小さなダイヤは愛の為に 作:あぐらら
――数週間が経った。
どうやら『今日あま』の最終回は成功を収めたらしい。然し最終回以前の殆ど全てが見るに堪えない状態だったのもあり、やはり受け入れられたのは極一部だけだった。
此方としてはアクアの出演しているドラマが成功しているので、特に思う事もない。鳴嶋メルトの演技が多少マシになり、星野アクアが舞台を整理し、有馬かながあの現場で初めて本気を出せた。
言ってしまえば、それだけだ。この話題性も前話までとのギャップによって映えているだけであり、有馬かなを除く他キャスト次第ではもっと傑作になった筈の作品だった。
だがそれでも、世間からの評価とは裏腹に、得るものは多かった様だ。久しく有馬かなが評価され、鳴嶋メルトは役者としての第一歩を踏み出せた。
アクアの演出した雰囲気も鏑木の目に止まったらしく、少なくとも"悪い方向"には進まなかった。駄作となることが決定されていた作品に出演しての結果なのだから、寧ろ大金星と言っても過言ではないのだろう。
元より大して興味の向かない事だったので、やはりこれ以上の感想は出てこない。きっと傍から見ていたダイヤよりも、出演したメルトやかなの方が思う事があった筈だ。
一方のダイヤは――
「…………あー、どうしよ」
未だに迷っていた。鏑木より恋愛リアリティショーに誘われてから、やはり答えを出せずにいた。
言ってしまえば、これ程までに整えられた現場は珍しい。中には断るつもりだったが、
然しながらメリットが多いのも事実だ。鏑木とのコネクションが出来て、アイについての情報も得られる。前者は兎も角として、アイに関する情報は貴重だ。これを易々と見逃す手はまずない。
(……でもなぁ…ん〜、僕が参加するなら
あの桃色の髪を思い浮かべ、項垂れる。高校に通うことになれば確実に、殆ど毎日顔を合わせることになってしまうのだが。それでも自分の
現状でも某トークアプリでのやり取りも、冗談半分にではあるが、ちゃんと返事をしないと弱みをバラすかもと脅されているに等しい。
基本的に、ダイヤは相手の思考方向を把握して、その上で無難な返しをしながら思考誘導で自身が不利にならないように立ち回っている。
だがそれでも、先日の鏑木のような。所謂大切な情報だったり、知人に広められたら堪らない情報等。それを持っている相手は心底苦手なのだ。
(……チッ、迷ってても埒が明かない。つーか、復讐するなら躊躇してる場合じゃねぇし……覚悟キメるか)
財布の中にしまっていた鏑木の名刺を取り出し、記載されている電話番号をスマホに打つ。電話越しに聞こえる声は、やはり予想通りと言わんばかりの平常心を保っていた。
そして数日後、ダイヤと同じくアクアも恋愛リアリティショーに出演する事を知った。
―――――――――――――――――
「……………」
「……………」
「…いや、空気悪っ!!え、なに?二人とも喧嘩でもしたの!?」
陽東高校入学式の日の朝。
新しい制服に着慣れなさを覚えながら、それぞれが思い思いに耽る中。
明るい表情のルビーとは逆に、ダイヤとアクアはドス黒い空気を纏う。理由は明白だ。互いに恋愛リアリティショーに出演する事を内緒にしており、その挙句、正式に決定した後に斉藤ミヤコから聞いたのだ。
辟易とする。アクアとしてはダイヤが鏑木と関わりを持っていた事実に頭を悩ませるばかりであり、ダイヤは大凡アクアと鏑木の間で交わされているであろう交換条件を想像し、苛立ちを隠しきれない。
然し今更出演取り消しなんて出来ないのだし、もし出来たとしてもダイヤはしないだろう。
きっと、撮影が全て終わればダイヤとアクアにそれぞれ、鏑木よりアイの情報が与えられるのだろう。出演取り消しをするということは、その権利を放棄するに等しい。
ダイヤの目的はアクアよりも早く復讐を遂げる事だ。交換条件が成立してる以上、もうアクアが情報を得るのはこの際仕方ない。だがそれでも、その情報をダイヤが知れないという事は相手にアドバンテージを与えてしまうのだ。
この際、もう仕方がないと割り切るしかない。
お互いに知らぬ存ぜぬで通す他ない。
「…別に喧嘩なんてしてねぇよ」
「そーだよ。アレだって…僕達くらい熟した精神となるとだね、入学式ってのは辟易するモンなんだよ。校長の話なんかマジ苦痛だよね」
「そうだな。在学生代表の典型文的な挨拶とか、新入生一人一人の名前を呼んでみたりとか。正直面倒だ」
「そーゆーモノなの?てか、普通それだけでドス黒い雰囲気をまとう?」
「ルビーも大人になると解るよ。逆説的に言えば、分からない内はまだまだ子供だね。やーい、ガキンチョめ」
「はぁ!?わ、わかるし!そーそー、めっちゃ分かるわー!!アレね、アレでしょ?なんか……えっと、そう!精神デバフ的な?」
「分かってないのに的を射ているな。マジで未だに分かんねぇわ…何で校長の話ってデバフ効果乗ってるんだよ」
一先ずではあるが、話題を逸らす事には成功する。考えてみれば態々話を逸らす必要性も見当たらないのだが、不思議と後ろめたい気持ちが浮上するのだ。
ダイヤもアクアも、清い想いで恋愛リアリティショーに出演するのではない。出演料よりも、コネクションよりも、知名度よりも――
そんな想いを悟られまいと、二人は目配せする。決して双方の思考が同様とは限らないが、それでもルビーを巻き込みたくないと考えているのは同色同義なのだ。
いずれにしても
そんな思考に見て見ぬふりをして、三人は義母に挨拶をして外に出る。前世の――ブラック企業の社畜時代から、面倒事に見て見ぬふりをするのは得意だ。
嫌な事からは目を逸らせば良い。全てを抱え込める人なんていないし、抱え過ぎたら重荷に潰されるのみ。こうして楽に生きる方法だけが"斉藤ダイヤ"となった今にも影響している。
故にダイヤは己の人間性を正しいとは思わない。ルビーに嘘をつくし、アクアを出し抜き、ミヤコを利用する。
こうして生きれば、誰かが罰してくれると信じているから。
――陽東高校。
ここまで日常と非日常が混ざり合う空間を、ダイヤは他に知らない。校舎内には俳優やアイドル、グラビアアイドルに配信者、声優、女優に歌舞伎役者まで。大凡
だが中身は他の高等学校と明確に異なる訳でもなく、多少、仕事等で授業の日程を調節出来る程度だ。
言わば"日本で一番『見られる側』が多い高校"だ。既に映像に出ているアクアやダイヤは勿論、苺プロの新規アイドルグループの一員であるルビーもまた、芸能界の入口に立つ者である。
入学初日の生徒は皆、最初は体育館に集められる。学科ごとに別れて用意されたパイプ椅子に座り、そのまま時間になれば欠席確認をした後に他校と同様の入学式が執り行われる。
それが終われば何時までに教室に集まるようにと告げられ、ほんの少しの自由時間が与えられた。仕組みこそダイヤには解らないが、少なくとも中学校や前世で通っていた高校とは初日のルールが異なるらしい。
教室に向かうまでの空いた時間、三人は先輩である有馬かなに後者内を案内してもらった。緊張するルビーを慰めたり、揶揄うダイヤに軽快なツッコミをいれたり。
時間を要さず一つのグループに溶け込めるのは、有馬かなの人間性の良さだけでなく、芸能界で生き抜いてきた技能でもあるのだろう。
斯くして、有馬かなの案内もあり一通り学校内を把握した三人はそれぞれの教室に向かうことにした。アクアは一般科で、ルビーとダイヤは芸能科なので同じ教室だ。
教室のドアを目の前にしてルビーは大きく深呼吸をする。
「き、緊張してきた…」
「ダイジョーブだって。て言うか、慣れておかないと今後に響くよ。芸能界で生きるなら尚更ね」
「……うん、頑張ります。えっと…ダイヤ隊長!まずは後ろ側からそっと入って様子見をするべきかと!!」
「ふっ…甘いな、ルビー二等兵。むしろここは正面ドアから飛び込んで、ウィットに飛んだ一言を叫んで人気を獲得するのが芸能人ってやつさ!」
「お笑い芸人じゃん、それ…」
「失敬な。仕方ない、手本を見せようじゃないか。二等兵は後ろドアから様子でも見てなさいな」
「え、マジで…?」
ダイヤは黒板側のドアの前に立つと、屈伸運動をして体をほぐす。そして両手をドアの取っ手に掛け――
「こんにちはだぜコンニャロー共ぉおぉおお!!」
「うわっ……本当にやってるし」
――全力で叫びながら教室に転がり込んだ。一切の躊躇いもなかった。寧ろ叫ぶことが本懐と言わんばかりに喉を酷使して、一瞬で全員の注目を集め、刹那の沈黙を生み出した。
然し
「おいおい!ダイヤじゃねぇかこの野郎!!てか陽東に入学してたのかよ!?」
「ぷっ、アハハハハ!馬鹿だ!馬鹿ダイヤがまた馬鹿なことしてるぞ!!」
「ダイヤくん久し振り〜!連絡全スルーするから死んだかと思ってたよ〜♪や、悪評だけは聞こえてたケド」
「ケッ……まーたバカ騒ぎしやがって。まあ、嫌いじゃねぇけどよォ」
「テメェコノヤロォぉ!この前焼肉奢らされたの忘れてないからなぁ!!」
「騒々しいわ馬鹿どもめ!!」
「「「「お前が一番五月蝿い!!」」」」
流石に全員とまではいかないものの、クラスメイトの半数がダイヤの派手な登場に沸き立ち声を上げる。中には罵倒も含まれているが、無論、悪意の籠るモノは一つもない。
端的に言えば、仕事繋がりの友人だ。コネクションとも言う。ダイヤは様々なドラマや映画の脇役として出演し、その度に同年代の彼ら彼女らと友好を結んでいる。
その結果が
勿論、ダイヤとて手が届く範囲全ての者と友好を結んだりはしない。ノリの良さ、ダイヤにとって
単純にダイヤの容姿に好印象を抱く者もいれば、表面上の性格に惹かれる者もいる。演者としての才能に興味を持つ者、恋慕を抱く者、ダイヤと同じくコネクションを意識する者だって存在する。
「この現場荒らしめ。次は芸能科でも荒らしに来たか?」
「おっ、イジメかな?入学早々イジメ発生?お昼ご飯奢ってくれなきゃ担任に泣きついちゃうなぁー?」
「煽りよるわ、このチビめ!」
「言ったなこのヤロウ。屋上行こうぜ……久し振りにキレちまったよ…ッ!」
「沸点低すぎだろ……」
「ダイヤくーん、放課後遊びに行こうよ〜!」
「え、嫌だ。お前アイドルじゃん……スキャンダルになったら泣くよ?僕が」
「見た目女の子だから大丈夫でしょ」
「よし、お前も屋上な。僕は真の男女平等主義者だから女子だって構わず殴りかかれるんだぜ」
「腕力女子以下が何言ってんだよ」
「もー面倒いから全員屋上で待ってなさい。野球部から鉄バット借りてから向かうから」
早くもクラスに馴染んだダイヤはクラスメイトを小突き小突かれながら、廊下側の後ろの席に座る。周りの席にも友人がいるので、普通の高校生活をするとしてもまず退屈はしないだろう。
好調な滑り出しに満足しながらルビーにドヤ顔を向け、畏怖を獲得した。そして、窓際から終始向けられ続けている熱い
「………久し振りやなぁ、ダイヤくん」
誰に告げるわけでもなく、ポツリと呟く少女は軽く伸ばされた黒紫髪の少年を眺める。桃色の髪に、薄く染った頬。微笑みに込められる感情は敏い者ならば察せられるだろう。
再会を喜び、再開を望んでいる。高校ともなれば珍しい光景でもないのだろう――が。
然しその瞳だけは曇り、独占欲を滲ませていた。