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さて。唐突ではあるが、皆様は驚天動地という四字熟語を知っているだろうか?
驚天動地。天は驚き、地は動くと書いて、驚天動地。意味としては、世間を非常に驚かせる事。世間を驚かす程の大事件や出来事などに使われる事が多い言葉だ。
現代においてはそう簡単に使われる事件や出来事などは起こる事もないのだが、(世界を震わせたウィルスについてはさておいて)しかし今回ばかりは、今回の事件ばかりは、その大きな意味を持った言葉を使わざるを得ない。
歴史上類を見ない衝撃的大事件――――――驚天動地という言葉を使うに相応しい、驚天動地という言葉が使われるに相応しい事件。
愛地共生学園に強制編入された錆灰燼によって引き起こされた現代社会における歴史上唯一の建物崩壊事件―――即ち、『私立高校一刀両断事件』である。
傍からすれば、もしくは傍側が見てみれば、何とも荒唐無稽な見出しだと罵って馬鹿にするのだろうが、しかし残念な事に、この見出しの題名となった事件は、紛れもない事実なのである。どうしようもない程に残酷で、とても残虐な―――現実である。
私立高校一刀両断事件。それは文字通り、とある地方に建てられていた極々一般的な私立高校が、たった一人の生徒の手によって一刀両断されて、多くの生徒達が負傷したという大事件である。
そう―――たった一人の生徒の手によって。もしくは、たった一人の人間の筆によって。大きな校舎は、呆気なく一刀両断され、片方が瓦解して片方が其処に残るという惨状になって、そして、結果的には廃校となってしまったのだ。
何とも物珍しい話しである。何とも奇妙で、不可解で、不可思議で、摩訶不思議で、そして御伽話の様で戦国絵巻の様な話しである。事実、未だその事件を信じている人間は数少ない。
しかし、先程も言った通り、この事件が起きたという現実は、何処の誰が何をしようと仕出かそうと、変える事や隠す事はおろか、あーだこーだ言い訳をする事すら出来ない、確かな現実なのである。
たった一人の生徒によって引き起こされた大事件。たった一人の人間が、“筆を振るった”事によって起きしてしまった不慮の事故。
錆灰燼。泰平の世において、というよりは、戦乱の世において、英雄とすら呼ばれ崇められてすらいた無刀にして六刀流の剣士「鑢六枝」を、因幡の砂漠で暗殺しようとしてみせた錆家最強の女剣士である「錆黒鍵」を先祖に持つ錆家の男。
全刀流の正式なる後継者―――では、ない。
全刀流を文字通り完全に扱う事が出来はするものの、しかし彼、錆灰燼が虚刀流七代目当主にして完了された究極の変体刀「鑢七花」の様に、由緒正しき全刀流の後継者なのかと問われれば、残念ながらそれは少しばかり異なる。
錆灰燼という錆家の男は、別に全刀流を正式に後継した剣士という訳ではないし、結論から言ってしまえば、そもそもの前提である全刀流の事も碌に知らないのだ。剣士ですら、ないのだ。
では、そうであるにも関わらず、いったい何故、錆灰燼という男は、そもそもの剣士ですらない男は、剣士が扱う筈の全刀流を完全に扱う事が出来るのか?
それは―――今は未だ、御預けである。
「此処だよな、共生学園って。皆、制服同じだし」
未だ枯れていない桜の木、その花弁が散り彩る愛地共生学園の門前にて。錆灰燼は、共生学園の制服を身に纏い、堂々と立っていた。
犯罪者であるにも関わらず、堂々としていた。しかし、それは錆灰燼自らが、自分が犯罪者であるという重要な事実を知らないが故に出来ている事だった。
「しかし、何と言うか…共生学園って、変な所なのかな?」
それが、共生学園の生徒達を見て最初に放った一言だった。傍からすれば何とも失礼極まりないだろうが、まぁそれも仕方ないと言えば、仕方ない。
何せ、登校している男子生徒全員が、錆の様な普通の男子生徒用の制服ではなく女子生徒用の制服を着ているのだから。おまけに丁寧にメイクまでして。
その光景を見れば、恐らく誰もが錆の様な感想を述べるだろう。共生学園は変な所なのではないだろうか、と。
「変、というのには同意しますが、慣れてください。それがこの学校の規則ですから。」
「ん?」
ふと、腹の辺りから高校生らしからぬ、何とも可愛らしい声が聞こえた様な気がした。
錆は首を下に向け、目線を下ろしてその声の主を見る。
片方は普通の髪留めで、片方は大きな鈴が付いた赤色の髪留めを蝶々結びの様にして二つに結んだ長い白髪に、学生が着ている服とは似ても似つかない…というか、全く別のジャンルである巫女服。それに加えて、白鞘の様な日本刀を帯刀している。
身長的と声色から考えて、恐らく小学生だ。
「えー…君は?」
「人に名を尋ねる時は、まず自分から名乗るものですよ。」
「あー…俺は錆灰燼。金へんに青色の靑、石灰の灰、火を盡くと書いて、錆灰燼。今日から此処に入る事になった、新入生だよ。」
「そんな事細かに自己紹介をされるとは、ビックリです。…私は、因幡月夜と言います。因幡の白兎の因幡に、月の夜と書いて、因幡月夜です。此処、愛地共生学園で『天下五剣』という組織に属しています。そして、貴方の監視役に選ばれた者でもあります。」
互いに堅苦しい自己紹介を終え、そして彼女から紡がれたその言葉に、「嘘でしょ…」と、錆は困惑した。それは凄く、そして酷く、困惑した。
高校生ともあろうものが、小学生に監視される? 何とも恥ずかしい。いや、その点よりも、そもそもとして小学生に高校生を監視する役目を負わせる学校とは、これ如何に、と。錆灰燼は、そう思わずにはいられなかったのだ。
錆灰燼は限りなく一般人だ。血統ならぬ血刀や、その流派こそ異端そのものではあるものの、しかし錆灰燼という一人の人間は普通の一般人に限りなく近い。
彼の心情としては、大人になりかけている学生が、自分より幼い小学生に監視されるという何とも恥ずかしい思いをしなければならない事に倦怠感を覚えずにはいられない。
「小学生に高校生を監視させるって…この学校、どうなってんの? 校長か理事長、頭可笑しいんじゃない?」
「まぁ、少なくとも理事長は可笑しいと思いますよ。あと、私は中学生です。」
「えぇ…? マジで言ってんの?」
「マジです。そんな事にも気付けないなんて、ガッカリです。」
「いや、勝手にガッカリされましても…というか、君の場合は“飛び級”で中学生扱いになってるだけで、実際は小学生低学年でしょ?」
「そうだとしても、私が中学生である事に変わりは―――」
変わりはない。そう続けようとして、しかし止めた。
錆は首を傾げるが、しかし彼女はある一つの疑問を抱いた。
(何故、彼は私が飛び級で中学生になった事を知っている?)と。
彼女は一度足りとも、飛び級である事を告げてはいない。だざ、彼は因幡月夜という少女が小学生である事を見抜いた。低学年であると、見抜いた。
確かに彼女は幼い。身長も高いとは言えない。しかし、初等部が存在しないこの愛地共生学園において、彼女を小学生であると見抜く事は出来ない。何せ、彼女を小学生であると断定する資材がないのだから。
しかし、彼は見抜いた。飛び級である事を見抜き、更には低学年である事すらも見抜いた。
「まぁ…いいや。取り敢えず、一緒に教室行こうよ。」
「はい? 一緒に、ですか?」
「うん。目、見えてないみたいだから。」
さも当たり前の様に。まるで最初から知っていたかの様に自然に、錆灰燼はまたも見抜いた。
因幡月夜は気付く。この男、錆灰燼は―――限りなく一般人に近いというだけで、決して根っからの一般人などではないのだ、と。
歴史書にもほぼ記述がない剣術―――『全刀流』を完全に扱う事が出来る男。全刀流という流派の知識に対して無知でありながら、しかし全知している様に扱い熟せる者。
監視すべき理由を、彼女はようやっと理解した。
下手すれば、彼はこの共生学園において女帝と言われ恐れられている「天羽斬々」以上の危険因子となる―――と。
「……いえ、大丈夫です。この学園の地形は、全て憶えていますから。」
「凄いな、それ…。じゃあ、此処で一旦お別れか。またね、因幡さん。」
クラスは分かるし、多分大丈夫でしょ…。
そんな不安を懐きながら、錆灰燼はこれから自身が学ぶ事となる学校の教室の下へと、歩き出した。
「……警戒は、必要ですね。」
ぎゅ、と。自分が持つ日本刀の鞘を強く握りながら、因幡月夜は見えない目を開いて錆灰燼の背中を見詰める。
しかし―――彼女には“それ”が見えていない。もしも、彼女が“それ”を見ていたら、きっと目を疑った事だろう。誰もが、目を凝らした事だろう。
因幡月夜よりも幼く、背の小さな黒髪の少女が、錆灰燼の背後には居た。正しくは、取り憑いていた。
『――――――にゃん♪』
幼女の様に可愛らしく、そう鳴きながら、見守っていた。
□ □
「貴様に二択やる。大人しく矯正され、彼奴等と同じ格好になるか。それとも、この学校から去るか。」
教室の教卓、その中央にて――――――錆灰燼は、天下五剣の筆頭を名乗る般若の面を被った少女「鬼瓦輪」に刀を突き付けられていた。
より正確に言うならば、彼女のみならず、教室に居る女子生徒全員からも警棒を突き付けられていた。
錆灰燼は言う。
「…………どっちも嫌だなぁ」
恐れる事もなく。ただ気怠そうに、どちらも嫌だ―――と。
「女の格好は恥ずかしいし、退学に関してはしたくても出来ないし。」
「…何だと?」
退学したくても退学出来ない。その言葉に、鬼瓦輪は引っ掛かった。
「どういう事だ。」
「まんま。俺、退学したくても此処から退学出来ないんだよ。訳合って……だから、その刀、降ろしてくんない?」
「……断る。どちらにせよ、貴様は矯正対象だからな。」
鋭い眼光を突き刺して、鬼瓦は言い放つ。
対して、錆は「そっかぁ…」と、大きく肩を落とし、ゆっくりとその場に座り込んだ。
「…? 何のつもりだ。」
「いや、先に謝っとこうかなーって。」
「は?」
「これが普通の説教とかなら良かったんだけど…流石に、俺も死にたくないからさ。」
はぁ、嫌だなぁ…と、溜息を溢しながら再び立ち上がる。
視線を鬼瓦から外し、その隣で警棒を突き付ける少女へと移す。
警棒。警備用の細く小さな鉄棒。人間の頭を強く殴れば、殺す事も可能な武器。確かな鈍器。
「それ、貰うよ」
「へ?」
一瞬。ほんの一瞬。
少女達は気付く。貰うと言われてから数秒が経った後に、ようやく気付いた。
少女の手から警棒が無くなっている事に。錆灰燼の手に、少女の警棒が握られているという事に。全刀流の剣士の手中に―――一本の刀が収まってしまったという事に。
「…まさか、それで私と戦おうと?」
「そのまさかだ。俺も、死にたくないからさ―――だから、ちょっと痛い目を見てもらう」
手に持った警棒を水平線、もとい鬼瓦輪という一人の人間の肉体、中心部分へと上げる。まるで刀を構えるかの様な重圧、そしてそのイメージが、少女達を襲う。
その瞬間、突如として――――――爆発が引き起こされた。
教卓は粉々に塵となって爆風によって教室中に飛び散り、錆灰燼を取り囲んでいた少女達もまた、突如として発生した爆風によって呆気なく教室の外側へと吹き飛ばされ。
そして、その爆心地に零距離で立っていた鬼瓦輪は、突如の爆発に防ぎの型を取れる訳もなく。
そして突如の爆発を食らって受け身を取る事も出来ず、何をするでもなく、否、何を出来るでもなく、無抵抗のまま教室の壁へとめり込む様に、吹き飛んだ。
まるでプロに投げられた野球ボールの様に真っ直ぐ、まるで銃口から解き放たれた弾丸の様に、とても綺麗に一直線上の軌道を描いて、吹き飛ばされた。
「えぇ…? こうなるのかよ…」
だが、しかし。それをした本人、もとい、爆発を引き起こした張本人である錆灰燼は、何故なのか、今引き起こした不自然現象について酷く驚いていた。
自分が起こしたにも関わらず、自分がしたにも関わらず。錆灰燼は、自分で刀を振るい、その結果として引き起こされた爆発的な風圧―――所謂『剣圧』に、酷く混乱していた。混乱していて、困惑していて、そして驚愕していた。
本人としては、試しに突きをやってみよう程度の意識だったのだろう。刀を握った事はないけれど、取り敢えず抵抗してみようと思う程度の意識だったのだろう。
だが―――実際に起きた現象は、その意識よりも遥か上の事態。天と地の差であると言える程の大きく高い差を生み出す結果が、実際に起こってしまった。
全刀流・一の構え「梧」。剣術という枠組みで言う所、「突きの構え」に当たる構えである。ただ腕を水平線へと上げるという、それだけの簡単な動作ではあるものの、しかしそうするだけで、それが突き技の構えとなる。
そして、その一の構え・梧から繰り出される全刀流の突き技こそが―――爆発的な剣圧を発生させ、相手も周囲も吹き飛ばす奥義「仰天刀散」である。
勿論、錆灰燼はそんな事など、そんな構えも剣技も知らない。また、錆灰燼に取り憑いている背後霊の様な、守護霊の様な黒髪和装の幼女もまた、その技を知らない。
「がっ――――――っは、か」
背中から壁にめり込み、激痛に悶えながら(めり込んでいる為、身動は取れないのだが)、鬼瓦輪は錆灰燼を見る。
所々に銀髪や白髪が見え隠れする黒髪、まるで雪を思わせる白銀の瞳を持っていながら、しかし平凡な顔立ちをした青年。
そんな彼が―――ついさっき、鬼瓦輪を、否、正確に言うならば鬼瓦輪を含む教室を、纏めて吹き飛ばす程の爆発的な剣圧を生じさせる突きを放った。
鬼瓦輪は思う。直感で、理解もする。
(此奴は―――化け物だ……!)と。
全刀流。全ての刀の流れと書いて、全刀流。歴史の書物にも殆ど記録が残されていないその剣術、流派の実態は知らなかったし、何ならただの妄想や御伽話の様なものである思い、小馬鹿にすらしていたが。
その認識は改められた。痛い思いをして、強く改めた。全刀流―――錆灰燼。その恐ろしさを、その圧倒的な強さを。
剣士としての腕を磨いてすらいないにも関わらず、剣術を完全に扱う事が出来る異例にして異端の剣士。
だが―――これは、この男は、決して学生の手に負える相手ではない。鬼瓦は、その現実を理解した。
「あー…生きてるっぽいね。良かった良かった、登校初日から人殺しになるのかと思った。」
安堵した様に、錆は胸を撫で下ろす。
鬼瓦輪の事も、周りの少女達の事も、気にせずに。