完全刀一のシニシズム   作:全智一皆

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第二話「獅子奮刃」

 

■  ■

 獅子は兎を狩るにも全力を尽くす、という言葉が有る。すぐれた人物は、小さな事にも手を抜かずに全力で取り込むものであるという例えだ。

 獅子が小さな兎を狩る時にでも全力を注ぐ事から由来されているのだが、しかしそれはあくまでも例えであって、獅子が全力を出した所で、兎を確実に殺す事が出来るかどうかは残念ながら定かではない。

 兎は確かに弱い生き物ではあるが、しかしその脚力からなる速力を以てすれば、ライオンなど呆気なく置き去りにする事が出来る程の俊敏性を持っている。まぁ、流石に地上生物最速の豹には勝てまいが。

 獅子が兎を狩るのにも全力を出すのと同様に、兎もまた獅子から逃れる為に全力を出すのだ、或いは死力を尽くすのだ。

 だが、それはあくまで逃げる為。兎が死力を尽くす逃走とは真逆に、兎が獅子を倒そうと闘争心を燃やす事は無い。というか、正確には出来ない。

 兎には獅子を倒す力は皆無だ。それに加えて、兎が獅子と遭遇した際に抱く感情は恐怖のみで、それ以外の感情は決して抱かないし、獅子が強過ぎるあまりそれ以外の感情が抱けないのだ。

 だが――――――此処、ひいては、愛地共生学園には、その獅子に対して打倒という闘争心を燃やす一匹の兎が居る。

「ブッコロです。」

「止めてください…」

 愛地共生学園本校舎から少し離れた場所に建てられた、ボロアパートの様な学生寮に数ある部屋の一つ、即ち、錆灰燼の部屋の玄関にて。

 盲目の赤眼を開眼し、抜刀術の構えを取っている因幡月夜を前にして、錆灰燼は土下座という形で抜刀を止める様に訴えていた。

「いや、不可抗力なんだって。だって刀突きつけられたんだよ? 抗うでしょ、普通。」

「不可抗力なのは理解します。ですが、それと教室の半壊、生徒数十人の負傷は全く別です。」

「御尤もでございます、はい。」

 言い訳のしようもない正論に、錆は申し訳なく頭を下げるばかりだ。

 小学生に土下座する高校生の図とは、また何とも愉快極まる絵面である。もしくはシュールな場面である。

 錆本人としても、やり過ぎたという自覚はあるのだ。本人としても、あんなガス爆発が起こった時に発生する衝撃波に匹敵する剣圧が、ただの突き技で引き起こるだなんて考えてもいなかったのだ。

 自分で意識して起こした事ではないにせよ、しかし技を放ったのは錆自分だ。全刀流・一の奥義『仰天刀散』を鬼瓦輪に放ち、再起不能にしたのは錆灰燼本人だ。教室を半壊させ、生徒の殆どを負傷させたのは錆灰燼自身だ。

 錆黒鍵や錆白兵、または鑢七花や鑢七実の様な異常精神の持ち主ではない(自称)一般人精神者の錆灰燼にとって、その行いには、その凶行には、申し訳ないと思ってはいるのだ。

 まぁ、負い目こそあれ、決して後悔などしてはいないのだが。

「はぁ…貴方は世間では犯罪者扱いなのです。これ以上、罪を犯す様な真似はしないです。」

「え、俺、犯罪者なの…?」

 下げていた顔をバッと勢いよく上げ、錆は呆けた顔を晒す。

 推理小説で、信じられない事実を聞かされ絶望する犯人の様な顔をしている錆だが、しかし因幡月夜がそれを目にする事はない。いや、目にはしているのだ。見えていないだけで。

 因幡は、知らなかったんですね…と、本人自らが犯罪者である事を知らなかった事に困惑した。

「高校を一刀両断した、なんて前代未聞にして驚天動地の大犯罪を犯した犯罪者として新聞に載っています。」

「ウソでしょ…えぇ……マジで?」

「マジです。」

「うわぁ……嫌だわぁ…」

 心底つらい、という感情にただ漏らしにしながら、錆は体制を崩して立ち上がる。

「なら仕方ないか。取り敢えずは、共生学園で普通に過ごそうかな。卒業する頃に忘れてくれてたら、嬉しいけど。」

 まるで何事も無かったかの様に、吹っ切れた様に涼しげに言う錆に、今度は因幡が破顔する。

 先程、というか、ついさっきまで。非常に落ち込んだ声色で、絶望した声色で。辛い声を出していた筈なのにも関わらず。

 しかし、錆灰燼は、まるで何事も無かったかの様に気を取り直して、立ち上がった。最初から、落ち込んでなんかいなかったかの様に。

 自分は最初から落ち込んでなんかいなくて、そういう演技をしていました、なんて言わんばかりの切り替え様に、因幡月夜は破顔したのだ。

「貴方…ちょっと気持ち悪いです。」

「え、酷い…なんで会って一日しか経ってない人から気持ち悪いって言われるの、俺…」

「切り替えの早さというか、何というか…兎に角、気持ち悪いです。」

「毒舌なのか、それとも純粋にそう思っているのか…どちらにせよ、結構酷い事を言うね、因幡ちゃん。」

「正当な評価です。それより、早く行きますよ。このままでは遅刻します。」

「へいへーい…」

 いつもの様に気怠そうにしながら、鞄を持ち上げ、錆は外へと歩き出す。

 天気は快晴。清々しい程に気持ち良い日が照る青空に、雲は一つもない。

 まだ僅かに寒さが残るこの季節においては、快晴から出る陽の光はとてもありがたい代物だ。錆もまた、そのありがたみを感じながら大きな欠伸をしてしまうのだった。

「良い天気だー…眠たくなる。」

「寝るなら学校に着いてから寝てください。今、此処で寝られると面倒です。」

「学校では寝ていいのか?」

「まぁ、貴方の場合は眠っている方が平和になりますからね。学校が壊れずに済みます。」

「いや、何か何もかも俺が悪いみたいになってるけど、天下五剣の人も大概だよね? 問答無用で斬り掛かってくるのが悪いよね?」

「学校を破壊する事が出来る人間を消そうとするのも、ある意味では至極当然だと思いますよ。」

「わーお、完全否定。俺に味方は一人も居ない…って、こと…!?」

「止めてください! 貴方と彼女達では天と地以上の差があります!」

「バッサリ言うね? 分かってはいたけど、めちゃくちゃ容赦無いね? 流石に傷付くよ?」

「貴方が傷付こうと知った事ではありません。ブッコロです。」

「酷いね、君…」

 思っている以上にヘイト高けえー、と愚痴る錆。だが、それも仕方のない事である。否、その反応こそがされて当然の事である。

 錆灰燼の危険度は、それこそ世界指名手配犯と何ら変わらない。裏の世界を揺るがす殺人鬼の家族達と比べても遜色ない危険度だ。刀で言うならば、互いが欠け合う程の鋭さだ。

 拮抗出来る上に抵抗出来る。戦闘出来る上に戦争出来る。

 渡り合える上に殺し合える。遜色ない上に格差ない。

 それ程までに、錆灰燼の危険度は高いのだ。高過ぎるのだ。長く殺しの世界を生きる者達と張り合えてしまう新人など、ただただ恐ろしいだけだ。

 それ故に、因幡月夜の冷めた反応は仕方ない事だった。

 まぁ、そんな事よりも彼女としては『ちいかわ』を雑に扱われた事が大変嫌だったというだけなのだが。

「……全刀流、だっけ。」

 思い出したかの様に。錆が突然、呟いた。

「はい?」

「だから、俺が使ったアレの名前。全刀流って呼ばれてるんだろ?」

 アレ―――とは、即ち鬼瓦輪に放った技の事だろう。

 ただの警棒を刀の様に握って、ただ水平線に持ち上げて構え、そのまま優しく突くような動作をしただけで爆発の様な剣圧を放ち、天下五剣の筆頭たる鬼瓦輪を瀕死寸前にまで追いやり、クラスを半壊させた技の事だろう。

 一の構え「梧」から放たれる全刀流・一の奥義―――『仰天刀散』。かつての錆黒鍵が、因幡の砂漠で鑢六枝を暗殺しようとした際に使用した突き技である。

 ただ突きを放つだけで、爆発的かつ鋭利な剣の風圧を発生させ、それを弾丸の如く素速く対象へと飛ばす技。それを食らってしまったのならば、四肢はおろか肉体そのものを粉砕されて亡くなる事は絶対だ。

 まぁ、その技名を因幡月夜も使った錆本人も知らぬのだが。

「えぇ、まぁ…そのようですね。私も聞き入ったというだけで、詳しくは知りませんが。」

「不思議な剣術だよな、全刀流。棒状のもの全てを刀として扱う…とか、普通なら無理でしょ。」

「そうですね……確かに、“普通”の人間なら、そうでしょう。“特別”な人間であれ、そんな事は出来ないでしょう。ですが、しかし」

 “異常”な人間は、その限りじゃありませんよ。

 そんな、錆に対する第一印象が異常者であると明かしている様な物言いに対し、しかし当の本人は「容赦無ぇ…」と、不快になるでもなく、あくまでも普通だった。

 と、そんな話しをしている内に、錆と因幡は共生学園の門前へと辿り着いた―――のだが。

「待っていたのですっ! 錆灰燼!」

 其処には、桃色髪の少女が警棒を持って立っていた。

 

百舌鳥野のの

所属:愛地共生学園

流派:直心影流小太刀

備考:鬼瓦輪の妹分。

 

□  □

 百舌鳥野のの。共生学園の中等部所属の学生であり、それでいて鬼瓦輪の取り巻きであるらしい。何なら因幡月夜のクラスメイトでもあるようだ。

 そんな彼女が、警棒を握り締めて門前で立っていた。もうその時点で、何を目的としていたのかは確定である。

「遂に中学生にすら狙われる様になったか…面倒だ。」

「輪姉様の敵討ちなのです! 貴方の所為で、輪姉様は入院する事になったんですからっ…!」

「そんな事を言われてもなぁ…不可抗力だろ、あれは。普通の人間は日本刀を突き付けない。」

「同じくして、普通の人間は教室を半壊させませんよ。」

「そこを突かれるのは痛いかな…。まぁ、でも、取り敢えず目的が知りたいかな。君は俺をどうしたいんだ?」

「反省するまで叩きのめすのですっ!」

「めっちゃ暴力的だね、この子。うーん…叩きのめすかぁ。叩く、なら良かったんだけど……」流石に、ボコボコにされるのは、嫌だな。

 途端、がらりと空気が変わった。まるで、戦場の真っ只中に立っているかの様な緊張感が、その場を迸った。

 それを察知した因幡は、すぐに自分が今すべき事を行動に移した。

「――」

 左手で持っていた愛刀の柄へと右手をやり、握り締めて錆の方へと体を向ける。

 距離は間近。もはや零距離。絶対に外れる事は―――ない。

 腰を落とし、錆灰燼の頸に狙いを定めて鞘を引き、柄を引いて、自身が誇る最速の剣を叩き込んでやろうと、抜刀する。

 薬丸自顕流居合。彼女が扱うその居合術は、太刀の打ち込みの速さの中で最高位たる『雲耀』に達している。

 それ即ち、不可視の斬撃。居合抜刀という、剣を振るうという動作の中で最も速いとされる攻撃を極めた結果として行き着く、目に視えぬ最速の攻撃。

 剣士でありながら剣士に非ず者、剣士で在りながら剣士の在り方を知らぬ者、錆灰燼。そんな彼に、剣士の業の頂を知らぬ彼に、その攻撃を避ける事など、出来る訳が―――ない。

「はや。」

 それが彼の最期の言葉―――――――――――――――――――――には、ならなかった。

「なっ………」

 因幡月夜は、驚愕した。そして、唖然とした。

 彼の首を圧し折るつもりで放った斬撃は、錆灰燼の首を取るつもりで放った不可視の抜刀は、何時まで経っても錆灰燼の首を捉える事はなく。

 いや、そもそもの前提として―――刀も鞘も、彼女の手の内に有った筈の二つが、もう既に彼女の手の内には無かったのだ。

「つか、これ模造刀じゃん。なるほど、そりゃ速い訳だ。いや、そこは普通に因幡さんの技量か。」

 彼女の刀と鞘は、綺麗に錆灰燼の手中にあった。

 つい先程まで主が握っていた筈の刀と鞘は、まるで最初から彼のものであったかの様に取られていた。もしくは、捕らわれていた。

 全刀流・三の構え「梓」。その構えから放った技の名は「赤樫」。

 居合を放つ構えである「梓」から放たれる「赤樫」は、相手の刀を奪うという単純明快な技。抜刀術ならぬ、奪刀術である。

 だが、それは何も刀だけを奪う訳ではない。本体だけを奪うなどという、寂しい技術などではない。

 刀とは鞘があってこそ成り立つもの。鞘とは刀があってこそ価値あるもの。「赤樫」は、その全てを奪い取る技術だ。

 己が肉体を刀とする虚刀流とは違い、全刀流は棒状のものが無ければ、即ち自身が扱うべき刀が無ければ、文字通りの全力を出す事が出来ない。

 棒状のものであれば何でもいいが、それがいつも有るとは限らない。故に、相手の武器を奪う技があるのだ。

「さて。それじゃあ、因幡さん?」

「……なんですか」

「なんで、俺を攻撃したんですか?」

 心底、不思議そうに錆は問う。何故、何もしていない自分が攻撃されてしまったのか。それが、錆には全く分からなかった。

 空気ががらりと変わったから。もしくは、クラスメイトを殺そうとしたから。理由は幾らでもある。

 だが―――その元凶は、それに気付いてもいなかった。

 因幡は武器を取られた事に焦燥を覚えながら、しかし自分が行った事の理由をはっきりと告げた。

 

「友達が、殺されそうになりましたから。」

「――――――」

 その解答に、錆は目を見開いた。

 自分が人を殺そうとしていた事に対する驚きか。はたまた、彼女のその理由に対する驚きか。

 どちらにせよ、彼は驚いていた。これまでにない程、驚愕していた。

「あぁ…なるほど。そっか、そうなのか。」

「……? 何故、そのような顔を…」

「いや…なんか、納得っていうか…うん。ごめん」

「はい…?」

 こうやって言われると、改めて分かる。

 やっぱ………独りなんだな、俺。

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