ぼっち「my new gearで20万溶かしたらお母さんに怒られた」   作:ぼ喜多スキー

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(15)喜多ちゃんの誕生日・前編

 路上ライブ。

 ストリートライブとも言う。

 良く見かけるのは駅前とかかな?

 夜の帰宅ラッシュがはけたあとで人通りもまばらになった時間帯に、インディーズバンドがやってるところを見たことがあるって人は、そこそこいると思う。

 東京で路上ライブをする場合はアーティスト登録する必要があって――って、そんなことはいいか。

 取り敢えず、私たち結束バンドは許可申請をクリアして、晴れて路上ライブをするところまで漕ぎ着けたってワケだ。

 最近じゃオンラインライブなんてのもあるけど、やっぱり現場の空気を経験しておきたかったから、路上ライブを決行することにした。

 

「郁ちゃん、緊張してます?」

「……うん、ハコでやるときは、なんだかんだ言ってライブを観る気になってる人しかいないじゃない?でも路上ライブだと、そもそもバンドに興味がない人も相手にすることになるから」

 

 喜多ちゃんの意見はごもっともだ。

 私たちからしたら路上ライブは経験の場で、売り込みの場だけど、他の人たちからすれば邪魔だって思われても仕方ない。

 近くに住んでる人からすればもっと深刻で、騒音被害だって言い出す人もいるらしい。

 あとメンタルにもキツい。

 こっちは一生懸命やってるのに、バンドに興味がない人は素通りする。

 人はいるのに観客はいない。

 ある意味では、あの台風ライブよりも厄介なトラウマになる可能性だってある。

 

「郁ちゃん」

 

 フロントマンの喜多ちゃんは、そんなプレッシャーをモロに受ける。ここはひとつ、リーダーとしてアドバイスでも、と思ったときには遅かった。

 

「はむっ」

「ん……」

 

 まったく、このバカップルときたら。元気付けるにはまずキスからなの?

 もうちょっとさ、会話で解決しようと思わないのかねキミたち。

 

「夕べも話しましたけど、あの台風ライブの時にチケットを売ったのって、廣井お姉さんと一緒にやった路上ライブだったんです。私だってやれたんですから、郁ちゃんだって出来ますよ」

「……ん」

 

 何度も何度も、啄むようなキスを繰り返す。見てるこっちは恥ずかしいけど、それはまるで勇気を注ぎ込んでるみたいだった。

 

「ギターも、歌も、大丈夫。毎日欠かさず練習してる郁ちゃんなら、きっと上手くやれます」

「それでも、ダメだったら?」

「次、また頑張れば良いじゃないですか」

「ふふ、なにそれ」

 

 あーあ、なんだかなー。

 喜多ちゃん、すっかり緊張解けてんじゃん。

 ついでに私も力が抜けちゃったよ。

 そうだ、路上ライブは今回限りじゃない。

 今日がダメでも次、次がダメでもまたその次に頑張れば良い。

 上手くいくまで、何度だってチャレンジすれば良いんだ。

 

「そーだよ、喜多ちゃん!どうせなら楽しんじゃおう!」

「はいっ!」

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 初めての路上ライブは、取り敢えず及第点には届いてたと思う。ボイトレの成果もあって、雑踏の中でも声は響いてたのが、お客さんの反応から見て取れたし。

 最初は緊張で震えちゃってたけど、そこを助けてくれたのは、やっぱりひとりちゃんだ。ハコとは違ってアンプの出力は抑えてたはずなのに、そんなの関係ないとばかりに轟いた雷鳴は、道行く人たちの興味を引くのに十分だった。

 一度目を引いてしまえばこちらのもの。ひとりちゃんの超絶技巧に度肝を抜かれた隙に、リョウ先輩と伊地知先輩のリズム隊がするりと入りこむ。

 私も精一杯歌って、ギターを掻き鳴らす。

 私たちの手持ちは、たった4曲。時間にして25分にも満たないライブは、あっという間に終わった。

 残念なのは、酔っ払った廣井さんのせいで物販に持ち込んだシングルCDやブロマイドを売る余裕がなかったこと。

 あの酔いどれめ……!

 

 ファミレスでご飯した後、解散して帰宅。緊張から解放された身体が早く寝ろと訴えて来ていた。正直言って何もかも放り出してベッドにダイブしたい。

 

「郁ちゃん、お風呂沸くまで寝てていいですよ」

 

 耳元に届く甘い声が、じんわりと頭の中に染み渡っていく。どうやったって抵抗出来るはずもない。眠っていいなら寝ちゃおう。

 

「んっ」

 

 霞んだ視界の先には桜色のあなた。

 癒しと温もりが欲しくて両手を広げれば、当たり前みたいに抱き締めてくれる。

 うん、これこれ。これがないと寝た気にならないのよね。

 

「よしよし」

 

 ふわり、と浮遊感。

 二人掛けのソファにあなたを下敷きにして寝転べば、意識はあっという間に溶けていく。

 いい匂い。甘酸っぱい汗の匂い。首筋に舌を這わせる。ちょっと、しょっぱいね。癖になる味。いやもうなってるか。

 身体から強張りが抜けていくと、あちこちがじわじわと痺れていく。まるで重力に引っ張られるみたいに、何かが抜け落ちていく感覚。それはまるで、ひとりちゃんが私から疲労を吸い取ってるみたい。

 気持ちいい。眠い。全身でひとりちゃんを感じながら眠れるって、なんて贅沢なんだろ。

 きっと私の前世はギターで、ひとりちゃんに抱き抱えられて生涯を共にしてたんだ。ひとりちゃんに掻き鳴らされて、求められるままに歌ったんだ。

 私はそれが嬉しくて、でもそれだけじゃ物足りなくなって、今度は人間に生まれ変わったの。あなたと一緒に生きる道を選んだの。私からも抱きしめられるように。あなたと一緒に歌えるように。

 たった一本のギターで戦争だって止めちゃったあなたなら、きっと生まれ変わってもギターを弾く。だから私もギターを弾くよ。弾くだけじゃないよ。この身体なら歌だって歌えちゃうよ。

 うーん、眠い。限界。おやすみなさい。

 ねぇ、ひとりちゃん。

 起きたらまた、あなたと一緒にギターを弾きたいな。

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 なんか相当イタい夢を見てた気がする。

 まぁ、夢なんてそんなもんよね。

 お風呂に入ってイチャイチャしながら汗を流して、スキンケアとアウトバストリートメントも済ませたら、早速ギターだ。

 別に練習じゃなくて、ひとりちゃんと私のコミュニケーションと言うか、息抜きと言うか。

 最初はなんで息抜きでギターなのよ!って怒ったけど、ひとりちゃんに付き合って弾いてるうちに、なるほどこういうことかと分かってきた。難しいフレーズを練習するとかじゃなくて、例えて言えば鼻歌を口ずさむみたいな感覚なのよね。

 2人でゆっくりめにテンポを落とした結束バンドの曲を弾いたりしてると、たまにひとりちゃんも歌ってくれたりする。凄く小さな声だから、多分本人も無意識だと思う。なので敢えて言ったりしない。これはちょっとしたご褒美みたいなもので、日々の潤いなのよ。

 

 その後は勉強したり、ボイトレしたり。

 最近はひとりちゃんもボイトレに付き合ってくれるようになって、なんならリビングでカラオケしたりもする。

 そんな時はモニタ越しにふたりちゃんが幼児向け番組の曲をリクエストしてきて、ひとりちゃんが一回聴いただけで耳コピしたり、私もスマホで歌詞を見ながら歌ったりした。

 ふたりちゃんもあっち側でマイクを持って歌ってて、将来はボーカルかアイドルかと囃し立てられたり。

 こんな妹がいたらな、なんて。将来的に義妹になるんだけどね?

 そう言えば、最近のふたりちゃんは、なんと勉強を頑張ってるのよね。私たちがリビングで勉強してると、自分もやりたいって言い出して、なんと小学生向けの学習ドリルをやり始めたの。ひとりちゃんの真似したかったのかな。可愛いっ!

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 4月14日。

 なんだろう。すごくモヤモヤする。

 その正体はなにかと言えば、リビングに置かれてる箱。私が置いた覚えがない以上、それはひとりちゃんの私物ってことなんだけど。

 

「うーん」

 

 こう、あからさまに『これはプレゼントだよ!』と力説してるようなラッピングなのよね。ピンクの包装紙を赤いリボンで飾ってあるの。

 ちょうど1週間後は私の誕生日なワケで、たぶん私へのプレゼントなんだろうなって分かる。

 分かるけど。

 

「まさか、ひとりちゃんがこんな搦め手を使うとはね」

 

 ひとりちゃんと迎えた、初めてのイベントの数々を思い出す。

 クリスマスはお揃いのサンタコス。

 バレンタインはペアリング。

 ホワイトデーは沢山の可愛い衣類の山。

 私、もらってばっかりだ!

 いや私からだって色々とプレゼントはしてるんだけど、なんと言うか、金額の差が激しい。プレゼントは金額じゃなくて気持ちだって言うのは分かるし、高校生の身で用意出来るものなんて高が知れてる。普通は。

 ぶっちゃけた話、ひとりちゃんは私へのプレゼントとなると財布の紐がフルオープンしちゃうから、ちょっと心配なのよ。

 だから先月、ホワイトデーの後に言ったのね?

 お金がかかるプレゼントは自制しましょう?って。

 ひとりちゃんも薄々自覚してたのか、頷いてくれたんだけど。

 

「なにも言わずにポンと置くだけとは」

 

 むむむ。気になる。

 多分これ、お高いヤツだ。

 ひとりちゃんが私との約束を破って、私に贈るために買ったプレゼント。安物であるワケがない。

 

「うーん」

 

 思わず唸ってしまう。

 ひとりちゃんのセンスは、まぁ、改善傾向にあると言っていい。ちゃんと教育したので。少なくとも、中学生男子しか喜ばないような厨二病全開のものではないはず。

 

「まぁ、いっか」

 

 物陰から覗いてるひとりちゃんには悪いけど、ここは放置することにした。

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 4月21日。私の誕生日当日。

 学校では友人たちから、STARRYではバンドメンバーと店長さん、PAさんからプレゼントやお祝いの言葉をもらった。

 なんだかんだあるけど、やっぱり誕生日を祝ってもらえるのは嬉しい。

 次はこちらからもお祝いしたいから、それぞれの誕生日や好みをリサーチしとかないとね。こういうのを考えたり準備するのって楽しい。みんな幸せになぁーれ!って思うと心までポカポカになる。

 

 さて、今晩は下北のマンションじゃなくて、金沢八景の後藤家へ。ありがたいことに、家族みんなでお祝いしてくれるんだって。

 ちなみにうちの魔窟は通常運転。プレゼントを贈れないからって名目で、口座にお金が振り込まれた。

 いいんですけどね?別にね?

 なんかこう、うちの親ってのは、ドライすぎじゃないかって思うのよ。イベントごとにはしゃぎ回る後藤家と比べるのはなんだけど、一人娘の誕生日くらい、なにか動きがあっても良いんじゃないの?

 

「あーあ」

「どうしました?」

「ん、なんでもない」

 

 時刻は午後8時。

 金沢八景駅を出て、ひとりちゃんと一緒に家路につく。所々街灯が照らしてるけど、時間が時間なだけに女の子が歩くにはちょっと怖い。何度も歩いた道だけど、この暗さだけは慣れないな。ひとりちゃんと一緒だから、まだ我慢出来るけど。

 

「郁ちゃん」

「ん?」

「お誕生日、おめでとうございます」

「ん」

「郁ちゃん」

「ん?」

「生まれてきてくれて、ありがとう」

「もう、そんな何回も言わなくても」

「何度言っても足りません。それくらい、感謝してるんです」

「ふふ、ありがと」

 

 こんなふうに、ずっと穏やかでいたいな。

 売れ線のラブストーリーみたいな、悲劇とか、試練とか、そんなのいらない。

 ひとりちゃんと一緒にバンドして、出来ればメジャーデビューなんかもしたりして、お互いおばあちゃんになっても2人で一緒にいるの。

 若い頃は色々あったね、今からしたら全部笑い話だけど、なんて思い出話したりして。

 ふふ、なに考えてるのかしら。まだ私たち、高校生なのにね。

 

「そう言えば、あの箱ってなんだったの?」

 

 ふと思い出したふうに聞いてみる。

 あのリビングに放置されてたプレゼントはなんだったの?

 直接渡されてないから、今まで黙ってたけど。

 

「あぁ、あれはふたり――」

「ひとりちゃん?」

「は、はい!?」

「正直に言います」

「な、なんでしょうか」

「あれが私へのプレゼントじゃなかったら」

「なかったら?」

「泣くわっ!」

「えぇっ!?」

 

 だって期待してたのよ!

 学校は無理でも、STARRYで渡してくれるんじゃないかって!

 なのに今まで全然音沙汰なしで!

 しかも、言いかけだけど、ふたりちゃんが出てくるってどういうことよ!

 

「ふぇ……」

「わ、ちょ、待って待って!」

 

 待てない!

 もう涙腺が決壊寸前ですっ!

 

「もぅ!郁ちゃんへのプレゼントに決まってるじゃないですか!」

「……ほんと?」

「本当です」

「ほんとのほん――」

「はい、プレゼントです。ふたりと一緒に考えたんですよ」

「……そういうこと」

 

 押し付けるみたいに渡されたプレゼント。

 あの日に見たのと同じラッピング。

 カバンの中には丁寧に入れてたみたいで、どこか破れてたり潰れたりもしてない。

 

「ありがと」

「いえ、ふたりと一緒に渡す約束だったんですけどね」

「むー、だったらリビングなんかに置かないでよ」

「置いてたんじゃなくて、置き忘れてたんですよ」

「それ一緒だから」

「はい、面目次第もございません」

 

 そっか。なんで物陰から見てたのかと思ったら、そう言うことだったのね。

 

「ふたりちゃんとの約束なら仕方ないわね」

「それで納得してもらえると助かります。あー、ふたり、拗ねちゃうかなぁ」

「そこは私も一緒に謝るから」

「お願いします」

 

 ふたりちゃんと考えたプレゼントかー。

 何が入ってるんだろ?

 楽しみ!

 

 

☆ ★ ☆

 

 

「ただいまー」

「おかえりなさい、郁代」

「失礼しました」

 

 あっれー?

 今、絶対いたらダメな人がいたような気がするんだけど?

 

「なにしてるの、郁代。早く入ってきなさい」

「……」

 

 見間違いじゃなかった。

 あぁ、心の平穏が、魂の故郷が穢されてしまった……

 

「ひとりちゃん!」

「はい?」

「逃げましょう!」

「逃げないで〜っ!」

 

 え?

 美智代さん?

 

「もう、郁ちゃん先輩は相変わらずデリカシーがないんだから」

「悪かったわね」

 

 ん?

 

「郁代、騙したようで悪かったな。取り敢えず入りなさい」

「え、お父さんまで?」

 

 どうなってるの?

 頭の中、真っ白なんですけど?

 

「郁ちゃん、入りましょう?」

「あ、うん」

 

 えっと?

 私、郁ちゃん。

 お母さん、郁ちゃん先輩。

 

「なにそれ!?」

 

 

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