ぼっち「my new gearで20万溶かしたらお母さんに怒られた」 作:ぼ喜多スキー
今日でGWも終わり。
明日から普通に仕事で忙しくなるので、更新は不定期になります。
ギターヒーロー。
ギタリストを志すものであれば、須くその名を知る……とまで言うのは大袈裟だけど、かなりの知名度を持った動画投稿者。
プロフィールコメントの内容から推測するに、中学1年から弾いてみた系動画を投稿し始めて、現在は高校1年、いや、来月から2年になる。
陽キャを装っていたものの、数ヶ月前に陰キャであることを告白。しかしそれから間も無く恋人が出来たと報告し、それを証明するように恋人とのセッション動画が投稿された。
顔出しこそしていないが、そのスタイルはかなり恵まれたものであることが知られている。自身を陰キャと言いながら恋人(女性)がいることを踏まえれば、容貌も整っていることは容易に想像出来る。
その恋人も、ギターを弾いている。プロフィールコメントを信用するならギター歴1年にも満たないが、既に高校生としてはかなりのレベルに達している。ギターヒーロー自らが指導したそうで、彼女は指導者としての適性も高いことが立証された。
ここまで揃っていれば、ギターヒーローがバンドを組んでいることは、ほぼ確定と言える。
問題は、どのバンドに所属しているのか、だけれど。
特徴的な桜色のロングヘアで、凶悪なスタイルのギタリスト。赤い髪のギタリストが恋人。それら全ての条件を満たす人物がいる。
桜ノ宮芸能事務所所属の読者モデル、火鳥。新人でありながらセブ◯ティーンの表紙を飾ったこともある、新進気鋭の女子高生読者モデル。公開されたプロモーションムービーでも、彼女がギターを弾くことは明らかであり、その演奏がギターヒーローの特徴的なクセを持っていること、また赤い髪の恋人の存在も確認出来る。
間違いない。ギターヒーローは読者モデル火鳥であり、結束バンドのリードギター、後藤ひとりである。
「まぁ、そんなの記事に出来っこないんだけどね」
あーあ、と愛子は長いため息を吐いた。
あれだけのテクニックを持った高校生ギタリストなんて、滅多にいない。いや、プロの中にだって、どれだけいることか。
恐らくは日本でも十指に入るギタリストと言っても過言じゃない。
なのに、メジャーデビューするには邪魔な要素がこびり付いていた。
「読者モデルなんてしてなければなぁ」
容姿が、良すぎる。
顔がいい。スタイルも良い。それを活かしてモデルをしている。同性愛者で美少女の恋人持ち。桜ノ宮芸能事務所取締役会長の姪。ちょっとシャレにならない。属性てんこ盛りだ。
こんな子がギターヒーローだと知られた日には、どんな騒ぎになるか分かったもんじゃない。肝心の、ギタリストとしての才能と実力が発揮される前に、まるで別の売り出し方をされてしまいかねない。
「ほんと、もったいない」
☆ ★ ☆
レコーディングしてCDを作るには、まだ技術が足りない。その課題をクリアすべく、結束バンドのメンバーが各々で練習に勤しんでいる中、ひとりは特に気負うことなく日常の中にいた。
と言っても、その日常は彼女にとって、と言う意味であって、一般とは大きく異なっていた。1日6時間のギター練習と読者モデルとしての鍛錬は、他に真似出来るようなものではない。
彼女とて楽々とこなしている訳ではないが、日常と呼んでも違和感がない程度には馴染んでいた。
そんな彼女が現在なにをしているかと言えば、地味な筋トレだった。同居人がアルバイトで留守にしている間、ひとりは腹筋と深層筋を鍛えるトレーニングに時間を割いていた。
スタイル維持のため――ではない。そもそも彼女は体質的に太りにくい。姿勢の矯正と、スタミナ強化のため。そして出来ることなら、恋人とデュエットしてみたいと言う願望のため。
恋人と一緒にいたい。そのためならばどんな苦難でも乗り越えてみせる。勉強も、仕事も、ギターも、筋トレも、全ては喜多郁代と言う少女へと捧げる。
そして最近は、鍛錬にボイトレも加わった。
恋人が微かにもらした「ひとりちゃんとデュエットしたいな」の一言に応えるために。
ただ残念ながら、ひとりは致命的に、喉が弱かった。長年ぼっちで他人との会話を最小限に抑えていたという、悲しい黒歴史が影響したためだ。
「あー、あー、あー」
ボイトレ用アプリを使って練習していると、10分もしないうちに限界が来る。
少しは改善した方だけど、恋人とデュエット出来るようになるのは、まだまだ先になりそうだ。
けれどそれは、諦める理由にはならない。
だって、もしも歌えるようになったら、恋人は喜んで言ってくれるだろうから。
『ひとりちゃんと一緒に歌えて嬉しいっ!』
ってね。
☆ ★ ☆
3月13日。
まさか、この喜多郁代ともあろう者がホワイトデー前日になってもプレゼントを用意出来ないでいるとはっ!
いや冗談です。
そんな思い上がってたりしませんって。用意出来てないのは本当だけど。
学校で配るお菓子とか、今晩ひとりちゃんと一緒に作るマカロンの材料とかは用意出来てる。
でも、それ以外の、と言うか本命のプレゼントがないっ!
別にね、幾らホワイトデーのお返しはバレンタインの3倍とかは考えてないのよね。
だって、ひとりちゃんだし。そんな発想あるワケないもの。それにバレンタインって言ったら、この左手の薬指に着けてるペアリングよ?これの3倍とか、少なくとも高校生には無理だもん。
だから、せめて心を込めたプレゼントを贈りたいんだけど。
どんなのが相応しいのか皆目検討がつかないのよねぇ……
ちなみに誕生日プレゼントの時は「郁ちゃんが私と一緒にいてくれるのが最高のプレゼントです」って言われて有耶無耶にされた。
ひとりちゃん、まさかこの先ずっとそれで通すつもりじゃないでしょうね?……あり得そうで困るなぁ。
かと言って、なにか思い付くのもないんだけど。
大体ひとりちゃんってば、my new gearで懲りたせいか物欲が薄くなってるのよ。ギター関連のメンテナンスグッズとか、季節ごとの衣類とかは必要だから買うけど、趣味やオシャレみたいな、娯楽系の欲がないの。
それにアクセやコスメなんかはモデルの仕事で使ったのを引き取ってきたりして、全然困った様子がない。むしろ私に似合いそうだから、とか言って持ってくる。泣きたい。
こんな一方通行で貰いっぱなしなんて望んでないの!
「と言うワケで、ひとりちゃん、キリキリ吐きなさい」
「ぼっち、清貧は美徳と言っても限度がある」
「ぼっちちゃん、恋人から何も求められないっていうのは辛いことなんだよ?……たぶん」
「伊地知先輩、そこは言い切ってください」
「いやだって私、恋人いたことないしさ」
「えっと?」
「ぼっち、簡単な話だよ。欲しいものを言えば良いんだ」
「はぁ」
ひとりちゃんはポカンとしてから、腕を組んでむーん?と眉間に皺を寄せながら首をこてんとかしげた。そのまま数十秒ほど唸ったあと、憮然として口を開いた。
「そもそも、郁ちゃんの存在自体が最上級のプレゼントなんですよね」
「またそれ?」
「だって、大好きな郁ちゃんを着飾れるんですよ?ただでさえ可愛い郁ちゃんが更に可愛く、いや、別角度の可愛さを再発見出来るんです。ご褒美じゃないですか」
「な!?」
つまり、私の可愛いところを見たいと?
「あー、なんか分かっちゃったよ。これって昔、私たちがぼっちちゃんに可愛い服を着せたいって思ってたのと一緒なんだね」
「なるほど?」
そう言えば、そんなこともあったっけ。
「つまりぼっちは、喜多を着せ替え人形にして写真を撮りまくりたいってことで良いのかな?」
「あ、はい、それ良いですね」
なんて遠大なブーメラン!
あの夏の日にひとりちゃんに可愛い服を着せて興奮してたのが自分に返ってくるなんて、一体誰が想像出来ただろう?
「分かった。それなら私たちも協力出来る」
「そうだね、リョウのおすすめの古着屋巡りしよっか」
「異議なし。ぼっち、支払いは任せても良いんだね?」
「大丈夫です。いまロインでお母さんから許可取りました。今日のクレカは上限なしです!」
「え、ちょ、まっ――」
「よーし、そうと決まったら出発!」
「おー」
「お、おー!」
☆ ★ ☆
ホワイトデーでプレゼントを贈ろうとしたら逆に大量のプレゼントを贈られた件。
あの後、渋谷で古着屋巡りして大量の衣類を買い漁った。持ちきれない分は一度ロッカーに預けて、後で回収。持ち運び用にカートを買ったり、それを使っても運びきれそうにない分は宅配で当日時間指定配達してもらうという徹底ぶり。
手荷物と言う重量制限を取っ払ったひとりちゃんたちは本当に容赦がなくて、去年、江ノ島に行ったときは振り回していた側の私が、今度は振り回される側になるという陽キャにあるまじき異常事態になった。
着替えるのって、実は体力消耗するのね。知らなかったわ。
まぁ、楽しかったけど。
リョウ先輩や伊地知先輩のコーディネートはともかく、ひとりちゃんのセンスはどうなんだろうと心配したんだけど。あの子、自分のことになると壊滅的なのに、私に対してはいたってマトモなものを選んでくれた。私のこと好きすぎじゃない?
買い物が終わったら、下北のマンションに全員集合。今日のお礼と言うことで、ひとりちゃんの奢りでピザやお寿司をデリバリー。お腹を満たしつつ私のファッションショーだ。
沢山撮った写真をイソスタに投稿しようとしたけど、やめておいた。
だって今日のオシャレはひとりちゃんへのプレゼントだもの。
しばらくの間は、とっておくつもり。
☆ ★ ☆
みんな練習の成果が出てきたと言うことで、レコーディングの練習をしようという話になった。
STARRYのスタジオで、それぞれのパートごとに録音する。1人だけで演奏するとか、ヘッドホンを着けて歌うとかは初体験だったから、なんか変な感じ。歌とギターを別々にってのも、中々ないしね。
予行演習なんだから気負うことないってリョウ先輩は言ってたけど、やっぱり普段と違う空気があって緊張した。
「いやー、練習だって分かってても緊張するね!本番前にやっといて良かったよ」
「なんか独特の空気ありますよね」
「本番前の練習は基本。ライブだって、合わせ練習やリハするでしょ」
ちなみにひとりちゃんはギターヒーローの宅録をしてるからか、あんまり緊張しなかったんだって。
むしろ1人で演奏してると緊張しなくて良いから絶好調だとか。なんかズルい。
録音した音をノーパソに入れてあるアプリでミックスダウンとマスタリングする。
どう言う作業かって説明されたけど、チンプンカンプンだった。そろそろ音楽関係の勉強もしないとダメかしらね。
とにかくこの作業はSEの腕の見せ所で、センスが問われるらしい。リョウ先輩がやってみてるけど、そもそもオリジナル音源を作ったのはリョウ先輩なワケで、どうしてもオリジナルよりの調整に寄ってしまうんだとか。それではわざわざレコーディングしてる意味がないんだって。
「レコーディングスタジオで録ったワケじゃないから、細かいノイズがあったりマイクの場所がワンパターンだったりしてる。まぁ、そこは練習だからと割り切るとしても、音圧の調整とか諸々は経験がないと厳しいね」
伊達にそれを職業にしてるプロがいるワケじゃない。
多才なリョウ先輩もお手上げ状態だ。
そんなところに声をかけてくれたのはPAさんで、専門とは違うけど、と断りを入れた上で調整してくれた。
私たちはSEって言ってたけど、別名はレコーディングエンジニア。PAさんはパブリックアドレスって言って、ライブ中に音響機器を操作してライブ会場に最適な音になるように調整してくれてるらしい。
レコーディングについても触り程度は知ってるからと、今回は手を貸してくれたんだって。店長さんに言われて。なるほどね?
「ありがとうございます!」
みんなで声を合わせてぺこり。
いやぁ、凄いね、レコーディングって!
私たちの音って、調整するとここまで変わるんだ!
専門のエンジニアさんに頼んだら、もっと良くなるんでしょ?
これはもう、やるしかないわよね!
私たちがはしゃいでる裏で、ひとりちゃんはPAさんと店長さんの2人と話していて、お礼にエステの優待券をプレゼントしたんだって。伊地知先輩の分も合わせて3枚。
こういうの、出来るようになっちゃったのね。
☆ ★ ☆
春休みになった。
ひとりちゃんは長期休暇にウキウキしてる。引き篭もり体質は相変わらずね。
でも、春と言えばお花見よ。
なるべく人が少ないところを探して、ひとりちゃんと桜見物へと出掛けた。
人が少ないとは言っても、全然いないスポットなんてのはない。精々は比較的穴場ってだけで、屋台が出てたり親子連れの花見客はそこそこいる。
でも、昼間からお酒を飲んで馬鹿騒ぎしてるような連中はいないから、新宿FOLTまでの道のりで溶けたり爆発したりがなくなったひとりちゃんなら耐えられる。
「綺麗ですね」
「うん」
風にのってひらひらと桜が舞い散る風景は、ひとりちゃんの髪の色と相まって、驚くほど絵になる。まるで桜の精霊みたい。
「桜の君、ねぇ」
前にお母さんが言ってた厨二っぽい言葉が浮かんだ。
なるほど、似合う。悔しいけど。
「どうしました?」
「なんでもない。ちょっと歩きましょ?」
「はい」
確かに、ひとりちゃんには桜が似合う。
でも、彼女の魅力はそれだけで表現出来るものじゃない。
だって、ひとりちゃんは、可愛いだけの女の子じゃないもの。
火鳥しか見たことがないお母さんは知らないだろうけどね。ひとりちゃんは、本当は、凄くカッコいいの。
放課後の階段下で、STARRYのスタジオで、ライブステージで、ギターを弾く彼女はカッコいい。
瑠璃色の瞳に灯した青い焔は眩しいほどに輝いて、掻き鳴らすギターは雷鳴を轟かせる。
桜の君?
とんでもない!
あんな傲慢な目をしておいて、そんな名前があるもんか。
ひとりちゃんの本質はギターだ。
モデルなんかじゃない。
だからやっぱり、彼女を呼ぶに相応しい名前はこれしかない。
ギターヒーロー。