ぼっち「my new gearで20万溶かしたらお母さんに怒られた」 作:ぼ喜多スキー
後藤美智代。
後藤家の専業主婦。
いつも朗らかで笑みを絶やさず、娘の奇行を個性と受け止め、可愛い服を買ってきても袖を通さない娘に対しても「もったいないなー」で済ませてしまう彼女だけれど、怒るときは怒る。
無駄遣いはダメなのだ。
自分で稼いだお金なんだから良いじゃないか、とはならない。
20万円“の”エフェクターならともかく、20万円“分の”エフェクターは許容できることではなかった。
ここで叱っておかなければ、将来でとんでもない失敗をするに違いない。あまりにもリアルな未来予想図に涙を禁じ得なかった。
娘の行く末を憂う彼女は心を鬼にし、ちょっとばかり趣味に走ったお灸をすえることにした。
☆ ★ ☆
ひとりちゃん、大丈夫かしら。口の中で、ぼんやりと呟く。
ここ一週間ばかりひとりちゃんと満足に会えていない。昼休みはどこかで隠れているし、放課後のギター練習さえなくなっちゃった。学校が終わると速攻でいなくなるので、スキンシップは朝の通学路で偶然一緒になる時だけ。つまり、ひとりちゃんとくっつくことでしか得られない栄養素が致命的に足りない。これでは健康で文化的な生活水準を維持出来ないので基本的人権の侵害にあたるのではないかと国会に審議申し立てすることも検討しなければならない非常に重大な案件だ。誠に遺憾である。
どうしてこんなことになったのか?
それは先週、ひとりちゃんがmy new gearで20万円を溶かしたことに原因がある。
とんでもない無駄遣いを知った美智代さんは、もう二度と同じ失敗を繰り返させないようにキツいお仕置きをすることに決めたそうで、その内容はこんな感じ。
①資産運用の監視
大金を持たせておくとロクなことにならないので、今後は両親の許可なしでは1万円を超える買い物はさせない。
お小遣いは月3万円。お小遣い帳を毎日記入して提出すること。さぼったり虚偽の報告をした場合、お小遣い抜きの上ギター没収の刑に処される。
リョウ先輩が顔を真っ青にしてた。
②行動制限
my new gearは当然禁止。ネット通販の利用禁止。
ブラウザの履歴から過去にアングラで借金する方法を調べていたことがバレたので、スマホに利用制限がかけられた。
やってる内容がボケ老人の詐欺被害防止みたいだけど、暴走するとなにをしでかすのか分かったもんじゃないので、これは当然の処置だと思う。
③ジャージおよびバンドグッズの没収
いい加減女子高生らしい恰好をしなさい!とのこと。
これは全面的に支持します、お義母さまっ!
my new gearと関係ないじゃない!って泣きわめいて必死に抵抗したらしいけど、まるで取り合ってくれなかったそうな。辛い目にあわないと罰にならないでしょう?って。
ついでに前髪も切られてた。ドロドロに溶けても爆発しても胞子になって飛び散っても切られた髪は返ってこないので、しばらくしたら諦めがついたみたい。代わりに大きな黒縁伊達メガネを付けるようになった。前髪の代わりなんですって。死ぬほどダサいけど、可愛い顔は隠しきれてない。眼福。
ちなみにパーティーグッズの星型サングラスは目の前で破壊されたそうです。慈悲はない。
④労働の義務
STARRY以外のバイトで20万円の損失を補填すること。
一時の快楽のために溶かしてしまった20万円と言う金額が、どれだけの労働の末に得られるものなのかを思い知るように、とのことらしい。
終わるまではバンド活動も禁止されていて、ライブはもちろんスタ練もダメ。STARRYのバイトも辞めさせられた。
私たちにとっては、これが一番影響が大きい。伊知地先輩は自分がmy new gearのことなんか教えたせいで!ってがっつり凹んでる。
いや先輩、ひとりちゃんのことだから、いずれはやらかしてたと思いますよ?
そんなワケで、ひとりちゃんは最近、なにかお仕事に励んでいるらしい。
20万なんてちょちょいのちょいですよ~とか言ってたけど、顔は真っ青な上に福笑い状態で、足は産まれたての小鹿みたいにガクブルしてた。ホント、大丈夫なのかしら。
☆ ★ ☆
ひとりちゃんがSTARRYでのバイトを辞めてから1カ月がたった。
まだ20万は稼げてないみたい。まぁ、そりゃそうよね。例えば時給1000円のバイトをしてたとしても、20万を稼ぐには200時間かかる。毎日7時間のバイトを1カ月間ほぼ休みなしで続けるなんて、私だって出来る気がしない。1カ月で20万なんて、そう簡単にどうにかなるもんじゃないのよ。ましてや私たちは高校生で、学校に行かなくちゃだし、宿題だってあるんだから。
ちなみに私のひとりちゃん不足は、お昼休みにハグすることで解消することにした。なるべく長い時間ハグしていたいので、いまは教室で一緒にご飯を食べている。さっつーやクラスメイトたち、それと私のクラスに引っ張って来られたひとりちゃんは最初びっくりしてたけど、続けているうちに日常の風景になった。習慣付けって大事よね。
私の席に座ったひとりちゃんの膝に乗っかって、ぎゅっと抱きしめる。お腹の奥からなにかが沸き上がって全身を駆け巡る。心臓が震える。燃え尽きるほどに熱い。ひとりちゃんにくっつくことで得られるヒトリウムによって脳が活性化して、知覚が鋭敏になる。むむ、やはり勘違いじゃない。最近、ひとりちゃんの美少女レベルが上がってきてる。スキンケアなんて単語を知ってるかすら怪しいひとりちゃんの肌は最初から滑らかな美白だったんだけど、このところは更に透明感が追加されてきたみたいなのよね。一体なにをどうやったらこうなるのかしら。羨ましい。
文化祭のときにリョウ先輩はひとりちゃんを『ダイヤの原石』と言っていたけど、どうもその原石が磨かれはじめてるみたいなのよ。まぁ、そんなことするのはあの人しかいないんだけど。取り敢えずロインで聞いてみようかな。
喜多『ひとりちゃんの肌、つるつるピカピカですね!』
美智代『知人が経営してるエステサロンに放り込んでやりました』
あ、やっぱり。
素人がどうこう出来るレベルを超えてるものね。プロの手が入ってたんだ。
喜多『でもお高いんでしょう?』
美智代『ひとりちゃんのノルマが増えるだけよ~』
うわぁ。これ、大丈夫なのかしら。
えーっと、エステサロンの相場ってどれくらいなのかな。
ググってみよう……5000~260000?
え、26万!?
大丈夫なのコレ?
20万で終わりのはずなのに増えてるんじゃない?
喜多『えっと、バンドへの復帰はどれくらいになります?』
美智代『ひとりちゃんに聞かないの?』
喜多『プレッシャーかけちゃうかと思って』
美智代『ふ~ん?』
美智代『(ニコニコ笑ってるスタンプ)』
美智代『大丈夫よ。今月末には終わる予定だから』
おぉ、やった!
ひとりちゃん、頑張ってるのね。
2カ月足らずで20万とエステ代か~。どんなバイトしてるのかしら。
喜多『(喜びのスタンプ)』
喜多『ちなみに、どんなバイトなんですか?』
美智代『ここ』
美智代『(雑誌サブスクのURL)』
美智代『あぁ見えて転んでもタダじゃ起きない子だから安心して』
タダじゃ起きない?
それにしても雑誌でバイトってなんだろ。事務仕事?いやそれはないわね。断言するわ。
とりあえずサブスクにアクセスして雑誌のタイトルを確認してみると、ちょうど近くでさっつーが眺めてるティーン向けファッション誌だった。
「ね、それちょっと見せてくれない?」
「あいよ」
ふむ。どれどれ……って、表紙に見慣れた人がいるわね。
「ひとりちゃん、私になにか言うことない?」
「……ふぇっ!?」
もう、ひとりちゃんったら。また自分の世界に行ってたのね。
ハグされるのは慣れてるはずなんだけど、ここ数日はぽやーってしてる。疲れてるのかな。
「そりゃお前が遠慮なく触ってるからだからな?無意識なの?クラスの男子どもが全員教室から出てったのは誰のせいだと思ってんの?」
失礼ね、さっつー。
目の前でひとりちゃんの母性がふわん、たゆん、ぽよんとしているのよ?生命の神秘が私を呼んでいるの。私は荒れ狂う大自然の法則に翻弄されながらも従うしかない哀れな子羊に過ぎないわ。
「小難しく言って煙に撒こうとしてもやってることは同じだからな?」
さっつーは情緖が足りないわね。
なら簡潔に言いましょう。
ひとりちゃんのおっ○いがすぐ目の前にあったら顔を埋めたくなるでしょ!?これは物理法則!アイザック・ニュートンが提唱した万有引力の法則よ!
「そんな物理法則はない」
うるさい黙れ。
こほん。
今はひとりちゃんにお話し聞かないとね。
「この表紙、どう言うことかしら?」
「ぅん、ぁ、私、ですね」
あらま、そんなあっさり。
周りの女子がざわっ!ってなった。
後でフォローしないとダメよね。
「これやっぱ後藤なのか。なんか似てるなーって思って買ったんだけど」
「さっつー、これちょうだい」
「別に良いけどさぁ、もうちょっと擬態しようとか思わんの?」
「取り敢えず学校帰りに予備保存控えの3冊買うのは決定ね。あ、サブスクもダウンロードしよっと」
でも本のサイズじゃ物足りないわね。もっと大きくならないかしら。具体的にはB0サイズ(1,030mm×1,456mm)くらい。
だってねぇ、かっわいいのよ、この表紙のひとりちゃん。
ゆるふわの白いワンピースを着て頭には花冠を乗っけて、お花畑で女の子座りしてるの。アングルはちょっと上から見おろす感じ。ゆるゆるの胸元から覗く谷間がちょっと背徳的。だけどえっちな感じじゃなくて、いやえっちなのは確かなんだけど、汚したらいけない、守ってあげたいって庇護欲を全身全霊全力全開で刺激してくる。極めつけはその表情。もうね、めっちゃ笑顔。なんかすっごい良いことあったんだろうなって伝わってくる。
『天真爛漫、春爛漫。春は出会いの季節。はやくあなたに会いたいな――』
キャッチコピーが殺しに来てるわ!
この熱く燃え滾る情熱はどこにぶつけたら良いのかしら?
あ、これね。この目の前でふるふる震えてるたわわに実った禁断の果実が本能の赴くままにむしゃぶり付いてこいと訴えているわ!
「ひとりちゃんったら、いけない子ね……」
「ぁ、う、あの、その、優しく……して?」
☆ ★ ☆
気が付いたら保健室のベッドの上だった。
鼻血は出てなかったようなので乙女の尊厳はぎりぎり保たれたと固く信じる。
あの時、ひとりちゃんがこぼした誘い受けの奥義とも言える一言で、私は気を失ってしまったらしい。
なんと言うことでしょう。
「起きたか」
「さっつー、ひとりちゃんは?」
「5分くらい前までお前に抱き着いて泣いてたけど、事務所から電話が入ったとかで慌てて出てったよ」
「そう」
事務所、ねぇ。
ひとりちゃんの仕事って、読モだったのね。
確かに顔は良いし、磨けば光るダイヤの原石なのは知ってたけど、ファッション誌の表紙を飾るほどとまでは思ってなかった。
そもそも、ひとりちゃんは可愛い服が趣味じゃない。ダサいとか地味とか思ってるらしい。その現実とは真逆の認識は一体どこで培われたのか小一時間ほど正座させて問い詰めたいところだけど、それはまたの機会にするとして。
そんなひとりちゃんが自発的に読モをやるなんてことは考えにくい。たぶん美智代さんに言いくるめられたんだろうなぁ。
コミュ障なので接客業は出来ないし、不器用なので細かい作業は出来ないし、体力がないので力作業は出来ないし、頭もよろしくないので事務作業も出来ない。となると、ひとりちゃんに残されたお金を稼ぐ手立ては、普段は隠されている美貌を武器にしたモデル業くらいしか残ってない――とでも言われて騙されたに違いない。チョロすぎよ、ひとりちゃん。
まぁ、美智代さんとしては、少しでも社会との関わり合いを持って欲しいってことなんだろうけど。ひとりちゃん、全国で発売してる雑誌の表紙に載ってるって分かってるのかしら?
「ひとりちゃん、一躍有名人ね」
「それな。クラスの連中も目の色変えてたよ」
そう考えてみると、あの伊達眼鏡、ちゃんと役に立ってるのね。近くにいたさっつーでも『似てるな』って印象を持った程度で、他のクラスメイトは気付きもしなかったらしいもの。まぁ、私は一瞬で見破りましたけど?
「あの子、人見知りだから心配だわ。人だかり出来てたりしなかった?」
「今日は大丈夫だな。喜多が倒れてからずっと傍で付き添ってたから、話しかける隙がなかったのかもだけど」
「地味で根暗な同級生が実は雑誌の表紙を飾る読モでした!なんて話題性抜群だもの。トゥイッターとかでバズったりしてない?」
「そこまでリテラシーがない連中じゃないよ。下北でバンドやってるってだけならまだ宣伝になるけどさ、ウチらからしたら読モなんて半分芸能人じゃん?下手に騒いで問題になったらヤベーぞ!って言っといた」
「ありがと。なら大丈夫かしらね」
念のために自分でも確認してみたけど、少なくともひとりちゃんが読モをやってるって呟きは出回ってないようで安心した。
代わりに私には質問メッセージが山のように来てるけど、こっちだって今日知ったばかりなんだから答えようがないのよねぇ。
ここは情報収集といきますか。
喜多『セ〇ンティーンみました!』
美智代『ひとりちゃん可愛いわよね~!流石は私の娘だわ~!』
喜多『はい、可愛いです!さすがは私のヨメ!』
おっと、つい本音が。
喜多『でもどうして読モ?』
喜多『(ハテナマークのスタンプ)』
美智代『喜多ちゃんが思ってる通りよ~』
あ、はい。
完璧に見透かされてるわ。
流石は未来の義母。
喜多『ノルマは今月で終わるって話でしたけど、その後はどうなります?』
美智代『事務所が手放さないわ』
うぁー……。
やっぱり、そうなるわよねぇ。
だってあの表紙、凄く出来が良いんだもの。
まるで春の妖精みたいだった。
美智代『(ニコニコ笑ってるスタンプ)』
美智代『冗談よ~』
美智代『アルバイトの契約は半年だから』
喜多『(安心のスタンプ)』
喜多『おどかさないでください!』
あー、びっくりした。
でも、半年かぁ。
その半年で、ひとりちゃんはどこまで行っちゃうんだろ。
ねぇ、ひとりちゃん。私を置いていかないで。