小さなダイヤは愛の為に   作:あぐらら

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遅くなりました……



交換条件

 

吐き気がした。

 

子供のフリをするのは、酷く疲れてしまう。アイに酷似した容姿で人懐っこく笑い、純粋な男の子を演じ、騙してしまう。

事実、その方が他人に受け入れてもらえるきらいがあるのだ。当然だろう。腹の中で悪巧みをしている奴よりも、賢く理解力のある子供の方が好かれる。

 

"斉藤ダイヤ"は()()()()べきだ。

 

別に深い意味なんてない。ただの赤子がアイに拾われ、斉藤夫妻の子となり、双子と共に育ち。明確に形づいた人物像がそれだったたけだ。言わば()()()()()()()()()()()だ。

そして、その素顔と前世は全くの別物だった。きっと自分だけではない。ルビーもアクアも、乖離する二面性を持ち合わせている。

 

皆、"自分"を演じている。冷静で秀才な星野アクア。明るく元気な星野ルビー。誰に求められる訳でもなくて、然し敢えて演じる意味もないのに。生活環境と人間関係で構築された"自分"を被っている。

 

――ならば、他人の目には自分(斉藤ダイヤ)はどう映っているのだろうか。

 

アイは賢いと言った。アクアは腹黒いと言った。ルビーは危ういと言った。ミヤコは計算高いと言った。五反田は天才と言った。かなはウザイと言った。メルトは可愛いと言った。

そして――()()()()は慈しみを込めて『嘘つきやね』と言う。()()()()()は尊敬を抱き『底が見えない』と言う。

 

もう、ダイヤ自身も分からなくなっていた。振る舞うべきは『斉藤ダイヤ』だ。でも、内面に覆い隠しているのは前世の自分。

果たして、どちらが一人の男としての素面なのか。分からないから、今日も明日も演じて再現を続ける。アクアのように賢く、ルビーのように元気に、アイと同じく嘘つきに。それが斉藤ダイヤなのだから。

 

 

―――――――――――――――――

 

 

撮影を見学するにあたって、ダイヤは極力目立たないようにと釘を刺された。

 

裏では"現場荒らし"と呼ばれるだけはあり、多少なりとも警戒されているのだろうか。プロデューサーの鏑木勝也に挨拶をしに行ったが、冷めた態度でオーバーサイズの黒いフード付きパーカーを渡され、着替えるように促された。

現場内にいる間はフードを深く被っていて欲しい――否、被っていろとの指示だった。警戒のし過ぎとも考えたが、あの有馬かなが言葉濁さずに『悪評』と言うだけの事はあり、ダイヤに関する噂も独り歩きしている可能性だってある。

そも、無駄に撮影現場に出入りしないダイヤが態々コネクションを利用してでも見学するのだから、鏑木も俗に言う"嫌な予感"を覚えたのだろう。

 

「………暑っつい…」

 

「我慢しろって。ただでさえ無理言って見学してるんだし、しょうがないだろ」

 

「むぅ…メルトは涼しい格好だからいいね。見てよ、このデカくて分厚い黒パーカー…僕は犯罪者なの?雨も降ってジメジメしてる日にこんなの着させられるだなんて、拷問に等しいよ」

 

「……ダイヤ、顔に似合わず我儘だよな。てか自己責任だし、お前が見学したいって言い出したんだろ?現場荒らし様は大人しくプチ拘束されてろっての」

 

「…りょーかいでーす」

 

「ま、夏じゃないだけマシっしょ」

 

リハーサルも終え、メルトと雑談しながら時間を潰す。今回の目的はアクアの監視と、鏑木勝也との接触だ。前者に関しては、そもそもアクアの目的が鏑木勝也である事は推測がつく。

故に、鏑木勝也の動向を見張ってさえいれば神経を張り詰めてアクアを盗み見る必要もないだろう。だからこそ、ダイヤが取るべき行動は"鏑木勝也との接触"のみだ。アクアも近くに有馬かなが居れば大胆な行動には出ない筈だ。

 

アクアが鏑木勝也との接触を試みているのは、言わずもがな復讐に関するからだろう。然し明確に、アクアだけが掴んでいてダイヤには分からない情報がある。

少なくとも前情報のない状態で星野アクアに成りきっても、鏑木勝也には一切の興味は向かなかった。ダイヤのメソッド演技法も多少の情報があってのものだ。思考方向こそ分かれども内容までは分からない。

 

 

鏑木勝也との接触だが、ファーストコンタクトは良い手応えにはならなかった。だが、興味は買えた。言葉にはしなかったが、ダイヤの容姿に強い反応を示していたのは明らかだ。

何か()()()()でもあるのだろう、アイに酷似したダイヤの顔に対して。故にアクアの掴んでいるであろう情報の有用性も増すというものだ。

 

――行動を起こすとしたら、今しかない。

 

「…メルト、御手洗ってドコ?」

 

「ん?さあ、知らないけど」

 

「おっけ。じゃあ探してくるね」

 

「迷子になるなよー?」

 

「大丈夫だって、方向感覚には自信あるから」

 

軽口を叩き合い、浅く笑いながら場を離れる。人懐っこく笑う口元とは対照的に、深いフードで隠れた瞳の四つ星は黒く爛々と光っていた。

 

 

鏑木勝也を探しながら歩くこと十分程度。首から吊るしたネックストラップには見学許可の印が付いており、すれ違う人にも多少の会釈をする程度で済む。

 

決して広くはない現場なので、すれ違いが起きない限りは直ぐに見つかるハズだ。然し多少の目処はあり、ダイヤの頭に浮かぶのは胸ポケットに入っていた煙草の箱だ。

本人のヤニ臭さもあり、ヘビースモーカーである事は想像するに難しくない。なので、必然的にダイヤが最初に思い付くのもまた喫煙所だ。

 

「…………」

 

想像は当たっていたらしく、喫煙所内には草臥れたような背があった。

 

「こんにちは、鏑木さん」

 

「ああ…どうもこんちには、ダイヤ君。悪いけど未成年者は喫煙所に出入り禁止だよ」

 

「あはは…大目に見てくださいよ。ちょっとだけ鏑木さんとお話したかったんです」

 

「……ちょっと待ってくれるかい?もう一服したら出るからさ」

 

「いえいえ、どうぞごゆっくり」

 

友好性の含まない会話を交わして、ダイヤは一旦外に出る。鏑木の反応を見る限り、やはり嫌われてはいないが警戒はされている様だ。

当然だ。悪評云々は置いといても、彼が何かしらの関係を持っていたアイに似た顔付きなのだ。それでいて何の情報もないのだから、彼でなくとも警戒なり好奇なり抱く筈だ。

 

二~三分程度が経ち、鏑木が喫煙所から出てくる。

 

「すみません、急がせてしまって…」

 

「いや、気にしなくていいよ。僕も君と話したかったんだ。今日以前に、いつかはね」

 

「……僕のこと、知ってたんですか?」

 

「当たり前じゃないか。五反田監督のコネで色々な作品に登場しているし、そのいずれも少ししか…そう、意図したように画面端にしか映らないんだ。映像を齧る者としては興味を唆られるさ」

 

「あはは、恥ずかしながら実力不足なものでして……今日も、あの天才子役の有馬かなさんの演技を参考にしたいと思いまして。メルトさんに無理言ってしまいました……」

 

「うん、そっかそっか。まあ、()()()()()()()か。どうだい、撮影開始まではまだ時間がある。腹を割って話したいな」

 

「っ!……ええ、鏑木さんさえ良ければ」

 

表情には出ないように、軽く息を飲む。ダイヤの建前は、嘘を含まない誇張だ。易々と中身を見えるものでもない筈だった。

然し鏑木は建前を見抜いた。これが彼のプロデューサーとしての腕なのか、それともダイヤが()()()()()()()()であると察した故なのか。

コネクションを用いて業界に巣食う者同士、やはり似た感性にはなってしまうのだろう。歴の長い分、鏑木の方がダイヤよりも長けている。

 

鏑木に案内され、メルトとの演技練習にも用いた防音室に入る。情報の漏洩を意識しているのだろう。

 

「さて……何から話すべきか。まず君から聞きたいことでもあるかい?無理のない程度で答えるつもりだよ」

 

「じゃあ早速。アイについて教えてください」

 

現状、ダイヤには情報がない。

 

この場にいるのもまた、アクアが鏑木に興味を示したからに過ぎない。それだけの確証を孕まない情報だが、ダイヤはアクアを信用している。彼が無駄に動くことはないし、この撮影に臨む理由も鏑木なのだ。

鏑木のダイヤに対する反応も相まって、何かしらの情報を持っているのは間違いない。

 

「……正直、驚いたよ。その質問は僕が君にしようと思っていたんだけどね」

 

「でも、僕達の間で交わされるべき情報ってそれだけですよね。建前をもっかい持ってくるなら、楽しくお話をしてコネクションを持つのも一つの手ですけれども」

 

「そうか。うん、そうかもね。じゃあそうだね、ちょっとだけ意地悪く『機密情報だ』って言ったらどうする?」

 

「僕も同じ言葉で返すだけですね。鏑木さんは()()()アイの情報が欲しい。僕は()()()アイの情報が欲しい。理には叶ってると思います」

 

「そうでもないよ。君の様子を見るに、ダイヤ君は彼女の情報に意味を見出している。それで何かをなそうとしている。でも、僕は飽くまでも()()()さ。知っても、知らなくても。僕には損得なんて無いに等しい」

 

「……………」

 

言葉に詰まる。確かに、ダイヤとは違い鏑木は星野アイの情報を集めている訳ではない。知れるなら知りたいが、それこそ知っても損得はない。

だが然し、()()()()()()()()()()()()()()()。この空気を、ダイヤは知っている。前世で沢山経験してきた事だ。

所謂"交渉"を持ちかける者の雰囲気だ。お互いに利益を得るために、片方が何かを負う。平等か否かはこの際、問題ではない。重視するべくは結果でしかない。

 

「鏑木さんは僕に何を求めるですか?」

 

「話が早くて助かるよ、お互いにね。……そうだね、別に無理強いをする気はないよ。ちょっとだけ()()()()()()()()だけさ」

 

「………分かりません。僕を使って、鏑木さんに何の得があるんですか?傑作を作りたいならもっと選ぶべき人がいますし、面白いモノならウィットに富んだ人を起用すれば良い。秘密事項をチラつかせてまで、僕を使う理由が見えません」

 

「――欲しいのは"実績"さ。(現場荒らし)というジャジャ馬を、上手く映像に組み込めたら業界でも話題になる。コッチは撮り、君は映るだけ。難しいことじゃないよ」

 

「鏑木さんが思うほど、僕は大した人間じゃないですよ。ご期待には添えかねます」

 

「構わないよ。君の容姿と雰囲気…アイに似てる君を、画面の端にでも映したいっていうお話さ。()()()()()()()()()()、ダイヤ君の得意分野だろう?」

 

「……読めない人ですね。何が目的なんですか?言っときますけど、僕はアイじゃない。彼女ほどのカリスマ性を期待されているなら…」

 

「いいや?飽くまでも『斉藤ダイヤ』として臨んで欲しいし、今世で映える君を有効活用したいってコトさ。アイはもう居ない。だから、世間は新しい星を求めているんだよ」

 

「…………」

 

理解していても、こうハッキリと『アイはもう居ない』と断言されるのは、心苦しい。もしアイが目を覚ましたとしても、彼女の居場所がないと言われているような気になってしまう。

 

「……で、僕を何に使うつもりですか?」

 

「"恋愛リアリティショー"、聞いたことはあるでしょ?」

 

「…マジですか?」

 

「大マジさ。出演者を集めている段階でね、目処を立てていた人物の一人がダイヤ君だったんだ。正直、最初は断られるって思ってたんだけど…まー、誘うだけならタダだし。この際だから存分に"現場荒らし"の本領を発揮してもらいたい所存だよ」

 

「……………考える時間をください。さすがに、今この場で答えを出すのは…」

 

「そっか。うん、良く考えてね」

 

「…すみません、今日は帰りますね。鏑木さんとも話せましたし」

 

「そうかい?」

 

本来はアクアを見張るつもりだったが、この様子だと、アイについて鏑木がアクアに話す事もまずないだろう。有馬かなの手前、大胆な行動を起こすこともない筈だ。故に、もうダイヤが見学を続ける道理もない。

 

含みのある笑みを浮かべる鏑木に見学許可のネックストラップを返し、踵を返す。

増えた頭痛の種にダイヤは大きく溜息を零す事しか出来なかった。

 





(〇ᴗ✪ )>☆
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