小さなダイヤは愛の為に   作:あぐらら

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"元"天才子役

 

「じゃあ俺、監督んトコに寄るから」

 

「あ、僕も行く。ルビー、ついでに夕飯も食べてくるから母さんに宜しくね」

 

「はーい」

 

試験終え、もうアクア達が陽東高校の校舎に残る理由もない。有馬かなとの会話もダイヤが思うに、丁度良いと言うべきか、終われる節目も迎えた。

そも、入学したら嫌でも顔を合わせる相手だ。此処で無理をしてでも話すべき相手とも言えない。芸能科とは言えども彼女は多忙の身とも言い難いらしい。俗に言う『一発屋』に似ているな、と失礼を自覚してダイヤは思う。

 

床に置いていた手荷物を取り、足早に場を去ろうとする二人。そんなアクアとダイヤの後を慌てた様子で有馬かなが追う。

 

「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!!」

 

「………アレ、いいの?アクアに用事があるみたいだけど」

 

「別に、構う必要もないだろ。無視しとけばそのうち飽きる」

 

「だーかーらー!聞こえてるんだってば!!」

 

校舎を出ても付いてくる彼女と、それを完全に無視して――否、ダイヤに丸投げして対応を任せているアクア。ダイヤは呆れを含む溜息を盛大に零すばかりだ。彼女との会話を広げるのは容易いが、アクアはそれを好まない。然し嫌悪感や敵意は向けていないのも事実だ。

一重に、"どうでもいい相手"なのだろう。ルビーやダイヤ、アイみたいに粘着質な執着をする相手でもなければ、彼の"復讐"にも関係のない人物だ。

 

友好的な関係を持つ必要性がない。そう感じているのは、きっとアクアの感性がダイヤとは真逆だからなのだろう。

ダイヤはこと芸能界においては、誰とでも接触を図りコネクションを持とうとする。ある意味では見境がない。対してアクアは逆で、自身の目的に必要な相手としか関わりを持たないきらいがある。

 

今状況においては、有馬かなは"目的に必要のない"人物なのだとアクアは見ている。故に、不必要に馴れ合う気もさらさらない。

 

「アンタら、今どの辺に住んでるの?」

 

「ナイショ。Siriさんに聞いてみたら?」

 

「バーチャルアシスタントはソコまで有能じゃないわよ!…じゃあアンタらどこ中よ!!」

 

「チビ先輩はガラが悪いなぁ」

 

「ヤンキー女子かよ……てかマジで、いつまで付いてくるつもりだ」

 

「質問に全部、答えるまで!!」

 

「ごめんね、チビ先輩。いくら僕でもアクアのスリーサイズは分からないよ。もちろん言うまでもなく、Siriさんなら把握してるハズだけど」

 

「聞いてないから。てかSiriさんも多分、知らないから」

 

「なっ!?あ、あのバーチャルアシスタントが…ッ!?くっ、アクアのスリーサイズは世界のトップシークレットか…ッ」

 

「Siriさんを盲信しすぎでしょ…そもそも本人も把握しているのか怪しいし」

 

(……コイツ、巫山戯て煙に巻こうとしてるな……)

 

陽東高校から離れ、五反田泰志の実家の周辺までしても尚、有馬かなは付いてくる。彼女にとって、彼らと再会した事には()()()()()があるのだろう。

 

有馬かなは嘗て、天才子役として扱われていた。今でも"元"天才子役と呼ばれるほどだ。然し悲しい事に、既に彼女の全盛期は過ぎてしまった。

演者である彼女に来る仕事は少なく、世間での評判も『育成失敗』と言われる始末。

 

結局、これが現実なのだ。リスクとリターンが釣り合わない世界(芸能界)で、寧ろ有馬かなは恵まれていた方だった。

彼女が十秒で泣ける天才子役で在れたのは、彼女の才能だけではなく大人達の経済的戦略の結果だ。人として未熟な『子供』が大人顔負けの演技をする様は、端的に言って"売れる(物珍しい)"のだ。

とどのつまり、彼女は有能な客寄せパンダだった。そんな彼女が成長して、健在な演技力を振るっても、ならばもっと大物の演者で事足りると認識されてしまう。

 

もう、昔のように天狗になって我儘に振舞ったりはしない。彼女自身が成長して常識が身に付いたのだとも言えるが、その実は()()()()()()()()()()だ。

 

初めて会った日――映画での共演で、格の違いを感じてしまった。天才()()だった彼女は、子供でありながらアンバランスな不気味さを醸し出した二人に、決定的な敗北感を叩き付けられた。

故に、彼女は成長した。嘗ての振る舞いを黒歴史として、"ただの演者"になったのだ。

 

「アクア、あんたも演技…やってるんでしょ」

 

「…いや、もうやってない」

 

「……えっ…………そ、そうなんだ…」

 

――喪失感にも似た感情があった。

 

勿体ないと思ったのか、はたまた張り合いがないと感じたのか。咄嗟に出てくる言葉もなく、失望を理性で塗り隠すことしか、有馬かなには出来ない。

しかし、彼女の感情は内面を覗けるダイヤでなくとも察するのは容易い。自身と重なる彼女の気持ちに同情しながら、アクアは足を早める。

 

「…………」

 

それを傍から見て、ダイヤが掛ける言葉はない。

 

過干渉はしないと決めているのだ。もし彼に無理にでも演者を続けさせ、それが何になるのか。成功しても、失敗しても、ダイヤにとってアクアはアクアでしかない。

彼にとってのアイと同じだ。

 

ダイヤは星野アイを、一人の人間として好ましく思っている。寒い夜、段ボール箱の中に入れられ公園に捨てられた彼を助けたのはアイドルでも演者でもなく、星野アイだ。

アクアやルビーが彼女へ向ける好意はアイドルである故の部分が大きい。生前の二人に大きな影響を与えたのもまた、アイドルとしての星野アイだった。

 

だが、二人と異なりダイヤは彼女の人間性に惹かれていた。だからこそ、アクアやルビーがアイドルや演者になったとしても、はたまたフリーターやパチカス、引き籠もりの無職になったとしても今と同じ愛を向ける。

故にこそ、態々アクアが演者を目指そうと、それを諦めて裏方に回ろうと、止めたり応援したりはしない。

 

 

会話が途切れるのを他人事のように感じながら、アクアは歩きながら軽く後ろを向く。

 

「用事はそれだけだろ。んじゃ、そういう訳だから…」

 

「あっ、ちょっと待って!あー、えっと…そ、そう!カラオケに行きましょう!」

 

「アクアがカラオケって……ぷっ、シュールで面白い。どーする?」

 

「行かねぇよ」

 

「じゃ、じゃあ…私の家に来る?」

 

「「距離感の詰め方エグない(やばくない)?」」

 

「しょうがないでしょ!私、コレでも芸能人なんだし!!ちょっと喫茶店でお話、なんて出来ないの!!個室のある店だってまだ開いてないだろうし…」

 

元天才子役と呼ばれている現状、知名度は良くも悪くも人並み以上だ。アイドルではない以上、極端なバッシングはないものの、世間に『元天才子役が男遊びをしてる』だなんて誤報が知れ渡った日には、黒歴史の一言で済む話ではなくなる。

 

人生の大半を芸能界においているからこそ、中途半端なアクアやダイヤよりも芸能界の常識や注意事項が頭に入っている。

 

「あー、なるへそ。だってさ、アクア」

 

「………はぁ。仕方ないな、だったら――」

 

 

丁度いい、とアクアは小さく呟いた。

 

―――――――――――――――――――

 

「おぉー、有馬かなか!見ないウチにデカくなったな、オイ!」

 

「ぐふぉ!?……い、一応…活動は続けているんですけどね……そりゃあ、子役時代と比べたらアレですけど…」

 

五反田の言葉に、かなは軽く咳き込む。"見ないウチに"と言う言葉が胸に突き刺さったのだ。五反田の嘘偽りない本音はストレートに『お前まだ芸能界にいたのか』と物語っていた。

 

あの後、二人に連れられて彼女が向かったのは五反田泰志の実家だった。元より二人が向かっていた場所であり、誰にも見られず、そして見られたとしても五反田を理由に仕事面での付き合いだと言い訳出来るのだから、偶然にも最適な場所だ。

五反田の言葉にダメージを受けながらも、しかし、かなは嬉しそうに頬を綻ばせる。

 

「アクア!役者はやってないって言ってたのに、監督の所には出入りしてるじゃん!ホントは演技を教わってるんでしょ!?」

 

「……一通りは仕込まれてる。でも今は裏方志望で監督の助手をやってる感じ」

 

「…ふーん。じゃあ演技に関してはダイヤが教わってるの?」

 

彼女の反応に、ダイヤは小さく微笑みながら軽く首を横に降るのみ。五反田は溜息をつき、呆れた様子で説明する。

 

「馬鹿言え…俺がコイツに仕込むコトなんて何一つねぇよ。コイツ雑食だし、現場で勝手に学んできやがる。我流過ぎて下手に手ぇ出せるかよ」

 

「らしいね。別に僕自身が演技が上手い訳でもないし、なんなら演技が上手い人の演技をすれば済む話だからねー」

 

「……アクア、ダイヤの言ってる意味わかる?」

 

「意味は解るけど感性は理解出来ないな。アレだ、ダイヤは人の真似事が上手いんだよ。だからダイヤを測るメモリは"演技力"じゃなくて"再現力"だって話」

 

「チビ先輩は次に、『そっかー、うん。分からない』って言う!」

 

「そっかー、うん。分からない………はっ!?こ、これが再現力…!」

 

「いや、今のは回避出来ただろ!?」

 

「ノンノン、監督は分かってないなー。様式美だし、事実、チビ先輩がマジで言おうとしてた事だからスラスラと出てくるんだよ」

 

「ドヤ顔うぜぇ…」

 

アクアの語る通り、ダイヤ自身の演技力は一般人程度だ。彼は演技ではなく再現で仕事に臨んでいる。故に、彼の演技は()()()()()()()()()()であり、ダイヤもそれを理解している。

 

無論、間に何を挟んだとしても最終的な結果は"演技が上手い"になるのだから、傍から見れば無問題だ。

 

「……でも、まあ。二人がまだこの業界にいるのは嬉しい…」

 

かなのはにかんだような笑みに居心地の悪さを覚えながら、アクアは無言でパソコンに視線を向ける。きっと、自分は彼女の期待に応えられないと理解しながら。

 

 

 

――数時間後。

 

「おかわりいるかい!?」

 

「あっ、大丈夫です…」

 

リビングに五反田母の声が五月蝿く響いた。

 

夕飯時、三人は五反田家で晩御飯を食べている。アクアとダイヤはもう慣れたモノだが、かなは緊張で居心地の悪さを覚える。

自分だけが異物であるように感じるのだ。五反田泰志は言うまでもなく、アクアとダイヤも自然に溶け込んでいるのだから、それも仕方のない話だ。

 

「おかわりくださーい」

 

「あいよ!たくさん食べて大きくなりなさい!!」

 

「……食べても大きくならないんだけどね。ね、アクア!ハハッ☆」

 

「こっち見んな」

 

食事だけは人一倍食べているつもりなのだが、不思議とダイヤの身長は伸び悩んでいる。未だにルビーよりも二センチも低いし、アクアと並んだら"兄妹"と言われる。

もはや、自虐で笑うしか出来ない。容姿は受け入れているが、身長だけは不満タラタラだ。

 

「……でも、ショックだなー。監督が親元で寄生虫してただなんて」

 

「相変わらず大人に対する敬意のないガキだな…ッ」

 

「仕事場としてアパートの一室を借りるくらいしたらいいのに。監督、少しくらい金銭に余裕あるでしょ。実家暮らしで生活費もそんな掛かってないだろうし」

 

「……別に実家でも仕事は出来る。今のままの方が効率も良いし、そもそもデメリットもないんだよ!」

 

「有馬とかダイヤから馬鹿にされてるだろ」

 

勿論、彼がそれをメリットと捉えるなら話は別だが、五反田は紙一重の常識人側だ。十分にデメリットと捉えれる。

仕事場の確保も一考するが、面倒臭いので諦めた。

 

 

五反田母によって茶碗に勝手に盛られた白米を食べながら、かなは少しだけ笑みを浮かべる。

 

「…いいなー、こんな雰囲気。私、両親が田舎に引っ込んでて一人暮らしだから。ご飯もウーバーばっかりで」

 

「へぇ、チビ先輩って面倒臭がり屋なんだね。作ればいいのに」

 

「じゃあ金もかかるだろ、毎日ウーバーなら」

 

五反田の心配を含む言葉に、かなは自虐を込めた笑みを浮かべた。

 

「だいじょーぶ!貯金だけなら子役時代の稼ぎが引くほどあるから!あはは…」

 

「クソっ、憎たらしいな……」

 

伊達に"元"天才子役ではない。言葉に何の誇張要素もなく、本当に本人すら引くほどの貯金がある。元より無駄に豪勢に振る舞う質でもなく、両親の教育の賜物か、金銭感覚も並外れてはいない。

 

恵まれている自覚は本人にもあった。

 

恵まれているから幸せという訳でもないが。

 

「ねえ、監督。アクアの演技やってる映像とかないの?」

 

「ああ、あるにはあるけど――」

 

「見せんな。……あれは気の迷いだったんだ。もしかしたら自分()()才能があるかも勘違いしてて、痛い目を見た黒歴史なんだ…」

 

「…自虐的だなぁ。だから友達もいないんだよ」

 

「殴るぞ、パーで」

 

「それビンタだよ!?」

 

アクアが卑下するほど、酷い出来でもなかった。だがアイみたいに目立たないし、ルビーのように才能が滲み出たりもしない。ましてやダイヤと同じく複数の仮面を付け替えることなんて不可能だ。

アイの息子で、ルビーの兄で、ダイヤの甥。そんな自分が平凡で目立たない役者に留まることを、アクアは許せなかった。

 

それが、家族である三人の顔に泥を塗ってしまうような気がして、アクアは足掻けなかったのだ。

 

「……らしいぞ。見たいならアクアを口説け。ワンチャンあるかもだぞ」

 

「へぇ、そう来るのね?」

 

「ねぇよ、万に一にも」

 

「そんなチビ先輩にいい事を教えてあげよう。アクアは身内にはめっちゃ甘いよ。だから…恋人にでもなれたら、見せてくれるよ」

 

「は、はぁ!?こ、こここ恋人って…高校生にはまだ早いわよ!!」

 

「まぁ、冗談だけどね。でもでも、別に早くはないよ。女子高生の約三割五分は彼氏持ちだし、三人に一人はリア充なんだよ。陽東高校の芸能科は…まあ、スキャンダルとか色々ありそうだし、恋愛系に疎い子が多いと思うけど」

 

「さ、三人に一人……ち、ちなみに。この中で恋人持ちっている?」

 

「「「……………」」」

 

「……うん、ごめんね。聞いた私が馬鹿だった」

 

少女は申し訳なさそうに声を小さくした。誰一人として表情は変わらないが、内心は察するに難くない。

 

「ぜ、前世ではいたから……」

 

「はいはい、分かったから……あなたがそう信じるなら、きっとそうだったんでしょ」

 

 

ダイヤを軽く受け流すかなの表情には解り易い憐憫が含まれていた。

 






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