ぼっち「my new gearで20万溶かしたらお母さんに怒られた」 作:ぼ喜多スキー
活動報告で8割って書いたけど、なんか書けたので更新です。
イマジナリーフレンド。
心理学用語で言えば、空想上の友達ってことらしい。ぼっちの私にはお似合いだね。
成長していくうちにいなくなるのがほとんどなんだけど、私の場合はまだまだ現役でバリバリだ。お仕事も手伝ってくれる、とても頼りになる方なので。
『ひとり、役が降りてくるよ』
大丈夫。いける。
そっと目を閉じると、私の中に女子高生が降りてくる。
いや私も女子高生だけど。
郁ちゃんと虹夏ちゃんとふたりをシェイクして、未来への不安なんか勢いと度胸と怖いもの知らずの明るさで吹っ飛ばす陽キャさんが誕生する。
ぱっと目を開く。
今だけは陰キャの後藤ひとりじゃない、写真を撮るためだけに生まれた陽キャさんだ。
まだ5月なのに今日は夏日――じゃない、秋口だ。まだ街路樹の葉っぱは元気だけど、もう少し経てば色鮮やかな紅葉を見せてくれるだろう。
小道具として渡されたイチョウの葉っぱを手の中で弄びながら、秋のイベントに想いを馳せる。
体育祭や文化祭、紅葉狩りデートも良いし、ハロウィンもあるね。コスプレしてライブしたら盛り上がるかな?色モノみたいでリョウさんは嫌がるかも?でもリョウさんってドラキュラが似合いそう。綺麗だし。虹夏ちゃんはケモ耳のカチューシャとか良さげ。絶対可愛い。郁ちゃんは――
「はい、おっけーよー」
「あ、はいっ」
いつの間にか撮影が終わってた。それと同時に私の中から陽キャさんがいなくなって、急激な変化に身体が悲鳴を上げる。
……陽キャな精神に拒絶反応起こす私の身体ってなんなんだろ。冷や汗がダラダラ出てくるし胃がでんぐり返しして気持ち悪いし、目の前はチカチカして今にも倒れそう。
読モを始めた去年よりはずっとマシになってきたけど、それでも役から解放された時の反動は強烈で、まるで命でも削ってるんじゃないかってくらいキツい。
他のモデルさんは軽々こなしてるのに。私って情けないなぁ。
「ひとりちゃん、大丈夫?」
「あ、はぃ、なんとか」
郁ちゃんが渡してくれたスポドリを一口飲んで、胃液を元の場所に押し込む。横隔膜さん、お願いだから痙攣しないで、落ち着いて。
あ、ダメ――
☆ ★ ☆
エチケット袋が間に合ってホント良かった。
自己嫌悪で泣きたくなる。
なんでこんなにダメなんだ。
もっと、ちゃんとしたいのに。
郁ちゃんにカッコいいとこ見せたいのに。
「あー……」
胃液で焼かれた喉が痛い。
化粧室に駆け込んで、常備しているうがい薬で口をゆすぐ。少しはマシになるけど、慣れたいものじゃない。
「ひとりちゃん」
「あ、ごめんなさい、心配かけちゃいましたよね。大丈夫です、いつものことなので」
「うん……それもあるけど」
あれ、なんか郁ちゃん、暗い?
「ずっと不思議だったの。ひとりちゃんって、写真を撮る時だけ雰囲気がガラッと変わるから」
「えと、表情作る時は役になり切らないと、上手くいかなくて」
「自己催眠、かけてたのね」
まぁ、そうなりますね。
私の中では、一時的にイマジナリーフレンドに身体を預けてる感覚なんだけど。
でもこれは特別なことじゃない。モデルでやってる人は少ないかもだけど、舞台俳優なんかは普通にこなしてることだって聞いてる。自分以外の何者かを本気で演じるなら、その瞬間は自分じゃなくなるんだから。
私には演技の技術なんてないんだから、精一杯成り切るならこの方法が一番効果が高いんだよね。
副作用があるのは、私が陰キャ過ぎるからだし。
お母さんが言うには、副作用じゃなくて、余りにも本来の自分と掛け離れた人物を演じるせいで脳に負荷が掛かってるかららしい。だから演じることに慣れていけば負荷は下がっていくんだって。
確かに前より楽になってる気がするから、副作用って言い方は間違ってるのかもね。
「自己催眠と言うほどじゃないですよ。別人を演じるのに疲れてるだけです」
「演技でこうなるっていうの?」
「そこはほら、あれです。陽キャを演じてた自分自身に青春コンプレックスが発動しちゃいまして」
「……なるほど?」
自分で言っててなんだけど、脳の負荷がどうこうよりこっちの方が納得しちゃうな。
☆ ★ ☆
GWと言えば行楽!
日本全国津々浦々、国民のほとんどが観光やレジャーに繰り出す黄金の1週間!
私も例に漏れずひとりちゃんと一緒に――と、行きたいところだけど、そうも言ってられなかった。
モデルの仕事にSTARRYのバイト、路上ライブもあればSTARRYやFOLTでのライブ予定も入ってる。遊び歩くなんて以ての外。
……泣きたい!
1日、いえ、半日でも良いの。ひとりちゃんとデートしたい!
同棲してるんだから毎日お家デートみたいなもんだろうって?
そんなワケないでしょ!?
それなら世間一般の夫婦はデートしなくていいことになっちゃうじゃない!
デート!
デート!!
ひとりちゃんとデート!!!
思いの丈をギターにぶつける。
吼えろレスポールJr.!
私の祈りをひとりちゃんに届けて!
「郁ちゃん、気合い入ってますね?」
「……そう見えるかしら」
「えっと、昨日、撮影のお仕事あったじゃないですか?」
「なに、突然?」
「実はあれ、予定を前倒ししてもらっててですね?明後日はオフに出来たんです」
えっと?
それは?
つまり?
「明後日、良かったら、どこかお出掛けしま――」
「ひとりちゃん大好き〜っ!!」
☆ ★ ☆
明後日の早朝ジョギングはお休み。
その代わりに登山よ!
たまには都会の雑踏を離れて自然を満喫するのも良いじゃない?
まだ日差しがキツい季節でもないし、日焼け止めと虫除け塗ってればギリギリいけると思うのよね。
「と言うワケで、高尾山に登ります」
「え、登山ですか?」
そこ、嫌そうな顔しない!
ちゃんとひとりちゃんの体力とか移動時間とか人の混み具合とか考えてあります。
「高尾山は下北沢駅から電車で1時間ちょっとで行けるところにあるの。登るのにかかる時間も2時間弱だし、登りやすいコースはほとんど舗装されてると言う、なんちゃって登山を楽しむにはもってこいなのよ」
「舗装、されてるんですか?山なのに?」
「全部じゃないけどね?1号路ってコースは8割くらい舗装されてて、ベビーカーを押して登る親子連れがいるくらいお手軽なの。どう?安心した?」
「あ、はい。流石にそれくらいなら行けそうです」
ひとりちゃんも私に付き合って早朝ジョギングしてるから、大分体力が付いてきたしね。2時間は無理でも、3時間あれば登れるんじゃないかしら。
「ただこの山って、世界で一番登山客が多くて、ギネスに載ってたりミシュランで三ツ星付いてたりするのよね。年間300万人なんですって」
「え」
「大丈夫!早朝から行けばそんなに混んでないわよ。下北沢駅を5時半に出れば、あっちに着くのは6時半よ?いくらなんでも、観光客がそんな時間から登山してると思う?」
「あ、確かに。朝はゆっくりしたいですもんね」
「そう言うこと。私たちはその隙を突いて静かな自然を満喫しちゃおうってプランよ!」
「す、凄いです郁ちゃん!竹中半兵衛みたい!」
「えへっ♪」
ちなみに高尾山にはケーブルカーもあるから、帰りはこれを使う予定。疲れちゃってるだろうからね。
下山後は駅に併設されてるスーパー銭湯で汗を流してご飯を食べて、のんびり休憩してから帰宅する。
か、完璧だわっ!
なんて完璧な計画なのかしら!
☆ ★ ☆
誰よフラグとか言ったの。
どうして降水確率30%で雨が降るのよ!
おかしいでしょ!?
ねぇ、泣いていい?
泣いていいよね?
「ふぇ〜っ!!」
「よしよし」
せっかくのデートが台無しじゃない!
なんで寄りにもよって今日が雨なのよ!
明日でも良いじゃない!
「あーもーダメ。なにもする気にならない〜」
「……郁ちゃん、登山はダメで残念ですけど、ここは切り替えいきましょう。私だって頑張って予定を空けたお休みが一日中ダラダラするだけで終わるなんて嫌です!」
「ひとりちゃん……」
インドア・クイーンのひとりちゃんがこんなことを言ってくれるなんて!
嬉しい。嬉しいよぉ……
今のひとりちゃんなら、きっと登山だって楽しんでくれたはず。
高尾山はお手軽に登山を楽しめる山だけど、それ以外にもパワースポットとしても有名なの。
恋愛成就と縁結び、それに夫婦円満にもご利益がある愛染堂には是非とも行きたかった!
なのに。
なのにぃっ!!
「……はふぅ」
楽しみにしてた分、落ち込みが酷い。
これはもうひとりちゃんに引っ付いてヒトリウムを過剰摂取するオーバードーズで――って、あれ?
「ひとりちゃん?」
ぼんやりしてたからか、ひとりちゃんがギターを持ち出してたことに気付かなかった。
あぁ、ギターか。
そうね、取り敢えずギターを弾いて落ち着こう。
「郁ちゃん」
「ん?」
「私、前よりはマシになりましたけど、やっぱり口でなにか言うよりギターの方が良いみたいです」
「ん?」
えっと?
なに?
落ち込んでる間にひとりちゃんが暴走しちゃってるの?
「聞いてください。郁ちゃんに贈る――」
「ちょっと待って」
「はひっ」
あら、割と低い声が出ちゃった。
ごめんね、ひとりちゃん。
でも今のコンディションでひとりちゃんの即興曲なんて聴いたら、しばらく動けなくなりそうなの。
「なにを、弾くの?オリジナル?」
「えと、オリジナルではないですよ?」
「……なら、お願い」
「ならって……まぁ、いいです」
ひとりちゃんオリジナルじゃないなら一安心ね。
そう言えばひとりちゃんは売れ線はほとんど押さえてるくらい曲のレパートリーが豊富なのよね。
今の私にぴったりな応援ソングとか?
……いや、それはないか。青春コンプレックスはまだ健在らしいし。
「本当はアコギの方が向いてる曲なんですけどね」
一言断ってから、ひとりちゃんは弾き始めて――歌った。
「え」
『星がきらめく夜は
いつもあなた思い出してる
いつか話してくれた
おとぎばなし浮かんで消えた』
ゆったりとした歌い出し。
スローテンポの曲で、歌詞の内容から静かな夜を思わせる。
『声が聞こえるよ
そばにいなくても心が響きあって』
懐かしい過去。
今はそばにいない誰か。
けれど、とても大切な誰かを想う歌。
『2つの想いが溶けあったら
奇跡さえ呼びおこせるの
遥かな道歩いてゆけるね
支えあえる あなたは たからもの』
――これ、ラブソングだ!
イメージが湧く。
懐かしい思い出に浸りながら、愛しい恋人の帰りを待つ夜の情景。
確かな信頼と希望が根底にある、深い愛情が伝わってくる。
支えあえると言うフレーズがピンポイントで私の胸に直撃した。
『ふいにシナモン香る
あなたの笑顔と揺れあって
こんな優しくなれる
自分につい涙が出ちゃう』
あぁ、この2人はずっと離れているワケじゃないんだと分かる。
離れている時間は長いけど、それだけに一緒にいられる時間が愛おしい。
『くじけそうな日は瞳閉じて
あの約束思い出して』
それでも、落ち込んでしまうことはある。
そんな時に心を支えてくれるのは、いつか交わした約束。
『2つの願いが結ばれたら
淋しささえ勇気になる
見えないぬくもりを抱きしめて
求めあえる あなたは たからもの』
2人が同じ方向に向かって進んでいるなら、ネガティヴな感情もポジティブに変換される。
まるでグルーミーグッドバイのような、希望を信じて止まない関係。
『2つの翼を重ねあえば
見果てぬ夢追えるでしょう
少しの弱さも力にして
信じあえる あなたは たからもの
かけがえない 永遠の たからもの』
ラストはこれまで積み重ねた言葉を全てを、いっそ清々しいまでにまとめてしまう。
重ねた翼は比翼。
2人の関係を如実に表現していてこそばゆい。
どこまでも一緒に行こう。
挫けたって構わない。
そんな時は支え合って前に進もう。
「ひとりちゃん……」
涙が溢れていた。
悲しみではなくて、悔しさでもなくて。
ただ、ひとりちゃんが伝えようとしてくれた想いが嬉しくて。
「どうでしょう、伝わりましたか?」
「うんっ!」
☆ ★ ☆
その日はギターを弾いて過ごした。
お互いが知ってるラブソングを弾いたり、歌ったり。
こんな曲はどう?
うわぁ、恥ずかしいっ!
なんてね?
そうね、ギターと歌を使った愛してるゲームみたいな感じかしら。
ひとりちゃんのレパートリーは流石に多かったけど、私だって伊達にカラオケで鍛えてたワケじゃない。
リョウ先輩は好きじゃないかもだけど、売れ線のラブソングだって捨てたものじゃないのよ?
沢山の共感があるからこそ売れるの。
恋する乙女のハートに直撃するような、恋も知らない乙女に理想を魅せるようなラブソング。
そこに現実や実感は必要ない。
世界の全てを知っている必要なんてない。
だって1人の人間なんてちっぽけだもの。
私には、この両手で抱きしめられるひとりちゃんだけで十分だし、他の人なんていらない。
ありきたりな言葉だって構わない。
つまらない歌詞だって構わない。
大切なのは、そこに込められる感情だから。
この世界に、どれだけの「愛してる」があるだろう?
「I love you」だろうと、「月が綺麗ですね」だろうと、愛を捧ぐ気持ちに違いなんてないはずだ。
そこには不器用なまでに真っ直ぐなのか、気取ってみたいかの違いでしかなくて、根底にあるのは同じ想いなの。
その場の雰囲気、その人の表情、その時のシチュエーション、そこに至るまでの経緯……世界に溢れる恋物語が訴えている。
人も愛も千差万別だけど、全てが等しく尊いんだって。
何千年前だろうと、何万年先だろうと、そこに人と人がいる限り、恋と愛はなくならない。
だから、いつの世も、ラブソングは廃れない。
だから私は、ラブソングを歌おう。
愛する人に、愛を伝えたいから。
「ふふ、次は最近バスってるこの曲よ!ひとりちゃん、耐えられるかしら!」
「負けません!ギターヒーローの名にかけて!」
☆ ★ ☆
いやー、なにやってんのかしらね、私たち。
せっかくの休日に朝早くからラブソング合戦とか、正気を疑うわ。
なにがラブソングは負けない!よ。
頭おかしいんじゃないの?
「早朝テンション怖い」
「まぁ、良いじゃないですか、たまには」
興がのっちゃって、2人でラブソング弾いたのをギターヒーロー動画に上げたりね。
反応が怖いったら。
「今日はこれからどうしましょうか?」
「そーねー」
なんだかんだ言って朝4時から弾きまくり歌いまくりで疲れちゃったし。
「お昼寝しましょうか」
「そうですね」
結局ぐだぐだになっちゃったけど。
まぁ、こういう日があっても良いわよね。