小さなダイヤは愛の為に 作:あぐらら
「……さて、動くか」
自室の学習机に置いてあるスマートフォンを手に取る。数回タップした後、画面に表示されるのは莫大な量の連絡先が登録された某トークアプリだ。溜まってる通知を軽く処理し、暫くスクロールして本命の連絡先を見付ける。
トーク画面には少なくない量のやり取りが記録されており、然し会話をしなかった数日間にも他の彼ら彼女らからの通知が溜まっていた為、
――鳴嶋メルト。
ダイヤにとって、親友とは言えないが
彼の人柄や実績は置いといても、まず"顔が良い"。メディア受けするスタイルも持ち合わせている為、彼を売り出そうとする人物も少なくない。
本人が単純且つ読み易い性格ということもあり、良くも悪くも裏が無い人物だ。だが真面目な善人だというわけでもなく、現状では学習意欲も薄く自身の優れた容姿に依存している。
つまり、最高峰の搾取される側だ。それでいて磨けば光るのだから、コネクションを結ばない理由は殆どないのだ。
トーク画面右上の通話のアイコンをタップし、画面が通話画面に変わるのを冷ややかな瞳で見下ろす。
「―――あ、もしもしー?」
数秒待ち、コール音が止むと同時に寝ぼけたようなメルトの声が聞こえる。時刻は二十二時を回る頃であり、彼ならば起きているだろうと推測していたのだが、外れている様だ。
「もしかして寝てた?……ん、あらま。寝落ち寸前かぁ…なら良かった」
話していて分かるのは、決して美容や健康に気を遣った早寝ではなかったという事だ。YouTubeで動画を見たまま浅い眠りを繰り返しているらしい。
ならば通話を切る必要もないだろう。互いに、そこまで気遣うような間柄でもない――と表現するよりも、そのような関係性の方がメルトも情を向けやすいとダイヤが理解しているからと言った方が正しいのかもしれない。
暇だったから、と適当に理由を付けて何気ない会話を交わす。何処かに遊びに行った、あのゲームや漫画が面白い、仕事先で会った面白い人の話、一緒に出掛けようという約束もした。
「――そう言えば、風の噂で聞いたんだけど。メルト、ドラマに出てるんだよね」
無駄に遠回りして、やっと
「それ、見に行ってもいい?メルトの演技って見たコトないし、興味あるんだよね。……え、演技教えろって?…んー、まぁ。メルトがプロデューサーに見学許可貰ってくれるなら、多少はいーよ」
二つ返事で了承してもらえると思っていたが、交換条件を持ち掛けられるのはダイヤにも予想外だった。
条件を飲んだ後、思考を回し一つの結論を得る。
鳴嶋メルトはエゴサーチしたのだろう。モデル然り、演者然り、声優然り。仕事で映像に写った後は決まってエゴサーチをする筈だ。
誰しも自身の評価は気になる。現代の若者であるメルトも例外に漏れず、SNSでドラマの評判や特定人物に関する感想を調べたのだろう。そして、
人気原作を犯すような実写映像は、尺削りやオリジナル登場人物を混入させたシナリオライターだけのせいではないのだと。
自分だけではない、然し
「馬鹿にするわけじゃないけどさ、メルトって演技初心者じゃん?だから仕方ないと思うよ。って言うか、棒読みじゃなくて変に感情を込めようとした結果、迷走して言葉のアクセントとか原作作者の強調したい部分、目線、行動諸々が絶妙に悪さを引き立てあっているだけだし…………ちょっ、そんなに落ち込まないでよ」
演技が目も当てられないほど下手、というだけではない。こればかりは"運"としか言い様がないが、行動や言葉、未熟な部分がお互いの短所を引き立てあっているのだ。
もしも台詞読みが所謂"棒読み"だったのであれば、少なくとも不協和音のように、行動演技とのミスマッチは避けられた筈だ。
「次の撮影いつ?次が最終回だったと思うけど………三日後?うん、OK。プロデューサー…鏑木勝也さんだっけ?その人に連絡ついたら教えてね。菓子折り持って行くからさ。……………うん、うん。りょーかい。じゃあ当日の朝に演技指導ね。御意っす」
待ち合わせ場所等は後で決めると話して、そろそろ日付が変わるのを確信し、通話を切った。
(……演技指導か。めんどくせぇ…まー、テキトーな感じでいっか。メルトは理論的な演技よりも感情演技の方が合ってるし、どーせ本人の心意気次第でしょ)
要は、小細工を仕込んでより悪化させるよりも、ありのままの『鳴嶋メルト』を表面に出す方が良策なのだろう。
そも、演技の実績がないメルトに回ってきた役なのだから、彼の性格に似通った登場人物の筈だ。幾ら方針の決まった撮影だったとしても、
ならば、
「三日後か……うん、アクアと有馬かなには内緒でいいか。つーか、仕事じゃないんだし母さんにも言わなくていいかな」
――目的は二つだ。
アクアが何らかの目的で興味を示した鏑木勝也とのコネクションを持つ事と、アクアの動向を見張ること。前者は今更だが、後者は、彼が危険な行動に出ようとした時に止める為――
(アクア……悪いけど、その"復讐"は
アイの居場所にはアクアとルビーが必要だ。あの時に死ぬ筈だった自分よりも、実子であり彼女の支えでもある二人が何よりも必要なのだ。
――そんな
何よりも単純だ。ダイヤはただ、
きっとダイヤが心の底から笑えるのは、その犯人がみっともなく縋るように謝罪してきて、それを嘲笑い踏み躙る時だ。
故に、ダイヤは真犯人を探すと同時に星野アクアの邪魔もしなければいけない。そうすることでしか、自身の生存理由を見つけられない。
鏡の前で剥がれかけた
「よしっ、まずは出来るコトからしよう!」
不自然な笑みは嘘で更に塗られた。
――――――――――――――――――
――撮影日当日。
各作品にもよるが、基本的に天候や出演者の体調に酷く左右されない限り、"今日あま"の一話は一日で撮影される。
今作に限ってはクオリティを求めず、最低限の演技と映像の編集で成り立っている為、撮影が長期に及ぶ事はまずない。
早朝、朝五時半。まだ薄暗い道中を悠々と歩き、タクシーも利用して撮影場所に辿り着く。撮影開始時間はまだまだだが、メルトが撮影所の防音設備を借りたらしい。
入口に着くと、大きな欠伸をする彼の姿が見えた。
「おはよー、メルト」
「うっす、おはよ。お前相変わらずちびっこいなー」
「でも可愛いでしょ?メルトが初の出会い頭にナンパするくらいね」
「お、おう……すみません」
「いやいや、怒ってないよ?でも傷付いたなー、メルトが年下男の子にナンパしてきたって言いふらしそうだなー」
「ちょっ!?洒落にならねぇって!」
「ジョーダンだって。ほら、こんな朝早くに集まったのも逢瀬したいってワケじゃないんでしょ」
「……ああ、マジで頼む。一人前は無理でも、半人前にはなりたいんだ」
「任せんしゃい!」
華奢な胸にトンと拳を当て、自信満々に言い放つ。結局、自信を持つべきはメルトなのだ。様々な色を混ぜた浅黒い演技よりも、たった一色の綺麗な演技の方が映えるに決まっている。
だからこそ、自信を引き立てて不安を消す。
裏口の鍵を開け、
そこまで広い建物でもないらしく、入ってから数分と経たずに簡素な防音室に着いた。メルトはラフな格好に着替え、準備を進める。
「――さて、メルトくん。君が今やるべき事はなーんだ?」
「……発声練習か?」
「馬鹿なの?いや、別に間違ってはないけどさ…撮影日当日から始めることじゃないね。普段からやってれば問題ないし、今から無理して声出して、喉が枯れたら笑いモノだよ」
喉の調子を整えるのは正しいが、それも撮影当日の早朝からやる事ではない。寧ろ、今は決して永続的には身につかないその場仕込みをしに来ているのだ。基本的な部分はやっている場合ではない。
本人が出来ることを、普通に発揮出来るようにしなければいけない。と言うよりも、それしか出来ないのが現状だ。
「た、確かに……じゃあなんだよ。台詞読みとかか?」
「イエス、その通り。難しい事は考えないで、まずはテキトーに読んでみて。んー、じゃあココからお願い」
「テキトーにって……まあ、変なとこあったら指摘してくれ……『オマエノカンガエソウナコトダ』――」
「ストップ。待って、止めなさい」
「あ、ああ…」
「僕、言ったよね。
「うぐっ……よ、容赦ないな」
「えぇ…オブラートに包んでるんだけど、コレでも」
ダイヤにとって、演技とは
ある意味、メルトにはダイヤの演技法は合っているのかもしれない。メルトは決して聡いとは言えない。故に、ダイヤの極限のたった一色に染まりきる演技は無駄な思考に発展しないから、メルトと相性が良い。
無論、才能のみで習得したダイヤには他者への指導方法など分かる訳もないが。
「テキトーでいいの。だって、プロデューサーもメルトの性格に合ってる役を選んでるんだから。演者じゃないメルトが選ばれたってことは、そーゆー事だよ」
「成程……じゃあ、むしろ素で臨めってことか?」
「今回に限ってはね」
「……さっきの所、もっかい読むわ。お、『お前の考えそうな事だ』『…馬鹿じゃねぇの?』『独りにはさせねぇよ』」
「…うーん、見るに堪えない状況は脱したね。でもそれは
「うっす!」
こうして見ても、やはりアクアやルビーには届かない。アクアの演技は小細工を盛り合わせて演出に特化した、言わば観察力と努力の賜物だ。そしてルビーは演じる事自体が自然で、荒削りだが違和感はない。
メルトを秀才と天才と比べるのは酷だが、そんな秀才も挫けてしまうのが芸能界なのだ。寧ろ超えて欲しいと願うのは当然の話だ。
演技とは言えない素の発露は、存外ではあるが良策だった。原作漫画の"今日あま"と比べれば、どうしてもメルト色が強いが、これが限界だ。
後は本番の雰囲気に飲まれない事を願い、自信を持たせることしか出来ない。
「…うん、いいんじゃないかな。本番までは時間あるんだし、反復練習あるのみ!弟子よ、自信を持ちたまえー!」
「弟子って……はいよ、師匠。師匠の面を汚さないように、精一杯やってやるよ!」
「あと、天狗になるなよ?
「わ、分かってるっての!」
鳴嶋メルトは昔の有馬かなに似ている。成功を自分の実績と捉え、増長し、他者を下に見る。そんな傾向も、奇しくも有馬かなと同様に自身よりも上の人物に才能を見せ付けられ、"成長"という形でなりを潜めた。
きっと、これでもまだ有馬かなの足を引っ張ってしまう。だがそれでも、彼女も前よりはマシだと言う筈だ。
この小さな努力はいつか、大きく芽吹くのだろう。少なくとも、ダイヤは可能性を感じた。
漫画の実写映像に準えて、敢えて漫画で多用される表現を使うのであれば――メルトには"努力の才能"がある。
未熟さを受け入れる事で初めて、悔しさをバネを飛び上がれる才能。
嬉々として続ける反復練習を眺め、頬を緩ませた。