小さなダイヤは愛の為に   作:あぐらら

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感想、評価、とっても感謝です。



深すぎるギャップ

 

――ダイヤとアクアが五反田家に来ている最中。

 

「……ママ」

 

星野ルビーは星野アイの病室に訪れていた。横たわる彼女には小さく漏れる声も届かないと知りながら、然し微かな願いが籠るのもまた、事実。

何度も夢を見た。寝ている彼女がスっと起き上がり、『寝坊しちゃった』と寝ぼけ惚けたように呟く夢。そして家族が元通りになり、あの日々に戻る。

 

そんな夢を見て、次にルビーの目が覚めたら、涙が溢れている。そんな朝は決まって低く嗚咽し、顔に枕を押し付けて声を押し殺す。不快感と、無力な自分への卑下は心に燻るばかりだった。

 

正夢になる事もなく、未だにアイはまだ眠り続けている。

 

「…今日ね、陽東高校の入学試験を受けてきたの」

 

――返事は無い。だが、ルビーは続ける。

 

「受験って大変なんだね……すっごく勉強したのに、ずっと不安なの。二人は全然へーきそうなのに……やっぱり慣れてるのかな?……なーんちゃって、あはは」

 

星野ルビーは"受験"が初めてだ。前世も含め、あの硬い雰囲気や切迫する緊張感は初めてであり、心臓を高鳴らせる。

だが一重に緊張感だけでもなく、俗に言う"ワクワク"もあった。新しい生活環境に足を踏み入れる楽しみは形容し難いモノだ。

 

「もう少しで高校生かぁ……ママが眠っちゃってから、色んなコトがあったんだよ?アクアが根暗になったり、ダイヤがママの真似事を始めたり…あーあ、成長ってコトならいいのに、そーゆータンジュンな話でもないから…」

 

彼らの変化について誰よりも敏感であったのは、他ならぬルビーだ。アクアは感情の変化が読み取りずらくなり、ダイヤは言葉遣いや双子に対する接し方が別人のようになった。

 

でも、ルビーには()()()()()

 

彼らの前世について何も知らないから、変化した振る舞いが本来の性格なのかもしれないと考えてしまう。自分自身が前世と異なるから、その固定観念すら信用に値しないのだ。

読めないから、分からない。至極単純な話でしかない。ダイヤがアイの真似事をしていたのは把握しており、話し合って解決もしたつもりだ。

元から感情も内面も読めない二人なのだから、ルビーも全てを明かす事が出来ない。

 

「…ごめんね、ママ。……アクア、まだ来れないかも。アクアも色々と考えてるし、悩みとかもあるんだと思う……」

 

――いつからだろうか。

 

星野アクアがアイの病室に来なくなったのは。昏睡から十年以上が経ち、それでもアクアの心の傷は癒えない。最初は斎藤ミヤコに連れられ、然し嘔吐するほど動揺していた。

あの事件は酷く惨いトラウマとなり、ずっとアクアを蝕む。故に、ルビーは彼を無理やり病室に連れてくることなんて出来ない。

 

 

暗い話題から一転、ルビーは努めて明るい声質で彼女に報告を始める。

 

「あ、そう言えばね!私、苺プロでアイドルやるんだよ!えへへ、ママと同じだね♪」

 

アイドルのアイに焦がれていた。

 

だから、いつの間にか夢になっていた。

 

アイは煌めいていた。完璧で最強なアイドルであると、誰も疑わない程の光を放っていた。煌めき、盲目になるほどだった。

きっと、ルビーもその光に当てられて盲目的にアイドルを信じ崇めている者の一人だ。アイドルに夢を見て、希望なのだと崇めて、暗く冷たい裏を存在しない都市伝説のように扱う。

その結果がアクアのしていた妨害活動なのだと、ルビー本人だけが知らずに。

 

「…………あ、あのね…」

 

会話とは呼べない独り言。それが途切れてしまうのが、恐ろしく感じてしまう。

 

話している瞬間だけ、まるで崖にぶら下がっている母親に手を差し伸べているような感覚に陥るのだ。命綱を握っているように錯覚して、こんな無意味な時間に()()()()()()()

ルビーは孤独が怖い。ルビーは病院が苦手だ。ルビーは、暗く絶望的な未来が大嫌いだ。だから、大好きなアイには同じ思いなんてして欲しくない。

そんな感覚なんて、一生知らずに、一緒に明るい未来に向けて駆けて欲しいと願っている。

 

故に時間が空けば電車に揺られ、バスにも乗り、此処に通ってしまう。

 

だが、赤く染まる空は帰り時を報せる。

 

徐々に拙くなる独り言が限界を迎えた頃、同じく面会時間も終わりを告げる。不格好な笑顔を作り、慣れたように母に別れの挨拶をする。

 

「…ママ、私…そろそろ帰らないと。あ、あはは…私、ママに似て美人になったからね?あまり遅くなると、わるーい男の人に捕まるってアクアとダイヤが言うんだよね。……だから、またね?絶対に、また来るから」

 

慣れても拙い挨拶を告げ、ルビーは病室を出た。

 

――――――――――――――――――

 

「えっ!?アクアがドラマに出るの!?」

 

ルビーが帰宅して早々、妙にソワソワしているダイヤからそう聞いた。

 

「……なんで言うんだよ」

 

「別に減るモンでもないでしょ。内緒でやれる仕事でもないし、()()()()()()()なコトもないんでしょ?」

 

「……ねぇよ」

 

――事の発端は数時間前だ。

 

有馬かなを連れて五反田家に行っていた時。食事の最中、かなが唐突に振ってきた話題が大きく関係している。

端的に言えば仕事の斡旋だ。今、彼女が役者として取り組んでいるドラマにて、()()空いている役があったのだ。そこに、アクアを紹介するという形で殆ど確定しているのが現状。

 

無論、不可解な点はある。実の所、演者が演者を勧誘するという話は珍しくもない。然しながら、相手は殆ど無名なアクアであり、それを電話一本で承諾するプロデューサーにも胡散臭さがあった。

 

だがそれでも、アクアには()()()()()がある。

 

――"鏑木勝也"

 

今仕事のプロデューサーの名前だ。アクアの目的は彼の髪の毛一本でも採取し、DNA検査をする事だ。

そも、アクアの目的は自身の父親探しだ。アイとダイヤを傷付け、その後に自殺した青年。彼はある人物に唆され、情報を与えられていた。でなければ前世のアクアが勤めていた病院の周辺にてアクア――雨宮吾郎を殺し、次に星野アイの住居を把握し、双子についても知ったりするなんて芸当、不可能だ。

 

その情報提供者はアイと深い関わりがあり、尚且つ双子についても把握している人物である事は大前提だ。

アクアの推測では、それを為せる人物は極端に少ない。元より秘密主義な星野アイが他人に易々と話す事はまず無いとして、次に考えられるのは苺プロの元社長でありダイヤの父親でもある斉藤壱護だが、アイをスカウトして育て上げ、ドームにまで導いた彼がそんな愚行をする筈もない。

 

アイと同じB小町のメンバーとは仲が良いとは言えず、アイが秘密を流すとは考えられない。実母とも既に関係を絶っているらしく、アクアが調べるだけ無駄だった。

 

ならば必然的に、アイの出産当時から全てを知り、アイも住居を洩らす相手は双子の父親しかいない。

 

そして、その父親に繋がる情報源はアイが()()()()()使()()()()()()スマートフォンだけだ。今時は全く見なくなった、パスコードにも回数制限のない古い型だ。

 

そのスマートフォンには十数人の芸能関係のメールアドレスや電話番号が入っており、その中の一人が『鏑木勝也』だ。父親である疑惑があり、そうでなくとも世の中に認知される以前のアイを知り、故に間接的にでも父親(犯人)に繋がる情報を有している人物。

 

「いやー、それにしても。アクアってば鏑木さんの名前を聞いた途端、即承諾したよね。()()()だね」

 

「深い意味なんてないっての。普通に興味湧いたんだよ、原作も知ってるやつだし」

 

「アクアが興味津々な原作?なにそれ!」

 

「津々とまでは言ってない」

 

「『今日は甘口で』ってやつだって。アクアの部屋にある少女漫画。略称は今日あまだっけ?」

 

「あぁー、アレかぁ。めっちゃ面白いよね!意外と重いって言うか、人間の闇的な部分も出てくるし。少女漫画だけど万人受けするって言うのかな?アクアの部屋に全巻揃ってたし!」

 

「………お前ら、勝手に人の部屋に入るな…ッ」

 

"今日は甘口で"――主人公は人間不信の少女。絵のタッチとは裏腹に重々しい内容だ。

親に毒殺されかけ、以来缶詰しか食べることのできなかった拒食症の少女。そんな彼女が口の悪い転校生の男子に惹かれていき、人間としての温かみを取り戻していく物語だ。だが幸せは続かず、その男子は終盤になって重い病に侵され、そして死んでしまう。

 

少女漫画特有の所謂ご都合主義も少なく、現実的で暗い背景があるからこそ、そのギャップで日常パートの主人公と男子の絡みが何よりも幸せそうに映るのが特徴だ。

あのアクアの口からも『ド名作』と言わしめる作品でもある。

 

「ちなみに、アクアの役は最後に出てくる悪役みたいよ」

 

「あ、母さん」

 

淡々とした声質で告げるのは斉藤ミヤコだ。苺プロの社長であり、当然、苺プロの所属タレントであるアクアの挙動は把握している。

 

「ネット局のドラマだから、撮影された分はもう配信されてるわよ。アクアも観るでしょう?」

 

「……観る」

 

――結論から言えば、()()()()()()()()()()()()。もはや辛うじてお遊戯会と呼べる程度であり、観る前までは笑顔だったルビーの表情も、一話が終える頃には無表情になる始末。

有馬かなの演じる主人公は置いといて、他が致命的だ。演技ではなく、台詞の朗読でしかない。その朗読すら棒読みだ。感情のこもらない台詞読みは三文芝居と言われても仕方がない。

 

映像を見る者の反応や印象は大きく分けて三つに別れる。一つは感動であれ爆笑であれ、好印象を抱く者。二つ目は可もなく不可もなく、感情も揺さぶられない故の無感情。

そして三つ目が、"悪印象"だ。観ていて恥ずかしい、怒りが湧く、寧ろ困惑してしまう等々。

 

尺の関係で起承転結を崩し、拙い演技力で共感性羞恥を誘い、原作にもいないオリジナルキャラを用いての実写化。

 

(……よくもまぁ、ヘイト要素を集めて詰め込んだモンだよ)

 

ダイヤは溜息を零す。

 

呆れながら、然し所謂"大人の事情"というのも絡んでいるのも理解はしている。然しながら、それを()()()()()()()()()()()()()()は一考の余地あり、だ。

"今日あま"は言わずと知れた名作だ。既にアニメ化もしており、原作共々大成功を収めた作品なのだ。

 

当然、大勢のファンもいる。

 

それにあやかり、モデルを売り出したいと考えるのは、プロデューサーであれば当然とも言える。だがそれでも、原作ファンからしたら"今日あま"は営業戦略の道具ではないのだから、駄作を観せられればヘイトも買ってしまう。

 

大勢の演技未経験者の中に放り込まれた有馬かなは、きっと無遠慮に持ち前の演技力を発揮する事が出来なかったのだろう。

かなの演技は観ていて違和感を覚えないが、然し特筆性も醸し出せない。無意識か意識的か、結果として抑えられた演技力は過去の彼女を知っているルビーとアクアに並々ならぬ疑問符を浮かべさせた。

 

「………なんて言うか、ひどいね!なんか…うん、マジかコレ!!」

 

「ストレートに言い過ぎよ。色々あるのよ、こういう業界には…」

 

「ていうか、ロリ先輩ってさ…もっと演技上手くなかった?」

 

「…ルビーって、チビ先輩を嫌ってる割にはちゃんと見てるよね。それ何デレ?ツンツンしてないし、クールでもないし」

 

「いやいや、そもそもデレてないけど?…あ、ダイヤなら分かる?ロリ先輩が下手になった理由」

 

「言い方最悪か?……んー、下手になったってのはちょっと違うかな」

 

寧ろ()()()()()()、抑え気味の演技をしているのだろう。もしも彼女が遠慮なくエゴイスティックに自身の演技力であの場を圧倒したなら、映像が()()()()()()

奇しくも星野アイと似ている。アイの場合は脇枠が目立ち過ぎる事で主人公に視線が向かなくなるのだが、かなは主人公役であり注目を浴びる分には問題がない。

だが、つまる話、深すぎるギャップは悪印象を更に加速させるのだ。

 

天才と呼ばれたのは伊達ではない。他を圧倒出来る技量も持ち合わせてはいるものの、故に他の演者との差が大きすぎる。

 

一般人と役者が同一の演技をしようものならば、前者が悪目立ちする。今回も同じだ。かなの演技によっては、他の面子が悪目立ちしてしまう。

然しそれを好まない者も多くいて、プロデューサーも他に合わせられる有馬かなだからこそ選んだ節がある。

 

「――まあ、簡単に言うとだね。あの現場は競い合う場じゃなくて、共生する場なんだよ。だから共演者を死なせない為に、チビ先輩も必死だってコトかな。ね、アクア」

 

「だろうな。売り出したいモデルならがいて、ソイツを無理やり組み込んだんだろうな。そして、有馬はソイツらの世話をさせられてる訳だ」

 

「……な、ナルホド?つまり……共演者をおんぶに抱っこで縛りプレイしてるってコト?」

 

「そーゆーこと」

 

苦い表情をするダイヤとは逆に、だからこそ()()()()()()()とアクアはニヒルに笑む。乗り気でなかった仕事だが、仮にも一度は演者を目指した身だ。

ほんの少しだけだが、アクアにも()()()()()が生まれる。

 

悪どい表情のアクアを横目に見て、ダイヤは苦く笑ってしまった。





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