転生したら宇宙世紀悪役グラサンの部下だった件 作:紅乃 晴@小説アカ
「カミーユ・ビダン」
コロニー内で軽犯罪を犯した者を一時的に勾留する部屋の中に、その青年はぶすくれた表情で座っていた。机のくぼみに通された手錠が青年の両の手首にかかっていて、そのせいで満足に背筋を伸ばして座れないのだから、彼は背中を丸めて座っていて、目の前に座る俺を見上げる形で睨みつけていた。
とりあえず、この話の主人公となる青年、カミーユ・ビダンのジリジリとするような目を無視して、この部屋に入室する前にMPから渡されたデータパットに目を通していく。
宇宙世紀0070年11月11日に父フランクリン・ビダン、母ヒルダ・ビダンの長男として生まれ、後にサイド7に移住。
両親が共に地球連邦軍の技術士官であり、ハイスクールでは小型飛行機であるホモアビスやジュニア・モビルスーツなどに熱中、また空手部に所属したりするなど多方面で才能を発揮する優秀な学生である……と。
「そこまで調べたんですね」
データパットに記されたカミーユの情報をつらつらと読み上げていると、そんな恨めしそうな声が聞こえる。俺は役目を終えたデータパットを机に放ってこちらを睨むカミーユに視線を向けた。
うわぁー、これはかなりイライラしてるな……。MPにはあんまり暴力すんなよって釘刺してたから酷い目には合わされてないだろうけど、何がそんな彼を苛立たせ……あ、俺の渾身のアームロックだったりする?あれはほら、偶然にも完璧に決まってしまったから許して欲しい。
「いや、基本的にMPが調べたな。俺はその報告書を読んでるだけ」
「所詮、データはデータですよ」
「奇遇だねぇ〜俺もデータばっかりなのは嫌いなのよ。だからMPの代わりに俺が来てるわけなんだけどな」
ティターンズパーフェクト英才教育を受けたMPなんかがカミーユの聴取とかしたらどうなるか分かったもんじゃねぇからな。原作まま、Mk-Ⅱパクられてエゥーゴに行かれたら、それこそ目も当てられんし。
あ、そうなってもカミーユの母がカプセルに放り込まれてカミーユの乗るMk-Ⅱへのエサにするなんて俺が許さないし、そんなこと立案したら、立案者は確実にジャマイカンにグーで殴られた後に大佐の平手打ちの刑になるな。
「……貴方、何なんです?」
「パイロット。ティターンズ所属だけどな」
「……ティターンズですか」
カミーユはそう言って目を怪訝な色に染めた。まぁフランクリン・ビダンやヒルダさんのことを思ったらあんまりいい顔しないだろうなぁ〜。もしかすると30バンチ事件のこととかうっすら聞いていたりするかもだし。
「あ。その様子だと、あんまり良い印象はない感じ?」
「……そう言って僕が「はい」って言ったら反乱分子として拘束するつもりですか?」
賢しい感じでそう言ってるけどさ。ぶっちゃけ君……俺の部下2人と警備隊の現役パイロットたち殴り倒してるから今更というか……。
思わずそういうと、カミーユも理解しているのか、少し目を泳がせてから「……すいません」と謝る。誠意全くこもってなくて笑えるけどな!!
「まぁ褒められたことじゃないし、いくら不満があったとしても暴力に出るのはダメなのはわかってるよね?」
さらに言うと余計に不機嫌な顔になるし。想像の百倍扱いづらいんだけど、このカミーユ。拗らせた10代の若者ってか?盗んだバイクで走り出すってか?人ぶん殴っといてその態度は褒められたもんじゃないんだけどなぁ〜〜。
まぁ、不貞腐れてると言うことは悪いことした自覚があるわけだ。それだけあるからまだマシかな?行くとこまで行ったらそんな自覚すらなくてキレ散らかすチンパンになるし。そうなった場合はチンパンにはチンパンをぶつけんだよ理論になるけど。
「まぁ、悪いことをしたと理解できるなら良いさ。殴られた2人も軍人だ。君にやられたっていう私怨で仕返しするとかあったら、俺……というか、俺の上司から修正ビンタ喰らうことになるだろうからな」
「なんですか、それ」
すげぇよ?大佐の修正ビンタ。
まるでクマの手で張り手される感じで、超生意気なエリート思考の下士官が、上官の俺に生意気な口吐いてたのを横で黙って聞いてたと思ったら、いきなり立って「修正っ!」ってビンタだもの。無重力だったのもあるけど、その場で人が縦に高速回転するの初めてみたわ。
そうはならんやろ。って呟くと、な……なっとるやろがい!とジャマイカンが突っ込んでカクリコンが爆笑してたな。後で感想聞くとまるで頭から上が無くなったと思ったとか……。
「……なぜ、僕のところに来たのですか。MPに任せておけばよかったでしょう?」
ちょっと昔のことをしみじみ思い出しているとカミーユがそんなことを聞いてきた。まぁそうだよな。いくらカミーユが軍人……パイロットとトラブル起こしたからって、上官である俺がわざわざ加害者の聴取に来るなんて理由がないし。となると、私怨か、上官権限で加害者に罰を与えにきたか……そうカミーユは推察したのだろう。
だが残念、ハズレだ。
「ヒルダ・ビダン中尉には世話になった身だからな」
「……母を知ってるのですか」
母の名が俺から出た途端、表情がガラリと変わった。ティターンズのパイロットから母の名が出る意味をいろいろな方向から勘ぐってるのだろう。なので俺は正直に答える。
「優秀なエンジニアっていうことはな。彼女の知識がなければカーボン装甲の開発は実現できて……」
「あんな人!仕事はできてもロクデナシですよ!!」
音を立ててカミーユの両手を拘束する手錠が金属をすり合わせる音を響かせる。怒りのまま立ちあがろうとしたのか、カミーユは中腰になって机に前のめりに身を乗り出す。息を荒げて睨みつける彼に、俺はため息をついて座るように促した。
「カミーユくん」
「母は仕事ばかりで……父が愛人を作っても仕事の邪魔さえしなければ良いと思うような人なんです……子供は、そんな親に好き勝手されてる姿を見せられたら堪らないんですよ!!」
仕事のことで、俺が彼の母を褒めたことがよほど気に入らないのだろう。それも……まぁそうか。その褒めたところのせいでカミーユは1人で放置されていて、本来享受すべき親の愛や加護から最も遠いところに追いやられてしまったのだから。
親としての関係を全力でかなぐり捨てて、ハイスクールに通えている学費を払えているからいいだろう?って自分の親に言われたら、そりゃ俺でもブチギレるわ。金の前に親として果たす責任があるだろうがって。
「カミーユくん。君の抱えるものはたぶん、俺では理解も共感も、わかってやるなんてこともできないだろう」
そういうと、カミーユはギロリと俺に目を向ける。まるで人を殺せそうな目つきだぞ、それ。ビビるわ。けど構わずに俺は言葉を続けた。
「まぁ、聞け。だがな、カミーユくん。その抱えてるものを話せるチャンスは目の前にあるぞ」
聞いてるのか聞いてないのか、よくわからん反応をするカミーユだが……たとえロクデナシでも意思疎通ができるからマシだ。世の中には宗教にどっぷりハマって会話はできるけど意思疎通できない親ってのもいるし、子供と決めつけてその子の意思を全て思うがままに操ろうとする親もいるし、子供をペットか何かだと思っているドグサレもいる。
カミーユの両親は……まぁ父親はアレだが、少なくとも母親はまだちゃんと話せば意思疎通はできるはずだ。
「こんな時代だ。いつ、そのチャンスが無くなるかなんてわからないんだ。そうやって意地を張るのも男の子としては必要かもしれんが……そうだな。話すということも、必要なことかもしれんな」
腹を割って話す。
時代がどれだけ進歩しても、宇宙と地球にいる人でもほんのコンマ数秒の誤差でメッセージのやり取りができても、人の心が読めるという能力に目覚めても……面と向かって本心で話すことが、対人問題でいちばんの特効薬だと俺は思う。相手と意思疎通ができることが大前提だけどな。
シドニーや、一年戦争で家族を亡くした兵士とも出会ったことはあったが……あれは酷いものだった。ジオン憎し、鬼畜ジオンを殺せ。それが原動力になって兵士になった者たちが大半で、そこに理性や統率性など存在しない。そもそものスタートが憎しみを根源としている段階で、軍人や兵士という本質から外れていたのだ。それに、復讐をするために兵士になった者の末路は……哀れなものばかりだ。
「親って、そういうところまで面倒を見るもんじゃないんですか」
ふと、カミーユはこちらに目を向けないまま静かにそう言った。まぁ、うん。基本的に親なんてそんなもんさ。言葉が足りないんだよ。ヒルダさんも、カミーユ自身も。きっと話せば驚くだろうな。自分の息子がこれほど大きくなったと。
「君の身元引受人だが、ヒルダさんが月からこちらに向かっているそうだ」
「……母さんが?」
「連絡を受けて仕事を止めて君を迎えに来るとさ。君が思ってるほど、親の責任を捨ててるわけじゃないかもしれんな」
本来なら、ヒルダ・ビダンもこのグリーン・ノアで研究をしているはずだが、月で新素材の研究をした際にプロジェクトリーダーとして彼女が抜擢され、カーボン材による複合材の開発で缶詰状態だったのだ。え?なぜ知ってるかって?その言い出しっぺが俺で、大佐に研究施設に放り込まれたからです。
「さて、ヒルダさんが来るまでは君は保護観察扱いになるわけだが……」
それまで拘置室に拘束しておくこともできるけど、このダイナマイトの導火線をライターで炙り続けるような精神構造のこじれカミーユを、果たしてこのまま放置していいのだろうか……。
いっそのこと、暴れられないくらい厳重に……あ。
「カミーユくん。ちょっと付き合え」
「……は?」
MPから預かった鍵でカミーユを自由の身にした俺は、そのまま彼を連れ出す。おあつらえ向きの方法があるじゃないか。
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「ジェリドー!昨日よりペースが落ちてるぞー!もっとキリキリ走れー!」
「くそぉおー!!」
場所は変わっていつもの基地内の広いスペース。本来はMSの搬入や、コンテナなどを臨時で置くためのスペースだった。
俺がパイロットへの教導を始めてから、よくここで補講パイロットや、無茶したジェリドや、新人パイロットや、調子に乗ったジェリドなどをよく走らせていると、気を間違った方向に効かせた整備班たちがグラウンドのように外周を回るラインを引いてしまって、すっかり運動用のスペースに変貌してしまったのだ。
外周一周で800M。それをひたすらジェリドはぐるぐると走らされていた。ちょうどその半周前の地点。ティターンズ印の運動着を着たカミーユが息を乱しながら走っていた。
「はぁ……はぁ……な、なんで、僕も、走らされてるんですか……!!」
「そりゃあ一応、君も加害者なんだから罰は必要だろ?喋る元気もあるようだから、あと五周追加な」
「ひ、卑怯ですよ!!」
「卑怯で結構。それで宇宙で生き残れるなら儲けもんだ。わかったらあと十周!あ、ジェリドー。カミーユくんに抜かれたらプラス十周ペナルティな」
「鬼か!!貴様!!」
「だったらキリキリ走れー、生意気なこと言う前に男としての意地を見せろー」
「くっそぉおおお!!」
こないだの接触事故でノーマルスーツ着用の基地外周ランニングが相当効いているのか、ジェリドは雄叫びをあげながらキリキリと足を進めていく。そしてカミーユは、自分のコンプレックスである名前を馬鹿にしたジェリドの後を般若の顔で追いかけている。
抜けばジェリドの周回数がプラス補正されるのだ。自分の名前を侮辱した相手だ。容赦はしない。そんな気迫のようなものがカミーユにはあったのだ。
必死に逃げるジェリド、息を乱しながらも抜こうと走るカミーユ。その様子を見て、ベンチで休憩しているエマが小さく呟いた。
「元気ですよねぇ、中尉もあの子も」
「イライラしてぶん殴るならイライラしなくなるまで疲れさせれば良いじゃんって、発想が子供の相手のソレなんだよな……」
競うように走る2人を見てそういうエマに、同じくノルマを早めに終わらせたカクリコンがそう答えた。
カクリコンは医務室から戻ってすぐにノルマを達成するためにこの運動スペースに来たのだが、ジェリドは本気で昼から待機という言葉を間に受けたのか来てなくて、彼が来たのはカミーユと一緒にジンに引っ張られてきたタイミングだった。
「まぁいいじゃない?2人とも子供ですし」
「エマ、そのことを2人に言うなよ?絶対にだ」
あら、そうかしらと言うエマ。そんな彼女の横でカクリコンはヒィーヒィー言いながら走らされる親友の姿に小さく胸の前で十字を切るのだった。
それからしばらく経って、結局カミーユはジェリドを抜くことなくスタミナ切れ。
現役パイロットで扱かれてきたジェリドも限界だったのか、ベンチに横になってぐったりしているのが見えた。
「お疲れさん」
スタミナを使い果たして地面に四つん這いになるカミーユへ、ミネラルウォーターを渡す。すると受け取るやカミーユはすぐに水を飲み干した。ゼーゼー言っていた息が少しだけ整えられる。
「ハイスクールの空手部でも……ここまで……走りませんよ……まったく」
「そりゃあ目的が違うからな。パイロットは無意識のうちにスタミナを使う」
特に宇宙空間では、右は左、上下とあらゆる三次元方向に力がかかりっぱなしだ。機体はもってもパイロットが先にへばっちまうケースもよくある話だ。
「……それを防ぐために走ってスタミナをつけてるんですか?」
「それもあるけど、今使ってる筋肉が戦いの時に大いに役立ってくれる」
例えば1G環境と無重力では使用する人体の筋肉の割合が大きく変わるし、今までなったことのない箇所から筋肉痛になることも多い。
だから、無意識に普段使わない筋肉にも力を入れて込められるってことは、その分の肉体のパフォーマンスが向上するし、スタミナの減りも遅くなるのだ。
しばらくしてカミーユが立ち上がれるところまでは、順調だった。
「さて、ランニングも終わったし、カミーユくんは引き続き筋トレで、他のメンバーはシミュレーションでも……」
と、今後の予定を話しているとカミーユがどこか遠くを見つめていた。「探している……誰なんだ……」とボソボソと呟いているカミーユ。
ジェリドやカクリコンも、その異様な様子に顔を見合わせた。
そして次の瞬間、カミーユは遠くを見つめたまま、こう呟いた。
「赤いMS?」