音割れポッターBBの知識だけでドラコ・マルフォイになってしまった 作:樫田
ダンブルドアに促され、ハリーは暖炉脇の長椅子に腰を下ろした。立っていたときには気づかなかったが、座った途端にしゃがみ込み続けた脚がひどく重たく感じられる。シリウスがハリーの隣に座り、ダンブルドアは向かいにある一人掛けの椅子へ浅く腰かけた。
しばらくハリーは言葉を探していたが、最初に口を開いたのはシリウスだった。
「先に教えていただきたいのですが……予言はどうなったんですか」
「それはヴォルデモートと戦っていたときに、わしが砕いてしもうた」
ダンブルドアは、ひどくあっさりと答えた。
ハリーは思わずシリウスの顔を見た。騎士団はこの一年間、ずっと予言を守ってきたはずだ。さぞ驚くだろうと思ったが、シリウスはわずかに目を伏せただけで、何も言わなかった。
ハリーは自分のローブの、もう何も入っていないポケットのあたりへ目を落とした。
「ヴォルデモートがあそこまで知りたがっていた予言って、いったいどんなものだったんだろう?」
答えが返ってくると思っての言葉ではなかったが、ダンブルドアはにっこりと微笑んだ。
「幸いなことに、わしはその質問に、完璧に答えることができる」
半月型の眼鏡の奥から、青い目がハリーを見ていた。
「実はのう、あれは今から十六年ほど前、とある類稀なる才能を持った『予見者』から、他でもない、このわしが聞いたものだったのじゃ」
類稀なる才能を持った『予見者』。その言葉に、ハリーは三年生のときのことを思い出していた。
「それって……トレローニー先生のことですか」
ダンブルドアは微笑んだまま頷いた。
「ちょうど、先生が求職されていたときのことじゃ。ここだけの話、当時のわしは、あまり占い学という学問に価値を見出してはおらなんだが……そしてわしは先生に他の道を考えてみるよう申して立ち去ろうとしていたが……そこで、彼女はその才能を十全に発揮してみせたのじゃ」
そこまで言い、ダンブルドアはその顔から微笑みを消した。
ダンブルドアは立ち上がって壁際の黒い戸棚へ歩いていくと、扉を開け、中から縁に彫りの入った石の浅い水盆を両手で運んできて、三人の間にある机の上へ置いた。それから杖の先をこめかみへ当て、ゆっくりと引く。銀色をした細い糸のようなものが、杖先に絡んでついてきた。ダンブルドアはそれを水盆の中へ落とすと、杖で水面を突いた。
中から、もやのような人の形をした白いものが立ち上った。ハリーがそれを見上げると、聞き覚えのある低い、おどろおどろしい声が降ってきた。
「闇の帝王を打ち破る力を持ったものが近づいている……七つ目の月が死ぬとき。帝王に三度抗った者たちに生まれる……
そして闇の帝王は、そのものを自分に比肩するものとして印すであろう。しかし彼は、闇の帝王の知らぬ力を持つであろう……
一方が他方の手にかかって死なねばならぬ。なんとなれば、一方が生きる限り、他方は生きられぬ……」
白い姿はそのまま水面へ沈んで消え、部屋には暖炉の音だけが残っていた。
耳にした言葉に、胃の底がずっしりと落ち込み、ハリーは膝の上で手を握った。一方が他方の手にかかって死なねばならぬ。なんとなれば、一方が生きる限り、他方は生きられぬ……
そのとき、不意に強く肩を抱かれた。それはシリウスの腕だった。熱い手のひらにはしっかりと力が入っていて、ハリーを励ますように肩から動かなかった。
「この予言は、盗み聞きをされておった」
ダンブルドアが言った。
「しかし、盗聴者が聞けたのは最初の部分のみ……そして、それを聞かされたヴォルデモートは、自らその『敵』を選んだ」
「……それが、僕だったんですか」
ダンブルドアが重々しく頷いた。
「実は、予言が当てはまるのは君だけではなく、ネビル・ロングボトムもそうだったのじゃが……結果として、奴は自ら予言を成就させてしまった。蘇ったヴォルデモートが完全なる予言を求めたのも、宜なるかな……しかし、君はそれを阻んだ」
ハリーの中で、胃を押さえつけていたものがわずかに軽くなった。予言はもう砕けているし、隣にはシリウスがいて、目の前にはダンブルドアがいる。
「……なぜ、教えてくれなかったんですか。ずっと前に先生は知っていたのに」
そこまで責めるつもりで口にした言葉ではなかったが、ダンブルドアは何か苦しげに目を閉じた。
「一つには……これは大きな過ちじゃったが……」
ダンブルドアはそこで一度言葉を切り、瞼を開けて机の上の水盆へ目を落とした。
「……君を怖がらせたくなかったのじゃ。いずれヴォルデモートと殺し合う運命の中にいると、伝えることをわしは避けた。君が可愛いあまりに、君の平穏を乱すことを先送りにした」
顔を上げたダンブルドアは、どこか自嘲するように笑っていた。
「その判断は完全に間違っていたと、今宵君は見事に証明して見せた。……君はヴォルデモートとの戦いへ臨み、やつの企みを打ち砕いた」
ハリーは何と返事をしたらいいのか分からなかった。振り返ってみると、神秘部で自分がやったことといえば、ほとんど逃げ回っていただけのような気もしてきていた。ヴォルデモートと本当に戦ったとは、とうてい言えない。それでも、口の端が少しだけ綻んだ。ダンブルドアも誇らしげに目を細めた。
しかし、ダンブルドアの笑みはすぐに薄れていった。
「もう一つは……例えどんなことがあろうと、奴に予言の内容を知られるわけにはいかなかったからじゃ。奴が心底欲する予言は、魔法省の奥底──神秘部に赴き、初めて手に入るものでなくてはならなかった」
隣でシリウスが頷いた。
「さすれば、奴は魔法省に姿を現さずして、予言を得ることはできない。それこそが好機を作ると、わしは考えた。奴を誘き出し、その復活を白日の下に晒し、魔法界全体に極めて強力な警告を発する無二の機会。うまくことを運べば、我々はそれを得ることができる」
ダンブルドアは一度言葉を切ってから続けた。
「それまでは、たとえシリウス、君を含めた騎士団員であろうと、予言の内容を知らせるわけにはいかなんだ。ヴォルデモートに捉えられた人間が心の内に全てを秘しておけるなどという、甘い考えは持てぬからのう」
シリウスはもう一度深く頷いた。ダンブルドアの考えを受け入れていると、その態度で表しているかのようだった。
「そして……ハリー、こと君には、なおさら教えることはできなかった」
ハリーは、昨年の今頃、ダンブルドアが自分に語ったことを思い出した。
ダンブルドアは頷き、話を続けた。
「ヴォルデモートが復活してから、君と奴の繋がりはさらに強く、断ち切り難いものになった。この一年ほど、わしは実際に君の目の中にヴォルデモートの影を見たように思うたこともある」
暖炉の火が一度、小さく音を立てた。
「君がヴォルデモートに対し、心を閉ざせるようになるまでは……もしくは予言がもはや用済みになるまでは、わしは君にことの次第を聞かせられなんだ」
ハリーは膝の上の手を見た。スネイプの部屋で毎週やらされていたことが、結局どうなったのかを思い出すのは、あまり気分のいいものではなかった。
「……ごめんなさい。結局、僕は閉心術をマスターできませんでした。努力が足りていなかったかもしれません」
「いいや、決してそんなことはない、ハリー。君は非常によくやっていたと聞いておる」
ダンブルドアは静かに言った。
「……ただ、君とやつの間にあるつながりは、通常の範疇を外れておるのじゃ」
「……でも、ヴォルデモートは僕から離れて行きました。取り憑かれて、どうすることもできなくなったと思ったのに。あいつはなぜか……逃げていった」
ダンブルドアはすぐには答えず、しばらく黙っていた。それから、探るようにハリーを見た。
「それはわしにも推測になるが……ハリー、君は、操られてドラコの首に手をかけたときに、一体どう感じたのかね」
「……ええっと……それは……はっきり覚えているわけではないんですが……」
ハリーは言いかけて、その先を続けるのに大いにためらった。自分が友達に対して何を思っているかを、こんなふうに口に出して大人に並べ立てるのは、考えただけで耳が熱くなるようなことだ。
けれど、当然ではあるが、ダンブルドアもシリウスもまったく茶化すような様子はなかった。二人ともハリーを見て、じっと答えを待っている。
「……一番強かったのは、悲しさだったと思います」
ハリーは言い淀みつつも、なんとか言葉を探し当てた。
「……ドラコは、僕に殺されることを、完全に受け入れているように見えた。僕はそんなことしたくないのに。それを分かってくれてもいいのに……だから、かなり怒っても、いたかもしれない」
ダンブルドアが微笑んだ。どこか悲しげな笑い方だった。
「ハリー。まさに君の、その想いこそが、ヴォルデモートを追い払ったのじゃろう」
ダンブルドアの目は、ハリーを通り越してどこか遠いところへ向けられていた。
「愛を知らぬものは、愛するゆえの苦しみを知らぬ……誰かを思うがゆえの、痛み、悲しみ……味わったことのない責苦だったであろう」
ハリーは、ローブの裾を意味もなく引っ張った。
「ハリー、ヴォルデモートは、今夜生まれて初めてそういった感情に触れたのだ。それが奴には、耐えられなかったのだろう」
ダンブルドアの言い回しは、ハリーにとってはなかなか堪えるものだった。愛だ何だと大層そうに繰り返されると、どう反応すればいいのか分からなくなってくる。その言葉に勝手に顔が熱くなってくるのが余計に腹立たしかった。ハリーは咳払いをして、膝の上で手を組み直した。
「……それにしても、一体なんでドラコは人質になったんでしょう」
ハリーは言った。
「ヴォルデモートは、いつから僕への罠にドラコが使えると気づいたんだろう」
ダンブルドアの顔から、先ほどまであった柔らかさが消えた。
「……おそらく、去年よりクラウチは、君の友人関係をそれなりにご主人に報告していただろう。ただ、それだけではヴォルデモートはドラコに目をつけることはなかったとわしは考えておる。奴は基本的に、誰かが誰かを思う気持ちが分からぬ上に、それは自らが卑小とみなす対象となれば尚更じゃ」
ダンブルドアはそこで、ハリーの隣へ目を移した。
「シリウス、君の幻覚ですら、ヴォルデモートの発案ではなかったしのう」
シリウスが頷き、ハリーへと視線を移した。
「どうやら、私のことをあちらに伝えたのはクリーチャーだったらしくてね。クリスマスに『出て行け』と私が言ってしまったのを口実に、他のブラック家の血族──ナルシッサの下へと訪れていたらしい。ルシウス・マルフォイの妻で、ドラコの母だ。……そこから私を囮にする作戦ができたようだ」
ハリーは、あの屋敷の暗い廊下と、壁の肖像画の前でぶつぶつ言っていた屋敷しもべ妖精を思い出した。ハリーはむしろあの屋敷しもべ妖精に同情していたが、その気持ちが急速に自分の中から消えていくのを感じた。
「じゃあ、なんでヴォルデモートはドラコに目をつけたんだろう」
ダンブルドアはすぐには答えなかった。青い目がゆっくりと閉じられ、そのまましばらく開かなかった。ハリーが見てきたどの顔とも違っていて、この人がこんなふうに人前で目を伏せるのを、ハリーは一度も見たことがなかった。
「……それは……わしのせいだろう」
ダンブルドアは言った。
「今年、わしは彼がヴォルデモートと深く関わっていくのを看過した」
その言葉に、隣でシリウスが身を乗り出した。
「ダンブルドア、それはあなたの責任ではないでしょう。我々の指揮系統の中にいたわけでもない」
「……いいや。彼はいつでも、わしの願いを完璧に叶えてくれていた」
「どういうことですか」
シリウスが訝しげに言った。
「ヴォルデモートが神秘部に来るまでに、避けねばならぬことがなんだったのか、分かるかね」
ハリーには見当もつかなかった。隣を見上げたが、シリウスも眉を寄せたまま、話がどちらへ向かっているのか掴みかねている顔をしていた。
それに構う様子もなく、ダンブルドアは話を続けた。
「ファッジが完全にわしを封殺してしまおうとすること。それよりもっと悪いのは、中途半端にファッジが復活を認めながらもそれを隠蔽し、ヴォルデモートが神秘部に侵入するのを諦めてしまうほどに、警戒を高めること。何より、今の魔法界の油断を突き、大規模に犠牲者が出るような動きを取られること」
ダンブルドアはそこで一度、言葉を切った。
「それらの懸念に対し……ドラコの動きは非の打ちどころがなかった」
ハリーは、去年の秋から冬ごろ、ドラコが過労死一歩手前といった様子で何か書類を作成していたことを思い出した。その後も、土曜日に彼は度々姿を消し、スリザリンのクィディッチチームのキャプテンが大いに困り果てていたことも知っていた。
ダンブルドアはまた瞼をぎゅっと閉じてから、言葉を続けた。
「これは言い訳に過ぎぬことだが……わしは誓って彼にわしのために動いてもらおうなどとは思っておらなんだ。当然、彼はわしの企てを全く教えられておらぬし、ヴォルデモートもまた、直接神秘部の作戦に関わっておらぬ子供に内情を語る必要性を感じなかったじゃろう」
ダンブルドアの声が、そこで少し低くなった。
「彼は、自分が人質になり神秘部に引きずられてくるまで、一体自分がなんのために拷問を受けたのかも知らなかったのではなかろうか……わしはそう予想しておる」
ダンブルドアはハリーのほうを見ていなかった。長い指が膝の上で組まれ、その甲の皺のあたりに視線が落ちている。
「それでも、彼は驚くほど的確に動き続けた。
今学期が始まる前日、ヴォルデモートはわしが『あえて監督生に選ばなかった』ドラコ・マルフォイという少年に、小さな興味を持ったそうだ。それはほんのわずかな好奇心だっただろう」
ダンブルドアは身を捩るように顔を上げた。暖炉の光が半月型の眼鏡に当たって、その奥の目を一瞬だけ見えなくする。
「……しかし、ドラコはその機に乗じてヴォルデモートに取り入り、さらに驚くべきことに、奴の動きを制御してみせた」
肩に回されていたシリウスの腕に、力がこもるのが分かった。その手が離れ、シリウスは膝へ肘をついて身を乗り出した。
「……彼は確かに優秀かもしれないが、それでもまだ子供でしょう。ダンブルドア、なぜ放っておいたんです? あなたらしくもない」
ダンブルドアはすぐには答えなかった。机の上に置かれたままの水盆の中で、銀色の記憶がゆっくりと渦を巻いている。その水面を見下ろしたまま、ようやく口を開いた。
「……昨年、わしはとある事情で彼を深く傷つけてしまった」
声は、ほとんど聞き取れないほどかすかになっていた。
「あまりにも……あまりにも深く……取り返しがつかぬほどに」
去年のことなら、ハリーにも思い当たることがあった。クラウチ・ジュニアはドラコに磔の呪いを数発打った後、トランクに本物のマッド-アイと一緒に詰め込んでいたのだ。かなりショッキングな光景だったので、今でも脳裏に焼き付いている。
ハリーは組んだ手の指へ目を落とした。あれをダンブルドアが自分の責任だと言うのは、いくらなんでも背負いすぎだと思う。あれはクラウチがやったことで、ダンブルドアがやらせたわけではない。
しかし、ダンブルドアの苦悩はそんなことは慰めにならないようだった。
「わしはもはや、自分が彼のためになることをできるとは、とうてい思えなくなってしまった」
ダンブルドアは続けた。
「彼のためを思い、彼の望みを叶える手段を取り上げてしまうことが、彼に最後の手段を……彼の命を使わせることにつながるのではないか。そんなことを、恐れた」
ハリーは顔を上げた。
その恐れは分かる気がした。誰もいなくなった一人掛けの椅子が、暖炉の斜め向かいでまだ同じ場所にある。あの上で膝を抱えていた姿が浮かんできて、ハリーはすぐに目を逸らした。
彼は、ときに自分が傷つくほうの選択肢をわざわざ選んでいるように見える。今夜のことだけではない。二年生の秘密の部屋でのときも、三年生のルーピン先生のときもそうだった。しかし、同時にそれは結果として最善で、どうしてそうなってしまうのかを、ハリーは一度も聞けたことがなかった。
ダンブルドアの口元が、力なく歪んだ。笑おうとしているのだと、ハリーは初め気づかなかった。
「しかし、わしはこうも考えていた。
『彼に過ちを突きつけることができれば、彼を止める口実ができるだろう。彼は決して、誰かを犠牲にすることを好まない。彼の目算が誤り、意図せぬ形で誰かが傷つき、そして彼がそれを自覚すれば、わしは再び彼を抑制し、守る立場に戻ることができるだろう!』」
そこで、ダンブルドアは声を上げて笑った。
ハリーは思わず身を硬くした。ダンブルドアは常に微笑みを浮かべているような人だが、しかし、こんな笑い方をするのを見たことは今までに一度もなかった。喉の奥から押し出されるような、乾いた音だった。
「……そして、今日に至るまで、そんな機は訪れなかった!」
皮肉っぽく笑いながら、ダンブルドアは言った。
「彼が私のあまりにも多い過ちを正し続けていることに有頂天になったまま──私は今日この日まで彼を使い潰してきた」
笑い声が止まると、校長室にはまた暖炉の音だけが残った。ダンブルドアは自分の両手へ目を落としている。
「……終わりの見えない仲裁の中で、彼は一体何を考えていたのだろうか……」
誰も答えることはできなかった。シリウスはダンブルドアを見つめたまま黙っていて、ハリーも何と言えばいいのか分からなかった。ダンブルドアがこんなふうに喋るのを聞いていることが、ドラコの告白を聞いていたときと同じくらい、身体の内側を重くしていた。
そこで、ダンブルドアは顔を上げた。揺れる青い瞳は、ハリーをまっすぐに見ていた。
「……そして、わしの痴愚と臆病の招いた事態を……ハリー、今夜、君が救ってくれたのじゃ……」
礼を言っているような言葉面ではあるが、ダンブルドアの声はまるで嬉しそうではなかった。むしろ、そうさせてしまったことを悔やんでいるように聞こえた。
「……先生にお礼を言ってもらうようなことじゃないと思います」
ハリーは少しだけ視線を逸らしながら言った。
「結果は良かったかもしれないけど、この一年間の色々を無駄にするところだったみたいだし……」
そう言ってから、ハリーは再びダンブルドアと目を合わせた。
「……それに、当たり前のことだった」
ハリーは言った。
「ドラコが無茶なことをするのなら、何度だって、殴ってでも連れ戻したいと思います」
ダンブルドアの目が閉じられた。
その皺の深い頬を、涙が一粒だけ滑り落ちていった。ハリーは何も言えずにそれを見ていた。
「君がそのような強さを持っていることを、わしはもっと早くに気づいておくべきじゃった……」
それきり、誰も口を開かなかった。銀の道具がどこかで小さく鳴り、暖炉の中で薪が崩れて、火の粉が舞い上がっては消えた。ハリーの隣で、シリウスがゆっくりと息を吐くのが聞こえた。
どれくらいそうしていたのか、ハリーには分からなかった。
「……しかし、二度と同じ轍を踏むわけにはいかぬのう」
ダンブルドアはもう泣いていなかった。半月型の眼鏡の奥の青い目は、さっきまでとは別のものを映しているように見えた。その奥のほうで、何かがゆらめいていた。
「シリウス、君の無実をこの魔法界に証明しよう」
ダンブルドアの声からは、さきほどまでの震えが完全に消えていた。
「『本部』の……グリモールド・プレイスのことがあるから、しばらくは少し不自由をさせるじゃろうが……ファッジの首が飛ぶまでに、魔法界に真実を知らしめることができるだろう」
隣で、シリウスが息を呑むのが分かった。
「シリウス、もう一つ……近いうちに、君に頼みたいことがある」
シリウスが頷いた。
いつの間にか、窓の外の色が変わっていた。
まだ夜のままだと思っていたのに、ガラスの向こうで空と地面の境が分かるようになっている。禁じられた森の黒い輪郭の上、地平線の縁のあたりだけが、薄い緑色に輝き始めていた。
「ハリー……改めて、今夜は本当にありがとう」
ダンブルドアが立ち上がり、ハリーを見下ろした。暖炉の火と、窓から差し込み始めた光の両方が、その銀色の髪に当たっている。
「この愚かで臆病な老人を、どうか許してほしい」