小さなダイヤは愛の為に   作:あぐらら

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演技法

 

「…ちょっと電話してくる」

 

アクアがそう言い残して部屋を出てから十分程度、次に戻って来た時には()()()()()()()()表情をダイヤに向けていた。

 

そも、彼が母親(アイ)の携帯端末を用いて電話を掛けた相手は五反田泰志だ。アイやダイヤが監督と呼ぶ相手であり、先日の収録現場で名刺を渡してきた者だ。

きっと、アクアはその名刺に記載されていた電話番号を利用したのだろう。

 

「……良い知らせと悪い知らせ、どっちから聞きたい?」

 

「アクア…なんかやらかしたな。……じゃあ取り敢えず、吉報から」

 

「監督がアイに仕事を振るって。次はもっと目立つ…というか、目立っても構わない役だってさ」

 

「へぇー、そりゃよかったね」

 

今回のドラマにて、アイの映る場面が極端に少なかったのは役柄のせいではない。背景に移るだけのモブ役ではあったが、星野アイならばそれでも十二分に輝ける。

()()カメラから外された。出演しているということで多少は映すが、数秒程度だった。

 

彼女の最大の長所は"目立つ"事だ。カメラをたった一人の人間と捉え、MVと同じ要領で自分が一番可愛く映るように操作しているのだ。

だがそれは、()()()()()()()()()()()。主人公が空気になれば、ドラマの物語性が破綻してしまう。

 

例えるなら、平々凡々な日常をテーマにした映画のたった一幕の背景に何故かゾンビや宇宙人が登場し、然し誰も触れないようなものだ。

 

つまりは()()()が拭えないという事だ。当ドラマでは既に全面的に押し出したい人物が決まっていた為、良くも悪くも目立ち過ぎるアイを扱いきれなかっただけの話でもある。

 

「それで、悪い知らせは?」

 

「……先に謝っとく。ごめん」

 

「マジで何やったんだよ……」

 

「あー、その…な?…アイを出す代わりに俺とダイヤも出ろって、監督が……まぁ、それを承諾してしまった訳で」

 

「お前、実は馬鹿でしょ?知識はあっても知能が決定的に足りない阿呆なんだよな?……すぅ〜、ふぅ〜。よし、落ち着いたぞ。ペットのチンパンジーがやらかしたって考えれば、もう腹も立たなくなるな…」

 

「誰が馬鹿で阿呆なペットのチンパンジーだ。成り行きっつーか、交換条件だったんだから仕方ないだろ。」

 

「バーターか……事務所は苺プロでいいよな」

 

「事務所…?」

 

「チンパンジーちゃん、事務所に入ってない子供を映画の撮影に使えると思う?映画に出ろってことはつまり、事務所に所属して子役にでもなれって話だったんだよ。ヤッター、ゲイノウカイデビューダー」

 

「………監督めぇ…!」

 

憤慨するアクアを視界の横に送り、ダイヤは深々と溜息を零す。

 

演者であれアイドルであれ、芸能界というのはハイリスクでローリターンなのだ。危険な業界であるのにも関わらず、ハイリターンにあやかれるのは極々一部。その成功者でもほんの少しの失言で炎上、十年以上前の発言行動でも炎上、果てには濡れ衣でも炎上してしまう始末。

 

人気が出たとしても、それが永続的になる保証は何処にもない。俗に言う『一発屋』になる者が殆どだ。

 

だからこそ、深く関わるつもりは無かったのだが、外に放ったら地雷を持ち帰ってくるチンパンジー(アクアマリン)を誰が予想出来ようものか。

 

「……僕、今回に限っては最初から最後までアクアのロールプレイで臨むからね」

 

双子(ルビー)よりも双子っぽいことになりそうだな…」

 

辟易とするアクアを見て、遠くでルビーとアイが首を傾げた。

 

――――――――――――――――――

 

「ママあぁぁぁあ!ママぁぁぁあ!ママのどごにがえりだい!なんでママいないの!?」

 

「アイとは撮影日が違うんだっての」

 

撮影当日、ルビーは楽屋で泣き叫んでいた。斉藤ミヤコは席を外しており、当のアイは別の仕事でこの現場内にはいない現状。

アクアとダイヤが外にいる手前、ルビーだけを家に残して仕事場に来る訳にもいかず、然し当然ながらアイに任せる事も出来ない。結果、ミヤコに抱えられ一緒には来たが、アイと離れるのは相当嫌だったらしい。

 

「早く帰ってバブりたいよぉ!ママの胸でおぎゃりたいよぉおお!!私のオギャバブランドを返してー!!」

 

「アクア、見てみてー。窓の外に蝶々がいるよ。でっかいなぁ……そう言えば蛾と蝶って明確な違いがないらしいね。まあ、どっちもキモイから同じかぁ」

 

「ダイヤ…、現実逃避するな。あそこで()()()()()泣き喚いているやべぇ奴は俺達の家族だぞ、一応は。前世の歳は知らんけど」

 

「…アレは目に毒だ。傍から見れば年相応だけど、中身がリプ合戦上等の重度アイドルオタクな女だからな…」

 

見るに堪えないとは言わないが、其れが家族であり一応は従姪で、兄妹の様に育てられてきた相手が対象であれば端的に換言して"ドン引き"だ。

現実逃避で他人事にしたい衝動に駆らても文句は言えまい。結局、妹も想い(シスコン)お兄ちゃん(アクア)は死なば諸共の精神でダイヤを巻き込むのだが。

 

せめて視界だけでも逃そうと、台本に視線を向けた刹那――

 

「ちょっと!ここはプロの現場なんだけど!!」

 

丸めた台本を机に叩き付ける音と同時に、幼くも透き通る怒鳴りが楽屋に響く。

 

案外()()()()()()と関心を向けながら、ダイヤは怒り心頭と表情に書いてある少女に視線を投げる。

年齢はアクア達と同じか、一つ二つ上くらいだろう。特徴的なハキハキとした声質は歳に似合わず、然し彼女が言葉通り誇張抜きで"プロ"である所以だろう。

 

明るく鮮やかな赤茶色の髪に同色の瞳。白いハット帽の丸いツバを後ろに倒し、その少女は刀や警棒のように、丸めた台本を三人に突き付けた。

 

「遊びに来てるなら帰りなさい!!」

 

「……えっと。こんにちは、()()()()。名前を聞いてもいいかな?」

 

「お、おねっ…!…ふんっ、私は有馬かな!今日の共演者よ!!」

 

()()()()どうも。僕はダイヤで、後ろのがアクアだよ。よろしくね」

 

無論、皮肉だ。数分とはいえルビーの耐え難い痴態を我慢してもらっていたのはダイヤとて感謝しているが、あからさまに見下されるのはやはり腹立たしい。

コネクションを持つ為に『お姉さん』と呼び慕ってる感じを醸し出したが、どうやら効果はあったらしい。

 

彼女だけとは言えない。子供というのは、子供扱いを好ましく思わないきらいがある。然し虚しくも単純なものでもあり、呼び方一つでその自尊心を操作する事だって容易い。

彼女ほど単純と言うべきか、一時の感情の起伏に流され易い子供もさして珍しくはないのだ。要は環境と才能での増長だ。

 

「………あっ。私、この子知ってるかも。アレじゃない?えっと…確か……そうっ、『重曹を舐める天才子役』!」

 

「十秒で泣ける天才子役よ!!ドラマでの泣きっぷりが凄いってみんな言ってるの!凄いんだから!!」

 

「…私、この子あんまり好きじゃないのよねー……なんか作り物っぽくて生理的に無理」

 

「なぁ、ダイヤ。たまに子役に対して妙にキビシー奴っているよな…なんでなん?」

 

「技術の未熟さに憤慨しているのか、はたまた子供なのに自分よりも余っ程稼いでいる事への劣等感か。他人を認めれないんだし、誇れるような理由もないんじゃない?」

 

「……コイツ(ルビー)は何も考えてなさそうだけどな」

 

「激しく同意」

 

ルビーの場合は、有馬かなが才能と賞賛を武器に、まるで自分が世界一にでもなっているかのような態度が気に食わないのだろう。ルビーは至高(アイ)を知っているから、有馬かなが酷く薄っぺらく見えてしまうのかもしれない。

 

アクア達の会話に反応する事無く、少女は続けて声を張り上げる。

 

「知っているわよ。あなた達、コネの子でしょ!!」

 

「コネ…コネクション。いい響きだなぁ…」

 

「ダイヤ、うっさい」

 

「アクアが辛辣だ…」

 

(台本)読みの段階では貴方達もアイドルの人も出番がなかったのに……監督のゴリ押しだってママが言ってた!そういうのは、いけないことなんだから!!」

 

「いや、そういう訳じゃ……」

 

「…アクア、言っても無駄だぞ」

 

子供であれ大人であれ、プライド高い人は自分の意見を曲げない。たとえ間違っていたとしても、さも周りがそう仕向けた様に振る舞うのだ。

生前のブラック企業の上司や、その息子がそうだったから。無理強いを日常的に全力投球してくる腐れ上司。我が物顔で社内を走り回る糞餓鬼。思い出すだけで頭を掻き毟りたくなる。

 

事実、有馬かなはアクアの言葉には決して耳を傾けず、自分の意見だけをマシンガンのようにぶちかます。

 

「少し前に監督の撮ったドラマを観たけど、全然出番なかったじゃん!どーせ、カットしなければいけないくらい下っ手くそな演技だったんでしょ!!媚びを売ることだけは上手らしいけどね」

 

それだけを言い残すと、少女は楽屋を出て行った。

 

 

 

 

「……お兄ちゃん…ッ」

 

「分かってる、相手はガキだ……()()()()()()

 

「ガキ相手にマジギレすんなよ。………まあ、僕も恩人を貶されたら少しばかり()()()()けどね」

 

――――――――――――――――――

 

――映画の撮影が始まる。

 

映画のジャンルはホラーサスペンスだ。自分の容姿に自信のない主人公が、何故か山奥の怪しい病院にて整形を受けるという話だ。

タイトルは『それが始まり』であり、整形を人生の再出発と解釈しているのだろう。若しくは、ホラーサスペンスなだけあって、整形することで何かが終わりまた別の何かが始まるのかもしれないが、生憎とダイヤは自分の出番の台本しか読んではいない。

 

セリフさえ頭に入れれば、あとは聡いアクアを真似るだけだ。セリフも五反田泰志が急遽書き足したらしく、ダイヤとアクアは()()()()を同じように読む事となる。

 

アクアとダイヤ、そして有馬かなの役は坂湯村という架空の村の入口で主人公を出迎える、怪しく不気味な子供達だ。

 

 

――カチンコ係が拍子木を鳴らし、監督が演技の開始を指示する。

 

黒い長髪の女性がキャリーバッグを引き摺り、『坂湯村』と刻まれた看板の前に訪れる。整備された道ではあるが、木々が生い茂り車通りもない場所だ。

まさに開放的な閉鎖空間への入口感を醸し出している。

 

「――ようこそ、おきゃくさん。かんげいします……どうぞ、ゆっくりしていってください…」

 

有馬かなは顔上半分にハット帽の影をかけ、不気味な雰囲気とは反する日常を象った笑みで、主人公だけが異様な空気に飲まれているような非日常感、奇妙な空間を演出する。

然し其れをするのが幼子ということもあり、まさにホラーの序章であると印象付けでいるのだ。

 

アクアとダイヤは内心、息を飲んだ。子供でありながら、()()()()()。彼女は子供であるが故の演技を身に付けている。

 

(……さて、アクアならどう動く?どんな思考で…どんな表情で、どんな演技を………いや、アクアなら監督の意志を汲む筈だ。なら、監督がアクアに求めているのは――)

 

高鳴る心臓を一息で鎮め、真似事(ロールプレイ)を開始する。思考は星野アクアに染まり、()()()()は白く光る。

 

合図するまでもなく、アクアとダイヤ(アクア)は同時に口を開いた。

 

「「――この村に民宿は一つしかありません。一度チェックインをしてから村を散策すると良いでしょう」」

 

五反田泰志がアクア達に望んだのは、()()()()()()()()だ。当然だった。幼く、同年代ならばまだ言葉も拙い筈の子供達が達者で流暢に、大人顔負けな言葉を操るのだ。

当然、五反田泰志の目には不気味に映ったのだろう。だからこそ採用した。そも、最初から卓越した演技力など期待されてはいなかったのだろう。

 

してやったり、という意志を込めて五反田を流し見ると、()()()()()()

 

「………あっ。カット、OKだ!」

 

酷く驚いた様子ではあったが、だがしかし及第点には達していたらしい。一発で撮り終わり、ダイヤとアクアは安堵のため息を吐いた。

 

「凄いね…君たち。お姉さんゾクッとしちゃった」

 

共演していた女性は頬に冷や汗を流しながら、二人を賞賛する。

 

「あ、ありがとうございます。でも、ダイヤが合わせてくれたから」

 

「いや、アクアが出来たから(アクア)も出来たんだ。流石だね」

 

ダイヤの才能は飽くまでも"真似"であり、ロールプレイの相手が出来ない事はダイヤにも出来ない。言わば()()()()()なのだ。

共演者から褒められる二人から有馬かなはそっと離れ、満足顔の監督の元にトボトボと歩く。

 

「……監督、撮り直して…」

 

「ん?いや、別に問題なんてなかったが…」

 

「問題大ありよ!!…今のかな、あの子達よりもダメだった…!お願い!次はもっと上手くやるから……っ」

 

同年代よりも劣っている。それを彼女のプライドが許さなかった。大人ぶっていた彼女だが、崩れた自尊心では感情の起伏を抑えられない。涙を流しながら懇願する姿は、彼女を元より知っていた者を驚かせる。

 

然し一人の子役の言葉で進行を滞らせるのは五反田とて本意ではない。結局のところ、スタッフに諭されながら楽屋へと戻って行った。

 

「「………」」

 

「落ち込むなよ、早熟共。お前達は何も悪くない。有馬かなの演技だって本人が卑下する程じゃなかったしな」

 

「監督……アイツは、有馬は…俺よりも余っ程、演技が上手かった」

 

「だろうな。だからお前は()()()()()()んだろ。俺の意図を汲み取って、体現する。つまりはコミュ力ってやつだ。アクア、やっぱりお前は役者に向いてる」

 

「…そうとは思えないけど、褒め言葉として受け取る」

 

「そしてダイヤ。お前…()()()()()()()なんて出来たのか?」

 

「め、メソッド…?なんですか、それ」

 

――メソッド演技法。

 

リー・ストラスバーグ等アメリカの演劇陣がコンスタンチン・スタニスラフスキーの影響を受け、1940年代にニューヨークの演劇で確立され演劇理論。

ロールプレイング相手の内面に注目し、感情や行動を想像で追体験することよって、より自然でリアリステックな表現を行うことが特徴だ。

 

斉藤大弥の場合は読心に長けており、思考や行動理論を自分にインプットすることによって体現しているのだ。

 

「アクアは()()()()()演者になれるし、ダイヤは()()演者になれる。くくっ、将来が楽しみってモンだ」

 

「……いや、演者にならないし」

 

「アクアに同意」

 

こうして、意図せずアクアとダイヤは芸能界に片足を突っ込んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

――そして、二年の歳月が経過する。

 

星野アイが二十歳になり、大きく飛躍する年だ。

 

 





斉藤大弥や星野アイの従兄弟。つまり、アクアとルビーは従甥や従姪にあたります。
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