小さなダイヤは愛の為に 作:あぐらら
教室に入ってから時計の長針が一回りする頃。
担任教員の挨拶やクラスメイトの自己紹介が終え、小休憩の時間となった。教員は一旦職員室に教材や資料を取りに戻り、生徒達は雑談やら連絡先の交換やらに時間を費やす。
初日故に科目授業はないが、その分を説明や学級委員決めに使うのだろう。
芸能科だからと言って漫画やアニメのように特筆すべく点もない。学科担任が芸能人だったり、特別な制度が設けられていたり等、無論
だが芸能科故の目新しさはあった。初授業が開始した直後に登校する生徒がいたのだが、それこそ
事情があり、やむ得ず遅刻する。無論一般科でも叱られるような事ではない。だが、それが芸能科であれば寧ろ頻繁にあるのだ。
その内、自身も体験することになるのだろう。
授業間の休憩に入り、ダイヤは口内で浅く溜息を噛み殺す。教員の話を聞くだけならば幾分か楽なのだが、一応は友人達であるクラスメイトとの会話が疲労を蓄積させた。
賑やかなのは嫌いではないのだが、限度というものがある。特にダイヤは弄り弄られ、そんなキャラを演出している。故に精神的に疲れてしまうのだ。勿論、それを表には出さないのだが。
「ダイヤー!お友達出来たよー!!」
後ろから聞こえるルビーの声に多少の安らぎを感じ、体を向けて――
特徴的な桃色の長髪と、グラビアアイドルをやっているだけはあり他よりも優れたプロポーション。彼女は人懐っこく柔らかい微笑を浮かべるが、ダイヤには怖気と寒気しか伝わらない。
端的に言って怖い。この場が広い草原であったなら、ダイヤは脇目も振らずに走り去るだろう。
名は"寿みなみ"だ。
「こんにちは、ダイヤくん。お久しぶりやね〜」
「…………ルビー。今すぐコイツを僕の視界から消しされ。もしくは僕を窓の外に捨ててくれ…頼むから」
「急にどしたの。てゆーか、みなみちゃんともお友達?顔広いって言うか、見境なしだね」
「違う。断じて違います。コイツは友達なんかじゃない…ッ!」
「そうやねー。うちは、もっと
「え゙……恋人?」
「この場の全員をぶち殺すよ?」
ストレスで頭を抱えるダイヤとは逆に、ルビーは物珍しさに心が踊っていた。
ルビーの知る斉藤ダイヤという人間は、恐ろしい程に人間関係を構築するのが得意な男だ。簡単に言えば"誰とでも仲良くなれる"。少なくとも小中学校を通してダイヤに悪意を向ける人物はいなかったし、彼に対しての好意的な言葉は数多く聞いていても、悪口は一つも聞こえなかった。
それはダイヤ自身も同じであり、互いに親愛を込めた弄りや罵倒はしているが、彼が誰かに悪意を持った言葉をぶつける様は見たことがないのだ。
そんなダイヤが寿みなみに対しては明らかな嫌悪を向けている。ルビーでなくとも興味を唆られてしまう。
「…うーん?結局、どんな関係なの?」
「過去の女で未来の妻やねー」
「適当抜かすな。災いの元凶で憎悪の対象だろ」
「買い被りすぎやって。控えめに言って相思相愛?やから、次のお仕事も――」
「情報漏洩禁止。…てかルビー助けて……コイツ話通じない……ッ」
「つまり仲良し?」
「そっかー、その場に話が通じるヤツはいないんだー。サイアク……てか、そろそろ席戻りなよ。時間だし」
直後、騒音に包まれる学校中に授業開始のチャイムが鳴り響く。ガラリとドアが開き担任教師が入ってくるのを見て、ルビーとみなみは急ぎ足で席に戻った。
――――――――――――――――
――寿みなみ。
実のところ、ダイヤも彼女については多く語れない。精々グラビアアイドルとしてネット上に公開されている情報や会話で得れる程度の事しか知り得ない。
それも仕方がないと言えよう。ダイヤは心の底から、寿みなみに関わりたくないと思っているのだ。好き嫌いではない。寧ろ、彼女の人間性は好ましいものではあるのだろう。
過度に嫌悪を集めるようなモノでもない。神奈川出身のエセ関西弁、過度に表立って人の悪口を言うような人柄でもない。初対面のルビーと直ぐに友好を結べる事もあり、コミュニケーション能力も優れている。
言うなれば、辛辣であるダイヤの反応が異常だった。
ダイヤが彼女に辛辣であるのには、それこそ多く語れる訳もない。単純に
辛辣になってしまったのは、何をしても彼女がダイヤを嫌わなかったからだ。彼女の人柄の良さもダイヤにとっては喜ばしいとは言い難い。
転生して初めて、ダイヤが人間関係について悩んだのもまた、寿みなみについてだ。
アクアやルビーが把握している通り、ダイヤはこと人間関係においては大きなアドバンテージを持っている。他者の内面を無遠慮に覗き見れる故だ。星野アイが他者を騙し魅惑する才能を持っている様に、ダイヤは思考を読み取り自身で投影演出する才能がある。それが結果としてメソッド演技法と呼ばれているのだ。
その強みを活かしているのが人間関係についてであり、事実、ダイヤは他とは比べ物にならないほどの
そんな彼が寿みなみに手を焼いているのだ。
然し特段、彼女も癖の強い人物ではない。言ってしまえば、互いに無意識にではあるが、寿みなみが斉藤ダイヤの弱点を突いているからだ。
彼の"弱み"を握り、その上で無意識に"弱点"も突く。彼女ほどダイヤに合わない性格の者も中々いないだろう。問題を上げるとしたら、その彼女が"弱み"をダイヤとの接点に利用している点と、互いにダイヤの"弱点"については理解していないからだろう。
"弱み"についてはまた別の話であり、明記すべき事柄はやはり"弱点"だ。
ダイヤの欠点とも言える。
――斉藤ダイヤは
そんなダイヤは
だから、ダイヤには『寿みなみ』が解らない。唯一、理解出来ない人間だ。だから怖いし、怖いから関わりたくない。暴力や痛みに対する分かり易い恐怖心ではなく、未知に対する潜在的な怖気だ。
獣は火を恐れる。同様に人間は未知を恐れる。
己の才能に依存して、便利に使用してきた彼にとっては久しい感覚だった。
――前世が頭に浮かぶ。罵倒する上司のキモチが解らない。自分に無干渉な両親のキモチが解らない。アイドルを勧めてくる医師のキモチが解らない。責任をなすりつける後輩のキモチが解らない。病死した従姉妹のキモチが解らない。見下してくる同級生のキモチが解らない。自分のキモチすら、解らない。
解らないから、怖い。人間不信になり、それでも無理をして倒れ、病院に運ばれた。
その病院は馴染みと言えるほどの事もないが、印象深い場所ではあった。当時から四年前――まだダイヤの前世である男が学生だった頃、そこで従姉妹が病死した。
従姉妹の母親――男にとっては叔母だった女性は、彼女が死ぬ間際まで姿を現さなかった。もう顔も覚えていない研修医と、学生だった自分が従姉妹を看取った。
その頃から、否、それ故にだったのだろう。男が人間不信になってしまったのは。自分の両親とは違い、親は子を愛するものだ。そう思っていたのに、従姉妹――天童寺さりなの母親もまた男にとっては薄情者だった。
だから、もう、
それも転生した今世では、人の思考を読む術を得た。それで初めて、常人と同様に他人を信用出来るようになった。初めて
そんな中、寿みなみという思考を読めない人物が目の前に現れたのだ。前世の人間不信が彼女との関わりに影響している自覚はある。でも、やはり解らないモノは怖い。
ダイヤにはどうしようもなかった。
彼女からの好意には気付けないし、それ故の恐怖が心を苛む。初めて『普通』に慣れたと思っていたのに、また『欠損』が頭をよぎる。
また、溜息を噛み殺す。
昼休みの開始を告げるチャイムが鳴ると同時に、ダイヤは教室を出た。兎に角、彼女とは関わりたくない。頭を占める想いはそれだけだった。
―――――――――――――――――
屋上から中庭を見下ろす。
不思議と屋上には物珍しさを覚える。然し思っても見れば、前世を含めた学校の全て、屋上への立ち入りは禁止だった。
もしかすると、陽東高校でも立ち入りは禁止なのかもしれない。だが鍵が空いていたのだから、入学初日であるダイヤを叱る教員もいないだろう。
フェンスに背を預けスマートフォンに視界を落とすと、ふと、隣から気配がした。
「元気、ないのね」
「っ!………なんでここに居るの?」
「えっと…貴方が教室を飛び出すのを見たから?」
「だからってつけて来ないでよ……」
鮮やかな濡羽色の頭髪に黄色がかった芽吹色の瞳。きっとこの学校でも頭一つ抜けて有名なマルチタレント――不知火フリルだ。
短くない付き合いではあるが、彼女の独特且つ不思議な感性は理解した上で、やはり掴み所がないと感じてしまう。
フリルはボーッと校舎下を眺め、おもむろに口を開く。
「同じクラスね」
「そりゃあ芸能科だからね」
「貴方は芸能科に…と言うか、芸能界には来ないと思っていたから。正直、驚いた」
「…どーして?役とかは置いといて、数だけなら相当出演してるつもりだよ」
「なら主演で出ればいいのに。そういうの、断っているのでしょう?実力が過分にあるから、勿体ない」
「フリルさんは僕を買い被りすぎだよ。過大評価だ」
「でも、過大評価されるのが演者の本懐でしょう?それだけ多くを騙せて、魅せれているんだから。だからこそ不可解なのが、貴方よ。ダイヤさん」
不知火フリルは物事の本質に目を向ける。故に、ダイヤがドラマや映画の端役として出演している事に違和感を覚えずにはいられない。
彼女は知らないのだ。彼ほど、演技に無頓着で意味を見いだせない演者を他に知らない。演技の才能があり、然し演者に適さない人物。フリルは彼をそう評価している。
きっとその気になれば、"
だが深くは干渉しない。互いにそれを好まないのもあるが、芸能界においての干渉は相手の人生を左右する場合もある。
フリルはダイヤが妙な心境変化で何かあっても責任は取れない。だから芸能活動に関しては過干渉しない。約束した訳でもなく、二人の持つ独特な感性でそう通じ合っていた。
「何かあったの?」
「…突然どーしたのさ」
「……そんな気がしたから。別に深い意味はないけど」
「相変わらずだね。まー、大した事じゃないよ。ちょっと苦手な人がいて、その人が妹分と仲良しになってただけ。要は僕の許容の低さが露見しただけ」
「そう」
たった一言、相槌を打つだけ。明確な答えは提示しないし、そもそも彼女も相談に乗るとは言っていない。瞳だけはダイヤを見透かした様に開かれ、その実、深い思いは特にないのだろう。
「フリルさん、もう校内は見て回った?」
「ううん。朝、遅れてきたから。時間なかった」
「じゃあ案内するよ。先輩生徒ほどじゃないけど、僕も多少は把握してるし。てか、チビ先輩に案内してもらったからね。記憶力には多少の自信があるんだ」
「そう?じゃあお願いします」
「はいよ、頼まれました」
ダイヤは柔らかい笑みを浮かべ、屋上を後にした。その笑みは久しく表にな出なかった、演技の混じらない彼本来のモノだった。
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