星野アイは刺された後、昏睡した

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13年越しの愛してる

 13年前とあるストーカーが、推しのアイドルを襲った。そのアイドルは腹部を刺され瀕死の重症だったが、奇跡的に生き残った。だが、奇跡はそう何回も起きるものでは無かった。生存という奇跡に運を使い果たしたのか、そのアイドルは昏睡し植物人間の状態に陥った。

 

「あれ、お兄ちゃんも来てたの」

「あぁ少しな」

 

 そんな春先の病院の一室、そこに偶然そのアイドルの家族が集まっていた。

 

「ちょうど良いからストレッチ手伝ってよ」

「ああ、分かった」

 

 通常、植物人間になると筋肉萎縮が進行する。筋肉萎縮が進行すると完全に完治することは難しく、10年近く筋肉を使わない場合、意識が覚醒した後でも自分の足で歩くことは困難になる。

 だが、ストレッチなど筋肉に刺激を与えると、筋肉萎縮などの進行は遅らせる事ができる。

 

 故に、いつアイが起きてもアイドルに成れるようにアクアとルビーは、ほぼ毎日アイにストレッチを施していた。アイが昏睡してから数年間は斉藤夫妻がストレッチをしていたが、アクアとルビーの体が大きくなり、力が付いてからは二人がかりでストレッチを施していた。その頃になると斉藤社長は失踪し、苺プロはミヤコが受け継いだ。

 

 最近は、自然とアクアとルビーたまにミヤコがストレッチをするローテーションが自然と形成されていた。

 

「ママ、この前より明らかに()つれてるよね…」

 

 ルビーはベットで寝ているアイの横に行くと頬に手を当てる。頬は痩せこけ、服から露出している鎖骨は骨の輪郭がくっきりと見えている。ルビーは思わず眉を(ひそ)めてアイを心配する。

 

「ああ…そうだな…」

 

 対してアクアは下を向きながら椅子に座り、自身の両手を強く握りしめる。その表情は一見無表情だが、良く見ると物暗い表情をしていた。

 

「…ねぇ、お兄ちゃんはママが死ぬって想像した事ある?」

 

 ルビーはアイの髪を触りながらアクアに疑問を投げかける。最もその疑問は今のアクアにとって最悪とも言える質問だった。

 

「私はね、良く考えるんだ。何もいない時にひっそりと息を引き取る想像を、」

 

 ルビーただは自分の心を保つため、苦しみを共有したかった。母がひっそりと寿命を縮める事に、何も出来ずただアイが起きるのを待つしか出来ない事を、自分と同じ境遇で最も信頼できる相手に。

 

「何も出来ない私が嫌で何かしたくても、何も出来なくて……」

 

「俺は…そんな事考えた事もない」

 

 ルビーの言葉を遮ってアクアは答える。

 太陽の光が降り注いでいた病室に、雲が日光を遮断する。まるでアクアの嘘を責めているかのように。

 

「そっか…強いね、お兄ちゃんは…」

 

 

 ───────────────

 

 

 

 まだまだ日の光が強い午後2時。外の薄寒い空気に、心地よい暖かさがアクアとルビーを包容する。

 病院から一緒に家に帰る途中、何か考え事をしていたルビーがとある店のいつもと違う姿になっている事に気がついた。

 

「え、あのクレープ屋さん潰れちゃったんだ…」

「…好きだったのか?」

「ううん」

 

アクアはルビーのショックを受けてる姿を見て質問したが、ルビーは首を横に振る。アクアがどういう事だと眉を少し歪ませるがルビーは気にせず続ける。

 

「ママが刺される前、ドームが終わったらあの店で一緒にクレープ食べよって約束したじゃん。覚えてない?」

「あぁ、あの店の事だったのか」

 

13年も前の事だがアクアは昨日の事の様に思い出せる。アイがテレビでクレープ屋にインタビューしてルビーがクレープ食べたいとぐずりだしたのだ。

 

「青になったぞ 」

「あ、ちょっと待ってよ」

 

アクアはそんな事を思い出しながら信号が青になると同時に歩き出し、それを見たルビーは慌てて追いかけた。

 

終始無言で歩く二人はやがて、家が見える場所まで着く。アクアの後ろをただ着いて行ったルビーは、先ほどまで思索に(ふけ)ていた事を呟く。

 

 

「ねぇ、ママは……

 

 

 

………ママはあの後、何て言おうとしてたんだろうね…」

 

 

アクアの足が止まりルビーの方を向くと、ビルの影に隠れたアクアの瞳の星は、黒く輝いていた。

 

 

 

──────────

 

 

 

13年前

 

 

 

「アイ……」

 

アイが玄関のドアを開けると、フードを目元まで隠した男が居た。

 

「ドーム公演おめでとう 双子の子供は元気…?」

 

フードの男の言葉は不気味な声で祝福の言葉を言う。だが、明らかに不審者である男の言葉をアイは嘘ではないと分かった。いや、分かってしまった。

アイは嘘ではないと、分かってしまったせいで状況を理解しきれなかった。

 

 呆然としているアイにフードの男は花束に手を入れるとナイフを取り出して何の躊躇も無くアイのお腹に刺した。

 

 思わず後ろに倒れそうになりながら後ずさる形で何とか体勢を整える。アイが後ずさった廊下には血の川が出来るほど大量に出血している。刺された場所を両腕で抱え込むように押さえて止血をするけれど血は止まらない。

 

 冷や汗がブワッと身体中から出ると、全身が身震いするような寒さに襲われる。だが、刺された場所から出る血が、くしくもアイの体を温めた。

 

「ふはっ…痛いかよ?ぉれはもっと痛かった‼︎苦しかった‼︎…」

 

 フードの男は血のついたナイフを振り回して妄言を言った。玄関に置いてある家族写真を見ると不吉の前兆なのか、アイの顔にだけ血が付着している。

 

 そんな玄関の騒ぎを聞きつけてか、アクアが玄関に続く廊下のドアを開けるとフードの男と、後ろ姿のアイ、そして大量の血が見えた。

 

「アイ!」

 

 アクアは驚きの声を上げてアイに走って近づく。

 

「アイドルのくせに子供なんて作るから…!ファ…ファンを裏切るふしだら…っ……ファンの事蔑ろにして裏ではずっと馬鹿にしてたんだろ‼︎この嘘つきが!!散々好き好き言って釣っといてよ!全部嘘っぱちじゃねぇか‼︎」

 

 フードの男は激昂に身を任せ、思いつく言葉のままアイに暴言を吐く。理性が枯渇した相手には冷静に対処するのは星野アイが子供の頃に身につけた処世術だ。

 

「アイ!アイ!」

 アクアはアイの右足を掴んで声を荒げる。なるべくフードの男を刺激しないように、アイは前に出て右手を後ろに送りアクアをアイの後ろに隠す。

 

「私なんて元々無関心で、どうしようも無い人間だし、人を愛するってよく分からないから、私は代わりに皆が喜んでくれるような綺麗な嘘を吐いてきた。いつか嘘が本当になる事を願って頑張って、努力して、全力で嘘を吐いてたよ─────

 

 ──私にとって嘘は愛。私なりのやり方で嘘を伝えてたつもりだよ」

 

 アイは考えるより先にその場に沿った事を言う。アイ自身何が本心で、何が嘘なのか分からない。そのせいでアイは本質的に何かを愛するのが苦手だった。

 

「君たちの事を愛せてたかは分からないけど。愛したいと思いながら愛の歌を歌っていたよ…いつかそれが本当になる事を願って。」

 

 さらにアクアを隠す様に一步前に出て、アイは血だらけの手をフードの男に向けた。

 

「今だって君の事愛したいって思ってる」

 

「っ嘘つけ…俺の事なんて覚えてもないんだろ…見逃してもらおうと…」

「リョースケ君だよね、よく握手会来てくれてた。…あれ違った?ごめん私人の名前覚えるの苦手なんだぁ。お土産でくれた星の砂嬉しかったなぁ。今もリビングに飾ってあるんだよ」

 

「んだよ…それ…そういんじゃ…!ぅぁあああああああぁ」

 

 アイの発言にフードの男は頭を抱えると、叫びながら外に逃げて行った。その事を確認したアイはドアに倒れ込む。

 

「良いから早くきてくれ!!…アイ救急車呼んだから!!」

 

 アクアは近くにあったビニール袋を手に取るとアイを止血し始めた。

 

「しゅ…出血が……腹部大動脈かクソ……!」

 

 だが若干3歳程度の体では十分に体重を十分にかける事は出来ず、止血をする事は困難だった。

 

「ごめんね……多分これ無理だぁ…………大丈夫?アクアは怪我とかしてない?」

 

 アイは、止血しているアクアを抱き寄せると、頭を優しく撫でながらアクアに怪我の有無を聞く。

 

「………………っしてない」

 

 アクアの返事に安心したのかアイは他の事に頭を回し始めた。

 

「ん…あぁ今日のドームは中止かなぁ皆に申し訳ないなぁ…」

 

 アイはドーム公演が夢である斉藤社長やB小町のメンバーに申し訳ない気持ちを抱いていた。正直B小町との仲は良いとは言えないが、アイとしてはそれなりに愛着が湧いていた。

 

 そんな事を思いながら、ドアからドンドン叩く衝撃がアイの背中に響いた。ルビーが先ほどからの騒動に気づき、ドアを開けようとしたが、ドアに倒れ込んでいるアイの体が邪魔をしてドアを開く事が出来ないのだ。

 

「ねぇ…どうしたの…そっちで何が起きてるの?

 

…ねえってば!!」

 

 ドアのステンドガラスからアイの血が見えていたルビーは錯乱していた。

 そんな感情を感じ取ったアイはルビーを落ち着かせる為に穏やかな口調で話す。

 

「ルビーのお遊戯会の踊り、良かったよー。私さルビーも、もしかしたらこの先アイドルになるのかもって、思ってて…いつかなんか上手く行ったらさ……親子共演みたいなさ…楽しそうだよねぇ…アクアは役者さん?二人はどんな大人になるのかな…

 ……あーランドセル…ッ……小学校の入学だって見たいし……授業参観とかさー…ルビーのママ若過ぎない〜とか言われたい。二人が大人になっていくのを……側で見たい。

 あんまり…良いお母さんじゃ無かったけど……私は産んで良かったなって…………思っ…てて……」

 

 アイは今、思っている事を全て吐き出そうと言葉を選ばずに思うがまま喋っている。だがアイは段々と口を詰まらせる事が多くなっていく。まるで命がもうすぐ枯れそうな、そんな感覚をアクアとルビーは感じ取っていた。

 

「…えっと……他に…あ…これは……言わなきゃ………」

 

 アイは最後の言葉を思いついたのか、頬を緩める。そんなアイに気づいたアクアは聞き逃すまいと耳をすませる。

 

「…ルビィ…アク…ァ………………………………………………。」

 

「……………ア…イ……?」

 

アイは何も言わない。アクアは嫌な予感がしてアイの顔を覗くとそこには、煌びやかに光る瞳の星が消えたアイの姿だった。

 

 

 

 アイの残留思念が最後に感じ取ったのは愛する息子の絶望した顔と、愛する娘の泣き声だった。

 

 

──────────

 

 

13年前の今日、アイは眠った。

 

 

曇天の昼、まるでルビーの心を表すように空が曇っている。毎年、この日にだけルビーは泣く。それこそ一年で今日だけだ。

 

 ぐすっと鼻を啜る音に目を向けたアクアには、ルビーの頬から涙が流れ、アイが眠っているベットのシーツに水滴が滴っているのが見えた。

 

「ねぇママ…このまま死んじゃうのかな……?」

 

「…死なないさ……………絶対に…」

 

 そのアクアの発言はルビーを励ます言葉か、自身を励ます言葉か、それはアクアにも分からない。

 

「…ぃやだなぁ……死んじゃぅの……」

 

 鼻を啜りながら小さく呟いたルビーの言葉を聞いたアクアは思わず下唇を噛む。無能な自分に罰を与える様に自傷をして血を流す。

 

「ママさ、あの時あの後なんて言ったんだろうねって前言ったじゃん…」

 

それはアイがフードの男に刺された後、ルビーとアクアの名前を言った時の事だ。アクアはそれを何となく理解した。

 

「もしかしたら…もしかしたら私たちを責める事を言おうとしてたのかもね…だって私たち、普通じゃないじゃん…」

 

「………」

 

ルビーの泣き叫ぶのを我慢するように言う言葉にアクアは何も言わない。もしかしたら転生者という普通の子供とは違う事はアイも分かっていたのかもしれない。13年という時間が過ぎた事によってルビーの記憶はネガティブな方向に改変されていた。

 

何も言えない無言の空間がただ時間を奪っていく。

 

「………」

アクアは口から血を流す、悔しさと自責の念から。

 

「……ッ………」

ルビーは瞳から涙を流す、不安と恐怖から。

 

 

そんな無言の時間はいつもルビーが最初に破る。

 

「……グズッ……ママ………嫌だよぉ………」

 

小さな子供が母親の死ぬ想像をして泣くのと同じように、ルビーは不安から泣く。アイの死ぬ想像がルビーの頭をグチャグチャに犯す。一度想像すれば母親に会うまで、母の死という恐怖が心を占領する。そんな状態がアクアとルビーは13年続いてきた。

 

そんな状況がルビーの涙によって変わる。

 

「…ルビー…泣かないで……だいじょうぶ…」

 

「…え……」

 

 誰かが、掠れた声でルビーに声をかける。まるで13年前と変わらない優しい声にアクアとルビーは驚く。何回も夢を見ては叶わぬと絶望した夢、それが今現実に起きている。そんな奇跡の様な出来事に二人は目を見開く。

 

 ルビーの頬に触りたいのか、手を動かして顔の近くに持ってきたが、もはやアイには手を上に動かす筋肉すらなかった。

 

 そんなアイを見たルビーはアイの左手を自分の頬に寄せて涙を流す。でも、この涙は悲しみの涙では無い。

 

「…ッアイ!」

 

 アイが覚醒して直ぐにアクアは椅子から転げ落ちそうになりながらナースコールを押した。そんなアクアをみて微笑むアイに恥ずかしくなりながらも、アクアはアイに話かける。

 

「アイ!今、ナースコール押したから!…」

 

「……アクア………手を握って……」

 

「…っあぁ分かった!いくらでも握るから!それとッ…喋ると体力使っちゃうからっ…あんまりっ…あんまり………」

 

 右手を握りながら言葉に詰まるアクアは涙を流していた。アイが眠っていてから13年、一度も泣くことの無かった鉄の涙腺からポロポロと雫を吐き出す。

 

 

 そんなアクアとルビーをみて、アイは口を開く。13年前に言えなかった言葉。

 

 

 

「ルビー…アクア、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「愛してる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 あぁ…やっと言えた」

 

 アイが13年間貯めこでいた愛が涙として溢れる。

 

「…ごめんね。言うのがこんなに遅くなって…あー良かったぁ。

 

 この言葉は絶対、嘘じゃない」

 

 

 

母と息子と娘はその後、医者が来るまで手を握って泣き合っていた。


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