小さなダイヤは愛の為に 作:あぐらら
――陽東高等学校。
校風等を省いて簡素に説明するなら、中高一貫で日本でも数少ない"芸能科"のある高等学校だ。
星野双子と斉藤大弥も受験する学校であり、本日はその受験日だ。
芸能科はあれども、無論、誰もが芸能科を受験出来る訳でもない。
事務所へ所属している証明書が必要となるのだ。ルビーが芸能科デビューに焦り、地下アイドルのスカウトに応じようとしたのも今受験があるからだ。
星野ルビーは前記の通り芸能科を、星野アクアは一般科を受験した。二人の心情を把握しているダイヤからしたら、妥当だなとしか言い様がない。
ルビーは言わずもがな、アクアも最初は演者を目指していた。だが、
自身にはアイやダイヤに匹敵する鬼才がないと突き付けられたのだ。然し自覚が薄いだけで、彼の安定性のある演技は一つの才能とも言える。
だがそれでも、彼自身のトラウマとも解釈できる
そして斉藤大弥は――
「苺プロダクション所属の斉藤大弥です。本日はよろしくお願いします」
「どうぞ、お掛けくさい」
「はい、失礼します」
ルビーと同様に芸能科を受験していた。ダイヤは芸能界において大きな活躍というのは残していないが、共演者や裏方、監督等の立ち位置に居る人物には多少有名だ。
稀に五反田泰志のツテでドラマや映画に出演しているのだが、その役はダイヤ自身の望みもあり辛うじて画面に映る程度の役ばかりだ。
然し、星野アイに似た容姿と彼女をほぼ完璧に再現したメソッド演技法。画面に映るのは"ただのモブ"とは言い難い存在感を放つ者となる。
だからこそ、アイが初主演のドラマと同じだ。
そも、ダイヤの目的はルビーとアクアのためのコネクションの確保と、アイを傷付けた真犯人を見つける事だ。大々的に名を挙げる必要性は無く、映像に出演しているのもコネクションのためだけだ。
アイのロールプレイで目立っているのも、共演者の興味を誘うため。容姿や分厚い猫被りも相まって、彼に好意的な者は多い。
二十分程度の個人面接を終え、廊下に出る。欠伸をしながら降りた階段の先にはアクアとルビーが待っていた。
「お待たせ、二人とも。どーだった?」
「問題ない。弾かれるとしたら名前のせいだろうな」
「おお、さすが
「多分だいじょーぶ!…………きっと、おそらくは!」
「過剰な自信が少しづつ剥がれてるな……そんなダイヤはどうなんだ?お前、結構馬鹿だし」
残念な事に、同年代規模で見たとして、こと学力に関しては斉藤大弥という人間は限りなく底辺に近い。探究意欲のない馬鹿でしかない。
受験勉強は
然し逆に語るなら、
「誰が馬鹿だよ。……まー、 大丈夫でしょ。芸能科の面接官は知り合いばかりだったし。知り合いならテキトーに相手の思考方向を読み取って、テキトーに好みそうな言葉とかぶつけとけばいい。あと馬鹿じゃないから」
「「いや、馬鹿
「ルビーにだけは言われたくないからね」
「五十歩百歩な団栗共が背比べをしながら目くそ鼻くそを笑ってるし。端的に換言すれば『どっちもどっち』だな」
アクアの物言いに
ルビーもダイヤも、勉学に興味が向かないのには理由がある。ルビーは愚直であり、一度目指すと決めたアイドルを一直線に追いかけているに過ぎない。
そしてダイヤは、そもそも最初から
今回も同じだ。
ダイヤにとって、受験に
面接試験はもっと簡単だ。合否や採用基準は不明だが、ダイヤは
複数人の面接官が同様に好印象を受ける返答というのは意外と少ない。
万人受けする言葉は胡散臭さを孕む。
お手本のような返答は退屈を生む。
ならば、ダイヤの選ぶ返答は全てに渡って減点対象にはならなく、最低でも一人は加点するものだ。常人には不可能であっても、ダイヤだけは取れる手段だ。
無論、そこまで考えて策を練らずとも、中学生が受ける程度の高校受験は容易く受かれる。才能に甘えなくとも、他より精神が熟したダイヤならば十分に合格出来る筈だ。
きっと、誰よりも"斉藤大弥"の才能に依存しているのは彼自身なのだろう。
「取り敢えず、ルビーもアクアも受かりそうだね」
「ふふん♪珍しく勉強を頑張ったからね!」
「…ダイヤは二日漬けだけどな」
「……え?」
互いに軽口を言い合っている最中、彼らのやり取りに反応する者がいた。
赤みがかった茶髪に同色の双眸の少女。中学生と見間違う程度の低身長とは裏腹に身に付けているのは陽東高校の制服だ。
「ちょっ、えっ?…斉藤ダイヤと星野アクア…っ!?」
「「……ん?」」
背後からの騒々しい声に名を呼ばれ、振り返る。アクアにとっては見覚えのない風貌の少女だ。首を傾げるばかりだが、ダイヤは多少ではあるが彼女を知っている。
節目と言うべきか、そもそも始まりだったのか。アクアとダイヤが芸能界に関わるきっかけとなった映画出演の際に共演した少女だ。
「………誰だっけ」
「覚えてないの?秀才の割りに乏しい記憶力だなぁ」
「地味に馬鹿って言ったこと根に持ってんじゃねぇよ」
「んー…どっかで見た事がある気が……」
記憶を絞り出すルビー。三人の中で唯一、まだ芸能界に進出していない彼女だが、その憧憬故か流行や俗に言う有名人には詳しい。
数秒だけ悩み、既視感にも似た感覚で思い出す。記憶に新しいとは言い難いが、思い当たる節程度はあった。
「……あっ、アレだよ!なんだっけ…あー、そうっ!『重曹を舐める天才子役』!!」
「十秒で泣ける天才子役!映画で競演した有馬かなよっ!!」
「あー……久しぶり。ここの芸能科だったんだな」
「ホント、マジで久し振りだねー。遠くから見る機会はあったけど、全然話し掛けたりはしなかったからね」
現状は扨置いて、彼女――有馬かなは天才子役と称されるだけはあり、その知名度も天才の名に引けを取らない。
ダイヤも一つのコネクションとして彼女と繋がっていたが、それも過去の話だ。敢えて省いていた訳でもないが、有馬かなと殆ど関わりがなかったのも事実だ。
久方振りな再会を懐かしんでいると、少女はダイヤに視線を向け、申し訳なさそうに表情を曇らせた。
「……えっと、ごめんね?」
「…?何で僕を見て謝るのさ」
「私……斉藤ダイヤは男の子だと思ってたから。まさか女の子だったとは……さすがに失礼だったなぁと…」
「制服見ろやチビ。男子制服だろうが」
「え、口悪っ!」
「なーんて、ジョーダンだよ。もう、チビ先輩ったら人の容姿に口出しするとすーぐに炎上しちゃうよ?」
「お前のは初見殺し過ぎるだろ…」
「てか誰がチビ先輩だ!!」
ダイヤとて今の容姿は受け入れているが、それでも間違われて嬉しい訳ではない。アイに似た容姿に関しては寧ろ嬉しくも思えるが、女顔は生前からのトラウマが絡む。
褒め言葉は良いとしても、弄りとして取り上げられるのは我慢ならないのだろう。
「……悪名高い斉藤ダイヤは兎も角として、星野アクアはやっと会えたわ…全然見ないし、てっきり辞めちゃったのかと思ってたんだから…っ!」
「えっ、ちょっと待って?僕って悪名高いの?ねぇ、冗談だよね?」
「入るの!?うちの芸能科に入るんでしょ!!」
「チビ先輩?それよりも僕の悪名について…」
「いや、入らないけど……受験したの一般科だし」
「………………は?な、何でよ!?」
「チビ先輩…?かなちゃん?無視しないで、僕の悪名ってやつについて教えてよ…!」
「あぁぁぁ!!ダイヤはうるさい!あんたの悪名なんかどーでもいいの!!」
「僕はどうでも良くないんだけど!?」
悪名と言うには多少大袈裟だが、悪評はある。
そも、彼の芸能活動は敢えてドラマや映画の脇役を選び、セリフすらなく、背景に移る程度の役を演じ続けている。
無論、それだけなら問題はない。つまり、
端的に言えば、"目立ち過ぎる"。星野アイと同じだ。彼女のロールプレイをしているのだから、ダイヤにとっては当然の結果だ。
然しながら、異なる点も存在する。それこそが悪名に繋がっているのだ。異なる点――それは
理由は前記の通りなのだが、周りがどう受け取るのかは想像に難くない。
――実力はあるのに手を抜いている、自分より目立たない相手への嫌がらせだ、主役の重圧に負けたチキンだ、映像編集の仕事を増やしているんだ、etc…
悪意の篭もる噂話だが、根も葉もないとは言えない。それだけ彼の行動は理解に収まらないのだろう。下手に写し過ぎれば主要人物が霞むが、映像を扱う者としては特異点である斉藤大弥を是非とも画面に使いたい。
劇薬みたいなものだ。在り方が、映り方が、容姿が、全ての理想の体現者なのだから、手を出したくもなる。
それでも主要人物は引き受けないのだから、嫉妬も羨望も向けられているのだ。
「…あんた、何で主役をやんないの?声は掛かってるんでしょ。憎たらしい事に引く手は数多なのに……そのせいで"現場荒らし"だなんて言われてるのよ」
「"現場荒らし"か……お前、随分な言われようだな。ドンマイ」
「心の篭ってない励ましドーモ、アクア。別に映像に写るのが僕の目的じゃないんだよね。でも、簡単で効率的なのが
「うわぁ……この人ってば無自覚なろう系主人公的なこと言ってるよ。嫌味ですかー?」
「何でルビーが怒ってんのさ。イミフっす」
アクアには白い目で見られ、ルビーには呆れを孕む視線を寄せられる。そこに
ダイヤは既に諦めたと言いながらも未練がましい彼を仰々しく説教や励ましたりはしないし、近道を探しながらも結局は実力で勝ち上がりたい彼女にコネクションを利用して仕事を回したりもしない。
家族であり兄妹分でもあるが、決して導き手ではないのだ。進む道を無償で助けはするが、道を開拓してあげたりは出来ない。
結局、一番近い他人とは家族に他ならないのだから。
「それよりも…アクア!芸能科じゃないなら何でここにいるのよ!!」
「ウチの妹と兄弟分が芸能科を受けて、馬鹿二人だけだと心配だったから一般科を受けた」
「はぁ!?」
「ウチの兄、シスコンでブラコンなんだよね」
「僕がブラコンのブラザー部分に含まれるのかは知らないけどね。アメリカンな ヘイブラザー! 的な意味ならギリギリ当てはまるかも」
「きっも…!」
「チビ先輩、もっとオブラートに包もうね?」
それが全ての理由と言う訳でもないが、星野アクアが家族に執着しているのは事実でしかない。心配であると同時に監視的な意味も含まれているのは、やはり心配性の表れでもあるのだろう。
「………私この人、昔から好きじゃないのよね」
「アイを馬鹿にされたこと、まだ根に持ってるの?」
「でも受かったら先輩になるんだぞ」
「聞こえてんぞ」
「はぁーー……しっかたないなぁ。仲良くしましょ、ロリ先輩」
「ダイヤ共々イビるぞマジで!!」
「チビ先輩って意外と口悪いよね」
――これが、今後長い付き合いになる『有馬かな』との再会だった。