性でしょ?一緒にお風呂とか無理なんですけど。超恥ずかしいんですけど。
ルビーはいいよ。同性だし、中身も若くして亡くなった少女なんだから、むしろ存分に甘やかしてあげたいと思う。でも中身成人男性とお風呂入るのはキツイ…毎回顔が赤くなるのを抑えるのに必死だった。
え?授乳プレイ?
………………
記憶にないですね…
中身が成人男性だと知ったうえでおっぱい吸わせるような痴女なんているわけがない。あれは私じゃない。私じゃないから。
まぁ問題はほかにもたくさんあるのだが、何より一番の問題はアイだろうか。
私はアイが好きだ。これが恋愛感情なのかはわからないけど。
まぁその……そ、そういうことを求められたら応えてあげてもいいかな…なんて思うくらいには好きだ。
私の精神が回復したのはあの子との暮らしの影響が大きいし、あの子のためなら尽くす所存である。
しかし、私がアイを好きでも、アイが私を好きかは別なわけで…
アイが好きなのは私でも、前世の人格でもなく、亡き母親を演じていた私なのだ。
いきなり素の私の性格に戻ったとしたら、アイはきっと受け入れられないだろう。最悪私は家を追い出されるかもしれない。
(そんなのやだよぉ……ここにいたいよぉ…)
誰もいない家で一人、私はめそめそ泣いている。正直すっごく情けないが、感情を抑えることが出来なくてここ最近は毎日こんな感じだ。前世の人格なら肉体を完璧にコントロールして涙も自由自在に出せるんだろうが、私はそんなこと出来ないので感情が高ぶるとボロが出てしまう。
これせいで、半年の間で私は随分やらかしてしまった気がする。
今は減ったけど、最初の頃はアイのエッチなマッサージで意識が飛んでいたし、アイと手が触れ合うだけで過剰に反応してしまって……他にも、社長にたまたま裸を見られた時なんて叫んじゃったし、ミヤコさんをお母さんって呼んじゃうし………
何とか亡き母親の演技を続けることは出来ているが、その完成度も以前より低いせいか、しょうもないミスをするようになった。ご飯炊き忘れたり、うっかりお皿割っちゃったり……
決してみんなの反応は悪いものばかりではなく、むしろ以前より親密になれたような気もする。
斉藤社長はなんか娘みたいに扱ってくるし、ミヤコさんはよく頭を撫でてくれる。アクアもルビーも家事を手伝ってくれるようになった。
しかしアイは……以前より距離が遠くなってしまった。
明らかに避けられている。けど、私にはどうすればいいのかわからない。二人っきりになる機会はあったけど、話を切り出す度胸がなかった…こういう時、前世の人格ならどうしたんだろう…
(うぅ…自分のコミュ障っぷりが憎い……助けてお母さん…)
私は憂鬱な気持ちのまま、その日も一人、膝を抱えてうずくまっていた。
・白根小鈴(オリ主)
自分をお姉ちゃんだと思い込んでいる精神年齢中学生くらいのポンコツ。
ハッピーエンド②と違ってアイたちへの好意や記憶もあるので頑張って以前通りに振る舞ってる。でも姉としてのメッキはボロボロ剝がれている。
今までほとんどを前世の人格に任せて来たので、精神年齢が幼いまま成長できていないし、チート能力も使いこなせない。
・星野アイ
実は精神年齢がお姉ちゃんより上の人。
オリ主は気づいていないが、半年の間で色々と行動を起こしている。葛藤もあったがすでに感情の整理はついている状態。
・星野愛久愛海
一番常識的な人。
自分がアイの子供であることを受け入れつつあり、新たな人生を前向きに生きていこうと考え始めている。
たぶん、成長したら原作の恋リア初登場時のアクア(陽キャの姿)がデフォルトになる。
最近、妹がお兄ちゃんと呼んでくれなくなったのが悩み。
・星野瑠美衣
真実へ向かい続ける人。
ぶっちゃけすでに確信している。自分を妹と強く認識されると将来的にまずいと思い、お兄ちゃんと呼ぶことをやめた。
アクアに近づいてくる幼女たちを追い払うのが大変。
小学校でも苦労する。