小さなダイヤは愛の為に   作:あぐらら

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推しの子を最新話まで読んだので投稿。



転生

 

――転生というものがある。

 

()にとって、それは耳に馴染む言葉ではなかった。無論、創作物や友人との会話を経て知識程度ならば人並みにあるつもりだ。

語源と言うべきか、省略されていると解釈するべきか。当単語は輪廻転生の下二文字を用いたものであり、そも輪廻転生とはサンスクリット語のサンサーラに由来する用語だ。

 

命あるものが何度も転生し、人だけでなく動物なども含めた生類として生まれ変わること。"生まれ変わり"は大多数のインド哲学における根本教義でもあるのだ。

 

 

人間とは懐疑的な生き物であり、科学的に説明不可な事柄を『夢物語』として扱う傾向にある。

 

その最たる例が前記の『転生』だ。有名所で言えば、信号無視の大型自動車に轢かれて死亡してしまい、次に目覚めたら異世界や自分とは別人物に生まれ変わっていた等。

確かに、神や魑魅魍魎の類が人間の脳に干渉してフラクトライトを寸分違わずコピーし、何らかの方法でそれ以前の記憶と転生前の記憶が悪い意味での相互干渉しないようにしたならば、粗い理論ではあるが転生とは呼べなくもないだろう。

 

だが、魑魅魍魎が関わる時点で非現実的だ。

 

極論だが、転生だなんて有り得ない。思考の自由はあるが、少なくとも()はそう思っていた――()()()()()()()()()()()()

 

――――――――――――――――――

 

「…………?」

 

尋常ではない寒さに肌を刺され、彼は意識を覚醒させられた。心做しか開きづらい瞼。頭部の重さで体がアンバランスな感覚に陥り、頭痛と共に困惑が訪れる。

 

「……ここおこ(ここ何処)?」

 

呂律の回らない口。歯医者で麻酔を打たれた感覚に等しく、麻痺はしていないが口部に込めた力はいつの間にか解かれ、霧散する。

この体がまるで他人のものであるかのように感じた。そして、皮肉にもその感覚は間違ってなかった。

 

(っ!?……え、なにこれ…?夢…だ、よな…?)

 

脳が現実を受け止めまいと癇癪を起こし、吐き気がする。視界に映る、ムチッとしていて未発達で幼い小さな手は、紛うことなき彼自身の手だ。

寒さに震える身を起こして、重々しい頭部で辺りを見渡し、幾つもの思考が頭をよぎる。

 

この寒さは、夜であり外である故だった。

 

身体を包む薄い毛布は頼りなく、そんな彼を護るように囲う()()()()はまるで彼が()()()である象徴とも取れる。

視界に映るのは薄暗い夜の帳と、風に揺られ不気味に見えるブランコ等の公園遊具。

 

既に答えは出ているようなものだが、彼はもう一度思考をまとめて――やはり同じ結論を導き出した。

 

(……転生ってやつか…っ!?体は赤ん坊だし、どう見ても()()()だし…状況最悪かよ…ッ)

 

彼はほんの少しだけ、記憶を遡らせる。

 

 

 

自分()()()()()前に何をしていのか。

 

彼は何の変哲もない成人男性だった。そこそこの大学を卒業して、ブラック企業に就職してしまって。その末、働き詰めで体調を崩し病院のお世話になっていた。

宮崎県の山奥にある病院だ。熊本県と大分県に近い場所であり、割りと大きい病院だった。立地という点も相まってお世辞にも患者が多いとは言えなかったが。

 

だからこそ安心して休養出来たという話でもあるが、無論、それだけで終われば彼がこんな状況に陥ってはいないだろう。

 

端的に換言すれば、()()()のだ。

 

そこそこ体調が回復し、散歩でもしようかと無邪気にも病院を抜け出した。人気(ひとけ)のある場所を避け、久し振りな自由を謳歌していた。

そんなことをしなければ、きっと彼が絶命することもなかったのだろうに。

 

――殺人現場に居合わせたのだ。

 

医師である雨宮吾郎が黒い衣服にフードを被った不審者に背を押され、転落する場を居合わせてしまった。すれ違う度にアイドルを布教してくる変な医師ではあったが、彼も雨宮吾郎を友人のように思っていた。

 

その後は察するに容易い。音を立ててその場に来た彼を犯人が見逃す訳もなく、揉みくちゃになった挙句に雨宮吾郎と同じ位置に落とされ転落死した。

死の間際、不自然に曲がった頭部は雨宮吾郎に向けられていて、彼と目が合った。

 

困惑と悲壮感の見える瞳だった。

 

それだけを思い、彼もまた雨宮吾郎と同様に命を落とした――筈だったのだが。

 

 

 

(……詰んでね?……マジで死ぬかも……)

 

容姿も名前も解らない赤ん坊に転生し、でも死にかけている現状。ただでさえ身体の免疫力が低く、環境変化にも弱い幼児体なのだ。

自分の体の年齢なんて解る筈もないが、一歳にも満たないのは確かだろう。

 

一度だが死を体験した手前、あまり生きているという感覚はしない。死の間際の夢と言われた方が余っ程現実感があり、逆説的に言うなれば、それ程までに現実感を帯びないのだ。

 

ただ死を持つだけの筈だったが――

 

「あれ?捨て子…かな。今どき珍しい……ん?ん??…ルビーとアクアに似てる…?」

 

「あうあ…?」

 

「………うん、よしっ。君、私のお家に来る?法律とかよく分かんないけど、社長が多分何とかしてくれるハズ!」

 

「っ!」

 

伊達メガネとマスクで顔は見えないが、若い女性だ。紫っぽい黒髪をキャップ帽で覆い、この寒い中でも軽く汗をかいてる様子なのでランニングでもしていたのだろう。

暗闇でも妖しく光る双眸の星。何処かで見覚えがある気もするが、彼にとってはそれ所ではない。

 

(マジか!?誰か知らないけどヘルプミー!)

 

「おぉ…意外と元気だね。じゃあ行こっか」

 

「あうっ、んっ!」

 

慣れたような手付きで赤子を抱える女性。高くなる視界に不思議な感覚を覚えながら、彼の第二の人生が始まった。

 

――――――――――――――――――

 

――それから暫くして。

 

端的に説明するなら、少年となった彼は斎藤夫妻の養子となった。斉藤壱護と斉藤ミヤコ――芸能事務所苺プロダクションの社長夫妻であり、略称苺プロは少年を拾った女性こと星野アイの所属する事務所だ。

 

顔の造形の一部が星野アイに似ているということもありDNA検査をしたところ、血の繋がりがあるとのこと。

決して濃い繋がりではないが、容姿にかんしては共通の先祖から受け継いだのだろうと結論付けられた。

少年の紫っぽい黒髪も星野アイと同じ遺伝子から来るものなのだろう。

 

 

月日が経つにつれて、徐々に少年も現状を把握出来た。

 

まず、妙に見覚えがあると感じていた星野アイは生前に医者である雨宮吾郎が勧めてきたアイドルだった。

彼女に双子の子供がいる事実には少年とて慄いたが、芸能界の闇だなと無理やり納得する。

 

父親は不明らしく、彼女にも実子の双子以外には実質家族がいないらしい。詳しい事情を読み解くのは少年とて無理だったが、大々的に公表できる事柄ではないということは想像するに容易い。

 

そして、更に驚いたことがもう一つだけあった。

 

「はぁ!?この猿人類め!なーにが贔屓だよ!ママが世界一可愛くて全事柄においで最も優先されるのが当然で世界の理でしょうが!!このっ!このこのっ!!」

 

母親(星野アイ)の携帯端末で勝手に某青い鳥のアカウントを作り、星野アイのアンチと激しく壮絶なリプ合戦を繰り広げる女児と――

 

「……………うるさっ」

 

少年の生前でも関わりのなかった六法全書並に分厚い文学小説を物静かに読む男児。

 

星野瑠美衣(ルビー)と星野愛久愛海(アクアマリン)だ。現実的に考えるならギフテッドとでも言うべきなのだろうが、それを考えても異常な早熟だ。

可能性があるとしたら、少年と同じく()()()なのだろう。

 

初めて話しかけた時には大層驚かれたが、彼らの事情を察した時は少年も同様に驚かされたものだ。

 

「…お前ら、もう少し子供っぽく出来ないの?」

 

「誰も見てないからいいじゃん!ねっ、お兄ちゃん?」

 

「いや、ルビーのは異常だろ。俺のはまだ子供がテレビとかの創作物を真似てるだけって思われるけど、罵詈雑言を叫びながらリプ合戦する子供なんていないだろ」

 

「そんなこと言ってるアクアも同類だからな?子供なら無邪気に走り回りなさいっての」

 

「「どの口が言う()」」

 

一方の少年と言えば、()()()()()()()。テレビを見る訳でもなく、漫画や絵本を読んだりもしない。与えられた玩具にも殆ど触れず、過ぎ行く日々をボーッと過ごしているだけだ。

 

「ばーか、こっちはブラック企業あがりなんだよ。何もしないで時間を無駄にするのが極楽浄土みたいなモンだっての」

 

「うわぁ……私、こんな大人にはなりたくないなぁ。夢のある大人になりたい」

 

「こんなのが一定数いるってのが社会の闇だよ」

 

「こんなのって言うなよ…」

 

この場にいる三人は転生者だ。それぞれ、語って楽しい最期は迎えていない。故に詳しくは語らないが、適当な話のうちにも社畜根性は漏れ出るものだ。

 

当然、察せられるのも早かった。

 

少年――斉藤大弥(ダイヤ)は斉藤夫妻の養子だが、双子と同様に星野アイの家で育てられている。

元々は星野アイがダイヤも引き取るつもりだったのだが、それが困難であるというのは子供でも解る。故にこそ資料上では斉藤大弥なのだが、実質的には三兄弟のような扱いをされている。

 

「結局、ダイヤって誰の子なんだ?」

 

「アイの親戚だってさ。詳しくは知らないけど、夜逃げしたんだって。最初は施設行きだったんだけどアイが我儘を言って、今の父さんと母さんに引き取られた」

 

「転生先がヘビーだねー。ダイヤ、ママに拾われなければヤバかったんじゃない?」

 

「ホントそれ。めっちゃ感謝してるわ」

 

「髪色も顔立ちもダイヤの方がママに似てるし…羨ましい!」

 

「…ほんのりとな。多少似てるだけだし、血筋って話ならお前らの方がそっくりだろ?正真正銘の実子だし」

 

「顔立ちなんて成長する過程で幾らでも変わるだろ。どれだけ俺達がアイに似ていても、ブクブクと太れば相似もクソもない」

 

「お兄ちゃんは極端だよ!」

 

こうして話していて、やはり違和感がある。アクアはかなり賢く、本性は解らないがアイに関する愛情というか、執着は並の其れではない。

対してルビーはアクアと比べればだいぶ幼い印象を受ける。小・中学生程度か、少なくとも高校生ほど落ち着いてはいない。かなりのアイドルオタクではあるが。

 

星野アイが何を思って斉藤ダイヤを家族に引き入れたのかは解らないが、ダイヤにとっては命の恩人だ。彼女が生前の自分よりも年下である為、母親とは思えないが、然し彼女を他人と割り切れはしない。

 

いつか、成長して大人にでもなれたら。今度は自分が彼女を護りたいと思う程度には感謝しているのだ。

 

 

 

斯くして、斉藤大弥は彼等に関わる事となる。生前よりも厳しく、然し確かな幸せもある人生に。

 

――――――――――――――――――

 

――似ている、と思った。

 

親に捨てられて、何も分からないまま世の中に放り出された。そんな赤子に既視感を覚えて、衝動的に拾ってしまった。

思えば、どうしてランニングの途中に公園に立ち寄ったのかも解らない。気紛れだったのかもしれないし、目に見えない何かに導かれていた気もする。

 

斯くして、彼女は寒さに震えながらも不思議と平常心を保っている不思議な子供を拾ったのだ。

 

連れて帰ったにしても、そのまま斉藤壱護やその妻に任せる事だって出来た筈だ。捨て子の事情には決して詳しくはないが、実親に育てる気がないのであれば親戚に引き取られるか、そのまま施設に送られるかの二択だ。

 

なのに、彼女――星野アイは()()を言った。

 

あの子を引き取りたいと。無理だとしても、どうにかして傍に居たいと。もう散々、苺プロの社長である斉藤壱護に我儘を言った。

双子を産む際も、揉めた挙句に彼に根負けさせたのだ。そして今回も同じだった。

 

粘って、同情も誘って、得意の演技()も混じえて。

 

無論、未成年であるアイが彼を養子に迎えるのは不可能だ。故に、斉藤壱護がそうした。渋々という感じではあったが、彼もまた赤子の双眸に映る薄くも白い星に可能性を感じたのだろう。

星野アイがそうであったように、特殊な事情を持つ赤子ならは芸能界でも輝けるのではないかと。

 

 

赤子の出生を調べて、アイは納得を示した。

 

彼――斉藤大弥と名付けられた子供は星野アイの従兄弟にあたる存在だった。顔も名前も知らないが、自分の叔父の息子らしい。

その叔父と妻は大弥を捨てて夜逃げしたというのだから、自分の母に似ているなと他人事のように思った。

 

斯くして、母に捨てられた自分と両親に捨てられた彼。愛を知らずに育って、故に愛に渇望している彼女はダイヤを三人目の息子として育てる決意をした。

 

 

ダイヤが愛を知って育てば、きっと自分の目指す道も示されると信じて。

 

◆◆◆おまけ◆◆◆

 

斉藤大弥(ダイヤ)

 

・転生者。両親は彼を捨てて夜逃げし、そのまま星野アイに拾われた。見付けやすい場所に捨てられたのはほんの少しだけの優しさだったり。

星野アイの母方の叔父の息子であり、従兄弟。両目の星と髪色はアイと類似している。斉藤夫妻の養子ではあるが、書類上での話であり、普段はアクアやルビーと共に暮らしている。

 

前世はブラック企業の社畜。

 

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